友岡雅弥さんは、執筆者プロフィールにも書いてあるように、音楽は、ロック、hip-hop、民族音楽など、J-Pop以外は何でも聴かれるとのこと。
上方落語や沖縄民謡にも詳しいようです。
SALT OF THE EARTH というカテゴリーでは、それらの興味深い蘊蓄が語られています。
いくつかかいつまんで、紹介させていただきます。
カテゴリー: SALT OF THE EARTH
「地の塩」という意味で、マタイによる福音書の第5章13節にでてきます。
(中略)
このタイトルのもとに書くエセーは、歴史のなかで、また社会のなかで、多くの人々の記憶に刻まれずにいる、「片隅」の出来事、エピソー ド、人物を紹介しようという、小さな試みです。
2019年3月25日 投稿
友岡雅弥
一応、日本にある、ハンセン病のための13の国立療養所と、三つの私立療養所は全部訪れたことがあります。
毎年というか、毎月行ってたところもあります。
いろんな理不尽なことも見てきましたが、小泉政権のときに、なんか雰囲気が変わったんですよね。それは一般病院でも一緒の流れです。
看護学のいい意味での「権威」のかたを何人か知ってるのですが、「患者」を「患者様」と呼ぶようになってから、日本の病院の雰囲気が変わったと異口同音に語っていらっしゃいました。これはハンセン病療養所の話ではなくてね。
でも、明確にその流れで、その方向に、ハンセン療養所も変わりました。
それは、小泉・竹中改革で、公的な行政サービス、また医療や福祉分野が、「サービス業」という観点で見られるようになったことです。
例えば、急性期病院に担ぎ込まれたら、そこでは急性期の治療が為されて、そして回復期病院へと送られる。救急車で担ぎ込まれて、そしてリハビリも終わり、そしてソーシャルワーカーさんが介入して家にかえって行く。とても、それぞれが専門化して、効率的になった。
でも、すべてのプロセスに、医療関係者はタッチできなくなった。急性期病院の医療関係者は、家に帰ってからの生活の心配はしなくてよくなった。
けれども、病気しかみなくなって、病人という、一人の人の、ある側面しか見なくなった。
それで、昔から続く、長野の佐久総合病院や、京都の早川一光さんや、岩手の沢内村の増田進ドクターなどの取り組みが見直されて、地域医療、総合医療の専門家を中心に、人の全体を看ていくという医療のありかたも模索されている、というのが、現状なんです。
でも、全体的に、そうではない方法。つまり、サービス業として、効率と経済性を優先する医療が、どんどん進んでいってる。
さて、それと並行して、ハンセン療養所の「介護サービス化」も進んできました。
ハンセン病療養所といっても、みんなハンセン病は治ってて、でも、故郷にはかえれない。そして、高齢化していく。
だから、みんな高齢で、要介護になるわけです。
さて、複数の療養所でうかがった話です。
その「介護サービス化」の流れのなかで、こんなびっくりすることが出てきたんです。
介護職員、スタッフは、「入所者と私的会話をしない」!
少年・少女の時代に、強制隔離されて、家族とも二度とあえないなかで、暮らした70年、80年ですよ。
誰かと話したいですよね。
今までは、普通にしゃべれた。
仕事終わってから、ごはん食べていきー、も可能だった。
でも、それは「療養所でのサービスの体系の中には入っていない」というわけです。
部屋の掃除に来ても、会話してはならないと言うわけです。
完全に禁止で罰則がある、ということではないかもしれませんが、それが、出来ない雰囲気があるんです。
そして、この流れは、僕らみたいに訪問する外来者にもなんとなく、 押し寄せてきました。
長年の知りあいの家に行くんですよ。
それが、「療養所の福祉課」を通せ、とか、とても、規則がやかましくなってきました。
「外部から、興味本位で来る人もいるから」
確かに、そうです。
それで規則が出来ていく。それは理屈は通ります。
でも、そのことで、20年、30年越しの友人、知りあいが、入所者のところに来れなくなるとすると、「入所者の立場」に立ったら、キツいですよね。
【解説】
その「介護サービス化」の流れのなかで、こんなびっくりすることが出てきたんです。
介護職員、スタッフは、「入所者と私的会話をしない」!
なんなんでしょう。
医療の合理化の美名のもとに医療と患者の間の温かい関係性が損なわれていくとは……
友岡雅弥さんのエッセイが読める「すたぽ」はお勧めです。
獅子風蓮