syuの日記・気まま旅

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娯楽 歓楽街の新宿歌舞伎町

2019-03-28 | 季節だより
東京都新宿区は、江戸時代の5街道・江戸を起点に(東海道・中山道・奥州街道・甲州街道・日光街道)陸上交通路、その甲州街道の最初の宿場である
「内藤新宿」・信州高遠藩主内藤家の下屋敷(現在の御苑・国道20号線)があった所から地名に。昭和22年ー四谷・牛込・淀橋が合併し、神田川北部
と西部が囲むように流れている。
江戸時代「十二社弁天池」の行楽地が埋め立てられ、「淀橋浄水場・約34ha」(東村山に移転)「新宿新都市開発」推進のもと再開発された。
駅を中心に地下街と路地を11街区に分けられた。平成に入り、都庁45階と展望室で都民広場になっている。

今日は、娯楽・歓楽街の「歌舞伎町」に出た。

                    私鉄西武鉄道新宿線 新宿駅




歌舞伎町の中心コマ劇場無いが、周りは変わっていない。
映画館・ゲームセンター・居酒屋・・遊ぶものは何でもそろっている。シアターアプル・ミラノ座・新宿プラザ・東宝会館・・などのビルが林立。
花園神社・新宿区役所の周りも、遊歩道公園とゴールデン街など変わっていない。

                   昔懐かし風林会館のキャバレーは❔


                        正面が元新宿コマ劇場


                          新宿一番街


                      ここが繁華街中心地のネオン街


                           新宿区役所


江戸時代の娯楽繁華街は、駅の反対側

「十二社熊野神社」新宿中央公園北西の一角に鎮座し、1400年頃創建された。
中野長者と呼ばれた室町時代の紀州出身の商人・鈴木九郎によって応永年間創建されたものと伝えられている。
(天文・永禄年間に当地の開拓を行った渡辺興兵衛という人物が祀ったという異説もあり)鈴木九郎は、代々熊野神社の神官を務めた鈴木氏の末裔で、現在の中野坂上から西新宿一帯の開拓や馬の売買などで財を成し、人々から「中野長者」と呼ばれていた。
鈴木九郎は当初自身のふるさとである熊野三山の若一王子を祀ったところ、商売が成功し家運が上昇したので後に熊野三山から十二所権現をすべて祀るようになったのが始まりとされている。
かつて存在した付近の地名「十二社」は、これに因んでいる。この地名は現在でも通り(十二社通り)や温泉(新宿十二社温泉)の名などに見られる。

                     昔かし懐かしい裏通り




                 今でも健在の小さなスナック街




                        花園神社 拝殿