続・知青の丘

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大震災復興支援として

2011-03-31 21:04:26 | ちょッと言わせて
日本人は日本株を買って!と言ったら、
おかしいかな。
日経平均をあまり下げてほしくないなあ~。

やっと徐々に上向きになってきていた矢先の大震災!!!
下がり過ぎると、日本経済もくらーくなる感じがする。

少しくらい下がった時は、
経済復興支援寄付と思ったらいい。

売り買いをしてうまく儲ける人々もいるだろうけど、
それはそれで結構結構。

研修医の二男は、
被災地支援に行くよう志願したと言っていた。
4月4日宮城に行った後、
どこかで1週間ほど医療活動支援をすることになったそうだ。

芸人のコロッケさんが被災地を慰問してて、
「テレビで観るのとは大違い、酷い!」
と言って、思わず泣いてしまっていた。
すぐ、
「泣いちゃいけない」と言いつつー。

あまりの惨状に悲しみがあふれでたようだった。

震災があったことを知らなかった高齢者が
「戦争があったつね(起こったのね)?」と聞いた。

そういうところに行くんだね。
とてもいい経験にはなるだろうけれど、
母親としてはやはり複雑。
もう、こどもじゃないのだから、
色々諦めてはいるけれど~。

南国育ちの子には東北の春はまだ寒かろう、
食料事情も悪かろう、
余震もあるだろう、
放射能は・・・・

放射能で思い出したが、
二男が生まれて5カ月ほど経ってから、
チェルノブイリ原発事故は起こったのよ!!

それで、私は、
その後の四国・伊方原発の
出力調整運転実験反対の署名したり、話を聞きに行ったりした。
「まだまにあうのなら」という小冊子も買ったなあ。
結局は原発による発電を容認してきた。
そして、便利な文明の利器を多用し、
豊かな生活を享受してきたのだ。

日本国中も、電気を湯水のごとく使ってきた。
テレビチャンネルは増えるし、
夜中にも放送するし、コンビニは出現するし・・・・
都会は不夜城のごとくになり、ヒトは夜行性にもなった。

老婆心なのか、心配は尽きない。
もっと節電しようよ。
まだまにあうのなら。








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「あたらしものは常に謀反である」

2011-03-22 10:34:24 | 俳句以外
これは、徳富蘆花が、
大逆事件の死刑判決に憤懣やるかたなく、
一高講演会で「謀反論」と題する抗議表明の
結びの言葉である。

熊日新聞の「この人ひと言」(出久根達郎)欄では、
ずっと大逆事件関係者の一言を連載していた。
いくつか心に残った言葉を書き残そうと思う。

自愛して世の所謂悧巧者となるなかれ。
清かれ。深かれ。いつ迄も。(徳富愛子)

無用有用は物に在らず、人に在り。(三宅雪嶺)
要は、心に在り。すなわち、福は心にある。(〃)

儘にならない世に住みながら又も忘れて愚痴が出る
(大石誠之助)
わがむくろ煙となりてはてしなきかの大空に通いゆくかも
(〃)

威武に屈せず富貴に淫せずユスリもやらずハッタリもせず
(宮武外骨)

書くことは、発見することである。(神崎清)

行く先を海とさだめし清水かな(成石平四郎)

春三月縊り(くびり)残され花に舞ふ(大杉栄)

事件とは関係ないが、ついでに、
夏みかん酢つぱしいまさら純潔など
(鈴木しづ子・1952年)

なにが起こるか分からない世の中、
開き直っていきようか。



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日永し

2011-03-21 19:57:50 | 俳句
日が長くなったのを感じ、すこし明るい気分なっていたら、
いっとき春しぐれ・・・

結構降りました。
昨日は足元の悪い中、父の25回忌の法要。
だけど、乾いていたから、恵みの雨ってところかな。

凶か吉か寒卵抱いてみる
キサラギの酸素が足りないあなたです
花びらのしもやけしたと申立て

初市の風の反骨のどぼとけ   知青
大逆を志という蘆花よ春風よ   〃
冷えて冷えてネックレスがはずせない 〃



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鳥の声とは( 「鳥啼山更幽」)

2011-03-04 18:25:24 | 俳句以外
この前、表千家の師匠の茶室にお邪魔した時に、
掛けてあった軸のあの言葉に、偶然出合った!
『エヴァシンク』というFREE PAPERの表紙で。

「鳥啼山更幽」
この前のブログにも書いたが、
鳥啼いて山更にしずかなり、と読むようだ。
なにかの文献にある言葉だろうけど、
こちらはこの「啼」く。

文字通りの意味しか理解していなかったが、
ふかーい意味があったようで~。

鳥の声とは、
人生における悲しみや苦しみ、困難で、
そういうことを経験していく中で、
人は人として深められるというようなことだそうだ。
つまり、人として魅力的になれるというわけだ。

ふーん!?

もうひとつの言葉もあった。
気に入ったので、忘れないうちに書いておく。

「宇宙無双日乾坤只一人」
(うちゅうにそうじつなくけんこんただいちにん)
「天地に我一人、自信を持って生きていこう」

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臥龍梅(普光寺)

2011-03-03 09:51:07 | 日帰り旅行
大牟田市大字今山の普光寺の臥龍梅を見てきた。

推定樹齢350年、
1株から枝をのばして伸ばして、17株24メートルに臥す。
香りは天にむけ地に向け、ふくよかにただよう。
急な冷え込みに、
満開にはいまひとときの時間を要す・・・。

境内には北に小高い三池山に散在していた中世の石塔群が
ゴソっとまとめて置かれていた。
正確には、放置!

麓には、戦国時代末期の義の武将高橋紹運を藩祖とする
立花藩の歴代藩主の墓石と菩提寺がある。
それらの巨大な墓石群は、菩提寺の向かいの山手にある。
加工しやすい凝灰岩でできているから、逆に風化もしやすい。
周りの木々は伐採されてはいたものの、
ここも放置!されている感じ。
勿体ないなあ。

塔も棒も立つことばかり臥龍梅  知青


*高橋紹運(じょううん)について
 豊後大友氏の重臣。
 天正14(1586)年、薩摩・島津氏が北上してくる際、
 太宰府の北手にある四王寺山の山城・岩屋城に籠城し、
 わずか763名で、2万とも5万ともいわれる薩摩軍を迎え討ち、
 凄絶な戦いを繰り広げて、秀吉軍がくるまで死守した。
 戦闘の最中、薩摩の一武将に答えて曰く、
 「仁義を守らざるは鳥獣に異ならず」と。
 この戦いは、秀吉の九州平定に重要な一戦であったという。



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