(『海程』No.512 2015・5月号より)
蜃気楼 加藤知子
集団的するめ吊るしてお元日
反戦な子宮から地球初明り
すみれ咲くたびカラシニコフの発情
漱石にみせたし不眠の冬菫
春キャベツきれいに耳を削ぎ落す
病棟は無季なり春の裏側
三方の霧の襖に手をかけて
オンホロロ咲くやこの花初心にかえろ
迫りくる尿意のひとつ春はあけぼの
前山にこれだと思ふ春嵐
「月に行く漱石妻を忘れたり 漱石」
ずうっと素通りしてきた漱石。だが、掲句に出合った2年程前から、ぐんと身近な存在となった。『草枕』の冒頭部分で漱石は言う。「どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれ、画が出来る」と。「余が欲する詩は」、「しばらくでも塵芥を離れた心持ちになれる詩である」とも。前書きによれば、掲句は、1897年、流産後養生する妻を鎌倉に遺しての帰熊の際の句。熊本への赴任、その直後の結婚、妻のヒステリー、流産云々等で、気遣い疲れ果て、夫婦関係の煩雑さからひととき解放されたかったのだろう。私なら、「夫捨てにいくなら春天の橋立」
漱石には、「木瓜咲くや漱石拙を守るべく」という句もある。半藤一利による句評碑には、「世渡りの下手なことを自覚しながら、それをよしとして敢て節を曲げない愚直な生き方をいう」とある。亦楽しからずや。
この度は思いがけず巻頭を頂き恐縮です。また、このような機会を賜り深謝致します。
4月号海程集巻頭作家招待席・特別作品として
掲載して頂きました。
大変光栄なことでした!
5月の私は、
川村蘭太氏の大作『しづ子 娼婦と呼ばれた俳人を追って』(2011、新潮社)を読んで、
作品「しづ子忌」とした20句を一人遊びのように書いていた。
同氏は25年もかけて追いかけて、しづ子の実像にせまった。
夏みかん酢つぱしいまさら純潔など しづ子
コスモスなどやさしく吹けば死ねないよ しづ子
娼婦またよきか熟れたる柿食うぶ しづ子
俳句も男社会なのか、
鈴木しづ子は若くて美人だったからか、
おもしろおかしく作られた部分があったような印象を受けた。
師・松村巨湫に句の添削と句集発刊のプロデュースをされて、
処女句集『春雷』(1946)、第2句集『指環』(1952)を上梓。
その直後姿を消した・・・・
未発表句約7300句を師に託して・・・・
謎の失踪!
私は、しづ子氏への思いを込めて俳句を書いた。
しづ子忌を立夏と決めて立ち泳ぎ
青あらし娼婦であろうがなかろうが
しづ子句とわが水位測りつつさみだれ
蜃気楼 加藤知子
集団的するめ吊るしてお元日
反戦な子宮から地球初明り
すみれ咲くたびカラシニコフの発情
漱石にみせたし不眠の冬菫
春キャベツきれいに耳を削ぎ落す
病棟は無季なり春の裏側
三方の霧の襖に手をかけて
オンホロロ咲くやこの花初心にかえろ
迫りくる尿意のひとつ春はあけぼの
前山にこれだと思ふ春嵐
「月に行く漱石妻を忘れたり 漱石」
ずうっと素通りしてきた漱石。だが、掲句に出合った2年程前から、ぐんと身近な存在となった。『草枕』の冒頭部分で漱石は言う。「どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれ、画が出来る」と。「余が欲する詩は」、「しばらくでも塵芥を離れた心持ちになれる詩である」とも。前書きによれば、掲句は、1897年、流産後養生する妻を鎌倉に遺しての帰熊の際の句。熊本への赴任、その直後の結婚、妻のヒステリー、流産云々等で、気遣い疲れ果て、夫婦関係の煩雑さからひととき解放されたかったのだろう。私なら、「夫捨てにいくなら春天の橋立」
漱石には、「木瓜咲くや漱石拙を守るべく」という句もある。半藤一利による句評碑には、「世渡りの下手なことを自覚しながら、それをよしとして敢て節を曲げない愚直な生き方をいう」とある。亦楽しからずや。
この度は思いがけず巻頭を頂き恐縮です。また、このような機会を賜り深謝致します。
4月号海程集巻頭作家招待席・特別作品として
掲載して頂きました。
大変光栄なことでした!
5月の私は、
川村蘭太氏の大作『しづ子 娼婦と呼ばれた俳人を追って』(2011、新潮社)を読んで、
作品「しづ子忌」とした20句を一人遊びのように書いていた。
同氏は25年もかけて追いかけて、しづ子の実像にせまった。
夏みかん酢つぱしいまさら純潔など しづ子
コスモスなどやさしく吹けば死ねないよ しづ子
娼婦またよきか熟れたる柿食うぶ しづ子
俳句も男社会なのか、
鈴木しづ子は若くて美人だったからか、
おもしろおかしく作られた部分があったような印象を受けた。
師・松村巨湫に句の添削と句集発刊のプロデュースをされて、
処女句集『春雷』(1946)、第2句集『指環』(1952)を上梓。
その直後姿を消した・・・・
未発表句約7300句を師に託して・・・・
謎の失踪!
私は、しづ子氏への思いを込めて俳句を書いた。
しづ子忌を立夏と決めて立ち泳ぎ
青あらし娼婦であろうがなかろうが
しづ子句とわが水位測りつつさみだれ