十七条憲法第十七条

2008年01月03日 | 歴史教育

 十七に曰く、それ事はひとり断(さだ)むべからず。かならず衆とともに論(あげつら)うべし。少事はこれ軽(かろ)し。かならずしも衆とすべからず。ただ大事を論うに逮(およ)びては、もしは失(あやまち)あらんことを疑う。ゆえに衆と相弁(あいわきま)うるときは、辞(こと)すなわ理(り)を得(え)ん。


第十七条 そもそも事は独断で決めるべきではない。かならず、皆と一緒に議論すべきである。小さな事は軽いので、かならずしも皆と相談する必要はない。ただ大きな事を議論するに当たっては、あるいは過失がありはしないかと疑われる。それゆえに皆と互いに是非を検証し合えば、その命題が理にかなうであろう。



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十七条憲法第十六条

2008年01月03日 | 歴史教育

 十六に曰く、民を使うに時をもってするは、古(いにしえ)の良き典(のり)なり。ゆえに、冬の月に間(いとま)あらば、もって民を使うべし。春より秋に至るまでは、農桑(のうそう)の節なり。民を使うべからず。それ農(なりわい)せずば、何をか食らわん。桑(くわと)らずば何をか服(き)ん。

第十六条 人民を使うに時期を選ぶのは、古来のよいしきたりである。それゆえ、冬の月に暇があるようなら、民を使うべきである。春から秋に到るまでは、農繁期である。民を使ってはならない。いったい農耕しなかったならば、何を食べるのであろうか。養蚕しなければ何を着るのであろうか。


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十七条憲法第十五条

2008年01月03日 | 歴史教育

 十五に曰く、私(わたくし)を背きて公(おおやけに向(ゆ)くは、これ臣の道なり。おおよそ人、私あるときはかならず恨みあり。憾(うら)みあるときはかならず同(ととのお)らず。同らざるときは私をもって公を妨ぐ。憾み起こるときは制に違(たが)い、法を害(やぶ)る。ゆえに初めの章に云う、上下和諧せよ、と。それまたこの情(こころ)か。

第十五条 私利・私欲に背を向け公の利益に向かうことこそ、貴族・官吏の道である。おおよそ人に私心があるときにはかならず人を恨むものであり、恨みを抱けば共同できない。共同しなければ、私心で公務を妨げることになる。恨みが起これば、制度に違犯し、法を侵害することになる。それゆえに最初の章で、上下和らぎ協力せよ、と言ったのである。それもまた、この趣旨を述べたのである。


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十七条憲法第十四条

2008年01月03日 | 歴史教育

 十四に曰く、群臣百寮(ぐんけいひゃくりょう)、嫉妬あることなかれ。われすでに人を嫉(うらや)むときは、人またわれを嫉む。嫉妬の患(うれ)え、その極(きわまり)を知らず。このゆえに、智おのれに勝るときは悦ばず、才おのれに優るときは嫉妬(ねた)む。ここをもって五百歳にしていまし今賢に遇(あ)うとも、千載(せんざい)にしてひとりの聖を待つこと難し(かた)。それ賢聖を得ずば、何をもってか国を治めん。

第十四条 もろもろの官吏は、嫉妬があってはならない。自分が妬めば、人もまた自分を妬む。嫉妬のもたらす災いは限界がない。それゆえに、〔人の〕知恵が自分より勝っていると喜ばず、才能が自分より優れていると嫉妬する。そういうわけで、五百年たってようやく今現われた賢者に出遭うことも、千年に一人の聖人を待つこともできない。〔だが〕賢者・聖人が得られなければ、何によって国を治めることができるというのだろうか。


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十七条憲法第十三条

2008年01月03日 | 歴史教育

十三に曰く、もろもろの官に任ぜる者、同じく職掌(しょくしょう)を知れ。あるいは病(やまい)し、あるいは使して、事を闕(おこた)ることあらん。しかれども知ることを得る日には、和(あまな)うことむかしより識(し)れるがごとくにせよ。それ与(あずか)り聞かずということをもって、公務(こうむ)をな妨げそ。

第十三条 もろもろの官職に任命された者は、お互いに職務内容を知り合うようにせよ。あるいは病気になったり、あるいは出張して、仕事ができないことがあるだろう。しかし〔復帰して〕職務内容を知ることができたら、協力して以前からずっと了解し合っていたとおりにせよ。自分が参加せず話を聞いていないからといって、公務を妨げることのないようにせよ。


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十七条憲法第十二条

2008年01月03日 | 歴史教育

 十二に曰く、国司・国造、百姓に斂(おさ)めとることなかれ。国に二君なし。民に両主なし。率土(そつど)の兆民は王をもって主となす。所任の官司はみなこれ王民なり。何ぞあえて公(おおやけ)と、百姓に賦斂(おさめと)らん。

第十二条 もろもろの地方長官は、民たちから〔勝手に〕税を取り立ててはならない。国に二君はなく、民に二人の君主はいない。国すべての多数の民は天皇を君主とする。任命された官吏はみな天皇の民である。公的な税の他に私的な税を取り立てることが許されるはずはない。


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十七条憲法第十一条

2008年01月03日 | 歴史教育

 十一に曰く、功過(こうか)を明らか(あきらか)に察(み)て、賞罰はかならず当てよ。このごろ賞は功においてせず、罰は罪(つみ)においてせず。事を執る群卿(ぐんけい)、賞罰を明らかにすべし。

第十一条 功績と過失を明らかに観察して、賞罰をかならず正当なものにせよ。最近は、功績に賞を与えず、罪に罰を与えないことがある。政務を執る官吏たちは、賞罰を明快にすべきである。


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十七条憲法第十条

2008年01月03日 | 歴史教育

*記事を書く時間がなかなか取れないので、まず条文の残りと現代語訳を掲載して、折を見ながら解説を書き加えていこうと思います。


十に曰く、こころの忿(いか)りを絶ち、おもての瞋(いか)りを棄てて、人の違(たが)うことを怒らざれ。人みな心あり。心おのおの執るところあり。かれ是とすれば、われは非とする。われ是とすれば、かれは非とす。われはかならずしも聖にあらず。かれかならずしも愚にあらず。ともにこれ凡夫(ぼんぷ)のみ。是非の理、詎(たれ)かよく定むべけんや。あいともに賢愚なること、鐶(みみがね)の端なきがごとし。ここをもって、かの人は瞋(いか)るといえども、かえってわが失(あやまち)を恐れよ。われひとり得たりといえども、衆に従いて同じく挙(おこな)え。

第十条 心の中の怒りを絶ち、表情に出る怒りを捨て、人が逆らっても激怒してはならない。人にはみなそれぞれの心がある。その心にはおのおのこだわるところがある。彼が正しいと考えることを、私はまちがっていると考え、私が正しいと考えることを、彼はまちがっていると考える。私がかならずしも聖者であるわけではなく、彼が愚者であるわけではない。どちらも共に凡夫にすぎないのである。正しいかまちがっているかの道理を、誰が〔絶対的に〕判定できるだろうか。お互いに賢者であり愚者であるのは、金の輪にどこという端がないようなものである。このゆえに、他人が〔自分に対して〕怒っても、むしろ自分のほうに過失がないか反省せよ。自分一人が真理をつかんでいても、多くの人に従って同じように行動せよ。


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