前近代のプラス面②持続可能な社会の先駆的実現
日本の前近代・江戸時代のプラス面の第二は、自然エネルギーと有機的エネルギーのみによって驚くほどのリサイクル社会・持続可能な経済システムを作り上げていたことで、一定の人口(一説では幕末の人口は三千二百万人余り)ならば、このまま何百年でも生態系を壊さないで生活していくことができたという説もあるほどです。
どのくらいリサイクルができていたかを示すユーモラスなエピソードがあります。
当時、糞尿は、現代のように汚物として金をかけて処理するものではなく、畑の肥料として利用され野菜を育てる有用物でした。
しかも、近郊の農家が江戸市中の長屋などに汲み取りに来て、代金を払って持って帰るくらい価値ある物だったのです。
さてそこで、長屋の糞尿は長屋の持ち主の大家さんに権利があるか、それとも出した借家人にあるか、どちらが代金を受け取るかで、もめたという話があるのです。
こうしたみごとなリサイクル経済の例は他にもたくさんあるのですが、長くなるので省略します(石川英輔『大江戸えねるぎー事情』講談社文庫、参照)。
とはいっても前回にも指摘したように、しばしば飢饉もあり、医療が未発達で治らない病気も多く、多くの子どもが幼くして死んだり、また堕胎や間引きといった悲惨なことも行なわれたために人口が過剰にならないよう調節されていたのですから、すべてがよかったとはいえません。
しかしともかく、江戸時代の日本は、ある面ではエコロジカルに持続可能な社会システムの形成という現代の課題を、すでに先駆的にかなりみごとに達成していたという評価もされています(鬼頭宏『環境先進国・江戸』PHP新書など)。
江戸時代にさまざまなマイナス面があったことを無視するわけではありませんが、しかし大きなプラス面、相当な歴史的達成もあったと捉えるのが妥当ではないでしょうか。
前近代のプラス面③つながりコスモロジーと倫理感
そして、そうした人間同士の平和と人間と自然との調和の達成を支えていた思想・世界観は、神仏・天地自然・祖霊をほぼおなじものと捉える「神仏儒習合」のコスモロジーだった、というのが私の推測です。
連載の第7回でふれたような倫理の荒廃に関わって、私はここ十年以上、機会のあるごとに「小さい頃、何といって叱られましたか」という聴き取り調査をしています。
それは、かつての日本人が「なぜ悪いこと――例えば盗みや殺人――をしてはいけないのか、なぜよいことをしなければならないのか」、つまり倫理感をどのようにして子どもに教育していたかを確認したかったからです。
聴き取りの結果出てきたもっとも典型的な答えは、「罰が当たるぞ」でした。
では、誰が罰を当てるのかということですが、「神さま」か「仏さま」か「天」か、いちいち区別しなくても、親にも子にもなんとなくわかったのです。
続いて、「悪いことをすると、地獄に落ちるぞ」というのがありました。
それから、うそをついた時には、「うそをつくと、閻魔さまに舌をぬかれるぞ」と脅かされます。
この2つは考えてみると、仏教の神話的な世界観に基づいた脅しです。
それから、隠れて悪いことをしてばれると、「人は見ていなくても、お天道さまは見ているんだぞ」といわれました。
これは、天=太陽への信仰、つまり日本古来の民俗神道的な自然崇拝と、儒教(道教も含まれるでしょうが)的な「天」の「道」という考え方から来ていると思われます。
それから、きわめつけのパターンがありました。
悪いことをした男の子は、お母さんに襟や首根っこをつかまれて、家に連れ込まれますが、どこに連れ込まれるのでしょうか?
押入れという答えもありましたが、それは一時的な脅しで、効き目は十分ではなかったようです。
それよりも仏間なのです。
昔の地方の家には必ずといっていいくらい「仏間」がありました。
お母さんは、悪さをした子どもを仏間に連れていき、仏壇の前で、「そこに坐りなさい」と正座させます。
そしてお説教を始めるかというと、子育ての上手なお母さんは、ここでは始めないのです。
仏壇にお灯明を灯し、お線香をあげ、正座してしばらく手を合わせています。
それから、向き直ってお説教をするかというと、ここでもまだお説教は始まりません。
それどころか、お母さんはただ目に涙をいっぱいに溜めて、「おまえがこんなに悪い子になって、私はご先祖さまに申し訳が立たない」というのです。
これは、効く子には徹底的に心に染みて効いたようです。
「オレは、ご先祖さまに申し訳が立たないとお母さんが泣くほど、そんなに悪いことをしたのか。ほんとうに悪かった。申し訳ない」と。
(もちろん残念ながらそれでも効かない子もいたわけですが。)
この叱り方というか諌め方のベースにあるのは、いうまでもなく、日本人の基本的な宗教ともいわれる「先祖崇拝」です。民俗神道といってもいいでしょうし、儒教の影響も強くあります。
重要なことは、親たちはそれらのどれか一種類ではなく、適宜しかもほとんど無意識的に使い分けながら、どれもほとんど同じ意味で使っていたらしいということです。
それは、周りの大人がすべて共有している考え方でもありました。
例えば、叱られた子どもが、ワーンと泣いて隣のおばちゃんのところに駆け込むと、おばちゃんは「よしよし」と慰めてくれながら、「でもね、それはお母さんのいうとおりなんだよ。お母さんはおまえのことを思って、叱ってくれているんだよ」とやさしく言い聞かせ、納得させてくれたりしたものです。
まちがっても、「それはお母さんが違ってる」といったりはしなかったようです。
(そんなことを言おうものなら、子どもは「うちはよそと違っている。うちはうるさい。うちの親は抑圧的だ。うちの親は間違っている」と勝手な考え方をするようになるでしょう。実際、日本中の家庭でしばしばそうなっているように。)
だから、子どもたちも何となく、「そうか、みんなそういっている。だから悪いことをしてはいけないんだな」と感じたわけです。
こうした聴き取り調査から、日本の庶民の圧倒的多数がかなり最近まで、「神と仏と天と自然とご先祖さまはだいたい同じようなものなのだ」というふうな、理論的には漠然とした、しかし心情的・倫理的にはとても強い力をもった世界観を信じていたのだ、ということに改めて気づきました。
重要なのは、これは仏教、神道(明治以後の天皇制神道ではなく日本古来の民族的宗教としての神道)、儒教のどれか一つだけで成り立っていたのではなく、それらが何となく同じもの・同じことなのだと捉えられていたということです。そういう精神性のあり方を私は「神仏儒習合」と呼んでいます。
そして人間は、自由に・自分の思いどおりにではなく、そうした「よくはわからないが自分を超えた何か大いなるもの」の道、掟、法……に従って生きるべきだし、そうしてこそ「いい」――つまり倫理的に正しく、社会適応的で、かつ何よりも幸福な――人生が送れるのだという世界観・人生観が、かつては日本人全体に共有されていたのではないでしょうか。
悪いことをした人間には悪い報いがある、いいことをした人間にはいい報いがある。
しかもそれは現世でも来世でも、そうなる(因果応報、善因善果・悪因悪果)、悪いことをしたら悪いところ(最悪は地獄)へ、いいことをしたらいいこところ(もっといい境遇や最善は極楽)へ行くことになるのだ、と大多数の日本人が信じていました。
お盆にお寺参りをすると、本堂に地獄、六道、極楽などの図がかけられていて、子どもはおばあちゃんなどから、「ああいうことになるんだよ」と言い聞かされました。
その「いいこと・善」の内容も明快でした。
ご先祖さまを敬い・祀り、家族、特に子孫の繁栄・幸福のために身を粉にして働くこと、村に尽くすこと、目上・お上には素直に従うこと……だったのです(儒教の五常や仏教の五戒や十善戒などと関連して)。
そして、農業を基本とした社会でしたから、それを可能にするのは豊かな自然だということが実感されていましたし、そもそも自然は神でもあったのですから、それを大切にすること・敬うことが善であるのは当然でしょう。
それは、例えば「花咲か爺さん」、「舌きり雀」、「笠地蔵」、「養老の滝」といった昔話・伝説にもはっきり現われています。
つまり、かつて日本は「正直者」、「働き者」、「やさしい人」、「孝行者」が必ず幸せになる国だったのです。
そういう考え方が、ほとんどの人に共有されていたからこそ、子どもにも効き目があったのです。
すなわち、明治維新以前までの日本人のほとんどが精神的に共有していたのは、「神仏儒習合」のコスモロジーだったといってまちがいないでしょう。
言い換えると、何を畏れるべきか、何を恥じるべきか、人は何のためにどう生きるべきか、何が正しくて何が悪いのか、日本人の心の健全さを支えていたのは、神・仏・儒、どれか一つの宗教ではなく、三つの宗教の総合的、まさに「習合的」な力だったと思われます。
「神仏儒習合」を信じていた日本人には、神仏・天地自然・祖霊と分離した「個人」や「人間」という意識はほとんど皆無だったと思われます。
それらの自分を超えた「大いなるなにものか(Something Great)」とのつながりの中で自分・人間というものを考えたのです。
こうした世界観・価値観・人生観は、すべて他とのつながりの中で自分を捉えているという意味で「つながりコスモロジー」と呼ぶことができるでしょう。
そうした「つながりコスモロジー」が、明治維新までは、全国津々浦々、どこに行っても通用する、いわば「暗黙の国民的合意」だったのではないかと思われます。
そうした「つながりコスモロジー」が、人間同士の平和という倫理と人間と自然の調和という環境倫理をしっかりと成り立たせ、前近代の日本のプラス面を基盤から支えていた、というのが私の推測です。
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