朝焼けや夕焼けの空が赤いのは、空が青いのとおなじ原理です。
つまり、酸素や窒素、水分子などを含んだ地球大気によって、太陽の光のプリズムの一部が散乱されるからですが、昼間とちがって朝と夕方は太陽が斜めに射してくるので、その分、通ってくる地球大気が厚くなり、青などの波長の短い光は先に散乱されてしまい、その後、波長の長い赤も散乱されるために、そちらの色が見える、のだそうです。
……という説明は、近代科学の主客分離という方法 1) 2) を前提にしてなされています。
つまり、私・主体とは関係なく分離して向こうにある客体・対象である朝焼け・夕焼けの理由を客観的に分析して叙述しているのです。
言い換えると、ばらばらコスモロジー的な捉え方です。
昨日の記事の学生の言葉を借りると「今まで学校で教えてもらった平べったい知識」です。
しかし、ここでよく考えてみましょう。
私たちが実際に見るのは、私たち自身の目で見る、〇年〇月〇日○時○分の具体的で一回きりの朝焼けや夕焼けです。
その朝焼け・夕焼けの空は、私がその中にいて呼吸している具体的な大気とつながっており、私と区別はできても分離していません(ですね?)3)。
その朝焼け空・夕焼け空が赤いということは、私にとってどういう意味があるか、という意味で「なぜ」と考えてみましょう。
朝になったり夕方になったりするのは、地球が自転しているからでしたね。
しかも月が地球に対していつも同じ面を向けるような自転をしているのとちがって、地球は太陽に対して、一日一回り――というかその一回りを一日というわけですが――して、まんべんなくすべての面を向けます。
もし、自転をしない、または月のような自転をしていたとすると、地球の環境は今とはまったくちがったものになっていたと思われます。
太陽にいつも向いている面は暑すぎ、背を向けている面は寒すぎて、生命は生きていけなかったのではないでしょうか。
地球がぐるりと一回りすることによって、地球の表面は適度に暖まったり冷めたり、暖まったり冷めたり……ということを繰り返しているのだと思われます。
ということはつまり、朝焼けは太陽と地球と地球大気のコラボレーションによって、これから赤や赤外線の照射量が増える、つまり「これからきみたち生命が生きていけるように暖めるよ」というメッセージ、夕焼けは照射量が減っていく、つまり「これからきみたち生命が焼け死んでしまわないように冷ますよ」というメッセージだ、と解釈することも可能なのではないでしょうか。
これは、単に詩的・メルヘンチックな解釈ではなく、ふくらみがあって心が温かくなるような「生き生きとした現実」の〈主客統合的解釈〉だ、と私は考えています。
そして、そういう解釈には、とてもセラピー効果(心が癒される)がある 4)、と感じます。
みなさんは、どうお考え、お感じですか。
この記事に関して、科学的知識に誤解がある、解釈に無理があると思われた方も、もちろん共感していただけた方も、ぜひコメントしてください。
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