THE WAY

インディアンネーム「生命の声を聞く者」のヒーリングブログ

哀しみの果て

2015-05-16 02:36:18 | セッション記録
もう0時をすぎ15日がすぎた

夜中に車を走らせ、心の中にある何とも言えない悲しみと人恋しさに

むしょうに泣きたい気分だった


このまま車を走らせ、どこまでも道が続くかぎり
心のままにいたい

そんな風に感じていた

久々の悲しみが押し寄せるように、私の中を行ったり来たりしている

数日前から泰三さんが私の心に入ってきている

この悲しみは、泰三さんの悲しみなのか、強く私を惹きつける


ずっと封印していた胸の奥で、恋しい気持ちと、一人ぼっちという気持ちが
私の心をいっぱいにしてしまう

この感覚は泰三さんと一緒にいた時に、泰三さんから感じていた感情だという事も

私の中で答えは分かっている


ずっと一人で暗い海の底にいた

そんな風に聞こえていたのだった


亡くなる前日だった

彼はいつでもポーカーフェイスで、素知らぬ顔をしていたが

心の中でどれだけ愛を求めていたか・・・


深い見えない暗闇にたった一人で・・・・彼はボロボロだった

深いところで終了させたかったのだろう


彼の深い悲しみを知った時、私も一緒に落ちようと思っていた

彼はそれを望んでいた

でも一人で逝ってしまった


美しい顔をしていた

彼は落ちたのではなく、神になった



亡くなる瞬間までずっと私達は二人きりだった

とても静かだった



あるマスターが言っていた

「時には深く悲しむこととても大切なのです。
深い悲しみというのはとても個人的なことなのです。

これは癒しでもあるのです。
もしかして初めて一人になりたいと思う出来事かもしれません。


時々若者の葬儀に出席するという名誉なこともあります。


若者が銃で撃たれて亡くなったりしたときに
多くの若者が葬儀に行きます。

自分と同じ年の死体を見ます。

13歳がお棺の中に横たわっています。
彼らにとって初めて見る遺体かもしれません。
ビクともしない状態を見るのです。

それを見て彼らも動かなくなるのです。


私はこれを死のダルシャン(死による精神の高揚)と呼んでいます。

若者は常に次は何をしようかと考えていて
いつも何かしらの興奮状態にあるので、こういう経験が大事なのです。

私の子供たちは兄弟の遺体を自分たちの意思で見ました。

遺体を見て号泣しました。

私は彼らの涙を止めようとしませんでした。
この瞬間に深く悲しむことがとても大切だからです。

一人になって深い悲しみを味わって
その悲しみが空っぽになるまで悲しんだら、悲しみは終わるのです。

それは一日かもしれない。一週間、一ヶ月、ずっとかもしれない。

でもそれもなすがままに任せておくのです。
それは心の友なのです。

又、それは慈悲の表現でもあるのです。

心の底から思いっきり悲しんで
泣きたいだけの涙を流して
空っぽにするのです。

そうするとこの深い悲しみから
何かが深く生きはじめてくるのです。
そういうことなのです」



泰三さんの漫画がコミックになることが決定した

一周忌の6月15日ぶんか社より発売になる

「車いすのカウンセラー、いのちの声をきく」


彼はまだ生きている

私の中で私の身体を通して、感情を感じているのをはっきりと感じる


この現実の世界の領域に、生きていた人格として存在できるのは1年だと聞いている

泰三さんの意識を強く感じるのは、そのためなのかもしれない


遠く・・・どこまでも歩き続けて、疲れるまで歩いたら

気が済むだろうか・・・

蛙の声は聞けず、大雨が降り出した


私は深く自分の中へと入っていこう

このままずっと・・・






内なる静寂と深遠なる泉

2015-05-03 19:39:15 | セッション記録
今回の東京行きは、血液循環療法の院長先生 八王子にあるパッチまーくんに呼んでいただき
今後東京での講座の新しい出発、禅と心理学のミニ講座&セミナーをしてきた

心理学の中核とも言える、無意識の領域を取り扱うことにしたのだった

セミナーは、主催者のエネルギーで決まると言われるくらいで
院長先生と奥様の温かいエネルギーに包まれ、無事終了することができた

約1年くらいグループワークから離れていたので
とても楽しかった

泰三さんが亡くなってから、仕事に復帰するまで長い時間がかかったが
私のことを本当に心配してくれて、温かく見守り続けてくださったお陰で
こうして今の私が存在する

6月6日スタートで八王子で講座をスタートすることに・・・

泰三さんの思いが伝わってくるようだ



そして今回の旅は私の生徒でもあり、友人でもある彼女と
仕事以外ずっと一緒だった

いつもは一人での東京行きが、ひょんなことから一緒に行くことになった

彼女と隣のベッドで寝るのだが、なんとも言えない気持ちが
私の中から湧いてきて

優しい気持ちになれた


もう一つサプライズな贈り物があった

何年も連絡をしていなかった私の唯一の親友と会うことになり
ハートの奥から歓びが溢れていた


あっと言う間の東京行きを終え

蛙のなく我が家へ



ところがここ数日、私の中はザワザワしていた

いくら瞑想しても、集中できないエネルギーの中で

色々な思いが交差していたが

コントロールせず見守っていた

どうしようもない悲しみと、切なさが・・・・

なぜかは分からない


何かをキャッチして、共に感じているからとしかいいようがない


私の中でとても早いスピードで変化が起きていることは分かった


ただ、もう一つ

私の精妙なレベルで、明晰でブレない自分と
柔らかで繊細なしなやかさ
そしてコミットと繋がっている自分を感じていた

人間であることは、2つの領域を行ったり来たりしながら統合していくのだ
それが十字の意味だと言う

私は人間でありながら、スピリットであり
人間体験をしている魂なのだ

痛みを伴い、悲しみを感じ、喜びを放射することができる肉体を持っている




娘と愛孫のゆあちんを迎えに中央公園に・・・

しーんと静まりかえった空間に、ほんのりライトと
ぼんぼりが・・・・

城壁が赤く灯り、遠い次元を超えたスピリットや風、そして歴史が私の中を通り過ぎる

家に着くと蛙の合唱が・・・・

大きく息を吸い、私はすべての瞬間と一つになった

歴史を超え、時間と空間それさえもが、同じ呼吸をし始めた


遠い過去から未来も、今この瞬間に感じることができる

それは時間と空間がなくなったような不思議な感覚だった


私は今生きている