不夜菴太祇発句集
夏
162 物かたき老の化粧や衣更
163 いとをしい痩子の裾や更衣
164 綿脱ておます施主有旅の宿
165 かしこけに著て出て寒き袷哉
166 行女袷著なすや憎きまて
167 能答ふわか侍や青すたれ
168 盗れし牡丹に逢り明る年
169 猫の妻かの生節を取畢(をわんぬ)
170 相渡る川のめあてや夏木立
171 甘き香は何の花そも夏木立
172 高麗人の旅の厠や夏木立
173 孑孑やてる日に乾く根なし水
174 景清ハ地主祭にも七兵衛
呑獅参宮を送る
175 餘花もあらむ子に教へ行神路山
176 西風の若葉をしぼるしなへかな
177 ミしか餘や今朝関守のふくれ面
ある人のもとにて
178 めかしさよ夏書を忍ぶ後向
179 青梅のにほひ侘しくもなかりけり
180 抽でゝ六め勝けりな寺若衆
181 青梅や女のすなる飯の菜
182 傘焼し其日も来けり虎か雨
183 さミたれの漏て出て行庵かな
184 つれつれに水風呂たくや五月雨
185 帰来る夫の咽ぶ蚊やりかな
186 蚊屋に居て戸をさす腰を誉にけり
187 事よせて蟵へさし出す腕かな
188 蚊屋くゝる今更老の不調法
189 やさしやな田を植るにも母の側
190 早乙女や先へ下りたつ年の程
191 蚊屋くゝる女は髪に罪深し
192 蓴菜やしるよししける水所
閨 怨
193 飛蛍あれといわむもひとりかな
194 三布に寐て蚊屋越の蚊に喰れけむ
御退位きのふありてけふハ庭上の御規式の跡拝し
奉るとてミなつとひまふのほるを聞て
195 蚊屋釣て豊に安し住る民
196 蚊屋釣るや夜学を好む真ツ裸
197 蚊の有に跨るふりや稚かほ
198 蚊遣火もミゆ戸さゝぬ門並ひ
199 下手伸せて馬もあそぶや藤の森
200 妾か家ハ江の西にあり菰粽
201 武士の子の眠さも堪る照射かな
202 月かけて竹植し日のはし居かな
203 しらて猶余所に聞なす水鶏かな
204 妾人にくれし夜ほとときす
205 追もとす坊主か手にも葵かな
206 葵かけてもとるよそめや駕の内
207 碓の幕にかくるゝ祭かな
208 低く居て富貴をたもつ牡丹哉
209 こゝろほと牡丹の撓む日数かな
210 門へ来し花屋にミセるぼたん哉
211 切る人やうけとる人や燕子花
212 深山路を出抜てあかし麦の秋
213 麦秋や馬にでて行く馬鹿息子
214 笋を堀部安兵衛や手の功
215 筍のすへ筍や丈あまり
216 白罌粟や片山里の濠の中
217 牡丹一輪筒に傾く日数かな
218 麦打に三女夫並栄へかな
219 さつき咲く庭や岩根の黴なから
220 濡るともと幟立けり朝のさま
221 くらへ馬顔ミへぬ迄誉にけり
222 なくさめて粽解くなり母の前
223 物に飽くこころ恥かし茄子汁
224 列立て火影行鵜や夜の水
225 舟梁に細きぬれ身やあら鵜共
226 いて来たる硯の蠅ま一つかみ
227 ひとくゝる縄も有けり瓜作り
228 姫顔に生し立けむ瓜はたけ
229 盗人に出合ふ狐や瓜はたけ
230 二階から物いひたけや鉾の兒
231 あふきける団を腕に敷寐かな
232 書すてし歌もこし折うちハ哉
233 風呂布のつゝむに余る団かな
234 蟵こしに柄から参らすうちハかな
235 扇とる手へもてなしのうちハかな
236 貯ふともなくて数あるあふきかな
237 雷止んて太平簫ひく涼かな
238 蠅をうつ音も厳しや関の人
239 夜を寐ぬと看る歩ミや蝸牛
240 有侘て這ふて出けむかたつふり
241 怠ぬあゆミおそろしかたつふり
242 引入て夢見顔也かたつふり
243 折あしと角おさめけむ蝸牛
244 水の中へ銭遣りけらし心太
245 もとの水にあらぬしかけや心太
246 蚊屋釣てくるゝ友あり草の庵
よしハら鳥のよしとおもへハ
これも鳴音のあらきやうきやうし
247 気のゆるむあつさの顔や致仕の君
248 世の外に身をゆるめゐる暑かな
249 めてたさも女は髪の暑サかな
250 あつき日に水からくりの濁かな
251 朝寐してをのれ悔しき暑さ哉
252 病て死ぬ人を感ずる暑哉
253 色濃くも藻の干上るあつさかな
254 釣瓶から水吞ひとや道の端
255 虫ほしや片山里の松魚節
かこつことある人へ
256 来し跡のつくか浅まし蝸牛
257 草の戸の草に住蚊も有ときけ
258 水練の師は敷草のすゝミ哉
259 空をミてすゝみとる夜や宿直の間
261 川狩や夜目にもそれと長刀
262 あしらひて巻葉添けり瓶の蓮
263 蓮の香や深くも籠る葉の茂
寄蓮恋
264 蓮の香の深くつゝミそ君か家
百圃より東寺の蓮贈られて
265 先いけて返事書也蓮のもと
266 たつ蝉の声引放すはずみかな
267 沢瀉や花の数そふ魚の泡
268 かたひらのそこら縮て昼寐かな
269 昼顔や夜は水行溝のへり
270 夕㒵やそこら暮るに白き花
271 夕顔のまとひもしらぬ垣根かな
272 白雨や戸さしにもとる草の庵
273 ゆふたちや落馬もふせく旅の笠
274 白雨やこと鎮めたる使者の馬
275 橋落て人岸にあり夏の月
琴泉と東寺へ蓮見によりて酔中の吟
276 引寄て蓮の露吸ふ汀かな
※ 以上夏の句 117句終わります。版本は巷間に流布して広く読
まれたのですから、当時の人々は現代人が新聞を読むように読
んでいました。しかし現代人には読めなくなっています。古文書
の解読と俳句の鑑賞の二つながらを意識して掲載しました。