古文書を読もう!「水前寺古文書の会」は熊本新老人の会のサークルとして開設、『東海道中膝栗毛』など版本を読んでいます。

これから古文書に挑戦したい方のための読み合わせ会です。また独学希望の方にはメール会員制度もあります。初心者向け教室です。

俳誌「松」水仙號  主宰茂木連葉子

2017-01-15 20:26:53 | 

雑 永 連葉子選と句解

 

酔芙蓉句座にお初の人迎へ    菊池 洋子

 芙蓉の中の「酔芙蓉」は、朝の咲き始めは白く、午後にはピンクになり、夕方からさらに赤く

なることで知られてゐます。 したがって始めての人を迎へての句会は、夕方から始まる句座

と思はれます。仕事を持つ人たちともなれば、休日はともかく、ウイークディに開催される句座

は自づから夜となります。 「お初の人」と言はれてゐるやうに、今の時代、新人は歓迎される

ばかりか、珍重されるのが一般的でせう。そんな空気が一句から感じとれて面白く、季語もま

た、その場にマッチしてゐて、羨ましい限りです。

 

牧広き獣医学部や馬肥ゆる    山岸 博子

 広い牧場を持つてゐる獣医学部は、北海道大学のそれであることが、作者の住所からも判

ります。 そんな牧場で飼育されてゐる馬たちは、冬に備へての食欲を大いに発揮してゐる

のです。 いづれにしても馬たちは、人間の情況やら境遇などとは無関係に、四季を通して育

てられてゐるのです。蛇足ながら、東京本郷の東京大学農学部にも五六頭の病気の馬が飼

はれでゐる厩舎があることを、以前に事情があって知りました。

 

大根煮て夫の機嫌を伺へり    原田 祥子

 掲句の大根煮は、「風呂吹」のことでせうか。 いづれにしても、種類が多い上に、調理法も

多彩で親しまれてゐるのが大根です。そこで作者は、季節の大根を煮て、仲のよい夫の機嫌

を伺ふといふのです。 ところで「機嫌」 に尊敬語の「御」をつけ、「ご機嫌伺ひ」などとして使

れるケースが少なくありませんが、一句の場合は至って軽い意味合ひの機嫌伺ひに感じら

ます。 大根煮に相応しい夫婦の匂ひが漂ってゐます。

 

個室出で秋日にさらす身丈かな    林 三枝子

 ケア・ハウスに入所されてゐる作者は、籠りがちな個室を出て、折からの秋の日ざしに身を

晒したといふのです。 とりわけ「秋日にさらす身丈かな」 の中七、下五の措辞によって、丸く

なりがちな背筋を伸ばしてゐる様子や秋日の濃さなど活写されてゐます。 三枝子さん流の

俳味が、さりげなく込められてゐると感じるのは、私だけではない筈です。

 

帰る子と夕月仰ぎ別れけり    向江八重子

 実家を訪れたのち、帰らうとする子を門辺まで送り出したのでせう。そして、折しもの夕月を

互ひに見上げながら別れたといふのです。 具体像としての子は、娘さんであり、夕月を仰ぎ

ながら短い会話を交したことなどが伺へるのは、一句の表現力と言へるでせう。 表現にとり

わけ技巧を凝らす訳でもなく、淡々と詠はれてゐるところが注目されます。

 

小さかる針箱をもて冬用意    佐藤 和枝

 「小さかる針箱」 の措辞によって、かつては大きな針箱を持ち、ミシンを踏むなどして冬用

意に専念してゐた時代の作者が想像出来ます。 しかしながら、針に糸を通すこともままなら

なくなってゐる今は、小さく、可愛いい針箱で足りる冬用意を、それでも欠かしてゐないといふ

わけです。 避けて通ることの出来ない高齢化ですが、俳句同様、工夫が必要であることを

言外に諭してゐるやうです。

 

爽やかに指に力のセラピスト    西村 泰三

 入院、リハビリ中の作者は、理学療法士による機能回復訓練を受けてゐるのでせうか。 い

づれにしても、療法士の指の力を強く感じると同時に爽やかさを感じとつてゐるのです。そし

て、その辺りに患者と療法士との信頼関係が生れつつあることが伺へます。 病者ならでは

の句とも言へますが、健常者にも共通の視点が存在します。

 

初粟の籠に轟き照り合ひぬ    古野 治子

 今年はじめて拾はれた栗の実が、籠中いっぱいに轟き、且つまた照り合ってゐるのです。 

まさに粟の実の歓喜さへも聞えて来るやうですが、尋常ならざる点は、「籠に轟き」に留まら

ず、「照り合ひぬ」と詠まれてゐることです。 そして、そのことによって 「初栗」 の 「初」が

生きて来る仕組みになってゐるものと思はれます。

 

手のくぼに鶏頭の種採り溜むる    安部 紫流

 韓藍 (からあい) の古名で 『万葉集』 にも詠まれてゐる鶏頭。そして鶏頭自体を詠んだ

句は、子規の有名な句をはじめ少なくないものの、種が詠まれた句は珍しいと言へます。 し

かも手の窪に、採り溜められてゆく種の一つ、一つ。どことなく貴重品めくのみならず、毛糸の

温かみのやうなものまで伝はつて来ます。 よく訓練された人の目が捉へられた、一句と言へ

ます。