不夜菴太祇句集
秋
277 すゝしさのめでたかり鳧今朝の秋
278 初秋や障子さす夜とさゝぬよと
279 七夕や家中大かた妹と居す
280 月入て闇にもなさす銀河(天の川)
281 家つとの京知顔やすまひとり
282 裸身に夜半の鐘や辻相撲
283 勝迯の旅人あやしや辻角力
284 引組て猶分別やすまひとり
285 山霧や宮を守護なす法螺の音
286 さし鯖や袖とおぼしき振あハせ
287 明はなし寐た夜つもりぬ虫の声
288 城内に踏ぬ庭あり轡虫
289 見かけ行ふもとの宿や高灯籠
290 夕立の晴行かたや揚灯籠
291 声きけハ古き男や音頭取
292 彼後家のうしろにおとる狐かな
293 末摘のあちら向ひてもおとり哉
294 蕃椒畳の上へはかりけり
295 つる草や蔓の先なる秋の風
296 痩たるをかなしむ蘭の莟かな
あるかたより蘭を贈くるゝに名立事ありて
297 蘭の香や君かとめ寄楠に若も又
長月の末召波訪来りし時
298 何もなし夫婦訪来し宿の秋
299 行秋に都の塔や秋の空
岩倉にて雨にあひ金蔵寺大徳の情に一夜の舎り
免され嬉しと這上りて
300 笠ぬけハ鹿の聞度夜とそなる
南谷上人の書の額あり薬師の宝前に二種の草あ
り
301 南無薬師菊の事もきく桔梗
をくら山のふもとなる湧蓮寺の庵を卯雲子と共に尋
侍るにあらざりけれハ扉にかいつく
302 留守の戸の外や露をく物ハかり
303 此鱸口明せずと足ンぬへし
304 畠から西瓜くれたる庵かな
305 遺言の酒備へけり魂まつり
306 懸乞の不機嫌ミせそ魂祭
307 おもへとも一向宗やたま祭
308 魂棚やほた餅さめる秋の風
309 たま祭る料理帳有筆の跡
310 送り火や顔顔覗あふ川むかひ
311 いなつまや舟幽霊の呼ふ声
312 鬼灯や掴ミ出したる袖の土産
313 乞けれハ刈てこしけり草の花
314 二里といひ一里ともいふ花野哉
315 鮹追へハ蟹もはしるや芋畠
316 餓てたに痩んとすらむ女郎花
317 其葉さへ細きこゝろや女郎花
318 鶏頭やはかなきあきを天窓勝
319 鶏頭やすかと仏に奉る
320 蜘の囲棒しはりなるとむほ哉
321 静なる水や蜻蛉の尾に打も
322 萩原に棄て有けり風の神
323 萩吹燃る浅間の荒残り
324 椋鳥百羽命拾ひし羽音哉
経師何かし芭蕉画る扇に賛望れて
325 裂やすきはせをに裏を打人歟
326 秋さびしおほへたる句を皆申す
327 簗をうつ魚翁かうそやことし限
328 ものの葉に魚のまとふや下簗
京へのぼりし時
329 蕣に垣根さへなき住居かな
330 ミとり子に竹筒負せて生身魂
331 野分して樹々の葉も戸に流れけり
332 浅川の水も吹散る野分かな
333 渡し守舟流したる野分哉
334 片店はさして餅売る野分かな
335 芋茎さへ門賑しやひとの妻
336 おもはゆく鶉なく也蚊屋の外
337 畠踏む似せ侍や小鳥狩
338 身の秋やあつ燗好む胸赤し
いとわかき大女に秋来て柳絮の才も
一葉と散行蘭蕙の質も芳しき
名のミに帰り来ぬ道のくまぐま問よ
る中に交りて父の蘭虎によす
339 此夕べぬしなき櫛の露や照
花燭をおくりて霊前にさしよするハいさゝか其情を
慰するにあり
340 ミそなはせ花野もうつる月の中
341 あさかほに夜も寐ぬ嘘や番太郎
342 ミか月やかたち作りてかつ寂し
343 三日月の船行かたや西の海
344 みか月や膝へ影さす舟の中
345 雨に来て泊とりたる月見かな
346 狂ハしやこゝに月見て亦かしこ
347 来ると否端居や月のねだり者
348 明月や君かねてより寝ぬ病
349 明月や花屋寐てゐる門の松
350 うかれ来て蚊屋外しけり月の友
351 後の月庭に化物作りけり
352 灯の届かぬ庫裏やきりぎりす
353 雪ふれハ鹿のよる戸やきりぎりす
354 大根も葱もそこらや蕎麦の花
355 うら枯ていよいよ赤しからす瓜
356 萩活て置けり人のさはるまて
357 石榴食ふ女かしこうほときけり
358 喰すともさくろ興有形かな
359 菊の香やひとつ葉をかく手先にも
360 見通しに菊作りけりな問はれかほ
361 菊の香や山路の旅籠奇麗也
362 旅人や菊の酒くむ昼休ミ
363 残菊や昨日迯にし酒の秋
364 朝露や菊の節句ハ町中も
365 古畑の疇ありながら野菊かな
366 泊問ふ船の法度や秋の暮
367 有侘て酒の稽古や秋の暮
368 おとり人も減し芝居や秋の暮
369 ひとり居や足の湯湧す秋の暮
370 夕霧に蜂這入たる垣根哉
371 出女の垣間見らるゝきぬた哉
372 泊居てきぬた打也尼の友
373 菊の香や花屋か灯むせふ程
374 剃て住法師か母のきぬた哉
375 寐よといふ寝さめの夫や小夜砧
376 夜あらしに吹細りたるかゝし哉
377 やゝ老て初子育る夜寒かな
378 旅人や夜寒問合ふねふた声
379 舟曳のふねへ来ていふ夜寒哉
380 水瓶へ鼠の落し夜寒かな
381 朝寒や起てしハふく古こたつ
382 縁端の濡てワひしや秋の雨
383 茄子売る揚屋か門や秋の雨
384 夜に入は灯のもる壁や蔦かづら
385 引ケハ寄蔦や梢のこゝかしこ
386 町庭のこゝろに足るやうす紅葉
387 鉄槌に女や嬲るうちもみち
388 空遠く声あハせ行小鳥哉
389 露を見る我尸や草の中
390 青き葉の吹れ残るや綿畠
391 柿売の旅寐は寒し柿の側
392 関越て亦柿かふる袂かな
393 残る葉と染かハす柿や二ツ三ツ
394 かぶり欠く柿の渋さや十か十
395 恋にせし新酒吞けりかづら結
396 よく飲ハ゛価ハとらしことし酒
397 きりはたりてうさやようさや呉服祭
398 新米のもたるゝ腹や穀潰し
399 とうあろと先新米にうまし国
400 芦の穂に沖の早風の余哉
401 迷ひ出る道の藪根の照葉かな
402 薬堀蝮も提てもとりけり
403 身ひとつをよせる籬や種ふくへ
404 口を切る瓢や禅のかの刀
405 此あたり書出し人もへくへ哉
406 ひとつ家に年あるさたや水煙草
407 夜の香や煙草寐せ置庭の隅
408 事繁く臼踏む軒やかけたはこ
409 小山田の水落す日やしたりかほ
410 永き夜を半分酒に遣ひけり
411 あきの夜や自問自答の気の弱
412 長き夜や夢想さらりと忘れける
413 寐て起て長き夜にすむひとり哉
414 永き夜や思ひけし行老の夢
415 落る日や北に雨もつ暮の秋
416 長きよや余所に寝覚し酒の酔
417 壁つゞる傾城町やくれのあき
418 塵塚に 蕣さきぬくれの秋
419 行秋や抱けは身に沿ふ膝頭
420 孳せし馬の弱りや暮の秋