今日は新聞休刊日なので、昨日のコラムを紹介します。
朝日新聞
・ 竹内平吉(へいきち)さん(77)は東京五輪の1964年からタクシーを運転している。ナビなど無用の大ベテランである。たまたま乗せてもらい、最近工事が多いという話になって、雑談は半世紀前の首都の大変貌(へんぼう)に及んだ。また五輪がきますね、と
▼1カ月もしないうちにまたお目にかかった。同じ乗り場だったとはいえ、全くの偶然だ。びっくりした。話が好きなのだろう。かつて石原裕次郎を乗せたときの挿話をはじめ、小さな車内で見聞きした数々のドラマを楽しそうに語った
▼実はインタビューを受けて、それが本になったところだという。ノンフィクションライター山田清機(せいき)さんの『東京タクシードライバー』である。13人の運転手のそれぞれの物語。帯に〈夢破れても人生だ。夢破れてから、人生だ〉とある
▼なまやさしい仕事ではない。威張る客がいれば酔漢もいる。同業との競争も激しい。漫然と走っても稼ぎは伸びない。駅での「着け待ち」か「流し」か、策もいろいろだ。頭をフル回転させながらの日々である
▼山田さんは、民俗学者宮本常一(つねいち)の『忘れられた日本人』から世間師(せけんし)という言葉を引く。普通はずるい人といった意味だが、宮本のは違う。共同体の外に出て長い旅をし、得られた経験や知識を持ち帰って自分の村を新しくする役割を担った人を指す
▼この世間師に竹内さんらは似ている。山田さんはそう書く。滋味掬(きく)すべき人生の語りを客に聞かせてくれるからだ。もう一度乗せてもらおう。電話番号は聞いてある。
毎日新聞
・ 阪急宝塚駅(兵庫県宝塚市)の発車メロディーが3月下旬から、宝塚線は宝塚歌劇を象徴する歌「すみれの花咲く頃」に、今津線は「鉄腕アトム」に変わった。宝塚歌劇100周年を記念したもので、阪急では初めてブザー音をご当地曲に変えた。生活のちょっとした彩りになっているだろうか
▲アトムを生んだ手塚治虫(てづか・おさむ)は5歳から24歳までを宝塚市で過ごした。モダンな郊外の雰囲気や、林や川や昆虫などの自然が「マンガの神様」の感性をはぐくんだ
▲宝塚歌劇との縁も深い。母親がファンで手塚自身も歌劇を見て育った。自宅の隣には宝塚の大スター、天津乙女(あまつ・おとめ)と雲野(くもの)かよ子の姉妹が住んでいた。小学校の学芸会で衣装に困り、歌劇団から借りたという逸話もある。無国籍な感じや、古典から最新の流行まで幅広く題材を求める態度など、作風の共通点も挙げられる
▲きわめつきは「リボンの騎士」だろう。王の娘に生まれたが、王位につくために男として育てられた王女が主人公。天使のいたずらで男女両方の心を持ち、悩みながら正義のために闘う。モデルは宝塚で人気を集めた淡島千景(あわしま・ちかげ)だという
▲この「リボンの騎士」(少女クラブ版)で「すみれの花咲く頃」の歌詞が引用されているのを宝塚市立手塚治虫記念館に教えてもらった。主人公が女性に戻って安らかに花を摘む場面だ。やはり、宝塚は乙女の理想郷なのだろうか
▲ストーリー性が豊かな少女マンガの先駆的存在といわれる。性差を超えた主人公の活躍は、現代にも通じる肖像とも思える。節目の年、世界で評価されている日本マンガに、タカラヅカが与えた影響を考えるのも面白い。
日本経済新聞
・ タイのバンコクに近年できた「ターミナル21」という商業ビルは、階ごとに異なる海外の街を「再現」したのが特徴だ。パリ、ロンドン、サンフランシスコなどと並び東京をテーマにした階もある。内装を見ると、タイの人が東京の何に魅力を感じているか垣間見える。
▼等身大の相撲取りの人形が2体、本物の柱を相手にけいこしている。床に目を転じると横断歩道が描かれている。壁には「原宿」など山手線の駅名表示やコスプレ写真。ずらり並んだちょうちんには「奇想天外」「完全無欠」などの熟語。落ち着いた洋服店などが並ぶ他の階と違い、お祭りのような楽しさが際立っている。
▼自由で楽しく便利な日本の文化や消費生活に興味を持つ人が、世界で増えている。日本をもっと深く知りたいと思ってもらうにはどうするか。政府は昨年、映像や和食などの文化産業を支援するファンドを官民共同で立ち上げた。5年間で1500億円を投じ、ホテルを改装し茶室をつくるといった事業に投資するそうだ。
▼ある演劇人は、目先の資金より「人」の育成が課題だという。それぞれの国に合う演目を選び、いい劇場を押さえ、宣伝に助言する。そんな人が世界にほしいと語る。一から育てるのもいいし、海外在住者や外国人に頼るのもいい。文化輸出のカギは、多様な人材を生かせるかどうかにある。普通のビジネスと変わらない。
産経新聞
・ 一昨年秋にリニューアルされた東京駅は今、観光客でにぎわっている。しかしその南口ホールの壁にある「原首相遭難現場」というプレートに気付く人は少ない。大正10年11月4日、平民宰相などといわれた原敬が10代の男に刺殺された場所である。
▼原は京都に向かう列車に乗るため、駅長室を出て改札口に向かっていた。今ほどには情報があふれていない時代である。ポイント切り替えの仕事につく鉄道員とはいえ、なぜ首相の経路や時間を知っていたのか、よくわからないまま男の単独犯行として処理された。
▼その9年後には同じ東京駅のホームで、浜口雄幸首相が凶弾を受け、重傷を負った。今も昔も不特定多数が集まる駅や空港はテロが発生しやすい。だから要人が出入りする場所や、保安施設は関係者以外立ち入ることはできない。図でも非公開とされてきた。
▼その「機密の場所」がグーグルのメール共有サービス「グーグルグループ」で、丸見えになっていたという。新千歳空港や中部国際空港の保安施設を含む詳細な平面図がネット上で誰にでも閲覧できた。新大阪駅隣接の鉄道警察隊の内部まで公開されていたそうだ。
▼テロ対策からみれば由々しき事態だ。グーグルからの要請を受けた空港のターミナル運営会社などが詳細図を提供した。グーグルが「グーグルグループ」の設定を誤り、一般公開にしてしまったという。それにしてもなぜこれほど重要な情報を簡単に提供したのだろう。
▼「利用者の利便のため」と言っても、ネット時代の便利さには落とし穴がつきまとうことを知るべきだ。特定秘密保護法をめぐり「秘密は一切あってはならない」と言わんばかりだった一部マスコミの論調に気おされたわけではあるまいが。
中日新聞
・強い権限を持つ米大統領といえども、すべて思いのままになるわけではない。アイゼンハワー大統領は一本の松を切ることさえできなかった
▼米ジョージア州のオーガスタ・ナショナルGC。ゴルフのマスターズ・トーナメントが開催中である。十七番ホール(四百四十ヤード・パー4)の中間。フェアウエー上にその木はあった
▼アイゼンハワーはホワイトハウス内にグリーンを造成したほどのゴルフ好き。オーガスタの会員でもあったが、高さ二十メートルのこの松に、悩まされ続けた。一打目が松に当たってしまうのだ
▼「切ってしまおう」。腹を立てた大統領はこう提案した。もちろんクラブ側は拒否した。それが十七番ホールである。大統領でも勝手な主張は認められない。この二月の大雪の被害で、ついに切られてしまったが、長く「アイクの木」として愛され、名物になっていた
▼夜の通勤電車。真新しい背広の青年が口を開けて眠っている。四月入社の若者も疲れがたまる時期だろう。大変な仕事。厳しい上司。「アイクの木」だと考えるしかない。腹を立てても仕方がない。プレーを続けよう。未熟さをたくましさに変える木。攻略法もいずれ見つかるはずだ
▼「あの木にはよく当てたが、なくなって寂しい」。マスターズ優勝六回の帝王ジャック・ニクラウスは語った。苦労はやがて感謝と懐かしさに変わるものと信じる。
※ どれをとっても味わい深い作品です。
すばらしい・・・・。
朝日新聞
・ 竹内平吉(へいきち)さん(77)は東京五輪の1964年からタクシーを運転している。ナビなど無用の大ベテランである。たまたま乗せてもらい、最近工事が多いという話になって、雑談は半世紀前の首都の大変貌(へんぼう)に及んだ。また五輪がきますね、と
▼1カ月もしないうちにまたお目にかかった。同じ乗り場だったとはいえ、全くの偶然だ。びっくりした。話が好きなのだろう。かつて石原裕次郎を乗せたときの挿話をはじめ、小さな車内で見聞きした数々のドラマを楽しそうに語った
▼実はインタビューを受けて、それが本になったところだという。ノンフィクションライター山田清機(せいき)さんの『東京タクシードライバー』である。13人の運転手のそれぞれの物語。帯に〈夢破れても人生だ。夢破れてから、人生だ〉とある
▼なまやさしい仕事ではない。威張る客がいれば酔漢もいる。同業との競争も激しい。漫然と走っても稼ぎは伸びない。駅での「着け待ち」か「流し」か、策もいろいろだ。頭をフル回転させながらの日々である
▼山田さんは、民俗学者宮本常一(つねいち)の『忘れられた日本人』から世間師(せけんし)という言葉を引く。普通はずるい人といった意味だが、宮本のは違う。共同体の外に出て長い旅をし、得られた経験や知識を持ち帰って自分の村を新しくする役割を担った人を指す
▼この世間師に竹内さんらは似ている。山田さんはそう書く。滋味掬(きく)すべき人生の語りを客に聞かせてくれるからだ。もう一度乗せてもらおう。電話番号は聞いてある。
毎日新聞
・ 阪急宝塚駅(兵庫県宝塚市)の発車メロディーが3月下旬から、宝塚線は宝塚歌劇を象徴する歌「すみれの花咲く頃」に、今津線は「鉄腕アトム」に変わった。宝塚歌劇100周年を記念したもので、阪急では初めてブザー音をご当地曲に変えた。生活のちょっとした彩りになっているだろうか
▲アトムを生んだ手塚治虫(てづか・おさむ)は5歳から24歳までを宝塚市で過ごした。モダンな郊外の雰囲気や、林や川や昆虫などの自然が「マンガの神様」の感性をはぐくんだ
▲宝塚歌劇との縁も深い。母親がファンで手塚自身も歌劇を見て育った。自宅の隣には宝塚の大スター、天津乙女(あまつ・おとめ)と雲野(くもの)かよ子の姉妹が住んでいた。小学校の学芸会で衣装に困り、歌劇団から借りたという逸話もある。無国籍な感じや、古典から最新の流行まで幅広く題材を求める態度など、作風の共通点も挙げられる
▲きわめつきは「リボンの騎士」だろう。王の娘に生まれたが、王位につくために男として育てられた王女が主人公。天使のいたずらで男女両方の心を持ち、悩みながら正義のために闘う。モデルは宝塚で人気を集めた淡島千景(あわしま・ちかげ)だという
▲この「リボンの騎士」(少女クラブ版)で「すみれの花咲く頃」の歌詞が引用されているのを宝塚市立手塚治虫記念館に教えてもらった。主人公が女性に戻って安らかに花を摘む場面だ。やはり、宝塚は乙女の理想郷なのだろうか
▲ストーリー性が豊かな少女マンガの先駆的存在といわれる。性差を超えた主人公の活躍は、現代にも通じる肖像とも思える。節目の年、世界で評価されている日本マンガに、タカラヅカが与えた影響を考えるのも面白い。
日本経済新聞
・ タイのバンコクに近年できた「ターミナル21」という商業ビルは、階ごとに異なる海外の街を「再現」したのが特徴だ。パリ、ロンドン、サンフランシスコなどと並び東京をテーマにした階もある。内装を見ると、タイの人が東京の何に魅力を感じているか垣間見える。
▼等身大の相撲取りの人形が2体、本物の柱を相手にけいこしている。床に目を転じると横断歩道が描かれている。壁には「原宿」など山手線の駅名表示やコスプレ写真。ずらり並んだちょうちんには「奇想天外」「完全無欠」などの熟語。落ち着いた洋服店などが並ぶ他の階と違い、お祭りのような楽しさが際立っている。
▼自由で楽しく便利な日本の文化や消費生活に興味を持つ人が、世界で増えている。日本をもっと深く知りたいと思ってもらうにはどうするか。政府は昨年、映像や和食などの文化産業を支援するファンドを官民共同で立ち上げた。5年間で1500億円を投じ、ホテルを改装し茶室をつくるといった事業に投資するそうだ。
▼ある演劇人は、目先の資金より「人」の育成が課題だという。それぞれの国に合う演目を選び、いい劇場を押さえ、宣伝に助言する。そんな人が世界にほしいと語る。一から育てるのもいいし、海外在住者や外国人に頼るのもいい。文化輸出のカギは、多様な人材を生かせるかどうかにある。普通のビジネスと変わらない。
産経新聞
・ 一昨年秋にリニューアルされた東京駅は今、観光客でにぎわっている。しかしその南口ホールの壁にある「原首相遭難現場」というプレートに気付く人は少ない。大正10年11月4日、平民宰相などといわれた原敬が10代の男に刺殺された場所である。
▼原は京都に向かう列車に乗るため、駅長室を出て改札口に向かっていた。今ほどには情報があふれていない時代である。ポイント切り替えの仕事につく鉄道員とはいえ、なぜ首相の経路や時間を知っていたのか、よくわからないまま男の単独犯行として処理された。
▼その9年後には同じ東京駅のホームで、浜口雄幸首相が凶弾を受け、重傷を負った。今も昔も不特定多数が集まる駅や空港はテロが発生しやすい。だから要人が出入りする場所や、保安施設は関係者以外立ち入ることはできない。図でも非公開とされてきた。
▼その「機密の場所」がグーグルのメール共有サービス「グーグルグループ」で、丸見えになっていたという。新千歳空港や中部国際空港の保安施設を含む詳細な平面図がネット上で誰にでも閲覧できた。新大阪駅隣接の鉄道警察隊の内部まで公開されていたそうだ。
▼テロ対策からみれば由々しき事態だ。グーグルからの要請を受けた空港のターミナル運営会社などが詳細図を提供した。グーグルが「グーグルグループ」の設定を誤り、一般公開にしてしまったという。それにしてもなぜこれほど重要な情報を簡単に提供したのだろう。
▼「利用者の利便のため」と言っても、ネット時代の便利さには落とし穴がつきまとうことを知るべきだ。特定秘密保護法をめぐり「秘密は一切あってはならない」と言わんばかりだった一部マスコミの論調に気おされたわけではあるまいが。
中日新聞
・強い権限を持つ米大統領といえども、すべて思いのままになるわけではない。アイゼンハワー大統領は一本の松を切ることさえできなかった
▼米ジョージア州のオーガスタ・ナショナルGC。ゴルフのマスターズ・トーナメントが開催中である。十七番ホール(四百四十ヤード・パー4)の中間。フェアウエー上にその木はあった
▼アイゼンハワーはホワイトハウス内にグリーンを造成したほどのゴルフ好き。オーガスタの会員でもあったが、高さ二十メートルのこの松に、悩まされ続けた。一打目が松に当たってしまうのだ
▼「切ってしまおう」。腹を立てた大統領はこう提案した。もちろんクラブ側は拒否した。それが十七番ホールである。大統領でも勝手な主張は認められない。この二月の大雪の被害で、ついに切られてしまったが、長く「アイクの木」として愛され、名物になっていた
▼夜の通勤電車。真新しい背広の青年が口を開けて眠っている。四月入社の若者も疲れがたまる時期だろう。大変な仕事。厳しい上司。「アイクの木」だと考えるしかない。腹を立てても仕方がない。プレーを続けよう。未熟さをたくましさに変える木。攻略法もいずれ見つかるはずだ
▼「あの木にはよく当てたが、なくなって寂しい」。マスターズ優勝六回の帝王ジャック・ニクラウスは語った。苦労はやがて感謝と懐かしさに変わるものと信じる。
※ どれをとっても味わい深い作品です。
すばらしい・・・・。