名古屋の国際交流のイベントに行った。
国際交流の映画を見てそれからパネリストのトークを聴くという趣向のイベントだった。
パネリストの一人は国際交流関係の財団法人の代表理事の方だった。
その方の言葉は表面上は東京の言葉、あるいは名古屋の言葉と思われるような言葉遣いだった。
でも話の運び方がなんとなく 東京や名古屋の人とは違う。
つかみのところで 「私は 東南アジアの人相手に貸しビデオ屋さんをしていましたが、今では随分、すごい人になりました」と言う感じのことをおっしゃったので、ええ、それって関西のノリだと思った。
でも名古屋ではそこでそんなに笑いはでない というかほとんど出ない。
「貸しビデオ屋さんをやってた時は 外人の人もたとえビデオと関係ない個人的な相談でも 『どうしてそんな風なんですか』という感じで電話がかかってきていましたが、外国人のための公的な相談窓口では 『先生 相談したいことがあるのですが』という感じで電話がかかってきます。やはり外国人の方も貸しビデオ屋にはこちらが金を払っていると思うから お客さんの立場でものをいってくるけれど 公的な相談だと かしこまってしまうんですねえ」という主旨の話を聴いた時にはいい話だなあと思った。
同時に これはもう完全に関西のノリだと思った。
それで ちょっと椅子の下に置いておいたイベントのしおりを見るとこの代表理事の方は 伊丹市出身となっている。
やっぱりなあと思った。
僕も言葉の表面上は東京に合わせているように見えてもそれはエセ東京弁で中身は関西となんとなくわかるほど長く関西にいたんだなあと思った。
一回それに気づくともう関西のノリに気付くことの連続だった。
「私たちが簡単な日本語を話すのも大切ですが 外国人のブロークンジャパニーズになれることも大切です。先日ある会社に電話をかけましたら外国人の方が出られて 『課長はいま席がはずれております』とおっしゃってましたが、日本人ならそれで何を言いたいかわかるじゃないですか。そこで理解することが大切です」という主旨の話を聴いた時にはいい話だと思った。そして関西だとも思った。
「パキスタンの女の子のお父さんは、『もう女の子だから中学卒業したら学校は行かなくていいです』 と言うんです。私はそれには抗う(あらがう)べきだと思います」
ああ、イスラムの神アッラーとあらがうをかけた親父ギャクだなと思いつつも なんだか名古屋の親父ギャクとはちょっと違うと思った。
あらがう アッラー パキスタンを結び付けないと面白さがわからないところが奥ゆかしくて関西らしい。
寒う と突っ込まれる危険性もいっぱいのギャグだけれどそういう危険性もいいような気がする。
でも 結局はやさしい方だったなと思う。
関西人なのに表向きは標準語を話されるのもやさしさのひとつのような気がした。
関西弁は関西以外の人には威圧的に思える場合もあるから、、、。
やさしい方だから 国際交流の多様性に配慮のある社会づくりの仕事に入っていかれたような気がする。
あれこれ考えていて結局はその人が培ってきた人柄だなと思うことが多い。
それはともかく いちにち いちにち 無事に過ごせますように、それを第一に願っていきたい。