後ひと月ほどで卒業する。経済的に厳しい環境であったが、両親からの僅かな仕送りと奨学金とアルバイトでなんとかここまでたどり着いた。それが出来たのも、中高と陸上部で鍛えた身体があってのものだったなと振り返る。しかし、本当の問題はこれからなのだ。僕たちには、奨学金を返済しなければならない義務がある。収入の少ない親には頼れないから自力で返済したいが、今、僕が選択できる方法は2つしかない。一つは収入を得る為に就職し、奨学金返済のために働くか、数年前にできた、入隊し兵役を3年勤めれば奨学金返済が免除されるという制度を利用するかである。
兵役を前向きに考えれば、規律は厳しいが、訓練の中で様々な資格を取得でき、身心も鍛えられる。上官から認められ昇進試験をパスすれば階級が上がるシステムもある。
しかし、この制度の最大のリスクは、米国が介入する紛争地域へ赴かなければならないことだ。この制度の基礎となっているのは米国の「軍人社会復帰法」と言われるもので、何十年も前からある制度らしいが、戦闘活動を経て、精神を病み自殺してしまう人が後を絶たないということを聞く。勿論、僕らの国でもこの制度を使い、兵士となって海外へ赴いた人も多く、公には公表されていないが、戦闘に巻き込まれて死んでしまった人がいると僕たち学生の間でも実しやかに噂されている。
この問題のもう一つの側面にあるのは、奨学金制度を受けているのは女子である。
自力で返済できなければ、僕らと同様に、兵役を務めるか、理系の女子ならば、国立の武器開発施設への勤務があるが、その他の女子は国立の軍事関係の企業へ行かなければならない。
勿論、自力で返済できればこの選択はしなくても良いのである。しかし、就職を選んだ人の中には、奨学金返済のための生活に耐えられず、身を売って返済している人もいるという噂である。
マイナンバー導入とこの奨学金返済制度のおかげで奨学金滞納者はほぼ0になり、経済的にひっ迫している本当に学びたい人の為にはなっていると思うが、苦労して大学に進学した理由が幸福につながっているのかを問わずにはいられない。
しかし、すべてはお金の話である。裕福な家庭の下に生を受けたならこんな苦難も味わわずに済んだだろうと思うけれど、それを言ってもしょうがない。
今日もまた、月一で集まるメンバーと共に居酒屋で酒を交わしながらたわいのない話をする。大学はばらばらであるが、バイト先で出会った心許せる仲間である。そして、卒業を前にした僕らの話題は、僕たちのほんの少し先の未来だ。
「で、お前、どうすんのよ」
「・・・・・・都心での就職は無理だったから、地元に帰って職を得て、奨学金を返済する努力をしようと思っている」
「・・・・・・そうか。そうするか」
「うん。よく考えたんだけど、まず、親が悲しむ顔を見たくないなと」
そう言うと、僕の前の席に座っている香奈が冗談ぽく、「わー。ひょっとしてマザコン? 」といって茶化した。隣にいた香織も「わぁー。きもい。」といって笑っている。僕は少しむっとして
「そんなんじゃないよ。親の気持ちを思うって、大切だと思わないか」
と言うと、僕の隣で当たり目をつまんでいた浩一郎が「まぁ、まぁ。そうむきになんなよ。」と言ってなだめた後、「俺の場合、両親ともに低所得者で、婆ちゃんの介護もあるから、返済の選択としては制度を使うしか手がない。親も俺が兵役に出ることを心苦しく思っていて母親は「ごめんね」って言ってる。でも、俺のわがままで進学したこともあるから、ごめんねって言わせていることを心苦しく思うよ。だからさ、お前の気持ちよくわかるよ」
といって、肩をたたいた。僕は少しうれしくなり「おおっ。分かってくれるか同士! 」といって握手を求め浩一郎と固い握手をした。それを観ていた女子は「なになに。熱い友情ってやつ? 」といって笑った。なんというか、この二人は本当に遠慮がない。
すると浩一郎が「それはそうとお前らはどうするの? 」と二人に聞くと、ルックスに自信ありの香織は満面の笑みを浮かべ、
「へへっ。そんなの決まってんじゃん。素敵な旦那様を捕まえて幸せに暮らすの」と言った。
香織はいつも自信に満ち溢れている。その根拠のない自信はどこからくるのだろうかと思うけれど、それでも香織はルックスからは想像できない天性の賢さを兼ね備えているから大丈夫なのだろうと思う。しかし、香織の隣でジョッキを開けている香奈は少し顔を曇らせ「私は香織みたいにはできないなぁ」と呟いた。
「香織は可愛いし賢いから乗り切っていけるかもしんないけど、ここに住み続けようと思ったら普通のOLの収入では、生活するだけで精一杯。その上に奨学金を返済しようと思ったら、制度を利用するか、ダブルワークしないといけなくなると思う。男の人は大変だけれど、私たち女子には選択がまだ寛容だから、才能がなければ寮生活を強いられるけれど軍事企業で働きながら自分のスキルを高めてみるという可能性もありなわけだし、そう考えると一概に否定的な感情ばかりじゃないけど・・・・・・」
「けど? 」
「好きになった人が兵士になるんだったら、ずぅっと心配してなくちゃいけなくなるじゃない。もしかしたら死んじゃうかもしれない。そうなったら私、私、きっと耐えられなくなって・・・・・・自殺しちゃうんじゃないかと思う」
といって、ずいぶんな量の酒も入っていたせいか子供のように「うわぁ~ん。」といって泣き出した。香織はとなりでしょうがないなと言う感じで背中をさすっている。香奈は浩一郎の事がずっと好きだったからだ。普段勝気な香奈は友達以上の距離感で浩一郎としゃべっているのに、勇気がでないといって告白していない。僕と香織は、告白するチャンスを何度も作ってみたけれど、最後まで告白できなさそうだ。
浩一郎は泣きじゃくる香奈にハンカチを差し出し「ほれ、これで拭けよ。化粧が流れ落ちてるぜ」と冗談を言うと「ばか! 浩一郎はほんっと女心を分かっていない! 」といって、枝豆を一つ掴むと思い切り浩一郎に投げつけた。
「おっかねぇ。」といって笑う浩一郎。でも、ここで一番不安なのは浩一郎自身なのだろうと思った。
僕らは何度もここで酒を酌み交わし、様々なことを語った。あと幾日か経てば、それぞれがそれぞれの道を歩んでゆき、こうやって飲むことが出来なくなると思うと寂しい気持ちにもなるが、新自由主義と格差社会の中では今以上の困難に出会うだろうから、寂しがっていてばかりではいけない。そう、僕らは現実を生きていかなければならないのだ。
店員さんがオーダーストップを告げに来ると、皆は「もういいよね」といってうなずいた。すると香織が「ねぇ、記念写真撮っておこうよ。何年もこうやって飲んでんのに、この集まりだけだよ。写真一枚も取ってないのは」といって、ブランド物のカバンからカメラを取り出した。
「ちょっとお兄さん。これで写真撮ってくれない? 」
忙しそうに後片付けをしている店員さんを躊躇せずに呼び止めると、「さあ、みんな集まれ!! そしてこれでもかっていう笑顔を見せるんだよ! 」と言った。
僕らは香織の方に回ると「浩一郎は香奈の横に座って! 君はこっち! 」といって、意図的ポジショニングした。僕は「やるなぁ」と感心していると、店員さんが作り笑いをして「撮りますよ」といってシャッターを切った。香織は女優のような笑みを浮かべ「ありがとうね」というと、作り笑いをしていた店員さんの表情が和らぎ、少し照れたように「いえ」といって再び食器をもって奥へと消えた。
香織は酔っぱらいながらも懸命にカメラを操作し、「送信!」といってパネルをタッチし右手を上げた。すると僕らの携帯の着信音が一斉に鳴り、メールを開けるとそこには楽しそうに笑っている僕らの姿が写っていた。浩一郎の横でメールを開いた香奈は写真を見ると、嬉しそうにはにかんで、その写真を浩一郎に気づかれないようにこっそりと待ち受け画面にしていた。
兵役を前向きに考えれば、規律は厳しいが、訓練の中で様々な資格を取得でき、身心も鍛えられる。上官から認められ昇進試験をパスすれば階級が上がるシステムもある。
しかし、この制度の最大のリスクは、米国が介入する紛争地域へ赴かなければならないことだ。この制度の基礎となっているのは米国の「軍人社会復帰法」と言われるもので、何十年も前からある制度らしいが、戦闘活動を経て、精神を病み自殺してしまう人が後を絶たないということを聞く。勿論、僕らの国でもこの制度を使い、兵士となって海外へ赴いた人も多く、公には公表されていないが、戦闘に巻き込まれて死んでしまった人がいると僕たち学生の間でも実しやかに噂されている。
この問題のもう一つの側面にあるのは、奨学金制度を受けているのは女子である。
自力で返済できなければ、僕らと同様に、兵役を務めるか、理系の女子ならば、国立の武器開発施設への勤務があるが、その他の女子は国立の軍事関係の企業へ行かなければならない。
勿論、自力で返済できればこの選択はしなくても良いのである。しかし、就職を選んだ人の中には、奨学金返済のための生活に耐えられず、身を売って返済している人もいるという噂である。
マイナンバー導入とこの奨学金返済制度のおかげで奨学金滞納者はほぼ0になり、経済的にひっ迫している本当に学びたい人の為にはなっていると思うが、苦労して大学に進学した理由が幸福につながっているのかを問わずにはいられない。
しかし、すべてはお金の話である。裕福な家庭の下に生を受けたならこんな苦難も味わわずに済んだだろうと思うけれど、それを言ってもしょうがない。
今日もまた、月一で集まるメンバーと共に居酒屋で酒を交わしながらたわいのない話をする。大学はばらばらであるが、バイト先で出会った心許せる仲間である。そして、卒業を前にした僕らの話題は、僕たちのほんの少し先の未来だ。
「で、お前、どうすんのよ」
「・・・・・・都心での就職は無理だったから、地元に帰って職を得て、奨学金を返済する努力をしようと思っている」
「・・・・・・そうか。そうするか」
「うん。よく考えたんだけど、まず、親が悲しむ顔を見たくないなと」
そう言うと、僕の前の席に座っている香奈が冗談ぽく、「わー。ひょっとしてマザコン? 」といって茶化した。隣にいた香織も「わぁー。きもい。」といって笑っている。僕は少しむっとして
「そんなんじゃないよ。親の気持ちを思うって、大切だと思わないか」
と言うと、僕の隣で当たり目をつまんでいた浩一郎が「まぁ、まぁ。そうむきになんなよ。」と言ってなだめた後、「俺の場合、両親ともに低所得者で、婆ちゃんの介護もあるから、返済の選択としては制度を使うしか手がない。親も俺が兵役に出ることを心苦しく思っていて母親は「ごめんね」って言ってる。でも、俺のわがままで進学したこともあるから、ごめんねって言わせていることを心苦しく思うよ。だからさ、お前の気持ちよくわかるよ」
といって、肩をたたいた。僕は少しうれしくなり「おおっ。分かってくれるか同士! 」といって握手を求め浩一郎と固い握手をした。それを観ていた女子は「なになに。熱い友情ってやつ? 」といって笑った。なんというか、この二人は本当に遠慮がない。
すると浩一郎が「それはそうとお前らはどうするの? 」と二人に聞くと、ルックスに自信ありの香織は満面の笑みを浮かべ、
「へへっ。そんなの決まってんじゃん。素敵な旦那様を捕まえて幸せに暮らすの」と言った。
香織はいつも自信に満ち溢れている。その根拠のない自信はどこからくるのだろうかと思うけれど、それでも香織はルックスからは想像できない天性の賢さを兼ね備えているから大丈夫なのだろうと思う。しかし、香織の隣でジョッキを開けている香奈は少し顔を曇らせ「私は香織みたいにはできないなぁ」と呟いた。
「香織は可愛いし賢いから乗り切っていけるかもしんないけど、ここに住み続けようと思ったら普通のOLの収入では、生活するだけで精一杯。その上に奨学金を返済しようと思ったら、制度を利用するか、ダブルワークしないといけなくなると思う。男の人は大変だけれど、私たち女子には選択がまだ寛容だから、才能がなければ寮生活を強いられるけれど軍事企業で働きながら自分のスキルを高めてみるという可能性もありなわけだし、そう考えると一概に否定的な感情ばかりじゃないけど・・・・・・」
「けど? 」
「好きになった人が兵士になるんだったら、ずぅっと心配してなくちゃいけなくなるじゃない。もしかしたら死んじゃうかもしれない。そうなったら私、私、きっと耐えられなくなって・・・・・・自殺しちゃうんじゃないかと思う」
といって、ずいぶんな量の酒も入っていたせいか子供のように「うわぁ~ん。」といって泣き出した。香織はとなりでしょうがないなと言う感じで背中をさすっている。香奈は浩一郎の事がずっと好きだったからだ。普段勝気な香奈は友達以上の距離感で浩一郎としゃべっているのに、勇気がでないといって告白していない。僕と香織は、告白するチャンスを何度も作ってみたけれど、最後まで告白できなさそうだ。
浩一郎は泣きじゃくる香奈にハンカチを差し出し「ほれ、これで拭けよ。化粧が流れ落ちてるぜ」と冗談を言うと「ばか! 浩一郎はほんっと女心を分かっていない! 」といって、枝豆を一つ掴むと思い切り浩一郎に投げつけた。
「おっかねぇ。」といって笑う浩一郎。でも、ここで一番不安なのは浩一郎自身なのだろうと思った。
僕らは何度もここで酒を酌み交わし、様々なことを語った。あと幾日か経てば、それぞれがそれぞれの道を歩んでゆき、こうやって飲むことが出来なくなると思うと寂しい気持ちにもなるが、新自由主義と格差社会の中では今以上の困難に出会うだろうから、寂しがっていてばかりではいけない。そう、僕らは現実を生きていかなければならないのだ。
店員さんがオーダーストップを告げに来ると、皆は「もういいよね」といってうなずいた。すると香織が「ねぇ、記念写真撮っておこうよ。何年もこうやって飲んでんのに、この集まりだけだよ。写真一枚も取ってないのは」といって、ブランド物のカバンからカメラを取り出した。
「ちょっとお兄さん。これで写真撮ってくれない? 」
忙しそうに後片付けをしている店員さんを躊躇せずに呼び止めると、「さあ、みんな集まれ!! そしてこれでもかっていう笑顔を見せるんだよ! 」と言った。
僕らは香織の方に回ると「浩一郎は香奈の横に座って! 君はこっち! 」といって、意図的ポジショニングした。僕は「やるなぁ」と感心していると、店員さんが作り笑いをして「撮りますよ」といってシャッターを切った。香織は女優のような笑みを浮かべ「ありがとうね」というと、作り笑いをしていた店員さんの表情が和らぎ、少し照れたように「いえ」といって再び食器をもって奥へと消えた。
香織は酔っぱらいながらも懸命にカメラを操作し、「送信!」といってパネルをタッチし右手を上げた。すると僕らの携帯の着信音が一斉に鳴り、メールを開けるとそこには楽しそうに笑っている僕らの姿が写っていた。浩一郎の横でメールを開いた香奈は写真を見ると、嬉しそうにはにかんで、その写真を浩一郎に気づかれないようにこっそりと待ち受け画面にしていた。