硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

恋物語。 80

2021-07-23 19:24:22 | 日記
「あすかちゃん・・・。びっくりした? 」

「びっくりしたにきまってんじゃん! けど、どういうつもり? これって、挨拶みたいなキスなの? 」

「je vous aime」

ソフィアは、顔を真っ赤にして、俯くと、凄く小さな声で呟いた。
        
「フランス語って、ずるいぞ。」

「ごめんなさい。」

「いいよ。何となく伝わってきたから。けど、さすが同性婚が認められている国の人だな。」

「あすかちゃん。それは違うよ。私が意志表示できたのは日本だからだよ。」

「どういう事? 」

「ここには、カトリックやイスラムやユダヤと言った宗教の、経典の教えを強く信じる人がいないからだよ。」

「ん? どういう事? 」

「フランスは自由な国だと思っている人が多いけれど、フランスの中には経典の言葉を強く信じている人がいて、その人達の中には、神の教えに反するからって、同性愛を認めない人、暴力に訴えてくる人がいるの。愛にあふれている反面、差別も辛辣なのが、フランス。ボ―ヴォワールやウィティッグみたいな女性の活躍がなければ、もっとひどかったかもしれない。」

ソフィアの事、知ってるつもりでいたけど、私、全然知らないでいたんだ。
もっと彼女の事を知りたいな。
けど、好きな相手が同性ってだけで、何が悪いんだろ。腕力や権力や嘘で縛ろうとするバカな人と付き合うより、お互いが尊敬出来て思いやれる人と付き合ってた方がいい影響を与えてくれるのにな。
それが同性っていうだけで、なんで非難されなきゃいけないんだろう。神様は愛を知らないんだろうか。
こんな気持ちになったのは初めてかも。
なんか、流されてる場合じゃないな。

「そっか。難しい事は分かんないけど、今は幸せってこと? 」

「はい。とても。」

マスクを高い鼻の上までもどしてあげると、ソフィアは、にこっと微笑んだ。その笑顔は本当にうれしい時の笑顔。だったら、今は、これ以上、詮索するのは野暮だな。
言葉にしなくても、心が温かい。
女子を好きになるって、意外に悪くないかも。

「信号変わったよ。行こうか。」

どちらからともなく手を繋ぐと、ひときわ明るく照らされた駅の改札口へ向けて、二人で歩き出した。


恋物語。 79

2021-07-22 19:12:30 | 日記
「わかりました。じゃあ、最後に一つだけ聞いていいですか。」

「一つだけだよ。」

「進学しますか? 進学したら、また陸上始めますか? 」

まさか、また、追いかけてくるつもりじゃないだろうな。
漠然と決めた進路だったから、入学したらどうしたいかなんて考えてなかったし、まして、陸上なんて頭の片隅にもなかった。
けど、環境も変わるし、今なら、肩の力も抜けてて、楽しんで自己ベストを更新できるかもしれない。そう考えると、トライする事も悪くないな。

「う~ん。そうだなぁ。トライしないっていう理由はないな。けど、大学が受かればの話だし・・・。まぁ考えておくよ。」

「じゃあ、進学して陸上始めたら、真っ先に連絡ください。」

「まさか、追いかけてくるつもり? ソフィアは頭いいんだから、海外の大学も狙えるでしょ。きっと両親が許さないし、もったいないぞ。」

「そんなの大きなお世話です。私は私の道を行くのです。」

ちょっと拗ねた感じで、それでも、きっぱりと自分の意志を伝えてくる。年下とはいえ、尊敬してしまう。

「わかったよ。じゃあ、進学決まって、陸上始めたら必ず連絡する。」

「絶対ですよ。」

「嘘つくもんか。」

私達は上着を着て、帽子を被ると、席を立ち、「サイゼリア」を出た。もちろん私のおごりだ。
外は冷たい風が吹いていて、思わず首をすくめる。仕事帰りの人達の流れの中に入ってゆくと、ソフィアは左側について、私の腕に腕を回した。
迷子にならないように一生懸命ついてくる子供みたいに。

「あすかちゃん。」

「なに。また質問? 」

「うん。」

「なに。」

「・・・・・・あすかちゃん。好きな人。いるの? 」

「そんなのいるわけないじゃん! 」

「そっか。」

「なに。」

「じゃあ。」

「じゃあ? 」

信号が赤になる。横断歩道の前で立ち止まると、ソフィアは私の腕を引き寄せ、自分のマスクを顎まで下すと、左手で私のマスクを下げて、凄く自然に唇を重ねてきた。
一瞬の出来事で、何が何だかわからなかったけど、ソフィアのキスは柔らかくって優しくて暖かくって、つまらない男達よりぜんぜんよかった。

周りの人が見てるよ・・・・・・。でも、まっ、いっか。
私も目を閉じて、ソフィアと気持ちを重ねる。

唇が離れると、不思議と、もう少しって思う自分がいた。
ソフィアも、はにかんでた。

恋物語 78

2021-07-21 20:56:31 | 日記

「そんなことありません! あすかちゃんはバカじゃありません! 私が入部したての頃、「は」と「ん」が上手く発音できない事や、変な日本語使っても笑わなかったのはあすかちゃんだけ。それを、優しく教えてくれたのもあすかちゃんだけ。フランスで教わった練習メニューにも耳を傾けて、一緒にトレーニングしてくれたのはあすかちゃんだけ。こうやって、会って悩み聞いてくれるのもあすかちゃんだけ。私は変わらず尊敬しているのです。」

ソフィアの気持が嬉しかった。本当にいい後輩を持った。

「ありがとう。ソフィア。」

帽子癖がついたベリーショートの髪に手を伸ばし、よしよしと頭をなでる。
ソフィアは意外にも真っ赤な顔をして、恥ずかしそうに下を向いた。

「あすかちゃん。照れますよ。でも、うれしいな。」

私達は見つめ合い、小さく笑った。

サンドウィッチとピザを平らげて、三杯目のドリンクを飲み干した頃、時計は7時になろうとしていた。貸し切り状態だったお店には、沢山のお客さんがいて、食事を楽しんでいた。
私達はお酒を飲まないから緊急事態宣言は余り関係ないけど、ソフィアは門限のある人だ。

「ヤベッ、喋りすぎちゃったね。門限何時だっけ? 」

「7時です。でも今日は先輩と会うって言ってきたから少し遅れても大丈夫です。」

「ダメだよ。ソフィアの家は、うちと違って親が心配するから。」

「えっ、でも、せっかく盛り上がっているのに、もうちょっとだけいいじゃないですかぁ。」

「だめ。私、こう見えても、こういうことはきちんとしてるの。」

そう言うと、すごく残念そうに「え~っ」といって駄々をこねた。本当に妹だな。

恋物語 77

2021-07-20 20:09:22 | 日記
「えええっ。この高校選んだ動機が私!? 決勝はびりだったじゃん!  」

彼女が入部してきたとき、すごく勉強の出来る子だから、インターナショナルスクールか、進学高へ行くはずなのに、なんで、公立の普通の高校で、しかも、弱小の陸上部にって思ったけど、私が決め手だっただなんて。

「あの準決勝の走りが私を動かしたんです。」

「そうだったの・・・・・・。」

「いっしょに練習してて、本当に楽しかったです。なのに、突然陸上やめちゃうんだもの。」

ソフィアの気持ちを聞いて、参ったなぁと思った。もし、彼女の気持ちに気づいてたら、少しぐらい居心地悪くても陸上続けられたかも・・・・・・。

「でも、いいんです。理由も知ってるし。」

「そっか。やっぱり知ってたんだ・・・。それなら、あんなつまらない男なんかほっといて、続けてれば良かったな。」

ソフィアは大きく頷きながら、「そうですよ。私、先輩と一緒にインターハイ走りたかったです。」と、言うと、長いまつ毛の奥にあるクリっとした大きな瞳は、真っ直ぐに私を見つめていた。

「私も、ソフィアと練習しているとき、凄く刺激があって楽しかったな・・・・・・。それなのに、ソフィアがめっちゃ応援してくれた、2年の地方予選は準決勝にも進めなくて・・・・・。柄にもなく落ちこんじゃって。先輩だったから信用しちゃって・・・。散々痛い目にあってたのに、流されちゃって。また同じ失敗をして・・・。最後のインターハイは絶対出てやるって気合い入れてたのに。こんなに良い後輩がいたのに・・・・・・。私って、ほんと、バカだわ。」

すると、ソフィアは、少し口調を強め、説教をするように私の弱い気持ちを否定した。

恋物語 76

2021-07-19 20:27:59 | 日記
ゴールを確認した後、目を閉じて深呼吸。スタートの合図を待つ。
「セット」のコールが掛かると、スターターがトリガーを引く瞬間が感覚的にわかった。
思い通りフライングギリギリのスタートが決まり、集団から頭一つ抜きに出てた。
2~3歩進むと、歓声や時間、風を切る感じや、身体の重ささえも消えて、気が付けばゴールまで駆け抜けていた。
トラックで呼吸を整えてると、スタンドから歓声が上がった。
記録は12秒00。
一年生なのに、地方大会の新記録となって、凄くうれしくて、インターハイもイケると思った。
でも、決勝ではその走りができなくて、結果は9位。悔しい思いだけが残った。

「懐かしいね。覚えてるよ・・・。あの頃は、100mが全てだったから。けど、その時って、ソフィアは中三でしょ。何で知ってるの。」

「あの準決勝。私、スタンドから見てたんです。」

「えええっ!! 」

本当に驚き。スタンドの人影は見えてたけど、その中にソフィアがいただなんて。
彼女は私のリアクションを見て笑っている。なんか恥ずかしいじゃん。

「その日は、高校のレベルってどんなものかなていう気持で見に来てたんです。そして、それが、たまたま準決勝だったんです。レースが始まると、あすかちゃんがスタートからどんどん加速していって、あの時のあすかちゃんのフォームがとても綺麗で、忘れられなくて、一緒に走ったら楽しいだろうなって。それで、あすかちゃんのいる高校へ行こうって決めたんです。」

恋物語 75

2021-07-18 20:12:56 | 日記
「あすかちゃんは、もう走らないの? 」

突然の質問にピザが詰まりそうになって、慌てて冷めたコーヒーで飲み込む。
私の頭の中から抜け落ちていた陸上というワード。
どう答えていいのか分からない。

「う~ん・・・・・・。多分、ないかな。」

「絶対に、もったいないよ。」

「もったいない? 」

「うん。もったいない。」

「なんで? 」

「だって、私がこの高校を選んだのはあすかちゃんがいたから。あすかちゃんが走っていたからだよ。」

「えええっ! そんな話初めてじゃん。」

私が驚いていると、ソフィアは、もじもじしながら、その理由を話し出した。

「あすかちゃん。覚えてる。2018年の夏の駒田陸上競技場。準決勝。」

もちろん覚えてる。陸上選手として一番輝いてた時間だから。

雨上がりの駒田陸上競技場。地方大会の準決勝。
真っ青な空に大きな虹がかかっていた。強めの追い風。日差しはきついのに風のおかげで爽やかだった。ウォーミングアップの時から、身体がいつもより軽く感じていて、少し気になっていたスパイクピンを思い切って変更。スタブロの角度も一つ上げた。
こんなことしたら遅くなる確率の方が高い。それでも、その時は、凄く自信があった。
競技場に準決勝のアナウンスが流れ、スタートボジションまでゆっくり歩いてゆく。5コースの前に立って、ぼんやりしていると、いつの間にか私の名前が呼ばれてた。
慌てて右手を上げ、スタンドに向かって軽くお辞儀する。いつもなら、この時点ですごくドキドキしてるけど、その日は凄く集中していて、鼓動も部活の時みたいだった。
準決勝出場者の紹介が終わると、スタート位置につき、渇きかけている高速タータンに手を添え、スタブロに足を掛ける。後ろ足に負荷がかかって違和感があったけど、これで大丈夫と思った。

恋物語 74

2021-07-17 20:07:48 | 日記
私はそう思っちゃうけど、ソフィアの場合は、答えを出す事が目的じゃない。
彼女はポジティブ志向だから、吐き出すだけ吐き出せば、また、立ち向かってゆく。ある意味、革命家だ。
だから、余計なアドバイスをしないし、彼女もそれを分かってくれてる。
でも、それが心地いいのか、たまりにたまった不満を流ちょうな日本語で、これでもかと思う位に話し続けた。
途中で運ばれてきたピザとセルフサンドイッチは、私達の手が伸びるのをじっと待ち続けていてくれている。

「・・・ってかんじです。もう、本当に嫌になります。」

「そうかぁ。私がいれば、力尽くでもなんとかするんだけどね。もう、部外者だしなぁ。それはそうと、ちょっとお腹すかない? 」

「ごめんなさい。夢中でしゃべっちゃった」

「気にしないでいいよ。よかったらピザも食べて。」

「ありがとうございます。」

一旦ブレイクすると、私達は遅いブランチを食べ始めた。雲の向こうに隠れた太陽はすっかりビルの下に隠れて、辺りは薄暗くなっていた。この季節はあっと言う間に日が暮れるから嫌いだ。
ピザを6等分に切り分け、手でつかんで、腕を伸ばすと、具が落ちる前に下から、がぶりと食べる。小学生みたいな食べ方だけど、ソフィアとなら気兼ねしなくていい。
ソフィアも私の食べる様子を見て、微笑んでる。

「あすかちゃん。子供みたい。」

「うっせぃわ。」

二人して笑う。彼女といると、ほんと楽しい。
でも、部員は他にもいるのに、なんで、私を相談相手にしたんだろう。

恋物語 73

2021-07-16 21:06:03 | 日記
外を見ると、雲の切れ間からわずかにのぞいた太陽は西に大きく傾いて、駅の向こうのビルの谷間に沈んでゆこうとしていた。
駅前のスクランブル交差点で信号待ちをしている沢山の人達のほとんどが携帯をのぞき込んでいる。
当たり前の風景だけど、あの小さな画面の中に、夢中になれる事や、楽しい事、心の底から信じられるものって本当にあるのかなって時々思う。

「あすかちゃん! 」

「あっ、ああっ。ごめん。なんか、感傷的になってた。」

「もうっ! 今日は私の悩みを聞いてくれるんでしょ。」

「ごめん。なんかホッとしちゃってさ。じゃあ、話を聞こうか。」

ソフィアの悩みの多くは、陸上部での事だ。
彼女は間違いなく足が速い。だから、フランスで教わったり、自分が考えたりしたメニューでトレーニングをしてゆきたいと思っているけど、ライバル意識の強い人が、しきたりを重んじて、それを許さない。そして、真面目に取り組まないチャラい男子の部長が、どうやらソフィアの事を狙っていて、それが、嫌なのだという。
去年、ガン無視しつづけた先輩が卒業して、ホッとしていたのに、そういう男がまた現れたのだ。
気持を許さない人に好かれるのって、ストレスでしかない。
のぼせた男は、それを分かってくれない。迷惑でしかないのに、推していれば、いつか振り向いてくれるって思い続けてる。
だから、そう言う相手には、受け入れるか、逃げてしまうかの二択しかないし、どちらを選んでもストレスがたまるだけだから困る。
もし、彼女がスパイアクションのヒロインなら、瞬殺される立場なのにな。

恋物語 72

2021-07-15 20:43:21 | 日記
店員さんは手際よく注文を確認して、一連の流れでフリードリンクの案内をし終わるとニコッと微笑んだ。私達も微笑みに応えるように、愛想よく「ありがとう。」と言って、軽くお辞儀する。

「じゃあ、ドリンク行くか。」

「はい!」

白いカップを二つ取ると、一つをソフィアに渡し、もう一つのコップをコーヒーメーカーに置いてボタンを押す。湯気を立った熱々のコーヒーがカップに零れ落ちると、コーヒーの香ばしい香りが周りに漂った。ソフィアは、アールグレイのパックをとってお湯を注いでいる。紅茶が好きみたいだけど、夏の間はジンジャーエールしか飲まないというこだわりもある。

「あすかちゃん、ブラックって苦くないですか? 私、全然飲めないです。 」

「意外と大丈夫。なんかね。気が付いたら飲めるようになってた。」

「きっかけってなんだったの? 」

「え~、なんだったっけ。う~ん、覚えてないなぁ。」

「そういう事って、意外と覚えてるものだけど。」

「う~ん。なんか嫌な事があったのかもね。嫌な事はすぐに忘れるようにしてきたから。」

「嫌な事は忘れる」。私にとっては、ごく普通の事なんだけど、なぜかソフィアは左手に持ったティーカップで口を隠し軽く笑った。
冷たくなった手をカップに沿えて暖めながら席に戻ると、まったりとドリンクを飲む。
冷えた身体に少しづつ暖かさが戻ってくる。
お互いに黙っていても、気を使わなくていい相手だから、この沈黙は心地いい。

恋物語 71

2021-07-14 21:43:39 | 日記
「いらっしゃいませ。お二人ですか? 」

店員さんの愛想よい定型文にうなずく。午後三時という中途半端な時間だけあって、ほぼ貸し切り状態。私達にとっては都合がいい。
駅が見下ろせる窓際の席に移ると、向かい合わせに座り、帽子とジャケットを脱いで腰を下ろした。ソフィアはすぐにメニューを手に取ると、テーブルの中央に置いて開けた。

「ありがとう。じゃぁ、好きなもの頼んでいいよ。」

「どうしようかなぁ。今日はオフの日だから炭水化物はやめとこうかな。」

「炭水化物抜き? ソフィアは体脂肪率ってどれくらい? 」

「9くらいかな。」

「9! それなら気にしなくていいじゃん! 今日くらい食べなよ。」

「あすかちゃんがそう言うなら。」

「それでよろしい。」

「もし、体脂肪増えたら、また、一緒に走ってくれますか? 」

「いや。それは別だな。」

ソフィアが身体を逸らして笑う。筋の通った鼻、くっきりとした目。きめの細かい白い肌。帽子で変に癖がついた黒い短髪。時々、私なんかと過ごしてて時間の無駄にはならないのかとも思う。

「じゃあ、セルシッチャのセルフサンドイッチと、ドリンクバー」

「控えめじゃん! 」

「だって、一緒に走ってくれないんでしょ。」

ちょっと拗ねながら言う。ほんと妹みたいだ。

「わかった。じゃあ私は、アンチョビとルーコラのビザ。Wチーズと、ドリンクバー。」

メニューの番号を注文票に書き込む。その間にソフィアが呼び出しボタンを押す。
その動作は、初めから決まっていたというくらいに、ごく自然に。

恋物語 70

2021-07-13 20:36:17 | 日記
「あすかちゃん! 」

私の名前を呼んで、イヤホンを外すと、少し前かがみになってた背を伸ばして手を振る。
黒いマスクをつけてても、素敵な笑顔だって分かってしまう。
けど、制服とジャージ以外の彼女って観たことないな。

「ごめん。待った? 」

「私も、着いたところです。」

「日本語、またうまくなったんじゃない。私よりぜんぜんうまく話すじゃん。」

「ありがとうございます。努力のたまものですかね。」

「賜物って。私達だってそんな言葉使わないよ。日本人より日本人だわ。」.

「ありがとうございます。」

「それより、寒くない? あそこのサイゼ入ろうよ。驕るから。」

「そんな。悪いですよ。割り勘で、マックにしませんか? 」

「遠慮するなよ。私もソフィアにあえてうれしいんだからさ。」

「ホントですか! うれしい。」

「寒いから、行こう! 」

即決すると、駅前ビルの「サイゼ」へ向けて歩く。二人で会うときは先輩後輩というより、姉妹のようで、私の事を「あすかちゃん」と呼ぶ。そして、歩いているときは必ず左側にいて、私の腕に腕を絡ませてくる。
最初は戸惑ったけど、中2の時にフランスから移住してきたらしいし、フランスじゃそれが普通なんだろうから、まあいいかと思ってる。
けど、二人して長身で、一方はジャージにランニングシューズ、一方は黒いキャップを目深にかぶり、ミリタリージャケットとストレートのダメージデニムにコンバースのスニーカーという、まったく女子力を感じさせない女子が、腕を組んで街を歩いていると目立ってしまうらしく、いつも、二度見する人がいる。
まぁ、気にしないけど。

恋物語 69

2021-07-12 22:03:24 | 日記
自分の生活圏内で作り上げた17歳の世界に拘ってしまうと、きっと私は、つまらない大人になってしまう。それは分かってるんだけど、諦めかけている自分もいる。でも、それでいいわけがない。高校最後の一年の大半は、そんな不安定な気持のままで過ごしてしまってた。

午後三時。待ち合わせ場所は、駅を出た所にある変な形のブロンズのモニュメントの下。
相変わらずの曇り空。天気予報は今夜も雪が降るっていってたっけ。
ジャケットのポケットからスマホを取り出して時間を見ると、2時55分。

「ヤバっ。」

階段の右端を一気に駆け下り、改札を抜ける。モニュメントの下には4人位いる。
その中の一人に、グレーのニット帽を深くかぶり、黒いトラックスーツに赤いルコックのダウンジャケットを羽織り、少しくたびれたナイキのランニングシューズを履く、身長の女子がいる。どこを見るでもなく、イヤホンで音楽を聴いている。
飾り気はないけど、この間観たスパイアクション映画のヒロインみたいに、綺麗で危険という雰囲気が出てて、ちょっとかっこいい。

「ソフィア! 」

彼女は、お父さんがフランス人、お母さんが日本人のミックスだ。顔立ちはフランス人なのに目の色と髪の毛は黒く、ずっと、ベリーショートの髪形。手足も長いし顔も小さいから、歩く姿や立ち姿を見てると、ヴォーグに出てるモデルさんみたいだ。
その事を、一度だけ言ったことがあったけど、ソフィアは肩をすくめ「ショービジネスに興味はないの」と、きっぱり否定した。女子の中には彼女のルックスに嫉妬してる子もいるけど、そんなの神様の悪戯なんだから、しょうがないじゃんって思う。

恋物語 68

2021-07-01 18:25:50 | 日記
「たしかにぃ~。好きになるってそういう事だよねぇ。」

大きく頷く平川綾乃であったが、恋に関しては、川島健吾の告白によって、そうじゃない恋もあるかもと考え始めていた。
同意を得た村主詩音は、嬉しそうに自分の膝を両手で叩きながら「でしょ。でしょ。」と、はしゃいだが、一目惚れがどういう感情なのか分からない君塚明日香は、クールに「しおんらしいね。」と感想を述べた。

「明日、クリスマスだけどどうする? 」

村主詩音は、話題を川の流れのように、次のフェーズへ移す。
地上に落ちた雨粒が跳ね返るように、すぐさま対応する二人。

平川綾乃は、今日の夕方、須藤圭介への告白が控えている。その返事によって明日の予定が決まると言っても過言ではない。しかし、曖昧な返事をすると、特に女子の場合は関係がこじれてしまう。それだけは避けなければと瞬時に判断し、

「実はね。圭介先輩に告白しようと思ってるんだ。だから、明日の予定はバツって事で。」

おどけながら、そう言うと、両手の人差し指をクロスさせた。

「えーっ ! 」

突然の告白に湧き上がる二人。何事かと周りが彼女たちを見る。それに気づいた三人は身を寄せ合い、小さな声で語りだした。

「がんばれー。応援するよぉ」

「ありがとう。頑張るよ。駄目だったらグチ聞いてね」

「わかってるって、その時は任せなよ」

「そういう明日香は? 」

「わたしは、陸上部の後輩が相談にのってほしいって頼まれたから、一肌脱いでやろうかと。」

「部活辞めてんのに? 」

「まぁね。部じゃ言えない事もあるだろうし、可愛い後輩のお願いなんだから断りにくいじゃん。そういう詩音はどうなの?  」

「みんな用事があるから、ぼっちじゃん」

「そう言うときこそ、学級委員長なんだから,率先して受験勉強するとか? 」

「それね。学級委員長なら、みんなの模範にならないと。頑張れ勉強。」

「やめてよぉ。マジで」

チャイムが鳴る。三人が顔を見合わせると、村主詩音が「じゃあ、また後で」と、言って会話をリセット。二人は頷く。
この統率力が学級委員長に選ばれる所以である。それまで騒いでいた三人は、みごとにスイッチを入れ替えそれぞれの席に散っていった。

彼女達は社会や自身と葛藤しながら懸命に生きている。それが、大変だったけど楽しかったなと思えるようになるのは、まだ随分と先の話である。