硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

恋物語 19

2021-03-31 20:13:29 | 日記
「ところで、川島。なんか視線を感じないか? 」
「? なんだそれ。」
「今日、電車に乗ってからずっと誰かが此方を見ているような気がする。」
「僕たちを? なんで? 」
「それは分からん。」
「気のせいだよ。」
「いや、見つめられているぞ。一度、さりげなく見渡してくれないか。」
「わかった。」

イヤホンを外したかと思うと、小さな声で耳打ちしてくる「ホトケ」。そこまで言うならと、わざとらしく首のコリをとるように首を左右に振る。視界に入るのは、当然のことながら、ほとんどがわが校の生徒で、皆が自分たちの時間を過ごしている。だから、僕たちに向けられる視線などあるわけがない。

「いや、誰もみてないぞ。気のせいだろう。」
「むぅ。変だな。すごい念を感じたんだがな。」
「念? 松嶋が言うとオカルトに聞こえるのはなぜだろう。」
「むむっ。それは遺憾だな。「念」には、色々あってだな・・・・・・。」
「その解説は、長くなりそうなのか? 」
「むむむっ。その発言は遺憾である。」
「悩み多き今の僕には、何を言っても糠に釘だよ。」
「だとしたら、なおさらだ。若者よ、心して聞け。」
「押しが強いよ。」

たわいもない会話をしながら退屈な通学時間を豊かにしてくれる松嶋が友達でいてくれて本当に良かったと思う。

「次は学園前、学園前。」

車内にアナウンスが流れると、「ホトケ」は、驚くべき速さで下車を知らせるボタンを押したが、誰かに先を越され落胆していた。

恋物語 18

2021-03-30 20:27:01 | 日記
「川島。」
「なに? 」
「さっきの話なんだが。」
「さっきの話? 」
「悩んでいると言っていただろう。」
「ああっ、進路の事? 」
「・・・嘘だろう。」
「疑り深い奴だなぁ。」
「遠慮するな。」
「だから違うって。」
「色恋の相が出ているのだ。」
「いい加減な事を言うなぁ。」
「いやいや、いい加減ではないのだよ。悩んでいるなら俺が相談に乗ると言っているのだよ。」
「彼女もいないのにか? 」
「・・・。残念だったな。」
「残念だった? 」

「ホトケ」の残念だった。という予想だにしなかった発言に動揺していると、車内にアナウンスが流れ、電車はゆっくりとホームに停車した。

「さぁ駅に着いたぞ。話はここまでだ。」

勝者の笑みを浮かべながら松嶋が足早に電車から降りた。僕も松嶋の後に続く。
僕たちは喧騒の中、沢山の人の波にのまれながら、改札口に続く通路を歩いてゆく。

「さっきの話なんだけど、本当なの? 」
「何の話だ? 」
「彼女がいるって話だよ。」
「まさか俺が、と、思っただろう。川島のそういった所が駄目なのだよ。」

痛い所を突かれた。返す言葉も見つからない。

「返す言葉がないと思っているだろう。ふっふっふっ。」

鋭い。

「その通りだよ。松嶋にはかなわないな。」

改札を抜けると、バスの停留所に移動しバスに乗る。この面倒臭さを感じるのも僅かと思うと、少し心も軽い。しかし、この退屈な通学時間に「ホトケ」事、松嶋弘人が唐突に話しだす驚きや、スマホで落語を愛聴して、時々クスッって笑う様子を見れなくなるのはちょっと寂しい気がする。
そう思えるのは、「ホトケ」が、唯一、心から気を使わなくていいと思える人だったからだと思う。

恋物語 17

2021-03-24 21:33:19 | 日記
外に出るとすごく冷たい風が吹いていた。今年の冬はいつより寒い感じがする。急いで手に持っていたマフラーを巻きなおすと、先輩もネックウォーマーを頭からかぶりながら、「さびぃ! 明日は雪降んのかな。」
と言った。

「ホワイトクリスマスになるかもですねぇ。先輩、クリスマスはどうするんですか? 」

「飲み会って言いたいとこだけど、今は自制の時だしな。バイトも店長がお客が来ないから休みにするって言ってたし、授業の課題も残ってるから、家で過ごすよ。ヒラはどうするの? 」

「午前中は学校で、午後からは・・・私も勉強しなくっちゃ。」

「それって、しないだろ。」

「バレてましたかぁ~。」

おどけて見せる私。二人で笑う。周りの人からはリア充って思われてるかな。
先輩と歩きながら二人きりで話すものも、もう最後かもしれないなぁ。

改札を通る。帰る場所が違うからここでお別れ。

「先輩」

「なに? 」

「また、LINEしていいですか? 」

「いいよ。いつでも歓迎するよ。」

「じゃぁ、またLINEしますね。今日はありがとうございました。」

「おう! じゃあ、またな。」

「じゃあ、また。」

お互いに手を振りあうと、先輩は、階段を下りて向かい側のフォームへ向かった。
プラットフォームには、電車を待つ人が線に沿って並んでいた。私もその列に並ぶと、電車が近づいてくることを知らせる駅員さんの乾ききったアナウンスは他の音と混じって溶けていった。
私はもう、先輩にLINEしない気がするし、先輩もそれを分かってくれてるんじゃないかと思いながら、流されるように開いた扉を通ると、向こう側のフォームに先輩が見えた。
窓際に寄ると、先輩も気づいて、また手を振ってくれた。私は、口パクで「ありがとう」と言って、割り切れない気持ちを引きずったまま、動き出した電車の中から小さく手を振った。


恋物語 16

2021-03-23 21:42:18 | 日記
「いえっ。なんだか、先輩の気持が聞けて良かったです。」

「そっか、俺も打ち明けることが出来てスッキリしたよ。で、その男子とは付き合うのか?」

いやぁ、その質問が来るのかぁ。この際だからぼかしておこうと思ってたんだけどなぁ。けど、先輩も大切なこと打ち明けてくれたんだし、きちんと話さなきゃ。

「え~っと、もともと友達だったですけど、いきなり告白されて、どうしていいか分からなくて。でも、その人は、待ってくれるって言ってくれてて。甘えてしまってます。」

そう言うと、先輩は腕を組んで、

「そうかぁ・・・。まぁ、俺が敢えてアドバイス出来る事があるとしたら、そいつはヒラの事が本当に好きなんだと思うよ。でなきゃ、待ってるなんていえないからな。」

「そうなんですか? 」

「多分な。」

そう言って、また爽やかに微笑んだ。白い歯から光がキラキラ零れてる。
かっこいいなぁ。ゲイでもモテそうだよ。この姿をBⅬ女子が見たらきっと倒れてしまうよ。
喉カラカラだ。残りのキャラメルラテを一気に飲んで、先輩への想いはここで永久凍結させてしまおう。

「先輩。」

「うん。」

「ありがとうございました。」

「どういたしまして。」

「じゃあ、キャラメルラテとエグチのお金を。」

「いやっ、もらう訳にはいかないな。ヒラをフってしまったんだしな。」

「とーぜん、そうですよねっ! 」

そう言って笑うと、先輩も笑ってくれて、

「ヒラはホント面白いなぁ。久しぶりに笑わしてもらったよ。今日はそのギャラという事で俺が出しておく。」

「ありがとーございます!! 御馳走様でした! じゃぁ、私がトレイを片付けておきますね。」

「悪いな。」

先輩が席を立つ。私は二人分のトレイを持つと、先輩の後ろを追いかける。
マックでまた一つ想い出が出来ちゃったな。

恋物語 15

2021-03-22 20:31:39 | 日記
私にとって圧倒的存在だった二宮先輩も先輩の告白に同じ思いをしていたのか。
なんか、二宮先輩に嫉妬していた自分がハズい。

「だから、ヒラの気持ちは嬉しいんだけど、俺自身のアイデンティティを捻じ曲げてまで、これまでの世間の「普通」といわれるものに合わせて生きてゆくのは、もう無理なんだ。」

言葉に詰まる。背中に変な汗も出て来た。そんな問題、私に答えられるわけないよぉ。

「俺は俺の普通で生きていきたいんだ・・・・・・。」

先輩は、爽やかで、頭が良くて、スポーツ万能で、皆から好かれていたけれど、そんな思いをしていただなんて思いもしなかった。恥ずかしくって、涙出そうだよ。
人を知るって、好きな人の事を知るって、実はとても大変で大切な事なんだなぁ。

「じゃぁ、大学ではもう・・・・・・。」

「まぁ、大学はほぼほぼリモートだし、あんまり顔を合わせる機会もないから、カミングアウトする機会もないけど、俺が通ってる社会学部社会学科は教授もゲイだということをカミングアウトしてて、LGBTQに偏見がないんだよ。けど、もし、社会学部社会学科で偏見があったとしたら、笑ってしまうけどな。」

先輩大人になっちゃったなぁ。私、なにやってたんだろ。
ここは、無理無理でも背伸びしなくちゃ。

「いやぁ、なんていっていいのか・・・・・・。先輩の気持ちを知らずに、勝手な事ばかり言ってすいませんでした。」

「あやまらなくていいよ。ヒラの気持はなんとなくわかって、いつか打ち明けなきゃいけない時が来るんだろうなって思ってたからさ・・・。それでさ、ヒラからLINEきて、これはもう直接会って話しないといけないなって思ったんだ・・・・・。俺の方こそ今まで黙っててごめんな。」

その言葉に、胸がいっぱいになった。フラれたことにではなく、先輩が苦しい思いをしていた事に気づかなかったくせに、好きなってもらおうとしていた自分が悲しかった。

恋物語 14

2021-03-21 19:36:46 | 日記
先輩笑ってる。いやいや、その告白の後に爽やかな笑いってメンタルすごすぎるよぉ。
違う! 私の先輩への想いはどうなっちゃうの~。マジわけわかんない。

「実はさ、高校の時、口外しないって約束で、二宮だけには打ち明けてたんだ。」

えっ! 二宮先輩は知ってたの⁉ なんかムカつく。ダメダメ、落ち着いて私。

「あっ、それで・・・・・。二宮先輩が「彼女じゃないよ」って言ってたのは。それでも、二宮先輩と付き合ってるって思ってる子多かったですよ。私もずっと疑ってました。」

「そうだろうなぁ。告白してくれた女子には、とりあえず「好きな人がいるから」って断ってたから。」

「そうなんですね・・・・・・。」

「周りには二宮と付き合ってるって思われてたからさ、それは好都合だったんだけど、二宮にはごまかせないだろ。だからと言って、カミングアウトすると、差別が始まって、学校に居づらくなるってネットの友から聞いててさ、めっちゃ悩んでたんだけど、3年間を乗り切るためには誰かの協力が必要だと思ったから、思い切って二宮に打ち明けて、協力してもらったんだ。それでも毎日がマジしんどかったよ。」

うわ~なんて重い話なの。私じゃぁ受け止めきれない。でも、先輩にとってすごく大切な事を打ち明けてくれたんだから、私も気持ちを伝えなきゃ。

「・・・・・・そうだったんですねぇ。なんか、先輩の事全然知らなかったんだなぁって思ったらなんだか悔しくなってきました。」

そう言うと、先輩は「そういえば、二宮も同じこと言ってたなぁ。」と言って微笑んだ。


恋物語 13

2021-03-20 19:22:26 | 日記
「あの先輩。」

「うん。」

「今日、お話したかったのは・・・・・・。私、先輩の事がずっと好きで・・・・・・。で、この間、同級生の友達から告白されちゃって・・・・・・。それで、友だちに相談したら、その子がその男子の事が好きって言うことが分かって・・・・・・。もう、自分をごまかしててもダメかなって・・・・・。で、先輩は好きな人がいるのかなって。」

「ヒラはほんとに正直な奴だな。」

横目で先輩を見ると、少し困った顔をしながら、残りのコーラをズズズッと飲み干すと「いや、実は俺もヒラに言わなきゃいけない事があるんだ」と、言った。

「えっ、言わなきゃいけない事って・・・・・・。」

何を言うんだろう。すごくドキドキしてきた。まさかとは思うけど、期待に胸が膨らむ。

「ヒラはさ。LGBTQって知ってる? 」

なに⁉ エルジービーティーキューって⁉ 突然すぎて、わけわかんなよぉ。
けど、なんか答えなくっちゃ。

「えーっと、確か、Ⅼはれず、Gはげい、Bはばいせくしゃる、Tは・・・・・。」

「トランスジェンダー。じゃぁ、Qは? 」

「う~ん。なんだろう。」

「クエスチョニングだよ。」

「そ、そうなんですねぇ。知りませんでした。」

「まぁ、知らない人の方が多いから、仕方がないと思うよ・・・・・・。」

先輩、なんか困ってる。ジェンダー問題についてちゃんと学んでおけばよかったよぉ。

「でさ、今まで隠してたけど、俺、その・・・・・ゲイなんだ。」

「ふぁっ!」

思わず変な声が出る。 その答えの準備はしてないよぉ~。予想外過ぎるよぉ~。

「めっちゃ、驚いてんなぁ。」

恋物語 12

2021-03-19 20:55:39 | 日記
「ヒラ」と呼ばれる事。「いつもの」。で、通じてしまう嬉しさにときめく私。
ふあふあしながら席に座ると、先輩が戻ってくるまで、何となく携帯をいじる。

「おまたせっ! エグチとキャラメルラテでございます。」

すごくいい声。そしてスマートに私の前にトレイを置く。接客慣れしているなぁと感心。もう片方の手で倍照り焼きチキンテリオとコカ・コーラを乗せたトレイを自分の前に置いて、「腹減ったぁ」と呟く。せんぱい、少年みたいでかわいい。

「すいません。ありがとうございます。」

「さぁ、先に食べてしまおうぜ。話はそれからでいいよね? 」

「はいっ。それでいいです。」

「話はそれからでいいよね?」その言葉になんだかホッとした。でも、緊張のせいかお昼から何も食べていなくて、今もお腹が空いているんだかいないんだかよくわからないまま、小さく小さくエグチを食べながら、キャラメルラテで流し込んだ。
左側に座る先輩は「やっぱ、うまいわ」と言いながら豪快にチキンテリオを頬張っている。マックを食べる横顔。やっぱ、かっこいいな。

先輩との時間はすごく楽しい。マックもいつもよりおいしく感じる。話も弾んで、先輩はリモート授業がメインとなった大学の事や、バイト先で起こった信じられない位に面白いエピソードを話してくれて、涙が出るくらい笑った。
私も、部活の試合がほとんどなくなった事、楽しみにしていたイベントというイベントが次々に無くなってしまっていった事などなど。この一年間に起こった事を話すと、先輩は「今年はとにかくついてなかったよなぁ。けど、愚痴ったところで俺たちの力ではどうにもならない事だしな。」と言って微笑んだ。

幸せな時間だなぁ。このままこの時間が止まっちゃえばいいなぁ。でも、ハンバーガーは私達のお腹に収まって、コップの中のキャラメルラテとコカ・コーラは、魔法が解ける残り時間を知らせていた。

流されちゃいけない。そろそろ言わなくちゃ。

恋物語 11

2021-03-18 21:25:52 | 日記
駅前のマック。午後6時。すっかり日は落ち、街灯やお店の灯りが足早に歩く人の姿を映しだす時間。駅のプラットフォームが見下ろせるマックのカウンター席で先輩を待つ。
このお店は、私が使う駅と先輩が使う駅の間の駅にあって、皆で遊びに行った帰りや、部活帰りの先輩によく驕ってもらった思い出のお店だ。

改札口を見ながら携帯を触っていると、先輩からのLINEが届いた。

「駅についた」

「マックの2階にいます」

「り」

目を凝らして探していると、先輩が駅から出てくるのが見えたから、おおきく手を振ると、先輩も私に気付いてくれて、手を挙げると、ドリブルする時のように軽いステップで沢山の人をかわしながら走ってきた。
久しぶりの再会。私の無理なお願いにつき合ってくれてほんとにありがとうです。

「久しぶり! 」

先輩は爽やかに手を挙げて私のいる席にゆっくり歩いてきた。
私もつられて、小さく手を挙げる。このシチュエーション、ちょっと照れるな。
大学に進学した先輩は、髪を染めたせいか、マスクをしているせいか、BTSのシュガに凄く似ていた。これはモテて当然だわ。

先輩、微笑んでる。なんだか緊張するぅ。私、慌てて立って「いきなりなお願いをしてすいません。」と、頭を下げると、

「ああっ、ぜんぜん気にしなくていい。それよりもなんか食べようよ。驕るよ。」

と、言って緊張している私を和ませてくれた。いつもの優しい先輩のままだよぉ。

「いえっ。私が無理なお願いしたのだから、私が驕ります。」

ちょっと気を張って返事をすると、先輩は爽やかに笑った。

「変わらないなぁ。じゃぁ、割り勘でいこうか? 」

「ええっ、でも・・・・・・。すいません。じゃぁ、割り勘でお願いします。」

ああっ、なんで甘えてしまうの私。バカ、バカ。

「素直でよろしい。じゃぁ俺が買ってくるから、お金は後でな。 ヒラはいつものやつでいい? 」

「あっ、そっ、そうですね。いつものでいいです。」

「わかった。じゃぁ待ってて。」

「はいっ。すいません。」

先輩は振り返ると軽快に階段を駆け下りていった。。

恋物語 10

2021-03-13 22:08:32 | 日記
だとすれば、綾乃の考え方は正解だ。非の打ち所がない。どんなに考えたって恐らく答えは一つだろう。

「私達はここで学んでいる事を通じて、次の世界を選び取るのだ。もし、ここで何も学び取ることが出来なかったなら、つぎの世界も同じことになる」

と、リチャード・バックも言っているではないか。しっかりしろ私。

「わかった。私も決めた。お互いに告白して、結果を報告しあおう」

送信する。どんな答えが返ってくるだろう。綾乃の思考は予想が付きにくい。
しかし、びっくりするくらい躊躇いなくすぐに返信が来た。

「わかった。どんな結果になっても恨みっこなしだよ」

「恨みっこなし」か。綾乃らしいな。
裏と表を使い分け、器用にうわべだけの付き合いをする子もいるけれど、綾乃はいつも真っ直ぐだ。だから私は彼女と友達でいる事が出来たのだろう。
だから、ここは綾乃の気持ちに応えなければ。

「もちろん。」

「ありがとう。心強いよ」

「私もだ」

最後に名探偵コナンの頑張ろうスタンプを送ると、とても変な頑張ろうスタンプが返されてきた。さすが綾乃。ナイスセンス。

携帯を手放して両手を広げ天井を見上げる。大きく息を吐く。卒業まで後三か月。
大学受験を控えながら、川島君にこの想いを伝えることが出来るだろうか。
いや、ぐずぐずしていては駄目だ。

「今日できないでいようなら、明日もダメです。一日だって無駄に過ごしてはいけません」

と、ゲーテも言っているではないか。

未来を憂いていても、未来は誰にもわからない。旅に出れば、新しい出会いがある。
私は未熟なのだから、まだ発展途上だ。それに、誰一人として17歳で留まっている事など出来ないではないか。
決めた。明日、この気持ちを伝えよう。川島君の気持を変える事は、山を動かす事に等しいけれど、今は伝える事が大切なのだ。

私は意を決し、重力に押し付けられていた身体をベッドから引きはがすと、机に向かい、参考書のページを開いた。

恋物語 9

2021-03-12 21:32:06 | 日記
どんな反応をするだろう。もう、返信来ないかもしれない。
でも、予想を反して驚くほどの速さで返事がきた。

「圭介先輩に告白してみるよ」

なに、どういう事? 川島君を振るって事? 川島君が好きだって言ってくれてるんでしょ。あなた、なんなの? 
私はすぐさま返信した。

「じゃぁ、川島君のことはどうするの」

「わからない」

分からないってなによ。

「わからないってどういうこと」

「わからないからわからない」

綾乃に対して初めてイライラしていた。

「だから、どうするの」

「圭介先輩に告白する。きららは川島君に告白する。そうしよう」

狼狽した。綾乃の放った言葉は弱い私の心を打ちぬた。そして、怒りに似た感情も沸いた。私の優しさはしょせん偽善でしかなかったのだろうか。
落ちつけ私。
胸に手を当てて自分の鼓動を感じる。とても、ドキドキしている。こんな時は深呼吸だ。
おおきく息を吸って、ゆっくり吐く。繰り返しているうちに、私が帰ってくる。
大丈夫だ。
しかし、既に好きな人がいる事が分かっている川島君にこの気持ちを伝える意味はあるのだろうか。
もし綾乃が先輩と付き合う事になったら、川島君は傷つくだろうし、私には川島君の心の隙間を埋める事なんてできない。
その逆なら、私だけが傷つく事になる。
そして、どの選択肢を辿っても、綾乃と私の関係はこれまでのようにはいかなくなるかもしれない。

恋物語 8

2021-03-11 20:15:22 | 日記
自分自身をなじる。でも、なじったところでどうにもならない。
それより、今は、綾乃の意見に私がどう答えるかが大切だ。これまでのように、よい助言に心がけるべきなのか、それとも、この気持ちを素直に発した方がいいのか。
あれっ、そもそも、綾乃と私の関係はなんだったのだろうか。

私の目に映る目標を持たない同級生の女子たちは、孤独を嫌い、徒党を組み、承認欲求を満たす為に労を費やしているように映っていた。
その中に私は溶け込めず、いつも、ふわりと浮いた感じになっていて、教室の隅っこにしか居場所がないと思っていた時、気さくに声をかけてくれたのが綾乃だった。
彼女は裏表がなく、天真爛漫に振舞えていて、私とは真逆な性格にまぶしさを感じていた。そして、綾乃といれば、彼女のようになれるかもとさえ思っていた。
そんな彼女の相談にのっていたのは、私が彼女に甘えたかっただけなのではないか。

「かまってほしかったのは、私だっ」

そう思えてくると、猛烈に恥ずかしくなった。
私は何を勘違いしていたのだろう。
川島君への想い、綾乃に対する「嫉妬」という感情も、私の中に眠っていたものが目覚めてしまっただけなのだ。
だからといって、この問題から逃げてはいけない。精一杯最善を尽くさねば、私は今よりさらに駄目になってしまう。
もし、私と綾乃の間に、友情というものがあるとするなら、川島君という存在は、それがなんなのか明白にしてくれるはずだ。
いや、そもそも、友情も愛情も分からない私が、そこで悩むのは間違ってる。
私に芽生えた感情を救ってあげられるのは、私しかいないのだ。私が私を救わなくってどうするのだ。
賢者、マリウス・アウレーリウスも自身にそう言い聞かせているではないか。

勇気を出せ私! 
振るえる指先に力を込めて、言葉を紡いでゆく。

送信。

「川島君、いいよね。私、好きなんだ」

恋物語 7

2021-03-10 21:06:18 | 日記
「それがね、川島君から告白されて、どうしょうか悩み中」

待って、それはどういう事。鼓動が早くなる。顔がカッと熱くなる。どうしてしまったんだ私。川島という名字の男子は数人いるはずだ。いや、でも、もしかして・・・・・・。

「川島って、川島健吾君!? 」

「どう思う? 」

彼の印象は、人当たりが柔らかく、英語が得意で、掃除も真面目にこなしていて、あまり目立たない存在である事だ。もちろん私と川島君との接点はなかった。あの出来事が起こるまでは。

あれは、ある日の昼休み、教室でミヒャエルデンデの「モモ」を読んでいると、側を通りかかった川島君が不意に「なに読んでいるの?」と、声をかけてくれた。
私は突然の事に対応しきれず素っ気なく「モモ」と、答えると、川島君は、嫌な顔もせず私の前の席に座って、「僕も読んだよ。一見児童向けだけれど、実は人類の根源的なテーマを扱っているんだよね。」と、彼なりの感想を語りだした。その時の私は、とても嬉しい気持ちが身体中に広がり、無意識に本を閉じて、夢中で「モモ」について熱く語ってしまった。

それ以来、川島君は、私にとって、特別な存在になったが、その時のその気持ちがどういった感情なのか、自分でもわからないでいた。分かろうともしなかった。
そして、綾乃からのLINEが川島健吾という名前を表記したことで、17年という人生の中で、感じたことのない感情が沸き起こった。それが、恋や愛が何だか分からない私に、「嫉妬」という感情であることを、知らしめることになった。

「私、無知だった。」

恋物語 6

2021-03-09 21:19:17 | 日記
重力に負けかけている重くなった腕を伸ばし、ベッドサイドのテーブルの上の携帯を取って画面を見ると、平川綾乃からのLINE。

「いまなにしてる?」

あー、この文章から続くワードは、おそらく恋愛相談だろう。まぁ綾乃の頼みだから仕方があるまい。すぐさま返信をする。

「ねころんでたw」

「相談ある」

やっぱりな。すぐさま返信。

「綾乃のお願いなら、断れないな」

「ありがとう。圭介先輩のことなんだけど」

あー。例の先輩だな。しょうがない奴だ。www

「まだ、片思いなの」

「まあねぇw」

ぼる塾か。と突っ込みたくなるが、のってしまったら綾乃のペースだ。ここは平静を装う。

「で、何が知りたいの」

「圭介先輩の、彼女がいる件」

確か去年、いきなり「先輩をどう思うか見てみて」と頼み込んできたことあって、綾乃の事だから一肌脱ぐかと、綾乃と先輩が話をしている様子遠巻きに観察しにいった事があった。
その時、先輩には見たことのない『色』が見えたから、恋愛感情を持つ異性はいないと判断し、「よい人だと思うよ。綾乃は心配しすぎなんだよ。」と、助言した。
あれから一年半。なにも進展させなかっただなんて、大胆なくせに小心。笑えてくるよ。

「ww 相変わらず」

「笑い事じゃないよぉ。(涙)」

「ごめん。いないのは確かだよ」

「ホント(笑顔)」

「確かだよ。いよいよ告白するの? 」

「う~ん」

「wwwそんなんじゃ、一生片思い」

私は、綾乃の軽快な返信に合わせていたが、次に送られてきた思いもよらぬ告白に身心がフリーズしてしまった。

恋物語 5

2021-03-08 21:12:39 | 日記
特異体質とは、例えば、霊感の強い人ならば、背後霊や守護霊が見えるように、私には相談者の背後に『色』が見えた。
そして、『色』は、相談者のその時の感情によって変化する特性を持っていて、鏡に映る自分には何も見えないものだった。
その『力』の出力には、不公平さも感じたし、損をした気分にもなったが、回を重ねてゆくうちに、相談者の背後に浮かぶ『色』の移り変わりを観察しながら言葉を選ぶという相談のツールとして使えるまでに向上した。
だからといって、驕り高ぶることはしない。
それは、『色』が見える事が「才能」であるなら、その「才能」を「優しさ」に使うことでしか、「才能」は発動しないと考えているからだ。

しかし、この力を連続で使い続けると、著しく体力が奪われることが、唯一のデメリットである。
いつだったか、一日に3人の相談を受けた時は、倒れそうになるほどの精神疲労に見舞われた。それでも、恋愛相談を重ねてゆくにつれ、

「人間を不安にするのは物事ではなく、それについて抱く臆見である。」

という、古代の哲学者の言葉が、感覚的に理解できるようになりつつあった。
その感覚は、高校生という肩書を持つ間で得た一番の収穫ではないかと感じているが、疲労は疲労である。疲労は回復せねばならない。

私の疲労回復の手段といえば、ベッドに寝っ転がって、好きな映画を観て過ごすのが一番だ。
ストレス解消にはスパイアクション映画が鉄板で、特に、トム・クルーズ「ミッションインポッシブル」はよく観る。
クールでタフでセクシーなヒーローは何度見ても私の心を救い上げてくれるのである。
だからと言って、タフでセクシーな男性が恋愛対象かと言えば、それはまた別とだという自覚はある。
なぜなら、セクシーな男性にはセクシーな女性がお似合いなのは世界が認めている事実であり、冴えない私がヒーローの横にいる事は絶対にありえないと思うからである。

などと、ベッドに寝転がり、あーでもない、こーでもないと思いを巡らせていると、

ポヨポヨッ

携帯がLINEの着信を知らせた。