硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

短編「待ち受け画面の人」

2015-05-30 21:06:59 | 日記
ひと月前位から塞ぎ込みがちな彼を心配に思った私は「何でも話して」と言ったけれど、彼は「何にもないよ。ちょっと疲れているだけだから」と言ってはいたけれど、私には頑なに心を閉ざしているように感じた。でも彼がそう言うならそうなんだろうと心配性の自分に言い聞かせ、彼には心配であること知られないように明るく振舞っていた。
それからしばらくして私の20回目の誕生日が迫ってきたある日、彼は奮発して予約もなかなか取れないという、とても有名なフランス料理の店で誕生日を祝おうと誘ってくれた。私はすごくうれしくて何日も前から着てゆく服を考え、当日の午後から美容院の予約入れてディナーに備えた。
その日の彼はめったに着ないスーツを着込んで私をもてなしてくれ、間接照明や格調の高い家具やインテリアに目を奪われながらも、今まで食べたことのない本当においしいと思える料理を楽しみながら夢のような時間を送っていた。
 ディナーもデザートを残すのみとなった時、可愛くて品のいいグラスの中に小さな宝石箱を開けたようなデザートが私たちの前に運ばれてくると彼が「ちょっと話があるんだけれどいいかな?」と言って私を見つめた。彼のまなざしに緊張した私は背筋をぴんと伸ばし「うん。いいよ」と返事をすると、彼は真面目な顔をして「来月の終わり頃に紛争地に行かなければならなくなった」と言った。私は何の事だかわからず「えっ、ふんそうちってなに?」と言うと、「内戦が続いている国だよ。後方支援というのが名目らしい」と浮かぬ顔で答えた。それがどういうことなのかよくわからなかった私は「すぐに帰ってこられるんだよね?」と答えると、彼は苦笑いをしながら「なるべく早く帰ってきたいけれど……」と言った後、細かな気泡が立ち昇るスパークリングワインを口に含んで、「……正直に言うと分からないんだよ。それはどこの誰かも分からない人を相手にルールのない戦いをするわけだからね」と言った。不安になってきた私は「でも、後方支援だから戦争はしないんでしょ」と言うと彼は「それもわからないんだよ。もしかしたら突然争いに巻き込まれるかもしれないし、そうなれば誰かが死ぬことになるかもしれない。それは僕かもしれないし、僕以外の誰かかもしれない」と言った。彼の話を聞いて返す言葉を一生懸命に探したけど悲しいという気持ちで一杯になってしまった私は彼の目を見ることが出来ずうつむいてしまった。すると彼は「おかしな話かもしれないけれど、そこには僕の幸福はなく、追求する幸福もないと思う。もちろん誰かの為にはなるんだろうけれど、僕の幸福はこうやって君と一緒に過ごすことなんだよ。でもね、国は僕の幸福の追求は許してくれないらしい」と言ってスパークリングワインを飲み干した。
海外出張くらいにしか考えていなかった私はようやく事の重大さに気づいた。すると体が急激に冷えて口の中が渇きだしたからつばを飲み込んでみたけれど灼熱の砂漠にコップの水を垂らすようにすぐに渇いてしまった。グラスに手を伸ばすと自分でもびっくりするほど震えていた。私の様子をじっと見ていた彼は穏やかに微笑むと「それでね。お願いがあるんだけれど、いいかな」と言った。心の中ではすごく動揺して彼の声もぼんやりとしか届いてなかったけれど、頑張って作り笑いをして「うん。いいよ」と言うと「おっかないところへ行くから、無事帰ってこられるように二人で撮った写真をお守り代わりにしたいんだ」と言った。私は嬉しいような悲しいような複雑な気持ちに戸惑っていたけれど、彼はウエイターさんの方を見ると、すっと手を上げ、テーブルへ来てくれたウエイターさんに小さな声で「すいません。大変申し訳ない事とは思いますが、僕は来月から紛争地へ後方支援に向かうので、記念に彼女との写真を持ってゆきたいのです。それで、このお店でツーショットで写真を写したいのですがお願いできますか?」と言うとウエイターさんは静かに微笑み「かしこまりました。こちらでよろしいでしょうか?」と言った。彼はポケットから携帯を取り出すと「これでおねがいします」と言ってウエイターさんに渡し、席を立つと私の隣に座り背筋を伸ばしてかしこまった。いつもの私ならピースサインを出したりおどけて笑って見せたりするのだけれど、この時ばかりは大切な写真だからと大人の女性を演じて頑張ってすました顔で携帯のレンズを見た。
ウエイターさんはシャッターを切って画像を確かめ「これでよろしいでしょうか?」と尋ねながら彼に携帯を渡すと、画面を見た彼は宝箱でも見つけた時の子供のように嬉しそうに微笑み「ありがとう。良い記念日になりました」と言って頭を下げた。私も彼に続いて「ありがとう」と言って頭を下げた後、写真がどんな風に写っているのか気になったから「私にも見せてよ」と甘えると、優しい声で「いいよ」と言って携帯を私に差し出した。携帯を受け取って待ち受け画面を見てみると、そこには背伸びをした私と少し緊張している彼が幸せそうに肩を並べている姿が写っていた。

僕には向いていない。

2015-05-25 21:07:28 | 日記
地元の消防団に退団者が出たので入団してもらえないかと近所の人から頼まれた。しかし仕事の都合があるので出られなくてもいいですかと聞くと、それでもいいよと言われたので消防団に入団。そして昨日、その為の基礎訓練を受ける運びとなったのですが、僕は小学校の頃に団体行動が苦手と思うようになっていたから少し不安だった。その不安というのは、号令と共に行動するという基礎的な事が上手く出来ず、皆と同じよう動けるようになるまで何度も反復練習しなければならないことと、なぜ上手く出来ないのかという事が分からないという悔しさが苦手意識を生み出してしまったのではないかと今になって思う。それでも、もういいおじさんなのでそんなことは言っていられない。基礎訓練の礼式というものを(体育で行う基本的な身体動作)2時間くらい行ったのですが、抱いていた不安通り身体を上手く動かせなくて教官の方から色々と体の動かし方を指摘された。その指摘されている間、団体行動が止まることがとても苦になり「やっぱり苦手だなぁ」と感じていたけれどなんとかせねばと集中し全体についてゆこうと頑張った。すると不思議なもので苦手だと思っていた気持ちが薄まり、号令に対して従順になってゆこうという意識が芽生え始めた。しかし、今度は新入団員が前に立ち号令をかけることになった。これは弱ったなと思いながら訓練していると僕の番号が呼ばれ、仕方なく班の前に立った。このピンチを切り抜けるにはどうしたらよいものかと考えるも何も浮かばない。とりあえず教官の方に支持を仰ぎ、指導されたことをできるように心がけた。
僕の号令で30人ほどの男たちが気を付けをしたり回れ右をしたりしていることに違和感を抱きつつ、危険な職務を遂行する時に統制がとれていなければ死人が出るのだからと言い聞かせ頑張って号令をかけ続けた。そして最後の気を付けの後「敬礼!」という号令と共に敬礼をすると、目の前の男たちが一斉に敬礼をした時、気持ちが高揚してくるのがわかったがその気持ちはすぐに恐怖に転じた。

それは僕のような男でも「権威」があれば号令に従って全体が動いてゆくという事の証明であり、もしこれが戦場で、戦場も知らず兵の扱い方も戦い方もわからない権威を誇示することに酔っている無能な指揮官が号令と共に兵を動かしたら、この従順性の為に隊は瞬く間に玉砕してしまうこともありうるのだと感じたからなのです。
勿論、消防団の基礎訓練は災害救助が目的であり二次災害を出さないための訓練である。しかし、権威をもって人を動かしてゆくという行動は同じであり、指示を出すものは被害を最小限に食い止めなければならないという大変重い責任が発生しているのだという事を忘れてはいけないことも然りであろう。
そんなことを考えたら、やっぱり僕は号令をかける側ではないのだなと深く思ったのでした。

それは、今ではなく過去から語り掛けてくるものかもしれない。

2015-05-21 21:49:34 | 日記
朝の通勤時間の電車に乗った。これが日常であるなら何も思わないのだけれど、この時間帯の電車に乗ることは一年に一回位であるので、駅に着くごとに沢山の人が入れ替わってゆくことにすら驚きを感じる。ある駅でもその光景が繰り広げられていたのですが、扉が閉まるとテキストとにらめっこをしている女子高生が僕の目の前に押されてきた。これは遺憾と思い両手を後ろに組んだ。それでも目の前のテキストを懸命に理解しようとしている可憐な少女に僕は少しの間不覚にも自分の容姿(おっさんであること)を忘れドキドキしてしまった。でもテキストに目線を移すと「方丈記」であることに気付き「方丈記の話がしたい」という欲望に襲われた。
しかし、内容はなんであれ、しらないおっさんが女子高生に話しかけるのは犯罪に近いだろうという罪悪感が僕を抑制し言葉を飲み込むことに成功したが、今度はそのテキストが気になってしまい反対から文字を追いかけた。やはり「方丈記」は面白い。と思うと、この面白さを伝えたいという欲求がムクムクと湧いてきたが、話しかけて嫌われた時のショックを考えるととてもじゃないが話しかけられないと思い、衝動を抑制することに成功した。

でも、「方丈記」を勉強の一部と捉えてしまうと面白さは分からないままである。そこで衝動を抑えてはみたがやはり語っておきたいので、少女に話してあげたかったことを大まかにここに書き残しておきたい。

鴨長明さんは上手く社会になじもうと努力したけれどまく立ち振る舞えることが出来ず引きこもってこの随筆集を書きました。しかし彼の繊細な感性は天災や人災、時代の移り変わりを事細かく描写することに長けていたのです。でも、その時彼は自身の書いたテクストが語り続けられるとは思っていなかったでしょう。では、なぜ語り継がれることになったのかを僕なりに解釈をすると、どんなに世が移り変わっても変わらないものがあるのだということを彼は書き残すことに成功したからだと思ったのです。
今は分からないかもしれない。もしかしたら分からないままかもしれない。でもね。社会に出てその中でいろんなものにもまれ続けていったとき、突然鴨長明さんの「方丈記」があなたに語り掛けててきて、それはテスト勉強では味わえぬ面白さに出会うだろう予言しておきます。

と、語りたかったなぁ。


大阪都構想。

2015-05-19 20:57:04 | 日記
個人的に感じたことを少しだけ述べておこうと思います。

今回の選挙では反対派がわずかに上回ったが、僕はどちらも「正しい」と思う。一見無駄に見える事も最初は必要に迫られたから存在することになったと思うのだけれど思った以上に運用が上手くいかなった結果が橋本さんの目に留まったのだと思う。だから無駄をなくし貨幣を適切に運用することを目的としたのだと思うのです。しかし、無駄であるかもしれないものでも「最初は必要に迫られて」立ち上がったものであるから今更なくしてしまうことも難しいと思います。

しかし、収入より支出が多ければ、目に見えずとも感じずとも、国としての機能は緩やかに衰退してゆく可能性が高いと思う。

例えば、消防署の職員さんや警察官の人々も公務員とはいえ、共に生活する市民である上に、場合によっては命を懸けて治安を維持するというストレスフルな職業ですから、彼らに支払う給料が滞れば担い手は減少し続けます。その影響は共に生活する市民へ降りかかってきます。

すべてを現状のままで借金も出さずに維持しようするならば、消費税を30パーセント位にしなければ賄えないと思うけれど、橋本さんの構想以上に声高らかに反対するでしょう。
また、株で利益を得るという方法はリスクが高く持続的ではないことは多くの人達が分かっています。では、どうすればいいのでしょう。

答えはきっとありません。でもわかっていることもあります。

まず、現状維持は停止であるから、これ以上の発展は見込めません。貨幣を頼りにしているのならば、より多くの貨幣がその場で行き交わなっていなければその体は保てません。そして、なにかに依存してしまえば、社会的格差は広がり権利をパスしない人達のもとにはやる気のある若者は集まりません。それが、ゆっくりと進行してゆけば、最終的には「自分の事位自分で何とかしろよ」みたいなことになってしまうのではないかと思うのです。

橋本さんは潔く政治家をお辞めになられるけれど、大阪の街はこれからも続いてゆきます。それは反対派の人達はこれまで以上に大阪の未来を考えてゆかねばならないということでもあり、橋本さんの言っていたことが間違っていたこときちんと証明せねば反対派の人達の正しさも証明されないのだと思うのです。


短編「待ち受け画面の人」

2015-05-13 21:26:39 | 日記
 彼が戻ってきて49日がたった。今でも悪い冗談じゃないかと思えるほど現実味がなかった。日本を発つとき「必ず帰ってくるよ」と言った約束は守ってくれたけれど、棺の中で永遠の眠りについて帰ってくるなんて言ってなかった。私は彼が亡くなっただなんて信じたくなかったから駄々っ子のように何度も「嘘つき!」と言って冷たくなった彼を責めた。 
常願寺で法要を済むと同席していた彼の上官であったという人が私に「彼からあなたに渡してほしいと頼まれたものがあります」と言って制服の胸ポケットから彼のスマートフォンを取り出し深刻な表情で「我々の職業柄中身を確認してからでないと渡せなかったものですから、遅れてしまい申し訳ありませんでした」と言って頭を下げた。私の手に渡った彼の携帯は傷だらけだったけど、十分使える状態だったから電源を入れて起動させた。私と過ごしていた頃と何ら変わりない彼の携帯。待ち受け画面には私が「浮気しないように」と私の写メを無理やり設定したものがそのまま使われていた。思わず涙がこぼれそうになる。
 データホルダーの記録を見ると一つだけ動画が残されていたから再生してみるとそこには出発前の彼が映し出された。彼は携帯をどこかにおいて自身の姿が撮れているのを確認すると「え~。何から話せばいいのかわからないけど……」と言った後、一つ咳払いをして「今から今まで行ったことのない地球の裏側にある国にゆき、これまでに出会ったことのない人たちと協力して知らない人達と戦闘しなければなりません。なぜこんなことになったかずいぶん考えました。でも答えは見つかりません。地球の裏側の人の命を奪えば憎しみが生まれるでしょう。その憎しみがこの国で暮らすあなたに火の粉となって降りかかるかもしれません。逆に僕たちの命が奪われるかもしれません。しかしすべては法で定められたことだから僕たちはこの事態を受け入れるしかないのだと思う。だから僕が君にできることは、死なないように、相手の命もなるべく奪わないように行動して無事に帰ってきたいと思います。」と言って微笑んだところで動画が静止した。私の事を一番理解していてくれた本当に優しい人だった。これから先、彼以上の人とは巡り合うことはないだろう。
そう思った時私はようやく理解した。彼はもういないのだと。すると両手の中で微笑んでいる彼にポツリポツリと涙が零れ落ちた。6月の雨のようにとめどなく静かに。

短編「待ち受け画面の人」

2015-05-12 17:54:45 | 日記
 深夜、一台のピックアップトラックがライトを消し星の方向だけを頼りに枯れ果てた草原の中を走っていた。荷台にはロケットランチャーが何本か積んであり、マシンガンを支え腰を下ろしている4人の屈強な男が息をひそめていた。彼らは指導者と名乗る男からトラックが到着した所でロケットランチャーを使用し敵の足止を図るのだと聞いただけで他には何も知らされていなかったため、男達には敵が強ければ我々は一瞬にしてこの世から消えてしまうのだという不安が拭い去ることができなかった。
男達の不安を知ってかリーダーの男が沈黙を破るように「我々には神がついている。この聖戦はきっと成功をもたらす」と言うと、残りの男達も「我々の神は偉大だ。この命尽きたとしても神の下へ行けるのだ!」と言って士気を高めた。しかし、一人の男は心の中で「この戦いを早く終わらせ故郷に帰りたい。家族や恋人と争いのない国で静かに暮らしたい」と願っていた。無論そのようなことを口に出してしまうとどんな処罰が待っているかわからない。男は黙って恋人の姿を想い出していた。
 トラックが止まると男たちは某国製の暗視カメラを装着し荷台から降りるとロケットランチャーを担いで砂の丘をゆっくり登って行った。頂上に近づくとリーダーの男が身を伏せろと指で指示を出し、残りの男たちはほふく前進で頂上を目指した。
小高い丘から平原を見下ろすと戦車数台と軍用のトラック、そしてマシンガンを搭載したクルーザーが最前線を目指して移動しているのが見え距離はロケットランチャーの射程距離内であることがわかった。リーダーの男が「見えるか。あれが目標だ」と言った。それを聞くと残りの男たちは一斉にロケットランチャーを構え照準を戦車やクルーザーに合わせた。スコープの中にはクルーザーの上で夜警にあたっている兵士の姿が見えたがこちらには気づいていない様子だった。すると一人の男が「あれは本当に敵なのか? 見たこともない国旗だぞ」と言うと、リーダーの男が「あれは極東の国から来た者たちだ。しかし強国の同盟であるから戦線に加わる前に叩いておくのが俺たちの使命だ」と言った。男たちは「使命」を果たすため照準を合わせトリガーに指をかけリーダーの指示を待った。そして標的が最も近距離になったとき、「撃て!」という号令と共に引き金を引くと男たちは暗視カメラを外し発射された弾道の軌跡を目で追った。
 弾は次々に命中し目標物から火柱が上り行進が止まった。それを見届けた男たちは歓喜の声をあげながら全力で丘を駆け下りトラックの荷台に飛び乗ったが、恋人の事を想っていた男は「彼らにも家族や恋人がいるだろうに。これは本当に神が望んでいることなのだろうか」という思いが、次第に胸中で鈍い痛みを帯びる塊になってゆくのを感じた。

another・sky in 市川紗耶

2015-05-11 17:19:46 | 日記
偶然「アナザー・スカイ」というテレビ番組で市川紗耶さんというモデルさんに出会った。なんだか少し変わった娘さんだなと思いながら楽しく観ていたのですが、市川さんがスタチューパークで「共産趣味」という言葉を発せられたとき身震いしたのです。テレビで女性を見て身震いするという体験はこれまでになかったことなので、その身震いがなんであったのかを理解したくてネットで調べていると、市川さんの読まれた書籍が紹介されているのを発見。しかし、ドストエフスキーやカフカは読後の精神が保てないという理由で避け続けているので、彼女が幼少の頃に読まれた「エンダーのゲーム」という普段なら全く手を付けないSF小説の、しかも児童向けなら大丈夫だろうと翌日書店に行き購入。一気に読破してみたのですが、物語の内容に驚嘆し、大丈夫だろうという自身の読みの甘さに落胆しましたが、市川紗那さんの言動に深く納得し、アイデンティティーに悩んだであろう幼少時代に少しだけ触れられたような気がしました。そして、出来るなら市川紗那さんに「ガンダムシリーズ」を着地させてほしいと思いました。

ミス・ヴァレンタイン。あなたのおかげでまた世界が広がりました。ありがとう。


短編「待ち受け画面の人」

2015-05-06 19:35:55 | 日記
 毎週金曜日の夜は仕事を終えると駅前に広がる繁華街の裏通りにある雑居ビルの地下に誰からも気づかれぬかのようにひっそり佇んでいる老舗のバーで少しばかり飲んでから家路に向かうのがいつの頃からか私のルールになっていた。小さいころから気が弱くアルコールが苦手だった私が飲めるようになったのは兵役を終えたころからのように思う。
古びた木製の扉を開けるとグラスを磨いているバーデンダーが此方を見て軽く会釈をし低い通る声で「いらっしゃいませ」と言った。私も軽く会釈してカウンターのいつもの席に腰かけると、バーテンダーに向かって「いつものを」と注文した。客は3人ほどいたが、カウンターの奥にはいつもの老人がウイスキーのロックを傾けていて、私と目が合うと彼も私の事を覚えていたのかこのバーに通い始めてから初めて会釈をされた。老人がカウンターの奥の席で酒を飲んでいたのは客が少ない店であるから早くから気づいていた。しかしそれだけの縁であるからこれまで何も挨拶などしたことがなかった。だからこれも何かの縁なのであろうと思い「どうも」と言って頭を下げた。バーテンダーは手際よく氷の塊をアイスピックで砕いてグラスに入れると「ジョニー・ウォーカー」をゆっくりかつ丁寧に注いでいった。それを見ていた彼は残り少なくなったグラスの酒を飲み干すと「どうだね。いっぱいおごってくれんかね」と私に話しかけてきた。突然の事だったが快く「いいですよ。ジョニーウォーカーでもかまわないですか? 」と聞くと、「かまわんよ。わるいね。」と言って、グラスをバーテンダーに差し出すと少し笑みを浮かべ「すまないね。」と言った。そして、席を立つと「どうだい。一緒に飲まないか? 」と声をかけてきた。私はこの展開にどうしたものかと戸惑ったが無下にする理由もない。「どうぞ」というと彼はゆっくりとした足取りで私の横に腰を掛けた。そして、バーテンダーから差し出されたウイスキーのグラスを左手で持つと「では、遠慮なく」と言って口に含んだ。老人の振る舞いに戸惑いながらも無言でいては居心地が悪いから「いつもあの席で飲んでいるのをお見かけしますが、この店にはいつ頃からきてみえるのですか? 」と尋ねた。すると彼は「そうだなぁ。除隊してからだからもう数十年ということだろうか。」と言うと、初めて言葉を交わす私に向かってこれまでの壮絶な人生を事細かに語った。
それはグラスの氷が溶け落ちるようにゆっくりと、そして繊細に。
 私は彼の姿を横目で見ながら話を聞いて初めて彼の身体の異変に気付いた。カウンターに乗せられた右手は全く動かず、薄暗い店内でもいつもサングラスをかけていたのは右目が義眼だったからだった。それが、後方支援だった彼らの部隊が突如戦闘状態に陥った時に負傷したと言っていたその時のものであることは察しがついた。
彼はくたびれたカーキー色のブルゾンの内ポケットからクラシックなスマートフォン型の携帯電話を取り出すとカウンターの上において起動させ、私の方へ押し出すと待ち受け画面を見せて「俺の妻だった女だ。綺麗だろう。ミスキャンパスにも選ばれたことがあるんだぜ。俺の人生で唯一誇れるものがあるとしたら、彼女が俺の妻だったってことぐらいだ。でもな、それもわけのわからん正義という名の戦争ですべてを失ってちまった。」と言って静かに笑った。
「妻だった。」と言ったその意味は問うまいと聞き流したが、彼は携帯電話をひっこめると「戦闘で廃人になって帰ってきた俺に帰るところはなかったがな。」と独り言のように呟いた。
 今思えばそれは彼が事細かに語った人生の中にも語りつくせぬ部分があることを示していたのだと思う。そして、私はただ目の前の老人の話を静かに、時頼相槌を打ちながら傾聴するしかなかった。話し終えた老人は枯れかかっている花に水を与えようとするようにグラスを持つと、グラスの中は水だけになっていた。「これじゃあ駄目なんだよ」と言わんばかりの淋しげな表情でグラスを見つめる老人に「どうですか。もう一杯」と聞くと彼はばつが悪そうに「気持ちは嬉しいが、つまらん話まで聞いてくれた上にもう一杯だなんていくらなんでも。」と言って断った。私も彼の気持ちを汲んで「わかりました」と言った。バーテンダーは老人の空いたグラスを下げると、新しいグラスを用意しアイスピックで砕いた氷を慣れた手つきでグラスに入れ、棚の隅から「グレンモーレンジ」を取り出し封を切ると、生まれたばかりの赤ん坊を抱くようにそっと両手でボトルを持ち、店内に流れ始めたビル・エヴァンスが奏でるダニーボーイの裏ビートを取るようなトクットクッという音と共にウイスキーを注いだ。そして、静かにスッと老人の前に差し出すと「これは僕からのおごりです。」と言った。老人はにやりと笑い「すまないね」と言ってまたグラスの酒をあおった。

短編「待ち受け画面の人」

2015-05-04 20:30:11 | 日記
 三年間過ごしたこの校舎とももうすぐお別れになる。私は大学へ進むことになって安心していたが、彼は4月から徴兵の為どこかの部隊へ配属になる。これは法律だからどんなに嫌でも避けられない事だけれど、今のところは海外の情勢も安定期に入っているから危険な職務に就かなくてもいい環境であり女子も志願すれば入隊できるからこの高校からも女子が何人か入隊するのだと誰かから聞いていた。それは私達のごく普通の人生の一部だから誰も不安に思わないのだけれど、私はお墓参りで出会ったお婆ちゃんの話を聞いてから、お婆ちゃんが若い時にはこんな不安を感じなくてもよかった時代があったことがとてもうらやましかった。そして、どうしてこうなってしまったのか図書室でいろいろ本を読んでみたけれど、これだっていう答えには出会わなかった。
 卒業も迫ったある日の事、その日も図書室で本を読んでいると世界史の先生が入ってきた。目があった私は頭を下げて「こんにちは。」というと、先生も「こんにちは。」とあいさつをした後「半ドンなのに図書館で読書ですか。もしかして、いい本に出逢いましたか。」と、訪ねてきた。私はどう答えていいかわからず「いえ。ただ、途中で読むのを止めていた本があったので、早く帰っても暇だからなんとなく。」というと、先生は微笑んで「そうでしたか。これはお邪魔しました。」と言って頭を下げられた。その時私は先生に答えの出ない答えを聞いてみようと思い思い切って、
「先生。分からないことがあるので少し尋ねてもいいですか? 」
と、言うと先生は、「おや。なんでしょう。僕に答えられることならよいのですが。」と言って私の向かい側の椅子の背もたれを引いて腰を掛けた。図書館には勉強している生徒が何人かいたが、もう卒業するのだから臆することもないと思い先生に尋ねた。
「先生。これは変なことかもしれないんですけど、男子はどうして18歳になったら入隊しなくてはいけないんですか? 母の実家に帰郷した時、あるお婆ちゃんに聞いた話なんですが、徴兵制度がなかった時代があったっていっていて、その制度ができたおかげでお婆ちゃんの彼は亡くなったっていうんです。どうして、こうなってしまったのか知りたいのですがどんな本を読んでもすっきりした答えが得られないんです。先生はこの事をどうおもっていらっしゃいますか。」
すると、先生は難しい顔をして「・・・そうですね。どう答えればいいのでしょう。」といってしばらく考え込んでいた。これは先生でも難しいことを聞いてしまったのかなと思い焦っていたら先生は「では、これは総体的な意見ではなく、私個人の答えとして受け取って頂くという条件で答えてみますね。」と言って、話を始めた。「言葉を乱用すると本質を見失うので簡潔にまとめるとですね、それは、その時代が必要としたからです。」と、言った。私は驚いて「えっ、それだけですか?」と思わず言うと、先生は頭をかきながら「そうですね。余りにも簡潔すぎましたね。」と言って照れ笑いをした。そして、「でもですね、そう表現するしかないのかなと思ったんです。ああいう法律が成り立った経緯を紐解いてゆくのは、その場にいたものですら難しいと思います。国家の栄枯盛衰はいつだってそういうものなのです。ですが、私たちの国は辛うじて民主主義国家の体をなしているのですから、徴兵制度を否決するチャンスは何度かあったはずなのです。例えば選挙ですね。」
「選挙? ですか? 」
「ええ選挙です。」
「それはなぜなんですか。」
「まだ議員を選ぶ権利が私達にあるからです。あの頃の若者がもう少し政治に関心を持ち、どうすれば私たちの生活を危ういものにする法案を立案する人たちと均衡を保てるか考えて票を投じれば回避できた可能性があったはずだからです。」
それは、思いのほか簡単でどの本より分かりやすい回答だった。私は大きくうなずくと先生は「わかっていただけましたか? それはよかった。」と言って胸をなでおろし「来年からあなたにも選挙権が発生しますでしょう。その権利は必ず行使しなさい。そして、法案というものは時代に召喚されるものですから、徴兵制に疑問を感じているなら徴兵制廃止を謳いあげた議員さんが登場したら投票しなさい。それが、あなたが国民であることの権利なのですから。」と言って席を立つと「あなたの下に幸多からんことを。」と呟かれたのが聞こえた。
 玄関に行くと扉がガタガタ音を立て冷たい北風が入り込んでいた。時頼グラウンドの土が舞い上がるのでその度にサッカー部の男子がプレイを中断しているのが見えた。私は靴箱から靴を取り出し上履きを入れていると、後ろの方から「よぉ、今帰り? 」と彼が声をかけてきた。
「うん。今帰りだよ。一緒に帰ろうよ。」というと、照れくさそうに「しょうがないなぁ」と言って彼も靴場から靴を出した。そして、彼が靴をはきかえようとしたとき、私は何故かお婆ちゃんの携帯電話の待ち受け画面の人を思い出した。
「そうだ。お願いがあるんだけれどいいかな? 」と少しかしこまってお願いすると、「うわっ、なになに。何事? 」と言って後ずさりした。私は「そんなに怖がらなくていいわよ。お願いっていうのはね、あなたを写真に収めておきたいんだけれど、いいかな? 」と、言うと「なんだ、そんなことか。いいよ。気が済むまで撮ってくれ。」と言ってポーズを始めた。私は少し呆れながら「そんなんじゃなくて、普通のポートレートでいいんだよ。ちょっとじっとしてて。」と言って、ポケットから取り出したブレスレット型の通信端末を腕にはめ、バンドに触れて手のひらを広げて起動させた。そして、手のひらに映写された画面のカメラアプリをタップして、両手の人差し指と親指を広げ目の前で彼をフレームの間に抑えた。「じっとしててよ。もっとズーム。」というと、手の中のフレームは彼をぐんと引き寄せピントを合わせた「はいっ! 」という私の声と共にシャッターが切られ、すぐに写真を確認すると私の左手の手のひらの中でブレザー姿の彼が爽やかに微笑んでいた。

短編 「待ち受け画面の人」

2015-05-03 21:05:27 | 日記
「おはよう。」そう言って彼がベッドから起きてくる。私は彼の為に今日も朝食を作る。
パジャマ姿の彼は朝日の差し込むテーブルに新聞を広げるとほんのりと湯気の立つコーヒーカップに手を伸ばし、ふぅーと息を吹いてからほんの少し口に含んだ。
「う~っ。目が覚めないや。」そう呟くと、新聞に目を通した。テレビはいつものように情報バラエティーな感じで進行していてキャスターのお姉さんが爽やかに微笑んでいたが、わずかな報道コーナーでの政局の話は私たちの知らない間に暗い影を落としていた。少し不安を感じた私は彼に、「ねぇ。××国の紛争って私達の生活には関係ないよね。」と言うと、「う~ん」と、うなった後「まぁ、今のところは関係ないと思うけれど今後はどうなるか分からないなぁ。うちの会社は軍事関係の仕事も携わっているから儲かっているんだけれど、何とも複雑な思いだよ。」と言った。それでも、私の不安はおさまりがつかない。それは、朝食を作りながら6時台のニュースから何度も耳にしていることが気になっていたからだ。
「朝からずっと徴兵制度がなんとかといってたけれど、大丈夫なのかなぁ。デモ活動も大きくなってきているみたいだし。」と、言うと彼はコーヒーカップをテーブルの上に置くと腕を組んで「どうだろうなぁ。会社の仲間とも時々話題になるんだけど、今の政局は一大政党となってしまって、野党の力がないから法案もどんどん可決されていて参議院での歯止めがきかなくなっているから、知らない間に法改正がなされてしまうんじゃないかっていうのが僕の周りの論調だよ。」と言うと、トースターがパンが焼けたことを知らせた。トースターからアツアツの食パンを取り出しバターを塗って、スクランブルエッグを添えて彼の下へ運んだ。「はい。どーぞ。」と言って差し出すと、「ありがとう」と言って、新聞を畳み焼けたパンを手に取って頬張った。私も彼の前に座って自分のコーヒーカップを持つと「なにもなければいいんだけれどね。」というと、私が心配そうな顔をしていたのか、「大丈夫だよ。一大政党であっても徴兵制度は流石にすんなり通らないよ。」と、気を使ってくれた。でもそのあとに「でもさ・・・。」と、言うと彼はまたパンを口に入れて美味しそうに頬張りながら次の言葉を考えていた。その続きが知りたかった私は少しせかすように「なに、なに? 」と、言うと口の中の物を飲み込んでから「でも、よく考えればこうなったのも僕らが選挙に行かなかったせいなのかもしれないね。選挙に対してあまりにも無関心だったのがいけなかった。これは僕らが反省しなければならないことだし、責任は僕らの手で果たさなければいけないのかもしれない。」と、言ってまたパンを口に入れた。確かに彼の言う通りだ。でも今更どうすることもできない。
「ごちそうさま。」と言うと彼は席を立ちてきぱきと身支度を始めた。私は後片付けをしながらぼんやりテレビの音を聞いていた。いつもの朝が当たり前の朝が突然誰かの手によって奪われてしまうのだろうかという不安が拭いきれない。スーツに身を包んだ凛々しい彼は珍しく台所に立つ私の方にやって来たかと思うと後ろから私を優しく抱きしめて「そんな心配しなくていいよ。君は僕が守るから安心して。」と言った。私は彼の腕を抱きしめると「うん。ありがとう。」と、返事をした。そして、この当たり前の日々がいつまでも続きますようにと祈った。