ひと月前位から塞ぎ込みがちな彼を心配に思った私は「何でも話して」と言ったけれど、彼は「何にもないよ。ちょっと疲れているだけだから」と言ってはいたけれど、私には頑なに心を閉ざしているように感じた。でも彼がそう言うならそうなんだろうと心配性の自分に言い聞かせ、彼には心配であること知られないように明るく振舞っていた。
それからしばらくして私の20回目の誕生日が迫ってきたある日、彼は奮発して予約もなかなか取れないという、とても有名なフランス料理の店で誕生日を祝おうと誘ってくれた。私はすごくうれしくて何日も前から着てゆく服を考え、当日の午後から美容院の予約入れてディナーに備えた。
その日の彼はめったに着ないスーツを着込んで私をもてなしてくれ、間接照明や格調の高い家具やインテリアに目を奪われながらも、今まで食べたことのない本当においしいと思える料理を楽しみながら夢のような時間を送っていた。
ディナーもデザートを残すのみとなった時、可愛くて品のいいグラスの中に小さな宝石箱を開けたようなデザートが私たちの前に運ばれてくると彼が「ちょっと話があるんだけれどいいかな?」と言って私を見つめた。彼のまなざしに緊張した私は背筋をぴんと伸ばし「うん。いいよ」と返事をすると、彼は真面目な顔をして「来月の終わり頃に紛争地に行かなければならなくなった」と言った。私は何の事だかわからず「えっ、ふんそうちってなに?」と言うと、「内戦が続いている国だよ。後方支援というのが名目らしい」と浮かぬ顔で答えた。それがどういうことなのかよくわからなかった私は「すぐに帰ってこられるんだよね?」と答えると、彼は苦笑いをしながら「なるべく早く帰ってきたいけれど……」と言った後、細かな気泡が立ち昇るスパークリングワインを口に含んで、「……正直に言うと分からないんだよ。それはどこの誰かも分からない人を相手にルールのない戦いをするわけだからね」と言った。不安になってきた私は「でも、後方支援だから戦争はしないんでしょ」と言うと彼は「それもわからないんだよ。もしかしたら突然争いに巻き込まれるかもしれないし、そうなれば誰かが死ぬことになるかもしれない。それは僕かもしれないし、僕以外の誰かかもしれない」と言った。彼の話を聞いて返す言葉を一生懸命に探したけど悲しいという気持ちで一杯になってしまった私は彼の目を見ることが出来ずうつむいてしまった。すると彼は「おかしな話かもしれないけれど、そこには僕の幸福はなく、追求する幸福もないと思う。もちろん誰かの為にはなるんだろうけれど、僕の幸福はこうやって君と一緒に過ごすことなんだよ。でもね、国は僕の幸福の追求は許してくれないらしい」と言ってスパークリングワインを飲み干した。
海外出張くらいにしか考えていなかった私はようやく事の重大さに気づいた。すると体が急激に冷えて口の中が渇きだしたからつばを飲み込んでみたけれど灼熱の砂漠にコップの水を垂らすようにすぐに渇いてしまった。グラスに手を伸ばすと自分でもびっくりするほど震えていた。私の様子をじっと見ていた彼は穏やかに微笑むと「それでね。お願いがあるんだけれど、いいかな」と言った。心の中ではすごく動揺して彼の声もぼんやりとしか届いてなかったけれど、頑張って作り笑いをして「うん。いいよ」と言うと「おっかないところへ行くから、無事帰ってこられるように二人で撮った写真をお守り代わりにしたいんだ」と言った。私は嬉しいような悲しいような複雑な気持ちに戸惑っていたけれど、彼はウエイターさんの方を見ると、すっと手を上げ、テーブルへ来てくれたウエイターさんに小さな声で「すいません。大変申し訳ない事とは思いますが、僕は来月から紛争地へ後方支援に向かうので、記念に彼女との写真を持ってゆきたいのです。それで、このお店でツーショットで写真を写したいのですがお願いできますか?」と言うとウエイターさんは静かに微笑み「かしこまりました。こちらでよろしいでしょうか?」と言った。彼はポケットから携帯を取り出すと「これでおねがいします」と言ってウエイターさんに渡し、席を立つと私の隣に座り背筋を伸ばしてかしこまった。いつもの私ならピースサインを出したりおどけて笑って見せたりするのだけれど、この時ばかりは大切な写真だからと大人の女性を演じて頑張ってすました顔で携帯のレンズを見た。
ウエイターさんはシャッターを切って画像を確かめ「これでよろしいでしょうか?」と尋ねながら彼に携帯を渡すと、画面を見た彼は宝箱でも見つけた時の子供のように嬉しそうに微笑み「ありがとう。良い記念日になりました」と言って頭を下げた。私も彼に続いて「ありがとう」と言って頭を下げた後、写真がどんな風に写っているのか気になったから「私にも見せてよ」と甘えると、優しい声で「いいよ」と言って携帯を私に差し出した。携帯を受け取って待ち受け画面を見てみると、そこには背伸びをした私と少し緊張している彼が幸せそうに肩を並べている姿が写っていた。
それからしばらくして私の20回目の誕生日が迫ってきたある日、彼は奮発して予約もなかなか取れないという、とても有名なフランス料理の店で誕生日を祝おうと誘ってくれた。私はすごくうれしくて何日も前から着てゆく服を考え、当日の午後から美容院の予約入れてディナーに備えた。
その日の彼はめったに着ないスーツを着込んで私をもてなしてくれ、間接照明や格調の高い家具やインテリアに目を奪われながらも、今まで食べたことのない本当においしいと思える料理を楽しみながら夢のような時間を送っていた。
ディナーもデザートを残すのみとなった時、可愛くて品のいいグラスの中に小さな宝石箱を開けたようなデザートが私たちの前に運ばれてくると彼が「ちょっと話があるんだけれどいいかな?」と言って私を見つめた。彼のまなざしに緊張した私は背筋をぴんと伸ばし「うん。いいよ」と返事をすると、彼は真面目な顔をして「来月の終わり頃に紛争地に行かなければならなくなった」と言った。私は何の事だかわからず「えっ、ふんそうちってなに?」と言うと、「内戦が続いている国だよ。後方支援というのが名目らしい」と浮かぬ顔で答えた。それがどういうことなのかよくわからなかった私は「すぐに帰ってこられるんだよね?」と答えると、彼は苦笑いをしながら「なるべく早く帰ってきたいけれど……」と言った後、細かな気泡が立ち昇るスパークリングワインを口に含んで、「……正直に言うと分からないんだよ。それはどこの誰かも分からない人を相手にルールのない戦いをするわけだからね」と言った。不安になってきた私は「でも、後方支援だから戦争はしないんでしょ」と言うと彼は「それもわからないんだよ。もしかしたら突然争いに巻き込まれるかもしれないし、そうなれば誰かが死ぬことになるかもしれない。それは僕かもしれないし、僕以外の誰かかもしれない」と言った。彼の話を聞いて返す言葉を一生懸命に探したけど悲しいという気持ちで一杯になってしまった私は彼の目を見ることが出来ずうつむいてしまった。すると彼は「おかしな話かもしれないけれど、そこには僕の幸福はなく、追求する幸福もないと思う。もちろん誰かの為にはなるんだろうけれど、僕の幸福はこうやって君と一緒に過ごすことなんだよ。でもね、国は僕の幸福の追求は許してくれないらしい」と言ってスパークリングワインを飲み干した。
海外出張くらいにしか考えていなかった私はようやく事の重大さに気づいた。すると体が急激に冷えて口の中が渇きだしたからつばを飲み込んでみたけれど灼熱の砂漠にコップの水を垂らすようにすぐに渇いてしまった。グラスに手を伸ばすと自分でもびっくりするほど震えていた。私の様子をじっと見ていた彼は穏やかに微笑むと「それでね。お願いがあるんだけれど、いいかな」と言った。心の中ではすごく動揺して彼の声もぼんやりとしか届いてなかったけれど、頑張って作り笑いをして「うん。いいよ」と言うと「おっかないところへ行くから、無事帰ってこられるように二人で撮った写真をお守り代わりにしたいんだ」と言った。私は嬉しいような悲しいような複雑な気持ちに戸惑っていたけれど、彼はウエイターさんの方を見ると、すっと手を上げ、テーブルへ来てくれたウエイターさんに小さな声で「すいません。大変申し訳ない事とは思いますが、僕は来月から紛争地へ後方支援に向かうので、記念に彼女との写真を持ってゆきたいのです。それで、このお店でツーショットで写真を写したいのですがお願いできますか?」と言うとウエイターさんは静かに微笑み「かしこまりました。こちらでよろしいでしょうか?」と言った。彼はポケットから携帯を取り出すと「これでおねがいします」と言ってウエイターさんに渡し、席を立つと私の隣に座り背筋を伸ばしてかしこまった。いつもの私ならピースサインを出したりおどけて笑って見せたりするのだけれど、この時ばかりは大切な写真だからと大人の女性を演じて頑張ってすました顔で携帯のレンズを見た。
ウエイターさんはシャッターを切って画像を確かめ「これでよろしいでしょうか?」と尋ねながら彼に携帯を渡すと、画面を見た彼は宝箱でも見つけた時の子供のように嬉しそうに微笑み「ありがとう。良い記念日になりました」と言って頭を下げた。私も彼に続いて「ありがとう」と言って頭を下げた後、写真がどんな風に写っているのか気になったから「私にも見せてよ」と甘えると、優しい声で「いいよ」と言って携帯を私に差し出した。携帯を受け取って待ち受け画面を見てみると、そこには背伸びをした私と少し緊張している彼が幸せそうに肩を並べている姿が写っていた。