硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

ポスト・ヒューマン。

2017-11-25 21:48:37 | 日記
『神ギ問』を観ていたら、「人類はどのように進化するか」という疑問に対し、様々な分野で研究を重ねている大学教授によって、議論がなされていた。その様子はざっくりしていて個人的にはがっかりであったけれど、このままゆくと、どうやら人類は球体になるらしい。

しかし、4人の教授は「人類は宇宙に進出する」と「人類は滅亡する」という2つの仮説を導き出していて、相反していたが「人類が残る」という過程を前提として球体になるのではと、一応の止揚の形を導き出した。

出来る事なら教授たちの議論をじっくり傾聴し、思考を練ってみたいのであるが、それは叶わないので、少ない材料から僕なりに考えてみた。

人類が生き残る為には、地球を離れなければならないという答えは、そうしないと「人類は何らかの原因で滅亡する」からであり、人類が滅亡するのは「宇宙に進出しても地球のような環境を宇宙空間で作り出すことが出来ない」という事だからではないかと思う。
前者の答えは、テクノロジーの向上によって宇宙空間での生存が可能になることが前提となるからであるが、後者は、宇宙空間で生存できるテクノロジーを人類は手に入れることが出来ない。もしくは、地球上で生存できる期限をテクノロジーが上回ることできないという仮説があるからであろうと思う。

そこから、導き出される僕なりの答えは、

「人類はいずれ何かの原因で地球上で生存することが出来なくなり、人類の記録はAIによって補完される」である。

神の御前に立つ七人の御使いによって、七つのラッパを吹き鳴らされる日が、せまっているのかもしれない。

「死にたい」と呟く前に・・・。

2017-11-21 21:32:04 | 日記
今日の朝刊で猟奇的殺人の続報を読んで、居た堪れない気持ちになった。

殺害された被害者の女性たちはSNSで「死にたい」という気持ちを吐露してたが、被疑者の自供によると「実際に死にたいと思っている人はいなかった」らしく、また、「話し相手が欲しいのだと感じた」そうである。それは、最初は字面を真に受けたが、計画を進めてゆくうちに加害者の本心に気づいたという事でもある。

仮に、彼の自供が真実だとすると、「死にたい」とSNSで呟くことは、本当に「死にたい」のではなく、「死にたいと思うほど、辛い気持ちを誰かに聞いてほしい」という気持ちだったと考えることが出来る。
被疑者の彼は死にたいほどつらいけれど、生きる力を失っていない女性を、自身の欲望を充足する為だけに命を奪ったという事になる。

ツイッターではこのような書き込みに対してどう対応してゆくかを検討してゆく動きであるけれども、感情の不安定な『人』が『その時の気持ちを包隠さず』呟いてしまうのであるから今のテクノロジーではどうにもできない。

だから、生きていることが辛くて「死にたい」と呟きたいと思ったら、悪魔のような受信者も存在している事を思い浮かべてから、「死にたいほどつらいから誰か私の話を聞いてほしい」と呟いてほしいと思う。

東映太秦映画村は楽しい。

2017-11-19 21:26:06 | 日記
東映太秦映画村に行く。前回行ったのは確か20代前半でデートのドライブのついでだったように思う。だから記憶には殆ど残らなかったけれど、今回はとても記憶に残るものとなりました。

その中でも、ショーがとても面白くて、印象深くなったのは、演者からプロである事、そこに至るまでの努力とスクリーンに映る為の努力を継続している事を感じ取ったからなのです。

「激突忍者ショー サスケ」や「スタジオシネマライブ、撮影の時間ですよ」は、コミカルな演技の後、鮮やかな殺陣、観客の笑いを誘い、またスイッチを切り替え、芝居に入るという、緩急を使い分ける技をあっさりとやってのける演者の人達に只々感動。思わず拍手を送っていた。

屋外でのショー、「チャンバラ辻指南」では、「沖田総司役」の女性の演者が男性の浪人演者を相手に華麗な殺陣を演じられていた。とても短い芝居の間、沖田が病んでいる所も表現されていて思わず感激。観客を交えての殺陣指南の時も、控えめに手を挙げていた、多分『薄桜鬼 新選組奇譚の沖田総司』のコスプレをした女子を拾い上げ、彼女が帯刀している「菊一文字則宗」を言い当てていたことに、「沖田愛」を感じ思わずほっこり。

また、「おいらん道中」では、12月下旬の寒さの中、素足に高い黒塗下駄で八文字の歩き方をされ、艶やかさと花魁の悲しさを表現されていて感激してしまった。
また、演者を支える裏方さんの仕事にも感心しきりでした。

そして、もっとも衝撃的だったのは、お土産屋さんの模擬刀の陳列棚に、歴史に名を遺す武将の刀に交じって、「逆刃刀」が陳列されていた事である。そう、緋村剣心の刀である。
近年、忍者の人気が増したのは「ナルト」の影響と言っても過言ではないし、今日はコスプレの日だったらしく「銀魂」のコスプレイヤーもたくさん見ることが出来て時代を感じた。

時代劇そのものは年々減っているけれども、少年ジャンプやゲームなどのコンテンツが新たな世代を生み出していて、そこから時代劇が見直されてゆき、時代劇も新しい流れの中で新たな作品が生まれれば、時代劇はこれからも誰かに愛されるものであり続けるのではないかと思ったのです。


さようなら、鮎川まどか。

2017-11-17 21:54:08 | 日記
職場でお昼ごはんの後片付けをしていると、テレビのニュースから僕がとても知っている名前が聞こえた。其の名は「鶴ひろみさん」
アンパンマンのドキンちゃん、ドラゴンボールのブルマなどの声を吹き替えしていたと報じられていた。

きっとそのキャラクターの方が知っている人が多いと思うけれど、僕の中の鶴ひろみさんは「鮎川まどか」だった。

漫画は読まなかったけれど、アニメ「気まぐれオレンジロード」は大好きだった。
きっかけはシティーハンターからの続きの番組という、あやふやなものであったけれど、オープニングで紹介される制作スタッフさんの中に高田明美さんと小林七郎さんという、好きなスタッフさんが関わっていると知り「これは、すごい!!」と興味を持って観てみると、当時、彼女は欲しいけれど、女子とどう話していいか分からず悶々としてた僕は、「鮎川まどか」に、はまり込んでこじらせてしまった。今でも曲が流れれば、池田政典から中原めいこまで歌えるほどである。

しかし、どんなに好きであっても架空の物語でしかない。「気まぐれオレンジロード」は終わり、僕は少しづつ現実の世界で生きてゆくことが出来るようなっていったけれど、鶴ひろみさんの声はその後も僕の中に留まり続け、ナレーションなど不意にテレビの中から「その声」が聞こえてくると胸の中がほっこりした。

作業の手を止めてその場に立ち尽くし、テレビから流れる報道の行方をぼんやり観ていた。
甘酸っぱい気持ちが蘇ってきたと同時に、もう、「その声」の新しいテイクは聞くことが出来なくなってしまった現実を知った。

僕の中で、ガラスにひびが入るような鈍い音がした。

前向きに生きていきたいものです。

2017-11-16 21:33:54 | 日記
2日前にトムハンクス主演映画の「王様のホログラム」を観た。いい映画だなと思ったのだけれど、もやもやするものも心の中に残った。
今日新聞を開いた所、山尾議員さんと交際疑惑のあった弁護士さんを政策顧問にすることについての世論の声と有識者の声が記事になっていた。
しばし考え、「王様のホログラム」と山尾議員さんの意向は、同じもやもやである事に気づく。

生きる力を削ぐ人がそばにいるより、生きる力をくれる人がそばにいてくれた方が、公私共に充実するのではないか。そして、同じ価値観を持つ人がそばにいてくれたら、心強く、様々な試練にも立ち向かって行けるのではないかと思う。政治家という仕事は心身ともにタフでなければ務まらない仕事であるので、とても適任であるように思う。

そして、彼女に向けられる批判は、彼女のように生きられない人たちの羨望もあるのではないだろうかと思ったのは、「王様のホログラム」を見終えて、僕の心に沸いた気持ちと同じだと感じたからです。

「前向きに生きる」「人生リセット」が王様のホログラムからのメッセージだとしたら、山尾議員さんの生き方とシンクロするのではないかと思うのは僕だけかなぁ。

アランのように前向きに生きてゆきたいなぁ。

トランプさん「太陽の末裔」の国に渡る。

2017-11-07 21:22:08 | 日記
トランプさんが韓国へ渡った。そこで聞こえてくるのは、不歓迎な市民の意思表示と、ぎくしゃくした日韓の外交。

韓国は敗戦国ではないので米穀とほぼ対等に外交を進めることが出来るが、朝鮮戦争とベトナム戦争の爪痕が深く残っているから不歓迎な運動があったのではないかとも思う。そしてその感情意識は元慰安婦の夕食会への招待が物語っているように思う。

しかし、どうしてこうなってしまうのだろう。「太陽の末裔」を観たばかりなのですごく残念に思います。もし、ユ・シジンさんが実在していたら、この状況をどう思うのだろうか。

もしかしたら、少し首を傾げ「変なタイミングだな」と呟くかもしれない。
そして、その隣でカン・モヨンさんは「また、デパートに行くの!」と怪訝そうにぼやいているのでしょうね。

穏やかな未来。

2017-11-05 21:19:11 | 日記
トランプさんが来日している。つい先日は、娘さんがいらっしゃっていました。そして、その横で安倍首相が微笑んでいました。

その光景は、中小企業の社長さんが仕事を戴くために大企業の社長さんを接待しているようにみえた。それは、日本という国はアメリカという国と対等に会話できる立場ではない事を見事に表現していたのではないでしょうか。

そして、僕たちは日本という会社の社員であるから、安心して働けるよう安倍社長にすべてを託さなければならないのだなと感じました。

だからといって、支持する訳ではないけれど、完璧な人はいないのだから、この平和が少しでも長く続くように頑張って対話してほしいなと思ったのです。

「生きていても意味がない」

2017-11-02 20:59:11 | 日記
続報の記事を読む。「生きていても意味がない」と父親に漏らしていたという。
その言葉にドキリとした。

生きる意味を見出せず、苦悩し、自暴自棄になってしまう気持ちはわからないでもない。
多くの人達が同じ思い想いをし、苦悩していても、踏みとどまっているのは、他者の気持ちや、自身の未来を考えるからであるが、どこかで、他者から自身の存在を認めてほしいという欲望があるからではないかと思ったとき、「自分の為に生きてはいない」のではと、人は苦悩するのではないかと思う。
見返りを求めず他者の為に生きることは「愛」であるが、聖人や賢者でもない限り、自己の欲望との葛藤からは抜け出すことが出来ない。
自身を優先したい。しかし他者を無視するわけにもいかない。そのようなどっち付かずな態度は、双方にもやもや感を残してしまう。
そして、どちらかに振り切れたら楽なのにと、もやもやするのである。

しかし、彼は「生きている意味がない」ことを理由に、ためらいを棄て、振り切ってしまった。

「生きている意味がない」という結論に到達した過程には何があったのだろうか。

もし、誰も信用できなくなり、誰からも信用されなくなったときに、「生きている意味を失う」のだとすれば、彼の身の上に何かがあったのだろうとは思うけれども、振り切ってしまった後では、擁護する余地はない。

この事件は、彼自身の感情を彼自身が持て余してしまった結果であるから、彼の証言は曖昧さを含んでしまうだろう。したがって、情報は日々更新されてゆくけれど、真実には到達できないような気がするのです。

禁断の実。

2017-11-01 20:54:38 | 日記
猟奇的だった事件の記事を読んでみたけれど、依然として分からない事が多い。でも、彼のやったことは中世の地中海沿岸地域やヨーロッパでは一部の人達が生業として行っていた事である。もしかしたら、日本国内でも盗賊が彼と同じことを行っていたかもしれない。

そう考えると、被疑者の彼は突出した人格ではなくて、人の心の奥底に潜んでいる感性の一つなのかもしれない。他者の命より自身の欲望を最優先する事に疑いを持たない事が彼にとって最大の幸福だったのかもしれないと思ったのですが、夜のニュースを観てフラッシュの光に両手で顔を隠す姿は、悪戯がばれてしまった子供のようであった。
彼の成長を留めてしまった原因はなんであろうか。それが彼の資質であったのであろうか。

人は一人ひとり異なる存在であるけれど、誰かの未来を自身の欲望の為に奪う事が正当化されてしまう世の中が、どこかに存在しているのかと思うと、これからも白蛇は、僕らの耳元でそっと囁き、そして僕らは言葉を忘れ、禁断の身を食べ続けるのかもしれない。