硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

あとがき。

2014-01-31 20:07:11 | 日記
「となりのトトロ その後 五月物語。」楽しんでいただけましたでしょうか。
この物語を構想する為に、まずネットで情報を集めようとしたら「都市伝説」という話題が多くてびっくりしました。都市伝説って、何・・・?と、思ったのですが、結構有名な話なんですね。僕は全く知らなくて、スタジオ・ジブリからも正式なコメントがなされていてこれまたびっくり。

でも、想像力が湧いてくる情報は得られず、いつもの本屋さんに出かけて色々物色していると、アニメージュ文庫から出ている、久保つぎこ著「小説 となりのトトロ」を発見しまよわず購入。読んでみると色々と湧き上がってくるではありませんか!
この本との出会いがなければ「五月物語。」は立ちゆかなかったといっても過言ではありません。久保つぎこさんありがとうございます。

また、物語を立ち上げていく上で大きなヒントになったのは、トトロ制作時に鈴木敏夫さんが宮崎駿さんに「このままだとサツキちゃんは不良になってしまう」と言って、メイちゃんが迷子になった時、サツキちゃんを泣かせることにしたという逸話でした。トトロと初めて出会ってから半世紀、改めてトトロの存在を考えた時どんな心持がしてどう思ったのかを妄想するには大変重要な手掛かりになっています。

そして、改めて読み返してみると(少しばかり加筆をしました。)寛太君が振られてしまうシーンと大人になったサツキとメイが仲たがいしているシーンは自分が書いたものとは思えないくらい胸が痛みました。これって僕が変なのでしょうか。(笑)

今回は「耳をすませば その後。」よりも物語が浮かんでくるのに時間を要し、最終点も最近まで思い浮かばず悩みに悩んでいましたが、皆さまが最後まで温かく見守ってくださったおかげでここまでたどり着けました。また、励ましのコメントもいただけて本当にうれしかったです。

「となりのトトロ その後 五月物語。」最後までお付き合い頂きありがとうございました。

ブログはまた日常の雑記に戻りますが、そちらも変わらずお付き合いくださいませ。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 最終話

2014-01-31 20:04:16 | 日記
「あかり、そろそろ戻るわよ。」

「はぁ~い。」

希が声を掛けると元気良く返事をして此方へ掛けてきた。私達は来た道をゆるゆると戻る事にしたけれど、肝心の石段と鳥居は駐車場まで戻ってきても見当たらなかった。
それでも諦めきれずに辺りを見渡していると、駐車場の隅に設置されている古い木造作りのバス停の横に咲いている二本の桜の木の間から、草に覆われてしまった石段がちらりと見えた。そして石段の続きを目で追ってゆくとその先には古びた鳥居と満開の桜が見えた。

「みつけたっ!」

私は希を呼び止めて、鳥居の方を指差し、

「希。先に車に戻っててくれない? 母さんちょっとあの石段の上にある祠にお参りして来るわ。」

と、言うと、

「ええっ!! あそこ登るの! 」と、驚いていたけれど、そんな心配などお構いなしに胸を張り、

「大丈夫よ。姉さんも行った事があるんだから。」

と、気丈に返事をした。しかし希は、やっぱり心配なようで、

「本当に大丈夫なの? 私達も一緒に行こうか? 」

と、言って気遣ってくれたけれど、私の本当の目的を知られては困るから、「いいわよ。」と言って、念を押した。

「じゃあ、バス停であかりと待ってるわ。何かあったら呼んでね。」

「うん。わかった。」

ようやく諦めた希は、あかりとバス停わきの自動販売機でジュースを買ってバス停のベンチに腰を掛けると、私に向かって「気を付けてね! 」と、言って手を振った。私も手を振り返すと、膝くらいまで伸びた草を踏み分けながら、一歩一歩石段を登って行った。でも、中腹くらいまでくると息が切れてきて、意地を張ったことに少し後悔した。

「うわぁ。これはきついなぁ。こんなに身体が動かないなんてびっくりだわ。」

思わず漏れてしまう言葉に苦笑いをする。曲がってくる背を一度伸ばして気合を入れ、再び歩みを進めると鳥居の奥に小さな祠が見えた。

「あったーっ!」

くたくたになりながら祠の前にしゃがむと、昨年の秋にあかりちゃんと拾ったドングリの実を供え合掌した。トトロの事を考える時、なぜかドングリの実がぼんやりと頭の中に浮かぶから、お供えしたら何か起こるんじゃないかと思ったからなんだけれど、やっぱり何も変わらない。

「いつぞやはありがとうございました。もう会えないのかな? 」

そう呟いてみるけれど、聞こえてくるは、鳥の鳴く声、風が葉を揺らす音、川のせせらぎの音。目に見えるのは春を迎えた山間の風景。

「よっこいしょ。」

そう言って立ちあがると、石段の下で手を振っている希の姿が見えた。私は手を振り返し登って来た石段を「無駄足だったかなぁ。」と、思いながら降りてゆくと、駐車場を駆け回っていたあかりちゃんは私に向かって大きな声で「おばあちゃん!はやくぅ~。」と、叫んだ。

私は両手を振って返事をすると少し急いで石段を下りた。「はぁ。もっと若ければこんな階段走って降りられるのにねぇ。」と、ぼやきながらもようやくの思いで駐車場に辿り着くと、突然、温かな東風が吹いてきたかと思うと青々とした木々を揺らしながらザァーッと山肌を駆け上がり、散り始めていた満開の桜の花も天高く舞い上がった。するとあかりちゃんは山の頂を見上げ、

「バイバーイッ!! 」

と、言って、何かに向かって手を振った。不思議に思った私は、

「あかりちゃん。今、誰に手を振ったの? 」

と、聞くと、「トトロだよ。さっきまで一緒に遊んでたんだよ。ほら、あそこで笑っているでしょ。」と、答えた。

「えっ!」

振り返って山の頂を見るけれど私には何も見えない。でも不思議と見えない事への淋しさは感じなかった。それは、頼りになるお姉ちゃんがいて健二さんや希やあかりちゃんと幸せに暮らしているからなんだろうなと考えていると、母さんが言っていた「足りるを知り、ささやかな幸せを感じなさい。」という言葉を思い出した。

「ああっ、そういうことかぁ・・・。母さん。やっとわかったわ。」

五月の晴れ渡った空を見上げると、吹き上がった桜の花びらが私達の元へ静かに舞い降りてきた。

                          おしまい


「となりのトトロ その後 五月物語。」 38

2014-01-30 15:36:37 | 日記
「いやぁ~。ようやく着いたわねぇ。」

「わぁーい!」

「あかりっ! ちょっと待ちなさい!!」

車を駐車するなりドアを開けたあかりちゃんは外に駆けだしていった。私達も続いて車を降りると、あかねちゃんを呼び戻し三人で手をつないで渓谷沿いに続く遊歩道へと向かった。
澄んだ空気を胸一杯に吸い込み、渓流のせせらぎや風が葉を揺らす音に耳を傾けていると、どこからか鶯の鳴き声も聞こえてきた。川沿いの桜は植樹されてから10年くらいの細くて若い幹だけれども綺麗な花を咲かせていて、十分に目を楽しませてくれた。あかりちゃんは私達の手を離すと先へと駆けていった。その元気な姿をほほえましく見ていると希が、

「母さん。こんなところよく知ってたね。どうやって知ったの? 」と、話しかけてきたから私は素直に事実を話した。

「この間、姉さんに教えてもらったのよ。」

「サツキおばさんに? 」

「そう。なんでも大学時代に友達と登ったんだって。」

「へぇーっ。意外だなぁ。なんか勉強ばっかりしているイメージが強いけど。」

希が抱いていた姉のイメージがそんな風だったと思うと可笑しくなって笑ってしまった。

「そうそう。一時期本格的に登山していた事もあったのよ・・・。」

娘とたわいもないおしゃべりをしながら歩いてゆくと整備された遊歩道が途中で途切れ、山頂へ続く細い登山道が見えきた。

「どうする? ここで引き返す? 」

「うん。あかりもいるしね。」

すると、あかりちゃんは何かを見つけたらしく、こちらに手を振りながら、

「ママ~っ! 見て!見て! 川にお魚がいっぱい!!」

と、叫んだ。私達も川の流れの方に目をやると、ごつごつとした岩肌の間を縫うように流れる清流の低い滝の滝壺に、時々きらきら光る魚の群れがみえた。あかりちゃんはこのような風景を見るのは初めてらしく、とても興味深そうにその様子をじっと見ていた。
そう言えば、松之郷に流れている松井川も、私が子供の頃は水もきれいで魚も沢山いた。でも、去年大クスを見に行った時、ちらっと見えた松井川の風景は、住宅の間を流れていて川岸をコンクリートで固めた近代的な川へと姿を変えていた。

「・・・母さんが子供の頃住んでいた松之郷の川もこれ位綺麗だったのよ。」

「母さん、時々松之郷の話をするよね。話を聞くとすごく田舎みたいな感じがするけど。」

「昔はね・・・。でも、今はびっくりするくらい立派な住宅地で、昔の面影はほとんど残っていないわ。」

「都市開発が進んじゃったのね。」

「まぁね。でも、そのおかげで過疎にならなくて済んでいるみたいだけれどね・・・。」

「そうなんだぁ。」

自分の目で見て、思った事を言葉にしてみると、複雑な思いが胸の中で起こったけれど、それと同時に、姉が言っていた「方丈記」の件がぼんやりと浮かんできた。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 37

2014-01-29 16:44:06 | 日記
季節は巡り、電車の車窓から見える外苑の桜はみずみずしいほどの青々とした葉をつけて春の到来を喜んでいた。
あれから私はちょくちょく寺島の家に足を運ぶようになり、姉とたわいのないおしゃべりをしたり、お墓の掃除をしに行ったりして、二人の関係は幼い頃に戻った感じがしていた。それでも、時々話題に昇る私が迷子になった時の出来事は見事なくらい記憶から抜け落ちていて、その話題の度に悩む私を見兼ねた姉は、

「もしかしたら、私がトトロに出会った山に行ってみたら会えるかもしれないわよ。」

と、助言を出してくれた。

「そうね! それはいい考えかも。」

そう思ったら居ても立っても居られない。早速その山への道のりを紙に書いてもらい、近年では桜の名所として知られている場所でもあるというので、娘の希と孫のあかりちゃんに「まだ桜が咲いているらしいからお花見に行かない? 」と、いう口実をつけて誘い出した。

郊外にある我が家から更に山に向けて車を走らせてゆくと、次第に田畑が多くなり高い山々がどんどん迫って来た。
あかりちゃんはお出かけが嬉しいのか、ずっとはしゃいでいて、お気に入りのアニメの歌を大声で歌ったり、そうかと思うとお菓子を食べだしたり、はたまた窓から手を出してみたりとめまぐるしく動いていて、見かねた娘の希が時々「静かにしなさい。」と諭すけれど、それにもめげず喜びを身体全体で表していた。私はそんなあかりちゃんをあやしつつ地図とにらめっこしながら希のナビを務めていた。

「あーっ! 次の信号を右だわ。右よ。右っ! 希、分かった? 間違っちゃ駄目よ。」

「大丈夫よ。母さんじゃあないんだから。」

「なんて事言うのよ。いやだわぁ。」

「何言ってるのよ。母さんの娘だからよ。」

「いやな事を言うわねぇ。」と、言うと希が大声で笑った。

信号を右に曲がると、屋敷林で囲まれた民家の間を縫うように細い登り道が山の方向へと延びていた。

民家を抜けると、田園が山のすそ野まで広がり、いつでも田植えが出来るように水がはられていて、あぜぬりや草刈りといった農作業をしている人が見えた。その風景は私達が住んでいた松之郷の景色とよく似ていて懐かしい感じがした。更に進むと、山が左右に迫ってきて川に沿って延びる道もくねくね曲がりだし、そびえる山の緑の中にポツンポツンと桜色が見えた。

「まだこの辺りは桜が咲いてるのねえ。あれは八重桜っていうのかしらね。」

「そうね・・・。本当に綺麗ね。」

あかりちゃんがふいに窓を開けると、晴れているのに冷たい風が入ってきた。希が「寒いから窓閉めなさい。」と諭すと、あかりちゃんは「は~い。」と言って窓を閉めた。山間はまだ3月の上旬ほどの陽気のようで肌寒い。
川沿いのガードレールに括りつけられた駐車場の看板を過ぎると、右側に駐車場が見えた。すでに6台ほど車が留まっていて、トレッキング姿の中高年の夫婦がリュックを背負いながら楽しそうに話をしているのが見えた。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 36

2014-01-28 13:39:47 | 日記
楽しいおしゃべりと美味しいご飯を堪能した後、約束だったお墓参りに出かけた。霊園は寺島の家から車で10分ほどの距離にあるから、大通りからタクシーに乗るとあっという間に到着した。私達は霊園前の花屋で墓前に供える花を買ったのち、管理所でバケツと柄杓を借りて、二人して父さんと母さんが眠るお墓まで歩いた。

霊園内の木々は冬の準備を始めていて、季節の変わり目を告げるかのように、北風に吹かれた落ち葉が道路の上を転げまわっていた。平日の午後だけあって人の姿は見えない。霊園内の細い道を姉と二人で黙々と歩くのも久しい。

お墓は姉が2カ月に一回は訪れているというだけあって、とても手が行き届いていた。
私が花受の水を入れ替え、花を供えている間に、姉は線香に火をともし墓前に供えてからしゃがむと、静かに合掌して墓石に語りかけた。

「父さん母さん。メイを連れてきたわ。母さんの言われた通り力を合わせて生きているわ。」

私も合掌をして心の中で「母さん。いっぱい心配掛けてごめんね。」と謝った。

墓前で線香が燃え尽きてゆく様をしばらく見つめていると、姉は「母さんにきちんとあやまったでしょうね。」と念を押して来た。「もちろんよ。」と答えると、姉はかるく頷いてから「よっこいしょ。」と言って立ちあがった。

「さあ、帰りましょうか。」

「うん。」

「なんだか、すっきりしたわ。」

「本当にごめんなさい。」

「もう、気にしてないわ。だって母さんにきちんと謝ったんだもの。」

姉はそう言って微笑んだ。その笑顔を見て、30年以上もの間、ずっと心の底にあったもやもやした気持ちがゆるやかに溶けてゆく感じがした。そして、軽やかに私の前を歩いてゆく姉の背中を見て、やっぱりお姉ちゃんはいつだって変わることのない私のお姉ちゃんなんだと思った。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 35

2014-01-27 09:20:55 | 日記
「ねぇ、母さんが亡くなった時、本当に父さんが迎えに来てくれたと思う? 」

「また、唐突ね。」

「私、ずっと気になってたんだ。亡くなる前にあんなこと言ってたでしょ。だから本当なのかなって。」

「さあ、どうなのかしらね。実際の所は亡くなってみなければわからないじゃない。」

「まあ、そうだけれど・・・。」

「あの世と呼ばれる次元が本当に存在すると仮定するなら、魂の存在もしかりと捉えた方が自然で、時頼観測される科学では証明できない現象がこの次元で認められている以上、霊的な事象を否定する事は出来ないし、それを否定する事は神への冒涜と言えるかもしれないわ。だからこそ、摂理とは人類の英知では計り知れない力であると言えるんじゃないかなぁ。」

「なんだか難しくて分からないわ。」

「簡潔に言うと、あると言えばある。無いと言えばない。信じる、信じないはその人の心のもちようでしょうね。」

「なるほどねぇ。上手い事言うね。で、姉さんはどう思ってるの?」

姉はまた腕を組んでしばらく考えた。

「う~ん。どうなんだろうね。でも、トトロの事もそうだけれど、誰かには見えて誰かには見えない。誰かには感じる事が出来て、誰かには感じる事が出来ないという事象は、観測者が複数存在するということだから、個人の脳細胞が見せる幻影とは言いきれないでしょう。」

「う~ん。」

「霊性に関して考える時、日本人の多くは日本と言う国土で育まれてきた独自の文化、宗教観というものは迂回できないものであるし、宗教は死生感を言葉に表したことで人々の心の問題をとりあえず安定させる事が出来たから、その思想を定着させることができたのだと思う。それでも、時間の流れは容赦なく価値観をも変容させてゆくもので、私達の世代以降は個人的でかなりドライな宗教観をもつようになった。それは科学の進歩と経済成長が普遍性のある死生観の源泉を知る機会を減らしていったからだと思うのよ。でも、松之郷での暮らしを思い出して御覧なさい。自然と密接し共生した暮らしは、その生活の中に死生観を育んでいたでしょう。だから母さんの世代だと父さんが迎えに来るっていう考え方は今よりももっと自然だったと思うのよ。」

「うん。」

「父さんがどこかの発掘調査を終えた後に言っていた事があるんだけれどね、古代は今と違って人の死は日常の中にあって、弔い方も地域によってさまざまな様式があるけれど、共通して言える事は、共に生きてきた者を居住区の近くに安置し手厚く弔う事で、亡くなった後でも生活の延長線上に存在し、目に見えなくとも、残された者を見守り続け、厄災を遠ざけ、様々な恩恵をもたらすと信じていたから、死者を手厚く弔っていたのではないだろうか。と言っていたわ。まさにそれで、信仰の形はどうであれ、その頃に安らかな死にあずかる恩恵も、身近な死者によって導かれるという普遍性を帯びた思想の萌芽があったと考えられるんじゃないかなと思う。死は生存する者にとって恐怖であるけれど、そう言う考え方によって死の恐怖を和らげる叡智が古代から脈々と受け継がれてきたのは、思想と共に魂が魂を送りに来るという事象がわずかながらに観測され、観測者によってよりドラマテックに口伝された結果だと思うわ。」

「ううん。よくわからない。」

「こういってはなんだけれど、本当のところ私もよく解らないわ。」

そう言って、姉はお茶目にちょっぴり舌を出した。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 34

2014-01-26 16:42:19 | 日記
扉を開くと待合室は意外に広く、大部屋ほどのスペースが設けられていて、病室とは異なった大きな窓からは高層ビルが見えた。中には白いテーブルが4つ並べられていて、その奥の窓際のカウンターにはパジャマ姿の女性がほおづえをついて壁に備え付けられたテレビぼんやりと眺めていた。右の奥の席には私達と同じ年頃の夫婦が難しそうな面持ちで何かを話している。私達は手前の席に向かい合って座ったが、あまりの居心地悪さにふいに目をそらした。すると自動販売機が目に入った。

「何か飲む?」

「じゃあコーヒーを。」

席を立ち、気まずさをごまかす。自動販売機にゆき、硬貨を入れボタンを押すと紙コップが落ちるコトッという音の後にコーヒーが注がれていった。工程を知らすランプが点滅している。出来上がるまでの時間が異常に長い事に気づく。ランプが消えるとさっとコーヒーを取り出し、続けて自分の分も買った。
席へと戻る時、テレビのバラエティ番組から聴こえる笑い声が空虚に感じてかえって気分が重くなったが、母さんとの約束を守るためだと自分に言い聞かせメイの前に座った。

「メイ。母さんの言った事、どう思った? 」

「どうって、別に、どうも思わないわ。」

「・・・。母さんがあそこまで弱気な発言をするのって珍しいと思うの。」

「だから、なによ。」

「私がこんな事を言うのもなんだけれど、もっと母さんに逢いに来てくれてもいいんじゃない。」

「・・・心配しないで。これから退院するまで様子を見に来るから。」

「そう。ありがとう。」

「母さんが仲よくしなさいって言ったんだから、仲よくしなくちゃ。そうでしょ。」

「・・・そうね。」

「姉さんは私の事をどう思っているのか分からないけれど、意地を張っても仕方がないじゃない。」

「・・・そうね。」

「力を合わせていかなくちゃいけない。そうでしょ。」

「・・・うん。」

母の体調の事を考えると、二人の間にあるわだかまりを無くさなくては母の心労も癒されないだろう。私が耐えることで状況が好転するなら、私の自尊心など必要ないと思った。

「メイ。本当にごめんね。こんな時、なんて言ったらいいのかわからないけれど、私に非があったわ。」

「・・・いいよ。もう、気にしていないから。」

メイがにこりと笑ってそう言うと、少し心が軽くなった。

それから2日後の朝。病院から連絡が入って母が亡くなった事を知らされた。担当の看護師さんによると、前日の夜までは元気で体調も回復傾向であったのに、早朝の巡視時には眠るように息を引き取っていたという。それを聞いて、母は母が望んだとおりに安らかに父の元へと行ったのだろうと思った。結局、母が私達に告げた言葉は本当に遺言となってしまった。


「となりのトトロ その後 五月物語。」 33

2014-01-25 16:38:07 | 日記
悲しいわけでもなく、辛いわけでもない。ただ、母さんに余計な心配を掛けさせてしまった自分が情けなくて、それを赦してくれた母さんの優しさにとめどなく涙がこぼれた。
どれくらい泣いていたか分からないほど高ぶっていた気持ちがようやく落ち着いてきた頃、メイが病室を訪れた。メイの顔を見ると、とても不安になっているのが分かった。

「・・・母さん。大丈夫。」

「メイ・・・。元気そうね・・・。よかった。」

「なかなか会いに来なくてごめんなさい。」

「いいのよ。元気でさえいてくれれば。」

「・・・うん。」

「さあ。ようやく二人揃ったわね。今日は二人に話があるのよ・・・。これは母さんの最後の望みだからよく聞いておいてね。」

母さんは、穏やかに語りだしたが、メイは今にも泣きだしそうだった。

「母さん。最後の望みってそんなこと言っちゃやだ。」

「そうよ。母さん最後の望みなんて駄目だよ。」

「ばかねぇ。母さんはもう83歳よ。それに二人の娘を立派に育て上げたからもう十分よ。」

「やめてよ。母さん。」

「・・・・。」

「いい。よく聞きなさい。まずね、二人の間に何があったかは知らないけれど、二人とも母さんの子供なんだから仲よくしなきゃだめよ。」

「・・・うん。」

「・・・・。」

「ほら、仲直りの握手なさい。」

そう言われても、二人の間にはわだかまりがあるから、どちらも握手をする気持ちにはなれなかったが、それでも母さんの頼みなのだからしないわけはいかない。私はしぶしぶメイに手を差し伸べて握手をした。

「よしよし。それでいいわ。それからもうひとつ。」

「まだあるの。」

「ええそうよ。これは母さんの遺言だから必ず聞いてね。」

「・・・母さんがどんなに苦しんでいても、延命治療は決してしないでほしいのよ。父さんが必ず迎えに来てくれるはずだから、父さんと共に自然に行かせてほしいの。」

「嫌だよ。母さん。そんな死んじゃうようなこと言っちゃあ。」

「・・・。」

「メイったら、いつまでたっても甘えん坊さんだわね・・・。でも、いつかは死ななければいけないものだし、死を迎えるなら自然に任せたい。この歳になって、この身体を思う時、生きる事への執着は自分を苦しめるだけ・・・。」

「そんなぁ。」

「残される者の都合の為に長生きすることは、結局、誰のためにもならないのよ。貴方達がその事を分からなければ、母さんは貴方達が先にあの世に行くまで生きていなければならなくなるじゃない。そうでしょ? 」

「・・・。」

「母さんはもう十分よくしてもらったから、今度は貴方達が旦那さんや子供や孫のために一生懸命に生きなさい。人生はままならない事の方が多く、気苦労が絶えないものだけれど、だからといって、横着になっては駄目よ。困難な時は二人で助け合い、足りるを知り、ささやかな幸せに喜びを感じていれば、いい事もかならずあるから。」

「・・・うん。」

「母さん。私達は大丈夫よ。だって、母さんの子供だもの。私達の事は心配しないで、身体を治して、早く家に帰りましょう。」

「ありがとう。でも、これで安心したわ・・・・。」

そう言うと、ふ~っと息を深く吐いた後、「少しおしゃべりが過ぎたせいか、少し疲れたわ。ちょっと横にならせてもらうわね。」

と、言って母は横になって目を閉じた。メイは目に涙をいっぱいためていた。

「じゃあ、母さんまた明日来るから。」

メイがそう告げると、母は小さく頷いた。私達は静かに病室を離れると、帰ろうとするメイを呼び止め、待合室でお茶を飲みながら母から言われた事について話し合う事にした。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 32

2014-01-24 08:26:23 | 日記
「ごめんなさい・・・。言い方が悪かった。」

「別にいいわよ。それで、母さんは大丈夫なの。」

「今のところ大丈夫よ。だから、今日の午前中に来て頂戴。」

「分かったわ。今から行くわ。それで、病院は何処なの・・・。」

私は病院名と道程を伝えメイが来るのを母の病室で待つことにした。1階のロビーから母のいる病棟へ向かう途中に椅子に腰かけた寝間着姿のうつろな目をした人々に出会った。自身の身体もままならぬ事への喪失感が目の輝きを奪ってしまうものなのかと思っていると、看護師さんが忙しそう小走りにかけぬけてゆく。すれ違いざまに残る消毒液とフローラルの香水と煙草の入り混じった臭いが残像のようにその場に留まり、白い壁と薄暗い蛍光灯の明かりが視野を一層狭め、なぜか呼吸しづらくなる。

エレベーターの扉が開いているのが見え、足早に乗り込むと、キャスターに点滴をぶら下げたやせ細った背の高い男性がボタンの前にいて「何階ですか?」と尋ねてきた。「あっ、すいません。5階で。」と言うと、その人はボタンを押し扉が閉まった。その男性は点滴中であることがわかったがそれ以上詮索しないように意識して、上昇してゆくエレベーターの数字に目をやった。
エレベーターが3階で止まると、男性は私に軽く会釈し、左右に分かれている通路の右側の方へとスリッパを引きずりながら歩いて行った。
一人になった私はボタンを押し扉を閉めた。エレベーターは静かに動き5階で止まり扉が開いた。私は自らすべての思考を停止し母のいる病室へと向かった。

五階の病室から見える風景は灰色の街と灰色の空が広がっていて私の気持ちを一層憂鬱にさせた。病床に臥せる母の姿はかすかな命を留めているように感じ、そしていつもより体も小さく腕や足も細くなっている事に気づいた。すると、母と目が合う。弱々しくにこりと笑う。目じりのしわの深さに驚きながら、「どうしたの母さん。」と、声をかけてみると、

「ねぇ。どうしてあなたたちは仲が悪くなっちゃったの? 」

と、か細い声でたずねてきた。母には仲が悪い事を悟られまいと私達は振舞っていたつもりだったが、やはり母には隠せなかったようだった。

「・・・気づいていたの。母さん。」

「そりゃわかるわよ。貴方達の親だもの。」

返す言葉がない。言葉に詰まる。胸が痛む。軽く唇をかむ。どうしようもない空虚な気持ち。そこから絞り出された言葉は、

「ごめんなさい。」

そう言うと、母は私の方へ手を差し伸べ、私の手の甲の上に痩せた冷たい手を乗せた。

「あやまらなくていいのよ。サツキ。謝らなくてはならないのは私の方だわ。」

「ううん。そんなことない。私がもっと寛容であったら・・・。」

「・・・おバカさんねぇ。サツキは十分寛容だわ。だから自分を責めては駄目よ。」

「うん。」

そう返事すると、自分の生きてきた時間や今の立場をすべて忘れ、少女のころへと戻って行く気がした。目頭が熱くなる。でも我慢をした。ここで泣いてはいけないと思ったが、年のせいか涙もろくなっていた。

「ほらほら、涙がこぼれてるわよ。これで拭きなさい。」

母さんは、そう言ってベッドサイドに置いてあるティッシュペーパーを取って私に差し出した。その優しさに私は我慢できなくて、細くなった母さんの手を握りうつむいて静かに泣いた。もう、何も言葉が出てこない。母さんは優しく微笑んでいる。私はただただ泣き続けた。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 31

2014-01-23 10:06:02 | 日記
メイの言うとおり母の配慮がなければ、私とメイの現在の関係は無かったかもしれない。

あれは5年前の1月の終わり頃。メイを出産した後に結核にかかり療養生活を強いられた母ではあったが、病状が沈静化して以来、父が他界した五年前に体調を崩した以外は病気らしい病気にかかることなく83歳を迎えていた。しかし高齢者となった母は、身の回りの事もおぼつかなくなってきた事を自覚し、その事を友達に相談すると、ディサービスという所に通っている聞くと、母は直ぐに介護認定を受ける手続き進めて、週2回、デイサービスを利用する事となった。最初はどうなる事かと思ったけれど、母なりに日々を楽しんでいるようであった。
しかし、その年の冬に風邪をこじらせ、病院受診すると肺炎を併発している事が分かり入院することになった。微熱が続いていて食が細くはなったが、それでも受け答えはしっかりできていて、比較的穏やかだったから、すぐに退院できるだろうと思い、そりの合わなくなった妹にわざわざ連絡しようとは思わなかった。

しかし、母は入院二日目に私にこう言った。

「二人に話があるからメイに連絡して今日中に病院に来るように伝えて。」

私は余り気が進まなかったが、母の頼みという事もあり、しぶしぶ何年振りかにメイに連絡した。

「もしもし、メイ・・・。私だけれど。」

「なに。」

「その言い方はなによ。」

「言い方なんて、どうでもいいわ。用件なら早く言ってよ。」

「母さんが入院したのよ。それで、私達に話しておきたい事があるから病院に来てって言ってるの。」

「えっ! 母さんが入院!! どうしてよ! 姉さんがついていながら! 」

「しょうがないじゃない!! 風邪をこじらして肺炎起こしたんだから。それでも、私が病院に連れて行ったんだからあなたに責められる筋合いはないわ!! 」

「なんでそんないいかたするのよ! ホント、気分が悪くなるわ! 」

こういうやりとりになる事は分かっていた。だから避けたかった。でも、今は向き合うしかなかった。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 30

2014-01-22 08:34:09 | 日記
「でも、このオムライス、本当に母さんが作ってくれたみたいだわ。」

そう言うと、姉はしんみりと「・・・母さんが亡くなってから5年になるかしらね・・・。」と、呟いた。

「もうそんなに経ったのかぁ・・・。早いものねぇ。」

と、言うと姉は真剣なまなざしで私を見て、

「ねぇ。あなた知ってた? あなたが私達に黙って彼の家に泊り込んでいた時、だれよりも心配してたのは母さんだって。」

と、私が知りえない母さんの心情を吐露した。

「えっ。なに。母さんは私の好きなようにさせてくれてたんじゃないの? 」

すごく動揺した。それは、そんなそぶりを一切見せた事のない母さんに安心しきっていたからだ。

「あなたは本当に馬鹿だわ。一番おろおろしてたのは母さんなのよ。 あなたが、型破りな恋愛する度に、母さんいつも、「大丈夫なのかしら、本当に大丈夫なのかしら」って言っていたのよ。」

「ええっ。そんなのしらない! だって、母さんいつも優しくお帰りって言うだけだったもの。」

「あなたが無茶をする度に母さんはすごく心配して、あなたはそれが当然だって顔をしていた。母さんは心配している事をメイには言わないでって父さんと私に言っていたから我慢してたけれど、あの頃のあなたの行動は幼いとはいえ本当に腹立たしかった。」

姉の口調が少し厳しくなった。当時、姉が私を避けていたのは、私のように自由に振舞えないからだとずっと思いこんでいた。子供の頃の事とはいえ、ただただ自分の未熟さに恥ずかしくなっていた。

「・・・。」

「まぁ、幼い頃の事だからもういいけれど、今日はきちんと母さんに謝るのよ。」

「・・・うん。ごめんなさい。」

ケチャップ味のオムレツがほろ苦い味に変わってゆく。私が笑うたびに、泣くたびに、落ち込むたびに、作ってくれたオムライスにそんな思いがあったとは思わなかった。目頭がジワリと熱くなるのが自分でも判った。すると姉さんがつぶやくように言った。

「母さんはいつも優しかったわね。最後の最期まで・・・。」

「うん。優しかったわ・・・。だってあの時母さんが私達に説教してくれなければ、今頃私達こんな風に向き合ってご飯なんか食べていられないと思う。」

「・・・確かにそうね。」

「となりのトトロ その後 五月物語。」 29

2014-01-21 09:10:18 | 日記
久しぶりに姉の手料理を味わう。料理の腕前は母さんが療養していた時分から台所に立っていたからかとても上手だ。それに比べ私は、苦手だったからずっと避けていたけれど、結婚してどうにもならなくなって、健二さんのお母さんに助けてもらいながら、ようやくそれなりに出来るようになったけれど、姉の料理には到底及ばない。

私も席を立ちキッチンへ向かうと、姉はあらかじめ下準備をしておいたであろう食材を炒め出していた。
白いテーブルクロスが引かれた品の良いテーブルには、淡い青色のびいどろの一輪ざしに活けた茶の木が小さな花をつけていた。私はキッチンに近い椅子に腰を掛けて姉に声をかけた。

「いいにおいだね。何を作るの? 」

そう聞くと、姉は振り返り、

「母さん直伝のオムライスです。あなた、大好きでしょ? 」

と、言って食材を次々にフライパンに入れて手際よく調理をしてゆくその様は母さんとそっくりだ。姉に母さんの面影を見つけてしまうなんて。と思いながらも、調理する姉をじっと見ていた。

しばらくすると、トマトケチャップを炒めた香ばしい香りがキッチンに漂った。とても懐かしい匂いだ。

姉はキッチンカウンターに用意してあったお皿に炒めた具を盛ると、フライパンに油を引き直し卵を焼きだした。今のオムライスの卵はふわとろが支流のようだけれど、母の作る卵焼きは少し焦げ目を利かし、しっかりと焼きあげる昔ながらのオムライスの姿だ。

姉は程よく焼けた卵焼きの上に最初に炒めたケチャップご飯を乗せ、少しフライパンを傾けたかと思うと、手際良くくるり巻き、お皿に載せて、形を整え仕上げのケチャップを掛けた。

「はい、これはあなたの分。オニオンスープもあるから少し待ってなさい」

「ありがとう。姉さん。母さんみたいだよ。」

そう言うと、

「バカ言わないでよ。」といって微笑んでいた。

姉は事前に作ってあった、熱々のオニオンスープをマグカップに注ぎ、私に差し出すと、またフライパンを持ち、卵を焼きはじめた。本当に手際が良くて感心してしまう。

「さあ、いただきましょうか。かんたんなものでごめんね。」

「ううん。これ、本当にうれしい。いただきます。」

しっかり焼いた卵焼きにスプーンを入れてゆくとホカホカのチキンライスが出てきた。この時の嬉しさは不思議といつまでたっても変わらない。

口に運ぶと懐かしい母の味そのもので、私が作るとなぜかこうはいかない。

「美味しい。母さんの味そのままだわ。」

「そう・・・。何を作ろうかなと思ったけれど・・・。どうせなら、母さんから教えてもらったものにしようかなって・・・。作ってよかった。」

二人きりで向かい合わせに座ってオムライスを食べる。何年振りだろうか。母さんが療養中は、二人でよくご飯を食べていたのになぁ。と思いながら食べていると、

「・・・久しぶりね。二人きりでご飯食べるの。」

と、姉が呟いた。同じ事を考えているんだなぁと思って少し嬉しくなった。

「そうね。でも、あらためてそう言われると、なんだかかしこまっちゃうわ。」

「なによそれ。」

そう言って、二人して笑った。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 28

2014-01-19 18:37:14 | 日記
「トトロ!!」

「思い出した? 」

はっきりとではないけれど、ほこりをかぶっていた記憶の中にそんな響きがかすかに残っている。
そう思うと「トトロ」と呼んでいた生き物に私は会っている気がする。

「うーん。思い出しはしないけれど、言われてみればそんな事があったかもしれない。」

「なんだかおぼろげだわね。」

「それで、姉さんが助けてもらったというのも、トトロなの? 」

「そうよ。間違いないわ。フクロウでもなくうさぎでもなく、しかも2足歩行の生き物・・・。いや。生き物ではないかもしれない・・・。だから印象深いのよ。 」

「え~。そんな変な生き物なのになんで私は覚えてないんだろう。」

「それは・・・。やっぱり小さかったからじゃない? 」

「そうかなぁ。寛太兄ちゃんと遊んでいた事は覚えているのに・・・。」

「う~ん。そうね。そう考えると不思議だわね。」

「そうよ。変だわ。」

「でもね。私も母さんが療養から帰って来たのを境に、ススワタリも次第に見えなくなって、トトロも母さんが帰ってくる前日の夜に、塚の森の大クスの先に立っている姿を観たのが最後だった。とにかく満月が綺麗な夜だったから印象深く記憶に残っているわ。メイは最後に観たのはいつだったか覚えてる? 」

そう問いかけられて考えたけれど、やっぱり思い出せない。

「・・・ぜんぜん思い出せない。」

「そうかぁ。でも、無理もないわね。メイったら母さんが帰ってきたら母さんにべったりだったものね。」

「うん。母さんが家に帰ってきてくれて、すごく嬉しかったもの。」

「それは、覚えているのね・・・。不思議ねぇ。傘をあげたことはまだしも、猫のお化けのバスに乗ったことなんて、非科学的でそれこそ夢物語のような出来事なのに忘れてしまうなんてねぇ。」

そこまで言われてしまうと思いだせないのがかえって悔しい。でも、本当に思いだせないのだから仕方がない。

「やめた。」

「えっ。」

「思い出せないから。思い出すのやめた。」

「あらあら、あなたらしいわね。」

そう言って姉は微笑んだ。そして「あら、もうこんな時間。そろそろお昼ご飯の準備をしなくては。」と言って席を立った。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 27

2014-01-18 18:41:46 | 日記
「ふ~ん。そんなことあったのね。」

「でも、今考えてみても本当に不思議な体験だったわ。子供の頃は純粋だったからそれが何かよくわからなくてもよかったのだけれど、大人になってから再び体験すると捉え方や感じ方が変わるから、どうにもおさまりがつかないのよね。」

遭難しかかった想い出を静かに語る姉の話に聞いて、疲れきって帰宅した理由がようやく分かった。

「そうだったのね。だから、あの日だけぐったりしていたのね。」

「いつもの登山なら山岳部の人達に甘えていればいいのだけれど、あの日の責任はすべて私にあった。だから、みんなを無事下山させなければならないという使命感で、ずっと神経を張り詰めていたから本当にくたびれたわ。」

「ふ~ん。でも、それが私の4歳の時の話とどうつながるのよ。」

「えっ。話聞いてなかったの? 」

「聞いてたわよ。」

「だったら分かるわよね。」

「だからなにが? 」

そう答えると、姉は深くため息をついた。

「だから、私が助けてもらった、不思議な生き物の事よ。」

「う~ん。生き物って言われても・・・。」

「ほんとに覚えてないのね。」

「うん。覚えてない。4歳の頃の事って覚えてるわけないじゃない。」

「・・・そうね。たしかに記憶を留めておくには少し小さすぎるかもね・・・。じゃあ、その時の事を話してみるわね・・・。」

そう言うと、私が4歳の時、七国山病院に療養している母に一人で会いに行き、迷子になった話をしてくれた。たしかに、そのような記憶がとぎれとぎれには残っているけれど、はっきりとした事は思い出せずにいた。でも、その名を聞いてハッとした。

「それで、本当に困ってしまって、大クスを棲みかにしていたトトロって言う生き物に助けを乞うたのよ。」

「となりのトトロ その後 五月物語。」 26

2014-01-17 08:46:38 | 日記
不安な気持ちに負けないよう祈り続けながら歩いてゆくと、少し先の道の上になにか小さな動物が立っていた。「あれは、なんだろう。」と、じっと目を凝らすとウサギのようにも見えたけれど、疲れているせいか時々姿が透けるようにも見えた。

歩みを止めずに小動物に近づいてゆくと、以前どこかで出会っていたことを思い出した。

「お願い! 私たちを助けて。無事に下山させて。」

私は無意識に心の底から祈ると、その小さな生き物はくるりと向きを変え歩きだした。すると、同じ姿をした更に小さな生き物が茂みからぴょんと飛び出してきて後についてゆく。私もすがる思いでその後をついて歩いてゆく。でも、何も知らない友達は後ろで歌を歌いながら楽しげに歩いていて小さな生き物は見えていないようだった。

私は見失わないように必死で小さな生き物を追いかけてゆくと、目の前に小さな鳥居と祠が見えてきて、小さな生き物が鳥居の前まで行くと立ち止まり、こちらに振り返ったかと思うと身体を左右に揺らした後、スッと姿を消した。

「えっ。ちょっとまってよ。!」と、思わず声を出すと、後ろにいた友達が、

「サツキ、どうしたの? 」と聞いてきた。でも私は動揺させまいと、

「ううん。なんでもないよ。もうすぐ駐車場だよ。」と言ってその場をごまかした。

でも驚いた事に、小さな祠まで来ると視界が開け、祠まで続く石段の下には駐車場に停まっているバスの明かりが見えた。
私は焦っている気持ちを悟られないように「ほらね。」と言うと、友達は「さぁすがぁ~。サツキ。こんな道も調べてたのねぇ。」と感心していたが、私は安ど感と共にどっと疲れが出て、暖房のきいたバスの座席に腰を掛けたら、たちまち深い眠りについてしまった。