硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「となりのトトロ その後 五月物語」 9

2013-12-31 08:49:07 | 日記
サツキは窓の外の風景を眺めながら、さっき歌っていたビートルズの「アイ・フィール・ファイン」という歌を口づさみはじめた。合唱部の女子も言ってたがサツキの歌声は本当に綺麗だ。思わず聞き入ってしまう。でも、洋楽は意味が分からないからピンとこない。だから僕はサツキをちょっと試すつもりで、

「なぁ。その歌ってどんな意味なんだよ。」

と、聞いたみた。でも、サツキは予想通りに、

「これ? え~っと。あの子はとても優しい。最高に幸せなんだ・・・。」

よどみなくさらさらと翻訳して行くサツキは、余裕で進学校に通える学力の持ち主だったが、お父さんやお母さんに負担をかけたくないからと言って、僕と同じ町内の都立高校へ入学していた。もちろん成績は優秀なんだけれど、こんなことまで知っているのには驚きだった。

「・・・って感じかな? 訳しちゃうと詩は軽いんだけど、リズムのいい曲だからつい歌ってしまうんだよ。」

「へぇえ。すごいな。およびでない。こりゃまた失礼いたしました!!」

そう言っておどけると、「あ~それはわかる!!」と、言って楽しそうに笑っていた。
その様子を見て僕は思わず、「しあわせだなぁ~。」呟いてしまうと、

「えっ。なにが? 」

と、聞いてきた。思わず口に出した言葉だったから、どう返事をしていいかわからない。たから、「ああっ。なんでもない。なんでもない。ひとりごと。」と、言ってその場を取り繕うと、

「変な寛太。」そう言ってまた笑った。

それでも、サツキの歌う曲、というかサツキが好きな曲が好きになり始めていたから、

「あのさ。そのビートルズと言う人の曲。俺も歌いたいから歌詞を書いてくれないか? 」

と、頼んでみると「いいよ。英文でいい? 」と、あっさりと聞き返してきたから、

「おっおう。頼んでいいかな。でも、読み方をカタカナでふってほしいんだけど・・・。」

と、焦りながら答えると、

「No problem. you can count on me. !!」

と、答えた。なんてかっこいいんだろう。と思いながら「ありがとう。たのむね。」とお辞儀をした。

二人の時間が流れる。これは今しかない。そう思った僕は勇気を出して告白しようとすると、次のバス停が見えてきてサツキの友達の松下さんが僕らを見つけて手を振っているのが見えた。サツキも松下さんに手を振りかえす。僕は完全にタイミングを逃して言葉を飲み込んだ。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 8

2013-12-30 14:23:10 | 日記
昭和42年の2月の終わりごろ、僕はサツキにどうしても伝えておかなければならない事があって、それは今後の人生に大きくかかわる事でもあったから、チャンスが来たらいつでも伝えられるように何回も何回も考えて練習していた。

「うーん。余り格好つけてもなんだしな。ここはさりげなく言った方がいいのかな。」

「寛太。早く風呂に入ってしまいな。湯が覚めちゃうじゃないか。」

「はーい。今行くよ。」

「まあ、こんな感じでいいか。」

その時期、同級生のみんなはそれぞれに進路を決めていた。多くの者は都心に働き口を見つけたが、京都や大阪といった関西方面の大学や企業へゆく者もいて、外に出てゆく事に少し羨ましさを感じていた。松之郷に住んでいる者、特に僕のような長男は家を継いで田畑の面倒をみることがあたりまえだったから、仕方がない事だとあきらめていたが、親父は「もう時代が違う。これからは働きながら、ついでに田畑の面倒を見ればいい。わしらも体の動くうちはがんばるから。」と、就職への後押しをしてくれたおかげで、4年前に隣町に出来た「恩田技研」という自動車工場に就職する事が出来たのだけれど、その頃の僕は就職出来たことのうれしさよりも、サツキに想いを伝えたいと言う気持ちで頭がいっぱいだった。

翌朝、稲荷前のバス停に向かうと寒そうにたたずむサツキの姿が見えた。それでも、僕を見つけるといつものように手を挙げて元気よく「おはよう!」と挨拶してきた。
にこりと微笑むその笑顔は本当に可愛くて、思わずドキリとしてしまう。この気持ち知らねえんだろうなと思いながら、「おっ、おう。おはよう。」と、右手を軽く上げ低い声で応えると、「げんきがないぞ!!どうした寛太!」といって、笑った。

「そこ笑う所かよ。」

「笑う所じゃなくて何なの? 」

「バカにしてるだろ。」

「バカにしてる。と思っている方がバカにしてるわ。」

悔しいけれど、こいつには勝てない。仕方がないから、

「まぁ~そうだな。」

と、言って折れると、

「そうでしょ。そうでしょ。」と、無邪気に笑って勝ち誇っている。

こうやって二人でバスに乗って高校へ行くのもあと数日。なんとかせねばと気ばかり焦る。
ぶつぶつと独り言を言いながら考えていると、隣で白い息を弾ませながらBaby's good to me, you know~と軽快に隣で口づさんでいる。

「何? その英語の歌? 誰の歌? 」そう言うと、

「ビートルズだよ。アイ・フィール・ファインっていう曲だよ。」と、さらりと答えた。

「ビートルズ? 流行ってるのそれ? 」

「うん。今世界で一番人気があるんじゃないかな。」

「へぇ~。全然知らないや。俺はどちらかと言うと唐獅子牡丹の方がいい。」

「唐獅子牡丹? どんな歌なの? 」

これだ。この感覚がサツキらしい。いつも驚かされる。

「しょうがね~な。 ちょっと聞いてろよ。」

その時、僕は健さんになったつもりで「ぎぃ~り~とぉ~にんじょぉお~はかり~にぃ~かけりゃぁあ~」と歌って見せた。これ以上ないというくらい熱唱すると、サツキは意外にも「へぇ~。いい歌だね。」と、言った。

「これはさ。網走番外地っていう映画の主題歌だよ。本物を聴くともっとしびれるぜぇ。」

「あ~。そういえば駅前の映画館の大きな看板で見たわ。これがあの映画の曲なんだね。そうかぁ~。そう言うのには疎くて、知らなかった。なんだかごめんね。」

そう言うサツキに向かって僕はちょっとカッコつけて「いや。いいんだ。かまいやぁしませんぜ。」というと、「ほらバスが来たよ。」と、何事もなかったように一歩前に進んだ。僕は少し恥ずかしくなって「わかってるよ。」と言ってサツキに続いた。

バスに乗ると、車掌さんに「おはようございます。」と挨拶をする。サツキは欠かさず挨拶をしてからいつもの場所に腰を掛ける。そして僕はサツキと一緒にバスに乗る時は、サツキが座った後ろの座席に座る。これが二人の決まりになっていた。その理由はこの先のバス停からサツキの親友が乗ってくるからだけれど、何度か隣に座ってやろうと思ってはみるが勇気がなくて一度も隣に座ることが出来なかった。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 7

2013-12-29 09:55:55 | 日記
作業員の人達が、重機を使って大クスをゆっくりと倒してゆく。すると、隣にいた寛太兄ちゃんは一つため息をつき、作業服の胸ポケットから煙草を取り出した。

「吸っていいですか?」

その言葉に私はちょっと驚いたけれど、すぐに「そうか。もう大人なんだ。」と、思い直して、「ええ、いいですよ。どうぞ。」と言うと、寛太兄ちゃんは一礼をした後、「では。」と言って、慣れた手つきで煙草を一本取り出すと、口にくわえライターで火をつけた。そして、ゆっくり吸い込んだ後、小春日和の青空に向けて煙をゆっくり吐き出した。

「たばこ・・・吸うんですね。意外だなぁ。」

「そうですか? 僕らの時代じゃ吸わない人の方が珍しいくらいです。でも、最近は何処へ行っても禁煙でしょ。愛煙家としては肩身の狭い世の中になりました。」

「いえ、そうじゃなくて、寛太兄ちゃんが煙草を吸うほど年をとってしまった事が不思議で・・・。」

そういうと、ハハハと笑って「それはお互いさまでしょう。」と言った。

極まりが悪くなった私は「いつ頃から吸うようになったんですか? 」と尋ねると、寛太兄ちゃんは遠くを見ながら「んー。働き出してからだったかなぁ。」と答えたあと、

「いや、高校を卒業した後だ。きっかけはサツキさん・・・だったなぁ。」

「お姉ちゃんがきっかけなの!? 」

寛太兄ちゃんの言葉に驚いたけれど、今思い返すと、たしかに卒業前の姉はいつにもまして元気が無く、父さんも母さんも心配していた。

「・・・さつきさん。元気にしてますか? 」

ゆっくりたばこの煙を吐き切ると、ためらいがちに姉の事を尋ねてきた。でも私は、それがどういう気持ちなのかわからなかったから、ためらうことなく答えた。

「はい。元気にしてますよ。今は友達と一緒にNPOを立ち上げてバリバリ働いています。」

「へぇー。サツキさんらしいですね。教員にはならなかったのですか? 」

と、当時の家族しか知りえない事を尋ねてきた。でも、そのことで姉と寛太兄ちゃんの間に何かあったのだろうなと察しがついたけれど、今は聞かないほうがいいのかなと思い、

「ええ。一時期は教員を目指していた頃もあったけれど、結局、文部省へ入管したんですよ。」

と、返答すると、寛太兄ちゃんはすごく驚いた様子で、

「ええっ!! 文部省ですか。これはまたすごい所にいかれたんですね。それはまたなぜ?」

と、再び質問してきた。でも、その理由をよく知らない私は困ってしまった。

「え~と。それは・・・。」

「なにか、不都合な事でも? 」

「いえ、そういう訳じゃなくて、なんだったかなぁと考えてみたんですが・・・。そういえば、どうして文部省に入管したかなんて聞いてなかったなぁと思って・・・。」

「そうでしたか。」

「でも、あっさりと辞めちゃった理由は子供が出来たからなんですよ。その時、ちょっとした騒動になったのでよく覚えています。周りの人からは「もったいないから続けろ」って言われてたんですけれど、姉は「子育てと仕事の両立なんてするもんじゃない」って言って周りの助言を一切受け付けなかったんですよ。姉らしいと言えば、姉らしいんですけどね。」

と、言うと、寛太兄ちゃんは、ハハハと笑って、「いや。サツキさんらしい。」と、言った。

「でも、姉が一時、教員を目指していた事をよくご存じでしたね。」

「はい。高校を卒業する前に教師なるのも一つの目標だって聞いていたから。」

「そうでしたのね。それで・・・。」

「はい。」

そう返事をしてから寛太兄ちゃんは、また煙草を吸って、小さくつぶやいた。

「あれは、たしか高校三年の2月ごろだったなぁ・・・。」

「となりのトトロ その後 五月物語。」  6

2013-12-28 08:48:51 | 日記
「あっ、立ち話もなんですからここに掛けませんか? 」

そう言って話かけると、寛太兄ちゃんは少しはにかんで、

「いいんですか? では、少し失礼して。」

と、言って、私の隣に腰を掛け、伐採作業中の大クスを見ながら語りかけてきた。

「・・・実はこの大クス、松之郷の開発計画が持ち上がってから何度も撤去の話がでてたんですよ。」

「えっ、そうなんですか。」

「ええ・・・、でも、松之郷では御神木だったでしょう。だから市の教育委員会の人たちも地元民の気持ちを汲んでくれ、保存する方向で骨を折ってくださったんですよ。おかげで県の天然記念物に指定され伐採されずにすんでたんですが、今年の天候は異常だったでしょう。」

「ええ。」

「やはり、その影響かここでも竜巻が発生しましてね。あの大クスに直撃したんだそうです。それで調査が入りまして、今日に至ったんです。」

「・・・そうだったんですねぇ。」

「ええ。それで。これは、このあたりの人しか知らない話なんですが、その竜巻は大クスを折ったと同時に消えちゃったらしいんですね。」

「へえぇ~。それは不思議ですねぇ。」

その話に感心していると、寛太兄ちゃんは新しい住宅地の方を見ながら、

「ねっ、不思議でしょう。でも、昔からここに住んでいる者は鎮守様のおかげだっては言ってます。こちらの新興住宅の人達は鎮守様の事も知らないみたいですけどね・・・。」

と、言って、苦笑いをした。たしかに大クスは鎮守様でもあったけれど、私にとっては遊び場という思い出しか残っていなかった。

「・・・あの頃はよくあそびましたよねぇ。」

「ええ。毎日が本当に楽しかったですね。」

みんなで大クスによじ登ったこと、松井川へ魚取りに行った事、寛太兄ちゃんの家の田んぼでドロドロになって田植えをした事など、朝から夕方までいっぱい遊んだけで、どれも楽しい思い出ばかりだ。
寛太兄ちゃんと昔話に花が咲き、夢中になっておしゃべりしていると、バキバキッという悲鳴にも似た大きな音が辺り一面に響き渡った。私達は再び大クスを見ると、枝がきれいに払われて幹が露わになっていた。そして重機を操作する人と下で作業する人達が声を掛けあいながら最後の大作業に取り掛かり始めていた。

「となりのトトロ その後 五月物語。」  5

2013-12-27 17:26:14 | 日記
「あのぅ。つかぬ事をお伺いしますが、ひょっとして貴方は、昔ここに住まわれていた草壁さんではないでしょうか。」

男性はさわやかだったけれど、私の名を旧姓で呼んだから怪しさは更に深まった。だから私はあえてぶっきらぼうに、

「ええ。そうですけれど、貴方は?」

と、聞き返すと、男性は微笑んで、

「やっぱり! そうでしたか。いえね。面影があったものだから多分そうじゃないかなって思ったんですよ。やっぱり草壁さんでしたか。わたしですよ。私。覚えていませんか? 」

と、答えた。

「そう言われてもわからないしなぁ。」と、心の中でつぶやいたけれど、向こうは私を知っているようだから、知らないを押し通すわけにもいかない。年齢は姉と同じくらいのようであるけれど・・・。と、考えていたら、突然この男性が誰であるのかがわかった。

「あっ!・・・寛太兄ちゃん!!」

「そうそう。寛太兄ちゃん。いやぁ・・・寛太兄ちゃんだって。お恥ずかしい。」

男性は、右手で頭をかきながら少し照れていた。そのしぐさは間違いなく寛太兄ちゃんだ。なんというドラマティックな偶然だろう。私は数十年ぶりの再会におもわず体がのけぞった。

「メイちゃん。久しぶりですね。何年ぶりでしょうか。」

「ええっと・・・。姉が大学に進学したのが昭和42年だから・・・45年ぶり!! もう半世紀じゃん!」

「いやぁ~。もうそんなになりますかぁ。月日の経つのは早いものですね。」

そう言って、ハハハッと笑った顔には沢山のしわが出来ていた。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 4

2013-12-26 08:49:03 | 日記
「いや~。何十年ぶりだけれど、この変わりよう。本当に驚いちゃうわ。」

思わずため息交じりに呟く。でも、これは私達が豊かさを望んだ結果なのだろうとも思う。塚の森の標識がある交差点を左に曲がると、目の前に東電鉄の高架が見え、次第に道幅もせまくなった。スピードを落としてゆっくりと高架をくぐってゆくと、その先に見える大クスの周りで数人の作業員の人が伐採作業を行っていた。

車が一台通る位の道路をゆっくりと進んでゆくと、何かが足りない事に気づいた。

「あ~っ。池が無くなっちゃってる!!」

皆が神池と呼んでいた農業用貯水池は、その役目を終えていて、埋め立てられた跡地には伐採作業に使用するトラックや重機が止まっていた。さらに進んでゆくと、私達が住んでいた家の跡地には公園が出来ていた。その前のには車を2、3台位は駐車できるスペースが設けてあるのが見えたので、私はそこに車を止めることにした。

「ようやく着いたぁ。うう~ん。さすがにちょっとつかれたかなぁ。」

車から降りて、改めて周りの風景を見渡しながら背伸びをした。あの頃の風景は家の前の垣根をくぐると、八ヶ山まで視界が開けていて、自然がいっぱいだったけれど、今ではすべて住宅街に変わり、八ヶ山も半分ほど削られた上に、新たな住宅地が開発中で、東電線にも八ヶ山駅という新しい駅が造られていた。都心へ出るのに電車で1時間強という立地条件を考えれば、この変化は必要だったのだろうなと思った。

そして、沢ガニやメダカが住んでいた家の前の小川もコンクリートの蓋でふさがれていて、なんだか切なくなってしまった。

公園に姿を変えた私の家の跡地は綺麗に整備され、トイレやベンチ、滑り台や動物の形をした置物があり、この地域の子供たちが楽しめるようになっていた。

ペットボトルのお茶を片手に公園へと入って行くと、平日のお昼だと言うのに大クスの伐採作業を見守る人達の姿がちらほら見えた。私も空いているベンチに腰を掛け伐採作業の様子を見届けていると、私の方をじっと見ている白い作業服の男の人に気づいた。

「なんだろう。」と、少し気にしながらも大クスの枝を払っている作業員の人達を見ていると、白い作業服を着た男の人がこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。

その男性は間違いなく私に向かって歩んでくる。体が自然に構える。手に持っていたペットボトルのお茶を力強くギュッと握りしめた時、その男性は私の前で「こんにちは。」と言って一礼をした。綺麗な白い作業服の下に糊のきいたシャツを着ていて、品の良い藍色のネクタイを締めているからどこかの会社の偉い人なのかなと思って少し安心たけれど、それでも私に何の用だろうかといぶがしく思った。



「となりのトトロ その後 五月物語。」 3

2013-12-25 13:18:43 | 日記
車に乗り込みキーを回すと軽快にエンジンがかかる。私の愛車は今日も調子よい。この車を買ってから早10年。傷もたくさんあって、あちこちガタがでてきたけれど、今や手放すことが出来ない可愛い私の相棒だ。

「無事故でありますように。」

合掌してから、ハンドルを握る。これは運転免許の試験の時からずっと続けているゲン担ぎだけど、不思議と落ち着いて運転ができるから、私の大切な儀式になっていた。

ゆっくりと車道に出ると、11月とは思えないほどの柔らかで温かい光が差し込んできた。カーステレオからは最近お気に入りになった「SMAP」さんが流れていてとてもいい感じ。一曲目の「らいおんハート」から自然に口ずさんでゆく。いつも思うけど本当にいい曲。
松之郷までの道のりは此処からだと国道に出て道なりにゆけば一時間ほどで辿り着けるはずだけど、近年合併して牛沼町という名前に変わったので、標識は見落とさないようにしなけばいけない。

通勤ラッシュが終わった道はすいていて、順調に車を走らせて行くと、視界の先に牛沼町の標識が現れた。

「牛沼だ。このあたりなんだろうけどなぁ」

国道沿いの風景は何処の街でも見られるチェーン店が何軒も連なっていた。私が住んでいた頃は田畑が続くのどかな風景で、茶処で有名だから茶畑が広がっていたように思う。でも、昭和40年の終りころ、土地開発が進んで、モータリゼーションの波が日本にもやってきたから、国道の拡張計画が持ち上がったのだけれど、元の国道は拡張のための土地買収が上手くいかず、茶畑だった土地に引き直したらしい。

もちろん、旧道となった国道は今でも健在しているけれど、道幅がとても狭いから朝夕の通勤時間を除くと車はほとんど通らなくなってしまって、旧道沿いで商売をしていたお店の多くは店を閉じてしまったという事をずいぶん大人になってから知った。

土地開発が完了するまでにどんな苦労があったかは知らないけれど、でもこうやって快適に車を走らせることができる私にとっては、とても便利でありがたい。

しばらく行くと、正面の道路標識に「七国山」の文字が見えた。以前、母が療養していた七国山病院のある所だ。その病院もここに来る途中の看板で老人保健施設と併設の立派な建物に変わっている事を知った。きっと、もう私が覚えているあの平屋で木造の建物の面影はどこにもないんだろうな。

気がつくと、CDは「どんないいこと」に代わっていた。今日の天気には似合わないけれど、これもいい曲だ。

曲に合わせて口ずさんでいると、夏の間よく遊びに来た松井川の橋が見えてきて、その先の住宅街の屋根の上から大クスの姿がちらりと見えた。

ここに来た時の事はほとんど覚えていないけど、都心に住む母の実家の御屋敷で過ごしていたから、奇麗に手入れされた田畑の風景がとても新鮮で、オート三輪の荷台に姉と乗ってきたことはうっすらと覚えている。荷台に乗るなんて今では考えられない事だけれど、当時は信じられないくらいのどかだったんだなぁと思った。

「となりのトトロ その後 五月物語。」 2

2013-12-24 09:32:19 | 日記
「あれっ。これって・・・。」

地方版の右端に目をやると、幹の真ん中から折れている大楠の写真が掲載されていた。記事の終わりには「市の教育委員会はこれまで保存のために様々な手を講じてきたが、このほど伐採を決定した。」とあった。

写真の中の大クスは、私が幼かった頃、数年間過ごした松之郷の家のとなりにあった塚森の大クスに間違いなかった。

「大クス・・・。まだあったんだなぁ」

写真を見つめノスタルジーに耽っていると、姉や、寛太兄ちゃん、学校の友達と一緒に駆け回った松之郷の野山や川の風景が少しずつ蘇ってきて、衝動が沸き上がった。

「そうだ、松之郷に行ってみよう!」

せっかちな私の心は、もう松之郷にある。紅茶を飲み干しそそくさとカップを洗う。

「今どうなってるのかなぁ」

母さんの退院と、姉の進学を機に引越してから早40数年。それ以来一度も訪れなかった松之郷。元気なうちにこの目で確かめて置きたい。そして、よく遊んだ大クスの最期も見届けておきたい。でも、あかりちゃんが3時半には帰ってくるからそれまでに戻らなければいけない。

私は急いで身支度を整え、水色の軽乗用車に乗り込んだその時、ふと姉の顔が浮かんだ。

「そうだ、姉さんもさそってみようかな。」

私は姉の都合も考えずカバンから携帯電話を取り出し連絡すると、2回コールで繋がった。いつも後で反省するのだけれど、衝動的に動いてしまう癖は60を過ぎても未だに治らない。

「もしもし、お姉さん。」

「あら、久しぶりねぇ。元気にしてた。」

はつらつとした声で答える姉は相変わらず元気そうだ。

「うん。元気よ。お姉さんは? 」

「なんとか元気でやってるわよ。でも、あなたから電話なんて珍しいわね。なんかあったの? 」

「別に大したことはないんだけれど・・・。」

私は朝刊に掲載されていた大クスの事をざっと伝えると、以外にもあっさりとした返事で「あらぁ。そうなのね。なんだか残念ねぇ。」と言った。

「それで、これから見に行くんだけれど、お姉さんも一緒に見に行かないかなと思って」

「えっ。今から? 」

「うん。やっぱり無理? 」

「そりゃあ駄目にきまってるでしょう。仕事だもの。相変わらずいきなりだわね。」

「いやぁ~。休みだったらいいかなと思ってたんだけれど・・・。」

「せっかく誘ってくれたのに、なんだかごめんね。」

「ううん。こっちこそ、ごめんね。仕事中に電話しちゃって。」

「かまわないわよ。・・・そうだ、明日は休みだからこっちに来ない? 一緒に父さんと母さんのお墓参りに行きましょうよ。」

「・・・うん。そうする。ずいぶん行ってないしね。」

「そうよ。貴方、ちっともこないんだから。」

「ごめん。行こう、行こうとは思ってはいるんだけれど、なかなかねぇ。」

そう言うと姉はため息をついてから、

「・・・貴方らしいわね。でも、明日は必ず来るのよ。」

「うん。」

「出る時は必ず連絡頂戴ね。 待ってるわよ。」

「うん。わかった。」

「じゃあもう仕事に戻るから電話切るわね。」

「うん。仕事中にごめんね。」

根っからの活動派である姉は、子育てを終えた後、大学時代の友人と育児に関するNPOを立ち上げ、子育てに奮闘するお母さんたちを支援している。その話を聞いた時、私は姉らしい選択だなって思った。

となりのトトロ その後 五月物語。

2013-12-23 08:32:17 | 日記
「ほらほら、いつまでのんびりしてるの。はやくしないと仕事に遅れるわよ !! 」

平日の朝の食卓。時間を気にせずゆっくりとコーヒーを飲んでいるわが娘はいつもマイペースだ。

「えっ! やだっ、もうこんな時間! 」

だから言わんこっちゃない。娘のとなりでご飯を食べている孫娘も驚いて娘の顔を覗き込んる。

「あかりっ、ママはもう仕事に行くから、きちんとご飯食べなきゃだめよ。」

「は~い」

汗汗する娘に対し、無邪気に返事をする孫娘。ホントおりこうさんね。

「母さん、あかりのことよろしくたのむわね。 あ~っ、いけない! 書類忘れた!!」

ジャケットに袖を通しながら慌ただしく部屋へ書類を取りにゆく。恥ずかしながら、こういう所は私にそっくりだなといつも思ってしまう。

「あかりちゃんのことはいいから、自分の事しっかりなさい! ほらっ、あなたもっ! いつまでも新聞読んでないで、早くしないとバスに乗り遅れるわよ。」

「はいはい。母さんはせっかちだねぇ。」

「なにをおしゃいますやら。私がお尻を叩かないとなかなか動かないでしょ。はい、お弁当。」

「ありがとう。」

「おとうさん。途中まで車で送ってこうか? 」

「そういうのもたまにはいいかぁ・・・・・・。いや、でも、遅れてるわけじゃないから父さんはいつも通りバスに乗っていくよ。じゃあ、まいりましょうか。」

夫と娘は顔を見合わせると、互いに頷いた。

「では、いってきます。」

「いってらっしゃい。気をつけてね。」

二人を玄関まで見送りし、早足でリビングまで引き返す。

「ふぅ。毎日の事とはいえ大変だわ~。ほらほら、あかりちゃん。お味噌汁がこぼれてるわよ。」

「あ~っ。」

テーブルの上に置いてあるティッシュで、孫娘の服を拭く。

「ほらほら。お洋服が汚れちゃうでしょ。しょうがないわねぇ。」

夫と娘を送り出した後、孫娘の身支度を整え保育園の送迎バスの停留所まで送る。これが私の朝の役割。少し慌しいけれど乗り切った後の達成感や夫や娘や孫が元気でいてくれる事に幸せを感じている。

あかりちゃんを送った後、静かになったリビングで紅茶を入れ、ふわりと立ち上る湯気と香りを楽しみつつそっと口に含む。
この瞬間から、お婆ちゃん、お母さん、妻という肩書から解放され、「わたし」にもどる。

さっきまで夫が読んでいた新聞を手に取る。紙面にはあいかわらず憂鬱な出来事で埋め尽くされているけれど、私にはどうすることも出来ない。
だから、いつも気になったトピックだけを読むようにしている。じっくり読まず、手際よくページをめくってゆく。この方がなんか楽でいい。

「あらっ」

地方版に掲載されていた一枚の見覚えのある写真に思わず目が留まる。確かこの木は・・・・・・。

初めに。

2013-12-23 08:30:30 | 日記
これから始まる物語は「となりのトトロ」の私的な続編です。時代背景は現代で、サツキとメイは母となっています。
描いてゆく僕自身もどんなお話になってゆくのか分かりませんが、なるべく原作のイメージを崩さないように心がけてゆきますので、温かく見守っていただければ幸いです。 では、短い期間ではありますが「となりのトトロ。その後、五月物語」お楽しみくださいませ。

※ 物語の時代背景が分かりづらいかと思いますので、主な登場人物の設定を大まかに紹介しておきます。

映画「となりのトトロ」の時代背景が昭和30年代で、メイちゃんが4歳。サツキちゃんが12歳という設定でしたので、映画の年代を昭和36年と設定してお話を作りました。

草壁サツキ 

昭和24年、五月生まれ。松之郷に引っ越してきた当時は小学六年生の12歳。その後、都立の中学、高校へと進学し昭和42年に都内の大学へ進学と同時に家族で都内に引っ越す。卒業と共に就職し、昭和52年に職場の上司の勧めでお見合いし結婚と同時に退社。その後昭和54年に男の子を出産。その長男が平成20年に結婚し独立すると、大学時代の友人と共にNPO法人を立ち上げる。平成25年には65歳。素敵な女性になって社会の為に頑張っている。

草壁メイ

昭和32年、五月生まれ。松之郷に引っ越してきた当時は4歳。姉の通った沢井田第二小学校には5年生まで通い、その後は都内の小学校、都立中学、高校を経て、昭和50年に就職。そこで知り合った男性と恋愛結婚をして、昭和52年には長女を出産。その長女も結婚し長女を儲けるも、近年離婚して現在シングルマザーとして頑張っていてメイと共に暮らしている。
平成25年には57歳のおばあちゃんとなっており家族と共に朗らかに日々を送っている。

草壁タツオ(父)

昭和2年生まれ。 平成15年、病により死去。享年76歳

草壁(旧姓寺島)靖子(母) 

昭和2年生まれ。 平成20年、病により死去。享年83歳

 

得るものと失うもの。

2013-12-20 11:17:35 | 日記
東京都知事が辞任したというニュースが報じられている。作家である人が見落としたものとは何だったのかなと想いつつ少し考える。

今回の出来事は偶発的ものなのかなと想いながらも、リークされた時期をかんがえると、そのシナリオの存在も否定出来なくはない。

そして、作家である人が「政治にアマチュアだった。」と残したのも興味深い。わざわざこういう表現を用いるのであるから、メタファーであるに違いないと思う。

東京オリンピックを誘致しこれからという処で、舞台から降ろされるのだから悔いの多い幕引きであろうと察する。

しかし、オリンピックがやってくる事によって、得るもの、失うものがあるのだとしたら、知事の役職も「失うもの」だったのかもしれないと思ったのです。


希望と絶望のはざまで・・・。

2013-12-17 16:59:03 | 日記
午後から大型書店でぶらぶらとする。僕の至福の時間でもある。実用書から雑誌、児童書まで一通り見て回り、興味のある本を棚から抜き出し目次と初めの文章を読む。これで頭の中がぎゅーんとなったら購入するのが僕の購入作法である。

いつものようにぶらぶらしていると、一冊の本に出くわす。タイトルは「崩壊する介護現場」中村淳彦氏著である。

なかなか刺激的なタイトルだなと思い、手にとってページを開いてみる。読みやすく同じ職種に身を置いているので、書かれている事も興味深い。

立ち読みなので、じっくりと言う訳にはいかないから、目次から、より興味深いページへジャンプして速読してみる。

それでも、頷けることが多い。あとがきの結びにも「同じ事を考えている人がいるのかぁ。」と唸ってしまう。

それでも、此処に居続ける為には、考え抜く事と考える事を放棄する事の二つしかないと僕は考える。

考え抜く事はかなりタフでなければ心身を病んでしまう。考える事を辞めれば、楽ではあるが自分を殺してしまう事になる。

見返りを求めない救済が愛なのだとすれば、やるべき事を淡々とこなすことしかない。

聖職者でもない者が、そんな事を出来るであろうか。いや、聖職者であってもそうそうできる事ではないように思う。

介護と言う職種はこれからどうなってゆくのか全く見えないが、それを必要としている人から「ありがとう」と言われる事が暗闇にさす一筋の光でありつづけているから、此処に踏みとどまっているように思う。




天使は舞い降りた。

2013-12-13 19:59:18 | 日記
ネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領の追悼式で手話通訳をしていた人の手話がどうも出たらめであったというニュースを観て想った事を一石。

手話通訳をした彼は「大きな幻聴が聞こえた」とコメントしているけれど、嘘かもしれないし、本当かもしれない。

限りなく嘘っぽいけれど、僕はあの映像を観ていて「ひょっとしたら、世界のどこかのだれかには通じているのでは?」と想ったのです。オバマ大統領等、各国の代表の手話通訳であるからその放送は世界に流れる。それが分かったうえで、でたらめをやってのけるほど神経の図太さって少し考えにくい。

もしかしたら、おおらかな人柄であまり気にしない人なのかもしれないけれど、本当の処は分からない。

だから僕は、彼が言った「天使が舞い降りた。」と言う言葉を信じたいと思ったのです。

そして、彼がボディランゲージで表したメッセージは何を示したのだろうか知りたいと思ったのです。

そう思ってみたいのは、僕は天使様に伺いたい事が沢山あるからなのです。

こういうのを能天気っていうのでしょうか。 やっぱり駄目ですかねぇ。

認知症 世界で急増というニュースを観て想う事。

2013-12-07 00:18:46 | 日記
介護の仕事に就いてから、毎日、毎日、考えていた。何故、人は認知症になってしまうのだろうかと。

そして、現時点で想っている事を一石述べておこうと思います。

人に肉体は必ず老いてゆき、最終的には滅びます。これは逃れられない摂理です。

肉体がくたびれてゆく過程は個々によって異なります。

持って生まれたものが大きく左右すると云ってもいいでしょう。

でも、傾向としては長く生きれば生きるほど、身体よりも脳の方がその変化についていけなくなる傾向が多いように思います。

まれに身体も頭脳も丈夫なお年寄りがいるけれど、それは本当に選ばれた、ごく一部の人だけが受ける事の出来る恩寵であるように思うのです。

また、何か因果があるのではないかと思って、若いころの様子を聴きとってみたりするけれど、特定できない。

そう考えると、これは、長生きを望んだ人類が直面する人類の初の問題であるような気がします。

はたして科学はこの問題を解決する事が出来るのであろうか。

また、認知症の人が増加し、それを介護現場に任せきりにしようとするならば、今の体制では介護現場はいずれ放棄されるのではないかと危惧するのです。








「進撃の巨人」を観てみたら。

2013-12-03 17:32:35 | 日記
職場のマンガ好きの青年がワンピースに続き面白いと云っていた「進撃の巨人。」 本屋さんに行っても平積みにされて目を引く存在である。

今年のオリコンランキングでも青年たちの言った通り、「ワンピース」に続き「進撃の巨人」が後に続いていてビックリ。

アニメにもなっており、すでにレンタルも開始されていると云うので一巻を借りて観てみました。

斬新な設定と、個性的ではあるけれど親近感をもたせる登場人物が吐き出す言葉は刺激的。

でも、何だか僕は駄目です。次を観たいという意欲がわきません。刺激が強すぎるからでしょうか。

そう考えると、青年たちが「おもしろい」と思う理由は、おそらく刺激が強いという部分なのでしょうか。

それは作者の気持ちが作品から漏れ出していて、それを共感出来る人が多いという事でしょうか。

これは、エヴァンゲリオンと同じような感じがします。

そして、青年たちが「おもしろい」と言う理由に、もう一つ理由があるように思います。それは彼らの読み方。

僕もマンガが好きなのでたまに読むけれど、マンガの話題で彼らと話す時、彼らはその話題に対して言葉をもたない。

逆に「えー。そうなんですか。そうでしたっけ。」と言われる事があるので、ビックリしてしまうのです。

それが不思議でずっと考えていたのですが、どうやら、彼らにとってのマンガと言うのは「娯楽。消費の対象。」でしかないようなのです。読後感が残らないので瞬間の刺激を楽しめる事が出来るのかな想ったのです。

僕にとって「進撃の巨人」という作品は「捕食対象である人類」とか「巨人」とか「壁」が読み手によってなんであるかを考えて観てしまうので、とても心がくたびれてしまうのでした。