てつまろの気儘な日常

日常生活での出来事や趣味のことなど気儘に書いております。
09年に開設、22年6月にこちらへ引っ越しました。

豪華な連休の使い方-2

2010-05-10 20:05:00 | 光画部
「ゆりかもめ」を国際会議場前で下車。車内からフェリーが見えるハズだが、全く見えない。不安になりつつ待合所へ歩く。
埠頭の方に待合所があるはずだが、途中にはゲートが設けられており、ホントにここでいいのか?という感じ。


更に進むとフォークがせわしなく動き回る一角があり、その辺りにどうやら待合所があるようである。
作業事務所といった趣の待合所にたどり着く頃、ちょうど那覇新港からの船が到着。海上荒天のため約5時間遅れ。着岸後、数人の乗客が降りてきた。




待合所内はこんな感じ。左手の窓口で乗船券を購入

乗船名簿を記入してから乗船券を購入し、荷役作業を眺めながら乗船できるのを待つ。22時頃になりようやく乗船。乗客はざっと30人といったところか。所定の出港時刻はとうに過ぎており、埠頭ではコンテナやシャーシの荷役で慌ただしい。


フォークが埠頭を走り回る


次々とコンテナが降ろされていく

船室は2等寝台。2名の相部屋である。貸切にしても良かったが、航海中はほとんど船室にはいない予定なので相部屋を承諾。同室のひとはメタボ(失礼!)な方。PC持込だったのでTV側のベッドを譲った。
以前はこれが1等室、エキストラベッドをふくめての3人部屋であったのだから、マルエーフェリーの他船舶に比べかなりコストパフォーマンスの良い部屋である。冷蔵庫もあり早速ビールなどを冷やす。出港までかなり時間があるようなので甲板へ。左舷には給油船が横付けされ、燃料補給中であった。



ちなみにこの船のスペックは、旅客定員/92名、総トン数/9,225ton、全長/167m、速力/22.5knot、主機関出力/12,000馬力×2 である。前所有者時代は旅客定員/300名、総トン数/14,700tonであったから、かなりスリムになっているようだ。見た目はほとんど変わらないが、どうやって減トンしたのだろう。船はようわからん。
出港案内は26:30頃の見込みとの放送がある。とても起きていられる時間ではないのでさっさと就寝。
荷役作業の音がうるさいが寝てしまった。26:00頃、エンジン音が変わったので目が覚め、外を見たら丁度出港するところだったみたい。
那覇新港までは1,743km、船中2泊の旅のスタート。果たして遅れは取り戻せるのかな?

<つづく>

豪華な連休の使い方-1

2010-05-09 20:40:00 | 光画部
3月のとある日、会社での休憩時間にフェリー会社のページを見ていると・・・
3月11日より東京航路に”飛竜21”就航の案内が。このフェリーといえば、もとは名古屋~沖縄~台湾に就航していた船で、一度乗ってみたかったが、船会社が経営破綻してしまったのでもう乗れないと諦めていた。こんな風に復活するとは・・・
早速運行ダイヤを確認すると、5月1日発 東京有明→那覇新港の便があるじゃないの!!! 
この航路は国内最長の1,743km。連休はコレに乗船することに決めちゃいました。

1日は休暇を取って新幹線で東京へ。どうせならレアな列車で行きたいところなので7160Aに乗車。なぜかといえば、連休中この日だけ300系F編成なのである。自由席のE席は一杯だったので、A席を陣取った。


好天に恵まれ、途中では富士山も見えた。


沿線では鉄がちらほら。300系最後の雄姿を記録しているのかな。


14:30に東京着。今となってはレアな300系の並びが撮れた。鉄はいたが、カメラを向けていたのはワタシだけ。


で、ここでカメラバッグのショルダーストラップを見たら、3つの止め鋲のうち2つが脱落していた。
これでは持ち歩けないので、修理部材の調達をせねば。とりあえず新橋のコインロッカーに預けて、都交通局1日券(700円)を購入してから山手線で渋谷へ向かいました。
渋谷のT急ハンズで応急部材としてネジとナットのセットを購入。入り口ではオロCを戴いちゃいました。
そのあと、バスで早稲田へ行ってから都電に乗り換え全線完乗を企てたが、メーデー行進でバスが来ない。仕方なく池袋からバスで王子駅まで行き、そこから都電に乗ることに。



早稲田まで乗車したあと、新庚申塚で下車して銭湯へ。さっぱりしてから、都電と都バスを乗り継いで浅草へ。
浅草で軽く夕食をとったあと、新橋でアルコールと食料を調達し、「ゆりかもめ」で有明埠頭へ向かいました。

<つづく>