お城ウオーキングのパンフレットを見て申し込んでいました。参加できることになり楽しみ。沢山の資料を貰い説明付きで10:00-16:20まで約8キロ歩きます。
歩くコース。
明石駅北側のお堀は中堀で外堀は魚の棚辺りで埋め立てられています。
昔の地図でピンク色が西国街道。その当時の家並みが残っています。
西不明門、東不明門など城の門には必ずお寺があったそうで武士などの宿泊も兼ねていたそうです。浜光明寺
ラジオ塔。明石では昭和12年に建てられ戦後家庭に普及するまで使われてラジヲ塔の銅板まで残ってるのは全国的にも珍しいそうです。
明石遊園は関雪の父の字。
明治44年建設の中崎公会堂。戦火、地震にも持ち堪え明石最古の公共施設、杮落としに夏目漱石講演。
明治19年子午線制定。天文科学館の中心が子午線。
長寿院は旧明石藩主松平家の廟所で松平家縁の人々が祀られ葵の紋も記されています。
太寺高家寺には思い出があります。ここに太寺保育園があり、娘が一年ほど通いました。新婚時代50数年前太寺に数年住んでいましたが辺りは様変わりしていました。
高家寺は1615〜24年再建明石最古の寺院。
柿本神社は明石城築城の折この場所に移築。
月照寺は弘法大師が建立した寺の始まり。
本松寺。宮本武蔵。
本松寺は慶長元年(1596)に豊臣秀吉の家臣藤井与次兵衛(新右衛門)勝介が林崎の船上城下に建立した
明石文化博物館で昼食、そして見学。築城400年の貴重な初公開の鎧、地図、400年前の太鼓など見学して、明石城へ。
三重櫓が2箇所東西に残っています。
一般公開をしていないのですが坤櫓に特別に入りました、。超急勾配の階段は怖かったです。
梁の立派なのにもビックリ。地震にも耐えて。 四方を見渡すと素晴らしい。天文科学館や明石大橋も見えます。
同じ大きさに見える櫓ですが違うのです。左の坤櫓に登りました。
1657年に建てられた石積の灯台を見に行きます。石積の上に木製の灯篭があり、今上部はコンクリート製になりましたが台座の石積は当時のままです。
岩屋神社は成務天皇の勅命により、淡路島岩屋より遷された神社です。江戸時代には明石城主の産土神として崇拝され、代々の藩主が参拝していました。また、越前松平家の「鎧始めの儀」も行われていました。別名として「岩屋エビス」「六所大明神」「伊和都比売神社」と呼ばれていた記録が残されています。
中堀の前にある織田家長屋門。明石城築城の時船上城から移築。長屋門に使われている金具は室町時代のもの。ここで今日のウオーキングは終わりです。知らないことばっかり。楽しかった。