病気は、苦しい。だから、ならなければいい。
そう思いますが、そう単純ではないことに、最近非常に納得しました。
人間は、環境がのっぴきならない事情が発生すると、それから逃れるために、「病気」になることがあります。生き残るために、無意識のうちに本人が意図しないところで、病気になってしまうのです。
のっぴきならない事情のゆえに究極の自助として病気という形ではなく、弱さを出して、それを周りと共有して、現実的な折り合いをつけるほうがいい。というのが浦川でいわれていることとのです。〈浦川べてるの家 2002〉
この私にも、そういうところがあったなあと気づきました。
自分の成育歴に関すること。親子関係に関することです。
私の発達凸凹は、親の不適切な子育てにより発達障害となったと、杉山先生の本を読んでいると理解できます。〈杉山 2011〉
発達障害は生まれつきの脳神経発達障害かもしれないけれど、成育環境によって良くも悪くもなるという研究は、杉山先生以外にも世界各地でみられると、私は学習しています。なので、発達障害は目立たなくなる可能性。あるいは「治る」可能性もあると私は思っています。
ただ、私の場合、成育環境や現在の環境により、完治は困難であると思っています。〈そもそも、何をもって「治る」とするか。科学的基準はありません〉
私の場合、家族とは絶縁せず距離をとっていますが、やはり顔を合わせると病気が出ました。完全に関係を断つほどの思いは私にはありませんが、厳しいしつけと要求水準をされた親子関係が、やはり私の障害の根本部分だと悟りました。親子関係の障害は、神田橋先生をはじめとする諸先生方、いろいろな人たちと積み重ねた多くの努力を一気に崩壊させるほどの威力がありました。
あの神田橋先生をもってしても、多少楽にはできても、スーパードクターが外科手術できれいに治すようにはならないです。というのも最近、神田橋先生の本を読めば読むほど、自然治癒力を引き出し、医師に頼らなくても養生できるようにしているのが神田橋先生の方法なのではないか。黙って座ればぴたりと当たるとか。やはりそういうのではない。と、私は思います。〈私の私的意見です。感想は様々です。役に立てばそれでいいです〉
なぜ、私が発達凸凹ではとどまらず、障害の域に達したか。そして今だに苦しんでいるか。それは私の家系に生まれたことによること。地域性によること。国民性によること。そういった側面がやはり否定できません。
神田橋先生の方法などを使って自分にさんざん工夫を施しても、やはり家族親戚から厳しい目が注がれるとたちまち私は病気になってしまう。弱いどころでは済まされず、即座に命に係わる危機が到来する。という現実があります。
小さな努力の積み重ねは、大きな環境の影響によって簡単にぶち壊されてしまいます。愛知県は傷病のある人たちとともに生きるのではなく特殊な施設に隔離したがる県民性が顕著です。つい最近も、愛知県発達障害者支援センター長肝いりの強度行動障害専門閉鎖施設が完成したと新聞で報道されました。愛知県の現状を考えると明らかに必要な施設ですが、障碍者を閉鎖施設にではなく地域で共存しようという世界の流れに逆行しています。愛知県は発達障害の人たちにとって大変生きづらい地域性です。
多くの場合、発達障害は治らない。あの親たちでは治せない。と、愛知県で活躍しているある大御所が業界誌で書いていたと、どこかの誰かが怒っていましたが、私はその通りだと思います。
発達障害が治らない。治ることを阻害する環境がある。発達障害が治る環境になることを拒む地域性や家庭が非常に多くある。自分はそれを強く感じています。自分の一族もそうです。私のクライアントの家庭もそうです。
たとえばあるクライアントさんは、他のクライアントさんたちへの暴行行為がひどいので、思わず神田橋先生から教わった方法を親御さんに提案してしまいましたが、その提案が親御さんの癇に障ったようで、担当から外されてしまいました。
なぜ治ることを拒むかと言えば、治るような環境にすることは、その家庭や地域・学校・職場などに根本的な変革を迫るからだと思います。ほかの人たちにとっては問題がないから、弱い人たちが住めるように変えたくない。あっちに行け。ということかな。と思います。
共存を目指す環境にいれば治りやすくなり、共存のための変革のできない環境であれば、病気が重いままでいるか、自殺してしまうか、あるいは距離をとって折り合いを図るか、座して死を待つよりかはむしろ出でて活を求める。しかないと思います。
私は何とか現在の環境と折り合いをつけて、生涯を全うしたいと思います。
でも、自分を教育虐待した親の介護はできないと思っています。自分と自分の核家族の障害との格闘で精いっぱいな状況で、しかも医師からは治りたければ距離をとるようにと言われていますし、距離をとったところで回復していますから。
これからも回復することを希望しますが、自分を守るために、折り合いがつかない、話し合いができないなどが発生した場合、私は病気になってしまうだと理解しています。仕方がないのかなあと感じています。
※参考文献
浦川べてるの家 2002 べてるの「非」援助論 そのままでいいと思えるための25章 医学書院
杉山登志郎 2011 発達障害のいま 講談社現代新書