蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ 5

2018年09月18日 | 小説
(9月18日)
狭き門(La porte etroite)はアンドレ・ジッドの代表作である。発表は1909年、当時の(19世紀末から20世紀初頭までの)、俗に云うベルエポックの時期の男女悲恋の顛末である。産業革命の勃興、商業資本を産業に転換して成功したフランス。おかげでパリがとてつもなく繁栄したのは19世紀後半から。その様は「パリの喜び」(歌劇オッフェンバック曲)で窺えるブルジョワの生活、成熟あるいは淫蕩で隠微さが蔓延した。しかしジッドはこれら新興階層を描いていない。旧来からの階層、土地の所有と学識を基盤とするブルジョワ階層を取り上げている。小説の主題は自制と献身、信仰と帰依。古くは「アベラールとエロイーズ」にもある「人の生き様」である。

余談ながら、ジッドは後に田園交響曲(初版1919年)を発表するが、テーマは前作に相似している、焼き直しかと投稿子は当惑する。レヴィストロース流の神話学の手法でこれを語れば、code(筋道を展開させるモチーフ、符丁)とscheme(スキーム、主題)は「狭き門」と変わらない。そしてprotagonistes(登場人物)が逆転(inverse)している、信仰生活を選ぶのはアリサならぬ息子、主人公父親でJeromeならぬ中年男。このinversementは南米ボロロ族神話の伝播の様態とすっかり同じです。

Recit(レシ、一人称の語り)形式でジェロームJeromeの追憶が淡々と語られる。対するアリサ(Alisa)の心の内は会話と行為で間接的に探る。時にはJeromeへの手紙で自らを語らる。心理内部をrecitで語る洗練さが見事です。ジッドはロマン(3人称形式で客観的に流れを語る)を幾作発表しているが、なんと申そうか、名作ではない(と感じた)。1947年にノーベル文学賞を受賞するが、ひとえに「狭き門」が評価されたから。この1作のみでノーベル賞を受賞したとも言える。

あら筋を記す;
主人公はアリサとジェローム、アリサの父とジェロームの母は兄と妹、民族学の説く「交差イトコ」である。ジェロームは12歳を迎えるばかりで父を失う。母は息子ジェロームの学業を優先するためルアーブルLe Havreからパリへの移住を決意、リュクサンブール公園の近くに「小さな」アパートを借りた。一家は夏には叔父の住むフォングーズマールFongueusemareに逗留するを習慣とする。この土地屋敷が母の実家でビュコラン(Bucolin)家の本貫であり、アリサ、ジュリエットらも住む。
さてここで投稿子からの注とは;
LeHavreとFongueusemareはおよそ10キロメートルの距離(Google地図)ならば、両家の地縁(あるいは血縁も)を暗示させる。パリでの住まいにリュクサンブールを選んだ理由はジェロームの「学業優先」と関連がある。フランスでは12歳でのリセ(中高等学校)の選択が後の一生、生き様を決める仕組みになっている。リュクサンブールから1ブロックの距離、パンテオンの横にアンリ4世学校(Lycee Henri IV)が古風な玄関と破風を見せている。父の死の直後ながら、その名門校を目標にし合格したと読者は推察する。この地区一帯は、いわゆるカルチエラタンでフランスの高等教育の中心地(だった)。Henri IVを卒業し、国政外交で働きたければ高等師範学校(EcoleNormaleSuperieure)をめざし、神学、法律あるいは医学に向かうとしたら学部(Faculte)を選ぶからソルボンヌ、droit、あるいはmedecineとなるが、すべてこの地区に林立する。

アリサとジェロームの二人は幼い頃から交流があった。
時系列で推測すると父の死のあと、パリに移ってHenriIVへの入学を決めて、新学期(10月から始まる)を待つばかり夏、ジェローム11歳。母と共にFongueusemareに逗留する。到着の夕;
<<j’etais precocement muri; lorsque, cette annee, nous revinmes a Fongueusemare, Juliette et Robert m’en parurent d’autant plus jeunes, mais e rvoyant Alissa, je compris brusquement que tous deux nous avions cesse d’etre entans.>>(ポケット版17頁)
拙訳:私は早熟だった。この年にFon..に戻り、JulietteとRobert(=二人の弟)をなんとも幼いと感じたのだが、アリサを見て、もう私たち二人は子供ではないと、突然気づいた。

写真:狭き門の作者アンドレ・ジッド。作品のテーマは自由とは何か!アリサとジェロームの悲恋はデカルトの自由を追求したからだと!!

2歳上のアリサは13歳。「突然」=brusquementとは「それが起こるとは予期していない」の意が強い。するとジェロームは己が早熟だったとそれまで気づかず、アリサに再会したとたん彼女を異性として見た。自身の早熟と図らずも、アリサを前にして認識した。すべてがアリサとの11歳の再会から始まる。
ジェロームの恋心はさらに熟成する。そのあたりを;
<<j’etais requis et retenu pres d’elle par un charme autre que celui de la simple beaute. Sans doute , elle ressemblait beacoup a sa mere; mais son regard etait d’exprresion si differente que je ne m’avisai de cette resemblance plus tard. Je ne puis decrire un visage; les traits m’echappent, et jusqu’a couleur des yeux>>(23頁)
拙訳:(アリサはjolie綺麗との全文を続けて)見てくれの美しさではない何かの魅力に、私はそれにとりつかれた。確かに彼女は母親(愛人をつくって出奔した)に似ている。でも眼差しはとても異なっている、それ故に母親似という事は後になって気づいた。表情については何も語れない。顔立ちが、目の色までも思い出せないからだ。

カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ 5 の了 
(次回予定は9月21日)
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