(2019年11月2日)
北米太平洋沿岸(今のオレゴン、カリフォルニア州)居住のKlamath族が伝える神話、M530は南米マトグロッソBororo族の「火と水の起源」神話M1の伝播であるとレヴィストロースは主張する。裸の男イシスが木に登り放逐される筋立てはM1に似通うけれど、そそのかした「父」は養父である。目的は養子イシスの妻を寝取るためで、近親姦を企てる不実者は父親である。一方M1では禁忌の上下婚(母たわけ)を犯したのは息子、父は死に至らせるため息子を断崖に追い出した。他の要素にも同様に述べられるが、筋立てで最重要な禁忌の破りで、M530とM1では主客が逆転している。
写真:裸の男の表紙 下は拡大
北米M530 を南米M1と見比べると、筋、登場人物など「似通い」は多くはない。その程度を持って神話伝播の証左とするには抵抗は残ると思うが。レヴィストロースのこの新説「神話北上論」には否定反響が一般的であった。
反論の中身とは;1そもそも新大陸はアジアからの民族移動により大陸北方から人口が広まった。2人口分布は北から南への流れだとは明確なのだから、北米神話が 南に伝播する流れはあってもその逆は考えられない3そもそも人の移動は神話など言い伝えを伴うから、南北両大陸の神話の似通いは当然である。この3点につきる。
当時(1960年代)は神話をして民族の歴史、移動の経緯の説明に用いる「フィンランド学派、歴史神話学」が主流であったから、人と神話の動きが逆流する主張を受け入れる素地はなかった。また、これまでも南北神話の相似は指摘されていたので、数多い説明のなかの「一風変わった」一の説でしかないとの受け止めが多かった。
写真:「服を着していては木に登れない、イシスは裸になってよじ登った
レヴィストロースはこれら反論を一刀両断の筆致で排除した。
<En posant ainsi le probleme, on meconnaitrait completement le sens de notre entreprise. Nous ne cherchon pas le pourquoi de ces ressemblances, mais le comment. En effet le propre des mythes que nous rapprochons ne tient pas a ce qu’ils se ressemblent ; et souvent même, ils ne se ressemblent pas. (32頁)
訳;これら反論に接するにつけ、彼らは我々(レヴィストロース自身)の意図を全く持って理解していないと覚えさしめる。これら相似の「何故pourquoi」を我々は探しているのではない。「どのようにcomment」を追求しているのだ。さらには、近接関係があると推定している幾つかの神話の、それぞれの性状は似通いがあると認め難いし、全く似つかないことも頻繁である。
似通いで神話の遠近を論ずるは間違い。(形のうえだけで)神話を見比べる方法ではなく「どのようにして伝播した」のかを探るための「徴し」を求めるのが(彼の)神話学であるとする。
当ブログ(あるいはホームページ)を訪れている読者諸氏はすでに勘づいているかと。直近の投稿「神話から物語りへ」では伝播とは何か、そして遠近を問わず神話が「群」を創るとはどのような有様を呈するのか、これらをすでに論じた。時間に余裕がある方は当ブログの過去投稿「神話から...」を、また部族民通信のHP(WWW. tribesman.asia)を開いてください。
以下に要約;
1 (距離的時間的に)長く伝播するとは、配役や筋立ての自由選択により内容が換骨奪胎され、パロディなど別物に変わる。あるいは一の挿話を繰り返し用いる(feuilleton化)連載の通俗小説になりはてる。
長い伝播での物語り化現象である。
図:本書挿し図から、南米マトグロッソと北米プラトーの神話分布を比較した図。
2 (距離的時間的に)離れていてもsyntagme・paradigme(=これは言語学の用語なので小筆は共時因果・経時因果、分析思考・弁証法思考と用語の変換を試みている)。そしてそれらsyntagme共時因果・paradigme経時因果が囲む域をグローバル野として、そこに立ち位置を置く神話を群とした。転がる首の神話群PDFにて説明している。
上記PDFでは南米神話のみを取り上げた。北進説が正しいとすれば、南北の神話が転がる首PDFと同じく、グローバル野を共有できるはずである。そもそも共時因果・経時因果なる思考が分析、弁証法へと繋がるわけだから、これはカントの語る先験となるから人類共通の智である。南北の部族民が共時因果・経時因果を共有して、何ら不思議はない。
投稿子はすでにM1神話からモンマネキ神話M354、そして北米Arapaho族の月の嫁神話への伝播を提案している(モンマネキから月の嫁神話、PDF参照)。しかるにここでの伝播形状は、隣から隣への「伝言リレーゲーム」の域を越えない。構造神話学としての説明では不十分であるとの叱責を受けよう。本巻本部の記述に示唆を得て、構造主義的に南北新大陸の神話群を設定するつもりである。
南北の伝播を証明するに2の神話を紹介している。
M660 Klikitat族(北米太平洋岸今のワシントン州に居住);隠された妻
鷲とスカンクは兄弟。鷲が狩りに出ているあいだスカンクは妻を娶った。鷲が戻り獲物を床において寝入った。スカンクは(小屋の)暗がりのなかで妻と喋り込んだ。翌朝、鷲はスカンクに、夜中に誰と喋り、笑っていたのかと問うと<Je ris parce qu’une souris vient me voir, me court sur le visage>ネズミがやってきて顔の上を走ったから笑ったのさ>(37頁)
M95 Tukuna族(南米アマゾニア):Umari木の娘
兄弟Epi(穂)に知らせずにDyaiがびっくりするほど美しい娘を嫁にとった。彼は娘を手に挟んで転がし、小さくして横笛(umari木で出来ている、文脈から推測)の中に隠した。4番目の夜、Dyaiは嫁を笛から引き出し己のハンモックに導き、声も立てずに嫁を楽しんだ。5番目の夜、嫁が笑ってしまった。小さな貝を重ねた腕飾りが揺れ、音を立てた。翌朝、Epiはお前は笑ったな、誰と一緒だったのかと尋ねると<c’est le balai qui rit parce que je l’ai chatouille>あれは箒さ、くすぐったら笑ったのさと答えた。(同)
Dyaiはオッポサムと文脈から伺える。スカンクと同列で狡猾で「臭い」が属性。すると南北の両神話は筋立てが共通するのみならず、登場者の性格(proprietes)においても対象的と言える。南北伝播の一例として挙げた。
神話学4巻「裸の男HommeNu」を読む 2 了
(本稿1,2はあわせて部族民通信ホームページWWW.tribesman.asia11月2日に掲載されます、次回投稿は11月5日を予定)
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