蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

部族民までネットに乗出したぞ~(一回読み切り)

2023年01月24日 | 小説
部族民SNSの功徳 ; 知の足元を固める。SNS活動として

当ブログ、そのアドレスは : https://blog.goo.ne.jp/tribesman

Twitterにも割り込んでいる~ : 部族民通信@9pccwVtW6e3J3AF
TwitterではYoutubeリンクが可能、ミニチュアサイズの画面ながら10~20分の動画が見られるよ。また2分のダイジェスト版も突っ込んでいるぞ~

Youtubeのチャンネルはこれじや : sumao toraibe@sumaotoraibe4761
登録者数はなんと! 23人じゃ!! (コテコテの硬口内容にしては、これ多いよね)

ご存知ホームサイト www.tribesman.net

皆様にお願いしたく、ぜひ上記全てをGoogle検索頁のリボンにお気に入り登録して、朝な夕な、朝は朝星夜は夜星、昼は梅干しでも齧ってレヴィストロース紹介を見て読んでくだされ。お気に入りを忘れたら「部族民通信」でネット検索。

部族民SNSの功徳 ; 知の足元を固める(前出)。

小柴昌俊先生(故)、天文物理学ノーベル賞受賞者の名言 ; ニュートリノを知ってヒトに良いことある?の質問に「知の地平線を広げる」と答えた。なるほど、私達人類は中世の暗黒から抜け出して、コペルニクス、ニュートン、クリック、そしてニュートリノ小柴...彼らの業績を吸収しながら「知の地平線」広げていたのだ。


知の地平線、その向こうには何が


なんとかこの言を遣いたくて、「足元」にバージョンを替えて、部族民(蕃神)は時折持ち出します。なお「知の地平線」は読売新聞「時代の証言」から部族民が採録した。他のネットサイトには載っていない。地平線と足元を切り分けて用いると表現が多彩になるかも。知の折返し、なんかもありそう。部族民はこの折返しは用いないから、皆様、お遣いください。早いものがち。

(以上は部族民蕃神、2023年1月24日)


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構造人類学 Anthropologie Structurale の紹介1

2023年01月24日 | 小説
(2023年1月24日)この投稿は連載を予定し内容は;1 序文本書の立ち位置(本稿) 2人類学に於いての構造主義、社会制度の構造とはなにか 3神話が諭す人の由来(人は砂から生まれたか女の股から生まれたか) 4出来事の由来、出来事はあったのか空想だったのか(実際か思想か)となります。
本書出版は1958年、言葉と親族、社会構成、魔術と信仰など5部、17章に分かれ400頁を越す大作である。内容には民族学、社会人類学の専攻分野の深みに立ち入る文脈も多く、(部族民を含めて)分野素人には読み至れぬ箇所も散見される。故に全てページの総覧的な紹介は無理なので(上記4内容に)絞った次第である。


本書、飾り風帯付きのハードバック 価格は27F (およそ2000円相当)


本序文にては1958年出版の意味合いを掘り下げる。
他著作の出版年と比べる。悲しき熱帯TristesTropiques1955年、野生の思考LaPenséeSauvage1962年。同氏の代表作2冊の中間期の出版となる。
著作を通じ己の思想を世に投げかけるレヴィストロース。作品それぞれに主題が付加され曲がり流れる大河であるかに、それが様相を明らかにしつつ収束点に向かう。そこで「中間」を探ると、第一作親族の基本構造(1949年)から始まる思索の流れが、この構造人類学 Anthropologie Structurale で締めくくり、一の収束を迎える。収束してゆく内実が本書、様々な言い回しの行間に凝縮されていると感じ入る。
次作、野生の思考1962年での流れの向きの変わりの様は「構造」への思索の濃淡と(部族民蕃神は)思う。レヴィストロースにおける思索の分水嶺がこの書であって、嶺の見晴らしに登りあぐねる苦心は本書内容の重層の様、そして一行一読では理解及ばない言い回し、修辞のくねりの晦渋に浮かび上がる。
前記「思索の濃淡」は後述に委ねる。


表題の頁

前文 Préfaceに入る。文頭の一節が本作品の性格を表している。
« M. Jean Pouillon a écrit une phrase qu’il ne m’en voudra pas, j’espère, de citer en tête du présent ouvrage, car elle répond admirablement à tout ce que j’ai souhaité accomplir dans l’ordre scientifique, en doutant souvent d’y être parvenu »
Jean Pouillon氏は自身が寄稿した一節を、本作品の巻頭に引用するを望まないかもしれない、そうであろうと私は願うのだが。なぜなら(elleはune phraseを変則で受ける)その文節は私が、学術的基準のなかで、かくあれと望み、そこに行き着いていないと疑いつつ振り返る事情に、見事に応えているからである(3頁)。
Pouillon の引用は続く;
« Lévi-Strauss n’est certes ni le premier, ni le seul à souligner le caractère structurel des phénomènes sociaux, mais son originalité est de le prendre au sérieux et d’en tirer imperturbablement toutes les conséquences »
レヴィストロースは構造に起因する(structurel)社会の事象に注目した研究者として初めてでも唯一でもない。彼の特異は構造を真摯に、そしてそこから派生するあらゆる帰結を、混乱を招かずに引き出している点にある(同)。
Jean Pouillonがしたためた一文とは本書刊行の前1956年 « Les temps modernes » (Sartre、Merleau-Pontyらの共同主宰となる文芸雑誌) に掲載された書評を指す。表題は « L’œuvre de Claude Lévi-Strauss » レヴィストロースの作品、この文頭を飾った一節を指します。
引用文での « sérieux » 真摯を注目したい。社会科学者多くが制度、慣習などに「構造」が見え隠れすると気づいている。「構造」を自説の傍証に用いる例も多い。例えば中根は「タテ社会の人間関係」なる著を発表した(1967年)。人間関係をタテ構造で説明している。しかし中根を構造主義者とは言わない。彼女の論点は年功序列、女性軽視の風潮を批判しているのであって、そのために「タテ構造」を用いて暴いた。すなわち「構造」とはそこに在るし覚知できる。その中身がタテだーと述べているのであって、なぜ構造が在るのかを問う姿勢ではない。
レヴィストロースが « sérieux » シリアス真摯に「構造」に向かい合う理由は、構造は「本質」につながると主張するからである。実際とはそこに存在するモノであり文化、社会でもある。しかし、モノを意味づけているのは思想であり、ヒトが頭に持つ表象であり、モノと表象の対峙が構造である。ここにヒトの特異、自然を乗り越える知恵が宿るーとレヴィストロースは主張するのである。構造人類学の紹介に当たり、まずはこの一点、実際と思想の対峙を確認したく思う。
話をJean Pouillonに戻す。


奥付 1958年出版、8161印刷、3242番と読める。1億2000万人の日本で学術書多くは3000部の出版。当時フランスの人口が4000万人であると比べて驚きです。

構造人類学 Anthropologie Structurale 1 序文の了 続く
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