(2018年1月6日)
新年早々、朝っぱら、友人のK氏に呼び出された。その言い分は「大変なモノを見つけてしまった、こっちに来てくれ」大変なモノとは何かなど一切説明しない。電話口からも覗える奴の手先の震えと声のかすれ。戸惑いの振りに何やらかのおそれ事と見当はついた。すぐに飛び出し行く先は浅川の土手。それが正月の3日。
土手の散歩を日務と課す流域住民は多い。見晴らしの気持ちよさ、加えて風と光の爽やかさに開放感が惹かれるからか。晴れの週末には誘い合っての幾人、モクモクと孤遥を楽しむ一人御仁など土手の賑わいはまぶしい限りだ。かく語る投稿子も晴れたら散歩を実行する一人である。K氏が指定した土手は、小老が平素歩き慣れる岸の向きとは異なる方向である。より上流のとある地点を彼は伝えた。
相当の手前でK氏は投稿子を今かと待っていた。出会うなり小老の腕を掴んで「遅いじゃないか」との叱責。なんてことだ、
「突然呼びつけて断らなかった。感謝するのが礼儀じゃないか。新年の挨拶もせずか、一言おめでとうくらいは口端に出せ」とむくれたが、K氏の指さす先のある物体の異様さに脚が止まった。
「驚いたか」
「いいや、この歳になると余程でないと驚かない」
「震えているじゃないか」
「風が強いからさ」
そう言い切る先にビューン、西風一吹きで手がかじかんだ。手をポケットにつっこんだまま投稿子は、
当日の浅川、西に向くから冬の西風は強い。
「おお寒、しかし今はそんな泣き事を口にする場合ではない。本題に入ろう、あの物体はなにか」
「あんたからそんな戯言を聞かされるとは思いもしなかった」
=あんた=の意味合いは小老がボロロ族関連を投稿しているからに他ならない。だから思わず「やっぱり」溜息に混じった。
「そうよ」はK氏、勝ち誇った面、昨今はその構えを「ドヤ顔」と表現する。この時のドヤ加減の憎たらしさが気にくわないが、顔の造りは生まれつきなのだから致し方なし。Kからドヤが出たら目をつぶるしかない。
K氏は我が投稿の閲覧者の一人、構造主義を理解するかは疑問だが、一方でボロロに詳しい。投稿子が昨年掲載した「ボロロ村落の一角」に見える小屋に今、目の下に目撃する建築物が酷似している。その似通いに注目して彼が私を呼び出したのだ。しばし私は言葉を忘れた。(男屋の写真は「猿でも構造、悲しき熱帯を読む10」2017年7月1日投稿を見てください)
この場所は浅川の中流、源流は高尾に近いとある場、もう数十メートルの脚を運べば八王子市に移るから日野市の最西となる。土手の左に川原、その中央には瀬に速まる流れを青に望む。右手に振り返れば土手面から2メートルほど下りた開き空間、そして木立と藪。藪のおおかたは刈り払われたばかり、緑の笹節が短く地に並び、その真中に「ボロロ小屋」が姿を現していた。
K氏はボロロ族の男屋と主張した
「小屋だけではないぞ、周囲が広いその地面が平たい。ボロロが死者の儀礼を小屋横の平場で催すだろう。その空間がこの開き空間だ」
「確かに開けている、死者の哀悼葬列もイニシエーション(成人)の通過儀礼も滞りなく仕切れる」(小屋横の儀礼空間の写真はレヴィストロースを読むソナタ2、2017年11月1日を御参照)さらに浅川はこの地で東から西へ流れる。すなわち小屋、広場、立木、川とその向き、地の自然の全てがボロロ族が居住する条件に当てはまる。
投稿子「フーム」呻るのみ、ドヤのK氏。しかし投稿子はやっとのことで差異に気付いた。
「本物と比べて小さいな」
「規模は構成集団の員数で決まる。この地にはそれほど多くのボロロ族は定住しなかったのだろう」
「屋根回りが壊れている」
「建築の素材がすべて有機繊維だから。梁は丸太、屋根構造は竹、鉄釘なしの紐結わえで組んでいるから、天変には比較的弱い」
その通りだ、師匠レヴィストロースは「悲しき熱帯」で石と鉄で構成される西洋建築と南米原住民の有機建築の比較をしている。原住民の建築物がいかに自然に優しく風、光に馴染むかを好意的に評価している。なるほどとは思うけれど釈然としない。その理由にハタと気付いた。
もしボロロ族が住み着いたとして、ここはマトグロッソ並みに快適と浅川生活を満喫していたら、周囲に出没するだろ。彼らは狩猟に生活を賭けているのだから、ペカリ(野生の豚)はどこか、タピール(南米バク)はいずれかと弓矢を手にしてうろつき回る。加えて日野の浅川がマトグロッソよりも快適なのはコンビニがあるからで、ジュースお弁当など簡単に手にできるから、買い物に出るはずだ。しかしコンビニ店員が裸族に驚いた、弓で脅されたなどの話を聞かない。
そして投稿子は決定打とばかりに続けて、
「ボロロ族なる原住民が日野八王子に出没している報道に一行たりとも接していない。この近辺に裸のうろつきが頻繁だとの目撃譚など聞いたこともない」
K氏は一向にたじろがない、目撃されていない裏をかく語った。
(ボロロの遺跡、発見される1の了、2回目投稿は近々)
新年早々、朝っぱら、友人のK氏に呼び出された。その言い分は「大変なモノを見つけてしまった、こっちに来てくれ」大変なモノとは何かなど一切説明しない。電話口からも覗える奴の手先の震えと声のかすれ。戸惑いの振りに何やらかのおそれ事と見当はついた。すぐに飛び出し行く先は浅川の土手。それが正月の3日。
土手の散歩を日務と課す流域住民は多い。見晴らしの気持ちよさ、加えて風と光の爽やかさに開放感が惹かれるからか。晴れの週末には誘い合っての幾人、モクモクと孤遥を楽しむ一人御仁など土手の賑わいはまぶしい限りだ。かく語る投稿子も晴れたら散歩を実行する一人である。K氏が指定した土手は、小老が平素歩き慣れる岸の向きとは異なる方向である。より上流のとある地点を彼は伝えた。
相当の手前でK氏は投稿子を今かと待っていた。出会うなり小老の腕を掴んで「遅いじゃないか」との叱責。なんてことだ、
「突然呼びつけて断らなかった。感謝するのが礼儀じゃないか。新年の挨拶もせずか、一言おめでとうくらいは口端に出せ」とむくれたが、K氏の指さす先のある物体の異様さに脚が止まった。
「驚いたか」
「いいや、この歳になると余程でないと驚かない」
「震えているじゃないか」
「風が強いからさ」
そう言い切る先にビューン、西風一吹きで手がかじかんだ。手をポケットにつっこんだまま投稿子は、
当日の浅川、西に向くから冬の西風は強い。
「おお寒、しかし今はそんな泣き事を口にする場合ではない。本題に入ろう、あの物体はなにか」
「あんたからそんな戯言を聞かされるとは思いもしなかった」
=あんた=の意味合いは小老がボロロ族関連を投稿しているからに他ならない。だから思わず「やっぱり」溜息に混じった。
「そうよ」はK氏、勝ち誇った面、昨今はその構えを「ドヤ顔」と表現する。この時のドヤ加減の憎たらしさが気にくわないが、顔の造りは生まれつきなのだから致し方なし。Kからドヤが出たら目をつぶるしかない。
K氏は我が投稿の閲覧者の一人、構造主義を理解するかは疑問だが、一方でボロロに詳しい。投稿子が昨年掲載した「ボロロ村落の一角」に見える小屋に今、目の下に目撃する建築物が酷似している。その似通いに注目して彼が私を呼び出したのだ。しばし私は言葉を忘れた。(男屋の写真は「猿でも構造、悲しき熱帯を読む10」2017年7月1日投稿を見てください)
この場所は浅川の中流、源流は高尾に近いとある場、もう数十メートルの脚を運べば八王子市に移るから日野市の最西となる。土手の左に川原、その中央には瀬に速まる流れを青に望む。右手に振り返れば土手面から2メートルほど下りた開き空間、そして木立と藪。藪のおおかたは刈り払われたばかり、緑の笹節が短く地に並び、その真中に「ボロロ小屋」が姿を現していた。
K氏はボロロ族の男屋と主張した
「小屋だけではないぞ、周囲が広いその地面が平たい。ボロロが死者の儀礼を小屋横の平場で催すだろう。その空間がこの開き空間だ」
「確かに開けている、死者の哀悼葬列もイニシエーション(成人)の通過儀礼も滞りなく仕切れる」(小屋横の儀礼空間の写真はレヴィストロースを読むソナタ2、2017年11月1日を御参照)さらに浅川はこの地で東から西へ流れる。すなわち小屋、広場、立木、川とその向き、地の自然の全てがボロロ族が居住する条件に当てはまる。
投稿子「フーム」呻るのみ、ドヤのK氏。しかし投稿子はやっとのことで差異に気付いた。
「本物と比べて小さいな」
「規模は構成集団の員数で決まる。この地にはそれほど多くのボロロ族は定住しなかったのだろう」
「屋根回りが壊れている」
「建築の素材がすべて有機繊維だから。梁は丸太、屋根構造は竹、鉄釘なしの紐結わえで組んでいるから、天変には比較的弱い」
その通りだ、師匠レヴィストロースは「悲しき熱帯」で石と鉄で構成される西洋建築と南米原住民の有機建築の比較をしている。原住民の建築物がいかに自然に優しく風、光に馴染むかを好意的に評価している。なるほどとは思うけれど釈然としない。その理由にハタと気付いた。
もしボロロ族が住み着いたとして、ここはマトグロッソ並みに快適と浅川生活を満喫していたら、周囲に出没するだろ。彼らは狩猟に生活を賭けているのだから、ペカリ(野生の豚)はどこか、タピール(南米バク)はいずれかと弓矢を手にしてうろつき回る。加えて日野の浅川がマトグロッソよりも快適なのはコンビニがあるからで、ジュースお弁当など簡単に手にできるから、買い物に出るはずだ。しかしコンビニ店員が裸族に驚いた、弓で脅されたなどの話を聞かない。
そして投稿子は決定打とばかりに続けて、
「ボロロ族なる原住民が日野八王子に出没している報道に一行たりとも接していない。この近辺に裸のうろつきが頻繁だとの目撃譚など聞いたこともない」
K氏は一向にたじろがない、目撃されていない裏をかく語った。
(ボロロの遺跡、発見される1の了、2回目投稿は近々)
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