TULIP DIARY

届くといいな やさしい風に乗って

万博公園散策その1

2019年10月30日 | 旅日記

10月28日は土曜日に出勤したので代休日でした。この日は終日晴天に恵まれました。太陽の塔の内部公開のWEB予約を少し前にしていたので、父と二人で広大な万博公園を散策してきました。

行きは大阪メトロと北大阪急行を乗り継いで千里中央駅まで移動しました。朝の通勤ラッシュ時の時間帯だったので、久しぶりに満員の電車に乗りました。千里中央駅で大阪モノレールで万博公園駅まで移動しました。

万博公園駅の構内には木で作られた作品が展示されていました。

万博公園駅からは万博公園の中央入口まで約5分くらい歩きました。

前回訪れた6年前にはまだできていなかったエキスポシティ。左の建物がニフレルです。時間が余ればニフレルにも寄ってみようかなあと最初は思っていましたが、万博公園内をひたすら歩いていたら疲れ果てたので、次回訪れたときにでも寄ってみたいですね。

ハロウィンの展示を入口付近で撮影しました。

自然文化園の中に入りました。入場料は260円でした。太陽の塔を久しぶりに撮影してみました。太陽の塔は高さが70メートル、腕の長さがそれぞれ25メートルあるそうです。

お腹に付いているこの顔は現在を表しているそうです。

東部の黄金の顔は未来を表しているそうです。

背面の黒い太陽は過去を表しているそうです。パンフレットに記載されていました。

この後、この太陽の塔の内部を見学しました。

 

 

 

 

 

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万博公園散策その2 太陽の塔

2019年10月30日 | 旅日記

10月28日、万博公園の太陽の塔の内部を見学しました。入口は地下にありました。午前10時から10時半のWEB予約をしてきたので、QRコードを入口で提示して、チケットを交換してからの入場になりました。毎回、15人ほどのグループごとに観覧していくということでした。階段を登りながら見学していくコースとエレベーターを利用して途中階で2度降りて見学していくコースに分けて同一のグループでの案内で約30分間、説明をしていただきながら見学しました。

太陽の塔の作者岡本太郎さんの太陽の塔のアイデアが固められていく様子が伝わってくるスケッチから見学しました。 

 

1階の窓から見えた太陽の塔を撮影しました。

1階は自由に撮影できました。上の写真は、1970年の万博開催時にテーマ館に据え付けられていた展示作品のひとつ岡本太郎作の「地底の太陽」です。万博終了後、行方不明になっていたということで、この巨大な仮面は太陽の塔の内部公開に合わせて、再現複製されたそうです。1階の展示では、当時のテーマ館の地下展示であった、「過去:根源の世界」を体感できる映像と展示が駆使されていました。この地下展示は1970年の万博を訪れたときにたぶん観覧したはずなのでしょうけれど、全く覚えていませんでした。

この「地底の太陽」はいろいろな表情に変化していました。

太陽の塔の胎内にそびえる岡本太郎作の「生命の樹」です。41メートルあるそうです。この樹体だけは当時のままだそうです。この生命の樹には33種類の生物のオブジェが施されていました。下から上に向かって生物の進化をたどることができるように想像力を働かせながら見学できます。生物や恐竜などのオブジェは万博開催時から50年近くも経っているので、損傷が激しく、当時のものを再製して展示しているそうです。その中でもゴリラだけは当時のまま保存展示されていました。1970年の万博当時、この太陽の塔を一度だけ見学したことがありました。その当時は、この中を確かエスカレーターで登りながら最上階に移動しながら生物の進化を示すいろいろなオブジェを眺めたことを今だに覚えています。当時、変わったものがたくさん展示されていたという記憶が蘇りました。「生命の樹」にはライトがたくさん当たっていて、ものすごく明るいイメージを受けましたが、当時の胎内は、もっと暗かったように記憶しています。それと当時、私が見学したときはあまり混雑していなかったことも思い出しました。エスカレーターは最後に太陽の塔の左腕を通って、当時備え付けられていた大屋根にお客さんたちを運んでいたのですね。その壁にはエキスポ70のロゴが記載されていて当時のなごりを感じることができました。

三葉虫がくっついていました。

アメーバーがいっぱい

上のほうには恐竜やゴリラや人類の祖先のオブジェが展示されていました。

約30分間見学してきました。

上の写真は1970年4月1日、万博に出かけたときに太陽の塔の前で父が撮影した古い写真です。当時は階段があったのと大きな屋根が掛かっていたのがこの写真を見たら思い出しました。

 

 

 

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壊れて行くものたち

2019年10月30日 | ひとりごと

昨日の朝、出勤途中、自宅の最寄り駅までいつのどおりに自転車で向かっていた途中、サドルががくっと落ち込んで行ったのが分かりました。ゴム式のサドルのところが破損したようでした。破損したまま乗り続け駐輪場に止めて出勤しました。帰り際、破損した状態のサドルのままだと、やっぱり乗りにくく、サドルの奥で破損していく音もバキバキとしていました。その後、病院に向かう途中で、自転車修理店で、サドルを見ていただきました。サドルは破損してしまっていて、新しいのに変えないといけないようでした。少し前に、後輪がパンクしたときにこちらとは違うお店で修理していただいてから、走るたびに後輪の音が鳴るのでついでに見ていただきました。そしたら、後輪のパンクをしたときに修理してもらった方が下手過ぎて、ちゃんと後輪を入れていないからだと言われました。そうだったのですね。もっと早く見ていただいたらよかったと後悔しました。前回のパンク修理時にチェーンもゆるんでしまっていたままだったということも教えていただきました。そのお店の方から、お客さんからの口コミで大変な目に遭った自転車修理のお店の情報も教えていただきました。だいぶん前に私もちょっとひどい目に遭ったことがあった、お店も入っていました。修理を依頼してはいけない自転車修理店の情報もたくさん教えていただき、前回パンク修理していただいたお店も含めてもう二度とそちらでは修理してもらわないぞと思いました。こちらのお店で、サドルと後輪のタイヤを交換していただいて軽快に走れるようになりました。感謝ですね。9年乗っている自転車ですが、そろそろ買い替えないといけない時期がきているのも実感しました。また、28日の日に、出かけていたときに、駅の改札でICカードでタッチしようとしたときに、左腕にしていた時計がするりと音もせずに落ちて行き、地面に落ちる前に気が付き手で拾うことができました。どこかで落としてしまってわからずじまいになることだけは防ぐことができました。数十年前にスイスで買ってから大切にしている時計でした。以前、駅のホームでも時計の本体のネジが取れてしまっていて、そのことに気が付かない間に落としてしまったことがありました。帰宅してから後で時計がないことに気付き、駅まで戻って駅員さんに時計の拾得物がないかお伺いしたら、ホームに落としてしまっていた時計を拾ってくださった方がおられ、無事に手元に戻ってきた時計でした。そのときはネジが取れていたのですが、今度はそのネジに止めてあるバンドのところが破損して取れてしまったようでした。昨日、職場の近くの時計店で、修理していただきました。その修理後、カバンの中に入れていたら、バンドが片方だけネジの結合部から外れてしまっていました。再度、時計店に出向き、見ていただき、今度は時計本体を止めているネジをしっかり止めていただきました。こちらの時計店にももう出向くことが今後ないかもしれない。最近、身近なものがどんどん壊れて行くので、普段ならそれほど気にしないのですが、壊れたらすぐに直して元通りにしていておかないと気にしているということなんだと思いました。

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