広告の原稿をファイルで取引することを電子送稿(EDI=Electronic Data
Interchange)という。インターネットが一般的になる以前から新聞や雑誌の広告ではMOディスクなどでファイルをやりとりするようになってい
た。しかしテレビCMは現在もそうなっていない。ここに新たなビジネスが見えてきたようだ。(江口靖二)
■デジタルなのにネットワーク伝送されないCM
実は、CMの制作プロセスは15年くらいも前からデジタル化されている。映画同様に撮影こそフィルムで行われる
ことが多いが、それ以降は完全デジタル処理される。編集や音楽ナレーション入れなどを経てCMの原版(マスター)が完成する。CM編集システム内部におい
て、これはデジタルファイルである。しかしながらこのファイルからわざわざビデオテープにマスターテープが作られる。なぜならテレビ局に納品する際はテー
プでないと受け付けてくれないからだ。
テープでなければならない理由があるのだろうか。答えはNOである。かつてはテレビ局内でも納品されたテープの
バックアップを取った後に、VTRから送出していた。しかし地上デジタル放送が開始されるずっと前から、CMはビデオサーバーから送出するようになった。
サーバーに記録されるのはデジタル化されたファイルなので、納品テープからサーバーに録画(インジェストという)した後に局内システムを経由してデジタル
の電波で放送される。
要するにCM流通においてはファイルからテープ、そして再びファイルという無駄なプロセスを経ていることにな
る。これにはいくつか経緯がある。一つは動画ファイルが巨大なのでテープメディアが適していたという点。また、安価で高速なネットワークがなかったという
点。しかしこれらはすでに解消しているはずだ。むしろ要因として大きいのは、そこにテープ、コピー、配送といった部分での既存ビジネスが成立していること
である。CMのコピーは多いものでは1作品に対して200本近くになるケースもあり、大きなコストがかかっている。これらは広告主が費用負担し、広告会社
が制作費とは別に広告主に請求する。現在ではこうしたコストは最小化可能であると広告主側も認識してきている。
それが、「デジタルネットワーク化の遅れがCMや番組といったコンテンツ流通の阻害要因となっている」という昨今の指摘にもつながる。
テレビ局内の業務を効率化するためにも、ファイルのダイレクト交換は歓迎されるべきであるが、同時に業務プロセスの見直しや人材余剰をもたらし、これを良しとしない体質が他の業界と比較して強いといえる。
■CM電子送稿の動き
こうした中で2002年にEDIシステムの基盤整備と提供を行う広告EDIセンターという会社が電通など主な代理店によって設立された。また06年には
「アドミッション運用プロジェクト」という取り組みが社団法人日本広告業協会など広告関連業界団体らによって運用されるようになった。
このプロジェクトは「CM制作から、送稿、結果確認に到る安全・確実なデジタルCM運用の実現を支援すること」
を目的としており、「将来的にデジタル化・ネットワーク化が進むテレビCMの運用についても視野にいれながら、当面はブロードバンドインターネットを利用
したデジタルCM運用全般の実運用支援を対象」としている。
徐々にではあるが、地上波テレビに関してもEDI化が進んできている。一つは広告取引データのEDI化で、大手
広告会社ではすでに専用のシステムが稼働しており、テレビ局との取引に利用されている。もうひとつは現在のビデオテープによるCM流通をネットワーク(イ
ンターネットかどうかはともかく)を通じた電子送稿に切り替えるという動きである。これによって将来的にはメタデータも付与された状態のファイル流通に
よって市場をオープン化できる。本コラムでも取り上げた「CM GOGO」 などはまさにその一例である。
■そしてグーグルがテレビCMに参入してくる

<拡大> グーグルのエリック・シュミットCEO |
例によって、テレビや広告業界が少しずつ重い腰をあげているという顛末だが、ネット企業はすでにこれをビジネスチャンスと見て着実に動いている。
先日グーグルによるダブルクリックの買収が伝えられた。またエコスター・コミュニケーションズと提携して衛星放
送ネットワーク用にテレビCMを、また全米のFM局を600局以上所有するクリア・チャンネル・コミュニケーションズと提携してラジオCMを販売すると発
表した。
これまでCMの売買は広告会社が仲介していたが,価格設定や在庫管理など広告主からは見えにくい部分がある。そ
の一方でアドセンスなどのオンラインマーケットプレイスではシステムが売買を決めていく。アドセンスのような仕組みがテレビ広告でも浸透すると、テレビ局
や広告会社がグーグルのようなネット企業に主導権を奪われる可能性がある。既存業界は警戒感を募らせている。
実際にアメリカではイーベイが進めているケーブルTV広告向けマーケットプレイス「eBay Online
Media Exchange」に対して、CATV広告の業界組織Cabletelevision Advertising Bureau
(CAB)が不参加表明したばかりであり、アメリカでも抵抗感が非常に強い。
次回はこうしたオープン化がもたらすクロスメディア的なビジネスチャンスについて考えてみようと思う。
【過去記事】保守記事.8 ようつべ時代のテレビ
保守記事.8-2 ようつべ時代のテレビ
保守記事.101-15 ぼくたちの将来は。。。
保守記事.8-3 次世代VTR