1年次の11年11月4日、ヨウヘイさんは教諭への暴言を書いたとして、別室で個別指導が行われる第3段階の特別指導の対象になった。総合学習の時間に「最近、カメムシが増えて洗濯物につく」「ぶっ殺す」などとアンケートに書いていた。どうしてこれが「暴言」となるのか。
「自宅付近ではカメムシが発生していたんです。そのことだと思うのですが、生徒の間で『カメ』と言われていた先生がいたようです。アンケートに書いたことがその先生に対する暴言で、問題行動とされたのです。息子は先生に対する暴言とは認めなかったようで、別室で7時間も、事実確認をされたようです。
その日の18時ごろに学校から電話があり、『指導室に入ってもらうことになる』とのこと。私は学校へ行き、指導室へ行きました。入ると板の衝立で仕切りがされ、少し狭くなっていました。そこで、指導主事の先生が、学校の規定に反するとして、“判決”のようなものを読み上げたのです。そして、『明日から特別指導を始める』と言っていました。ちなみに、問題となったアンケートは、息子が亡くなったあとに見せられました」(母親)
ただし、設置された「東広島市立中学校における生徒の死亡にかかる調査委員会」の報告書では、「約1年後に起こる自殺との直接的な関連性を認めることは困難」とされ、この指導は検討対象から除外されている。
2年生になって指導対象になったのは2回。学校の「生徒指導規定」では第3段階の特別指導が行われると、最低でも1年間は指導対象だ。その指導期間が終わる前に、2度の指導を受けた。
ほうきを壊したことについて、ヨウヘイさんと母親は教頭に謝罪
掃除の説明時、生徒たちは体育座りになったが、友人Bの足がヨウヘイさんのお尻にあたった。調査委や市側の主張では、ヨウヘイさんもBも笑ったことになっている。尋問で裁判長は「ヨウヘイさんが笑ったのを見たのか?」と質すと、女性教諭は「笑い声の方向を見るとヨウヘイさんとBの2人がいた」と証言した。「笑い声の方向に2人がいた」と「2人が笑った」ではニュアンスが違うが、女性教諭は当時、2人が笑ったと断定した。
確認すると、Bは笑ったことを認めたが、ヨウヘイさんはなかなか認めず、女性教諭は「誤魔化しているように見えた」と尋問で答えた。その後、2人を集団から外した後、女性教諭はBには掃除に行かせ、ヨウヘイさんに対し、「掃除をせずに部活動へ行くように」と指示した。
ヨウヘイさんは女性教諭が去った後、持っていた2本のほうきを折ってしまった。調査委報告書では「投げつけた」となっているが、母親によると、両手で持っていたほうきを「床に叩きつけた」という。「やばい」と思ったヨウヘイさんは、ほうきをガムテープで巻いて教室の掃除ロッカーに入れた。翌日、教室と図書室のほうきを入れ替えた。このほうきを壊したことが10月24日に発覚する。これが“ほうき事件”だ。ヨウヘイさんは母親と共に教頭に謝罪した。
アンシングの準備を忘れ、非常勤講師に叱責される
この件について生徒指導主事の教員は「暴力行為(器物損壊)に当てはまる」として、指導を進言した。しかし、これまでにも指導がされたこと、別室指導に値しないくらいヨウヘイさんが反省していることをふまえ、教頭の判断でこの日は特別指導をしていない。ただ、25日になって、「自分を振り返るのは必要」として、相談室で反省文を書かせている。
指導対象になったことだけで心理的な負荷がかかったわけではない。実は、ヨウヘイさんは野球部のエースとして背番号「1」を背負うはずだった。小学校の頃、ソフトボール部で県大会3位と活躍していた。しかし、野球部には17人しかいないが、10月26日、受け取った背番号は「18」だった。
ヨウヘイさんは野球ノートに「学校生活のことでチームに迷惑をかけた。それでも、チームは、ぼくに背番号をくれて、練習をして、試合にもださしてくれた。チームに感謝しなければならない。その感謝は、これからの学校生活や部活で示して行こうと思う」と書いていた。
翌日の県議長杯の大会では、18番をつけたヨウヘイさんが2試合目に先発投手として出場した。ただし、「18」を渡されてエースとして見られていないと思ったのか、肩を冷やすためのアイシングの準備を忘れた。それによってコーチをしていた非常勤講師に叱責されることになる。
指導中に指導者が机を蹴っていたのを野球部員が目撃
「もちろん、『1』はヨウヘイさんしかいないが、罰ではなく、『1』を空けたままにした。ヨウヘイさんは『18』の背番号になったが、ショックを受けたとは思う。ただし、『18』になった理由は説明していません」(非常勤講師)
10月29日には、“カボチャ事件”が起きる。午後3時15分ころ。ヨウヘイさんは友人とカボチャで遊んでいた。前回指導した女性教諭が廊下の真ん中に美術の授業で使うカボチャが置かれているのを見つけた。担任ではないものの、叱責した。ヨウヘイさんは「やばい」とずっと言っていたといい、掃除後に生活ノートを書くとき、机にうつぶせてになっていた。友人が近づくと、泣いているのがわかり、ヨウヘイさんは「死んだほうがいいんかねぇ」と言っていたという。
カボチャをみつけた女性教諭は担任に連絡。野球部の指導者である非常勤講師にもこのことを伝えた。担任はホームルーム後に面談する。担任はヨウヘイさんが涙ぐんでいるのを確認した。さらに、部活中に、指導者がヨウヘイさんを呼び出し、カボチャの件で指導した。
野球部員は、指導中に指導者が机を蹴っていたのを目撃しているが、尋問では指導者は「覚えていない」と話した。ただ、「学校生活が変わっていないなら、部活をする資格がない」「練習せずに帰れ」などと言ったことは認めた。「帰れ」と言う指導は、他の部員に対しても行っていたが、ヨウヘイさん以外は、反省が見えた場合にはグラウンドに戻した。しかし、ヨウヘイさんも同じく反省の言葉を述べたものの、グラウンドに戻すことはなかった。
「ほうき事件のことが頭にあったので、『学校生活が変わっていないなら部活をする資格はない』などと言いました。『家に帰れ』と言ったら時間をおいて、『戻してください』と言いにきた。それまで私の横にいて、一緒に練習を見ていました。反省している様子でした」(非常勤講師、証人尋問)
「指導死」は全国で発生している
“カボチャ事件”のことは、職員室で教頭かも指導されたことで終わっているはずだった。そのことを反対尋問で聞かれると、非常勤講師は次のように答えた。
「スポーツをする上で集団に対する影響を考えていました。(教頭からの指導に続いて)同じことでくり返し指導を受けることになりますが、心理的に過剰な負担になることはありません。『帰れ』という指導は、辛いことだから効果がある。起きたことに対して反省してから参加してほしい気持ちでした」
ヨウヘイさんは、それまで指導者のそばで練習を見ていたときもあったが、部の倉庫として使っているコンテナ内に一人で入った。被告側の主張によると、午後5時15分ころ、野球部の顧問がグラウンドにきたため、指導者の非常勤講師は指導した内容を説明。ヨウヘイさんの話を聞くように依頼したという。顧問が部の倉庫へ行くと、ヨウヘイさんは補修用のネットのロープをいじっていた。
1年前から続く指導対象だったことに加え、“ほうき事件”による指導と反省文、背番号が「18」になったこと、そして“カボチャ事件”……。ヨウヘイさんにとっては理不尽と思える出来事が続いた。生活指導と部活動の指導を連動させられていた。
部活動で指導したのは非常勤講師。担任ではない数学の教師との事実上の連動(同教師は非常勤講師との連携を否定し、連絡しただけと主張)はあったものの、管理職には伝えていない。つまりは、組織的な指導ではないということになる。
教師による不適切な指導を原因とする自死、いわゆる「指導死」は全国で発生している。果たして本件も「指導死」と認められるのか。9月30日には両親の尋問があり、裁判はようやく終結に向かう。
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