東山正宜
2018年9月14日08時00分
人々を笑わせ、考えさせた研究に贈られる今年のイグ・ノーベル賞の発表が13日(日本時間14日)、米ハーバード大(マサチューセッツ州)であった。座った姿勢で大腸の内視鏡検査を受けると苦痛が少ないことを自ら試した昭和伊南(いなん)総合病院(長野県駒ケ根市)の堀内朗医師(57)が、医学教育賞を受けた。日本人の受賞はこれで12年連続となった。
受賞理由は「座位で行う大腸内視鏡検査―自ら試してわかった教訓」。堀内さんは内視鏡の専門医で、同病院消化器病センター長。13日夜(日本時間14日午前)にハーバード大の劇場で開かれた授賞式に出席した。堀内さんは渡米前、取材に「地域から大腸がんをなくしたい、その試行錯誤を評価してもらったと思う」と語った。
大腸がん検診などで受ける内視鏡検査は、通常は横に寝た状態で肛門(こうもん)から管状の内視鏡を体内に入れていく。堀内さんは、痛みや不快感を減らす方法を探していて、座った姿勢のままで受ける方法を思いついた。イスに腰掛けて少し股を開き、口径の小さな内視鏡を自分の肛門にゆっくり入れてみたところ、「驚くほど容易にできた」という。
2006年、米消化器内視鏡学会誌に体験談を発表。腸内をきれいにする前処置をした上で、右手で内視鏡の端をつまんで肛門に挿入しながら、左手でカメラを動かすつまみを操作。モニターに映し出された自分の腸内を見つめる姿をイラスト付きで紹介した。計4回試し、内視鏡の入れにくさと、感じる痛みや不快感がそのたびに異なることも発見した。
堀内さんによると、内視鏡検査で見つかった大腸ポリープを切除すれば、大腸がんの発症を9割抑えられるという。堀内さんたちの病院では、日帰りで手軽に検査を受けてもらおうと覚めやすい鎮静剤を用いるなど工夫。検査数は地方の病院としては異例の年1万5千人に達し、全国的に注目されている。ただ、座った姿勢で医師が内視鏡を入れる検査は、恥ずかしがって受けたがらない人が多く、採用していないという。
今年はほかに、ジェットコース…
ノーベル賞のパロディーで、ユニークな研究に贈られる「イグ・ノーベル賞」の授賞式がアメリカのハーバード大学で行われ、座った姿勢で自分で尻から内視鏡を入れ大腸の状態を調べる研究を行った長野県の医師が「医学教育賞」を受賞し、日本人の受賞は12年連続となりました。
「イグ・ノーベル賞」は1991年にノーベル賞のパロディーとして、アメリカの科学雑誌が始めた賞で13日、ハーバード大学で、授賞式が行われました。
このうち、「医学教育賞」は長野県駒ヶ根市の昭和伊南総合病院の消化器病センター長、堀内朗医師が受賞しました。堀内さんは、座った姿勢で自分で尻から内視鏡を入れて大腸の状態を診ることが可能か調べ、個人的な経験としては簡単に効率的にできたと論文にまとめました。
授賞式では、白衣姿の堀内さんが実際にどのように内視鏡を入れるか身ぶりで示しながら、「左手で動かして右手で入れる」などと説明すると、大きな笑いに包まれました。
堀内さんは、内視鏡の検診が楽になる方法を試行錯誤する中、研究を行ったということで、「受賞に戸惑っていますが、これをきっかけに多くの人が検診を受け、大腸がんで亡くなる人が減ってほしいと思います」と話していました。
観客の男性は「自分で内視鏡検査をするのはおもしろそうですが、私なら医師にやってもらうのを選ぶでしょうね」などと話していました。
主催者「豊かで突飛ですばらしい」
イグ・ノーベル賞の主催者のマーク・エイブラハムズさんは、「多くの医師が堀内さんから学ぶことになると思います。日本の研究者は豊かな想像力があり、突飛で、すばらしいと思います」と述べました。
そのうえで、「誰も分かっていないことを理解しようとするのが本当の研究で、それによって利益が上がるかどうかは関係ありません。自分の研究に没頭できる研究者がいることは希望になると思います」と話していました。
ほかにもユニークな受賞研究
ことしのイグ・ノーベル賞は合わせて10の分野で「笑わせて、考えさせる」、個性的な研究を行った研究者が受賞しました。
このうち、「医学賞」はジェットコースターに乗ることで腎臓にできた結石を早く排出できるかどうか調べたアメリカの研究者2人が受賞しました。
また、「人類学賞」は動物園にいるチンパンジーが、見学に訪れた人がチンパンジーのものまねをするのと同じくらいの頻度で、人間のものまねをしていると突き止めたスウェーデンやルーマニアなどの研究グループが受賞し、「化学賞」は絵画などの表面についた汚れを唾液を塗って、きれいにできるか調べたポルトガルの研究グループが受賞しています。
人間の日常の行動をユニークな視点で分析した研究も受賞しており、複雑な製品を使う人のほとんどは、取扱説明書を読まないことを証明したオーストラリアやセルビアなどの研究グループが「文学賞」、車を運転しているときに叫んだり、悪態をついたりすることの頻度や効果などを調べた、スペインとコロンビアの研究者が「平和賞」を受賞しました。
2018年08月25日 05時20分
毎年10月のノーベル賞の発表は、私たちに日本人の受賞を期待させる。それに加え、前月の9月には、ユーモアあふれる研究に贈られるイグ・ノーベル賞の発表もあり、こちらは11年連続で日本人が受賞している。最近では「科学の面白さを教えてくれる絶好の機会」と高い関心を集める。9月下旬からは世界初の「イグ・ノーベル賞」公式展覧会が東京で開催される予定で、賞そのものへの注目度は高まる一方だ。
創設から27年、ノーベル賞のパロディー
イグ・ノーベル賞は1991年、米国のユーモア科学誌「Annals of Improbable Research(風変わりな研究年報)」の編集長マーク・エイブラハムズ氏が創設した。「人々を笑わせ、そして考えさせる研究」に対して与えられる。「イグ」という言葉はignoble(不名誉な、恥ずべき)からとっており、ノーベル賞のパロディーだ。物理学賞など本家ノーベル賞と同じ分野もあれば、全く無関係なジャンル(心理学賞、音響賞など)もある。
今年の授賞式は9月14日(日本時間)に行われる。近年は注目度も高く、インターネットで生中継されるほどだ。会場は米ボストン近郊にあるハーバード大学のサンダースシアター。本家ノーベル賞とは違って賞金はなく、出席する受賞者の旅費も自己負担だ。
式典はユーモアにあふれる。最初に、会場に集まった人たちが紙飛行機を一斉に壇上に飛ばす。散らかった紙飛行機を片づける掃除係が、かつて本家ノーベル賞を受賞したハーバード大学教授だったりする。
「笑わせ、考えさせる」研究が対象になるだけに、授賞式でも「笑わせてやろう」と参加者は意気込み、奇抜な扮装(ふんそう)や受賞研究のユーモラスな実演など、笑いの材料には事欠かない。式典でよく知られているのは、受賞者がスピーチを始めて1分たつと、小さな女の子が受賞者に歩み寄って、「もう飽きちゃったからスピーチをやめてちょうだい」と言い放つ演出だ。受賞者は女の子に菓子を与えるなどの「懐柔」工作をして、スピーチを続けるのがお約束となっている。
常連・日本、11年連続で受賞者
日本はイグ・ノーベル賞の常連国といえるだろう。日本人の過去の受賞者は下の一覧表の通りで、2007年から11年連続で受賞者を輩出している。このうち1997、2005、2013の各年は2部門で受賞しており、大きな存在感を示す。粘菌という特殊な生物を研究している中垣俊之・北海道大学教授は2回受賞している。
17年はオスとメスの生殖器の形状が逆になっている昆虫トリカヘチャタテの研究で、北海道大学や慶応大学などの研究者が受賞した。国立科学博物館(東京・台東区)で10月8日まで開催されている特別展「昆虫」(読売新聞社など主催)には、このトリカヘチャタテの標本とイグ・ノーベル賞の賞状(レプリカ)が展示されている。
イグ・ノーベル賞受賞者は「科学の面白さを一般の人たちに伝えるのにうってつけの人物」と認められ、受賞後に講演会へ引っ張りだこになることがある。
北里大学の馬渕清資・名誉教授は「バナナの皮を踏んだ時の滑りやすさ」を研究して、14年にイグ・ノーベル賞の物理学賞を受賞した。馬渕さんの“本職”は生体工学者で、長年にわたって人工関節を専門に研究してきた。ただ、同年までの30年余りの研究者人生で、招かれて講演したのは20回だったが、イグ・ノーベル賞受賞後は4年足らずで56回に及んだ。ほかにテレビやラジオへの出演も30回以上に及び、現在でも1か月に4回講演することがあるという。日本人の連続受賞が今後も続くとイグ・ノーベル賞がさらに注目を集めるようになり、受賞者がタレント並みに人気者になる可能性も秘めている。
なぜ日本人はイグ・ノーベル賞を数多く受賞しているのか。その理由について賞の創設者マーク・エイブラハムズ氏は、「(日本人の研究者は)好奇心が旺盛で一心不乱に研究に取り組む。まるで自分が興味を向けたこと以外、他の世界がなくなったかのような集中力だ」と読売新聞の取材に語っている。また同氏によると、米国以外で受賞者が多いのは日本と英国で、「両国に共通するのは、とっぴなことをする人たちを受け入れ、さらに誇りに思う文化があること」だと指摘している。
「とっぴなことをする人を受け入れる」という見立ては、「人と違うことを言ったり行ったりせず、空気を読めよ」と「同調圧力」がかかりやすい日本社会からすると、「ちょっと違うのでは」と思わないでもない。しかし、「一心不乱に研究に取り組む」というのは言い得ていると感じる。
「『面白い』が科学の本質」に思い至る
実際にイグ・ノーベル賞を受賞した人はどう思っているのか。「バナナの皮」の馬渕さんは受賞後、多くの講演をこなしていくうちに、科学とは何かを考えるようになり、「『面白い』ということがサイエンスの本質だ」と思い至ったという。馬渕さん流の解釈では、英語のinteresting(興味深い)とfunny(おかしい)は、日本人の頭の中では「面白い」の一語に集約される。それゆえ、科学者の視点でinterestingだと思ったことが、世間から見てfunnyに映るという場合もあるのだろう。研究対象がfunny、interestingのいずれであるにしても、日本人は「面白い」という科学の本質を無意識のうちにわかっているので、研究は次々と生まれてくるのだ――と指摘する。
もうひとつ、馬渕さんが強調するのは米国との比較だ。
米国の科学者はもちろん、イグ・ノーベル賞をたくさん受賞している。それでも、大学など研究現場では研究費の獲得が日本以上に至上命題で、世界をリードする超一流の「科学大国」の割には、一見バカバカしい研究に取り組む「余力」には乏しいという。「日本はその点、まだ恵まれているのではないか」と馬渕さんは話す。好き勝手な研究を許容する雰囲気が日本の研究現場に残っているように思えるという。昆虫トリカヘチャタテの研究でイグ・ノーベル賞を昨年受賞した北大の吉澤和徳准教授も、「日本の研究者にとって、奇人や変人という評価は一種の褒め言葉。社会が寛容で、ある程度は自由に研究できる素地がある」と本紙の取材に答えている。
9月下旬から東京で世界初の公式展覧会
さて、このように注目が高まるイグ・ノーベル賞について、これまでは日本科学未来館(東京・江東区)で、サイエンスコミュニケーターが受賞研究についてライブのトークショーを行うイベントはあったが、日本国内で賞そのものの展覧会は開催されてこなかった。
その意味で初めてとなる本格的な賞の紹介イベントが、9月22日から東京ドームシティのギャラリーアーモ(東京・文京区)を会場に、「イグ・ノーベル賞の世界展」(読売新聞社後援)と題されて行われる。
このイベントは、かねて同賞に注目していた東京ドーム側が、2015年、マ-ク・エイブラハムズ氏の来日の際に、展覧会の開催を打診。同氏の制作協力を得ることで、「公式」と銘打つイグ・ノーベル賞展が世界で初めて開催されることになった。
同展のオフィシャル・アンバサダーには、演出家でタレントのテリー伊藤さんが就任する。会場では、受賞者に贈呈されるトロフィーを展示するほか、過去の授賞式の様子を映像で紹介するコーナーが設けられる。また、歴代の日本人受賞者の研究内容をパネルで紹介、賞を受けた研究対象の実物を展示したり、受賞研究を体験できるエリアを設けたりする予定だ。当日料金は大人1400円、小・中学生900円。会期は11月4日まで。詳細は、リンク先(https://www.tokyo-dome.co.jp/aamo/event/ignobel2018.html)をご覧いただきたい。
本家のノーベル賞が「科学史を塗り替える大発見や大発明を最初に行った人物」の顕彰に努めているとすれば、イグ・ノーベル賞は「その人以外には誰も目を向けず、世に出ることはなかったと思われる研究をした人」に光を当てている。その意味では、科学の魅力を伝えるいい機会であることは間違いない。そして、イグ・ノーベル賞に見られる笑いやユーモアは社会の豊かさの証しでもあるだろう。
確かに、イグ・ノーベル賞の受賞者たちはいつでもユーモアを忘れない。
馬渕さんは授賞式に出席するため米ボストンに渡航した際に、カバンの鍵を紛失してしまい、仕方なくカギの部分を壊して開けたという。この体験をネタに馬渕さんが本紙に語るのは、「ボストンでボストンバッグを探し回ることになるとは」という嘆き節だ。イグ・ノーベル賞を2回受賞した前述の中垣さんも負けていない。今年6月に行われた講演会で、「私は30年も粘菌を研究しているネンキン生活者」と自己紹介した。
研究そのものだけでなく、類いまれなユーモアの持ち主である科学者たち。9月14日、今年もユーモアあふれる日本人の受賞者が出るのか、大いに期待しよう。