中原中也の「在りし日の歌」です。創元社から昭和13年6月20日再版発行された元本です。気に入った詩を2つ載せておきます。
夏の夜に覚めてみた夢
眠らうとして目をば閉ぢると
真ッ暗なグランドの上に
その日昼みた野球のナインの
ユニホームばかりほのかに白く――
ナインは各々守備位置にあり
狡(ずる)さうなピッチャは相も変らず
お調子者のセカンドは
相も変らぬお調子ぶりの
扨(さて)、待つてゐるヒットは出なく
やれやれと思つてゐると
ナインも打者も 悉(ことごと) く消え
人ッ子一人ゐはしないグランドは
忽(たちま)ち暑い真昼のグランド
グランド繞(めぐ)るポプラ竝木は
蒼々として葉をひるがへし
ひときはつづく蝉しぐれ
やれやれと思つてゐるうち……眠た
雲 雀
ひねもす空で鳴りますは
あゝ 電線だ、電線だ
ひねもす空で啼きますは
あゝ 雲の子だ、雲雀奴だ
碧い 碧い空の中
ぐるぐるぐると 潜りこみ
ピーチクチクと啼きますは
あゝ 雲の子だ、雲雀奴だ
歩いてゆくのは菜の花畑
地平の方へ、地平の方へ
歩いてゆくのはあの山この山
あーをい あーをい空の下
眠つてゐるのは、菜の花畑に
菜の花畑に、眠つてゐるのは
菜の花畑で風に吹かれて
眠つてゐるのは赤ン坊だ?