F1界では、トヨタの撤退が先日発表されBMWに続き大手メーカーが撤退することに。さらに、ルノーの撤退も噂されています。ブリヂストンも来年限りで撤退とのことでF1は、新時代に向けて今分岐点に差し掛かっているようです。全チームがコスト削減に向けて真剣に考えなくてはならないでしょうね。弱小チームあってこそF1は、成り立っていると管理人は考えております。
来年は、新規チームが4チーム加わる予定。果たしてどんなC級チームが登場するか密かに楽しみにしております。
今日は、かつて行われていた予備予選の常連!このチームなくしては、予備予選は語れないでしょう。コローニチームです。
データアラカルト
予備予選出走 52回 歴代3位
予備予選通過 6回 歴代12位
予選出走 34回 歴代68位
予選通過 14回 歴代81位
予選最上位 15位
決勝最上位 8位
チームの歴史
F3での華麗なる実力を持って鳴り物入りでF1デビュー。87年から参戦開始。この年は、イタリアとスペインGPのみの参戦。13戦スペインGPでは、予選通過も完走ならず。ドライバーは、N・ラリーニ。
88年は、タルクイーニ一人の参戦。16戦中8戦で予選落ちという結果。第5戦カナダGPでチーム最高の8位を記録。予選は、第2戦のサンマリノでの17位が最高。
89年は、このチーム唯一の2台体制での参戦。ドライバーは、R・モレノとP・ラファネルとE・ベルタッジア。下位チームで驚異的な走りを時折見せるR・モレノが13戦ポルトガルでチーム最高順位の予選15位を記録。しかしながら予備予選を通過できたのはわずか5回で、完走も一度もなし。
90年は、大勝負に出て、日本のスバルとモトーリモデルニ共同開発というV12エンジンを引っ提げて参戦するも基本的な設計に欠陥があり状況は悪化。B・ガショー一人体制であったが予選通過は一度もなく、結局参戦中止への道へ向かうことに。
最終的には91年にP・チャべス最後の日本GPとオーストラリアGPで日本の服部尚樹がスポット参戦。一口2万でスポンサーを募集するくらい状況は悪くこの年限りで撤退した。
5年間であったがほとんど日の目を見ないままF3の名門チームはF1を去ることになりました。
来年は、新規チームが4チーム加わる予定。果たしてどんなC級チームが登場するか密かに楽しみにしております。
今日は、かつて行われていた予備予選の常連!このチームなくしては、予備予選は語れないでしょう。コローニチームです。
データアラカルト
予備予選出走 52回 歴代3位
予備予選通過 6回 歴代12位
予選出走 34回 歴代68位
予選通過 14回 歴代81位
予選最上位 15位
決勝最上位 8位
チームの歴史
F3での華麗なる実力を持って鳴り物入りでF1デビュー。87年から参戦開始。この年は、イタリアとスペインGPのみの参戦。13戦スペインGPでは、予選通過も完走ならず。ドライバーは、N・ラリーニ。
88年は、タルクイーニ一人の参戦。16戦中8戦で予選落ちという結果。第5戦カナダGPでチーム最高の8位を記録。予選は、第2戦のサンマリノでの17位が最高。
89年は、このチーム唯一の2台体制での参戦。ドライバーは、R・モレノとP・ラファネルとE・ベルタッジア。下位チームで驚異的な走りを時折見せるR・モレノが13戦ポルトガルでチーム最高順位の予選15位を記録。しかしながら予備予選を通過できたのはわずか5回で、完走も一度もなし。
90年は、大勝負に出て、日本のスバルとモトーリモデルニ共同開発というV12エンジンを引っ提げて参戦するも基本的な設計に欠陥があり状況は悪化。B・ガショー一人体制であったが予選通過は一度もなく、結局参戦中止への道へ向かうことに。
最終的には91年にP・チャべス最後の日本GPとオーストラリアGPで日本の服部尚樹がスポット参戦。一口2万でスポンサーを募集するくらい状況は悪くこの年限りで撤退した。
5年間であったがほとんど日の目を見ないままF3の名門チームはF1を去ることになりました。
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