猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 4 説経越前国永平寺開山記 ②

2011年11月30日 16時08分48秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

永平寺開山記 ②

 さて、神道丸は、亡くなった実の母ことを、片時も忘れぬ親孝行者で、毎日花を摘み、香を焚いて菩提の回向を欠かすことはありません。女人の成仏は成り難しと聞いてからは、法華経提婆品を読誦して、今日も母の仏果菩提のためと、継母の怖ろしい企てもしらぬまま、お祈りをされておりました。

 すると、そこに突然金若丸がやってきました。金若丸は、

「兄上、父上様がお呼びです。早くお出でください。」

と言うのです。神道丸は、先ほど、一家中を集めてお話をしたばかりなのに、いったい何の御用事ができたのだろうと怪訝に思いながらも、立ち上がると、突然、金若丸は、袖を取って、

「のう、兄上様、お願いがあります。兄上が召されている小袖の模様が、あまりにも美しく見事なので、私に譲っていただけないでしょうか。」

と、言いました。神道丸は、何を突然にと笑いながら、

「なんだ、そんなことか。」

と、小袖を脱ぐと、金若丸の後ろに回り、優しく袖を通させました。

「すぐに戻るから、待っていなさい。今宵は、ここで、これからの事などをゆっくりと語り合おう。」

と、金若丸に優しく声を掛けると、金若丸は、これが今生の見納めかと、耐えかねて涙が溢れてきました。神道丸は不審に思って、

「どうしたのだ、金若よ、さては、父上様のご機嫌でも損なったのか。安心せよ。私が行って父の機嫌を治してこよう。」

と、言いますと、金若丸は、

「いえいえ、そんことはありません。家督を継がれた兄上様の御姿が、大変ご立派で、父上様にそっくりですので、感激いたしました。父より後は、兄上様、心足らずのこの金若ではありますが、よろしくお見立てください。」

と、今生の別れを込めて泣き崩れました。神道丸は、

「何を今から、弱気なことを、母上もまだまだご健在、もし、父が亡くなったなら、この兄を父とも兄とも思えば良い。しょうがない弟だな。」

と、金若を慰めると、帰るまでまっていろと言い残して出かけて行きました。

 一人残った金若丸は、

「兄上様、兄弟、理無き(わりなき)別れも知らずに、最後まで私に力をお与え下され有り難う存じます。これが、今生の別れで御座います。」

と、泣き口説いていましたが、やがて、

「いやいや、こんなに泣いてばかりいては、今にも将監が忍び入り、せっかくの計画が台無しになってしまう。」

と、心強くも、父母へ、心ばかりの暇乞いをすると、神道丸の小袖を羽織って、そばにあった小机に寄り添って、最期の時を、今や遅しと待つのでした。その金若の心の内は、なんとも哀れなことです。

 そうこうするうちに、木下将監は、神道丸の首討ち取るために、夜陰に紛れてやってきました。

 庭の籬垣(ませがき)を押し分け、押し破り、つつっと忍び込むと、そこに神道丸ありと見て、金若丸の御首を、ズバッと打ち落としたのでした。首を小袖に包むと、即座にその婆から逃れました。将監は、

「心ならずの悪逆は主命なり。」

と、詰めていた息をほっとつきましたが、その心の葛藤の苦しみは、言う言葉もありません。かの木下将監の行く末は、なんとも危うし、危うし。

つづく


忘れ去られた物語たち 4 説経越前国永平寺開山記 ①

2011年11月30日 13時53分18秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

永平寺開山記 ①

 

 いろいろと考えてみると、人の「道」に明るい者は、一家を成してその身を全うすることができるが、邪(よこしま)な者は、男女によらず身を失うものである。

 ここに、越前国(福井県)の吉祥山永平寺の御開山様であられる「道元禅師」の由来を詳しく尋ねてみると、後鳥羽院の頃のお話です。(鎌倉時代初期)

 村上天皇(平安時代中期)より九代の孫に当たる「源中納言道忠卿」(みなもとちゅうなごんみちただ)という貴族がおりました。道忠は、家には三宝仏陀をお祭りして、外では、「人、天、声聞、縁覚、菩薩」の五乗に則り、大変礼儀正しい方でした。

 中納言道忠卿には、三人の子供がありました。長男「神道丸」は十五歳。二歳の年に実母を失ってしまいますが、母のことを忘れず、明け暮れ母の菩提を祈り続けております。金道卿の姫を後妻として生まれた二男は、「金若丸」、十三歳。末の妹「松代姫」はまだ二歳でした。

 一門を守護し支えるのは、家の執権は、譜代の家臣「更級行家光虎」(さらしないえみつみつとら)。さてまた、御台の乳母(めのと)には、「木下将監行正」(きのしたしょうげんゆきまさ)。将監の一子、「梅王」は十四才と、頼もしい家臣に恵まれて、道忠の果報を羨ましく思わない人はありませんでした。

 ある時、道忠卿は、更級、木下両家臣にこう言いました。

「私も五十歳となり、明日の命も知れない。ここらで引退して、神道丸に官位を譲り、私は、仏道一筋に生きようと思う。幸い今日は吉日であるので、一門を集め、言い渡したい。用意いたせ。」

 ご兄弟、家臣一同が参集しますと、道忠卿は、こう言い渡しました。

「いかに皆の者、私はもう歳を取ったので、これよりは神道丸を参内させ、隠居することにする。これからは、私にしてくれたように、神道丸に忠孝を尽くしてもらいたい。

神道丸よ、おまえは、まだ幼少ではあるが、おとなしく帝に仕え、私無く五乗を守り、慈悲深く家を治めて身をたてるのだぞ。私が亡き後は、母に孝行を尽くして、更級、木下両人を、私と思って、何事につけても言われた通りにすればよい。」

「さて、金若丸よ。兄に礼儀正しく接し、更級、木下と共に、家の執政を執り行い、少しも兄に背いてはならない。よくよく心を尽くしなさい。」

「さてまた、ここに太刀が二振りある。大の太刀は、三條小鍛治(※三条宗近)が鍛えた「松風」という剣である。小の太刀は、「村雨」という「天国」(※あまくに)の名作である。大は総領神道丸に、小は金若丸に継がせることにる。」

 それからは大宴会となり、道忠卿が、御兄弟に盃を下されると、千代降るまで共に変わらることは無いと、数々の盃が交わされました。目出度い代替わりの儀式が滞りなく終わりました。

 しかし、世の中の習いとは言うものの、女心というものは、儚い(はかない)ものです。御台は、夫道忠の神道丸への代譲りの言葉を聞いて腹を立てていました。御台はむらむらと悪心を起こし、乳母(めのと)木下を、密かに呼びつけると、わざと、さめざめと泣いてみせてから、こう言いました。

「私ほど、果報のつたない者はありません。仏神に祈願をかけて、あの金若を懐胎し、誕生して成長すれば、器量優れて優しく、いかなる高家、殿上人にも劣らないと喜び、いつかは、家を継がせたいと思っていたのに、神道丸の家来となって、末の栄華も無いとは、口惜しい。」

と、ぎりぎりと歯がみをするのでした。

 何事かと駆けつけた将監は、呆れ果てて、

「これは、五條金道卿の御息女とも思えない仰せ。神道丸殿は先腹(せんぶく)の御総領であられます。金若丸様は御二男でありますから、家を継げないと恨む筋合いではありません。他人の聞こえも悪い事。」

と、苦々しく諭しますが、御台は、

「さては、お前も、最早私を見捨てて、神道丸を世に立てて、金若丸のことはどうでもいいと思っておるのだな。もう、お前には頼みません。出て行きなさい。」

と、騒ぎ立てました。将監は、手を焼いて、

「お腹立ちは分かりましたが、金若丸様がどのようにお考えなのかをお聞きなされて、相談され、金若丸様の仰せに従うのが良いかと存じます。」

と、取りなします。御台は、

「いやなに、金若は我が子ですよ。母が心に背くはずはありません。さあ、金若丸を呼んで、この事を話して喜ばせてあげましょう。」

と、金若丸に使いを出して、呼び寄せました。

金若丸がやってくると御台は、

「いかに、金若。今日の父の仰せを聞き、さぞや無念と思ったことでしょう。私の心もめらめらと炎を上げて、焦げ付きそうです。そこで、将監に頼んで、今宵、暗闇にまみれて神道丸を殺すことにしましたから、喜びなさい。お前を総領としてあげますよ。」

と、目をぎらぎらさせて言うのでした。金若は、驚いて、

「いや、何を仰いますか。私は、二男ですから、家を継ぐなどということはあり得ません。それに、私はまだ若年で、兄上を尊敬しておりますので、その様なことを考えたこともありません。」

と、笑いました。これを聞いた御台は、きっとなり、

「何を言っているのです。そんなことではありませんよ。継子の神道丸を世継ぎにして、毎日、朝夕憂き思いをして、いらいらと過ごすことなど耐えられるものではない。なんとか、お前を世継ぎとして、浮き世を楽々と過ごせるようにするのです。お前は、まだ幼いので、分からないだけです。いいから、母に任せておきなさい。ささ、将監、言われた通りやるのです。」

と、まくしたてました。将監は、慌てて、

「お待ちなされてくだされませ。只今の若君のお言葉を、何とお聞きになったのですか。御台様の御子ではありますが、仏様のお言葉とお聞きになり、思い止まってくださるようにお願いいたします。」

と、なんとか思い止まらせようとします。金若丸も、

「神代の昔より、継子継母(ままこままはは)の悪心は、枚挙に暇がございません。そのような悪逆は、末代まで人々の嘲り(あざけり)を受けますので、おやめください。」

と、詰め寄りました。御台は、二人の説得の道理に、返す言葉も無く黙ったままでしたが、やがて、わなわなと身体を震わせると、顔色も真っ赤になり、

「さては、お前達は、私の命令に背いて、私を悪人にして、人々に言いふらして笑いものにしようと言うのだな。よしよし、今より後は、母を持ったと思うな、金若。私も子を持ったとは思うまい。将監諸共、七生(しちせい:七代後まで)の勘当じゃ。」

と、わめき散らすと、守り刀を引き抜いて、

「生きていても仕方ない、死んで恨みを晴らしてやる」

っとばかりに、喉に自害の刃を突き立てました。驚き慌てた将監が飛びついて、

「これは、短慮なことを。お命には代え難し、ご命令は分かりました。若君様いかがいたしましょう。」

と、言いました。金若丸は母に取りすがり、

「いや、こうなっては、仕方がない。のう、母上様、錬士(れんし)の礼儀をもって、一旦はあの様に申しましたが、母上の仰せには背きません。自害はおやめになってください。」

と言いました。これを、聞くと御台は、にやりと笑い、

「おうおう、そうであろう、そうであろう。何に付けても、お前のため。悪い事は言いいませんぞよ。それそれ、急げ将監、金若は静かにしていなさい。」

と、言って一間に入られた御台の心の闇は、怖ろしいばかりです。

つづく