猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 40 古浄瑠璃 清水の御本地⑤

2015年11月17日 17時21分34秒 | 忘れ去られた物語シリーズ
清水の御本地⑤

 御所にお帰りになられても、御門の心は、真如の妻女に、恋焦がれるばかりです。御門は、公卿大臣を集めると、
「皆の者、何とか知略を巡らせて、真如の妻女を奪い取るぞ。」
と、息巻いています。早速に、真如が、内裏に呼ばれました。御門は、こんな事を言いました。
「真如よ。お前の妻は、天より降る者と聞く。天の者であれば、出来ないことは無いであろう。そこで、お前に命ずる。手が一本の者、足が一本の者、一つ目の者、又、八大竜王を、内裏に連れて参れ。もし、それが出来ない時は、お前の妻を、内裏へ参内させよ。」
宣旨を受けた真如は、そんな者は居るはずが無いと、途方に暮れて、家に帰りました。姫君に、事の次第を語りますと、姫君は、
「そんな事は、なんでもありませんよ。」
と南面に立たれました。虚空に向かって、何者かを招きますと、やがて、姫の前には、それぞれの者達が飛んで来ました。姫君は、
「お前達、真如殿のお供をして、内裏へ行きなさい。何事も真如殿に従うのですよ。」
と命じるのでした。やがて、真如は、お供を連れて参内しました。内裏では、御門を始めとして、卿相雲客がずらりと並んで、見物です。
 先ずは、一本足の者が出ました。田楽の真似をして、一本足で見事な踊りを披露しました。次に、手が一本の者が、猿猴(テナガザル)の真似をして笑わせました。三番目に、一つ目が口をすぼめて口笛を吹くと、百二十もの楽の音が聞こえ、聞く者をうっとりとさせたのでした。最後に、八大竜王が御前に現れました。竜王の仕業と言えば、決まっています。それまで輝いていた日月は、あっと言う間に陰り、車軸の雨が降り出して、大洪水となり、内裏の内も水浸しです。これには、御門も驚いて、
「もうよい、もうよい、真如よ、早く連れて帰れ。」
と言う始末です。真如は、得意顔で帰りました。しかし、御門は、これでも懲りませんでした。又、真如を参内させると、
「この間は、ご苦労であった。注文の者共を、全部見せてもらって、嬉しかったぞ。今度は、吹いても鳴らず、吹かなくても鳴る笛を探して参れ。」
と又、無理難題を突きつけるのでした。真如は又、困った顔をして、家に帰ると、又、姫に相談するのでした。真如は、
「ああ、今度ばかりは、もうだめだ。お前が、内裏に上がってしまったら、私は、その後、どうしたら良いのだろう。」
と、嘆き悲しむのでした。これを聞いた姫君は、
「大丈夫です。御安心下さい。探して参りましょう。」
と答えると、南面へお出でなり、虚空に向かって手招きをしました。すると、笛と鼓が現われました。真如は、笛と鼓を、姫から受け取ると、早速に内裏へ参内するのでした。
 御門を始め、多くの公卿大臣が見詰める中で、真如は、庭先に、笛と鼓を置きました。すると、吹きもしないのに、百二十丁分の音を出して笛が鳴り始め、鼓も独りでに拍子を合わせ始めます。御門が、
「強くなれ。」
と命じますと、宣旨に従って、天地も響けととばかりに鳴り響きます。やがて、五畿内の鳴り物という鳴り物が、鳴り始めました。この音で、空飛ぶ鳥はびっくりして地に落ち、愛宕山も比叡山も崩れ始めました。あまりの音の大きさに、慌てた御門は、
「やあ、真如。もうよい、早く止めてくれ。」
と仰いましたが、真如は、
「今少し、どうなるかご覧下さい。」
と、とぼけました。御門は、とうとう、
「分かった。お前の妻のことは、もう忘れよう。」
と観念したのでした。真如は、にやりとして、
「笛、鼓、止まれ。」
と命じますと、ぴたりと、その音は止みました。様々の奇蹟に感動した御門は、
「真如よ。お前は、いったいどんな善根によって、このような奇特に預かる様になったのだ。お前達夫婦は、本当に仏様の化身であるな。」
と詠嘆すると、勿体無いことに、その冠を地に付けて、真如に向かって礼拝されるのでした。
そうして、真如はその面目を施して、姫の待つ我が家へと帰って行ったのでした。お二人のお喜びは、限りもありません。こうして、月日が経って、お子様も沢山出来ました。真如殿の心の内の満足は、言葉に尽くせるものではありません。

つづく

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