猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 38 古浄瑠璃 とうだいき④

2015年08月16日 18時06分52秒 | 忘れ去られた物語シリーズ
燈台鬼④

 「恋しい人を尋ね、必ずお迎え致します。」という恋坊の言葉に負けて、母上は、とうとう父の捜索をゆるしました。恋坊は、喜び勇んで、高さ三寸の黄金阿弥陀を肌の守りに入れるのでした。その時、母上は、恋坊に、
「この仏様というのは、四十八願を持つ阿弥陀様です。念仏を唱える人あれば、常に二十五菩薩が現れて、お守り下さるはずです。道中に難儀がある時は、南無阿弥陀仏を唱えなさい。必ず阿弥陀様がお守り下さいます。」
と、切々と阿弥陀の教えを説くのでした。いよいよ、恋坊が門の表に出た時、門送りに立った母上は、また涙ながらに、口説くのでした。
「恋坊よ、よくお聞きなさい。もし、父に逢えたとしても、逢えなかったとしても、できるだけ早く戻ってくるのですよ。南海国に長居をして、母を悲しませないでおくれ。夫に離れて寄りこの方、頼る者は、お前しか居ないのに、そのお前とも、今が別れなのですよ。なんと心細いことでしょう。遥か遠い、南海国。いつ逢えるとも分からないというのに、父を探しに行くお前が、恨めしい。」
 さて、いよいよ恋坊は、南海国に向けて旅立ちました。なにしろ、初めの道のことですから、朝夕のお勤めで、
「南無や、霊鷲山(りょうじゅせん)の釈迦如来。無量寿の阿弥陀様。哀憫納受たれ給え。」
と、祈るのでした。その祈りが通じたのでしょう、月日の光が、常に道を明らかに導き、虎狼野干も共をしてくれる有りがたさです。峨々たる山に登る時も、深い森を行く時も、灯火が導き、滔々たる大河を渡る時には、竹の橋が現れたり、舟や筏が用意されているので、難なく進むことができたのでした。
西上国を出た時は、山脈に雪が降り積む冬でしたが、いつの間にか、若葉の繁る景色となっています。このままでは、道中で一年が経ってしまうのではないかと、心細さがつのります。谷の小川が雪解け水を流し、古巣を離れる鶯の初音が心に響くので、思い出すのは、遠い古里のことばかりです。家の垣根の梅の花が美しい如月頃です。霞みに見え隠れする雁達は、何処へ帰るのだろうかと、羨ましくなり、何時かは、自分も、古里へ帰るぞと、母を懐かしく思い出すのでした。やがて、岸には、山吹や岩躑躅(つつじ)が咲きました。深山に隠れている遅咲きの桜は、残雪かと、目が疑われます。松の木に懸かる藤の花や、草に紛れて咲く卯の花や橘に五月雨が降りかかり、昔ながらのホトトギスが鳴いています。やがて、牡丹、菖蒲、杜若、菫が咲き、晴れ上がった空の下で、朝露に濡れている夏になったのでした。やがて、すっかり辺りは秋の気配となりました。女郎花、桔梗、刈萱、ワレモコウ、紫苑、竜胆(りんどう)、萩の花。鈴虫、松虫、轡虫。枕の下には、蟋蟀。その声々も段々に枯れ枯れて、まるで浮き世を悲しむ声のように聞こえます。とうとう、冬がやってきました。来る日も来る日も、嵐、木枯らし、山颪が吹き荒れます。降り積もる雪に、身も凍え、どうにもなりません。せめて行き来の人でもあれば、古里に言伝をしようとは思いつつ、やがて手足は雪焼け(凍傷)となり、疲れ果て、とある朽ち木の根元に倒れ伏しました。意識が遠退く中で、恋坊は、
「母が止めるのを振り切ってここまで来て、父にも逢われず、親不孝のままで、道端で野垂れ死ぬとは、何よりもって口惜しい。母上は、こんな所で私が死んだとも知らずに、何年も待ち続けるのだろうなあ。なんとも申し訳も無い事になった。ああ、頼るのは只、弥陀の名号のみ。父がこの世にあるならば、巡り逢わせて下さい。もしもう、お亡くなりならば、ひとつ蓮の蓮台に乗せて下さい。南無阿弥陀仏。」
とひたすらに、西に向かって、十遍繰り返して唱えましたが、段々に意識が遠退き、やがて息が絶えてしまったのでした。
 どれだけの時間が経ったのでしょうか。一人の僧が、恋坊の枕元に立っています。僧は、
「お前は、大変に親孝行である。」
と、微笑むと、香ばしい薬を、口の中に入れたのでした。すると、恋坊の意識が戻り、目を開きました。その時、僧は、
「我を誰と思うか。お前が肌身離さず信心する阿弥陀仏であるぞ。お前の父は、未だ生きておる。私の神通力によって逢わせようと思うが、お前の父は南海国の王宮の中に居り、そう簡単には入ることができない。そこで、策を授ける。王宮で『仏売ります。』と言って廻るのだ。この国には、まだ仏を知らない国である。何処から来たのかと聞かれたら、『西方浄土にある極楽という巨大な世界から来た者だ』と答え、『この仏を信じ、一声、名号を唱えれば八十億刧の罪を滅ぼし、後世の願いが叶い、往生できるのだから、値切らないで買いなさい』と説きなさい。そうして、王宮に入ったなら、父と交換するように交渉しなさい。この仏が、例え敵王に渡ったとしても、お前の身から離れることは絶対に無いから安心しなさい。」
と告げると、消え去りました。

つづく

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