タイの保険会社の感動するCMすばらしいです。
こんなCMがいつもテレビで流れていたらいじめなんかなくなるかもしれないですね。
子供の気持ちも親の気持ちも本当に伝わってきます。
タイの保険会社の感動するCMすばらしいです。
こんなCMがいつもテレビで流れていたらいじめなんかなくなるかもしれないですね。
子供の気持ちも親の気持ちも本当に伝わってきます。
思わずCMなのに感動してしまいました。
人のためにつくしてきてもなかなか恵まれる事ってないんだけど、
こんな巡り合わせがあるって素晴らしいですね。
今日、会社の帰りにすごくムカついた事が続いた!!
会社の帰りに買い物をしようと国道6号線を市内の方へ向かって走行中に、
前の車からホタルのようなものが飛んできてフロントガラスにぶつかりワイパーの上に乗っかった。
たばこの火のついたままの吸い殻じゃないか!!
このカラカラに乾いた異常乾燥注意報が出ているときに火のついたままの煙草を放り投げるとは非常識すぎないか!!
毎日どこかで枯草火災が発生している。
こんな常識はずれの事をする人がいまだにいるのが信じられない。
旧警戒区域方面から来た作業車に乗っていたから南相馬市民ではないのかもしれない。
文句を言ってやりたかったが混雑しすぎているのでどうにもならなかった。
ムカつく~!!
ムカついたが冷静に!冷静に!と言い聞かせ買い物へ向かった。
駐車場に到着し、バックで車を入れようとバックし始めたところへ
軽自動車が猛スピードで突っ込んできて俺が止めようとしていたスペースへ車を入れてしまった。
危なくぶつかるところで急ブレーキを踏んで助かった。
駐車スペースがいっぱい空いているのに何で俺が止めようとしているところへ突っ込んでくんだよ!!
違う所へ急いで車を止めて文句を言おうとしたらもういなかった。
ばかやろ~!!
短時間にふたつもムカついて買い物をする気も失せたのでそのまま帰ってきた。
最近、南相馬市も復興作業員や警戒区域からの避難者等いろいろな人が入ってきてトラブルが多くなってきていると聞いている。
自分がトラブルを起こさなくてもトラブルに巻き込まれる恐れは充分にあると思う。
変なトラブルに巻き込まれないように注意が必要ですね。
しょうがないからヤケ酒にビールを1本多く飲んでやろう!!
金曜日の飲み会のとき猪苗代においしい蕎麦屋がある話が出たので土曜日の帰りを遠回りして行ってみた。
土曜日は暖かい日だったので雪の心配はない。
須賀川から玉川村のディスクゴルフコースを見てから猪苗代に向かった。
猪苗代も今年は雪が少ないようです。
目的の蕎麦屋は猪苗代から国道115号を土湯方面に向かった道路沿いにありました。
手打ちそば ふじ田がその店です。
お昼時を過ぎた14:00のせいか客は俺を除き二組だけなので静かに食べることが出来ます。
ちなみに営業時間は15:00まででした。
店内は古民家風の作りになっていて天井が高いせいか暖房がついていてもちょっと寒いですね。
写真はないですが、直径1.5m位の巨木の柱や大きな天狗の面も飾られた凝ったつくりになってます。
好きな人はそばが出てくるまで眺めていても飽きないでしょうね。
メニューはこれだけのシンプルなものです。
俺は寒いし数量限定につられて「にくそば(鶏肉・野菜入) 950円を注文しました。
終わりころなのに売り切れでなかったところを見るとこの日はあまり出なかったのかもしれないな?
テーブルには稲穂が活けて有り。
壁には3種類の稲が飾られています。
いいですね~!!
そして10分ほどして運ばれてきた「にくそば」はこれ!!
ちょっとイメージしていた肉そばとは違うものでした。
汁を一口すすった時は「ちょっとぬるい」と感じましたが、食べるほどに身体が暖かくなり最後の頃は汗が噴き出ていました。
このだいこんが美味しかった~!!
それも具が大盛りです。
とり肉とごぼうときのこの出汁が充分出ていてだいこんに味が染みている。
この具だけで酒が飲めますね。
俺はそばの味にうるさくないのでただおいしいとしか感じませんが、
この「にくそば」はおいしかった!!
寒い時期に食べるのに最高におすすめだと思います。
日曜日は相馬市の松川浦にある「栄荘」で隣組の新年会でした。
松川浦も津波で大きな被害を受けましたが復興は早いようですね。
多くの旅館やホテル、民宿が再開しているようでした。
われわれは毎年1月の最終日曜日に開催しています。
その日は団体の新年会が多いらしくいい会場を確保するには半年以上前に予約しないと確保できないようです。
栄荘さんも宴会場が全部塞がっているようでした。
この旅館の廊下は全て畳敷きになっています。
スリッパをはきたくない俺にとってはいいですね~!!
まずは風呂に入ってから宴会ですか?と思ったが、
バスで飲んでいる延長で宴会前の宴会で盛り上がっているから風呂に入る時間がなかった。
ここの旅館は震災で津波の被害を受けなかったから営業は早かったですね。
料理の豪華さでは有名な旅館です。
この日の料理も凄かったですね~!!
俺の好きなものばかりで最高~です~!!
刺身に煮魚、あんこう鍋はおいしかった~!!
締めのたこ飯までおいしく頂いてしまいました~!!
宴会ではいろいろな余興をやったようですが、
へらへらと飲みっぱなしでいまいち何やってだのかわがんね~!!
帰る前に風呂に入る予定だったがもう帰りの時間だと言われ結局風呂には入れなかった。
朝9:30にバスに乗ってから飲み始め、帰りのバスの時間15:00まで飲みっぱなし。
16:00~2時間くらい家で休んでいるうちに呼び出され、
18:00~21:00まで飲んでその日の飲み会は終了。
もう年だからそんなに飲めないと思っていたが結構飲み続ける事ってできるんですね。
せっかく1年かけて痩せたのに健康診断前にもとに戻ってしまいそうですよ。
今日はビール2本で我慢しておこう!!
先週封を切った焼酎
山形むぎ焼酎 雪原(SETSUGEN)
山形に行ったときに土産物屋でラベルが気に入って買ってきた焼酎 1200円くらいだったかな?
先週の月曜日に開封して今日で飲み終わった。
俺にしては珍しく1週間ももってしまった。
と言っても出張や宴会で3日間手を付けていなかったから実質5日間。
健康的でいい飲み方ですね!!
その他にビール2本ずつ飲んでるけど(^○^)
この麦焼酎お湯割りで最初に一口飲んだ時、なんとも言えない麦の香ばしさが最高でした。
思わず「あっ これおいしい!!」って言葉が出てしまったほどですよ(#^.^#)
甘みも感じておいしい麦焼酎ですね!!
また今度、孫に会いに山形へ行ったときに買って来ようかな?
一升瓶のワインも買わないとならないから山形へ行くと出費がかさむな!!
南相馬市12月補正予算のある資料に
原子力災害対策費(社会体育施設表土改善事業)
完了予定 H26.11
と言うのが載っていた。
南相馬市社会体育設備の除染は馬事公苑を除きほとんどが終了している。
果たしてこれが馬事公苑除染の事を言っているのだろうか?
だったらうれしいんだけど!!
須賀川に行ったので2年ぶりに玉川村のディスクゴルフコースがどうなっているか見てきました。
2012年3月に行ったときには常設1番~2番あたりまで震災瓦礫置き場になっていました。
あの山のように積まれた瓦礫の運びだしが行われていました。
だいぶ少なくなってきています。
この山の上からの投げおろしは気持ちよかったんですけどね!!
バスケットは錆もしないで元気に立っていてくれています。
障害物が何もないコースだけど思いっきり投げることはできます。
毎年福島県協会が主催する玉川オープンを開催してきましたが、
瓦礫の処理ももうすぐ終わりそうだし、今年は大会を開催してみようかな?
玉川村での講習会も検討してみようかな?
また須賀川に行ったときに玉川村の担当者と相談してみようと思います。
そういえば2012年3月にこのコースを見て帰るときに雪が降りだして、山が通行止めになり帰れなかったんだっけな。
今日は無事に帰れてよかった!!
ふくしまきずな物語プラス佳作 相馬市向陽中学校3年 渡辺梨夏さんの作品
「塩」
二〇一一年三月十一日午後二時四十六分、当時小学六年生だった私は友達と下校中に、地震に遭った。
大きく揺れ屋根瓦が落ちてきた。恐怖を感じた私達は、学校へ引き返した。
学校のグラウンドには全校児童が集められていて津波が来るという放送が入った。
保護者が迎えに来ている人は帰っていく。私このまま学校にいるしかないのだと思った。
地震が来てから三十分くらい経ったころに当時二十歳だった兄が迎えに来てくれた。
走って母が待つ家まで帰った。消防車が「津波が来ているから避難しなさい」と危険を知らせて行った。
母と兄と私は車に乗って高い場所へ逃げた。でも、その逃げた場所は情報が何も入らないところであった。
だから、一旦家に帰ることにした。家までもう少しのところで警察に
「これ以上先に進んではいけない」と、言われ家には帰れなかった。
避難所へ行った。中には沢山の人がいて床が見えないほどだった。
避難所のテレビを見てやっと私は危険を感じた。
水も電気も充分に使えないし、食料もない。その日の夜は何も食べることが出来なかった。
次の日のお昼におにぎりが配られた。ラップに包まれた何もついていない真っ白なおにぎり。
正直、美味しくなかった。
その次の日も真っ白なおにぎりが配られた。またあのおにぎりかと思って渋々食べた。
「おいしい。お母さん今日のおにぎりおいしい。塩がふってあるよ」と私は泣きながら食べた。
今は何事も無かったように私たちは毎日、学校へ行き勉強をして、給食を食べ部活もしている。
大人達は会社へ行き仕事をしている。
大震災ではあったが皆で協力して助け合うことで人々との間に絆が生まれた。
このきずなで私たちはいろいろな人と繋がっている。とても頼もしい綱である。
そして、私はあの塩がふってあったおにぎりの味が忘れられない。
あの当時の避難しなければならなくなった時の不安感や焦燥感
避難所での不安感や絶望感そして脱力感
わずか数日の間に一気に老け込むような気がした。
南相馬市に帰ってきて立ち上がるまで困難な日が続いたが、
多くの人に支えて頂き、みんなで協力し合うことで絆が深まった。そして今は無事に普通の生活を送れるまでになっている。
俺も避難先の埼玉から暗い自宅へ帰ってきて不安でどうしようもなかったとき、
自分で作った米が無事で炊き立てのご飯を食べた時のおいしさ、気が抜けるような安堵感は忘れられない。
もうあの炊き立てのご飯の味には巡り合えないのかもしれないね。