25日 26日は研修旅行で新潟 福島方面へ
サービスエリアから久しぶりの海風景
柿崎のあたり バスの車窓から海が見え始めたときに思わず口をついてしまった言葉「あー 海だっ」
やっぱり長野県民だねえ
最初の見学地「小千谷震災ミュージアム」
10年前の10月 中越地方を中心に甚大な被害を及ぼした内陸直下型地震
何年か後 北信の盆地を襲う地震もこのタイプになるのだろう
本震と変わらないような規模の余震が何度もこの地方を襲った
磐越道を東に走り会津地方へ 白虎隊の地 飯盛山に登る
19名の尊い若い命がここで散る
サザエ堂 登って行くとそのまま下って行く構造
いつか夢でみたようなデジャブ感を覚える
日光街道 国重要伝統的建造物郡保存地区「大内宿」
芦ノ牧温泉 宿の横は深い渓谷だった 暗くなっての到着だったのでわからなかった
車窓から会津磐梯山 飯綱山に比べ100mほど低い山頂の標高
福島「久之浜海岸」(ひさのはまかいがん)で地元の語りべの方から震災当時の話しをお聞きする
今は取引が行われていない漁港 70センチも地盤が沈下したということだ
よって荷を降ろす関係上建物の向こうの段差は震災後に土を盛って高くしたのだということだ
こんな段差のある漁港を最初に作るはずがないわけだ
始終重いお話の中 ユニフォームのキャラクターに少し和んだ
小名浜港トンネル
港内 家族連れが何組も海に糸を垂らしていた サバが釣れるようだ
海に近いとこういったことが出来てうらやましい
昼食の店内 津波の深さを示すウィンドウ
店内に掲げられた震災直後の写真
先程のトンネルもかなり上まで海水の中
「去る者日々に疎し」ではないが 震災の記憶も日々の生活の中で薄れがち
でも当事者の方々は深い心の傷を癒せないまま生きて行かなければならない
こうして出向いてお話をお聞きするだけでそんな皆さんの重荷を少しづつでも降ろして頂けるのなら伺う価値もあるというもの
復興はまだまだ道半ば
日々の暮らしの中で我々に出来ることと言ったら無責任な風評に惑わされないことだろうか
サービスエリアから久しぶりの海風景
柿崎のあたり バスの車窓から海が見え始めたときに思わず口をついてしまった言葉「あー 海だっ」
やっぱり長野県民だねえ
最初の見学地「小千谷震災ミュージアム」
10年前の10月 中越地方を中心に甚大な被害を及ぼした内陸直下型地震
何年か後 北信の盆地を襲う地震もこのタイプになるのだろう
本震と変わらないような規模の余震が何度もこの地方を襲った
磐越道を東に走り会津地方へ 白虎隊の地 飯盛山に登る
19名の尊い若い命がここで散る
サザエ堂 登って行くとそのまま下って行く構造
いつか夢でみたようなデジャブ感を覚える
日光街道 国重要伝統的建造物郡保存地区「大内宿」
芦ノ牧温泉 宿の横は深い渓谷だった 暗くなっての到着だったのでわからなかった
車窓から会津磐梯山 飯綱山に比べ100mほど低い山頂の標高
福島「久之浜海岸」(ひさのはまかいがん)で地元の語りべの方から震災当時の話しをお聞きする
今は取引が行われていない漁港 70センチも地盤が沈下したということだ
よって荷を降ろす関係上建物の向こうの段差は震災後に土を盛って高くしたのだということだ
こんな段差のある漁港を最初に作るはずがないわけだ
始終重いお話の中 ユニフォームのキャラクターに少し和んだ
小名浜港トンネル
港内 家族連れが何組も海に糸を垂らしていた サバが釣れるようだ
海に近いとこういったことが出来てうらやましい
昼食の店内 津波の深さを示すウィンドウ
店内に掲げられた震災直後の写真
先程のトンネルもかなり上まで海水の中
「去る者日々に疎し」ではないが 震災の記憶も日々の生活の中で薄れがち
でも当事者の方々は深い心の傷を癒せないまま生きて行かなければならない
こうして出向いてお話をお聞きするだけでそんな皆さんの重荷を少しづつでも降ろして頂けるのなら伺う価値もあるというもの
復興はまだまだ道半ば
日々の暮らしの中で我々に出来ることと言ったら無責任な風評に惑わされないことだろうか