【知って、練習して、準備して】
生活って、準備がとても大切だなーとしみじみ思う。
仕事でも家事でも遊びでも。
たとえば7時ぴったりに自分or家族が朝食を食べ始めることができるようにするには、
・朝のメニューを決める
・前日までに出来る仕込みは全部やる(切っておく、量はかっておく、もっと簡単なら完成させてレンチンするだけにしておく)
・食器を出しておくか、スムーズに取り出せるよう断捨離&収納
…こんな感じで、やることいっぱい。
手間を減らすためなら
「朝食はフルグラと牛乳だけにする」
「作り置きのスープとパンにする」
こんな抜本的な改造も有効。
待ち合わせ時間の15分前には集合場所に立っていよう、と思えば逆算して各種交通機関の情報を調べ、服もヘアメイクも前日に決めておいて、持ち物も全部用意しておかなくちゃならない。
遅刻魔の人はこういうことやらないって知った時は驚いたわ。
そりゃ遅刻しますよ
私は不器用だし素早さも低いので(笑)準備がとても大切。
もちろん子どもの頃はこんなことわからなくて、失敗ばかりしていました。
大人になってから気付いたけど私は幼少期に今としてはやや?わずかに?ネグレクトされていた気がする。
私の家は、祖母の両親が壮絶毒親で、その影響で祖母はトラウマ由来の毒がすさまじく、その娘である母は常に祖母に猛攻撃受けている状態だった。
そんな満身創痍の母は子どもたちに過干渉も攻撃もする余力は残っていなかった(でも定期的にキレる)かわりに、抜け落ちてるケアがたくさんあった。
特に末子の私相手のときは加齢からの体力低下で一番ネグレクトだったと思う。
幼少期にできないこと、忘れることが多すぎてなんて自分はダメ人間なんだと思っていなけれど、大人になりゃわかる話で幼児は何事も保護者のサポート無しにはできません。
サポートがないならそりゃできないし、覚えないよね。
(母だけを責める気はないよ。
子育ては母親だけでなく父親も負担すべきもの)
もちろん父親も毒親育ちよ。
こちらは私の比じゃない完璧なるネグレクト家庭。
父は勉強だけはとてもよく出来るんだけど、どんな場所にも頭のいい子は生まれるんだなーと思う。
ASDとパーソナリティ障害もってそうな人だけどね。
(診断受けにいかないから推定でしかないけど、そうだろうねって言い合っている)
兄弟たちが妹=私をうっすら(いや、はっきり?)いじめていたのはこれらの連鎖でしょう。
母方の祖母は私が10才になるまで生きられませんでした。
それでも人格形成にくら~い影を落とすには充分すぎる長い時間。
準備の大切さも、情緒が育つだけの余裕も、というかそもそも快適な住居さえ与えられていなかったといえる。
(私の実家は元汚屋敷です。どんだけ捨てなきゃならなかったか思い出したくもない)
あと大人になってから気付いて
「これは恨みますわ~」
としみじみ思ったことがね。
生家には愛し愛されるコミュニケーション様式(会話含む)が皆無だった。
そりゃ子どもたちが人間関係うまくいくわけない。
良いお手本がゼロで、悪いお手本を模倣するしかないのだから。
テレビ(私が子どもの頃はネットが一般に普及しておらず、動画なんか見られなかった)も学校も悪いお手本ばかりだったので広く当時の日本に蔓延していた病なのかもしれませんが、大変よ。
私も相当やばかったけど周囲の子どもたちも相当やばかったので、あれがスタンダードだったのかもしれないが…。
どくどく…じゃない、ごくごく普通の中流家庭が多い街だったんだけどなぁ。
とにかく、
「自分でヤバイと気付き」
「変わりたいと強く願い」
「自分でなんとかするしかないと悟る」
ここまできてやっとゼロ地点に立てるような感じでしたね。
それでも、今やっとこの国は
「人権とはなにか」
ってことに危機意識を持ったような段階。
間違ったところもいっぱいあったけど、必死にいいお手本を探しては実践してみるしかなかったな。
おかげさまで昔よりはマシになれたわけですが。
「あれはやばかったんだなー」
とわかるようになった今では、ひどいコミュニケーションする人たちに驚く。
家族や大切な人を平気でブ○だのデ○だのバカだのと罵るのはありふれた恐ろしい病だと思う。
もう終わりにしようよ…昭和どころか平成もとっくに終わってもう令和2年よ~。
家事の話を書くつもりだったのに思いがけずシリアスな話になった…。
まあ、そういうめぐり合わせだったのかな。
はじめての方向きの記事と対面カウンセリングのご案内です♪
※対面有料カウンセリングやってます。
※スキンケア記事・まとめ。
※宝塚の娘役さん風・ナチュラルメイクレシピまとめ。
※有名人さん風メイクレシピ・まとめ。
※大学1年生のための外見魅力アップ講座『ホンカワ』!
※モテ服関連記事・まとめ。
生活って、準備がとても大切だなーとしみじみ思う。
仕事でも家事でも遊びでも。
たとえば7時ぴったりに自分or家族が朝食を食べ始めることができるようにするには、
・朝のメニューを決める
・前日までに出来る仕込みは全部やる(切っておく、量はかっておく、もっと簡単なら完成させてレンチンするだけにしておく)
・食器を出しておくか、スムーズに取り出せるよう断捨離&収納
…こんな感じで、やることいっぱい。
手間を減らすためなら
「朝食はフルグラと牛乳だけにする」
「作り置きのスープとパンにする」
こんな抜本的な改造も有効。
待ち合わせ時間の15分前には集合場所に立っていよう、と思えば逆算して各種交通機関の情報を調べ、服もヘアメイクも前日に決めておいて、持ち物も全部用意しておかなくちゃならない。
遅刻魔の人はこういうことやらないって知った時は驚いたわ。
そりゃ遅刻しますよ
私は不器用だし素早さも低いので(笑)準備がとても大切。
もちろん子どもの頃はこんなことわからなくて、失敗ばかりしていました。
大人になってから気付いたけど私は幼少期に今としてはやや?わずかに?ネグレクトされていた気がする。
私の家は、祖母の両親が壮絶毒親で、その影響で祖母はトラウマ由来の毒がすさまじく、その娘である母は常に祖母に猛攻撃受けている状態だった。
そんな満身創痍の母は子どもたちに過干渉も攻撃もする余力は残っていなかった(でも定期的にキレる)かわりに、抜け落ちてるケアがたくさんあった。
特に末子の私相手のときは加齢からの体力低下で一番ネグレクトだったと思う。
幼少期にできないこと、忘れることが多すぎてなんて自分はダメ人間なんだと思っていなけれど、大人になりゃわかる話で幼児は何事も保護者のサポート無しにはできません。
サポートがないならそりゃできないし、覚えないよね。
(母だけを責める気はないよ。
子育ては母親だけでなく父親も負担すべきもの)
もちろん父親も毒親育ちよ。
こちらは私の比じゃない完璧なるネグレクト家庭。
父は勉強だけはとてもよく出来るんだけど、どんな場所にも頭のいい子は生まれるんだなーと思う。
ASDとパーソナリティ障害もってそうな人だけどね。
(診断受けにいかないから推定でしかないけど、そうだろうねって言い合っている)
兄弟たちが妹=私をうっすら(いや、はっきり?)いじめていたのはこれらの連鎖でしょう。
母方の祖母は私が10才になるまで生きられませんでした。
それでも人格形成にくら~い影を落とすには充分すぎる長い時間。
準備の大切さも、情緒が育つだけの余裕も、というかそもそも快適な住居さえ与えられていなかったといえる。
(私の実家は元汚屋敷です。どんだけ捨てなきゃならなかったか思い出したくもない)
あと大人になってから気付いて
「これは恨みますわ~」
としみじみ思ったことがね。
生家には愛し愛されるコミュニケーション様式(会話含む)が皆無だった。
そりゃ子どもたちが人間関係うまくいくわけない。
良いお手本がゼロで、悪いお手本を模倣するしかないのだから。
テレビ(私が子どもの頃はネットが一般に普及しておらず、動画なんか見られなかった)も学校も悪いお手本ばかりだったので広く当時の日本に蔓延していた病なのかもしれませんが、大変よ。
私も相当やばかったけど周囲の子どもたちも相当やばかったので、あれがスタンダードだったのかもしれないが…。
どくどく…じゃない、ごくごく普通の中流家庭が多い街だったんだけどなぁ。
とにかく、
「自分でヤバイと気付き」
「変わりたいと強く願い」
「自分でなんとかするしかないと悟る」
ここまできてやっとゼロ地点に立てるような感じでしたね。
それでも、今やっとこの国は
「人権とはなにか」
ってことに危機意識を持ったような段階。
間違ったところもいっぱいあったけど、必死にいいお手本を探しては実践してみるしかなかったな。
おかげさまで昔よりはマシになれたわけですが。
「あれはやばかったんだなー」
とわかるようになった今では、ひどいコミュニケーションする人たちに驚く。
家族や大切な人を平気でブ○だのデ○だのバカだのと罵るのはありふれた恐ろしい病だと思う。
もう終わりにしようよ…昭和どころか平成もとっくに終わってもう令和2年よ~。
家事の話を書くつもりだったのに思いがけずシリアスな話になった…。
まあ、そういうめぐり合わせだったのかな。
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