12345・・・無限大  一粒の砂

「一粒の砂」の、たわごと。
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美女と盛り塩

2010年07月28日 04時19分01秒 | Weblog

これも陳舜臣氏の著書「シルクロード旅ノート」から引用したことである。

羊に車を牽かせ、美女二万を数えたといわれる後宮を訪れたのは、無類の好色漢の西晋の武帝司馬炎(在位265-290年)だった。

あまりに沢山の美女のためいずれを選択するかが面倒だったので、羊の牽く車が停まったところの前の部屋を訪ねることにしていた。

頭のよい宮女が武帝を惹きつけようと、羊の好きな塩を地面に撒き、竹の葉を戸にさしておいた。羊は毎夜必ずそこで停まり、武帝はいつもそこに泊まることになった。」

日本の飲食店の盛り塩の由来は、この西晋武帝の故事であるという。思いもかけぬところに、中国との繋がりがあるのである。

武帝司馬炎についての詳しくは、次のWikiのサイトから、この中にも盛り塩に関する記述がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B8%E9%A6%AC%E7%82%8E

塩にはほかに色々の意味がある、知るを楽しむために、下記の「おまけ」でいくつかご紹介する。

おまけ;
Wikiの「塩」より、  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%A9

塩の語源
古代ローマにおいて、兵士への給料として塩(ラテン語 sal)が支給された。英語の salary (サラリー:「給与」)はここに由来している。

食品に関する語彙には当然ながら「塩」に由来するものが多い。ラテン系由来の語彙に限っても、「サラダ(salad)」「ソース(sauce)」「サルサ(salsa)」「ソーセージ(sausage)」「サラミ(salami)」などは明らかである。

 英語の salt (ソルト:塩)はラテン語に由来するわけではないが、より古いインド・ヨーロッパ語の基層において同じ語源につながる語であり、この事実自体、先史時代以来、塩がいかに身近で重要なものだったかを示していると言える。

日本でも金が出回る以前には塩壺を数個で城・屋敷を購入することが出来た時代もある。これらを踏まえ、日本の「敵に塩を送る」という行為が「お金を送る=援助する」という意味を持つということに関連していると思われる。

塩の柱
創世記第19章において、悪徳都市ソドムとゴモラが滅ぼされる際、神の使いが脱出するロトの家族に振り返るなと告げたが、ロトの妻は振り返ってしまい(見るなのタブー)、「塩の柱」となってしまったという記述がある。

地の塩
マタイによる福音書には「地の塩、世の光」を規範として述べている部分がある。ほか、マルコによる福音書、ルカによる福音書に記述がある。これは塩に腐敗を防ぐ作用があることがよく知られていたことを示す。キリスト教信仰者があらゆる「腐敗」から離れているべきことを示す教訓。

独立の塩
1930年にマハトマ・ガンディー並びに彼の支持者が、イギリス植民地インド政府による塩の専売に反対し、製塩を行うための抗議行動のために塩の行進を行う。インド独立運動におけるガンディーの非暴力不服従の象徴とされる。