12345・・・無限大  一粒の砂

「一粒の砂」の、たわごと。
無責任結構・ 中途半端・ちゃらんぽらん・ 出たとこ勝負、で参りましょう!

2.White Ramie Ribbon Dance 白いラミーリボンのダンス

2010年07月31日 04時14分54秒 | Weblog

 西安の陝西歌舞大劇院で観た「仿唐楽舞」二番目のプログラムである。典型的な中国の踊りだろうと思う、長い袖の動きが優雅である。

下記は、インターネットで探し出したこの演目の中国語の解説の原文である。

 《白苧舞》 此民間舞蹈起始於晉代(公元256~316年),唐代更為盛行,舞者長袖用白色苧麻縫製,起舞時長袖敏捷飄搖,優美典雅,故名《白苧舞》。

無理やりにyahooとexciteの翻訳を頼りに、小生の理解できる日本文にしてみた。(正確さは不明である)

 《白いラミーリボンの踊り》
この民間舞踊は、晋代(西暦紀元256~316年)に始まり、唐代にいっそう盛んに行われた踊り。ダンス者の長い袖は白色のラミーで縫ってあり、舞い始める時の長い袖は素早く翻って、優美で優雅である。
(ラミーは、「苧麻」と翻訳されたので、麻の一種だと思うが良くわからない)

参考資料;
*YAHOOの翻訳
《白苧舞》これの民間は舞踊する開始の于晋代(西暦の256  316年)、唐代はいっそう流行して、舞者の長袖は白い苧でしびれて裁縫して、舞い始めて時長袖は敏捷に漂う搖、優雅さは典雅です、故名《白苧舞》。

* Excite翻訳
《白いリモネンが踊ります》
この民間舞踊はスタート晋代(西暦紀元256~316年)で、唐代にいっそう盛んに行われて、ダンス者の長い袖は白色のラミーで縫って、舞い始める時の長い袖は素早く翻って、優美で優雅で、だから《白いリモネンが踊ります》。

<!-- 白いラミーリボンのダンス -->

 


チャングム

2010年07月30日 05時34分37秒 | Weblog

最近はNHKの「ゲゲゲの女房」に嵌っているのだが、先日からGyaoでも面白い韓国の時代ドラマが公開された。

この主演女優さんもすでに結婚し子供さんができたと新聞で読んだ記憶がある。いつの間にか時間が過ぎているのである。ドラマの題は「大長今」、”デチャングム”と読むのだと思っている。

これは以前NHKで放送された韓国ドラマで日本語吹き替えだったが、Gyaoで韓国国内で放送されたものに日本語字幕が付されたものを見ることが出来るようになった。

小生が気がついたときには、このドラマは8.9.10話が現在公開中で、それぞれの公開期限は一週間程度なのでどんどん更新され古いものが消えている。このため見逃さないためには結構忙しいことになる。

優れた資質を有する女性のひたむきに一途に突き進むサクセスドラマなのだが、日本のそれには見ることができないタイプのなんといっても実に面白く何度見ても楽しめるドラマである。

ひたむきさ一途さでは懸命さではゲゲゲの女房も面白いが、チャングムの方が大作であるだけに見ごたえは上である。ご興味を覚えた方はGyaoのサイトへどうぞ。(IDとパスワードを登録すれば、無料視聴できる)

追記;このドラマを見ながら、韓国語を勉強する人には大変役に立つ番組であろうとも思っている。


西安チーズの謎

2010年07月29日 05時14分03秒 | Weblog

西安で一番印象に残った味は、不思議なことにチーズであった。
バイキングの朝食でおかゆに食べ飽きたので西洋風にしてみた。パンも美味しかったのだがその味は日本のパンの味と良く似ていた様な気がした。

とにかく圧巻だったのは数十種類のチーズが並んでいた。チーズのことは良く知らないので、端から順にも一切れずつ取り味わった

おどろくべき事は、何れも実に美味しいのである、これらの味は日本で一度も味わったことがないほど濃厚で素晴らしかった。この旅一番の食の思い出となった。

帰国後、意識していろいろなチーズを購入しては味を試すのだが一向にこの種の味に出くわしていない。ひょっとすると、シルクロードで生産された自然そのままのチーズなのだろうかとインターネットを調べてみたが、中国生産のチーズに関してはうまく調べがつかずそのままになっている。

ひょっとするとフランスあたりからの輸入品だったのか、あるいはシルクロードで生産された羊やヤギのチーズなのかいまだに謎のままである。再度西安に行く機会があれば、ぜひともチーズの味の由来を調べたいと思っている。


美女と盛り塩

2010年07月28日 04時19分01秒 | Weblog

これも陳舜臣氏の著書「シルクロード旅ノート」から引用したことである。

羊に車を牽かせ、美女二万を数えたといわれる後宮を訪れたのは、無類の好色漢の西晋の武帝司馬炎(在位265-290年)だった。

あまりに沢山の美女のためいずれを選択するかが面倒だったので、羊の牽く車が停まったところの前の部屋を訪ねることにしていた。

頭のよい宮女が武帝を惹きつけようと、羊の好きな塩を地面に撒き、竹の葉を戸にさしておいた。羊は毎夜必ずそこで停まり、武帝はいつもそこに泊まることになった。」

日本の飲食店の盛り塩の由来は、この西晋武帝の故事であるという。思いもかけぬところに、中国との繋がりがあるのである。

武帝司馬炎についての詳しくは、次のWikiのサイトから、この中にも盛り塩に関する記述がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B8%E9%A6%AC%E7%82%8E

塩にはほかに色々の意味がある、知るを楽しむために、下記の「おまけ」でいくつかご紹介する。

おまけ;
Wikiの「塩」より、  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%A9

塩の語源
古代ローマにおいて、兵士への給料として塩(ラテン語 sal)が支給された。英語の salary (サラリー:「給与」)はここに由来している。

食品に関する語彙には当然ながら「塩」に由来するものが多い。ラテン系由来の語彙に限っても、「サラダ(salad)」「ソース(sauce)」「サルサ(salsa)」「ソーセージ(sausage)」「サラミ(salami)」などは明らかである。

 英語の salt (ソルト:塩)はラテン語に由来するわけではないが、より古いインド・ヨーロッパ語の基層において同じ語源につながる語であり、この事実自体、先史時代以来、塩がいかに身近で重要なものだったかを示していると言える。

日本でも金が出回る以前には塩壺を数個で城・屋敷を購入することが出来た時代もある。これらを踏まえ、日本の「敵に塩を送る」という行為が「お金を送る=援助する」という意味を持つということに関連していると思われる。

塩の柱
創世記第19章において、悪徳都市ソドムとゴモラが滅ぼされる際、神の使いが脱出するロトの家族に振り返るなと告げたが、ロトの妻は振り返ってしまい(見るなのタブー)、「塩の柱」となってしまったという記述がある。

地の塩
マタイによる福音書には「地の塩、世の光」を規範として述べている部分がある。ほか、マルコによる福音書、ルカによる福音書に記述がある。これは塩に腐敗を防ぐ作用があることがよく知られていたことを示す。キリスト教信仰者があらゆる「腐敗」から離れているべきことを示す教訓。

独立の塩
1930年にマハトマ・ガンディー並びに彼の支持者が、イギリス植民地インド政府による塩の専売に反対し、製塩を行うための抗議行動のために塩の行進を行う。インド独立運動におけるガンディーの非暴力不服従の象徴とされる。


陝西歌舞大劇院 西安 中国

2010年07月27日 04時19分51秒 | Weblog

今回YouTubeでご紹介している陝西歌舞大劇院( Shaanxi Grand Opera House Xian China )の「仿唐楽舞」と題する歌舞音曲は2006年夏のプログラムである。

インターネットで調べると最近の様子が公開されていた。一部の出演者や演出に変化が見られるが、大変うまくこのショーを紹介している秀作である。是非ご覧戴きたい。小生も機会があればまた見たいと願っているものである。

 「陝西歌舞大劇院・艶めかしい宮廷舞踊 ( 西安 ) 2010/02/25~2010/03/01 何百年と世界の中心であり続けた長安その優雅な宮廷文化の香りが漂う」と解説されている。

 http://www.abaxjp.com/china1002-07buyo/china1002-07buyo.html

 


春宵一刻値千金

2010年07月26日 06時35分25秒 | Weblog

季節外れであるが、陳舜臣著「中国詩人伝」(1995年)講談社発行を読んでいると、蘇東坡(蘇軾)の「春夜」と題する若い頃の作品に出くわした。

邦訳は次の通り。

春宵一刻 値千金
花に清香有り 月に影あり
歌管 楼台 声細細
鞦韆 院落 夜沈沈

この詩の詳しい解説は、次のサイトからどうぞ。
http://www.k2.dion.ne.jp/~osafune/kansi/syunya/syunya.htm

さてそこでこの詩から浮かんだのが、
ビング・クロスビィの“Get out and Get under the Moon”という歌で、邦題は「春宵一刻 値千金」であった。

それでビングのものが無いかとYouTubeを調べたが見当たらなかった。間に合わせで申し訳ないが、ナット・キング・コール版でご辛抱いただきたい。結構いけます。

 <!-- 春宵一刻 値千金 ナット・キング・コール -->

 


お一人様1泊2日の旅の損得

2010年07月25日 04時56分24秒 | Weblog

先日7月11・12日、お一人様参加OKの奈良・京都の旅に参加した。

初日の奈良では、春日大社・興福寺そして平城遷都1300年祭、加えて宿泊した亀岡市の湯の花温泉街のホテルでは、舞妓さんのお出迎え歓迎とお座敷でのちょっぴりのサービス付であった。

二日目は、京都で「平成のなりきり龍馬案内によるゆかりの地めぐり~旧長州藩邸跡・土佐藩邸跡・・・高瀬川」と伏見の龍馬商店街・寺田屋などであった。

これらの旅行記は後日掲載するとして、本稿ではちょっぴり得をした旅だった事を書こうと思う。参加人員が21名と少なかった関係で、ちょっぴり得したこととは、次の通りである。

その1:バスは2人の席を一人で占有でき実に楽だった。
その2:お一人様が、男女各1名となった関係で、ツインの部屋を1人で使用できたこと。(料金は相部屋のまま)・・・これはお得感が大きかった。

しかし、これでは主催の旅行会社は果たして利益が出たのだろうかと心配だった。一人勝ちでなく、世の中は旅行会社も参加者もそれなりの得がある、バランスの取れた双方両得が成立しなくては長続き出来ないはずである。

そんなわけでこんな状態では「お一人様」参加に積極的なこの会社の経営方針が、「お一人様」参加に消極的に変わる引き金に成らねばいいのにと思った。


歌舞音曲

2010年07月24日 03時52分30秒 | Weblog

陳舜臣著「シルクロード旅ノート」徳間書店(1991年)では、「シルクロードの地では夏暑くて眠れないので、一晩中楽器に合わせて歌い踊る。それゆえ歌舞音曲が大いに発展した。」

上海では雑技、北京では京劇、桂林では少数民族のオペラ風のものとそれぞれ地方によって特色があるようだが、西安の歌舞音曲は、格調といい技量といい高い洗練されたショーで実に見事で見応えがあった。西安を訪れる機会があれば鑑賞されることをお勧めするショーである。

「仿唐樂舞」と題する陝西歌舞大劇院(Shaanxi grand Opera House Xian China)の歌舞音曲の中にもシルクロードから来たものが幾つかあった。シルクロードの影響は素人目にも大きいように感じられ、楽器といい踊りといい随所にシルクロードの匂いを感じることができた。

 このショーは、幸いなことに自由に撮影ができたので10の演目それぞれを独立した10編の作品としてYouTubeにuploadする予定である。時間の都合で作品全部を公開はできないが、大半の見所はご覧いただけると思っている。

それではその一番目の題は「1Hua Qing Palace  華清宮」。
ところは華清宮、唐の玄宗皇帝と楊貴妃の宴はこのようなものだったのだろうと思わせる樂曲 である。

<!-- 華清宮 -->

 


桃源郷

2010年07月23日 02時47分41秒 | Weblog

写真をクリックすると全文が見えます。これは、陶淵明の「桃花源記」という詩(散文という人もいるようである)を写したもので、「世外桃源」と呼ばれる施設入り口に掲られている。

ここは、桂林の南方60kmくらいに位置し、少数民族の生活を紹介する施設でもある。まさに陶淵明の詩 の世界を模して造られた施設である。世間から隔絶されたなんとも長閑な生活の様子が伺えるのである。

さらに陶淵明について知ろうと、陳舜臣著「中国詩人伝」(1995年)講談社発行を紐解いてみた。陶淵明のテーマは、田園(自然)への憧れだったという。まさにこの施設は、それを見せてくれるものだった。

 看板に掲げてあった詩についての本文と解釈を次のURLから、是非どうぞ!
http://tao.hix05.com/201utopia.html

そして、詩の内容が判った時点で、この詩を動画で表現したYouTube作品をごらん頂きたい。穏やかの中国語のナレーションもうまく雰囲気を漂わせている、逸品である。

<!-- 陶淵明 桃花源記 -->

追記;先日公開したものであるが、これが桂林の桃源郷である。実に陶淵明の物語を忠実に再現しようとしていることが判るのである。

<!-- 桃源郷 -->
 

 


モデム不調

2010年07月20日 04時31分08秒 | Weblog

ここ数か月、時々起きる無線接続不調のため何度も修復作業を繰り返してきた7年物大古モデムが、昨日からほとんど接続不能に近くなった。

デスクトップ1台とノート3台が無線LANでぶら下がっているのだが、古いパソコンの方から次第に接続困難になり、昨日はついには1台も無線では接続不能となってしまった。

現在、かろうじて接続できている有線で早朝の気温の低いときにブログを書いているが、気温が上昇するとこれも不調となりそうである。

気温の上昇が引き金の一つのようだが、基本的には7年を経過した老朽化のようである。YAHOOとtelでの診断と相談結果の結果、モデム更新と決まり22日着で代品が到着する予定である。

このため復旧するまでしばらくブログを休みます。インターネットにどっぷり浸かっている生活を一度見直す良い機会かもしれないと思っている。

追伸;メール受発信もうまくできそうにありません、しばらく電話による連絡をお願いします。

 


興慶宮公園(こうけいきゅうこうえん)

2010年07月19日 06時01分53秒 | Weblog

XingQingGongGongYuan / シンチンゴンゴンユェン 興慶宮は唐玄宗の朝廷政治の中心地で、玄宗と楊貴妃が長期に渡って居住した。

公園内の興慶湖は昔の興慶宮にあった「龍池」の場所に作られ、湖に漣がたち、岸辺の木々や芝生が青々と茂り、花が咲き乱れる様が非常に美しい。

園内には唐代の勤政務本楼遺跡、玄宗と楊貴妃が遊んだ沈香亭、花萼相輝楼、長慶軒、縛竜堂、南薫殿、竹翠亭、阿倍仲麻呂記念碑など多くの名所がある。

日本の遣唐使藤原清河と留学生阿倍仲麻呂(698~770)もここへ来ている。西安と奈良が姉妹都市となって5周年、1978年7月に、園内で阿倍仲麻呂記念碑の除幕式が盛大に行なわれ、日中友好の象徴となった。

 李白は園内の牡丹の花を詠んだ。「名花 傾国 ふたつながら相歓ぶ、常に君王の笑いを帯びて看るを得たり、解釈す春風無限の恨み、沈香亭北 欄干に倚る」
(名花と傾国の美女は互いに照り映え これを君主は満悦至極にみつめている 沈香亭の欄干によりかかって名花と美人をめでていると 春の愁いや恨み言など跡形もなく消えてしまうのだ)

ゆったりとした公園であった、ビデオでご紹介するようにチャイナドレスの中年のご婦人が体操とも踊りともつかぬ姿を披露してくれたことが印象的だった。加えてこの公園の一角にあるレストランでJiǎozi 餃子 の夕食を楽しんだ。味より形を目で楽しむのだろうと思った。

<!-- 興慶宮公園 -->

 


Win7 64bitとIE8

2010年07月18日 07時15分36秒 | Weblog

読者の中でもそろそろパソコン更新期になってきている人もいるであろう。それでこんなことを書いてみた。

これからパソコンを更新する人にとっては、Win7 64bitが将来性を見据えての選択肢と成るだろうと思っているが、下記のように、現在32bit→64bitへの変遷時期にあたるため幾つかの不便さがあることも事実である。

 64bitモードになって少し困ることに、インターネットエクスプローラ8(IE8)の問題がある。それは、Adobe Flash Playerがまだ64bitに対応していないことが原因である。

Adobeによれば現在64bit対応の Flash Playerを鋭意開発中とか。したがって、IE8の64bitモードでYouTubeを開いても見えないことである。このような場合には、IE8の32bit版で見ればよい。

その操作方法は次のとおりである。 Win7 64bitインストール直後では、デスクトップとタスクバーにIE8 64bit版がアイコンとして表示されているはずである。

32bit版IE8を開くには、スタート→プログラム→IE8(64bitとは書いていない方)のアイコンorソフト名をクリックすると32bit版IE8が開く。

さらに、手間を省くため32bit版のアイコンをタスクバーに納めれば、ワンクリックで起動できるようになる。 (IE8の32bit版が開いたら、画面で右クリックするとタスクバーに表示するかどうかのメニューがあるのでこれをクリックすればよい)


大雁塔 西安

2010年07月17日 05時27分27秒 | Weblog

大雁塔についての一般的な解説は、次の通りである。(wikiより)
「大雁塔(だいがんとう pinyin: Dàyàn Tǎ)とは、652年に唐の高僧玄奘三蔵がインドから持ち帰った経典や仏像などを保存するために、高宗に申し出て建立した塔。

高さは7層64mで現在は、西安市の東南郊外にある大慈恩寺の境内に建っている。当初は5層だったが、途中で10層まで増築された後、長安年間(701年 - 705年)に現在の7層に落ち着くという変遷を経ている。

その後、熙寧年間1068年 - 1077年頃に火事に罹災しており、1550年頃に重修されており、人民中国成立後にも修築されている。(小生の目にはピサの斜塔のように少し傾いて見えた))

 名前は、菩薩の化身として雁の群れから地上に落ちて死んだ1羽を、塔を建てて埋葬したことに由来。唐時代に進士試験の合格者がここで名を記したことから、「雁塔題名」の成語も生まれた。

第1層には、仏菩薩の線刻画や、「大唐三蔵聖教序」(褚遂良書)及び、高宗撰の序記の2石碑が見られる。また、寺中には、王維や呉道元らの絵画も収蔵されている。」

 三蔵法師の時代には、天竺までの大旅行は世界一周の旅にも等しいものだったことだろうと推察している。当時の皇帝が仏教を信奉したがゆえに、このような仏教関係の大事業が沢山可能だったのだが、時代が変わると仏教は廃れ、今の中国では見る影もない状態のようである。たとえ葬式仏教と悪口を言われるとしても、我々日本人には、こんな現象は信じがたかった。

<!-- 大雁等 西安 -->

 

 


IME2010の補足

2010年07月16日 05時39分31秒 | Weblog

7月4日掲載記事の補足版です。
上記記事でIME2010をインストールされた方は,
是非次の設定を実行しておいてください。(辞書を自動的に更新するための設定です)

基本的には「インストール済みの辞書を自動的にバージョンアップする」を設定します。  次の写真も参考にして下さい。

 

IME2010のアイコンより「ツール」を選択→プロパティ→その他→辞書アップデートの設定・・・と進みます。

そして、「インストール済みの辞書を自動的にバージョンアップする」にチェックを付け→OKで完了。

 

参考;7月4日の記事を念のために、下記して置きます。

毎度漢字変換には困っているのだが、先日図書館のパソコン雑誌から耳寄りな記事を読んだ、それはマイクロソフトがIME2010を無料で公開したという記事である。 さっそく、マイクロソフトのサイトを覗いてみると次のような説明書きがあった。

 「Office IME 2010 は、Microsoft Office 2010 に含まれる、日本語文字入力を支援するためのソフトウェアです。Office IME 2010 により、快適に、そして高速に文字変換を行うことができ、日本語入力の効率が向上します。

また、Office IME 2010 は、Microsoft Office の正規ライセンス (Office XP、Office 2003、Office 2007、Office 2010) をご利用の方であれば、無料でダウンロードしてお使いいただくことができます。」

上記条件のため、Open Officeをinstallしている大型機は適用不可能なので、XPのノートパソコンに早速インストールしてみた。マイクロソフトのいう特長は次の通りであるが、これらが体感として確認できるのは1年くらいかかりそうである。

 「Office IME 2010 の特長
1.パフォーマンスの向上 Office IME 2010 は、文字変換に関するパフォーマンスが大きく向上しています。たとえば、Microsoft Office 2007 Service Pack 2 と比較すると、文字変換速度が 2 倍以上に高速化されており、ストレスを感じることなく、日々の日本語入力が行えます。

2.変換精度の向上 Office IME 2010 は、文字の変換精度が大きく向上しました。また、直前に入力した文字が変換候補の 1 番目に出てくるなど、学習機能が大きく強化されています。

 3.拡張性の強化最新の辞書を、Microsoft Update を通じて配布します。これにより、常に最新の辞書をお使いいただくことができ、さらに使いやすくなります。また、XML ベースのオープン拡張辞書を、自由に作成して配布することもできます。また、入力中の文字列を使ってインターネット検索を行うこともできます。

4.Office IME 2010 が含まれる製品 Office 2010 統合製品 および 単体製品に含まれます。ただし、「クイック実行」によりダウンロードされた、Office Home and Business 2010 (評価版やベータ版など) には、Office IME 2010 は含まれません。」

ご興味のある方は次のURLからdownloadしてinstallして下さい。 http://www.microsoft.com/japan/office/2010/ime/default.mspx

 


自己表現・自己顕示欲と公開や発表

2010年07月15日 05時58分40秒 | Weblog

自己表現というのか自己顕示欲というのか、専門的なことは判らないが、この種の本能が原動力だと思っているものに、水墨画では展覧会であり、俳句では句会である。

もし、このような発表という切羽詰った状態に自分を追い込まなければ、とうの昔に全てを止めていたであろう。人は何か瀬戸際になるような環境におかれないと何事も継続できないのだと思っている。

ブログも同じ動機で書き続けるのであるし、動画編集の動機も作品をYouTubeで公開したいということである。ブログやYouTubeで公開しないのなら、手間と時間をかけて面倒な作業を続けることが出来そうにない。

公開したからといって、一文の得になるわけではないのだが、どうも人間には自分の行為を誰かに知らしめたい、知ってもらいたいという本能があるためであろう、せっせと面倒な作業をいとわず実行しているのである。

有難いことにブログやYouTubeは全て無料のサービスである。もし、これらが有料化されたら到底投稿しようという気はおきなくなるだろうと思う。何時までも、無料サービスを継続して欲しいと思っている。