東京にいる息子と広島駅で落ち合って
母のいる病院へ見舞いに行ってきた。
ここ1年、何度も危機を乗り越え驚異的な
生命力を見せている母だが
いつ、なにがあってもおかしくないと
兄から常々連絡を受けているので
かわいがってもらった息子(母には孫)を早く
会わせておきたいと思ったし
息子もそれを望んでいたので
広島まで東京、大阪から同じ新幹線に乗って
移動し、駅であって母の待つ病院へかけつけた。
兄の話では、今日は珍しく母の気分がよかったらしく
わずか10分ほどだったがこちらの存在を認識してくれた
最近は、相手の認識も記憶も定かでないことが多いという。
自分がいつも右腕にしているお守りを母の左手にいれて
薬師寺で買ったお守りはベッドの手すりにかけたおいた。
94まで生きてきた母の人生はどんなものだったのか
どうすることもできない母の苦しみをみるたびに
やるせなく、子どもとしてつらいことだ。
手を握り、顔をなでていると泣けてきた
涙をみせるわけにはいかないので
かける言葉もないままに部屋を出てきた。
先日、TBS系(関西はMBS)の筑紫哲也のニュース23番組に
東京で長く大学の教授をしている弟が
後期高齢者医療制度の件でコメントしていた
母の楽しみといえば
この末の息子が度々テレビ出演する番組やニュースを
見るのが楽しみだったが
いまはそれもかなわないことだ。
10年前に亡くなった父の墓に寄って
兄宅で早い食事をして帰阪してきた。
ブログを開設して2年目の日を
故郷で母と過ごして
かすかな母の手のぬくもりを感じて
しっかり生きないと母に申し訳ないと
強く感じた
しっかり生きないと!
母の病室から見える宮島と朱の大鳥居

母のいる病院へ見舞いに行ってきた。
ここ1年、何度も危機を乗り越え驚異的な
生命力を見せている母だが
いつ、なにがあってもおかしくないと
兄から常々連絡を受けているので
かわいがってもらった息子(母には孫)を早く
会わせておきたいと思ったし
息子もそれを望んでいたので
広島まで東京、大阪から同じ新幹線に乗って
移動し、駅であって母の待つ病院へかけつけた。
兄の話では、今日は珍しく母の気分がよかったらしく
わずか10分ほどだったがこちらの存在を認識してくれた
最近は、相手の認識も記憶も定かでないことが多いという。
自分がいつも右腕にしているお守りを母の左手にいれて
薬師寺で買ったお守りはベッドの手すりにかけたおいた。
94まで生きてきた母の人生はどんなものだったのか
どうすることもできない母の苦しみをみるたびに
やるせなく、子どもとしてつらいことだ。
手を握り、顔をなでていると泣けてきた
涙をみせるわけにはいかないので
かける言葉もないままに部屋を出てきた。
先日、TBS系(関西はMBS)の筑紫哲也のニュース23番組に
東京で長く大学の教授をしている弟が
後期高齢者医療制度の件でコメントしていた
母の楽しみといえば
この末の息子が度々テレビ出演する番組やニュースを
見るのが楽しみだったが
いまはそれもかなわないことだ。
10年前に亡くなった父の墓に寄って
兄宅で早い食事をして帰阪してきた。
ブログを開設して2年目の日を
故郷で母と過ごして
かすかな母の手のぬくもりを感じて
しっかり生きないと母に申し訳ないと
強く感じた
しっかり生きないと!
母の病室から見える宮島と朱の大鳥居
