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☆名越(なごや)左源太時敏の玄孫が綴る日々のあれこれや家族の歴史. 
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【第3話】和田屋のすみばばと相良酒屋のばば

2019-09-05 16:09:18 | 都見物日記プロローグ

いつもお読みいただき、ありがとうございます

今日は『都見物日記』の続きを書こうと思います。

 

 【第1話】でも少し書きましたが、

四月十九日に「和田屋のすみばば、相良酒屋のばば、‥‥云々」とあり、四月二十二日にも同様にこの「ふたりのばば」さまが登場します。

 

四月二十二日

「今日は天気よし。七時過に目覚め 茶のみ 其より飯すぐとしまり 神戸乃停車場へ行き 少し遅くなりしより 二時間程待、九時過十時前 汽車に乗り 十一時過には大坂の増元という宿屋へ付、直に昼飯さし出し候。」

「これより御母上様、轟殿は 三原御母様 おたか様方へ御越しになり 私お留守致し候。」

などとあり、

「此宿は石燈籠(いづろ)和田屋母おすみ殿の知人にて此宿をおしえくれられ候故ここへ参り候也。」

「おすみ殿連れの人数は 上町柳町の相良の母殿、外に下町のばばどの三人 次の間におられ 幸いの事に候」

(中略)

「お留守におすみ殿 私方に参り 二人にて茶など飲みおりし所、外のばばどのたちもここへ参り茶などのみ、色々話などいたし居り候処に 御母様、轟殿 帰り来られ候」

 

「昼過より大坂市中見物に行き掛、私の蝙蝠傘一本買入 一円にて取入。雨ちんと降り出し 急ぎ買いに余り宜敷もなく候得共 詮方なく買入候。」

 ここからが個人的には微笑ましい場面なのですが、

「夕方になり候得ば何か食べに行き度(たき)ゆえ、一寸一膳飯屋のような処へ行き、カシワなどたべ 酒飲み、これも何か話の種にならんとて行き候処 此内も電気燈を明し(設備の意か)暮々(くらぐら)と成りて 折角折角とたべる処に はたはたと明りが付、にわかに明るくなりたるとき 御母上様アラヨーと仰せにて、夫から轟殿が笑い出し それそれでました と申され、脇辺にあまり人がなく幸にて只々三人にて大笑いの事。」

 

要するに、薩摩ことばが出てしまい、周りに人がいなくて良かったね〜って三人で笑い合った、ということですね

 

この日の夜には、三原氏母様と西村時彦様(天囚)とが宿に出向いて来たようです。

「夜に入るとすぐ 内へ帰り候得ば、三原氏母様と西村時彦様(天囚)と此方へお出にて、今晩はぜひぜひ大坂道頓堀の芝居へ御出あれとの事にて、又直ぐと芝居へかけ出し車にて急ぎ行き候得ば、御両人ともにお待ち 色々よき馳走有之候。芝居は三桝大夫と申物にてあわれなる外題に候、何(いづれ)も何も面白き事也、帰りは十二時過し事。」

 

 ところで、和田屋のすみ婆殿はその後、五月二十二日、帰りの大坂泊の日記に再登場します。

 


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