世界に一つだけの姥花日記

貴方は貴方らしく私は私らしく、世界にただ一つだけのきれいな花を一生懸命咲かせましょう。
シニア主婦の平凡な日記です。

ちょっぴり心配しています

2017年05月07日 | 日記


 うどん粉病にかかっていた薔薇「うらら」ちゃん、よくなってきたようです。奇麗でしょ?


5年ぶりになります。明日大腸内視鏡の検査をすることになっています。

前回は人間ドックのオプションでしたので少々高額でした。

今回は喜ぶべきか悲しむべきか、健康診断でひっかり、そのため保険診療となり安くつきその点では助かります。

でもちょっと心配 

今日は朝から大腸内視鏡専用検査食というのを頂いています。

前回で経験済み、決して味は悪くありません。結構美味しいのですよ。

夫には今日は私お三度作らないからね~、と宣言しています。手抜きです。

前回は検査を受けた病院が違い、個室を与えられ、そこでのんびりと経口腸管洗浄剤「ニフレック」を2時間かけて飲みました。

今回は家で飲み、前処置を完了してから病院に向かうことになっています。病院まで車でも30分はかかります。

その間に万が一我慢できなくなったら・・・・・夫はなんと大人のオムツをしていったんですよ。

私はどうしましょう?なんとか腸内をきれいにお掃除して病院に向かいたいものです。

何も悪いものが見つからないことを願っていますが、これだけはやってみなければとわかりませんね。

もともと胃腸が弱く、なんとなくいつも不安を抱えています。

子供の頃、過敏性大腸炎と診断されたことがあり、緊張したり不安があったりすると、すぐお腹にきて下痢をしていました

試験の前になるとお腹が痛くなるあれです。今も同じですから全く困ったものです。体質でしょうか


5年前の検査では上行結腸に数個の憩室が見つかりました。

憩室って皆さんご存知ですか?言葉の通り大腸の休息室です。

大腸の一部が外側に風船のように膨らんだお部屋で、5年前は私の目でも確認でき、多発していました。

でもこれって珍しいことではなく、70歳以上では50%の方がこの憩室をもっているそうです。

先日問診してくださった消化器内科のドクターも「私も持っていますよ」と仰っていました。

症状がなければ特に治療の必要もなく、放置していてもいいそうですが、今回はここに問題ありかポリープかな?と思っています。

最悪は大腸〇!考えるだけで怖いですね。そんなことになったらこのブログ更新も ”The end” かもしれません。

「大丈夫!」と楽観していましたが、さすがに前日ともなると少し心配になってきました。

今夜は早く就寝、明日は朝から大腸の大掃除!そして検査、頑張りま~す!


フリージアも開花し始めました。薔薇はこれぐらいの蕾の時が可憐で初々しくていいですね。



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おめでとう、日本男児!

2017年04月02日 | 日記

やってくれましたね、羽生弦君、宇野昌磨君、日本人表彰台ワンツーフィニッシュです。

高々と上がる二本の日の丸、喜びで私の心は震えました。

昨夜は7時からずっとTV画面にくぎ付けでした。

特にSPで5位と出遅れた羽生君の演技は完璧、見事でした!

本人も満足のいく演技でしたでしょうに、滑り終えた時の羽生弦の表情は何とも言えない引き締まった顏でした。

恍惚というか、満足あふれる自信に満ちた顔というか・・・・。

人間は本当に満足するとこういう表情になるのだろうかと、その時私は思いました。


<滑り終えた羽生選手の表情>

とにかく美しかった!感動しました。自身初のフリー200点越えを果たしての大逆転でした。


今朝まではあの羽生弦がSPで5位?とても信じられない。

と同時に彼の時代はもう終わってしまうのかと悲観的に考えたりもしました。

世代交代、これからは宇野昌磨の時代なのだろうかと。

そしてさらに言うならその後に続く選手がいないな~とも。

しかし、そう考えるのは早急すぎました。羽生君ごめんなさい。

貴方はまだまだ世界のフギュアースケート界の王者です。


<得点が出て喜びの瞬間の羽生選手>


そして宇野昌磨くん、私は彼の滑りが大好きです。

羽生選手が「美」なら、宇野は「強豪」、そんなイメージがあります。

宇野の演技、滑りは「切れとアクセント」があり見ていて男らしく鋭さがあり気持ちがいいです。

やや高橋大輔に似ているところがあると思いませんか。

まだ19歳という若さなので「大ちゃん」のようなあの独特のセクシーさには欠けますが・・・。

まだまだ伸びしろのある選手です。大いに期待しています。


そして女子もよく頑張りました。

17歳の三原舞衣選手、SPでは15位でしたがフリーで巻き返し5位に入りました。

「三原 舞依」の画像検索結果

<ネットからお借りしました>

難病を克服した努力家、頑張り屋さんです。

決して華のある選手ではありませんが、性格の良さそうな素直そうな態度と笑顔にとても好感が持てます。

これから一所懸命応援したいと思います。

残念ながらオリンピックの出場枠は一つ減らし2枠となりそうですが、

こちらは若い選手がどんどん育っていますので、数年先が楽しみですね。

皆さん、ご苦労様でした。次はオリンピックに向けてですね。ファイト!

 


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喪中につき年末年始のご挨拶は失礼させていただきます

2015年12月20日 | 日記

カサブランカ

去る12月14日 

妻である姉と二人の娘たちの献身的な看護むなしく、

義兄(実姉かれん桜の夫)が74歳にて他界しました。

一昨日、昨日と多くの先輩後輩友人に見送られながら、天国へ旅出ちました。

癌との闘いの上に、目の難病をも患い、大好きな映画鑑賞も読書もままならず、つらい闘病生活でした。

それでも最後まで「俺は死なない」と生きる望みを抱き続け、頑張りましたが、力つきました。残念です。

これからは残された姉に寄り添い助けながら、静かに日々を過ごして参りたいと思います。

暫くはブログもお休み致しますが、皆様におかれましてはどうぞ良いお年をお迎え下さいますようお祈り申し上げます。

 

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こんな所にも戦禍が!

2015年10月18日 | 日記

昨日は高尾の友達夫婦からの秋の恒例のお招きに甘えてきました。いつもいつも 

一番の目的は実った柿のもぎ取りです。一体何本あるのだろうと思うほど柿の木が沢山あります。

そしてお土産に沢山の柿を持ち帰りました。ザックに詰め込めるだけ詰め込み、まるで終戦時の買出しのよう。

すっかりご馳走になってしまいました。材料から何から何まで全て手作り。これこそ本当の贅沢というものでしょう。


<手作りの栗羊羹 勿論栗は自分の庭で取れたもの>

主婦のお手本のような方。頭が下がります。私は穴があったら入りたいわ。

主食のパエリアは私もお手伝いさせていただきました。ホットプレートで簡単にできるのですね。

 

ホットプレートにオリーブオイルを敷き、タマネギ、キノコ類、鶏肉(ウインナーでも)をいれ、お米が透明になるまでよく炒めます。

次に下処理したムール貝、海老、パプリカ、その他好みの野菜を散らしてスープとサフランを入れます。

 

 

蓋をして30分蒸して出来上がり。お手伝いですから正確なレシピはネットで検索してくださいね。

 

ご主人様(夫の幼馴染)もとてもマメなお方でよく手伝われます。(我が亭主とは大違い!)

その生活ぶりは、マンション暮らしの私たちにとっては別世界。緑に囲まれてのひと時はとても落ち着き、安らぎました。

 

さ~今から頂いた柿で干し柿を作ることにします。


(手前は隼人瓜)

何もできない怠け者の亭主にせめて皮むきでもして貰おうと思っていましたが、今日から友達と上高地へGO!

仕方がないので、ひとりで頑張ることにします。その前にこのブログアップを!

(ブログを綴っているとき、お電話があり、まだ作業を始めていないなら、1週間ぐらい置いたほうがよいとのことでした。)

 

ここまでは余談と言うべきかもしれません。今日の本題はここからです。

皆さんは湯の花トンネル列車アメリカ軍襲撃事件というのをご存知ですか。

昭和20年8月5日正午過ぎ、東京都南多摩郡浅川町(今の八王子市裏高尾)内の国鉄中央線上、

この湯の花トンネルにさしかかった新宿発長野行きの8両編成の列車が突然複数のアメリカ軍戦闘機に襲撃されます。

機関車と1両目はトンネル内に入り停止、その結果トンネル外にあった2両目以降が執拗な機銃掃射に晒され、

多くの民間人が犠牲になりました。

想像するに敗戦間近、本土決戦を恐れ、故郷信州への疎開者が多く乗車していたのではないでしょうか。

列車は鮨詰めの満員状態だったということです。

その湯の花トンネルが今回訪れたM氏の高尾の家のすぐ裏にあります。

そしてその線路沿いには慰霊碑が建立され、亡くなった方々の氏名が刻まれています。

こんな静かでのどかな町にも戦争の悲しい深い傷跡があるのですね。

戦時下とはいえ、こんなの山間で民間の列車を襲撃するなんて・・・・・・。本当に驚きました。

2015年3月9日にTBS「私の街も戦場だった」と題してこの事件を取り上げたドキュメンタリードラマががあったそうです。

私は観ておりませんが、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんね。

トンネルを見つめながら犠牲者の冥福を祈り、今の平和を願わずにはいられませんでした。

 

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爺婆カップルは私達だけ?

2015年08月16日 | 日記

昨夜は予定通り花火見物に行ってきました。

連日の猛暑でバテ気味の私は、今年の花火見物はパスでもいいや、と思っていたのです。

が、ブログで花火の記事を読むと、やっぱり行ってみようかなという気になってしまいました。

ちょっぴり渋る夫を強引に誘い(カメラ係)、出掛けた花火大会は私の住む大田区主催の「花火の祭典」。

毎年終戦記念日の8月15日に西六郷の多摩川河川敷で開催されます。

      

<大田区平和都市宣言>昭和59年8月15日

平和ってなあに

しあわせなことよ

しあわせって なあに

自由で楽しい暮らしができること

だから 世界中の人と 力をあわせて

大切な平和を守らなければいけないの

地球上どこへ行っても笑顔があるように・・・・

この人類共通の願いをこめて

大田区は平和憲法を擁護し

核兵器のない平和都市であることを宣言する

      

世界の現状は この宣誓文とはほど遠いですが、少なくとも今の日本は平和と言えます。

この平和と平穏が未来永劫続きますように爺婆は空を見上げ祈りました。

メイン会場からは一番遠い会場からの花火見物でしたので、比較的場所には余裕がありました。

周囲は大きなシートを敷いて花火を観ながらの大宴会。とっても楽しそう!そして若いカップル。

爺さん、婆さんカップルなんて見当たりません。ちょっぴり場違い?

でも彼らの会話を聞き、人間ウォッチングをしながらの花火見物、なかなか面白かったですよ。

そして河川敷は予想外に涼しく、気持ちのよい夕涼みとなりましたが・・・・。

花火大会は行きと帰りが大変です。交通機関は超満員です。

そういえば6年前は夫に歩かされたな~。今年は夫も私も歩く元気はありません。

なが~い行列に忍耐強く並んでバスと電車を利用して無事帰宅。行き帰りにに疲れました。歳ですね~(苦笑)。

夫と話しました、「もう今年で花火も見納めね」と。

 

写真は全て夫が撮ったもの。

私観る人、夫撮る人!彼も余り写真撮影に熱が入らず、良い画像がありませんでした。

 

 

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