今年も余すところ5日間となりました。
暢気に遊んでいる場合ではないのですが、相変わらずウロウロと落ち着きのない日々を過ごしている私です。
1年の終わりがあれば、新しい年の始まりがあるように、私の日々にも終わりと始まりがあります。
昨日は、昨年9月から歩き始めた冨士山裾野ぐるり一周ウォークの完歩の日でした。
前回ゴール河口湖畔八木崎公園からスタート地点北口本宮冨士浅間神社で最終ゴール。
ツアーの皆様の日頃の行いが良いのか、最終日も快晴。
雪を抱いた真っ白な富士山をずっと眺めながら歩くこことができました。
(ただ全行程逆光で写真はうまく撮れていません)
1回から17回まで、かんかん照りの暑い日、汗だくになりながら、雪降る日、寒さに震えながら、
また激しく降りしきる雨の中をびしょ濡れになりながら歩いたこともありました。
こんなに近くまで来ているのに、どうして富士山が見れないの?と歯がゆく思ったことも何度もありました。
が、ここ数回は今までの悔しさを全て吹き飛ばしてくれるように、美しい富士山を仰ぎ見ることができ、最高の気分でした。
<さ~最後のスタ~トです。元気に歩きましょう。信号にも富士山が・・・>
富士急ハイランドの横を通ります。これは「ええじゃないか」絶叫マシンーンです。
回転数が世界一ということでギネスに登録されているということです。上でも絶叫、下で見ている私たちも絶叫!
もし私たちジジババが乗ったら、降りてくるときには心臓が止まっているでしょうね(笑)。
元の富士吉田駅、平静23年7月「富士山駅」に改名され、立派な鳥居もできていました。
こちらの鳥居は「金鳥居」といい、この鳥居をくぐると、その先は富士山が聳える聖域で、
ここから約1キロは御師の町並みが続きます。
御師とは、浅間神社の神職で、富士山へ信仰登山をする人(道者)に自宅を宿坊として提供し、
登山者のお世話をする信者で、布教も行っていました。
富士講の盛んな江戸時代には富士吉田の御師の家は86軒もあったそうです。
今は数軒しか残っておらず、その中でこの外川家は富士吉田市の歴史博物館として有料公開されています。
当時富士登山は夏場だけであったため、奥に長い風通しのよい造りになっているそうです。
いろいろ説明をしていただきましたが、長くなるので省きます。ご興味のある方はこちらをどうぞ。
そしていよいよゴールです。
北口本宮冨士浅間神社に到着。157キロ歩ききりました。皆で万歳三唱!万歳、万歳、万歳 そして拍手
最後は完歩式。完歩証と記念品の時計を頂きました。富士山の絵柄の入った腕時計。孫のYくんにプレゼントしましょうか。
何度も書いてきたように、最後まで参加できる自信はありませんでした。
歩きがきついというわけではありませんが、楽しく歩けるか、興味を持って歩けるか、日程が私のスケジュールに合うかなどなど、途中何度か挫折しそうにもなりました。
しかし結果、いろいろな出会いがあり、同じ目的を持つ仲間と楽しく歩くことができ、名残惜しいツアー最終回となりました。
またきっと何処かでお会いすることもあるでしょう。その時はまた皆さん、どうぞ宜しくお願いいたします。
今ホッとした気持ちと寂しい気持ちの入り混じった複雑な心境です。
そこで、そこで・・・・・・です。
また新たなウォークに挑戦しようと思っています。
これです!
今度はもっと長いです。高尾山から大阪箕面公園まで約1500キロ。
山あり谷ありの変化に富んだコース。富士山裾野ウォークよりずっとハードですが、
付いていけるところまで歩いてみようかと思っています。
順番に歩かずとも、季節や自分のレベルに合わせて、好きなコースを選んで参加することも可能です。
富士山裾野ウォークの最終回に先立って23日、好天のもと、第2回 高尾山山頂から相模湖まで歩いてきました。
<高尾山山頂での富士山です>
<山頂から小仏城山へ> <小仏城山から相模湖へ>
<気持ちの良い山道です>
<弁天橋のつり橋と相模湖>
嵐山登山口を経て、相模湖駅で解散。次回はこの嵐山登山口からスタートです。
さ~私、何処まで歩けるでしょうか?
本年も私の拙いブログを応援頂き有難うございます。
夫婦共々、今年も無事つつがなく過ごすことができました。
来年はどんな年になるでしょうか。
この年齢になると予測もつきませんが、一にも二にも健康第一に、夫婦仲良く暮らしてまいりたいと思います。
皆様もどうぞ良いお年をお迎えください。それではごきげんよう!
本日をもって今年のブログ納めといたします。最後のクリックをいただければ幸いです。