夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

2024年11月24日(日)「メジロ?」

2024年11月24日 22時07分47秒 | 「思うこと」
2,3日公園の紅葉した木に小さな10センチほどの小鳥が5羽ほど来ていました。
羽が緑色でしたのでメジロだと思うのですが、目の周りに白い羽のワッカがないような?
チ、チ・・・と小さな声で鳴いていました。
山の方は寒くなったので東京まで出てきたのでしょうか。
そういえば、この小鳥は春にも2,3日来ます。これは山の方へ帰る為かな?
2,3日いて見えなくなりました。オナガが来ています。
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「11月24日という日」

2024年11月24日 10時27分31秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2024年】ツイッターつぶやき
2,3日公園の紅葉した木に小さな10センチほどの小鳥が5羽ほど来ていました。
羽が緑色でしたのでメジロだと思うのですが、目の周りに白い羽のワッカがないような?
チ、チ・・・と小さな声で鳴いていました。
山の方は寒くなったので東京まで出てきたのでしょうか。
そういえば、この小鳥は春にも2,3日来ます。これは山の方へ帰る為かな?
2,3日いて見えなくなりました。オナガが来ています。

≪過去の記事≫

【2003年】
ううう。。。。ん
僕にはよしもとばななさんの日記は合わないようです。
もちろん、書いている中でおもしろい考え方だと言うのはいくつかありましたが。。。。。

冬というのはいつからを言うのか?
僕のHPの日記は、四季によって区別して書いていますが、いつから冬としたらいいのか?一応秋は秋分からとしました。そうすると冬は冬至からと考えているのですが、このところの寒さを考えればもう冬かなと。。。。。
四季といってもなんかあやふやですよね。。。。でも、このあやふやさがおもしろいのかもしれない。
出窓に結露がたくさん出ていました。今夜は暖かくして寝ます。

【2004年】
発泡酒や第三のビールといわれるわけのわからない酒の酒税が上がる方向です。
ビールの酒税が高いのに発泡酒などは安いから不公平だという理由なようです。ビールが高いので安い発泡酒を飲んでいるというのに。。。まったく貧乏人いじめの税制改悪です。
ガソリンを入れれば税金。タバコを吸っても税金。そのうえタバコのたしか10円は国鉄時代の赤字補填(まだこの制度は残ってるのかな。。。。そして消費税。ちりも積もれば山となる。この山の部分が消費力の低下につながる。

「TUGUMIーつぐみー 」
   中公文庫
   よしもとばなな 著
「その時、つぐみが恭一をまっすぐ見て言った。
 『おまえを好きになった』 」
                (117ページより引用)
鶫、秋に日本に来て冬を越すスズメほどの小さな小鳥だそうです。冬はほとんど鳴かずに口を『つぐむ』。静かに冬を越す鳥だそうです。
(水上温泉組合婦人部さんのHPを参照させていただきました)
小さい頃から病弱で、体も細いつぐみ。でも美しい少女(17才ころか)が「おまえを好きになった」とさえずるところは印象的です。
しかしこのつぐみの恋は、可憐な病弱な少女をイメージするような恋ではない。つぐみは、年中熱を出して死と隣り合わせである。つぐみは死と向き合う中に本音で生きることを身につけたような少女であり、わがままのような行動と口の悪さがあるものの心の中はまっすぐな少女である。
両親はそんなつぐみを甘やかして育てたためにわがままな子になったと見る。また、周りの人々も手を焼く。つぐみの性格を理解をする人は少ない。
語り手のつぐみの従姉妹まりあは、そんなつぐみに手を焼きながらもその性格を理解する。なかなか本音を言わないつぐみが本音を話する中に理解する。つぐみの恋人恭一もそんなつぐみの理解者である。
そしてこの作品を読む読者もつぐみの理解者となっていく。性格の悪いようなところも、その裏側にあるつぐみのかわいらしさが見えてくる。その本音の生き方が見えてくる。
例えは適切かわからないが、江戸の人情噺にでも出てくる、口は悪いが粋な江戸っ子を思い起こしてしまいます。
このようなつぐみの姿がこの作品のよさなのだと思います。
登場人物は、まりあ、つぐみ、つぐみの姉陽子、つぐみの恋人恭一は、大学生や高校生です。若いながらもしっかりと自分を見つめられる人々です。このようなしっかりと自分を見つめられる若者は、先に読んだ「哀しい予感」にも共通をし、ばななさんが何を若者に求めるかが見えるような気がします。
しかし、「TUGUMI」にも「哀しい予感」にも現れる共通したものに「『確信』というものがある。
この確信は、生きていく上での自分を現す言葉でもあるが、同時にばななさんのその後の作品に見られるような霊的な不可思議なものに基づく確信のような物であるのではないかと思う。
なんとなく「TUGUMI」のように初期の作品のほうが僕にとっては受け入れやすい(けして後の作品が嫌いというわけではない)のかと思う。
つぐみなど、登場人物の心のつながりもこの作品の特徴かと思う。暖かさを幹事利つながりであり、ここもばななさんの作品の特徴でもあるのではないかと思う
。しかし、この心のつながりが「yosimotobanana.com」という日記を読むにあたっては、身内主義というのか、心のつながりを大切にするあまり、他に一線を置くようにも受け止められかねないという印象を僕は受けてしまうのである。ばななさんのよさを感じると共に僕にはばななさんの世界には入りきれないのではという心配が浮かぶのである。
これは、あまりにもばななさんが強いということから来ているのではないかと思う。
しかしばななさんの孤独、寂しさも感じる。
あとがきに次のような言葉がある。
「そして、つぐみは私です。この性格の悪さ、そうとしか思えません。」
まぁ、性格の悪さというのは謙遜でしょうが、つぐみの持つどことなく孤独で寂しさのある、そして芯の強さはばななさんでしょう。
つぐみは、死を覚悟することによって生まれ変わったといいます。「人は喜劇を演じる。死だけが悲劇である」(漱石)ばななさんの作品には死がひとつの主題と感じるところがあります。つぐみ(ばななさん)の強さはこの辺にあるのかもしれない。

【2005年】
風もなく暖かい一日でした。
小春日和。。。。ううう(笑)(21日の日記参照)
リンクさせていただいている窓際主婦さんのブログに次のように書き込みをさせていただいたのですが、
「この前から何度か読ませていただきました。でも、正直言ってどういうものかわかりません。
さっきもいろいろなサイトを探して見ました。専門の医師から経験者まで、ほんとたくさんのサイトがありました。あるサイトでは、日本人の70%が何らかの経験や言動があるとも言います。
症状や原因についてもいくつかのサイトで読みましたが、精神的疾患というよりも様々な症状がある中にもその人の個性が強く出てしまうというようなものかもしれませんね。でも、治療は必要とあるので、自覚する症状を軽くしてその人自身の気持ちを楽にしてあげるというものではないかと思いました。
アダルトチャイルドとは、育つ環境により、小さな子供のときから大人のどろどろしたものを知ってしまい、そういう大人とのかかわりの中で子供ではありながらも大人のように行動を無理して行い、内にある子供を押し殺してしまったようなものかな?
その反動としてインナーチルドレンとして大人になっても子供時代に満たされなかった幼児性が出てしまうことかな?
これらの解釈は、大雑把にサイトで読んだ僕の解釈ですから間違っていたらごめんなさい。
このように解釈できるとすれば、大部分の人たちは何らかの形でこれらの症状を持っているのかもしれませんよ。
窓際さんが、少しやばいかなと思ってたことがあるなら、確かにそこは意識していかなくてはと思いますが、いもしない空想的な大人を思い描いてはいけないと思います。
今読んでいる乃南アサさんの「晩鐘」に少し関連があると思いますので、少し考え込んでいます。」(ごめんなさい。自分で書いた物ですから引用させていただきました)
この「今読んでいる乃南アサさんの「晩鐘」に少し関連があると思いますので、少し考え込んでいます。」というのも、「晩鐘」は、「風紋」の続編であり、「風紋」ではある殺人事件を巡って加害者の家族と被害者の家族を描きながら世間という無意識のというのかその冷たさと世間自体のある意味での犯罪を描いており、「晩鐘」は、それぞれの家族の7年後を描き、その主人公である加害者の息子大輔と被害者の娘真裕子を描きます。
この大輔にアダルトチルドレン、真裕子にインナーチャイルドを感じるのです。
加害者の妻というだけで世間に打ちのめされた母親香織に母親らしいことを何もしてもらえない大輔は、まさにアダルトチルドレンである「よい子」を演じ続けます。
真裕子は高校生だったとしても、これから母親にいろいろなことを教えてもらわなければならない思春期でもあり、娘としてもまだ甘えたいときに母親が殺され、それ以後は世間に向かい合って健気にも強く自分を持ち生きてきた。そこにぽっきり折れてしまうような精神的な危うさを持つ。副主人公とも言える真裕子の過去をすべて知る新聞記者建部との恋にその幼児性を出す。
大輔の結末は悲惨のようだ。真裕子は人を守るという大切さを知り、母親に甘えたいというものを持ちつつ自分の母性に気付く。もちろん建部も弱さがあり、真裕子はその愛情として建部を守りたいと思う。この母性と守りたいと思うものを持つこととそしての愛情。。。
ここに真裕子が母親を殺されたという過去を克服する何かがあるのだと思います。
アダルトチルドレンとしての不幸と、インナーチャイルドからの克服。。。。
案外乃南さんの作品はサスペンスという形をとりながらも奥深いものがあるのかもしれない。

【2006年】
(記事なし)

【2007年】
(記事なし)

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
「壇(だん)」。。。。画壇とか文壇とかいう場合の「壇」です。
今朝の朝日新聞3面を読みどんよりとした。
それと関連して学術院の実態と学術院から離れる芸術家が増えている実態があった。
学術院会員は公務員だそうで、年間200万円ほどもらっているらしい。学術院に嫌気をさしたり、会員めざし土下座や土産。。。。。ううう
凡人であるサラリーマンの一部の人間とそうは違いがないですなぁ。ただ優れた芸術性を持っているのでしょうが、偉くはないということでしょうか?
一方文壇といわれる中の賞といったものにも権威が薄れているとも?
直木賞受賞作より、一般の本屋さんの店員が選ぶ「本屋大賞」に選ばれた作品のほうが売れる部数が多いとか。
芸術家というと硬いですが、そのような人の中にもそしてその芸術を受け取る側の一般人にも権威といったものから放れて言っているのではないか。同時に権威による名誉より「売れる本作り」のほうが確かだというイメージが強くなっているということでしょうか。権威が権威だけに終わるようになり、権威無しに売れる本が造れるならそのほうがいいというビジネス。
なんだかどちらにしても寂しいですね。
でも、売れる本というのはビジネスの面がありますが、権威からはなれて読まれるが増えることはよいことだと思います。でもまた「本屋大賞」が権威になったらまた同じですね。
そこで大切になっている、というのか一般の人が忌憚のない意見を書け、それがある程度情報として共有できるネットという役割も無視できなくなっているからこそ一つの権威というものの影が薄くなるのでしょうか。権威が優れているといってもネットでの評価はいまいちというものがあればどうなるのでしょう。
しかしこれも大衆受けする作品という面が出る。
難しいですなぁ。。。。でも、こういう問題は昔からいろいろと議論されてきたものですからね。。。。。
僕としては芥川賞は面白いと思っています。
文藝春秋があるので選考委員の意見が見えますし、選考委員もそれに責任を持つ。もっとこのような意見のぶつけあいが一つの解決かもしれない。芸術院でも「壇」でも、そのメンバー自体が金太郎飴にならないように全体主義的な権威にならないように意見がぶつけ合える場にしていくということが大切ですね。意見それを大衆の目に見えるようにすることですね。

【2011年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2012年】ツイッターつぶやき
池田信夫さんの「自然水準の概念」という文章がある。
昨日の書いた「自然水準」で引用した国のばらまきという経済政策ではデフレは克服できずに、今の需要水準が自然水準と考えるべきという論理と同じく自然水準を
「長期的に維持可能な自然水準を考えないで、がむしゃらに金融緩和すれば無限に景気はよくなると考えるのは、大昔の素朴ケインズ主義である。」
と書いている。
どうもこういった論理が自然水準の概念でしょうか?よくわかりません。
「自然成長率を決める最大のファクターは生産性(TFP)上昇率だから、生産性を上げないかぎり自然利子率がマイナスになる「デフレの罠」は脱却できない。したがってバーナキンも指摘するように、デフレ脱却のためには生産性の向上が必要なのである」
どうもここに結論があるようですが、自然失業率、自然成長率、自然利子率などとやたらに「自然」をつけることにより長期的に見た失業率や成長率がある言っての水準に決まってくるという事でしょうか?
「マイナスの需要ショック(cの減少)が発生したときは雇用が減る。しかし長期では雇用は賃金で調整され、μを利潤率とすると、自然失業率n*は、μを最大化するような水準できまる。」
なにも「自然」という言葉をつけなくても説明ができるのではないかと思うのですが、経済の成長と労働の生産性そして失業率の関係を言い、「雇用は需要と無関係に、利潤率の減少関数」という中に雇用の増大は利潤率を低める関数となり、労働の生産性はこの労働力の節約ですから成長のためには生産性の向上が必要でこれがデフレを克服するという論理なのでしょうか?
なんだか自然水準という概念がわからなくなります。
デフレからの脱却には生産性の向上が必要である。失業率は自然(長期的な結果として)失業率として利潤率が最大となる水準で決まる。そしてこの生産性の上昇が自然成長率を決める。
しかし失業率や低賃金化は「雇用は需要と無関係」な状態をつくりだすが、需要は雇用や賃金水準によって需要とは無関係ではありえないのではないか?すると労働の生産性の上昇を利潤率の表彰のためばかりに作用させるとするならば需要の自然水準を下げ、一方では生産性の向上は商品価値を下げるというところから商品価格が下落して利潤率を下げながら商品はその赤くを下げ続けるというデフレにもつながるとみることができる。

【2013年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2014年】ツイッターつぶやき
今朝のツイートのまとめです。
消費増税法が成立 14年4月に8%、15年10月10%  :日本経済新聞 (2012年の野田内閣時の記事)「社会保障と税の一体改革関連法は10日夕の参院本会議で、民主、自民、公明3党などの賛成多数で可決、成立」:三党合意ですね。
たしかに消費増税を決めたのは野田内閣ですが、この記事を見ると三党合意と見れます。この経過の中で安倍総理は最終的には総理が判断するとして増税に踏み切りました。ですから消費増税は民主党だけに責任を負わせるのではなくてやはり実施した安倍政権の責任でもあると思います。
もちろん安倍政権が8%実施を決めるにあたっての判断は景気の判断です。しかし実施後にこの景気判断が間違っていたというのが現状でしょう。それが10%実施に踏み切れなかった理由でもあります。
もちろん安倍内閣が8%実施を決めた根拠はアベノミクスが順調に成果を上げているという分析からです。少なくともアベノミクスの未来に明るい材料があるとの判断からです。それは輸出産業中心の企業収益と株価だったのだと思います。
しかし見通しとしての消費増税後のv字回復は起こらずに消費不況ともいえる事態になったと考えるのが普通でしょう。
安倍内閣は成長戦略あるいはアベノミクスの成功のために公共事業の拡大と法人減税という方針を出しました。税の使い方の方向性がこれにみることができます。消費増税は社会保障の充実のためという国民の信頼が薄らぎました。円安による悪性の物価高と増税は国民生活を打ち砕きました。
円安による悪性の物価高と増税は実質賃金の低下として現れ、安倍政権での官製の名目的な賃上げも国民の期待から外れたものとなりました。名目賃金の上昇でさえ恩恵を受けない労働者が多数でしょう。最賃法も10円玉でした。年金は将来の支給減を言われました。生活保護は受けにくく。
消費増税はアベノミクスの成長戦略に組み込まれていると見たほうがよいでしょう。アベノミクスはよいが消費増税が悪いといったような問題ではないのです。成長戦略に組み込まれた消費増税はアベノミクスそのものと言えるのではないでしょうか。リフレはこれを止められない。
消費増税はすでに三党合意から独り歩きを始めているのです。ですからこれは与党の責任となりますし、その経済の見込み違いはやはり安倍政権の失敗なのです。

安倍総理は解散にあたっての会見で「野党は『アベノミクスは失敗した』と批判ばかり繰り返している。私は今回の選挙戦を通じて、私たちの経済政策が『間違っているのか、正しいのか』、『本当に他に選択肢はあるのか』国民の皆さんに伺いたい」(左記リンクページより引用)と述べた。
アベノミクスが失敗ならば他に経済政策はあるのかと問いかけているが、それはアベノミクスの最大の失敗からおのずと答えは出てくるはずです。
その最大の失敗とは何か?
最近の主要100社のアンケートによると、国内景気への懸念材料として一番多いのが個人消費の停滞と答えている。政府も管制の賃上げに必死となっている。
個人消費の落ち込みは何も消費増税8%だけが問題ではなく、アベノミクスと両輪関係にある日銀の量的緩和による円安での輸入物価の値上がりにある。もちろんこの円安は株価の上昇として政府の容認してきたところである。アベノミクスによる経済成長の指針がまさにこの円安による株高なのである。
一定の名目賃金の上昇が官製の賃上げで実施されたとしても円安による悪性の物価高と消費増税分の価格転嫁の強制(政府の呼びかけ)により実質賃金は下がっている。まだ名目でも賃上げがあったところはよいがそれは大企業や公務員です。多くの労働者は特に不安定労働の労働者はその恩恵にすらあずかっていないところが多い。また最賃法の結果を見ても一定程度上がったのは(それも10円玉単位だが)都市部で、地方に行けば最低賃金はまだ相当低い。年金生活者や生活保護などは言うに及ばない。
この中で個人消費が大きくかかわるGDPもマイナスとなり2014年はマイナスとなるといわれている。
このような実態の中で政府も10%への増税を先延ばしとした。
アベノミクスの経済面での最大の失敗はこのように個人消費の落ち込みだろう。
もちろんこの個人消費の落ち込みは、国民からすればその生活が低下したことを示すのは明らかだろう。それは中間層の現象というものを含めて労働者全体の低賃金化(不安定雇用の増大)と貧困化に現れており、それが格差の拡大としても現れている。
この矛盾を改善する経済政策がアベノミクスに変わる経済政策と言えるだろう。
安倍総理自身が賃上げの必要性を言っていたが逆に実質賃金を下げる作用をしたのがほかでもないアベノミクスだったのである。ここからアベノミクスでは今の経済の最大の懸念材料である個人消費の拡大は行えないことを示している。ここが行えないのだからアベノミクスは失敗であり刑事施策は変更せざるを得ないのである。
このアベノミクスの破たん後は内需型社会が必然である。
内需拡大にはもちろん賃上げや社会保障の充実が必要となる。同時に雇用矛盾の解決も必要となる。
また円安・消費増税による悪性の物価高を改善しなければならない。
しかしここまでアベノミクスが経済を混乱させてしまい円安誘導が進んでしまったのちの経済の安定にはソフトランディングができるかという課題が出る。日銀は意地になって金融政策の変更はしないだろう。企業はだぶついた金(資本)を国民生活への富の再配分は行わないだろう。自然には内需型の経済は進まない。
しかしこの内需型の経済政策を行えないならば日本の経済も破綻するかもしれない。
内需型社会(経済)とは何か?
それは戦後の日本社会に答えがあるのかもしれない。。。。。
続く

【2015年】ツイッターつぶやき
ベランダに寒さに弱い花の苗があるので今日の寒さで大丈夫かと思い煙草を吸いながら見てきました。祖とは3度くらいでしょうか。かなり寒さを感じました。
部屋の中は暖房で18度くらい。
やはり部屋に戻ると暖かさを強く感じました。
しかしこれまで20度ぐらいの暖かさを感じる気候から17度くらいに気温が下がったとき外に出たら相当寒さを感じて、「やっぱり、20度以下になると寒いよね」と近所の方と話しました。
同じ17度18度でも、時には寒く感じ、時には暖かく感じる。
人の暑さ寒さという感覚は案外いい加減というのか錯覚というのか、熱いとか寒いとかの気温による基準はないようです。
例えばマイナス5度となれば東京では酷寒の世界です。冬の北海道にいる方は毎日マイナス20度ぐらいが続いたとき、マイナス5度となれば暖かいと感じるかも?(どうでしょう?)
このような感覚は社会の中で起きる事柄や生活の中の感覚にも表れるのかもしれません。
金持ちと貧乏とは絶対的な基準はないでしょう。
金持ちは金の量を気温に置き換えて18度の気温は寒さを感じ、貧乏ならば暖かく感じる。
金持ちはいくら金があっても寒さを感じる。逆に貧乏はわずかな金でも暖かさを感じる。どちらも悲惨です。
人間は気候を変えることはできませんが、暖かい環境を作ることができる。
暖かさに飢える金持ちには我慢してもらい18度でも暖かいと感じるようになってもらわないと暖を求めるエネルギーはその金持ちに吸い取られるだけです。

【2016年】ツイッターつぶやき
12月の初めごろ、天井に黒いシミのようなものがあったのでよく見ると小さな蜘蛛だった。
殺すのもかわいそうなのでそのままにしておいて。
すると時々糸を垂らしてするすると天井から降りてくるようになった。床までは降りずに1メートルぐらいの高さでぶらぶらしている。丸くなって虫が来るのを待っているのでしょうか。
あれから10日ぐらいたつが相変わらず時々蜘蛛の糸を垂らしてくれる。
今日はパソコン横に降りてきて椅子に座る僕の横でぶらぶらしいる。
蜘蛛の糸。。。。
たしかにすがりたいことはたくさんあるが、どうもあまりにも細すぎて頼りなさそうだ。
気持ちだけ受け取っておくことにする。
そういえば、子供ころ、お袋が夜の蜘蛛はいいと言いながら降りてきた小さな蜘蛛をがま口の中に入れた。不思議に思ってお袋に何でと聞いたら、こうして降りてきた蜘蛛をがま口の中に入れると金がたまるんだよと言っていた。
しかしがま口を開けてはいないのに翌朝には消えているのである。
お袋は今もって金持ちにはなっていない。

【2017年】ツイッターつぶやき
一昨日、冷凍食品を電子レンジで温めようとしたらなんだか焦げるようなイヤナにおいてぱちぱちという音が聞こえ始めました。
何だろと思ったら、電子連の中がぱちぱちとなりながらスパークのような光が出ていて、ふたの隙間から少し煙らしきものが見えました。
慌ててコンセントを抜いて中を見たらやはり煙らしきものが。
我が家に来てから30年。。。。。。
よく働いてくれた電子レンジでした。「昭和の博物館」のようなところに寄付できそうな年代物です。
愛着のあるレンジでしたが、仕方ないので買いに行きました。
重いですなぁ・・・・
家電売り場で古いレンジを引き取ってくれるというので、台所のレンジ置き場から出して駐車場まで抱っこするように持っていきました。
新しいレンジをやはり抱っこするようにキッチンまで持ってきましたが、なんとなく軽い。それでも18㎏。。。。古いレンジは何㎏ぐらいあったのでしょうか。。。。
大きさはほぼ同じなのですが、やはりこの30年でレンジも進化しているようですね。値段も古いもの15,6万円しましたが、今では5万円以下。
やはり労働力を省くことができる生産性の向上と技術の進歩は商品価値を下げていくのです。
そういえば、今回買ってきたレンジはいろいろな機能がついていて水蒸気も出て来るようです。
しかし古いレンジもいろいろな機能がありましたが、そうは使わない機能も・・・・・
また新しいレンジもそうは料理には使わないかも。。。。。でも、酔授記調理にワクワクしています。
そう、そう・・・・一番便利な機能。ボタン一つでコンビニ弁当温め機能・・・・これでコンビニで温めてもらう必要がなくなりそうです。

【2018年】ツイッターつぶやき
政府は来年の消費増税10%に対してキャッシュレス社会を目指すと同時にデフレ対策として中小小売店でキャッシュカードを利用すると消費税を5%とするという方針を出した。
「消費税率引き上げはデフレ脱却への一つの試練であり、思い切った対策を行いたい」 (産経新聞)
とするが、政府はこの間経済の好転が後手後手状態で実施ができなかった。来年の増税ができない場合は政府の信用にかかわるし、それはアベノミクスでは経済の好転はないことを証明することになる。また政府はリーマンショックのような経済の混乱がない限り消費増税10%を実施するとしたが、これはある意味背水の陣である。消費増税対策を実質消費減税のような形で5%とすることはデフレ状態から抜け出せずにいる現在よりさらにデフレが不況となることを懸念せざるを得ない状態といえる。
しかしこの5%の対策にしても実際恩恵を受ける階層はやはりある程度の収入がある層となるでしょう。慌ててキャッシュカードを作ろう押してもはじかれる層が出るでしょう。同時に消費税が逆進性の強いものですから、恩恵の大きさにも開きが出るでしょう。
小さなお店で今更9か月間のためにキャッシュカード利用の設備を新たに設けるでしょうか?
現実は消費税対策にはならない内容であり、同時に国民に思い切った対策を行うという約束をするということは、国民の消費増税に対する抵抗を減らすことだけが目的のような気がする。

【2019年】ツイッターつぶやき
今朝は早く目が覚めてしまいました。
外はまだ暗くて雨がしとしと降っていました。まる2日間冷たい雨でしたが、ベランダに出てみると生ぬるい微風が吹いていました。部屋に入ろうとしたら部屋の中のほうが寒い。
天気予報では東京は最高気温20度でしたが、日中一時晴れ間が出ましたが暖かでした。
11月も終わろうとしているのに気温20度というのはすごいですね。
夜に入ってもやはり外のベランダのほうが温かいです。

【2020年】ツイッターつぶやき
「コロナ専用の病床を増やすと病院は困るらしいですわ。他の入院患者をストップせなあかんでね」(名古屋市 河村たかし市長)【メーテレ「コロナ陽性の父、病院探し難航 保健所の指示は「解熱剤を買ってきてください」より引用」】名古屋のテレビ局でしょうか?
名古屋市は医療崩壊寸前でしょうか?
しかし市長の上記の言葉は市民にとってはつらいですね。名古屋弁独特な言い回しなのかなと思いましたが、東京弁に翻訳するとやはりいい気持がしない言葉です。
医療崩壊の心配はすでに日本医師会からも出ており、その中で政府もGo Toを渋々中止したよう見見えます。
名古屋市だけではなく、感染拡大が大きい都道府県においては同じような医療崩壊の危機があるのかもしれません。
ベッド数だけではなくて薬も市販の解熱薬で。。。。。?
以前、この解熱剤は使ってはいけないというような記事を読んだような?
専門家の方の記事を読むと、なぜ日本は死亡者数が少ないかといえば特効薬はないまでもいろいろな薬により命を守っているとありました。しかしその治療が全国にいきわたっているのでしょうか?
政府はすでに感染拡大予防は地方自治体に丸投げをしており、感染者数の多い東京ですら東京都から要請がないのでGo Toから除外しないという。第三波は高齢者の感染が多くなっています。日本は大丈夫でしょうか?
医療崩壊の前に政治崩壊が起きていたのではないかと感じます。

【2021年】ツイッターつぶやき
「52ー17の法則」。。。
アメリカでの研究らしいですが、52分集中して働き17分休むことが労働の生産性を高めるということらしい。
学校の授業がそうですね。50分前後勉強して10分程度休む。これは集中力を維持するのに合理的だからでしょう。なにも子供の集中力の時間を見ているだけではなく、先生も同じでしょう。ということは後なの労働でも「52ー17の法則」はあるのでしょう。
しかし日本の労働の生産性は疲れ切るほど長時間労働を強いてちょっとした休憩は「さぼり」とみてしまう。
最近は喫煙者が喫煙所に行くことを非喫煙者がサボっていると喫煙タイムを否定する動きが続いていました。しかしこうなると喫煙者批判をした非喫煙者も「さぼる」わけにもいかなくなりますから長時間労働が美徳となります。これは休暇の取得率が悪いという面にも出ていて、休暇を取れば廻りの同僚に迷惑をかけるとなり、迷惑と思えば休暇を取りずらい職場環境になる。
働き方改革がはじまってはいますが、日本企業の意識というのは、「さぼる」ことを認めない形での生産性を取り続けるでしょう。生産性の向上は、長時間労働と低賃金だとする勘違いをずっと続けるでしょう。
気づけば日本経済は劣化していることが見えてくる。
日本は貧困化をする。国はバラマキをして疲弊をしていく。コロナ対策でのバラマキはある程度効果もあるが、経済対策としてはほとんど効果は見えないでしょう。

【2022年】ツイッターつぶやき
電力会社がまた値上げ申請をするようです。
ロシアウクライナ戦争の影響といわれていますが、円安の影響が最も大きいでしょう。
東北電力では30%の値上げとなりそうです。その他の電力会社も同程度になるのでしょうか。
値上げは一般家庭用電力になりそうですが、電気料金は企業などの大口契約はだいぶ低い料金に抑えられています。そこに手を付けないのでしょうか。一般家庭用は大口契約に比べて高い料金なのにさらに値上げとなりますからひどいですね。
東北電力のように30%も値上げをされれば、年金生活世帯を含めた低所得層は相当の痛手です。政府は節電を言いはじめていますが、東京都では暖房節電をするため職員は徳利セーターを着ろとパフォーマンスをしはじめました。しかし一般世帯は値上げのために寒さをこらえるような節約を強制させられるでしょう。

【2023年】ツイッターつぶやき
岸田さんが所得減税を行うとしましたが支持率が低下しているようです。
ネット上では「増税眼鏡」などと揶揄されていましたが、これまでの政策を見ても賃上げの後には社会保障費が増加をして賃上げ分は国にもっていかれる。またこの間所得減税に対して消費増税が行われてきました。
所得減税の後には増税が待ち受けているのは、防衛費や子育て支援の財源を見ればわかります。
消費税は25%程度までという案も出ていますが、消費増税が社会保障にまわらないことは目に見えています。
所得減税を言っても支持率が下がる状態は岸田内閣への信頼がなくなっているということでしょ。
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2024年11月23日(土)「労働力不足」

2024年11月23日 21時42分55秒 | 「政治・経済」
労働力不足が言われています。企業側からすれば労働力不足は売り手市場になり賃上げにつながりますから企業利益は減少しますね。これが問題化され、女性労働力そして高齢屋の年金受給年齢を伸ばす中で65歳までが労働力人口になっている。これは企業にとってはうまい労働力で低賃金で雇用できる。今103万円の壁が問題化されていますが、一面では女性を中心とした安い労働力を得る方法でもあります。
しかし労働力不足の根本的な問題は、労働力人口が減少するということは搾取する人数が減少するわけで、企業利益は減少します。それでも今の先進国のように商品やサービスの値上げによって利益を維持しようとしますが、インフレも経済矛盾の一つですから社会的に混乱材料となる。
またロボットに加えてAIによる省力化が人手不足の解消となる。しかしこれは労働力不足の解消を超えて余剰寺院を作り出すのが目的で、労働力不足を解消するでしょう。ブルーカラーはロボットに代わり、更にホワイトカラーはAIに代わる。
今の労働力不足は解消していきますから労働力人口は減少する。これがさらに搾取できる労働者を減らすことになりますから企業利益は減少する。より多くの商品を生産できれば良いのですが、ロボットやAIは安くて大量の商品を作り出す。先進国は生産過剰の市場を抱える。
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「11月23日という日」

2024年11月23日 08時04分51秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2024年】ツイッターつぶやき
労働力不足が言われています。企業側からすれば労働力不足は売り手市場になり賃上げにつながりますから企業利益は減少しますね。これが問題化され、女性労働力そして高齢屋の年金受給年齢を伸ばす中で65歳までが労働力人口になっている。これは企業にとってはうまい労働力で低賃金で雇用できる。今103万円の壁が問題化されていますが、一面では女性を中心とした安い労働力を得る方法でもあります。
しかし労働力不足の根本的な問題は、労働力人口が減少するということは搾取する人数が減少するわけで、企業利益は減少します。それでも今の先進国のように商品やサービスの値上げによって利益を維持しようとしますが、インフレも経済矛盾の一つですから社会的に混乱材料となる。
またロボットに加えてAIによる省力化が人手不足の解消となる。しかしこれは労働力不足の解消を超えて余剰寺院を作り出すのが目的で、労働力不足を解消するでしょう。ブルーカラーはロボットに代わり、更にホワイトカラーはAIに代わる。
今の労働力不足は解消していきますから労働力人口は減少する。これがさらに搾取できる労働者を減らすことになりますから企業利益は減少する。より多くの商品を生産できれば良いのですが、ロボットやAIは安くて大量の商品を作り出す。先進国は生産過剰の市場を抱える。


≪過去の記事≫

【2003年】
落ち葉が冷たい風に吹かれて渦を作っていました。
さむいです。。。。。。
夏生さんの新刊「家ができました」を買いました。
宮崎に実家の狭い母屋暮らしも終わり、今年7月に引っ越したそうです。場所は、夏生さんが小学生頃に住んでいたところだそうです。
「つれづれノート⑫」には、新しい家をどのようにするかを楽しく考えているところが書かれていましたが、切り株の模様を生かした壁など素敵な家ができました。写真豊富な本で、これから家を新築という方には大いに参考となるのではないでしょうか。
お子さんたちの写真も何枚かありましたが、見違えるように大きくなっています。これからは一年一年と大きく成長をして変わって行くでしょうね。
愛犬マロンも部屋を作ってもらいご機嫌なようです。
うらやましいです。。。。。

【2004年】
夏生さんの「微笑みながら消えていく」をもう少しでまとめ終わりそうです。詩というのは読むほうも気分がのったときでないとだめですね。時間がかかりすぎました。でもゆっくりとゆっくりと。。。。
なんとなく「つれづれ」に出てくる一人目の夫「むーちゃん」の人柄が分かるような気がします。雲のような少年。。。。自然体な男。優柔不断。。。よい意味で。夏生さんにも自然体で接することができるけど、自然体のままに恋をして消えて行ってしまう男。。。。
また、他の女性作家も読んでいるのでこちらは通勤のときに読みペースが速いです。そうすると感想文が忙しくなる。。。。
まぁ、成り行きに任せてアップしていきます。
洗濯物を干していたら、向かいにある公園の木々の色付きがよかったです。なんかのんびり散歩したくなりました。

【2005年】
最近俳句に興味を持ちはじめましたが難しいです。
季語というものにどのようなものがあるのか、これを知らない特の世界が広がりません。昔歳時記を読みたいと思い一応買ったことがあったのですがもうどこに行ったことやら。また買いたいと思ったのですが、今はネットの時代ですからね。一応検索をしたら素晴らしいホームページにめぐり合えました。
清水哲男さんという詩人の「増殖する俳句歳時記」というホームページです。
詩人ですので俳人でもなく俳句の専門家ということではないのかもしれませんが、一つひとつの季語を丁寧に教えていただけます。
いつも公園の桜の紅葉がきれいなので見とれているのですが、そこで「桜紅葉(もみじ)」という季語を見つけました。「柿紅葉」という季語もあるそうで、この二つの紅葉は僕がもっとも好きな紅葉ですので覚えました。
公園の街灯がちょうどライトアップとなり桜紅葉は夜もきれいですよ。。。
隣の方からりんごをいただきました。
ご主人が長野の方で送ってきたそうです。
大きな蜜入りりんごで、甘くてジューシーでした。
最高級品では?
このりんごをいただくともう他のりんごを食べられないのではと少し心配。。。。

【2006年】
友人が風邪を引いたらしい。
そういえば、この友人、途中まで電車で一緒に帰った友人です。それで思い出したのですが、僕たちの前の席に変な若い者が座っており、鼻水ぐちゅぐちゅ、咳は口を押さえないで咳き込んでいました。「たちの悪い風邪だなァ。。。」と、友人と話していたのです。
やっぱりそのたちの悪そうな風邪がうつったのか。。。ううう
妻が煮物を煮込んでいます。
そういえば煮物も久しぶりです。

【2007年】
仕事でした。
家族はみんな寝ているし、早めに家を出てデ○ーズで朝食。
朝食メニューが有りゆっくりコーヒを飲みながら本をぺらぺら。休日の朝のゆったりしたひと時でした。
妻がコタツ布団を干してくれたので、今日から我が家もコタツ生活です。
一昨日の探せなかったアン肝の店。。。
よくホームページを探したらありました!
たしかあったと思ったんだよなぁ。。。。
って、すぐに探せないという事は情報性がないと同じですね。
今夜は秋刀魚の煮つけと牡蠣の卵とじ焼き。
秋刀魚は、ショウガと梅干を入れ、砂糖・みりん・醤油で味付けをして煮詰めます。
牡蠣の卵とじ焼きは、牡蠣を片栗粉にまぶしてフライパンで焼き(こうすると牡蠣の水分が逃げないで縮みません)、溶き卵で閉じ、仕上げに砂糖・味醂醤油で味付けしただし汁をいてて少し香ばしく焼きます。
そうそう。。。。
昨夜の残りのシラスの明太子和えも食べました。
これはシラスを皮をとった明太子で和えるだけですが、これがまたおいしいのです。ご飯が進みますよ♪

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
風のように
風のように空の雲に乗り
静かな気持ちで
風のように
風のように小さな渦になって
君のそばを回る
風のように
風のように涼しく
森の小道を抜ける

疾風のように
時にはそよ風のように

【2011年】ツイッターつぶやき
            道の駅 果樹公園あしがくぼ
そろそろ関東の低い山々の紅葉も終わりになってしまうかと思い急に思い立って長瀞・秩父に行ってきました。
紅葉のきれいなところと思いネットで調べて宝登山神社というところに行きました。
残念ながら紅葉はすでにはも茶色になりかけており時期的には遅かったようです。近くには山に登る短いロープウェイもあるので登ってみようかと思ったのですが、紅葉の具合も見てやめにしてしまいました。それでもまだ秩父の山々は黄色や茶色に染まり綺麗でした。
この後秩父の立ち寄りの湯に行こうと思ったのですが時間が無くなりやめにして道の駅果樹公園あしがくぼに向かいました。
秩父から飯能方面に少し下ったところにある景色の良いところにありました。
やはり道の駅は土日や休日はいいですなぁ。。。。お客も多くて店の肩にも活気があります。そうは大きな道の駅ではありませんがきれいで設備も整い地元の物産も多く出ていました。
昼飯がまだだったので食堂に入りました。
うどんと蕎麦の店。。。。そう、「ずりあげうどん」とざるそばしかないのです。
「ずりあげ」。。。。。釜揚げうどんです。太めのうどんを茹でてそのままお湯の入ったどんぶりに入れた釜揚げうどんです。汁は、お椀に出汁醤油を入れてうどんのお湯を入れ、薬味に長葱や鰹節そして別売りのかき揚げなどを入れて食べます。どちらかというと蕎麦ファンなのですが、「図利上げ」という名前にひかれて頼んでみました。特大、大中小とうどんの量がありました。大森は300グラムだったかな、おなか一杯になりました。薬味を変えると違った味で食べられますから飽きることもなく黙々と食ってしまいました。腰のあるうどんでおいしかったです。欲を言えばもう少しつるつる感があると。。。。でも、お勧めです。これから寒くなりますから釜揚げはうまいです!
物産売り場では、例によって地元の味噌や野菜を買いました。あと酒まんじゅう。。。。
珍しいものも発見。地元の方にはもちろんおなじみのものですが。。。。
「柚巻大根」。。。
見た時は太い切干大根かと思ったのですが、それにしては楊枝で刺してあるし。。。
近くにいたおばあちゃんが「あら、こうして干したものもあるのね・・・・」と。どうやって食うものか教えてもらいました。地元の方のようで、大根を薄く剥くように切ったものに柚子をまいて甘酢につけて食べるそうで、そのおばあちゃんは生でよく作るそうでした。「なます」のようなものですね。さっそく帰ってから水でもどして水分をキッチンペーパーできり甘酢に漬けてみました。まだ少し硬さが残っていたのですが、柚子の皮の苦みもあり柚子の風味が口の中に広がりました。明日には柔らかくなるでしょう。。。。。
道の駅の物産売り場にはどこにもあるようなものがたくさんありますが、今回の柚子巻大根のように東京のスーパーでは見かけないものを見つけると嬉しいものです。釜揚げうどんではなくて「図利上げ」だからまた楽しい。。。。
その土地の味は味噌に出る。。。。必ず味噌も買います。

<インサイト日記>
リッター24キロから25キロぐらいは走ったと思います。道の駅までが21,6キロぐらい走り、帰りは飯能まではずっと下り坂で燃費は燃費計の限界32キロぐらいを越えていました。たぶんほとんどガソリンは使わなかったと思います。ハイブリットの良さはこのくだりの燃費にあります。
バッテリーに充電することでブレーキがかかりますからまるでエンジンを切って転がっているような感覚です。バッテリーが満タンになるとガソリン車のエンジンブレーキのようなモーターブレーキに。モーターが回りそれをギヤーで落としてブレーキがかかるのでしょうか。ガソリン車と同じようなブレーキの踏み方で大丈夫です。
以前、山の上から数十キロ山道を下るときに燃費計をリセットしたら、下り終わったら燃費がリッター99・9キロになっていました。これ以上の数値は出ないようで、それは全くガソリンは使っていないということでしょう。下り坂の最中も坂が緩くなりますがその時はアクセルを踏むとモーター走行になります。登りもモーターのアシストの効率もよく、こういうことからハイブリッドは山道にも強いわけです。。。。

【2012年】ツイッターつぶやき
アゴラに「景気対策はすべきではない」という文章があった。その中に「自然水準」という言葉がある。
「政策により需要を大きくしても、それが本来あるべき需要ではなかった(自然水準を超えていた)ために、政策はトータルとしてはマイナスの効果しか与えなかったのである。結局、国内需要に関しては、このような実験の結果、現在の消費水準が自然水準なのであることが分かる。」
          (上記リンクページより引用)
この自然水準というのはどういう論理なのでしょうか?現状が自然的な水準だから何もすべきではないという論理でしょうか?現状が自然な水準だと語れば確かに結果論的には間違いではないが将来への提言がなくなる歯切れの悪い論理ではないか?
今の需要からくる消費水準は自然水準だから景気対策はすべきではないと。たしかに政府によるばらまき政策を続けても長期的に見れば需要は伸びないでしょう。その意味においてこのようなばらまきの景気回復は無用だといえます。しかし需要と消費からの景気対策はこのようなばらまきだけではなく、国民生活の安定を考えた政策からの「潜在的な需要と現実的な消費の一致」から景気回復はされるでしょう。
ばらまきによる景気対策で一時的に消費が伸びるというのは潜在的な需要はあるという事で、それは需要の自然水準を超えていないという事です。この需要と消費が一致したものが長続きしないというのは、消費者の懐の金が政府によるばらまきでしか続かないという事を示しているにすぎなく、例えば賃上げなどがあれば需要と消費の一致は安定的なものになるでしょう。
このように考えれば需要の自然水準というのは常に運動する経済の中で変動をするという事であります。

【2013年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2014年】ツイッターつぶやき
昨日の続きですのでまずは昨日の記事のコピーです。
「安倍総理は21日会見を開き「アベノミクス解散」だと発言した。
安倍総理は「野党は『アベノミクスは失敗した』と批判ばかり繰り返している。私は今回の選挙戦を通じて、私たちの経済政策が『間違っているのか、正しいのか』、『本当に他に選択肢はあるのか』国民の皆さんに伺いたい」(上記リンクページより引用)と述べたという。
国民に問うとすれば、「アベノミクスで生活や労働が以前より楽になりましたか?豊かになりましたか」と問うべきでしょう。
消費増税10%を先送りしたということは8%への消費増税が正しくなかったということですから10%は中止をすべきなのですが、先送り後には景気条項をなくして何が何でも増税するというものです。
それまでに経済をどう発展させるかの青写真は明確なのだろうか?
たんなる期待ならば、ほかに選択肢はあるのかいう批判がそのまま安倍総理に帰ってくるでしょう。」

そして続きは今朝のツイートから
安倍総理は、野党はアベノミクスが失敗というなら対案を示せと言っていますが、10%先送りするこの2年半でどのようにアベノミクスが国民生活を豊かにするのかを具体的に示すべきでしょう。それはこれまでのように「期待」であってはなりません。絶対(追記:景気条項を削除して)10%をやるというのですから。
野党も条件付きですが先延ばしは受け入れる要素となるでしょう。アベノミクスへの対案は、アベノミクスがやってしまったことへのしりぬぐい的な変更にならざるを得ないでしょう。日銀も緩和を続けるというのですから。
自民党も野党も対処療法のような政策にならざるを得ないでしょう。しかし自民党ははっきりとした国民生活を豊かにする青写真を国民に示す責任がある。その青写真を示したことによって解散総選挙の意義も生まれるでしょう。それがなければやはり選挙は無駄なのです。国民にとっては。
しかし無駄とは言っても実施されるのですから国民はこれを機会に考えることの契機としなければならないでしょうね。
すでにアベノミクスが2年間も進められており、衆議院が解散されて国会がお休みでも経済は動き続けます。年末は株価や為替も大きく動くかもしれません。日銀は緩和を続けます。この中で野党の責任は対処療法を示すことでしか果たせないでしょう。
もう一度書きますが、この中で与党自民党は今後10%を先送りした時間に国民生活を豊かにする青写真を期待ではなくて具体的なものとして示す責任があるということです。
公明党は与党内野党を自任自認してきたのではないか。常に対処療法を与党内で行ってきた。しかし今、公明党もアベノミクスの今後を語る時期に来ているのではないか。アベノミクスを成果とするならばそれを国民生活の向上のためにどうかじ取りをするかのビジョンが必要だろう。
以上のように与党自民党そして与党内野党公明党そして野党の責任の違いがある。この責任においてアベノミクスだけではなくて広く「戦後レジームからの脱却」を総括してその中からのビジョンを国民に示す必要がある。こうすれば総選挙も国民のためのものとなるし、選択肢にもなるだろう
もちろん今後のビジョンを描くにはこれまでのアベノミクスが国民生活をどう変えたかの総括が必要で、国民生活は安定をしたのか不安定となったのか。このままアベノミクスが突っ走った場合はどうなるのか。その中にアベノミクスが正しかったのか誤りだったかの議論が必要です。
自民党は道半ばばかりを言うのではなくてこの2年間で国民生活を良い方に向けたのかそしてそのための政策はどこにあったかを明らかにしなければならない。たとえば賃上げはあったというが実質賃金や賃上げの広がりも含めて説明責任がある。野党に対案を求める前に自己総括が必要です。
10%先送りもアベノミクスの成長戦略の修正です。なぜ修正をせざるを得なかったのか?そこには誤りがあったということです。

自民党はアベノミクス総括の説明責任を果たしてから野党の意見を聞くべきでしょう。

【2015年】
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
夏にたくさんの花を咲かせた松葉ボタンの種がたくさんとれましたので、小さな鉢に蒔いて暖かい出窓においておきました。
この2,3日でたくさんの小さな芽が出てきました。
松葉ボタンと言えば5色ほどの色の花が咲き乱れるときれいですが、種も5色すべて取って混ぜておきました。
発芽した目を見るとすでに茎が赤いものがあれば白いものがあります。
たぶん何色かの花の芽が出たのだと思います。
自然のままにしておけば種が落ちてそれが春に発芽するのでしょうが、出窓の中ですから早く発芽したものと思います。本格的な冬には、冷え込んだら室内晴れたら出窓に移しながら育てたいと思います。もしかしたら花屋さんで並ぶ時期と同じころに花を見ることができるかもしれません。

【2017年】ツイッターつぶやき
熊本市議会に赤ちゃんを連れてきて問題化されているようです。結局は事前に通告がなかったというのが問題という事になったようですが、今後どうなるのでしょうか。
ツイッタなどを見ているとヨーロッパでは赤ちゃんを連れて議会に出席している写真を多く見ることができます。
赤ちゃんを連れてきた市議の理由などはわかりませんが、子供を預けられないあるいは昔アグネス・チャンさんが赤ちゃんをスタジオに連れてきたような母親の信念があるのか。。。。。
議場に赤ちゃんを連れていく思想信条があるのかはここでは見ないことにします。もちろん議場の赤ん坊なっておかしいだろうで片付ける意見も置いておきます。
仮に赤ちゃんを預ける場がなかったとすればこの間問題となった保育園不足もあるのかもしれませんね。同時に市役所で議会は開かれるとすれば、市役所には託児所ぐらいはつくってもよいのではないでしょうか?
子育て中の議員が安心して預けられる託児所。これは女性議員になぎる問題ではなくて男性議員にも必要なはずです。
同時に市役所に託児所があれば、市民も子供を預けてゆっくりと大切な相談や手続きもゆっくりとできるでしょう。
時々行く車のディーラーでは狭いながらも子供が遊べる場所をつくっています。時々女性社員が子供の相手も。親もある程度落ち着いて話もできるのではないかとおみます。また女性が多く働く職場(事業所)に保育設備があるとも聞いています。
こういった取り組みが広がれば社会も少しは暖かい雰囲気をつくれるのではないでしょうか。

【2018年】ツイッターつぶやき
10時頃だったか、風呂上りに夜空を見上げた。
満月が真上に輝いて火星が見えて三ツ星も。
暗い夜空をずっと見つめていると、東京でもだんだんと暗い星たちの輝きが見えてくる。
しばらくしてまた夜空を見上げたらもう厚い雲に空は覆われていた。
雲の上の宇宙を想像した。

【2019年】ツイッターつぶやき
11月もあと1週間。
もう十二月ですなぁ。。。。。。
スーパーに行ったら正月用品の昆布や餅などが並んでいました。
もう泥ネギも。
さすがにまだ早いと思うのですが、師走というぐらいですからあっという間に年末になっちゃうでしょうね。
そういえば、正月用品はあったのですが、クリスマス用品がない。お節料理の予約はもう早くからありましたが、ケーキの予約というのはなくなりましたね。
子供のころ、街に出ると商店街にはクリスマスソングが大きく流れていて、あっちこっちでケーキの予約がありました。今はこういう景色はなくなりつつあります。
デフレ不況が長引く中、そして商店街がシャッター街になってから町の活気もなくなって、年末の大安売りもなくなり豪華福引もなくなりました。
そういえば、クリスマスは、最近ハロウィンに押されてますからね。
12月も押し迫ってからクリスマスだ正月だとせわしなくなりますからクリスマスが質素になれば楽といえば楽ですなぁ。金もかからないし。。。。。。
今年もお節料理頑張ります。

【2020年】ツイッターつぶやき
観光地といえば京都や北海道や沖縄などを思い浮かべますが、多くの観光客が集まる所は東京や大阪などの大都市ではないでしょうか。東京なら千葉県にあるとはいえディズニーランドがありますし、大阪にもユニバーサルスタジオがある。そのほかにも人を大きょび寄せるところがたくさんあります。そしてなんといっても繁華街の魅力があります。
こう見るとGo Toで地方の観光地で感染拡大がそれほど多くないようですが、大都市の観光地では人が密集する場所がたくさんありますから感染拡大が起きている可能性が高いです。また旅行とは違いますが、周辺の県からも人が遊びやショッピングでも集まります。
同時に大都市圏で感染拡大が発生するとその大都市圏からは観光で地方に人が移動します。
大都市圏での感染拡大が起きて地方へと拡散していく様子はこの間の感染拡大を見るとわかるようです。
もちろん観光を通じての感染拡大は感染が拡大する要因の一部だと思いますが、Go Toを通した旅行や娯楽全体の影響力はあったとみる方がよいでしょう。
そうは多くはありませんが、Go To関連のクラスターも報道されています。クラスターにならないまでも感染経路不明が多い中で家庭内感染としてじわじわと広がっている可能性があります。
一部の人たちは、Go Toは感染拡大には関係ないという意見が出ていますが、それは間違いだと思います。第一波や第二波も人の移動にゆるみ(緊急事態宣言花序など)の後に感染は拡大をしています。第三波も本来は感染が終息したのちの経済対策であったはずのGo Toが先取りされて9月以降感染拡大傾向となりそれが10月から第三波として顕在化しています。政府や専門家も第三波と規定することを躊躇していましたが現在は第三波であると誰もが認めざるを得なくなっています。
11月の連休も終わりますが、多くの観光客の動きがありました。それが今度は日常の仕事などでの人の動きに関係してきますから12月の中旬ごろまでに感染拡大はさらに進むのではないかと危惧され、その後には年末年始の連休があります。この繰り返す人の密集が1月から2月の乾燥した寒い季節に関連をしてきます。
医療崩壊がすでに心配されはじめているのですが、今後どうなっていくのか。たんなる心配であってほしいとは思うのですが。。。。

【2021年】ツイッターつぶやき
最近資本主義を否定する考え方が出ているようです。
毎日資本主義の経済矛盾が見え、資本主義を支える政治家などの信頼が薄らいでいる。
資本主義に期待が持てなくなっているということでしょう。
55年体制であれば社会党が伸びる時代だったかもしれませんが、社会主義陣営も脆弱化をしている中で資本主義に代わる社会主義という選択肢も見えなくなっている。
社会が停滞をしています。しかし停滞だとしても現状維持ができているわけではなくて、停滞は社会全体の沈下させていく。
政治経済はもちろん社会全体が沈下をして劣化をしていく停滞です。
そこで心配となるのが戦争です。
一部の人々の心を動かしてしまうでしょう。そしてそれが広がる。
唯物論ではなくて精神論が先走る。

【2022年】ツイッターつぶやき
自民党はマスクをつけているのは日本人ぐらいだとしてマスクをはずすことを促しているようです。
すでにマスクどころか社会的規制全てを行わずにワクチン頼みの感染防止策になっています。
中国がゼロコロナを目指すことで現地の日本企業が生産を中断しなければならないことに抗議もしたようです。
すべて経済の回復のためですが、コロナにしろ何にしろ経済対策らしきものは何もありません。あるのは増税や社会保障負担などの国民生活の切り下げです。この国民生活の犠牲により経済政策を行っている。これでコロナ対策を経済優先にと。
バカげたことを次から次へと行わざるを得ないのは日本政府も手も足も出ないだるまさん状態にあるということで、唯一軍備増強での掛け声で国民に訴える。
結局、コロナ対策もダメ、経済もダメとなった過去を繰り返すだけでしょう。

【2023年】ツイッターつぶやき
オランダの選挙で極右政党が第1党になりそうです。
なぜ急激に勢力を拡大したかの理由は、難民そして移民の排除にあるようです。
イタリアでも局政権ができましたが同じ理由のようでした。
アメリカでも不法移民問題が大きくなっていますし、日本でも難民や移民は阻止する状態になっているでしょう。
しかし移民は安い労働力を確保するために歓迎されたはずです。しかし経済が不安定になると自国民の雇用や賃金が不安定になる。そこで移民が邪魔になり原因だとなる。
日本では外国人労働者が多くなっていますが、多くの公立学校ではこの外国人労働者のお子さんたちが増加しているようです。
奴隷制国家というといいすぎですが、自国民が嫌がる仕事を外国人労働者で埋める。しかしこの外国人労働者がいなくてはならない労働力となり自国市民の雇用まで奪うようになっていく。これは奴隷制国家の衰退と似ているのかもしれない。
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2024年11月22日(金)「事故の回避は不可能だった」

2024年11月22日 21時48分51秒 | 「政治・経済」
「事故の回避は不可能だった」
自動車と歩行者や自転車との事故では、この「事故の回避は不可能だった」という言葉は交通事故では通じない言葉だと思っていた。過失割合で自動車側の責任が問われる。
こんな中、車と自転車の事故で過失割合が自転車側が100%となり、同時に車に傷でもついたのか?15万円の賠償が自転車側に課せられた。自転車の無謀な運転が続く中、ある意味画期的なものでしょう。さらに自転車を運転していたのが10歳の子どもだという。当然親の責任となるのでしょうが、子供だから仕方ないという言い訳もできなくなっているということでしょう。
自転車で老人を殺してしまったという事故もありますが、「車両」としての自転車への責任は強く求められるようになっていますしさらに厳しくなるのでしょうね。また、ながら運転や交通ルールを守らないで自転車を運転して車がぶつかったら車の責任だというものも都市伝説になりつつある。
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「11月22日という日」

2024年11月22日 08時08分35秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2024年】ツイッターつぶやき
「事故の回避は不可能だった」
自動車と歩行者や自転車との事故では、この「事故の回避は不可能だった」という言葉は交通事故では通じない言葉だと思っていた。過失割合で自動車側の責任が問われる。
こんな中、車と自転車の事故で過失割合が自転車側が100%となり、同時に車に傷でもついたのか?15万円の賠償が自転車側に課せられた。自転車の無謀な運転が続く中、ある意味画期的なものでしょう。さらに自転車を運転していたのが10歳の子どもだという。当然親の責任となるのでしょうが、子供だから仕方ないという言い訳もできなくなっているということでしょう。
自転車で老人を殺してしまったという事故もありますが、「車両」としての自転車への責任は強く求められるようになっていますしさらに厳しくなるのでしょうね。また、ながら運転や交通ルールを守らないで自転車を運転して車がぶつかったら車の責任だというものも都市伝説になりつつある。

≪過去の記事≫

【2003年】
吉本ばななさんの「よしもとばななドットコム参上!」を読み始めました。おもしろいのですが。。。。。
なんだろう?なんとなく感じる違和感は。。。。。
たとえていうと、僕のようなまったくの一般人(凡人)が作家などの芸術家が集まるパーティーになぜか入れてもらったというのか。言ってみたのはいいけど、名前を聞かされても誰のことやらまったくわからず、親しそうに話している輪に入れずに一人ちんまりと見ているというような違和感かな?
何しろ登場人物が誰なのかもわからないし、話の中身もわからない。かといって文章は惚れ惚れするようにうまいけど、なんかぴんと来ない。
ううう・・・・
3巻まで買ってしまった。。。。
どうしよう。とりあえず夏生さんが出てくるところを楽しみに読みます。外から見た銀色夏生は貴重ですからね。。。

【2004年】
25日は夏生さんの「保育園に絵をかいた」が出ます。楽しみです。古くなったお子さんの通う保育園の壁に壁画を書いたことが「つれづれノート13」の日記に書かれていましたが、その絵の写真などが紹介されているようです。
産まれ故郷に帰った夏生さんの生活にも変化が出てきているようです。
お子さんを保育園に入れる夏生さん、自然さを感じます。このに地上の自然さを書く作家はいいですね。。。。

【2005年】
医者から中性脂肪やぎっくり腰は運動不足だと言われ、12月からスポーツジムに通うことにしました。
身長に対しての体重はもちろん体脂肪率も正常なのですが、なぜか血中の中性脂肪値が高い。。。
内臓に脂肪がついているのかな?それに脳味噌や心臓がプッツンでは怖いですからね。
今日、スポーツジムに行き相談したら、インストラクターの方が「私も中性脂肪値が高いんですよ。中性脂肪はなかなか落ちませんよ」と。インストラクターをしていても中性脂肪値は下がらないのかよ。。。。どんより
まぁ、薬を飲まない程度の高値安定になればと思い通うことにしました。
中性脂肪もあまり低くなると免疫力も落ちて癌になりやすいということも聞いたことがあるし、いつもお世話になっている医者も「僕も中性脂肪値は高いんだなぁ。。。」と。そして語気強く「あまり中性脂肪値が低くなると大変ですよ」と自己弁護的な話しぶり(笑)「株価と同じく高値安定がよいのですかね?」と聞くと笑ってました。
スポーツジムのやはりインストラクターのようなきれいな女性にデレッとしながら申込金を払ったのですが、落ち着いてロビーの中を見ると、腹の出たおばちゃん連中がタムロしていた。。。どんより
さっそくスーパーの衣料品売り場に行き安い運動着やスポーツシューズを買ってきました。

【2006年】
うううう。。。。
やはり風邪が抜けません。昼間は調子がいいなァと思うと夕方から苦しくなる。
しつこい風邪のようです。
もう3日も風呂に入っていないので気持ちが悪いです。これでまた風呂に入ると風邪がぶり返しそうなのでやめておききます。頭が痒い。。。ハハハ
それでも無理をして買い物に行ってきました。
そういえば、無理といえば、昼間にカネノナルキを植え替えました。この木はもう20年以上も生きた古木ですが、さすがに植木鉢も窮屈になり、土もコンクリートのように硬くなって水を吸い込まなくなっていました。最近葉も小さくなって元気がありませんでした。今は植え替えの時期ではないのでしょうが、もう限界かと思い植え替えてしまいました。元気に育って欲しいです。
この惨めなカネノナルキを見ながら妻が一言。。。。
金が貯まらないわけよね。。。。ううう
クリスマスの時期の葉が赤くなる鉢植え。。。何という名だったか?
その木の葉が赤くなってきました。またクリスマスの頃には楽しめそうです。でも、こちらもそろそろ植え替えないと。。。。。

「ざらざら」
           マガジンハウス
           川上 弘美  著
2002年11月から2006年7月までに雑誌「クウネル」に連載された短編集です。ひとつの作品が7ページから10ページほどのエッセイ風の小説です。
「ざらざら」の後に、やはりエッセイ風の小説を集めた「ハヅキさんのこと」(講談社刊)が出版されましたが、こちらの作品集も同じ頃にいろいろな雑誌に連載したものを集めたものです。
「ざらざら」と「ハヅキさんのこと」、この2冊は同じ作品集として読んでもいいのではないかと思います。このような意味では、「ざらざら」には「あとがき」がありませんが、「ハヅキさんのこと」には「あとがき」があり、冒頭次のように書いています。
「ちかごろ、原稿用紙にして十枚前後の、短編、というには少々短い長さの小説をしばしば書くようになった、」
       (「ハヅキさんのこと」あとがきより引用 以下も同じ))
そしてこの短い小説を書くきっかけとなったのが、表題作の「ハヅキさんのこと」(1999年発表)だったらしい。短編集「ハヅキさんのこと」は、この1999年から2005年までに書かれており、「ざらざら」の中の短編と平行しつつ書かれている。ですから「ちかごろ」とは、1999年から今年までということになる。
このような意味では、「ハヅキさんのこと」にかかれた「あとがき」は、「ざらざら」へのあとがきだとしてもよいと思う。2つの作品を除き、雑誌「クウネル」に発表された作品集が「ざらざら」で、その他の雑誌に発表されたものを集めたのが「ハヅキさんのこと」なのです。
「エッセイの体裁をとった小説」
人は夢だか現実だか、その記憶が本当のことを形のままに残っているのかとなるとあやふやになることがある。「エッセイ」となればそこには本当の現実が入ってくる。このエッセイを小説化してしまうと現実なのか作品なのかがあやふやである。「エッセイの体裁をとった小説」なのか、「小説の体裁をとったエッセイ」なのかは、あやふやである。このあやふやさがまた川上さんの作品の特徴でもありひとつの世界なのである。
しかし
「虚と実のあわいにあるなんだかわからないものが知らずに現れている」(「あわい」。。。あいだ)
これが表現というものだろう。
一つの短編に書かれたこと自体が川上さんの本当の体験かといえば、それは「虚」であり、ならば短編はまったくの虚であるかといえば、表現された心の動きは「実」なのではないか。。。。
これが表現するということなのではないか。
この表現の仕方に、古い作品としてのちょっと不思議な世界もあるわけで、それが川上作品の特徴でもある。最近の作品には、初期のような表現が少なくなっているが、この両短編集には、また違った形での川上さんらしさが出ていると思う。
「同行二人」は、「溺レる」の世界を思い起こしますし、「月火水木金土日」は、不思議な世界に入り込みますし、これも初期の作品を思い起こします。この作品の形として初期の川上さんの作品を思い起こすということと、同時に、すっと動く心の動きの表現としても、それは初期の作品的なのかもしれません。
話がそれますが、僕のホームページでは、銀色夏生さんを中心に、女性作家の皆さんの作品感想を書いていましたが、最近は、川上弘美さんの作品もすべて読みたいと思うようになってきました。これがなぜなんだろと考えてみると、お二人の作家の表現の中には、この「すっと動く心の表現」という一面にあるのではないかと思います。まだ「ハヅキさんのこと」は読んでいませんが、この両短編集は、僕にとっては大切な1冊に成るのではないかと思います。
「淋しいな」は、失恋の淋しさですが、淋しくなるきっかけはたくさんあるけど、よくよく考えればきっかけはきっかけ。。。残るは淋しさなのだ。ふと図書館から借りた本を思い出す。風呂に入ったらすぐにねついてしまった。「淋しいな。」ふらられた「淋しさ」と後の「淋しいな」は違います。この失恋で彼に会えない淋しさから、「あたし」は、恋愛をしたことがあるのか、彼の事が好きだったのかと自問するなかでの自分への「淋しいな」と、心の動きがあります。銀色夏生さんの「こんなに長い幸福の不在」のなかの「この悲しい気分の一つは」という詩の僕の感想には「中途半端な恋。つかづはなれずの恋。。。。恋に迷いはつきものだけど、迷いながらもたしかなものを見つけるのも恋。見つけられないうちに終わったのが悲しいのかもしれない。」とあります。淋しさと悲しさの違いはありますが、この心の動きにぐっとくるわけです。
この川上さんと銀色さんの比較は、まったくの僕の中にあるものですが、詩にしろ、超短編の小説にしろ、何を表現するかは、この心の動きの変化ではないかと思います。
この短編集は、いろいろな小説を読んでいると、頭に焼きつくような場面に遭遇しますが、そんな文章を集めたような気もしますし、小説の本題には関係ないけどなぜか印象に残る場面もあるというように、超短編にはそんな魅力もあります。
また、表題作「ざらざら」では、二人の女と一人の男との友人関係と淡い恋がありますが、この微妙な関係の中での恋が、正月用の飾りである海老のざらざらとした手触りに表現をされている。淡い恋の心を飾り海老のざらざらに結びつける。。。ここには俳句的なものを感じます。
川上弘美さんは、今はどうか分かりませんが、恒信風という俳句会の同人でいらしたようですので、ぱっと湧き立つ心の動きを短い文章にするということという点では、この両短編集は俳句的小説といっても良いのかなとも思います。
主人公は、20歳から35歳ぐらいの女性で、その恋を描きますが、恋の短編集としてだけではない人の心の揺れ動きといったものを考えさせられます。
失恋の悲しみというのは、もしかしたら淋しさとか寒さの中の温もりを求めるものなのかもしれない。
だからなぐざめや励まし、同じ体験談が救いとなるのだろう。
失恋ばかりではない。人は一生淋しさの中に生き、そして温もりを求めていくのかもしれない。
だって、心はいつも自分という孤独の中にあるのだから。

【2007年】
(記事なし)

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
最近腹が膨らんだ

といっても御腹の脂肪が増えたのではない

なんだか知らないが膨れたのである

御腹といっても胃の辺りが

そういえばゲップがよく出る

テレビのコマーシャルでやっている

逆流性食堂食道炎(といったかな?)・・・・・・?

それは食道癌だよと嫌なことを言われた

うううう。。。。。

でも今朝になりだいぶ膨張感がなくなった

しばらく様子をみよう

もしかしたらストレスが腹にたまったかな?
        (Am8:17)

昨日の朝日新聞の読書ページに紹介されていた3冊の本に興味を持った。
「偶然とは何か」(竹内 啓著)「確率論と私」(伊藤 清著)「量子の社会哲学」(大澤 真幸著)の3冊です。
社会は人自身が営む人と人との関係によって成り立ち、人は心という制御不能な行動を引き起こします。社会は偶然によって成り立っているようですし、偶然ならば心に沸き立つものを実現できる自由さがあるように見えます。しかし偶然とは何か、確率、そして量子の不思議な振る舞いによる不確定性がその人間社会にも働いているのではないかと以前にも書きましたが、この3書はの中身については興味を持ちます。
3冊を買いたいのですが。。。。。5000円ほどでしょうか?ううう・・・(笑)
ボーナスが出たら!!とは思うのですが・・・・
まぁ、本を買うかどうかは別にして、「偶然とは何か」の辻篤子さんの「結果としての運 世界の法則性は」という解説を読む中で、サイコロを振りそのでる目は数を振る中で6分の1になるという「大数の法則」が紹介されていて思うところがありました。
以下は紹介された本の中身や解説についての感想ではありません。
僕がサイコロを振る。例えば3がでたとしてこの3が出たということは偶然です。しかし1万回(「大数の法則」で何回以上振ればいいかはわからないのですが)サイコロを振ったとしたら、最初の一振りの3がでたことはまったくの偶然ではなくなて法則性の中にあったということです。同時に3が出たということは偶然ですがその偶然が重なることによって法則を貫徹するということでもあります。法則ならば偶然は必然性となります。
この偶然と必然性そして法則は、神の気まぐれという偶然や運命という定められた必然でもなく、または唯物論にたつのしても機械的に仕組まれたものでもない。確率という不確定性の中においての法則性ということでしょう。
上では僕一人がサイコロを振っていました。しかし人の社会では例えば1万人の人が一斉にサイコロを振るわけです。1が出る人、2が出る人。。。。と、なんら人間の関連がないところに偶然性が働きます。このとき、例えば政治や経済の場という限られた中においてのさいころの目の数をその目の数に応じて人が集まるとしたらそこにはじめて人の心や頭脳が働き始めます。3という目の数が出たという人が集まり人の心や頭脳が結集した社会という力になると政治や経済学の世界は3という方向に流れる。これは一見人の自由な行動として現れるわけですし、同時にそれは一つの偶然性の中にあるわけです。
しかし政治や経済の中には1というサイコロの目の人も居れば6という人もいる。しかし人の営みという社会は3という方向で動く。これも偶然性であり、不確定性の中にある。
政治や経済の世界の社会を引っ張る人々が1万人として社会は偶然性の中に現れるが、日本一つ観ても1億人の人々がいてやはり政治や経済に深くかかわるサイコロの一振りをするわけです。それは労働をし金を受け取り消費をし、偶然の中に嗜好も出てくる。1億人の偶然においてサイコロは一振りされる。その一振りは政治や経済に意図的にかかわるわけではないが。
1億人の一人一人に一振りは偶然性の中にあるが、1億人の一振り全体には一つの必然性の芽があり、その芽は毎日の一振りの繰り返しの中で法則性をはっきりとさせる。3という主張をした政治や経済にかかわり力のある人の集団がこの法則性の中に生き残れるか?
一人一人がサイコロを振るという偶然性や不確定性は政治や経済の中においてエントロピーのようにその法則は貫徹されそれは必然性となっていく。その結果は1から6の目が平均化されていくということである。ここに一つの政治や経済の流れが確定をする。もちろん人の社会だから確定されたからといってそれで運動をやめてしまうわけではない。一つの社会構造が確定をするということはその社会構造のの終焉であり死である。そこでもまた1億人はサイコロを振り続けるのである。新たな社会が動き始める。
それではこの毎日の人によるサイコロの一振りとは何か?それは矛盾に対する適応である。
腹が減って生存の危機を覚えれば食う。寝る喜怒哀楽がある。これらすべては矛盾の何らかの解決に要するものであり、サイコロは矛盾解決の原動力である。
社会がその政治や経済の中でエントロピーにより確定することは人間社会それ自体の終焉や死ではなく、社会の中にある矛盾の新たな解決に向かうための新たなサイコロの一振りである。
それは大きな社会変革期になる。
資本主義は封建制の矛盾を解決するために、というよりも封建制が成り立たなくなった一つの確定された社会の終焉と死の中にその矛盾解決のためのサイコロの新たな一振りだった。しかしまた資本主義もエントロピーといったようなものでその活動を確定しつつあり矛盾により活動停止あるいは1億人の人々にとってはその矛盾の解決の足枷になる。
資本主義らしくない資本主義というのが法則性になるだろう。この法則性を見抜いた理論を政治学や経済学の中で発見する人がこれまでに世界史に名を残した偉人の一人になれるだろう。偉人とは法則性を正しく理論化した人である。1億人の人々が振るサイコロの目という偶然性の中や不確定性の中に法則を見るということである。

【2011年】ツイッターつぶやき
所要があり仙台に行ってきました。
夜は牛タン専門の飲み屋さんへ。仙台市内はどこをどう歩いたか、まったく地理がわかりませんので飲み屋さんもどこにあったか。。。。。(笑)
牛タン焼きはもちろん牛タンを使ったいろいろな料理をおいしくいただきました。
もう少し飲みたいと2件目に入ったのが地酒をたくさん置いてある飲み屋さんへ。
そこでヨーグルト酒というのを飲みました。
まさに濃厚なヨーグルトの酒でした。飲むヨーグルトほどには甘くなくヨーグルトの酸味もほどほどで口当たりが良くて何杯でも飲めます。上にリンクしたページにあるようにアルコール同数が5%から6%ですからビール並みですね。飲みすぎると翌朝に頭痛が?と思ったのですが、度数が少ないので女性でも安心して飲めるかもしれません。
篤農なヨーグルトと日本酒のリキュールのようですね。でも常温では発酵が進むから注意とか。飲み屋さんで飲んだときは、店ではヨーグルトの中に日本酒か焼酎でも入れて出しているのかと思ったのですが、そうではなくてちゃんとした瓶で売られている酒でした。
ロックで飲みますが薄めずにぐびっと飲むのが良いようです。
酒屋さんへ行ってお土産に買ってこようと思ったのですが、飲み屋さんで飲んだヨーグルト酒がなのでこちらの酒を買ってきました。こちらはアルコール度数も高く、いろいろな添加物も?味はどうなんだろ?また行く機会があったら上のリンクのものを買いに行きたいです。
そういえば今はネットでも買えますからねぇ。。。。
東京では今まで見たことのない酒です。飲み屋さんにおいたら売れると思いますよ。ブレークするかも?

ツイッターを開いたら小宮山厚労相の発言への批判がたくさんあった。
本来は失業手当というのは無いほうがいいのです。少なくとも失業保険の支給は最短期間のものでなければならないはずです。このように書くと誤解をされると思いますが、失業というものはなくさなければならいものなのです。ですから国のすべきことは失業をすること自体を規制(首切りを企業の自由とはさせないとか)をしなければならないことと、失業した場合は短期間のこれまでの給与保証(失業手当)と雇用の確保ではないかと思います。
ですから大臣が被災地においても失業手当をいつまでも続けるのではなくて就労支援を行うということ自体は良いことだと思うのです。もちろん就労したら福島原発の作業だったでは困りますが、雇用と就労がかみ合わなければ被災地の復興も経済的な復興もあり得ません。そして労働者も長く失業手当に依存した生活は精神的にもよくはないということもあります。
もちろん以上のことは原則論です。
被災地は原発事故によりその復興が遅れに遅れています。経済のバランスが崩れてしまったように思います。農業も観光もそして企業活動も原発事故のためにこれまでの経済を支えてきたものが崩れてしまっているわけですから。この中に原則論としての失業手当の支給から就労支援に移行するというのは何の根拠もない原則論で終わってしまうのではないでしょうか?就労支援に移行する、ではその就労先は?失業手当を打ち切る前にこの就労に向けての何かしらの展望仮名けらばならないでしょう。特に東北はこれから長い冬に入ります。
具体的な就労支援の見通しがないままに失業保険を打ち切ることは相当な失業者の犠牲を伴うでしょう。
もちろん失業手当は失業保険という保険で支給されるものですから、これ自体を見ればやはりそうは長い間支給期間を延ばすこともできないでしょう。そこで復興財源とされている予算をどのように活用するかに関連した労働者の救済を考えなければならないのではないでしょうか?復興にはいろいろな企業も入ってくるでしょうがその企業だけが潤っていくとすれば東北の復興も表面的なものになってしまうでしょう。その予算が多くの労働者の雇用を生み出して生活のための賃金が保証されないと本来の復興にはつながらないでしょう。

【2012年】ツイッターつぶやき
江戸時代の小判はだいぶ純度の高い金貨だったようですが、幕末になって開国すると欧米列強は日本の金と列強の銀を交換したり粗悪な金貨で交換されたりしたようです。その中で損はしていられないので粗悪な小判をつくるようになる。当然幕末のインフレが現れたようです。
金が直接貨幣として流通するわけですからいくら粗悪な金貨をつくるといっても限度がありますし、そもそも幕府(国家)が所有する金の量にも限度があるわけですからインフレにも頭打ちがあったのではないでしょうか?
しかし現代は紙幣ですから一度インフレ政策がはじまれば限度がなくなるのではないでしょうか?
今の日本はデフレからの脱却あるいは円安をつくりだすためにインフレを政策的に行おうとしている。ひどい論理となるとインフレで国の借金も相対的に減らしてしまおうというものまである。
自民党安倍総裁が建設国債を国が発行させて日銀に買い取らせるとか、それを修正して一度市場に出してから日銀に買い取らせ2,3%のインフレを起こすといい政府などから批判が大きくなっています。日銀が貨幣をいっぱい刷って国債を買う資金は市場に流れるわけですから貨幣量が足りないと定義するデフレを改善してインフレに持ち込もうという論理でしょうか。
たしかに貨幣をいっぱい刷って市場に流せばインフレとなりますが、それは幕末の粗悪な金貨の発行と同じで、貨幣の価値量は変化しないで額面だけを高くするだけですから経済の改善がなければいつかはまたデフレ状態になります。そしてまた通貨量を多くするという悪循環です。
また、仮に2%のインフレが起きたとして、今の労使関係からして貨幣は企業に流れるだけで労働者にはそうは回らずに1%とします。どうでしょうか?労働者の購買力は現在よりまた大きく後退をします。するとさらにひどいデフレ傾向になるでしょう。そしてまた貨幣量によるインフレ策が以前にもまして大きくなる。
ハイパーインフレとデフレが同時に進行して日本経済は麻痺をしてしまうのではないでしょうか?国民生活はさらに貧困化をして企業などに蓄積された金はアメリカの国債や金融商品を買いあさる。健全な企業活動の利益は減ってますます金融資産重視の企業会計となる。粗悪なジャパンマネーが金融市場に流れてインフレ傾向が。国民生活の貧困化からのデフレと国債や金融市場などインフレが同時発生をして拡大をする。ある種のスタグフレーションの拡大ではないでしょうか?
最近は、デフレからの脱却を経済の立て直しからという言葉が少なくなり、国際的な自国通貨安競争という政策上での円安を求めることが重要視されて貨幣量の政策的な増加による政策インフレが多くいわれるようになっています。そしてこれを経済の再生として位置づけられる。これは危険でしょう。
なんだか逆立ちをした経済論理となっているのではないでしょうか?インフレは経済成長に伴う傾向です。経済成長の中で市場の取引が爆発的に拡大したときに需要が増大して物価が上がるわけです。そして貨幣量を増やしてインフレ。経済が落ち込んでいるときには、市場の貨幣量が不足しているわけではなくて貨幣はどこかに吹きだまっていて弱い労働者の懐が絶対的な貨幣量の不足となるわけです。この時にインフレを起こそうとして貨幣量を増やしても経済は落ち込んでいるわけですから当然労働者の懐の貨幣量は増えずに内需は落ち込む。ここでも貨幣量自体が増えてどこかに吹きだまるというインフレと労働者の懐の貨幣量から見たデフレが同時進行する。物価は下がり続けてデフレの定義通りになっていく。
今は、貨幣量を多くするという政策インフレではなくて、吹きだまっている貨幣を労働者の懐に戻す政策が必要なのです。国債はある種の吹き溜まりです。設備投資の見通しもないような金の使い道がない時に国債は良い投資先でしょう。金が吹きだまっているから国債を国内の資金で引き受けられる。年金積立金も予定通り団塊の世代が年金生活に入ったのだからそれを使うべきなのに使わないで運用されるばかりです。このようなものを見ても金は吹きだまっているのです。ましてやアメリカの国債まで大量に買い込んだり、海外の借金させたり。政策的にこのような金を国民生活に回すことで経済の立て直しとインフレ傾向が生まれるでしょう。

【2013年】ツイッターつぶやき
高齢化社会も本格的になり団塊も世代が年金生活に入っている。この中で年金制度も賦課方式になっていることから若い世代の負担増や国の財政も心配されている。その中で団塊の世代も含めて積立方式での年金制度で積立をしていたわけですが、その積立金をどのように今の年金制度で活用するのかの議論もない中、積立金の活用は投資へと向かう。
「公的年金の改革を議論する政府の有識者会議」はこれまで安全と言われていた国内債券への運用を減らしてリスク性資産への分散投資を提言(朝日新聞)した。年金積立金を管理する「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」に対して「運用のプロ」の採用などの組織改革と運用での投資対象を拡大するという。
よりリスクの高い運用を行うようになるわけですから損失は大きく積立金の減少にもつながります。しかし今のアベノミクスにおいては成長戦略が軸ですからその中に年金積立金も組み込まれるということでしょう。
しかし今は賦課方式になったとはいえこれまでの積み立て方式の中での年金資金ですから、いくら運用益を出すこと自体は合法的であっても成長戦略のために活用するとなれば運用目的からの逸脱でしょう。
今高齢化社会で年金制度の維持が困難になっているわけですから運用は最低限のリスクにとどめて積立金をどう活用するかが問われるわけです。若い人の負担を少なくして年金制度を維持するためにそして年金生活者の生活を維持するために使われるべきなのです。よりリスクの大会運用で利益が出て積立金が多くなってもその使い方がはっきりしているわけではありません。ただ単に投資のための資金となる。
最近ではこの投資利益が多くなったとも言われていますが、それがどのように年金制度の維持に使われるかと言えば何もない。利益が出て成長戦略の中でさらに利益を出すといったものとしてしか国民には伝わらない。ここに年金積立金の成長戦略への活用があるわけです。

【2014年】ツイッターつぶやき
今朝のツイートのまとめです。
失業手当とか生活保護というものはなくした方がいいのです。と言っても、何も僕が新自由種新自由主義に宗旨替えしたわけではありません。
失業手当とか生活保護をなくした方がよいというのは、失業というものや貧困というものをこの社会からなくせばよいということです。
失業や貧困がこの社会からなくせば失業や貧困という言葉自体がこの社会で死語となるでしょう。よって、失業手当や生活保護手当もなくなります。
保守政治の良心的な政策は、この失業手当を含めた失業対策と生活保護の充実を言う。保守政治の悪質な政策は、失業手当や生活保護は甘えであるあるいは財政がないと切り捨てたり切り下げたりをする。どちらも保守政治は失業や貧困を根本的になくす政策がない。
もちろんこの社会の現状においては失業手当や生活保護手当の充実を行う政策に反対をするわけではないし充実をさせなければならないと思う。ですからこのような政策を支持する。
しかし現在の経済のシステムから常に失業や低賃金化あるいは不安定雇用を拡大し生活保護受給者を拡大するもの自体を変える意思がなければ、失業手当や生活保護手当にも限界が来るだろうということである。保守政治はすでにこの限界を言い始めて切り下げを行いつつある。
しかしこの限界とは何か?
日本は世界第三位の経済大国である。その経済規模からして国民がどのくらいの平均した生活を送ることができるか?この可能な平均的な生活が行えない中に格差があるということである。
この格差は何も個々の国民の中にある格差だけではなくて、むしろ国・企業・国民総体での貨幣の回転の矛盾から引き起こされる中に存在をする。国・企業・国民のどこに富が集中されているかである。
富の集中はだぶつく金や金融市場という不労所得に集中する。企業の内部留保の問題も出ているし、銀行が貸出先に困る事態も出ている。この中でさらに日銀資金が流れ込む。これを否定しようということです。
この貨幣の回転の狂いを正すことにより国民の平均的な生活は向上するだろうし、労働時間の短縮や休日増の中でのワークシェアリングも可能になるでしょうし自由な働き方も可能でしょう。そしてその中で貧困もなくなるだろう。ここで初めて失業や貧困がなくなりそれは死語となるのである
経済学的には、国家・企業(付随して株式など)・国民生活への貨幣の回転をどう早めて高めるかですから簡単なのです。そこで相対的貧困をなくして経済の力に応じてどのくらい平均的な富を国民に配分できるかです。
しかしこの下部構造としての経済学的に今の社会矛盾を解決する方法は簡単なのですが、経済も人の営みとなって個々の国民や企業そして政治家や官僚の利益がぶつかり合いますからこの政治そして国民の利害関係という上部構造が生まれます。今の政治の流れです。
しかしこの国民間の利害関係から経済を動かせば現在のような経済矛盾も引き起こされますから、常に下部構造としての経済は上部構造の変更を求めます。
国民は自己の経済実態や労働実態を変更するのはこの経済矛盾を変更しようとすることであり、経済も人の営みですから変更は可能なのです。このためには徹底した民主主義、それは自由な言動が保障される中で可能です。ですから豊かな生活のためには自由や平等、民主主義を確立すること。
政治という上部構造の変化のためには民主主義を確立する(守る)こともその要求となるでしょう。
逆に言えば、この自由や民主主義を形骸化したりいらないものとする政治は経済矛盾を必ず引き起こすでしょう。
また、戦争は命の浪費です。その命の浪費は若い労働力を無駄にするということです。国家財政の無駄でもありますう。今のアメリカを見ればわかる。経済矛盾は戦争をも国民は否定する。ですから徹底した平和主義からの平和維持は必要最大限の国民的利益です。
いかに自由と民主主義を守り平和主義を貫けるかが上部構造としての政治のかなめです。それをもとに今経済不足が求めている経済システムを変えていかねばならないのです。そのために何を政治に対して選択をするのか?
日本には平和主義という理念が育っています。経済は世界最後の社会主義とも言われるようなものをかつては築きました。ここから日本は平和主義をもとにした経済的社会民主主義を世界に先立って作り上げる条件が唯一ある国です。。。。(以上終了)

安倍総理は21日会見を開き「アベノミクス解散」だと発言した。
安倍総理は「野党は『アベノミクスは失敗した』と批判ばかり繰り返している。私は今回の選挙戦を通じて、私たちの経済政策が『間違っているのか、正しいのか』、『本当に他に選択肢はあるのか』国民の皆さんに伺いたい」(上記リンクページより引用)と述べたという。
国民に問うとすれば、「アベノミクスで生活や労働が以前より楽になりましたか?豊かになりましたか」と問うべきでしょう。
消費増税10%を先送りしたということは8%への消費増税が正しくなかったということですから10%は中止をすべきなのですが、先送り後には景気条項をなくして何が何でも増税するというものです。
それまでに経済をどう発展させるかの青写真は明確なのだろうか?
たんなる期待ならば、ほかに選択肢はあるのかいう批判がそのまま安倍総理に帰ってくるでしょう。

【2015年】
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
種から育てたビオラがやっと花をつけ始めました。
今年は日照不足もあり育ちが遅かったのだと思いまうが、花たちも頑張ってやっと。。。。
種はいろいろな色の種がミックスされたものでしたからどんな色が咲くのかはわかりません。でもだいぶ花の芽が大きくなったものは色を確認できるようになりました。
一つは紫。一つは多分黄色。。。。
あとはどんな色になるんでしょう?
ペンタスは元気で次から次へと花を咲かせています。
あとは下部が広がり高さも出てくると花もにぎやかになると思います。
夏の花ニチニチソウの根を茎を10センチほど残して植えてあります。残った葉っぱは一度枯れてしまったのですが、太い茎から小さな葉っぱの芽が出ています。今日は良い天気。暖かい日の光の中その小さな葉っぱの芽が光っていました。
冬には冬の花壇の楽しみがありますね。

【2017年】ツイッターつぶやき
先日小ぶりなカブをもらったのでどうやって食べようかと考えました。味噌汁に入れるには数が多すぎます。
その時、独身時代お袋が正月と言えばナマスがわりに株カブの酢漬けを作っていました。
ふとその味を思い出したので酢漬けにしました。
カブはよく洗って頭と尻尾のヘタを取ります。皮は向かなくて剥かなくてもいいのですが、今回は早く浸かるようにと思い皮をむきました。
塩を振っても無用に塩をなじませます。
しばらくしてかすかにカブがしんなりしたら、割り箸を割って横に並べその上にカブを置きます。包丁で割り箸に届くほど切れ目を入れます。5ミリぐらいの間隔でしょうか。網目のように縦横に。カブが塩でしんなりしないとカブが割れてしまうことがあります。
タッパーに酢・砂糖・ほんの少し醤油・鷹の爪を入れてよくかき回します。今回はハチミツも入れてみました。これからは柚子の皮や千切りの昆布などを入れるとまた違った風味になると思います。
そこのカブを入れて冷蔵庫の中で2日ほどつけておきます。時々タッパーをゆすって巣を株になじませます。
美味しいですよ。。。。。
今年のおせちはナマスをやめてカブの酢漬けにしようかなぁ・・・・

【2018年】ツイッターつぶやき
今日は二十四節季の小雪です。
今年は北海道初雪が遅かったようですが、北国や山もちらほらと雪になってきますね。
東京も今日は木枯らし一号が吹くかもしれないと天気予報にありましたが、残念ながらというのか強い風は吹きませんでした。それでも夜になってだいぶ寒さが強くなりました。
わが家は早々と炬燵を出しました。こたつを出さないと寒くて昼寝ができません。。。。あははは
小雪は来月12月7日の大雪までを七十二候では三つに分けるそうです。
『・虹蔵不見(にじかくれてみえず)11月22日頃
陽の光も弱まり、虹を見かけなくなる頃。「蔵」には潜むという意味があります。
・朔風払葉(きたかぜこのはをはらう)11月27日頃
北風が木の葉を吹き払う頃。「朔風」は北の風という意味で、木枯らしをさします。
・橘始黄(たちばなはじめてきばむ)12月2日頃
橘の実が黄色く色づき始める頃。常緑樹の橘は、永遠の象徴とされています。』
こちらのサイトより引用させていただきました。)
立冬から冬となりますが、冬らしさを感じ始めるのが小雪のころですね。
虹が見えなくなる。木立が裸になる。橘というのはよくわかりませんが本格的な冬の景色です。
俳句もこの初冬の景色をうまく描ければいいのですがなかなか俳句も浮かびません。初冬の景色を見つけることが大切なのかも。
ちょうど1カ月後が冬至ですが、この一カ月という日々が長く感じますし、日が短くなっていくということに心も暗くなります。
春までは長いですなぁ。。。。。
花を眺めながら冬を乗り越えます。

【2019年】ツイッターつぶやき
急に寒くなりこたつを出しました。
朝、娘にこたつでも出そうかと言ったら、「こたつと言ったら・・・・・こたつの上で食べたくなるものは?」と。何のことかわからずに「え?」と答えたら、「こたつの上で食べたのはキムチ鍋!」と。。。。。
なるほど、、、、、
ということで今夜はキムチ鍋でした。
キムチ鍋は横に置いておいて、キムチ鍋のしめは!!
以前にもブログに書きましたが、我が家は残ったスープでチーズリゾットが定番です。
残ったスープにご飯を入れて、その上の市販されている薄くスライスされた餅を乗せ、その上に先日お取り寄せした北海道の〇〇牧場のラクトチーズとモッツェレラチーズをのせてひと煮たち。
ラクトチーズは少し塩辛いですなぁ。でもキムチのスープとチーズの相性が良くておいしかったです。スライスの餅を入れることによりチーズの節約にもなりますが、リゾットがトロっとしてこれがまたうまいです。
ついでにこれから鍋が多くなりますがそのしめは。。。。。
しゃぶしゃぶ
市販されている「味覇」をお椀に入れてコショウ少々と刻みネギ。そこに残りのスープを入れておきます。さらに残りのスープで蒸しきし麺を温めてずるっと。。。。
水炊き
残りのスープにみそを入れてご飯を入れ、仕上げに溶き卵と長ネギのみじん切りをいれておじや。。。。。
みそ仕立て鍋
蒸しうどんと長ネギを入れてずるっと。。。。
すき焼き
残った肉のかけらや野菜を卵が残った器に入れてしめの猫まんま。。。。
鍋ではないですが、お好み焼きのしめは。。。。焼きそば。。。。
焼肉油の残った鉄板で焼き飯。。。。。
これから作る機会が増えます・・・・・

GSOMIA「協定終了を停止」日本は少なくとも輸出規制強化の理由を安全保障上の問題だとするものをまず撤回して、輸出規制強化を続けるならば、新たに輸出規制強化の理由を勧告に伝えるべきです。

【2020年】ツイッターつぶやき
埼玉県産のおいしそうなサトイモが出はじめています。スーパーで大きくてうまそうなサトイモを見つけましたので買ってきました。
どうやって食うかは考えずに買ってきてしまいいろいろと思い出しながら里芋の田楽にしました。
田楽味噌は、信州みそ・酒・砂糖・みりんでさっと煮詰めます。
里芋は皮のけばけばが取れるほどよく洗ってそのまま茹でます。今の旬な里芋は柔らかいので茹で時間も短いです。
少し冷めたらペロンと皮をむいて並べて先ほどの味噌をかけたら出来上がり。
小さく輪切りにしてもいいかなと思いましたが、柔らかい芋ですから箸で切りながらパクリと食うのもいいかなと思いました。

【2021年】ツイッターつぶやき
冷たい雨になりました。
ということで、今夜はこの冬初の鍋にしました。
キムチ鍋。。。。。。
お気に入りのモ〇ンボンのキムチ鍋のスープがなかったので他のメーカーのスープを使いました案外おいしかったです。
具材は豚バラ肉、白菜、大根、エノキ、マイタケ、結び糸こんにゃく、竹輪そしてキムチです。
美味しかったです。
我が家はキムチ鍋の時の〆はリゾットを作ります。
食べ終わった鍋の中の残りの具材をきれいにすくい出し、スープが濃すぎたら少し薄めます。
沸騰したらご飯を入れたら火を止めて、余熱でご飯を柔らかくします。
そこにトマトの薄切りととろけるチーズをのせオリーブオイルをたらします。あればバジルを乗せてもいいですね。
チーズが解けたら少しかき混ぜてから食べます。
水炊きの時の〆は味噌を入れたおじや。
しゃぶしゃぶの時の〆は味覇スープを使ったきしめん。
すき焼きの時は。。。。。。
鍋の底に残った具材と生卵をご飯に乗せて牛丼風(笑)

【2022年】ツイッターつぶやき
最近は敵基地攻撃能力が強調され、先制攻撃もあり得ることが議論されてきた。
敵基地を攻撃するのは、何も日本が攻撃される場合とは限らない。最近アメリカ本土に届く北朝鮮のICBMが打ち上げられたと報道されているが、日米安保の同盟関係としては日本からの攻撃でこれを打ち落とすことが置きそうです。そして打ち上げをする北朝鮮の基地を攻撃することになるかもしれません。
この敵基地を攻撃するためのミサイルなどを豊富に所持するために防衛費増が検討されそのための増税が検討されはじめました。
国債ではなくそして消費増税ではない「幅広い税目」において増税を行うと。
具体的にはどのようなところが増税されるかは今のところわかりませんが、国民生活に影響がある所が増税されるでしょう。
専守防衛から逸脱した戦争ができる国になるとともにその戦費(防衛費)のための増税。

【2023年】ツイッターつぶやき
何チャンネルだったか、夜10時から始まった番組が終わるかなという瞬間、不気味な男の声で「北朝鮮からミサイルが発射されました」というような言葉を繰り返し、繰り返し流し始めた。
沖縄では混乱もあったようですが、沖縄に対してのJアラートが東京でも流れてしまったのでしょうか、他のチャンネルは臨時ニュースのように報道していたけど。
北朝鮮は、偵察衛星を打ち上げると言っていましたしなぜロケットをミサイルとしてしまったのか。たしかに1時間ほど早く打ち上げたということですが、日本の監視システムではロケット化ミサイルかの区別ができないのでしょうか。今夜韓国の国防省はロケットであり衛星は軌道に乗ったと報じています。これを日本でのニュースとして流している。
こうした国が敵基地攻撃能力を持つという。
これがアジアの国々にとっては脅威となるでしょう。
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2024年11月21日(木)「読書感想文」

2024年11月21日 20時14分05秒 | 「本・文学」
昔、2003年ごろからだったか、いろいろ本を読んでいる中でふと女性作家は読んでいないなぁと思いました。
そこで町の本屋さんに行き女性作家の本を探しましたがどの作家から呼んだら良いのか。。。。。
ふと手にしたのが銀色夏生さんの「ミタカくんと私」でした。読んでみると、正直言ってうまい作品ではない。でも読み終わった後のホンワカし気持ちが残る心地よさ。その後は銀色夏生さんが詩人だとわかり詩を読んだり、エッセイ「徒然ノート」を読んだりしました。一人の好きな女性作家ができた。。。。。
その後は川上弘美さんの作品に出合ったり、梨木果歩さんの作品に出合ったり。
少しづつ女性作家の責を感じ取れるようになりました。
5年間ほど女性作家を読みました。
このころホームページを作っていたので読書ページを作り感想を入れて行きました。楽しかったぁ。。。。
同時にこのころ、芥川賞に興味を持ち、年2回文芸春秋に載る芥川賞作品を読み、審査委員の書評を読みました。まず読み終わったら感想を書く、そして審査委員の書評を読む。同じ感想の時は喜び、違う諸表にはツッコミを(笑)これも楽しみでした。
少しづつ当時の感想文を「何を思ってた?」のカテゴリーに追加しています。
そうはたくさん読んだわけでもないのですぐに載せる作業も終わるでしょう・・・・
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2024年11月21日(木)「これが原因かぁ。。。」

2024年11月21日 20時09分10秒 | ご挨拶
2024年11月20日(水)「なんか変?」

原因がわかりました。
11月19日の「何を思ってた?」のカテゴリー記事がなんだか変な扱いをしたらしく、文字が太くなったり。。。。。
11月19日を(編集)としてアップしたら直りました。。。。。どもども
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「11月21日という日」

2024年11月21日 07時55分54秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2024年】ツイッターつぶやき
昔、2003年ごろからだったか、いろいろ本を読んでいる中でふと女性作家は読んでいないなぁと思いました。
そこで町の本屋さんに行き女性作家の本を探しましたがどの作家から呼んだら良いのか。。。。。
ふと手にしたのが銀色夏生さんの「ミタカくんと私」でした。読んでみると、正直言ってうまい作品ではない。でも読み終わった後のホンワカし気持ちが残る心地よさ。その後は銀色夏生さんが詩人だとわかり詩を読んだり、エッセイ「徒然ノート」を読んだりしました。一人の好きな女性作家ができた。。。。。
その後は川上弘美さんの作品に出合ったり、梨木果歩さんの作品に出合ったり。
少しづつ女性作家の責を感じ取れるようになりました。
5年間ほど女性作家を読みました。
このころホームページを作っていたので読書ページを作り感想を入れて行きました。楽しかったぁ。。。。
同時にこのころ、芥川賞に興味を持ち、年2回文芸春秋に載る芥川賞作品を読み、審査委員の書評を読みました。まず読み終わったら感想を書く、そして審査委員の書評を読む。同じ感想の時は喜び、違う諸表にはツッコミを(笑)これも楽しみでした。
少しづつ当時の感想文を「何を思ってた?」のカテゴリーに追加しています。
そうはたくさん読んだわけでもないのですぐに載せる作業も終わるでしょう・・・・

≪過去の記事≫

【2003年】
東京も、今はよい天気ですがこれから崩れていくそうです。予報ではしばらくはよい天気だったはずなのですが。。。。
最近の天気予報ははずれが多いですね(笑)
衛星ひまわりが使えなくなったからでしょうか?やはりこの前の打ち上げ失敗がこたえます。
しかし中国は、日本が日本版のスペースシャトル計画も具体化しそうだったのに、相次ぐロケットの打ち上げ失敗が続くなか、そんな日本を抜いてついに有人飛行に成功しました。
あるコラムに、そんな有人飛行に成功した中国に対するODAなどの援助をやめたらどうかと書いてあったと思うのですが、中国は大きな市場ですから、日本は手を引けないでしょう。
ジダンダを踏んで悔しがる一方で、金は中国に流さざるを得ない日本。自己矛盾ですね。
でも、悔しがるより今の日本に何が足りないのかを考えないと。。。。。
今、衆議院選挙戦がはじまっていますが、やはり政治ですね。

【2004年】
(記事なし)

【2005年】
昨夜は寒くて焼酎のお湯割にしたのですが、飲みすぎて寝てしまった。
コタツを出しました。
12日の日記に
「この前、テレビのニュースで「小春日和」という言葉を聞いたが、まだ小春日和ではないだろうと思う。これは、立冬を過ぎたから今は冬だと言う発想なのだと思うが、小春日和というのは、1月の大寒を過ぎ、2月に入った立春過ぎが季節感としては当てはまるのではないかと思う。」
と書いたが、どうも僕の間違いだったみたいです。どもども・・・
さっきもテレビで「小春日和」と聞いたので調べてみたら、季語としても11月頃の暖かい日を言うようです。
どうも僕の感覚(この日記)が、冬至までを秋にしていることに、その感覚に間違いの元があるようです。でもなぁ。。。温暖化もあるかもしれないけど、紅葉の話題がまだあり、まだ秋の名残が残り完全に冬になったという感覚がない中に春を感じるというのはどうも。。。
この季節の変わり目に暖かい日があり、その暖かさが春のようという意味で小春日和もあるのでしょうが、僕としては秋の残像が消えないうちに春を思うというのは秋がかわいそうな気がして(笑)
そういえば、枝豆が秋の季語だと見たことがあるけど、僕としては生ビール片手に枝豆なのだからやはり夏だよなぁ。。。と。
8月のはじめの立秋から秋なんていわれると、じゃァ、夏はどこにいたの?と突っ込みを入れたくなる。セーターを着込むようなときもある梅雨の頃が夏真っ盛りなんて。。。夏がかわいそう。我が家は梅雨が終わるまでコタツを出しているときがある。夏が好きな僕としては寂しくなってしまいます。
こういう僕の感覚のずれはおかしいのかな?
どうしても夏至や冬至、春分や秋分が僕の感覚としては季節の区切りになってしまう。冬至が来てまったく秋の名残が消えうせるとき、秋よさらばと言いたいなぁ。。。
これって、あんがい人生観にもつながる重大な問題かも?

【2006年】
ううう・・・風邪ひき中です。
医者に行ってきて昼飯を食い、薬を飲みました。
これから少し眠ります。

【2007年】
「お父さん、茨城県のアン肝の店ってどこだっけ?」
「うん?」
「○○さん(妻の友人)が行きたいというのよ」
「それなら僕のホームページ(「ぶらり旅」)を見ればわかるよ」
そそくさとホームページをあける。。。。。
「・・・・・・・」
「どうしたの?」
「ない。。。。」
「何が?」
「お店の紹介がない。。。。」
「・・・・・・・」
どんよりとした空気。。。。。
「肝心な事が書いてないのねぇ。。。。」
「・・・・・・・・」
ガッハッハッハ・・・・・・・うううう
役に立たないホームページ。。。。「ぶらり旅」ぐらいは情報性を強めねば。。。
寒くなったのでホットカーペットを出しました。
でも、それだけでは寒い。早くコタツを出そう。
今夜はオムライス。いまいち味が。。。。。

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
           道の駅 さかい

茨城県堺町の道の駅です。
埼玉県になるのか?千葉県になるのか?関宿という町を抜けて利根川を渡ると茨城県になりますが、その橋を渡ってすぐのところにあります。
白い和風の建物が3棟並び町を紹介するスクリーンでしょうか?その部屋と物産売り場そして食堂があります。
スクリーンが置いてある部屋は。。。。なんとなくどんよりとした感じで、埃がかぶる10台ほどの自転車が?僕の勝手な想像ですが以前は自転車を貸し出して利根川の土手をサイクリングするためかなと思いましたが。。。。。
食堂はイメージするとすれば何でも食べられるといったような観光地の「食堂」かな。
物産の売り場には野菜などの地元の物産が並んでいました。そうは品数が多いとはいえない売り場。
黒大豆の味噌と卵を買ってきました。
卵は「アロウカナ」という青いような緑のような色をした卵です。原種が南米チリだそうで、地鶏の純粋さを残しているそうです。明日食べてみます。

うん。。。。ABCで評価すれば・・・Cかなぁ・・・・ごめんなさい。

【2011年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2012年】ツイッターつぶやき
暮らしの中に政治を。。。。と言っても暮らしそのものを堅苦しくしてはいけませんし今の社会にも個人的な楽しいことや興味あることはたくさんあります。そこを大切に暮らしていきたいと思います。しかし暮らしの中にも政治は当然入ってきます。そうならば積極的に今の暮らしに政治を考えることが求められているのではないでしょうか?
経済が安定した成長期のように個人の暮らしを大切にするだけではどうにもならない事態に社会は動いています。
そのような中で年末の押し迫った中総選挙があります。
これはどうしようもない。。。。。。
何も変わらないではなくて、今の暮らしを守りたい、よくしたいという気持ち。。。。。

【2013年】ツイッターつぶやき
ロイターによる「日米欧CPI逆転、裏にディスインフレ顕在化の可能性」という興味深い記事があった。日銀総裁のコメントは日経に「日銀総裁 世界の物価『ディスインフレ傾向』」とある。
昨日こちらのブログに書いた「スタグフレーション」と重なるものがあるような気がする。スタグフレーションとディスインフレの関係はどうなんだろうか?
スタグフレーションは景気が落ち込んでいる(不況)にもかかわらず物価が上昇(インフレ)していくこと。ディスインフレは物価が上昇している(インフレ)がその上昇が需給関係などにより(不況)物価上昇が鈍くなっていること。。。。でしょうか。
こう見るとスタグフレーションとディスインフレとは表裏一体のものではないでしょうか?もしかしたらイコールの関係のようにも思える。
不況にもかかわらず物価が上昇していくスタグフレーション、これは同時にその物価上昇は不況により上昇率がだんだんと鈍くなっていくディスインフレを引き起こす。
共に景気の上昇と下降が同時に発生をしているような状態でしょう。これが先進国の「安定成長」の中身でしょう。安定成長と言えば聞こえはよいのですが、要するに成長を行えない先進国病でありそれがスタグフレーションやディスインフレなのかもしれません。
それではこのような先進国病の一つともいえるスタグフレーションやディスインフレからなぜ先進国が抜け出せないのでしょうか?その答えのヒントとなるものとして興味深いのが上記にリンクしたロイターの記事なんです。
「黒田総裁は、それ以上踏み込んだ発言をしなかったが、米欧のCPI上昇率鈍化の背景には、賃金の伸び悩み傾向が関係している可能性がある。米国の製造業では、既存の社員よりも賃金水準の低い「第2賃金の社員」が増えているほか、ユーロ圏でも賃金水準の伸び悩みや引き下げの現象が出始めている。」 (同リンクページより引用)
正規雇用と非正規雇用の雇用形態や賃金の格差拡大は、たとえ雇用者数が増えたとしても低賃金層である非正規雇用者が増えるだけならば商品やサービスへの経済的影響は減少をしてこれが物価を常に引き下げようとする作用をします。その典型が日本でありずっと賃金の低下傾向とそしてそれに並行するように非正規雇用者が増えてきてディスインフレどころかデフレにも陥ったわけです。この日本の状態に他の先進国も陥る危険性がディスインフレでありデフレへの懸念が大きくなったということでしょう。黒田総裁は今の金融緩和やアベノミクスがさらにそれを拡大しようとしていることには触れていませんが。
これらについてはこのブログでもこれまで何度か書いてきましたが、矛盾の広がりと進化は先進国の在り方を根本から変えなければならない事態を生じるでしょう。ここでのソフトランディングに失敗をすれば株・金融での恐慌は避けられないのではないでしょうか。
景気を支えるには株や金融市場を活発化させなければならない。そのためには量的な緩和という経済法則に逆らった金融政策を行う。そしてその出口は見えずにソフトランディング(出口)もつかめない。資金は株と金融商品に向かい国民生活には反映をされない。いや、国民生活を犠牲にしていく。この中での見せかけの経済の好況さと国民生活に見た実体とそこからの企業の実体経済の低下という不況。まさにこの中にスタグフレーションとディスインフレ傾向が必然的に起きるわけです。

【2014年】ツイッターつぶやき
すき焼き自体が「すき焼き鍋」で鍋料理の一つなのでしょうが、今夜はこのすき焼き鍋をもっと鍋風にしてみました。
土鍋に豚肉(もちろん牛肉のほうがうまいでしょうが経費削減です)敷き詰めてだし汁を火にかけた時に肉が焦げないぐらいに入れます。その上に白滝・厚揚げの薄く切ったのもの、えのきだけそして大量の長葱を順番に重ねて入れます。長ネギは関東風ではなくて青い部分が多いネギがよいと思います。この葉っぱの部分の青いところがうまいです。
あとは火にかけて沸騰してきたら、酒、砂糖、みりん、醤油を適量かけて煮込むだけです。煮込むといってもねぎに日が通るか通らないかぐらいです。味付けの調整をしてください。
火を止めて生卵を落として蓋をしたら出来上がり。
卵はとろりとしたころが食べ時です。卵を混ぜながらお召し上がりください。

「商品価値の低下(2)」で見たように企業間の競争は生産性の向上によりより安くより多くの商品を生産して特別剰余価値を得ることにある。より安くより多くの商品生産を行うということは、同じ労働力量(従業員数とみてもよい)でより多くの商品を生産するわけだから賃金部分に投下する資本(可変資本)は同じで、より多くの商品を生産するための生産設備や原材料を必要としてこの生産に必要な設備などへの投下資本(不変資本)は多くなる。そうすると可変資本に対する不変資本が増加をするのですからこの可変資本に対する不変資本の比率(資本の有機的組成)が高まる。資本の有機的組成は高度化する。より多くの商品は無政府的に市場に出される。それは売れるかどうかは市場に出してみないとわからない。その商品の生産を行う企業が集まる産業内で生産性が高まると商品の過剰傾向を示す。
この商品の過剰生産傾向が起こったとき、もちろん生産性の向上は停止するだろう。その産業の成長は停止をする。同時に高度化された資本の有機的組成にどのような変化が起きるだろうか?
商品の過剰は生産設備の過剰として現れる。不変資本の過剰である。生産性の向上を行うために投下した資本の過剰である。その生産設備を拡大するために銀行からの借り入れで行っていたならば負債だけが残ることとなる。一部の向上工場は閉鎖をされるでしょう。不変資本は整理をされて資本の有機的組成の不変資本部分が減っていく。資本の有機的組成に変化が起きてその組成は低下をする。可変資本が多くなっていくのである。この時生産性の向上により不変資本を商品に価値移転する労働力量はそのままなのだから必然的に可変資本の過剰となるでしょう。
可変資本の過剰は何を現すか?
失業である。失業が不可避となる。
このような状態が国内の多くの産業で起きたならばその国の経済はデフレとなるでしょう。生産性の向上により商品価値は下がったままなのですから。
上に書いたように国全体の不変資本の過剰が銀行からの負債を残したままならば銀行にとっては不良債権となる。
しかしこれまで書いてきた中身において労働力も一つの商品ですからその価値である賃金額に変化はないと仮定されましたが、賃金を労働力の再生産費として見ればあらゆる商品の価値低下が行われればその労働力の再生産費も低下をして賃下げ傾向を示します。同時にこのような経済法則による賃下げだけではなくて労働市場での需給関係から買いたたかれる事態も発生をする。
労働力の再生産費はただ生きていられるというまでに切り下げられる。
商品の供給量も減り同時に消費量はさらに減るでしょう。
失業者はさらに消費量を減らすことは当然です。
この中で絶対的にも相対的にも商品の過剰は広がる。
豊富な商品量はあるのに消費できない労働者が増える。一方における過剰と一方における貧困が生じる。
これが今の日本あるいは先進国の状態ではないだろうか?
この中で貨幣量だけが増えても企業の資本投下には結びつかず、そして貧困化する労働者の消費にも回らない。ただでさえ過剰な貨幣量に新たに貨幣を注ぎ込むのはだぶついた貨幣があるにもかかわらず火に油を注ぐようなものなのである。

【2015年】
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2018年】ツイッターつぶやき
午後になって薄日が差してきたので買い物ついでに花屋さんへ行きました。
花を買う予定はなかったのですが、黄色いミニ水仙がきれいなのでつい買ってしまいました。
まだ一つしか咲いておらず花芽がたくさんありました。正月ぐらいまで咲くのでしょうか?
小さい鉢に6つほど球根があるのか?球根の花は咲く期間が短いですからパッと咲き終わるとさみしいですなぁ。
明日大きな鉢に植え替えてあげたいと思います。
かすかな香りがいいですなぁ。
そういえばミニシクラメンが元気ありません。
秋は暑いぐらいの陽気で一度枯らしてしまいました。それでもやっと葉っぱが出はじめたのですが、数が少ない。。。。鉢も小さくなってしまいましたからそろそろ大きな鉢に植え替えも必要なのかな。
チューリップの原種に近い球根はまだ芽が出ません。少し土が盛り上がったとことに赤紫の芽のようなものが見えますがこれでしょうか?
日陰でも育つという育種ルカの球根のセットを去年植えたのですが、花が終わり一応掘り上げて10月に植えました。やはり春の花でそろそろ芽が出てもいいころなのですがまだです。
フリージアは元気です。
紫の舞は今年の冬はそのままにしたいと思います。
最近球根の花が増えてしまいました。
掘り上げてまた植える作業も大変ですが、球根も楽しいですね。
今朝、窓に結露を発見。寒くなってきました。

【2019年】ツイッターつぶやき
ノースポールのつぼみが大きくなってきました。
強い花ですね。
9月ごろにノースポールなど5種類の種が入ったものを買ってきて蒔いたのですが、だいぶ大きく育って花屋さんに並ぶ苗ほどになりました。その中でノースポールが一番先に花をつけそうです。
そういえば落ちた種からたくさんの芽が出る花でもあります。
繁殖力の高い花です。
ノースポールの花ことばの一つに「冬の足音」とあります。
11月から12月の初冬に早くも花が咲いてさみしい花壇を美しく飾ってくれます。まさに「冬の足音」ですなぁ。
冬の足跡。。。。。。
公園の桜が裸になってきました。
欅はときよりたくさんの葉を風に揺られて落ちてきます。

【2020年】ツイッターつぶやき
菅総理大臣は、新型コロナウイルス感染症対策本部を開催し、以下のように観光支援事業「GoToトラベル」の運用見直しを表明した。した。
・感染拡大地域を目的地とする旅行の新規予約を一時停止する措置を導入。
・飲食業界の支援策「GoToイート」を巡り、食事券の新規発行停止などの検討を都道府県 知事に要請するとした。
(以上東京新聞参照)
ここまで感染拡大が増加をし今後も増加が懸念されるようになってからこのような決定をするということは遅すぎです。9月の連休に前倒し迄して進めてきたGo Toの間違いが明らかになりました。
Go Toを一時停止ること自体はよかったですが、停止する問してもトラベルの規予約やイートの新規発行の停止ですからすでに予約や発行は相当数進んでいるでしょう。年末年始の旅行や行楽はすでに予約でいっぱいではないでしょうか。これを見てもすでに対策の遅れ批判は免れないでしょう。
他のサイトのニュースによれば、例えば東京などの感染者が急増している都道府県への旅行などの自粛もあるようですが、東京の人が他県へ行くことは自粛対象にはなっていないのでしょうか。
Go To一時中止といっても骨抜きの中身ですし、どこを対象にするのかなど中身がはっきりしていません。
結果としては、Go To一時停止で国民のための決定を強調しますが、現実はこれまでどおり感染防止よりも経済優先であることに変わりないでしょう。

【2021年】ツイッターつぶやき
今日ラジオを聴いていたら、インターネットができる前はどんな生活をしていたかという話をしていました。
一つは興味あるものを調べたり知りたいときはどうしていただろ。
身近にある辞書や百科事典を広げて調べたりしていました。もちろん人に訊いたりもしていました。
もっと詳しく知りたいことや興味のあるものについては本屋に行って新書などを買ってきて読みました。
専門的なものはもちろん本でした。
こういう生活をしていると自然に本が身近なものになっていき本棚に本が増えて聴きました。
しかしインターネットができてからはパソコンやスマホ1台あればあらゆる知識の入り口ぐらいのものは調べられますし、写真や図などもすぐに出てきます。百科事典はもちろん図書館を内においてあるようです。もちろんインターネットでも専門的なものは本を買わないとだめですが、素人の範疇では十分に専門的なものの入り口ぐらいなら読めます。
するとやはり本から離れてしまいますね。
本から離れるということの怖さは、ホンダと1週間とか10日ぐらいかけてゆっくり読みますからいろいろと考えながら読みますが、インターネットでは知識などを知るという範囲で終わることが多いです。もちろん考えながら読むのですが、その考えながらの深さが違うような気がします。紙のページをめくりながら活字を読むという行為自体に何か違うものがあるのでしょうか。
インターネットは情報量が多いですから本のようにじっくり読んでいたらその情報を取り入れるにはすごい時間がかかります。すると広く浅くとなるのも仕方ないですね。
この膨大な情報量から何か興味があることを見つけて本を読むということが大切なのかもしれません。
しかし最近は老眼も度が進み集中力がなくなった。この集中力も老化だけのものではなくてインターネット特有のものかもしれません。

【2022年】ツイッターつぶやき
岸田内閣も3人もお粗末な言動で大臣が辞任。
経済政策も猫の目のごとく変化する。
今後賃上げが必要だとお題目を唱えて増税や社会保障負担を増加する。
ツイッターを見ていたら、ある政治家が参議院本会議が流会だとか?
自民党の劣化は激しいですね。
公明党も支持母体の創価学会が旧統一教会問題に絡めてきな臭くなっている。
この政治状況を作る政権党が強力な数の力を持つわけですから日本は悲惨です。

【2023年】ツイッターつぶやき
円が急騰した。
一時152円だった円が147円に。一気に5円も高くなった。
政府による為替介入があったのか?
じわじわと152円まで下がれば政府も動かざるを得ない。
しかし2回ほど介入があったが1週間もすればまた円安になっていた。今回は大規模な介入だったのでしょう。
こういったことを繰り返すが、円高に転じる経済の好転の材料は見つからない。日銀は長期金利を1%以上認めるか?しかしその引き締めが経済・株価に影響してしまう。
企業や富裕層にとって唯一のアベノミクスの成果が消滅する。
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2024年11月20日(水)「なんか変?」

2024年11月20日 22時15分19秒 | ご挨拶
去年の今日もそうだったなぁ。。。。。
ブログ画面が変だった。
両脇にプロフィールとかその他を分けて表示しているはずなのに左側しか表示されない。。。。ウウウ
ログインのボタンが消えてしまう。
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