夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

2023年12月31日(日)「よいお年を・・・ウウウ」

2023年12月31日 19時47分17秒 | ご挨拶
今年も終わりですなぁ。。。。
1年という時間が加速度的に早く進みます。
年末から眼病になり目薬を差しています。
目薬でだいぶ良くなったかと思ったら、昨日から風邪の症状が。。。。
今年は最悪の年越しとなりました。
今年も忙しい日々が続き、皆さんの所へもお邪魔できませんでした。
こうやってどうにかブログを続けるのがやっとです。
色々とご無沙汰ばかりで申し訳ありませんでしたが、今年1年ありがとうございました。
よいお年をお迎えください。
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池に浮かぶ月2115【12月31日】

2023年12月31日 11時28分20秒 | 「池に浮かぶ月」
皆様よいお年をお迎えください。

≪去年の今日はこんなことを・・・≫
2022年12月31日(土)「よいお年を」

「池の上に月が昇る
その池に写る月は現実の月ではない
しかし現実の月を写したものであることでその池に浮かぶ月も現実である
人間の過去もすでに現実としては存在しない
しかし過去の時間の中で現実であった」
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よくお読みいただいている記事(117)

2023年12月31日 11時23分18秒 | よくお読みいただいている記事
     2023年12月

 12月 1日  値上げの季節
 12月 2日  値上げの季節
 12月 3日  円安は続く?
 12月 4日  柚子豆腐
 12月 5日  円安は続く?
 12月 6日  有機フッ素化合物
 12月 7日  公明党
 12月 8日  プーチンさんと中東
 12月 9日  唯物弁証法
 12月10日  防衛費4兆円増
 12月11日  貿易赤字拡大
 12月12日  実効再生産数
 12月13日  寝床の寒さ
 12月14日  日銀の責任
 12月15日  日銀の責任
 12月16日  アメリカ物価上昇率鈍化
 12月17日  生暖かい風
 12月18日  終わりましたね
 12月19日  スタグフレーションか
 12月20日  スタグフレーションか
 12月21日  柚子
 12月22日  政治は投票した国民のもの
 12月23日  リチウムイオン電池
 12月24日  寝言(blogramから)2014年春
 12月25日  背が縮んだ
 12月26日  ナステビュー湯の山
 12月27日  逆立ちの中の経済矛盾
 12月28日  ドル安円高?
 12月29日  開いててよかった
 12月30日  開いててよかった
 12月31日  返品なし返金
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「12月31日という日」

2023年12月31日 09時27分25秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2023年】ツイッターつぶやき
今年も終わりですなぁ。。。。
1年という時間が加速度的に早く進みます。
年末から眼病になり目薬を差しています。
目薬でだいぶ良くなったかと思ったら、昨日から風邪の症状が。。。。
今年は最悪の年越しとなりました。
今年も忙しい日々が続き、皆さんの所へもお邪魔できませんでした。
こうやってどうにかブログを続けるのがやっとです。
色々とご無沙汰ばかりで申し訳ありませんでしたが、今年1年ありがとうございました。
よいお年をお迎えください。

≪過去の記事≫

【2003年】
大晦日
東京駅付近のイルミネーションを見たりして年末の東京を感じました。
イルミネーションもたいしたことはないし、東京の街も活気がありません。イルミネーションも東京も、人はたくさん出ているけどエネルギーがない。
イルミネーション。。。見せ掛けの繁栄の象徴のように見えました。

【2004年】
掲示板に来ていただいた方、遊びにいらしていただいたか、この一年ありがとうございました。
東京の大晦日は、うっすらと雪化粧です。
雪の年越しも久しぶりではないかと思います。雪が降るとこの世の中も静かになります。この一年は暗い事ばかりが続きました。来年は今夜のように静かな年であるように祈りたいと思います。

【2005年】
(記事なし)

【2006年】
今年も終わってしまいます。。。。
なんだか一年というのは早いですね。。。。。
これといって特別良いこともなかったですが、悪いこともなかったかな。。。。
今年も平凡なうちに過ぎようとしています。
でも、平凡が一番ですよね!!
今年もたくさんの方にホームページやブログ、掲示板に来ていただき嬉しかったです。ありがとうございました。
今年は銀色夏生さんの本がたくさん出て発売の旅にうきうきしていました。夏生さん♪ありがとう。。。。
川上弘美さんの本もたくさん読ませていただきました。川上さんありがとう。。。
その他といっては失礼ですが、たくさんの素敵な作品を読ませていただきました。ありがとう。。。。
また来年も素敵な方々と今年に引き続きお話ができればと思います。また、新たな出会いも楽しみにしています。
ありがとうございました!!

【2007年】
東京は風が強いですが気持ちよく晴れています。
初日の出も見れるかな。。。

また1年が終わってしまいますね。。。。
いろいろあったようで、過ぎて見ればそうは思い出すこともない(笑)
一年間ありがとうございました。
おかげさまで楽しく過ごせました。

よいお年を!!

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
今年1年ありがとうございました。
さぼり気味のホームページですがどうにかやってきました。
また工夫をしながら続けたいと思います。

よいお年を。。。

【2010年】ツイッターつぶやき
ぽっかりと穴があいたように
東京の夜空は輝く
山は雪だろう
真冬の夜空に透明な風
僕が夜空から
そして君が夜空からか
ふと見上げ見下ろす瞳は
透明な風に光るから
すぐに見つけられた
すれ違う瞳はふと互いに深く
すれ違う瞳はしっかりと深く
だって今夜は除夜だから
今が終わり未来と接する夜だから
もしかしたら夜空から僕が
そしてもしかしたら夜空から君が
互いに手を伸ばせば
触れることができるかもしれない
いやきっと触れることができるはず
だって今夜は除夜だから
過去から現在から未来が見えるはず
新しい年がはじまるね
除夜の夜
心は静まり真冬の夜空の風は輝く
そして僕は微笑む
夜空を見上げ
夜空から見下ろして

夏生さんの文藝別冊「銀色夏生 その瞳の奥にある自由」を先日読み終わりました。
今年一年の読書締めくくりはやはり夏生さんの作品でした。最近は読書のペースが落ちてきて数えるほどしか読めませんでしたが、今年最後に読み終わった本が夏生さんのこの本ですが一人の作家のこれまでを振り返りながらその作家の「人」を見ることができたというのはよかったと思います。だれでもが一年という時間を過ごしてきたわけですが、そしてその一年が積み重なって数十年が過ぎます。それぞれの「人」にはさまざまなことがあったことは確かです。しかし過ぎ去ってみればその過去はぼんやりと霞む霧の中のようではないでしょうか?もちろんいろいろな心に残るものはありますが、それとても霧に浮かぶ島のようなものではないでしょうか?
夏生さんのこの本にはその時々にさまざまなことを考えてきたものが残っています。でもそれは思い出というものだけではないですね。心の歴史というのでしょうか?その流れを一つひとつ詳しく書くといった方法ではない何か流れがどのように夏生さんを包んできてその流れにいろいろ考えたというようなものが感じられる中での心の歴史でしょうか?そしてその流れはもちろん流れ着いていない。心の中に浮かぶ楽しいこと、自由なこと。。。。。それは必然として流れに沿うものだと。そしてその流れに乗る行動力。それがどこに連れて行くのかは夏生さんにもわからないけど、たとえ失敗でも何か残るはずだと。そこからまた同じように出発をする。この積極さと考えて悩んで行動してというエネルギーに驚きます。
しかし、夏生さんとお子さんたちの会話などには夏生さんのセッカチさと率直さがあります。相当セッカチなのでしょうか?(笑)でもそれは率直さに現れている。その率直さに出会う人たちはたじろいだり?そしてその流れの速さにおろおろしたり?
永遠の少女から中学生になったと。。。。。ご謙遜でしょうが、何か50代になった中にじっくりとした新たなものを探していらっしゃるのでしょうか?
その一つが「みんな」でしょうか。「人」を見つめることだと思いますがそれは謙虚でなければならないと。でもご自分をしっかりと見つめながらというそれもまた率直さの中にあることでしょう。率直さの中に「みんな」がある。
ご自身が責任編集をされたとの事ですが、銀色夏生をすべて「表現」していますね。
最後のページにお若い頃の写真(「つれづれノート」1巻の中の「著者近影」)を使ったはがきが。。。。。。さてどなたに出させていただこうか。。。。。ううう(笑)大切に保管をします。
僕のような平凡な人間はどこに流されるのだろう。。。。来年は。
同じように河を流れるにしてもぼうっと流されるままと少しでも積極的に舵をとるとではぜんぜん違いますからなぁ。今はこうしてブログを書くことしかないですが、思いは流れていくことでしょう。

【2011年】ツイッターつぶやき
朝日新聞30日の4面に「ケインズ理論は生きている 新商品生む規制緩和を」と題された記事があった。ネット検索を見ても以前からケインズ復活などという記事が見える。
不況の時は政府による公共投資を増やし景気の落ち込みを防ぐ。しかしこの政府の公共投資は国家財政の赤字かを産む。そこで不況を乗り越えたときは増税により財政を再建して安定化させる。
この不況期には公共投資をするということは市場における需要が不足するためと考えこの需要を政府がふやすということでしょう。しかし需要というものは公共事業というもの需要だけではなくて様々な商品が市場の中で買われる最終消費としての個人消費も大きい。国民の利便性などを作りだす社会資本の整備は公共投資として行われるしその消費自体は必要なものであるが、同時に消費は国民の生活レベルで行われる。公共投資の重要性の論理から必要な社会資本以外の箱もの公共事業が増大をし、今その無駄が言われている。この公共投資の偏った消費の理解から国民生活の個人消費がおろそかになった。公共投資は直接に国民生活での消費をあげない。たしかに公共事業による企業の生産活動の活発さから雇用が増えて失業率は減り時には賃上げにもつながるが、これまでの実態から見れば雇用の増大にはつながらず、雇用が増えたとしても正社員の相対的な減少という賃下げによるものでしかなかった。ここに公共投資は個人消費を伸ばし消費を伸ばさず、これは需要を伸ばさないということであり個人消費の軽視であったとみていいだろう。
ですからケインズの公共投資的な需要の拡大は個人消費にまで及ばないということから不完全なものであるか経済成長が10%以上といった過去のバブル期のような生産拡大が活発であった時代の論理ということになる。
しかし公共投資での需要の増加によるものが正しいとしたとしても公共投資で企業にばらまかれた税金が不況を乗り切った時に法人税などとして企業から帰ってくるかと言えばそれは保障されないことであり、現実は増税どころか減税を行った。ここでもケインズは企業の倫理は強欲には負けることを考えていなかった。増税は大衆課税の強化としてあらわて今では貧困化としその消費意欲を落として結果需要を減らしている。
自動車の新車販売台数が伸びないことから自動車関連税を下げることが言われ新幹線整備という公共投資も復活しそうである。また震災での復興作業や原発事故の復旧も公共事業と同じ面を持つ。そして今は出口の見えない不況でもある。こういう時期にケインズ理論が復活するのもうなずける。しかし増税というとやはり法人税は減税方向であり、大衆課税の消費税率アップと所得税が中心となる。ここにケインズ理論の弱さが出る。
もちろんこのケインズ理論の復活の動きはこれまでの新自由主義経済による至上主義の失敗と更なる国家財政の悪化そして格差の拡大によるやはり更なる個人消費の減退とそれによる需要の減少となった。国家財政は公共投資ではなくて金融危機対策に追われる。ケインズ理論よりもひどい新自由主義ですからケインズの方がまだよかったという程度のことでしょう。
投資者(債権者)の「非活動階級」がさらに中心化された今の社会。ケインズ理論を言うなら「活動階級」の社会の中における市民権を復活が必要だろう。
新商品を産む中での消費を拡大する。これも必要でしょう。そのためには規制緩和を?規制緩和にも様々なものがあるがあんがい労働の規制緩和(解雇など)などが重要視される世の中だから気を付けた方がいい。
投資者=非活動階級への規制強化とその富の配分が必要でしょう。そして消費税のタブーであった労働力商品を消費したとき(賃金)にも消費税をかけて(タブーの緩和=企業からの国への規制としての規制緩和)一部を労働者の益税にすべきなのです。

【2012年】ツイッターつぶやき
おせちといっても手作りとはいかずに買いました。それでも少しは手作りのものと思いナマスと切り干し大根・干し人参の松前風の漬物そして煮しめをつくりました。
今年も終わりですなぁ。。。。。
今年一年ありがとうございました。
今朝の朝日新聞の1面は、経営危機にあると言われるパナソニックの「追い出し部屋」の記事でした。今の部署には働く場所がない。希望退職に応じるか「BHC」への移動を受け入れるしかないと。このBHCへ行っても1年後はどうなるかわからないと。このBHCが「追い出し部屋」という事でしょう。会社は退職強要ではないと主張しますが、希望退職への誘導ではあると思います。
主な上場企業でも30代から40代の「社内失業」が存在すると。
一方では国は家電メーカーの余剰となったと思われる工場や設備を買い入れると。もちろんそれは税金です。
労働者は犠牲になり企業の生き残りは国が前面に立って救済をする。
原発事故での東電救済もそうでしたが、今年の政治の流れの典型のような社会の記事で今年も染めくくられたという事でしょう。もちろんこれは来年の日本社会の露骨な姿であるという事は明らかです。
自民党内閣は急ぎこれを実行してそれをデフレ対策景気回復と位置付けるでしょう。
大変な社会に突入するようで意気消沈をしてしまいますが、考え方によっては、すでに私的企業の限界を示して企業の社会化の動きでしか今の社会は保てなくなっているという事です。
企業の社会的役割や責任が問われる時代に突入しました。これを経済法則として見るならば、そこに新たな未来社会を思い描けるのではないでしょうか?
この法則性に向き合えば落胆するばかりではなくて未来を見つめることができます。
政治を変えていく。そのための哲学や経済学そして社会科学など、すべての分野での国民の結集が必要になる時代だと思います。
来ると下楽天的に考え会いましょう。

【2013年】ツイッターつぶやき
正月用にチャーシューを焼いています。
煮豚ではなくて焼いたチャーシューです。
ネットで包んだ豚肉にフォークで穴をあたくさんあけてから塩コショウをまぶして日本酒で少し漬けておきます。
タレは、市販の焼肉のタレを少々としょうゆ・ケチャップ・すりおろし生姜ニンニク・卵の黄身・砂糖・蜂蜜・おろしりんごです。このタレを入れてまた数時間漬けておきます。
あとはオーブンレンジ130度で40分ほど焼き上げるだけ。。。。。時々裏返したりして焼く面を変えていきます。
たぶん味がしみこんでいると思うのですが。。。。昨夜から漬け込んで置けばよかったかな?
うわっ!今焼き上がりのピッピッッピ・・・・が!!
残りのタレは煮詰めてから食べるときにかけます。

今年一年もまたたくさんの料理を作りました。。。。失敗もありましたがそこは男の料理(笑)
また来年もがんばりたいと思います。

朝日新聞のオピニオンに「不可能性の時代を生きる」というインタビューが載せられていた。
不可能性の時代。。。。それは理想や夢をこの社会に描けない状態の中で現れる。格差の拡大は貧富の拡大であり、同時に中間層も巻き込む不安定性の中にある。では企業や富裕層は何を理想としたりしているのだろうか?その企業や富裕層を代弁する政治が。を理想としているのだろうか。資本主義の不確実性と閉塞感に刹那的な目の前の利益を追い求めているだけではないだろうか?
不確実性と閉塞感その中から未来を描けない中での不可能性。
しかしこのような時代は過去にも存在をしていてその時々に新たな時代を切り開いてきたはずです。
それは時には復古的な思想も現れたりしましたがやはり時代の流れは発展性にありました。封建制から資本主義に移行させた時代の流れを見れば明白です。今の日本は復古的な流れにありますが、それは一時的には多数になるかもしれませんが失敗をするでしょう。
不可能性と思われる中には実は方向性が隠されているはずなのです。それは経済的な法則性でしょう。
今の資本主義は国民生活を安定化して豊かにする方法がなくなっています。しかし資本主義は商品社会ですからその商品が国民の生活の不安定さや貧困化から相対的な商品の過剰生産が生じるでしょう。もちろん根底には生産性の向上から大量に生産される中での競争に過剰生産の矛盾が生じます。そして生産性の向上での商品価値の低下は企業利益の減少につながります。本来安くて大量生産をされる商品が市場に出るということは国民生活を豊かにする条件なのですが、混迷する資本主義はそれを矛盾として表現をせざるを得ない。
この経済の法則性をそのままに受け入れる社会がおめられているわけですからその法則性に従って社会を作ればいいだけなのです。
(ううう・・・やはりパソコンが重い)

【2014年】ツイッターつぶやき
今年の手作りおせちです。。。。。
煮〆・・・・
八つ頭・筍・牛蒡・コンニャクです。八つ頭は好物です。里いもとは違う粘りとホクホク感がいいですなぁ。
チャーシュー・・・・
チャーシューというよりも煮豚かな?火を止め忘れて焦がしそうになりましたが、それが幸いしてカニ汁か煮汁がトロットしておいしきなりました。
伊達巻・・・・
はんぺん・卵・白だし醤油・みりん・砂糖をミキサーでトロッとするまで撹拌します。それを少量の油を敷いた四角いフライパンで焼きだいたい火が通ったらすのこで巻きます。熱いうちにラップで包んで形を整えました。
ニシンの昆布巻き・・・・
ニシンは半生の身欠きにしんを使いました。昆布は水につけてよく洗って柔らかくなったら水分を拭き取っておきます。ニシンを昆布で巻いて切ったときに程よい大きさになる間隔でさっと水洗いした干ぴょうで縛ります。ところどころ楊枝をさしてさらに煮崩れしないようにしました。鍋に水・酒・みりん・砂糖を適量入れて自ら昆布巻きを見ていきます。落し蓋を占めて一度沸騰したらあとは弱火でコトコトと昆布が柔らかくなるまでに詰めていきます。汁がなくなりそうになったら水を足してさらにコトコトと。
松前漬・・・・
昆布とする目が絶妙な味に仕上がりました。水分が少なくなってしまい粘りがいまいち。。。。
ナマス・・・・
大根と京人参そしてゆずの皮を千切りにして酢・砂糖・塩を一度にさっと沸騰させてよく冷ましてから使いました。酢がマイルドです。
これから重箱に詰めます♪

【2015年】ツイッターつぶやき
手作りおせち二日目。。。。。
今日はニシンの昆布巻き、チャーシュー、伊達巻、煮しめを作りました。
昨日から8品・・・・よく頑張りました(笑)
昆布巻きはニシンも柔らかくなりいい味が出ています。しかし少し甘みが足りなかったかな。。。。

正月の支度も終わり!!

と思ったら風呂場の換気扇とトイレ掃除が残っていました。。。。ウウウ

あとは年越しそばですなぁ。。。。

【2016年】ツイッターつぶやき
黒豆を煮ています。
ことこと煮ればよいのですが、時間とガス代節約のため圧力鍋です。
しかし仕上げは鉄鍋で。
黒豆は鉄鍋で煮ると黒さが出るといいますので鉄なべに入れてからしばらく水分を見ながらコトコトと煮ます。
甘さ控えめです。

八頭と結びこんにゃくの煮しめを支度中。。。。。


田作りとだて巻きを作り終えました。
田作りは少したれが固まりすぎ。。。。。
だて巻きははんぺんを使って簡単に。。。。。
はんぺん2枚、卵6個、砂糖、白だし、酒、みりん、オリーブ油少々で味付けです。
卵焼きのフライパンで焼きましたが、オリーブ油で超弱火でじっくり焼きアルミホイルで蓋をしてむしながら。。。。
焼き面が茶色になりましたら裏返してまたじっくり焼きます。全体が膨らめば火が通ったと思います。
あとはすのこで巻いてラップに包んで出来上がり。

【2017年】ツイッターつぶやき
田作りと叉焼そして煮しめが出来上がりました。
あとは昼飯後にだて巻きをつくったら終わり。
黒豆、なます、松前漬け、昆布巻き、叉焼、煮しめ、田作り、だて巻き。。。。今年も8品でした。
今年は田作りと昆布巻きがうまく出来上がりました。黒豆が色つやが悪い・・・・ウウウ
午後からのだて巻きを失敗しないように頑張ります。
これから最後の買い出し。
雑煮の鶏肉を忘れていた。。。。。

お節料理8品の最後だて巻きが出来上がりました。
魚のすり身の代用ではんぺんを使い、仕上げはオーブントースターでふんわりときれいに焼き上げます。
ミキサーにはんぺん(大判)をちぎって入れ、卵6個、砂糖大さじ4杯、ハチミツ大さじ1杯、白出汁大さじ1杯半を入れてかくはんします。
20センチ15センチほどの卵焼き器をガスコンロで熱してから、油をしいてなじませたら余分な油を軽く吸い取ります。そこにかくはんしたものを三分の1ほど入れてアルミホイルで蓋をして弱火でほんのり焼き色がついたなというほど焼きます。
これをすぐにオーブントースターに移して上下から加熱します。卵焼き器の柄が焦げないように気をつけて焼いてください。
表面は乾いてふっくらしたらすぐにすだれで巻きます。多少半生のところがあっても余熱で火が通ります。
オーブントースターで仕上げると誰でもきれいな焦げ目ができて焼き上げる時間も短縮できます。

今年一年ありがとうございました。
来年も心に浮かんだことを書いていきたいと思います。

皆様よいお年をお迎えください。

【2018年】ツイッターつぶやき
煮しめ、伊達巻、昆布巻きが出来上がりました。
これで全8品出来上がりです。
伊達巻はオーブントースターを利用しました。
卵8個、はんぺん大判2枚、白だし、砂糖、はちみつ、みりんをミミキサーで滑らかになる程度混ぜます。
普通の玉子焼き器に油を入れてペーパータオルなどで玉子焼き器の淵のほうまで油が回るようにします。先ほどのミキサーで混ぜたものと3分の1入れてアルミホイルで蓋をして一番弱火焼きます。表面のいくつか泡粒のようなものが出たら、アルミホイルの蓋を取ってオーブントースターに移します。この時オーブントースターの網の部分にアルミホイルを敷くと焦げすぎないでよいと思います。
玉子焼き器の向きを変えながら全体的に膨らんできたら裏返しをして少しだけガスで焼、はじめ下になっていた焦げ目がきれいな方を下にして寿司巻きのすだれ(我が家には鬼すだれがないので)で巻きます。あとはラップで包んで覚ませば出来上がり。今年は3本焼きました。
ニシンの昆布巻きは圧力鍋で柔らかくしてからコトコトと煮ました。
午後からは掃除をしてまたスーパーで買い物です。
新しい1年のカレンダー。。。。。下げます。
あっという間に12枚めくってしまう速さ。。。。

今年一年ありがとうございました。
おかげさまで楽しいブログ生活を送ることあできました。
また来年もよろしくお願いいたします。

皆様 よいお年を!

【2019年】ツイッターつぶやき
ふぅ~・・・・・・
朝から煮しめと伊達巻を作り出来上がりました。
これで8品完成。。。。。。。です。
ふぅ~。。。。。
伊達巻は大変ですが、はんぺんとオーブントースターを使って手早く♪
玉子焼き用のフライパンでアルミホイルで蓋をして弱火のガスで焼きます。
周りが焼けたかな?と思ったらそのままオーブントースターへ。フライパンは柄がついていますからオーブントースターはふたを閉めませんが十分焼けます。ふっくらと膨らんだら火を止めて余熱でさらにじっくりと。
素早くできます。
これから後片付けと部屋の掃除をしたら終わりです。
東京はよく晴れた大晦日になりました。
布団が温かくなりそうです。

       皆様よいお年を
今年一年ありがとうございました。
また来年もよろしくお願いいたします。


                <モネの池>
新年は元旦より営業いたします。

【2020年】ツイッターつぶやき
今年一年ありがとうございました。
良いお年を。。。。。


今年1年は早かったですなぁ。。。。。
なるべく出かけないようにしていましたが、平凡な僕の生活がさらに平凡な毎日になりました。
ステイホームと言われていますが、毎年家事などに追われた生活ですから今更ステイホームと言われても驚きませんでしたが、それでも好きなドライブに行けないし夕飯づくりにつかれても外食は心配ですからなるべくいかないようにしていました。
コロナという稀な状態に社会がなると、人の行動が様々な面で出てきますね。
政治や毎日のニュースやネットを見ていると人間っておもしろいなぁと思います。
もちろん医療従事者や社会システムを守るために働いている方のご苦労を見れば面白いなんて失礼ですし、職を失った方などもたくさんいますが、その反面遊ぶ(行動)の自由を言ってマスクもしなければ自粛なんてしないという自由論者も出たり。
Go Toが行われれば多くの人が街に繰り出したり旅行に行ったり。人間は金には弱いですから心配をしながらそして政府が行っていることだから経済のためだと自分に言い聞かせながら出かけていく。
ニュージーランドはコロナを一応抑えたので去年と同じ新年を迎えられるようですが、Go Toだと動き回った日本はまた感染拡大でそのGO Toすら中止に。政府の要人も多人数の会食自粛といった口で高級ステーキなどの会食。
人間はコロナという禍が降りかかっている中で喜劇を演じる。
来年もこの喜劇が繰り返されるのでしょうね。
喜劇のような政治全般の右傾化も進むでしょう。
少しはよくなればと思うのですが。。。。。。

【2021年】ツイッターつぶやき
朝から御節料理を作り
掃除も済ましい
カレンダーも取り換えて年越しそば食って
紅白観ながらこうしてブログ
・・・・・・・・
同じことしながら今年も終わりですなぁ。。。。。
皆様よいお年を

【2022年】ツイッターつぶやき
今年一年ありがとうございました。
皆様よいお年をお迎えください。
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2023年12月30日(土)「人種隔離をするならコンサートはやらない」

2023年12月30日 22時24分11秒 | 「思うこと」
アメリカ南部でコンサートを行おうとしたビートルズ。
ビートルズはアメリカ南部の人種隔離を知っていた。カラーは座席を隔離されていた。
ジョンは、人種隔離をするならコンサートは行わないと。保守的な新聞は批判を繰り返す。でも、コンサートは人種隔離を行わないで行われた。その後人種隔離はなくなっていったそうです。
ビートルズの歌は、ソビエトや東欧の国々も変えた。チェコスロバキアでは、ビートルズの歌が国民の集会で歌われた。アメリカのラジオ放送という介入としてビートルズの歌は広まった。東欧革命がはじまる。
僕もビートルズから自由という言葉を教わった。日本でも学生運動や労働組合のストライキが激しくなった。僕は労働運動と社会主義思想に走った。
階級制度が残るイギリスにおいて労働者階級の出身であるビートルズの歌は底辺の階級や人種差別に影響を与え、それを政治が利用するまでになった。ここまでくるとビートルズの歌が心を開放する者から生臭い政治の世界に移る。ビートルズは解散する。
NHKの番組を見ていました。
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池に浮かぶ月2114「12月30日】

2023年12月30日 22時17分07秒 | 「池に浮かぶ月」
正月用品の肉。。。。。
庶民にとっては牛肉は高くてそうは買わないのですが、正月ぐらいは大目に買ってすき焼きに。。。。と思うのですが、去年の肉はスジ肉でした。一応はすき焼きに食って買ったのですが。
今年もカレーにしようかと思い肉や玉ねぎなどを買ってきたのですが、さて作ろうかと思い玉ねぎを切ったら腐っていた。物は高くなるが品質は最低。。。。。

≪去年の今日はこんなことをを・・・≫
2022年12月30日(金)「スジ肉」

「池の上に月が昇る
その池に写る月は現実の月ではない
しかし現実の月を写したものであることでその池に浮かぶ月も現実である
人間の過去もすでに現実としては存在しない
しかし過去の時間の中で現実であった」
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「12月30日という日」

2023年12月30日 08時07分21秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2023年】ツイッターつぶやき
アメリカ南部でコンサートを行おうとしたビートルズ。
ビートルズはアメリカ南部の人種隔離を知っていた。カラーは座席を隔離されていた。
ジョンは、人種隔離をするならコンサートは行わないと。保守的な新聞は批判を繰り返す。でも、コンサートは人種隔離を行わないで行われた。その後人種隔離はなくなっていったそうです。
ビートルズの歌は、ソビエトや東欧の国々も変えた。チェコスロバキアでは、ビートルズの歌が国民の集会で歌われた。アメリカのラジオ放送という介入としてビートルズの歌は広まった。東欧革命がはじまる。
僕もビートルズから自由という言葉を教わった。日本でも学生運動や労働組合のストライキが激しくなった。僕は労働運動と社会主義思想に走った。
階級制度が残るイギリスにおいて労働者階級の出身であるビートルズの歌は底辺の階級や人種差別に影響を与え、それを政治が利用するまでになった。ここまでくるとビートルズの歌が心を開放する者から生臭い政治の世界に移る。ビートルズは解散する。
NHKの番組を見ていました。

≪過去の記事≫

【2003年】
今年も今日明日ですね。
なんだかいろいろあったようですが、やはり平凡な一年でした。過ぎてしまえばいろいろなことの多くは忘れてしまい、つらかったことや苦しかったことも、喉もとすぎれば何とやら。
一年がこんな感じですから、一生を終える瞬間も同じなのではと思ってしまいます。

【2004年】
家族で外食。
熱燗で温まったのですが、帰り道で寒さのために酔いがさめてしまった。
この前南伊豆で買ったウコンの葉を干したものを風呂に入れました。あまり香りは出ないのですが、気持ちのせいか温まります。
そういえばこの前梅干も買ったのですが、この梅干が美味い!!少し硬くなった古いもので、塩と旨み成分が結晶となりじゃりじゃりします。昔の梅干はこんなだったなぁと思い出しました。今の梅干は塩分を控えすぎです。甘い梅干などもありどんよりします。後2個しかなくなったのでまた南伊豆に行ったときは買ってこようと思います。

【2005年】
いよいよ明日は大晦日ですなぁ。。。
「ぶらり旅」のページを見たら、今年初のぶらり旅は1月2日の「アン肝」でした。今日は今年最後のぶらり旅でした。やはりアン肝。。。(笑)
今年はアン肝にはじまりアン肝で終わった。
ほんとはこの前の「大山詣」で締めくくりと思っていたのですが、家族みんなアン肝が食いたいということになり急遽行ってきました。
近いうちに「ぶらり旅」に入れたいと思います。おいしかったですよぉ。。。。息子が運転してくれたので親父は昼間からビールでした。。。どもども

今年最後のぶらり旅は下に書いたように大山も腕で締めくくろうと思ったのですが、娘が具合が悪くなりとんだ締めくくりになってしまうところでしたが、家族の思いつきで急きょ茨城県の北茨城市にアン肝を食べに行くことになりました。
毎年茨城県にはアン肝を食べに行くのですが、いつもは近場の大洗方面でしたが今回は少し足を延ばして福島県との県境も近い北茨城市まで行きました。やはりこのあたりのほうがアンコウの本場のようで、アンコウ料理を食べさせてくれる店がたくさんありました。いつも行く大洗方面の店は、アン肝自体は安くて量もあるのですが、海鮮丼なんてどんよりするほどのもので、嫌気が出ていました。
旅館の日帰り入浴付き部屋食アンコウ料理に行こうと思ったのですが、年末ということもありどこも満員でした。仕方ないので料理屋さんを予約しました。
ところが肝心のアン肝がないとのこと。。。
この辺は、鮟鱇鍋がうまいところで、ドブ汁といい独特な鍋を食べさせてくれます。そのドブ汁の汁は、アン肝としょっぱめの味噌とをすってそれをスープで溶かして作るのですが、アンコウの肝はほとんど生のまま使ってしまうようです。そういうわけでアンコウの肝自体が品薄になる。それでも電話でどうにかお願いをしてアン肝を4人前確保してもらいました。
昼からうまい物を食うからと、朝はパン1枚だけ食って出かけました。
帰省ラッシュで高速道路も込むのではと思い早めに出発。ところが常磐道はガラガラ。。。
早くつきすぎて時間をつぶすのに大変でした。六角堂は何回も来ているし、美術館は休み。早めに料理屋さんへ行ったらまだ仕度はできていないとのこと。。。そこで思い出したのが海鮮市場。国道6号線沿いにある市場なのですが品数も豊富です。タラバガニやら正月のお節を買いました。
買い物に熱中しているうちにだいぶ遅くなってしまい料理屋さんへ行きました。そうしたら予約客でいっぱいでした。
座敷に座ると。。。出てきました出てきました。アン肝!!
帰りも息子が運転をするというのでビール。極楽です。しかしアン肝の量が少ない。。。まあ、お願いして出してもらったわけですからそうは贅沢もいえないのでおいしくいただきました。朝早くから作りたてのアン肝で、中のほうがまだ暖かいものでした。作り立てというのはこれまた美味なものです。
ガスコンロにはドブ汁。。。。
初めて食べたのですが、アンコウの肝が利いていてうまかったです。アンコウの身も、よく聞く「アンコウの七つ道具」が!!身はもちろん、皮や骨付き肉、内臓の一部などがすべて入っています。アンコウも野菜もたくさん!!2人前しか頼まなかったのですが、家族4人でも食いきれないほどの量がありました。
おいしかったです。。。。
お勘定のときに、おばちゃんが「アン肝が少なくてごめんね。ほとんどドブ汁にしてしまうからアン肝は大変なの。それでも朝早くから作ったのよ。。。。ハハハ」と。
感謝です。
急な今年最後のぶらり旅は、腹はいっぱいほろ酔い気分で満足したぶらり旅でした。
また来年も出かけたいと思います。

               アン肝に 心感じて 北の海

【2006年】
昨日今日と寒いです。
今日は風も出てきてしまい震え上がりました。東京の空っ風。。。。。ううう
妻と二人で築地場外市場におせち料理を買いに行ってきました。
東京の台所築地市場に隣接し、路地の両側に小さなお店がたくさんあります。いろいろな品を売るお店にまじって寿司屋さんも並び、中には椅子を6個ほど並べただけの半露天のラーメン屋さんや海鮮どんぶりを食べさせてくれる店もあります。
今回、築地場外市場は初めてで、場外市場デビュー。。。。
何しろ右も左もわからず、どこの店が良いものかも解らずに歩きました。人ごみがすごいのでおせち料理を手早く買ったのはいいのですが、後からおいしそうな店を見つけて後悔をしたり、一度通り越した店のほうがよかったとか、まぁ、初めてなので仕方ないでしょう。。。。
東京には、上野のアメヤ横丁があり、こちらはよく行っていたのですが、賑わいはアメヤ横丁のほうがすごいです。
この2箇所が東京では有名な場所なのですが、アメ横も防災関係で再開発という噂もありますし、築地市場も移転の話も出ており、昔ながらの情緒というのか「らしさ」が消えてしまうのかもしれません。
お昼は寿司屋さんに入りました。手ごろな値段で味もよし!!
午前中からビールを飲んでしまい、赤い顔で地下鉄に乗りました。。。。。
こういう買い物に出るときは、財布の中身を最小限にして出かけるのがいい。余計なものを買わずにすむから。でも、カニの足など豪華なものは買えません。。。ハハハ

【2007年】
(記事なし)

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
東京は、正月休みに入り空も透き通っています。夜の月や星がきれいでした。
今日は朝から寒い曇り空になってしまいましたが街はそれだけ静かに感じます。
今年3月からこのブログを再開しましたがたくさんの方にいらしていただいたことはうれしかったです。ありがとうございました。
このブログを再開した理由は、自分を取り戻すためでした。それは心の中に湧き上がるものをとつとつと書き綴ることでした。この一年何を書いてきたのかというとまとまりませんが、下手な誤字だらけの文章ですが僕の限界の中で僕自身を書いたものであることは間違いないと思います。
社会が動いていく中の個人というものは小さなものです。最近の朝日新聞の連載にこの社会に埋もれる人々が描かれています。そこに描かれる方々は特別な方々かもしれませんが、その個人という人間がこの社会にどう生活をしているかは大なり小なり同じものがあります。それが社会に中における個人です。弱いのです。社会は大きい力を持っているから。僕がこのブログで書きたかったものの一つは、この社会においての個人という弱さです。そしてその弱さがどのように形成されるかです。今年は民主党政権になりこの社会と個人との温度差がさらに広がりました。僕は見つめたいのです。理不尽さを。
同時に個人は個人としてその仲に楽しみなど喜怒哀楽を持って生きています。社会にいろいろと制約を受けながらもその中に生きていますが、心は自由だということです。人を愛したり好きになったり、美しい自然の移り変わりも。これを受け取る心の自由は必ず社会に対して反作用をすることでしょう。心の自由を少しでもネットという形ですが団結をさせなければなりません。団結というと硬い表現ですが、「一緒だね」という気持ちです。
しかし同時にこの心の自由には二面性があります。自由を勘違いした自由論者を見ます。それは自己の自由を行使する過程において他の人の自由を心の自由を束縛するものです。自由が自由を奪い嫌なものだけを他の人の心に残す。それを自由だと正当化をしていく。これは強いものがあり社会全体が間違った個人主義を生んでいます。これも個人の心が社会に反作用をさせることでもあります。新自由主義が擁護をされます。
どこかでこのようなものを断ち切らねばなりません。
そんな気持ちが少しでもこのブログに出ていたら。。。。と思います。
一応このブログは年末年始も営業いたします。もしお閑な時間があればお立ち寄りください。
よいお年をお迎えください。

【2011年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2012年】ツイッターつぶやき
企業はより大きな利潤確保のために常に競争を繰り返す。より安く生産をして高く売ろうとする。それはどのように行われるか?たとえばある企業が100人の労働力を使って1万個の商品をつくっていたとした場合、生産性の向上により同じ商品を1万個作るのに80人の労働力で済むようになれば、同じ商品をいまだに100人で1万個作っている企業より利益は大きくなる。市場でその1万個の商品が同じ値段で売られるなら先の生産性を高くした企業の利益は大きくなるでしょう。なぜかといえば先の企業の方が商品自体の価値を少なくするけど市場では同じ価格で売れるからです。または先の企業は100人で1万2千個の商品を生産できる生産性があるわけですからここからも先の企業の利益を増すことは明らかです。
ここでの先のより多い利益は特別剰余価値の生産と呼ばれこの特別剰余価値を手に入れることが競争なわけです。
しかしこのような競争の中では、生産性の悪い企業も生産性の向上を行うわけですから産業内での特別剰余価値は減少をしていき商品価格はその価値に近づき低下していきます。
産業内全体で1万2千個の商品をつくるのに80人で済むようになれば投下資本の組成に変化が生じます。より少ない可変資本(賃金部分)とより多くの不変資本(設備や原材料など)という中に資本の有機的組成の変化が生じます。この資本の有機的組成が高度化すれば、剰余価値率が一定ならば利潤率は低下をします。
この時に企業は何を行おうとするか?
剰余価値率を高めようとする。可変資本(賃金)を減らせば剰余価値率が上がる。
今の日本社会で行われているのは、低下する傾向にある利潤率を維持するために賃金を低くする工夫を行っているとみていいのではないでしょうか?本来ならば賃金も一つの商品ですからその価値道理に売られて企業はその価値道理に買うのが経済法則ですが、今の社会においては賃金は一つのコストとみなされるのが普通になってきてこのコストからの賃下げも行われます。ですから生産性の向上の中での人員削減(これは失業につながりますが)という形でこのコストを下げると同時に賃金自体をその価値以下で労働者から買うことによる経済的法則に反した形でのコストダウンを行おうとしているという事です。
これが今現在の利潤率低下に対する企業の利潤率維持への防護という事になります。
しかしこういったものは、生産性の向上による商品価値の低下(これはより少ない労働で多くの商品を生産するという事ですから)により、より多くの商品を市場に出さねば利潤率は維持されないのですが、労働者の賃金を価値以下に下げて行けばそのより多く生産された商品は売れなくなります。ここからも利潤率の維持は困難になっていくでしょう。企業は商品価格を下げざるを得ない。それが競争に転嫁していく中でデフレも生じるのではないかと思います。その中でさらに賃金コストという論理は賃下げに向かっていく。デフレスパイラルです。
このような中でリフレーションといえば聞こえがいいのですが結局は政策インフレに向かおうとして企業利益を守ろうとします。しかしこれも貨幣価値の低下ですからその中においてデフレ不況は拡大された形で現れるだけでしょう。

【2013年】ツイッターつぶやき
ロイターに竹中平蔵さんのインタビュー「アベノミクスは2014年が正念場」という記事がある。
アベノミクスの三本の矢は放たれた。しかしどこに向かっているのか?
三本の矢のたとえは、1本の矢ではすぐに折れるが3本の矢はそうは折れないということでしょうが、それは国の財政や政策・企業の実体経済の発展・国民生活の向上という三本の矢によって国家も強靭なものになるということでしょう。本来は。。。。
しかしこの一年の中で見えた三本の矢は、円安株高・悪性の物価上昇・国民統治の強化(企業利益優先のための)と生活の低下という矢が放たれたということである。その三本の矢が国民の後ろから飛んできているというのが実態でしょう。これが来年に向けてのアベノミクスの正念場なのです。
「海外投資家の間では、成長戦略への懸念や失望感もある。」
「特区での雇用改革は「解雇特区」「残業代ゼロ特区」との批判ある」
(上記リンクページより引用)
この質問へはオリンピック頼みと「解雇特区」「残業代ゼロ特区」という疑問への明確な答えがない。
労働力不足には就労人口を増やすというが、たとえば女性労働力の活用も「たとえば女性の労働参加率を高めるのに、最も効果的なのは家政婦の充実だ」(同引用)同じ女性が働き続けるには家政婦を言うのは同じ女性量動力の活用にも格差が生じるということでしょう。また外国人労働力頼みと移民さえ言われる。もちろんここにも格差が生じるでしょう。それが日本人労働者特に若い人や中間層の賃上げの桎梏となるでしょう。
円安株高ではなくて国民生活向上に直結する政策・消費増税を含めた悪性の物価高ではなくて国民生活の安定と格差の是正(正社員化の促進)・国民の自由と民主主義の拡大という国民としての三本の矢が対置されねばならないでしょう。それが国家を強靭化させます。

【2014年】ツイッターつぶやき
あなたが買おうとしている洗濯機が今まで3万円だったものが、アベノミクスの経済政策のように円安誘導や消費増税による価格転嫁によって3万5千円になったとき、その洗濯機の価値は増加したと思いますか?
買う方はもちろん同じ洗濯機ですから価値が増加をしたとは思わないでしょう。何か新たな付加価値が付けばその洗濯機に3万5千円の価値を感じるでしょうが。
今、起きている悪性の物価高は生産される価値量に変化はなくて貨幣量という価格表示が変化しただけなのです。
価値に変化はなくて使用価値に変化が起きるのです。
洗濯機の価値に変化はないのですが、5千円も高くなったのですからその買い手の賃金なりの収入が同じならば使用価値が高くなるわけです。貨幣量による使用価値の変化はその洗濯機を買うのに「高い物」という意識が現れるでしょう。価値に変化はなくて使用価値だけが高くなれば、その洗濯機を買うことを躊躇します。価値以上の貨幣量を支払わされるわけですから。
しかしこの価値から離れた使用価値の上昇により利益を得る方が出ます。
価値量を一つのパイとすれば、価値量に変化がないのですからパイの大きさに変化はない。そのパイを国民すべてが分け合い、企業などにも分け合う。
その大きさに変化がないパイの価格だけが高くなったときに、国民の多くは賃金なりの収入が同じとすれば受け取るパイの大きさは少なくなります。その分企業などがパイの分け前が大きくなります。
結果として国民は受け取るパイの分け前としての価値量を減らされて、企業などがより多くの価値量を受け取ることとなります。ここで所得の再配分は低いところから高いところへと向かいます。

【2015年】ツイッターつぶやき
黒豆、なます、ごまめ、松前漬けを作りました。
明日は煮しめ、チャーシュー、ニシンの昆布巻き、伊達巻を作ります。ニシンは昨日から米のとぎ汁で戻しています。
黒豆はネットで調べて圧力鍋で炊きました。でも一工夫。。。焼き終わった黒豆を鉄のフライパンでしばらく煮てそのまま覚ましました。黒豆の色素と鉄の成分でアントシアニンでしたっけ?黒豆が黒くなるそうなんです。確かに黒くなったかなと思います。錆びたくぎなどはないですからなぁ。。。。。
生巣は大根と人参そしてゆずの皮です。汁は柚子のしぼり汁を入れてフルーティーな酸味を出しました。ゆずの皮は千切りにして入れました。
ごまめは飼ってきた袋のレシピで。ただここで一工夫。。。。ごま油を少々入れます。
松前漬けは人参と数の子を入れました。

【2016年】ツイッターつぶやき
チャー種も無事に作り終わりナマスと松前漬けを作りました。
これで4品。。。。。
明日は黒豆、煮しめ、だて巻き、田作りを作ります。
合計8品となります。
昆布巻きは少し昆布が硬め。。。。。いくら似ても柔らかくなりません。安かったからかな。。。

【2017年】ツイッターつぶやき
昨夜から煮汁につけておいた黒豆を一気に圧力鍋で煮ました。
我が家には鉄鍋もなく鉄玉とやらもさびたくぎもないので、唯一の鉄製品フライパンで煮汁を煮詰めました。面白いもんですねぁ・・・・鉄の成分が少し入るだけで豆が茶色から黒に変化しました。
味見をしたら・・・・・うん!うまい!!
我が家は黒豆は少し硬いほうが良いという意見が強いです。
昔お袋の黒豆がそうですした。
結婚した当初妻がはじめてお袋のその硬い黒豆を食ったら、うまい!!と。それ以来黒豆は固くしないといけない。
しかし圧力鍋でつくるとどうしてもふっくらとなります。
でも、冷蔵庫に入れておくうちに少し硬くなるのでそれで良しとしています。
今は、昆布巻きをつくっています。
今年は身欠きにしんとごぼうをまいたものを半分作りました。
これも圧力鍋です。
昔のように火鉢というものがなくなりましたので不便ですね。圧力鍋はガス代節約にもなりますね。
午後からはナマスをつくりあとは明日です。
明日はだて巻き、ごまめ、叉焼、松前漬け、煮しめ、、、、、かな。
外は風もなく穏やかな晴れ。。。。。。
この気持ちよさもおせちの味に出るかもしれません。

【2018年】ツイッターつぶやき
黒豆
ナマス
松前漬け
田作り
チャーシュー。。。。。
5品出来上がりました。
明日は
煮しめ
伊達巻
昆布巻き
3品を作ります。
ここ数年毎年作っているので容量要領がわかり時間短縮になっています。
また、圧力鍋を使いますのでだいぶ合理化できます。
昼食は面倒なので家族みんなでおにぎり。
出来上がった御節料理の試食会になってしまいました。
いあやぁ・・・・
今年は案外味付けがよかったみたいです。
明日の伊達巻と昆布巻きは少し面倒なのですが、圧力鍋で昆布巻きを作ったり、伊達巻ははんぺんを使ってオーブントースターも使ってやはり合理化します。
買い忘れたものはないかなぁ。。。。。。
たぶん明日も買い物かもしれません。
スーパーの駐車場が満杯でした。スーパー渋滞。車もいっぱいで店内もいっぱい。なぜかみな急いで買い物をする。ほんとせわしないですなぁ。。。。
こういう時は車も事故が多くなります。そういえば帰省ラッシュですね。
皆さんのんびりとした気持ちで気をつけて安全運転を!

【2019年】ツイッターつぶやき
       皆様よいお年を
今年一年ありがとうございました。
また来年もよろしくお願いいたします。


                <モネの池>
当ブログは明日まで営業です。
新年は元旦より営業予定です。


【2020年】ツイッターつぶやき
以下、ツイッターから
WHOたばこ規制枠組条約8条とその拡大解釈としてのガイドライン。
喫煙は合法であることを否定していない。
受動喫煙ゼロを言うが、どこで喫煙してよいのかを規定することを放棄している。それは受動喫煙防止の方策と政策を示さずに強制禁煙を言う。
喫煙してもよいが受動喫煙ゼロは、非現実的な矛盾
WHOがリスクゼロでなければならないというのなら、地球上に存在するすべての人工的有害物質をゼロにしなければならない。
リスクゼロは経済を破壊させるから、煙草だけにターゲットを絞れるのは、喫煙率が下がっても増税してたばこ税収は減らないから。
禁煙は喫煙者への個人攻撃で行えるから。
WHOは受動喫煙の定義化は行わない。
隣で喫煙した場合の受動喫煙か、分煙で漏れる程度の受動喫煙か、体からの匂いがする受動喫煙か、1日に一度タバコの匂いがした受動喫煙か。。。。など。
定義がない中で健康への影響はリスクゼロではないと。
これを錦の御旗として企業や個人への圧力団体化する
健康への影響ではリスクはゼロではないという錦の御旗の圧力ですから、何でもありの行動が生まれる。
たばこ増税で低賃金層や貧困層への強制禁煙と言う非人道的なものが肯定される
デジタル脳の「1」か「0」かですから1だったリスクを0.5や0.1に下げることを認められない。
社会は0.5です
デジタル脳の集団化は、たばこ規制枠組条約を拡大解釈をしたガイドラインそしてそのガイドラインを拡大解釈する方向へ向かう。その行きつく先は、ツイッター上でもそうだが喫煙者を「ヤニカス」などという言葉を使う「嫌悪」としてのヘイトに向かう。
同時に低賃金層や貧困層という世界的な矛盾そして人権問題となっている格差社会を利用したたばこ増税という日人権的な強制禁煙も正当化される。
合法的な喫煙を非人道的な方法で禁止するようなものは民主的な国家ではなくなる。非民主的な人々の思考回路がWHOにも入り込んでいるのでしょう。
合法的な喫煙の問題があるとするなら、1か0かのゼロリスクを求めるのではなく、受動喫煙の削減(1から0.5などに)を求めるのが民主的な国家が行う唯一の方法です
日本では分煙が進んでいました。喫煙者も協力をし、企業も金銭面を含めて努力をしてきました。非喫煙者もその分煙で良しとしてきた
しかしその中に空想的な教条的なリスクゼロ論者が入り込んだ。
禁煙を考える集団内ではより過激なことを言う人がウケる。
ある正義を作り出してその正義のために自ら民主主義と人道を捨て去ればヘイトや力の解決に走ってしまうのは必然です。

【2021年】ツイッターつぶやき
コロナ新規感染者数が微妙に増加傾向を示しています。
イギリスでは1日当たり18万人が感染しているようです。世界的には感染者の増加による大きな波が起きています。日本はまだ新規感染者数としては少ないのですが嫌な雰囲気で年越しとなりました。
イギリスは感染者数が減少すれば感染防止策の規制をなくしましたが、いざ感染者数が増加すればブースター接種の必要性をうったえ接種しなければ入院の確率が上がると恫喝的な言葉を国民に向けている。
日本も規制がはじまり新幹線の自由席に乗車率が100%を超えているようですが、年末年始の感染予防対策はだいぶ緩くなっています。そのうえでブースター接種がはじまっています。基本はイギリスも日本も同じです。
コロナ禍も3年目に入りますが、今年もまた経済のV字回復はないかもしれません。

【2022年】ツイッターつぶやき
3年続けて牛の筋肉。
牛筋を買ったわけではなくて、一応すき焼き用肉です。
一昨年も去年もそして今年もすき焼き用筋肉を買ってしまいました。
牛丼にしようか炒めようか迷ったのですが、炒めてみたのですが、二口食って食欲がなくなりました。
なんで年末はこうした肉が流通するのでしょ?
消費が多くてまともな肉は揃えられないのか?
利益を上げるための筋肉なのか?
とんかつ用肉も買ってきたのですが、ロース肉でなさそう。。。。。
また明日もどんよりしながら筋豚肉を食うのか。。。。。。
昔はよい肉がたくさん並んでいたのを記憶してますが、今はおいしそうな肉は見当たらずに筋肉ばかり。
雑煮の鶏肉も筋だったりして。。。。。。
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2023年12月29日(金)「買い物。。。」

2023年12月29日 22時38分34秒 | 「思うこと」
正月用品の買い物に行きました。
鏡餅・・・・忘れた。ウウウ・・・・
ビニールに入った鏡餅を買うのですが、うまくないので毎年苦労しています。しかし、縁起もんですからなぁ。細かく切ってカキ餅にしたりしますがめんどくさい。
スーパーの駐車場は渋滞。
毎年不思議なのが、雑煮用の鶏肉の賞味期限が次の日になっている。たくさん切って売るので少し前から準備しているのでしょうね。帰ってから冷凍しなければならないのですからはじめから冷凍で売ればいいと思うけど、それでは見た目が悪いので売れないのでしょうか。
昆布巻き用の身欠きにしんを探したけどない。冷蔵品を売っている片隅にありました。いろいろと探すうちにスーパーの中をぐるぐると。
疲れますなぁ。。。。。
帰ってから昼寝をしようと思ったのですが、どうする家康の総集編が。
つい最後まで見てしまいました。
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池に浮かぶ月2113【12月29日】

2023年12月29日 22時22分17秒 | 「池に浮かぶ月」
山茶花。。。。。
椿。。。。。当時も過ぎて春を待つ。

≪去年の今日はこんなことを・・・≫
2022年12月29日(木)「春の準備」

「池の上に月が昇る
その池に写る月は現実の月ではない
しかし現実の月を写したものであることでその池に浮かぶ月も現実である
人間の過去もすでに現実としては存在しない
しかし過去の時間の中で現実であった」
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「12月29日という日」

2023年12月29日 10時15分00秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2023年】ツイッターつぶやき
正月用品の買い物に行きました。
鏡餅・・・・忘れた。ウウウ・・・・
ビニールに入った鏡餅を買うのですが、うまくないので毎年苦労しています。しかし、縁起もんですからなぁ。細かく切ってカキ餅にしたりしますがめんどくさい。
スーパーの駐車場は渋滞。
毎年不思議なのが、雑煮用の鶏肉の賞味期限が次の日になっている。たくさん切って売るので少し前から準備しているのでしょうね。帰ってから冷凍しなければならないのですからはじめから冷凍で売ればいいと思うけど、それでは見た目が悪いので売れないのでしょうか。
昆布巻き用の身欠きにしんを探したけどない。冷蔵品を売っている片隅にありました。いろいろと探すうちにスーパーの中をぐるぐると。
疲れますなぁ。。。。。
帰ってから昼寝をしようと思ったのですが、どうする家康の総集編が。
つい最後まで見てしまいました。

≪過去の記事≫

【2003年】
どよ~ん。。。
大掃除をしたのはいいのですが、ごみの回収は年内は終わっていました。
生ごみや分別ごみと一緒に年越しです。。。ハハハ
台所をやっていたとき、レンジがあまりにも汚く、妻と一緒にその汚さに見とれてしまいました。仕方なく新調してしまいました。
まあ、ともかくこれで新しい年を迎えられます。。。

【2004年】
東京も朝から雪です。積雪3センチほどかな?
今年は雪が多いのかもしれません。寒さも厳しいです。
腰の調子は最悪。。。。トホホ
医者も年末年始で休みになります。これから1週間、我慢するのみ!!
少しは歩き回ったほうがいいというので、息子の運転で正月の買出しに行きました。スーパーも商品の値段が高くなったような気がします。

【2005年】
どこもいよいよ御用納めですなぁ。。。
この一年を振り返って。。。なんてゆっくりした気分にもなれません。
なんだかどたばたと1年という時間は過ぎ去って行ってしまったような気がします。でも、この一年毎日必ずとはいえませんが楽しくこの日記も書けました。だいぶ愚痴も多いのですが、ハハハ。。。と笑いながら時々読み返しています。
読んでくださった方、ありがとうございました。年末年始も少しだけでも書けたらと思います。
よいお年を!!
読書ページに夏生さんの「庭ができました」を入れました。本とは内田先生の「先生はえらい」を先に読み終わり、途中まで感想を書いたのですが、難しくて先に進んでいないので先に「庭ができました」をいれました。時間があれば年内にはと思うのですが。。。。

「庭ができました」
                         角川文庫
               銀色 夏生  著
夏生さんは、夫との別居を決意した2000年頃(「つれづれノート10」)、沖縄県宮古島へ土地を買い「島移住」を考えますが、土地の造成に手間取りあきらめますが、その後島でなければならない理由はないと実家に引っ越すことを考えます。そして2002年7月25日、夫と離婚をして東京から故郷の宮崎県へお子さんたちとともに引っ越します。住まいは、狭くて古いご実家の離れに落ち着きます。(「つれづれノート12」)
すでにこのときに子供の頃に住んだことのある今は空き家になっている土地に家を建てる計画をしていました。家のデザインはすべて夏生さんが決めて家の工事が始まります。
この家は2003年7月に完成され、夏生さんは新居に引っ越します。(「つれづれノート13」)同時に庭造りの構想を進め、外塀の工事がはじまります。
この家については、2003年11月に「家ができました」(角川文庫)として出版をされます。
このように家作りと庭造りがされますが、夏生さんにとっては離婚をして宮崎に帰り、二人お子さんを育て、今までの結婚生活を振り返り、これからを考えますが、その意味では、夏生さんの心の中のひとつの区切りというものがあったものと思います。
2003年6月には、2002年頃から構想していた自選詩集「丘をばら色に染めながら」が出版されます。また、2001年11月発行の「バイバイまたね」以後約3年ぶりに2004年4月に詩集「雨は見ている川は知っている」を発行し、2005年2月には詩集「すみわたる夜空のような」が発行されます。そして庭造りが終わり「庭ができました」が発行されました。この詩人銀色夏生としての本来の作品にも夏生さんの心が現れているし、詩集という作品の発行自体にも新たな夏生さんを感じます。「つれづれノート」はもちろんですが、家や庭造りには平行してこのような作品も発表されているわけで、家や庭という形のあるものの作品ですが、その目に見え形のあるものと詩集などというほかの作品での心の部分を読者も平行して読んでみるとおもしろいと思います。
「今では、もう家も庭も私も、それぞれのんきにすごしています。作るときにやるだけやったので、心残りはありません。こうやって報告し終えたら、そこでやっと家と庭というこの作品作りは終わります。今はまた次のレポートにとりかかっているところです。」
                   (まえがき より)
「家ができました」もそうでしたが、この「庭ができました」もほとんどが写真ばかりの本です。
「家ができました」は、検索をすると建築関係の方にも読まれて評価されています。「庭ができました」も造園業の方や趣味で庭いじりをされている方の評価も出てくると思います。この意味では、本自体が夏生さんの作品であるとともに、家や庭というものが一つの作品となっているということだと思います。
しかし夏生さんファンにとっては、家や庭を楽しませていただくと同時に、日記エッセイ「つれづれノート」との関連で楽しめます。「つれづれノート」には、家や庭を作っていく過程が所々に出てきてそれがどのような形になって現れるのかが気にかかるところなのですが、それが本の写真によって紹介されるわけですかファンにとってはたまらない作品となります。
布団を干せるような大きな岩は、「つれづれノート」ではイラストとして書かれていましたが、本の写真ではパラソルの下の日陰で読書する夏生さんが出てきます。手作りの石垣、小石を埋め込む作業、庭の片隅にある生ゴミコンポスト(こては「つれづれノート」を読んでいても楽しく印象的なもの)、愛犬マロンの小屋、子供会だったかで作った「田の神さあ」、夏生さんの好きな木々や草花。。。。など、ファンにとってはたまらないものばかりです。
またたくさんの木々があるある中にもレモンの木がありますが、これは「檸檬の木の下で」といったかの詩にもあり、「やっぱり檸檬も植えられていたのかぁ。。」と考えたりもしました。あんがい思い出の木や草花もあるのではないかと思います。
写真ばかりの本ですからさっとめくって終わりかなと思ったらずっと見入ってしまいました。
「つれづれノート」ファンの方は必見の本です。

【2006年】
買い物に行き正月用の日本酒を買ってきました。
正月用なので少し高い酒を買ったのですが、少し味見をしてみようと封を切ってしまいました。これが間違いのもと。。。。
ハハハ・・・・味見のつもりがだいぶ飲んでしまいました。
夕食を食べ終わったら寝てしまった。。。
大掃除。。。。まだです。

【2007年】
昨夜、寝るときに雨の音がしました。
その雨も早朝にはやんだようです。一日中どんよりと曇りました。
でも雨の生か暖かい一日でした。
スーパーの食品売り場の棚はほとんど正月用品でした。
いつもウインナーとか置いてある棚に向かったのですが、ウインナーが無い?
パートのおばちゃんに「ウインナー、どこ行っちゃたんだろ?」と訊いたらだいぶ離れた棚にちんまりとありました。はじめはそのおばちゃんもどこにウインナーが消えたかわからなかったようで、店の奥に訊きに行っていました。
目に入るのは正月用品という中で、こういうこと一つとってもせわしなく感じます。
年々正月が嫌いになっていく。。。ううう

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
朝日新聞28日朝刊25面に文芸時評「わからない」の効用(わかると思うほうが間違い)というものが載っていた。
純文学は難しいというお話でしょうか?
この「わからない」の効用はとして、
「わからないの効用はわからなそうのものにある。私の頭がこんなに悪かったと思うと愕然とする。しかし文学が、いや世界が簡単にわかると思うほうが間違いなのだ。」
と。
この記事で「わからない」のどこに照準を当てているんだろ?
「わからない」ものを書くのは、偉そうに通ぶったものだと見ること自体がに間違いがあり、そういった人間は漫画などのわかりやすいものに走るという中原昌也の言葉を引用をして、この「わからない」ものを悪とする風潮が出てくると純文学は商売上がったりだとする。このような一部にある偏見があるのでしょうが、この記事ではこの「わからない」純文学の例として三つの作品を上げる。しかしよく見るとこの三つの作品の「わからない」は、どうも作品の構成や流れの中にある謎解き、手の込んだ文体や言い回しのような例ばかりのような気がする。
この構成の流れや複雑さあるいは謎解きのようなもの、そして手の込んだ文体や言い回しといったものは、たしかに純文学を「わからない」ものにするだろう。こういう「わからない」では、先の仲原が語る「わからないものは偉そうで通ぶったもの」といったようにとらえられて当たり前だろう。こういう意味での「わからない」純文学を純文学の正統派としたならどんどん読者は純文学から離れるだろう。どこか馬鹿にされたような感じがする純文学(といってもここの記事で紹介をされている三つの作品がこのような文学科は僕は読んでいないのでわからないが)という定義では。。。。。。だから水島さんの作品をわかりやすいと批判的になる。
漱石が文学は美文ではなくてその精神だと言ったように、美文に限らず凝った難しい文章が純文学ではなくて、著者の精神面がどのくらいうまく表現をされているかに文学的な価値が現れる。この精神面がどのように現れているかを読み解くのが本来の「わからない」の中身となる。
1+1=2は絶対正しいが、2=1+1と決め付けたらそれはある場合には間違いで、解が2になる数式は無限にあるのだから。文章に凝った作品の難しさは、1+1の式を数学の専門家が使うような高等数学の式に書きあらわして2という解を得るものに似ている。2を説明するのに何も高等数学は要らない。単純な愛を表現しているだけなのにその表現を小難しいように書く中に文学性を高める方法である。しかし2=1+1から2という数字は無限に表現できるよという中には、愛というもの形は無限に人間の心の中にあるとしてその一つを表現した意を表現したということになる。この場合の「わからない」は著者がどのような愛を書いているのか、読後に心に残る愛はどんな愛なのかというものをかみ締める中の「わからない」である。これこそ純文学の「わからない」ではないか?
そうすると、この「わからない」は、読者と著者のキャッチボールとなり、ただ理解するだけでは終わらない心の拘留が残る。そして読者は「考える」のである。「わからない」から考えるのである。読者がいろいろと考えることこの契機を作る「わからない」を表現した文学こそ本物となる。そして人間の心だから100%はわからないというものに行き着き、その中に純文学の例えば「愛」というテーマは永遠となるのである。

【2011年】ツイッターつぶやき
今のように政治も経済も混沌となりさまざまな矛盾が噴き出てきそれに対して有効な手段がない時にその批判から改革という言葉が出てくる。
改革という言葉には何か良い方向に向かうことを意味するように理解をしてしまうがその改革が本当に良い方向であるかは定かでないはずです。しかし改革という言葉を使い強い指導力を見せられるとどっとその改革という言葉に引き寄せられていく。
古い体質の中に何を再構築していくかが改革だが、改革を今までの制度を壊すということばかりに使われるならそれは改革ではないと思います。

【2012年】ツイッターつぶやき
安倍内閣はリフレ派の政策だとか言われ始めていますが、リフレーションってどんな政策なんでしょ?
金融緩和政策などを通じて、穏やかで安定したインフレ政策、遊休した設備投資や失業を克服、需要を創出。これによりデフレという不況から脱出する。(ウィキペディア参照)
なんとなく理想論的なインフレ政策なのではないでしょうか。
今日の『blogos』にも
『リフレは日本が抱えている最重要問題のうちの3つ、つまり1、景気低迷、デフレ、膨大な国の借金を一度に解決するのに役立つ可能性を秘めている。金融緩和を実施すれば、おそらく日本の失業率が少し下がり、また円が値下がりして輸出業者を助けることになるであろう。』
というリフレーションへの期待のような記事がありました。
このようにうまくいく政策なのでしょうか?
金融緩和政策はゼロ金利に加えて量的金融緩和に向かっていると思いますが、市場に流れる貨幣量を貯金を減らしてそして低金利で日銀が貸し出したりして貨幣量を増やそうとした景気回復には至らないという事は今までのゼロ金利でも証明されていますし、資金は国外に流れて国内の設備投資は進まなかった。結局は消費不況の中でのデフレも克服されなかった。ここでさらに量的緩和で貨幣量自体をじかに増やしても同じ結果になるのではないでしょうか。ですから景気の低迷やデフレ対策にはならない。
同時に国債の発行量は増えてさらに安倍政権では国債の発行量が増えるようです。リフレーションによりこの赤字が減るのかといえばそうではなくて、今現在も国債の金利が上がる傾向を示しているわけですから国際自体の危機にもつながるのではないでしょうか。
失業率が減ると言いますが、インフレ政策と失業率には何の必然的なつながりはないでしょう。同じく低賃金化は改善されないでしょう。
リフレーションといっても、結局はインフレ策でしかなく、その結果は多少のインフレが発生したとしてもそれはインフレと不況が同時に進むというスタグフレーションの拡大でしかないのではないでしょうか。そして酷な需要はインフレによってそして今後の消費増税によってさらに冷え込み、売れない商品はその価格を下げ続け、さらなる低賃金化が進み、更なる価格破壊が進むというデフレスパイラルに陥るのではないか。

【2013年】ツイッターつぶやき
経済的にも政治的にも矛盾が深まり発展の動きが停滞をしはじめる。今の社会(先進国あるいは資本主義といってもいい)がこの段階にきています。これまでの社会では今のような事態になれば恐慌が起きて戦争に突っ走るということになっていたかもしれませんが、先進国や途上国も含めて恐慌を抑えようとしていますし世界大戦を抑えようとしている面があります。これ自体が社会の発展でしょう。
しかし国民生活の低下と格差の拡大そしてそこからの相対的過剰生産が解決されたわけではありませんので停滞事態は深刻さにおいて同じでしょう。
この中でこの停滞からどう切り抜けるかが課題となっているわけです。
資本主義といってもそれぞれの国においては違いがあります。その国の歴史の流れの中に同じ資本主義でも形態と特徴があります。この中でその国それぞれに社会の発展の特徴も違ってくるでしょう。日本もまた模索をしているのですが、どうも今の矛盾解決を過去に戻ることにその解決策を見出すような動きとなっています。しかしその方向はひとつの矛盾として戦後かこのものとなったはずです。ですから社会の発展は今現在の矛盾をどのように発展性に変えていくかでなければなりません。歴史において日本が獲得したもの、それを土台にして社会は発展するでしょう。それは平和主義であり戦後民主主義であり、日本独特な共同体的な経済や政治です。それをどのように発展させるかですね。
これから逸脱をすれば日本への見方は当然古い社会への回帰となるでしょう。

【2014年】ツイッターつぶやき
「日銀は「デフレマインドの払拭(ふっしょく)」を目指して金融緩和を続けていると言うが、日本人が物を買わないのは本当にデフレマインドがあるからなのだろうか。本当に物の値段が先行き下がりそうだから買わないのだろうか。」(「日銀が導く未踏の境地「4年連続円安」の現実味」より引用)
以前も書いたが、やはりここでも日本経済の実態は単なるデフレではなくて「デフレ不況」なのです。
物の値段が下がるのは生産性が向上すればそれは経済法則です。その時企業利益が名目上減るわけですからそれをカバーするために禁じ手である労働賃金が引き下げた。それは非正規雇用の増加といった形でも引下げを行った。ここに消費マインドの低下が起こってしまったのです。何も先行き物価が下がるのを期待しての「買い惜しみ」ではなくて買いたくても買えない状況が作られたのです。
「アベノミクスが始まった日を2012年11月14日とすると、その日以来、円は対ドルで52%下落している。約25カ月半で円が対ドルで50%超下落したのは、1973年の変動相場制移行後初めてである。」(同上引用)
アベノミクスの失敗は消費増税といわれていますが、本質は円安誘導でしょう。

【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
今年は国民が愚弄された年ではないかと思います。
何でも有りの社会が普通になり、何でも有りを無意識的にも意識的にも行使したものが得をする。
何でも有りを意識的に行使することが愚弄です。愚弄は犯罪にはならないからと行使されます。
勿論行き過ぎた愚弄は犯罪となりましたが。
政治経済を中心に社会の隅々にまで浸透してしまった。
愚弄する人々はもちろん何かしらの「力」がある。
その力の行使を何でも有りとして行使するから愚弄できる。
国民は国民一人としては無抵抗にならざるを得ません。国民が分断をされていると愚弄されやすくなる。
来年は愚弄していた人々が愚弄される社会になるかもしれない。というのは、より強い力を持つ者が弱い部分の愚弄していた人々を愚弄するという事です。
愚弄する社会は国民の嘲笑の対象となります。
現実に笑わざるを得ないことがまじめが必要な場で語られますね。ブラックユーモアかと思ってしまうことが。。。。
しかし、この愚弄することが当たり前の社会は政治や特に経済に深刻な悪影響をもたらすでしょう。
愚弄社会は自壊していきます。

【2018年】ツイッターつぶやき
東京も寒くなってきましたので今夜は湯豆腐です。
ということで夕螺家特性湯豆腐のタレ。。。。。
小鍋に水、酒、砂糖、みりんを入れて多めの醤油を入れます。
これを沸騰させて濃いめに煮詰めます。
そこに長ネギのみじん切りを入れてまた一煮立ち。
火を止めたら鰹節を入れたら出来上がり。
食べるときは長ネギや鰹節を除いたたれだけで湯豆腐を食います。
甘めのタレですが、これがうまい!!
スーパーに行ったら京都の豆腐がありました。
土鍋に入れようとして切ったらびっくり。。。。
なんか胡麻豆腐のような粘り気がある。
たぶん葛が入っているんではないかと思います。
京都の豆腐ってこういうものでしたっけ?
昔京都で湯豆腐を食いましたが覚えがない。。。。。

昨日、妻とファミレスに行ったら、メニューにおつまみで「キャベツのアンチョビ炒め」がありました。
うまそうなので夜の酒のつまみに作ろうと思ったのですが、先日買ってきた塩鰹があるのを思い出しました。
キャベツをオリーブオイルとコショウで炒めて塩鰹のみじんに切ったものを入れるだけの料理です。うまかったです。
そういえばアンチョビはオイル漬けですがしょっぱい魚という面では塩鰹も似たようなものですね。ですからペペロンチーノに入れたりガーリックトーストに乗せてもいいかも。
使い方は案外あるかも。
そういえば塩鰹を薄く切ってゆずの皮を入れて甘酢につけてみましたが塩分も抜けておいしかったです。

【2019年】ツイッターつぶやき
「黒い霧」
懐かしい言葉です。
まだ子供のころだったか、子供の中でも「黒い霧」という言葉が広がりました。
プロ野球での八百長問題が表面化した事件でした。
「八百長」
今の社会を見てもこの言葉が当てはまるように感じます。
黒い霧に包まれた八百長社会。
桜を見る会の疑惑はまだ続いています。
続いているというよりもさらに問題化は深まってきています。
毎日新聞によると、桜を見る会の名簿はシュレッダーにかけられてしまったといわれていますが、公文書を破棄するときには廃棄簿に記載することが義務付けられているそうですが、この廃棄簿に桜を見る会の廃棄が記録されていないそうです。
同じく毎日新聞によると、昭恵夫人の私的な交友関係者も招待をされており、以前から昭恵夫人は私人なのか、公人なのかと問われている中桜を見る会についても私人である婦人の意見が通されているようです。
桜を見る会に限らず、現在の政治はすっかり国民から離れて一部の政治家などによって陰でうごめいている。そしてそのうごめきは国民には見えないようにされている。
この状態が黒い霧となって矛盾が見え隠れしている。しかし今の政治は圧倒的な力を持つ党が独裁的な力を持つのですから、矛盾はあるときには八百長にもなる危険性をもって進んでいく。
その八百長試合を見て国民は興奮させられているのでしょう。
八百長とわかっていても興奮して応援する。
それが日本を愛することになっている。

【2020年】ツイッターつぶやき
正月自宅支度のため車で買い物。コロナで密を避けるために買い物はできるだけ一人でというのが常識化されている東京です。
ついでに車にワックスをと思いいつものガソリンスタンドに行ったのですが洗車機の前は車が行列を作っていました。あきらめてスーパーへ。
道路はすいていたのですが、運転が荒っぽいですなぁ。。。
なぜかみんな急いでいる。
そんな話を妻にしたら「師走だからね」と。。。。
今年の御節料理はどうするか迷ったのですが、頃感染が拡大していますから手作りの方が安心かなと思い毎年のように手作りします。
昆布巻きだけは大変ですから今年は買ってきました。
明日から2日間で作ります。
買い忘れたものがいくつかあるのでまた明日スーパーへ。
コロナ感染が怖いのでササっと行ってきます。

【2021年】ツイッターつぶやき
正月支度と言ってもおせち料理を作ることぐらいで日常とそうは変化はないです。
今日は買い物に行ってきました。
夕飯用に牛肉を買ったのですが、帰ってきて思い出した。。。。。
去年の正月用に買った牛肉を思い出し失敗したことを。硬くてまずいし高い・・・・・
去年、もう牛肉はやめようと思ったのを忘れて買ってしまった。
そういえば去年チャーシュー用に買った肉もなんだか筋が多かった。。。。。。
なんだか出だしが悪いですなぁ。。。。。。
どんよりしながらも明日から御節料理を作ります。
黒豆、昆布巻き、伊達巻、ナマス、松前漬け、田作り、煮しめ。。。。。

【2022年】ツイッターつぶやき
冬至も過ぎて正月がやってくれば春も近いですなぁ。
白木蓮が小さい固いつぼみが出てきました。
山茶花はたくさん咲いてツバキが一輪。



少しづつ陽が伸びていく楽しみ。
1カ月もすれば春♪
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2023年12月28日(木)「開いててよかった・・・・」

2023年12月28日 22時30分06秒 | 「思うこと」
昨日から右目に違和感があったのですが、今朝目を覚ましたら傷みが出て目が赤い。
年末で医者もやっているかどうか。。。。。
車で朝から出かけたのでその後眼科に寄ってみました。
開いててよかった。。。。。
年末から正月中この傷みが続くことを考えるとゾウっとしました。
今は正月中も当番制で空いている医者があるそうですが、眼科が開いているかどうかはわからない。
今はスーパーも3日まで休みというところが増えましたが、だんだんと昔のような社会に戻りつつあるのでしょうか。
眼科の帰りに、やはり今日までだという床屋へよりさっぱりしました。
開いててよかった。。。。
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池に浮かぶ月2112【12月28日】

2023年12月28日 22時15分35秒 | 「池に浮かぶ月」
岸田総理は、新しい資本主義として国民に期待感を持たせた。しかしふたを開ければ戦争の道です。
タモリさんが今の社会は、新しい戦前だと言っていましたが、たしかに岸田内科むは国民生活を犠牲にした新しいっ戦前を作っている。

≪去年の今日はこんなことを・・・≫
2022年12月28日(水)「新しい資本主義は新しい戦前」

「池の上に月が昇る
その池に写る月は現実の月ではない
しかし現実の月を写したものであることでその池に浮かぶ月も現実である
人間の過去もすでに現実としては存在しない
しかし過去の時間の中で現実であった」
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「12月28日という日」

2023年12月28日 07時56分49秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2023年】ツイッターつぶやき
昨日から右目に違和感があったのですが、今朝目を覚ましたら傷みが出て目が赤い。
年末で医者もやっているかどうか。。。。。
車で朝から出かけたのでその後眼科に寄ってみました。
開いててよかった。。。。。
年末から正月中この傷みが続くことを考えるとゾウっとしました。
今は正月中も当番制で空いている医者があるそうですが、眼科が開いているかどうかはわからない。
今はスーパーも3日まで休みというところが増えましたが、だんだんと昔のような社会に戻りつつあるのでしょうか。
眼科の帰りに、やはり今日までだという床屋へよりさっぱりしました。
開いててよかった。。。。

≪過去の記事≫

【2003年】
湯本香樹実さんの「ポプラの秋」を読んでいます。
雰囲気としては梨木香歩さんの「西の魔女が死んだ」です。
「夏の庭」しか読んでいませんが、湯本さんの文章も好きです。
おばあさんと少女。成長した少女が知ったことは?後を読むのが楽しみです。
スーパーは、すっかり正月用品一色でした。
今年の正月は、1泊ですが泊まりに行きます。なんか正月用品で正月を祝うというのもあまり好きではない。これも何の正月らしさもなくなった東京に住んでいるからでしょうか?それとも核家族だからでしょうか?

【2004年】
腰の調子はまだ悪いです。
明日の大掃除は、妻と息子がやるそうです。
どうも運動不足もあるようですし、医者の話では坐骨神経痛になりやすい体質とか。。。。気をつけよう。。。。。
ごろんと横になって草薙さんの秀吉を見ていました。
どうも良く描きすぎなような気がしますが、作者の考え方には賛成ですが、今回のアメリカのイラク攻撃のように、平和を作るには戦争が必要というものにはつなげたくない。

【2005年】
浄水器のフィルターの連絡ががまだ来ない。
仕方ないのでスーパーまで行ってまだ届かないか聞きに行った。そしたらだいぶ待たされてまだだと言う。同じ型のフィルターならすぐに届けてもらうと言うが、そのフィルターは浄水能力が落ちるもの。。。どんより
「メーカーは売るだけ売ってちゃんとフィルターの在庫はないのか?」と思い、メーカーに苦情を言うから電話番号を教えてといったら、注文のファックスがなかなかつながらなかったという。
メーカーが変なのか、スーパーが変なのか?
何しろ10日過ぎても我が家のフィルターは届かない。
昨夜のテレビで、日本の流通面のよさを世界に広げるというような番組があったが、我が家の浄水器のフィルターはまだ届かない。。。。
ニュースで聞いたが、とあるコンビニ。。。コンビニも24時間営業が困難になってきたらしい。
日本の素晴らしい流通機構も働く人が大変になってきているのか?高齢化?
若い人のアルバイトも徹夜じゃなぁ。。。。

【2006年】
(記事なし)

【2007年】
今年もあと3日ですね。
この一年、いろいろとあったのでしょうが過ぎてみれば短いものです。一日一日を大切にと思うのですが、やはり過ぎてみればどんよりとしてしまいます。
正月用のカブのナマスを作りました。
このナマスはお袋の味。カブの皮をむき縦横に深く切れ目を入れて塩でしんなりするぐらいおいておきます。塩を洗い落としてから甘酢、鷹の爪、ゆず、昆布、干し柿少々で冷蔵庫の中で漬け込みます。多分、正月には食べられると思うのですが、素がきついと嫌なので、1回砂糖を入れて煮立てて見ました。すっかりさめてから使ったのですが、カブがいたまないかな?ちょっと心配です。。。。
昨夜はラーメンサラダを久しぶりに作りました。
普通のサラダの中に冷やしたラーメンを短く切ったものを入れ、ごまのドレッシングで食べました。これが案外いけるんです!ラーメンの玉が余ったときにでもお試しください。

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
(6)で書いた一つの産業内のABCという企業をまたここで見ます。
A社は100人あたりの商品の生産性は年間5万個とする。
B社は100人あたり10万個。
C社は100人あたり15万個。
(6)でも触れましたが、この労働の生産性の違いから生じる商品の市場価格がその価値からはなれて平均の価格形成としての特別な剰余価値を与える中での各社の利潤率はC社が一番高くA社が一番低くなる事を見ました。そしてここに資本主義的競争の原動力がある事を見ました。
この中でA社はもちろんB者もその生産性を向上させようとします。そしてC社と並ぶ生産性を得たと仮定します(C社の生産性は現在のある限界内にあり停滞するとします)。するとこのある商品を生産する産業内には平均な利潤が確定します。各社はそれぞれ100人当たり15万個の商品を生産することができるのですから、この産業をX産業とすれば
X産業は100人あたりの生産性は45万個
となります。
仮に10年前のX産業の生産性は低くてA社並みだったとすれば、X産業はこの10年で同じ労働力量(100人あたり)での商品の生産数が15万個から45万個の増加したこととなります。10年前と現在でも不変資本量と可変し本領の投資される資本は同じとすれば、それを分母として商品の総(100人あたりの労働力に対してですが)売上を分子にした場合、ある利潤率が決まります(追記:分子分母反対だったかな?)。しかしこの生産性の違いにより何が異なるかといえば、生産された商品量にあります。ある一定の利潤を得るには、10年前は15万個生産をしていたが今では45万個を生産している。そうすると商品1個あたりを見るとその価格は3分の1になります。X産業では同じ利潤を得るのにより多くの商品を市場に出さねばならなくなったということです。
同時に特別な剰余価値を得られなくなっているわけですから市場価格は価値に一致してきます。
資本主義生産とその資本主義的競争がもたらす一つの帰結は、市場における商品量の増加と一つあたりの商品の価格は価値に一致をして低下するということです。
これは資本主義生産の無政府性として現れざるを得ません。
X産業では、より多くの利潤を求めようとすれば工場の新設や市場の独占化のために各社の潰しあいに頼らざるを得なくなります。これがまた資本主義競争として行われるようになります。そしてまたこの工場の新設の競争がさらに市場に送る商品量の増加とも結びつくことが起こります。しかしここでは先にも書いたように特別な剰余価値を得られなくなっていますから、企業の利潤率は上がりません。生産性の向上のない中に工場の新設だけでは利潤額は上がるが利潤率は高まらない。ここに企業あるいはX産業そのものにまず停滞感が現れます。
一方商品量は市場の中により多く出されるわけですしその商品量は無政府性の中にあり一度過剰感が出てくると各社の中では値下げ競争もはじまります。値下げといっても赤字になるわけではないが、利潤低下であると同時に剰余価値率の低下として現れ始めて企業の停滞感はさらに深まります。
その産業では株価が下落をして資金が他の産業に流れていくでしょう。今資本をより吸収する産業の育成とか言われていますが、それはこのことからはじまる一つの帰結菜わけです。
しかし以上のような現象が他の産業にも波及をしていくならば、一つの社会そのものが不況という形をとり始めます。
次にこのような資本主義的生産とその競争がもたらすものとしての労働力を見ることにします。

【2011年】ツイッターつぶやき
人の歴史上に科学技術というものが飛躍的に発達したのはつい最近のことである。その科学技術を利用して様々な人の生活を豊かにするものが生まれた。工業技術や交通のための技術、エネルギー技術、科学・科学技術。。。。このような技術の発展は様々な実験や不十分な技術ゆえの事故などにより人の命も犠牲にしてきた。しかしその犠牲を悼みつつ更なる安全性を求めて発展をさせた。飛行機が落ちれば数百人の人間が死ぬ。大変な犠牲である。しかし飛行機の発達をやめようとはならないでしょう。誰ももう飛行機を作るのはやめようとは言わない。安全性を高めようという。
もちろん人類は社会を作り生きているわけでその社会は技術の発展と同時に、いや技術の発展の基礎として資本主義を構築した。技術は利潤目的となり、常に安全性と利潤のはざまで事故は起きたということもある。
中世の社会とは比べ物にならない生産力の発達の基礎の科学技術、これは飛躍的な出来事だった。しかし今や人間はまた飛躍的な技術を取り入れようとしている。ロボットもそうだし農業での遺伝子組み換えも遺伝子治療という医療も。そして原発という核の利用もこれまでの技術の発達とは質の違う飛躍をしようとしている。
これらの飛躍した技術を今までと同じ社会システムで続けることができるのだろうか?安全は保てるのだろうか?原発の商業利用が何を招いたか。安全性と効率性や利潤のはざまでやはり事故を起こしてしまった。またはその利潤優先あるいは科学技術への過信から安全神話というものさえ生んでしまった。事故が起きれば飛行事故とは比べ物にならないやはり飛躍した犠牲が目の前に現れる。放射能の拡散により人が住めなくなったり食物が食えなくなる。地震や津波の被害の復旧も遅れる。経済は立ち直らない。多額の保障金や事故処理が国家の財政を大きく圧迫をして知れは国民負担の増税となる。このような様々な目の前に現れている出来事は原発という科学技術も人の社会もいざ事故となれば核を制御できないことを証明をしている。飛躍した技術による飛躍した犠牲。この中でまだ原発技術を将来の発達のために商業利用ということで続けるのだろうか?
飛行機事故での犠牲は次の安全性へというチャレンジ精神はいかされるとは思うが、原発の事故という飛躍的な犠牲の大きい事故を繰り返しながら安全性を高めるということはできないことだろう。技術の発達のために犠牲を生かし安全性をとなどという余地はないのである。人がこれからこれまでよりも飛躍した技術を発見していくことだろう。それを生かすには人自体の発達も必要で意識も変えていかないととんでもないことが起きることを忘れてしまうでしょう。そのたびに安全なはずだったとか想定外であったなどと言っていたら人類は滅びる。

【2012年】ツイッターつぶやき
マニフェストを掲げて民主党政権ができその失敗から今回の選挙ではマニフェスト(具体的数値など)は示さないところで行われた。この方向で動いたのが自民党でしょう。選挙には政策があるわけですが、目立ったものは改憲や自衛隊の軍隊化そして経済面では成長戦略でした。しかし実際政権をとってみれば具体的なものを示す必要があるわけです。
その点で政権に着いた自民党は具体的には何を国民に約束しているのでしょうか?
第一次安倍内閣の「美しい日本」が今回は「強い国日本」的な言葉に代わっただけではないでしょうか。
新聞の世論調査でも安倍内閣の政策実現(指導力)にはあまり期待感がないようですが、政権交代のため、選挙で勝ったのは民主党批判の棚ボタ的な勝利そして政策には指示はそうは高くない中での「美しい日本」と同じく言葉による国民を引き付けることに集中しているのではないでしょうか?
もちろん自民党には政策はきちんとあるのです。しかしその政策をきちんと国民に示さないところで進めているのではないか?
それが言葉の強さという形での抽象性になる。
一番端的な例が、ロイター通信の記事によれば
「2030年代に原発ゼロという決めつけはしない」と見直しの意向を表明。原発稼働ゼロは、1)40年運転制限を厳格適用する、2)原子力規制委員会の安全確認を得たもののみ再稼働する、3)原発の新増設は行わない、という3つの基本方針で構成していたが、同相は27日未明の就任会見で、新増設について「現時点でイエス、ノーを決めるのではなくて、専門的知見を十分に蓄積した上で今後の大きな政治判断になっていく」と、前政権からの方針転換に含みを残した。」
と、茂木経産相の言葉が報道されている。
自民党は一応は原発に依存しないエネルギー政策は捨ててはいないと思いますが、30年代の脱原発、40年を超えた原発の廃炉、新増設はしないというすべての民主党政権での日本方針をチャラにしようとしてる。その上に立っての10年ぐらいしてのエネルギー政策を語っているのではないでしょうか。そこに具体的な政策としての脱原発と自然エネルギーそして火力発電依存からの脱皮というものが見えるでしょうか?かといって自民党は脱原発をやらないのかといえばそこは不透明なものになっています。
ここに国民に対して将来のエネルギー政策を示しているでしょうか?この意味において政策がないわけです。しかし同時に脱原発の基本策は反故にして原発の容認と推進を政策として行っている。どういうことでしょうか?エネルギー政策を決めるとしながらも原発依存を進めるという国民を欺くようなものと見えるわけです。国民に期待を持たせる言葉が先行しながら具体的な政策は国民意識から離れる。
このようなものは、経済政策という面での成長戦略もその中身が見えにくい中に政策は進められる。国民に何を約束するのか?そもそもデフレ脱却と成長路線は国民生活にどのようなものを約束するのでしょうか?結局は古い自民党的な国民生活向上抜きの公共事業という成長路線ではないかという疑問はぬぐえないでしょう。
改憲についても表だったものは出ていませんが水面下では勧められているのではないでしょうか。
このような今の自民党が見え隠れする中に自民党への政策的な懐疑が生まれ裏を見えればそうは支持できないといったものの中での支持の低さでしょう。

【2013年】ツイッターつぶやき
アベノミクスでの賃上げ(これは国民生活の安定です)の約束。オリンピック総会での福島原発の汚染水問題。靖国参拝による中国・韓国への対話の窓の発言。沖縄県知事との約束。そして靖国参拝での波紋の広がりと領土問題・拉致問題の解決という公約。。。。。
安倍総理は国内・海外へとたくさんの約束事を作りました。
しかしこれらの約束事に対して具体的な政策などがあるのでしょうか?
これまでの国民目線の政策とアベノミクスの乖離。これまでの日本の平和主義と安倍総理の積極的平和主義。
これらが乖離していく一方ならどうなるのでしょうか?
日本の経済政策も含めた政策全般が国家主義というイメージが国際的にも広がり、国内的にも矛盾が広がります。
もちろん政府の言動は国民の言動にもなる場合があります。安倍政権支持が国民の請えとしても世界に広がるでしょう。もちろん国民の多くには批判的声があることは前提としてですが。
あっちこっちで重大な約束をして間逆な言動をしたりその実態があるとき、それはどのような事態を引き起こすか。。。。。

【2014年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
gooお題「今年の正月休み、どう過ごす?」
正月もどてら一枚着て過ごす 夕螺
アハハハ・・・・テレビ見て昼寝して・・・・・
同じ一日です。
でも、何か楽しみを探さねばと思い定年後はおせちづくりに挑戦。
と言っても、食材はなるべく手のかからないものを使って合理化していますが。。。。
毎年8品ほど作ります。
これをつまみに元旦は朝からお酒を。
ですから正月の楽しみというのではなくて正月を迎えるたのしみかなと思います。年末のあわただしい時期に料理に集中してみるのもいいかもしれませんよ。
正月中は日帰りで実家に行ったり。静かで空気の澄んだ東京の町を楽しみます。晴れたら花の世話でもしようかと思います。
時々房総半島にドライブ。
今年は久しぶりに出かけて包丁の(料理人の)神様でもお参りしてきます。家庭料理の切れなくなった包丁を使う毎日ですが、それなりにお参りをして腕を上げようと思います。

【2018年】ツイッターつぶやき
今年もあと3日となりました。
今年も政治への疑念が深まり企業の不祥事も多くありました。
来年も社会という面ではあまり良くない年になりそうですなぁ。
以下ツイッターから
消費増税10%に向けた軽減税率財源を過去予算での社会保障費1000億円を充てるという(産経)。消費増税は社会保障の充実に回すといっていたはずですが、消費増税に耐えきれないアベノミクス擁護のために社会保障が犠牲に。逆立ちをしている。
たしかに社会保障費からの1000億円は国民の新たな負担にはならないといわれているが、2019年度予算では社会保障費が1200億円抑制されるといわれている(毎日)。
結局は国民に対しての社会保障の切り捨てにより軽減税率財源を作るということですね。会計帳簿の移し替え。
過去会計の1000億円を組み込めば社会保障費1200億円の抑制はしなくてもいいのでは?
軽減税率財源にはたった9カ月しか使用しないポイント還元のシステムのための開発費なども含まれるのか。結局企業へのバラマキも含まれることになる。ポイント還元もお年寄りや低所得層にはメリットはないでしょう。
社会保障一つ見ても何かごまかされるような気がします。
今年の株価のしめは、年明けに日経平均2万円を守りたいという気持ちと、株の下落は必然という気持ちの葛藤劇で終わりました。アベノミクス最後の砦である株価も怪しくなっています。
国民を苦しめる方向に向かうわけですが、これが今の政治経済の自壊に向かうことは皮肉です。

今日は御用納め。
皆さん、この一年後訪問いただきありがとうございました。
おかげさまで楽しくブログ生活を送ることができました。
来年もよろしくお願いいたします。
といっても、ブログは続きます。
またおせち料理づくりの記事かなぁ。。。。。

【2019年】ツイッターつぶやき
労働組合は労働者には必要な組織です。
しかし労働組合も名ばかりで第二労務課となってしまったら労働者の見方にはならなくなります。その上組織ですから労働者を縛ることができる。極端に言えば、労使馴合いの労働組合の中で会社に要求を出しても労働組合が抑えてしまうことにもつながる。
BLOGOSに東京駅の赤煉瓦の中に働く労働者の苦悩が書かれている。
管理職から組合をやめろと言われ続け、労働組合に言っても受け止めてもらえないので個人として提訴したが、組合から組織として告訴を取り下げろと。
労働者は組織の一員ですから、労働組合組織から指令が出ればそれに従うのは義務です。しかしそうならば労働組合はその組合員の立場で動く責任もあるわけです。
これがなくなると労働組合は第二労務課になり、行き着く先は産業報国会です。
このような労働組合の状態が増えてきているのですが、労働者の要求を押さえつけておくのには限界が出ます。むしろ非組織労働者の要求の高まりが出ているかもしれません。ひどい労働組合があるよりも非組織で自由に提訴できるとか。。。。。ユニオンショップでの縛りも労働組合を作らせない企業には存在しないでしょう。
労働力不足が言われていますから労働者の要求も出しやすくなっていくでしょう。
しかし団結がなければ個人的な要求だけではだめです。団結は労働組合組織にあるのですが、その労働組合がどこと団結してしまっているのか。。。。
日本の悲劇ですね。先進国とは言えない状態です。
注意深く世界の動きを見てみると、何かしら社会に対してのストライキの記事が出てきます。
労使の話し合いは必要です。しかしそれは一定の対立がなければ労働者を守れない。
社会全体でもそうですね。
左派勢力が伸びない原因も根っこは同じです。

【2020年】ツイッターつぶやき
政府はGo Toの経済効果を言う。
しかしこの経済効果というのはどこの熱くどこに薄いのかが問題でしょう。そしてこの経済効果というものが一般の労働者への恩恵があるのか。
時事通信の「高級宿、GoTo効果3倍=恩恵に偏り―民間調査」という記事がある。
普段は高くて泊まれないホテルに泊まる傾向があったのでしょう。
Go Toはこうした高級ホテル(旅館)と旅行会社などそしてGoToを取り仕切る企業にその恩恵が現れているということでしょう。
小さな旅館などはどうなんでしょ?
アベノミクス効果と言われたものが企業利益として恩恵がありましたが勤労国民にはその恩恵を言うのはありませんでした。Go Toもアベノミクスと同じ結果だったのではないか。
コロナ関係で失業者が8万人に達しようとしている。女性御中心に自殺者が増加をし貧困書いている。
この状態は経済に良い結果をもたらしていないということで、企業へのバラマキ以外のものではないということです。
歯科もしかも感染拡大という危険性を犯しながら。

【2021年】ツイッターつぶやき
最近給湯機が不足しているようです。
この厳冬中給湯器が故障すれば大変ですからなぁ。
一番の理由がコロナによる海外のロックダウンにあるようです。しかしコロナの影響と一口に言っても給湯器が海外で生産されているのか、部品が製造されているのかによって違いがありますね。どうも半導体不足のようです。
この半導体不足がいろいろな産業に影響を与えそうです。家庭内を見ても電化製品にはほとんど半導体が使われていますし、車に乗るにしてもその車にも使われている。
この半導体不足もコロナによる影響が大きいのでしょうが、昔の日本は半導体生産で利益を上げていたはずですが今は輸入に頼るようになっているのでしょうか。
日本の半導体競争に負けたのか、海外で生産されたものに頼ることで利益を上げようとしたのか。
モノづくり日本は昔の事と言われはじめていますが、半導体だけではなくていろいろな生活に必要なものが海外で生産される。日本経済の衰えは輸入に対しても競争に負けるでしょう。ある部品などを輸入する場合、その部品が不足常態なら価格は上昇する。すると経済が強い国の企業がその部品を手に入れるでしょう。日本はさらに経済状態だけではなくて通貨安を進めている。
今後いろいろな面で影響が強く現れるでしょうね。
すでにエネルギーや食品などの輸入価格上昇の影響が出ています。牛丼も高く気楽に食えませんなぁ。サラリーマンのお小遣いも減る中で牛丼値上げでは昼飯に食えなくなる。
こういった減少が家庭生活全般に現れてくるのでしょう。

【2022年】ツイッターつぶやき
岸田総理は就任直後「新しい資本主義」を公約とした。
当初は国民に期待を持たせるような中身であったが、すぐにトーンダウンを繰り返しながら今では軍備のためにたばこ増税含めて増税を行う。
敵基地先制攻撃も公然と内閣の主張となっている。
新しい資本主義は国民生活を犠牲にしながらの軍事国家となる。これはウクライナを心配している場合ではなくなる。
今日の徹子の部屋にタモリさんが出演していた。
来年はどんな年になるかという問いに対して、新しい戦前となるのではないでしょうかねと。
戦争ができる日本は、安倍内閣でのアメリカとの同盟国という安保の解釈に出ていた。それを実現化するのが岸田内閣である。
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2023年12月27日(水)「神社」

2023年12月27日 21時59分14秒 | 「思うこと」
2011年の東北大津波の時のニュースで、山を登ったところに小さな神社があり、言い伝えでは津波が来た時にはこの神社まで登れば安全だと。
民間の間でも神社は重要な位置づけになあっており、今もたくさんの祭りが残っている。
諏訪大社がありますが、諏訪は縄文時代から石器の材料黒曜石を採掘していた土地で、その時代からずっと諏訪は特別なところであり、そこに諏訪大社が残る。
出雲は、朝鮮半島との交易の場であったそうですが、出雲大社は巨大で高い神殿があったそうです。弥生時代から重要な神社だったようです。
奈良にはたくさんの神社がありますが、それはその土地の豪族の都でもあった。
こうした日本の歴史に深くかかわる神社は、歴史学でも重要な位置づけになっているようです。
もちろん侵攻の場でですから、その侵攻により今も残っている。
しかし、神社も明治になって大きく変わってしまいましたね。国家新道に傾いていく。
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池に浮かぶ月2111【12月27日】

2023年12月27日 20時23分48秒 | 「池に浮かぶ月」
去年は政治とカネの問題がたくさんありましたが、そのたびに説明責任を果たすと言っていました。
しかし、この説明責任を国民が納得する形で果たしたでしょうか。
余りにもスキャンダルが多い中、国民も忘れてしまう。マスコミも次から次へと話題が移る。
安倍政権時代に国会の形骸化がされ、説明責任は口だけのものになっていた。

≪去年の今日はこんなことを・・・≫
2022年12月27日(火)「説明責任とか、任命責任とか」

「池の上に月が昇る
その池に写る月は現実の月ではない
しかし現実の月を写したものであることでその池に浮かぶ月も現実である
人間の過去もすでに現実としては存在しない
しかし過去の時間の中で現実であった」
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