夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

「1月26日という日」

2025年01月26日 08時25分37秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2025年】ツイッターつぶやき
だいぶ前に、自動運転の車が現れるというので、早朝車に乗り込んで行き先をセットしたら家族で毛布をかぶって寝ているうちに目的地についてしまうのかと、冗談半分にこのブログに書いた覚えがあります。まだまだ自動運転など無理じゃないかと思い、半分茶化すような書き方をしたのですが、あれからわずかな年数のうちに毛布をかぶって寝ていくような自動運転の時代がすぐ近くまで来ている。
アメリカや中国では、特に中国では、すでにレベル4の自動運転車が走るバスも走っている。もちろんまだ完ぺきではないのでしょうが、その技術力はあっという間にレベルが上がっている。内装もスクリーンが下りてきて映画まで見れるようになったり、いろいろと居住性が追及されている。すでに毛布をかぶって寝ていくというぐらいの安全性を確保したレベル5に向かっているのでしょう。
Xの動画で、運転者は車を置いてマンションの部屋へ帰ってしまう。すると車が自動でバックして車庫入れをしてしまう。それも邪魔になるような車が止まっていてもうまくよけて車庫入れをする。その車は出かけようとすれば迎えに来てくれる。雨の日なんかは助かる。
数年前は夢物語だったものが現実に起きていますね。
本来はこうした自動運転などは日本の企業も強いはずですが、どうも後れを取っている。昔世界に先駆けた商品をたくさん出していたにもかかわらず今は後れを取る。どこか経済の歯車が狂ったのでしょうし、安定志向が企業利益の確保という面から定着してしまっている。よりよい生活を望めなくなった時代ですから、働くほうも上に従っていれば安定する。

≪過去の記事≫

【2004年】
ユニクロに言ってきました。娘のジーパンなどを買いに行ったのですが、ついでに僕のお気に入りの靴下も。脛のところから足首までゴムが入っているのでずり落ちなくてはきやすいし、案外暖かいのです。それに3足980円という値段も・・・・
ただし見た目は少し前に女子高生のあいだに流行っていたルーズソックスのようですが。ユニクロは安いし、安いわりには品質もいいのでお気に入りです。
下着からジャンパーまですべてユニクロ。。。ハハハ
ただしジーパンだけは某有名メーカーの少し高いものにしています。

ミルクチャンのような日々、
        そして妊娠!?
yoshimotobanana.com 2
新潮文庫
よしもとばなな 著

.com1と同じく豪快というのかばななさんの生き方を現しています。
忙しい方です。
明るくいろいろな方と合い、話をし、飲む。卓球やフラダンスと、習い事も楽しんでいるし、家族やスタッフとの関係も大切にしています。
このような私生活を楽しんでいるようですが、一方では、寂しさや孤独から逃れるために動き回っているようにも感じます。バナナさんの作品は、まだ1冊しか読んでいないのですが、作品に表れるばななさんのイメージと日記には大きな差があるように感じます。なんとなくばななさんの陰と陽というのか。。。。
もちろん両方が本当のばななさんなのでしょうが、日記(Q&Aを含め)の中にところどころ現れるばななさんの家庭環境など、さまざまなことを背負いながら生きてきたという感じを受けます。このことから私生活に明るさを求めて動き回っていると同時に、さまざまなことを背負いながら生きてきたからこそそれを克服してきた中のこころからの明るさも出ているのかもしれません。
日記は、前書きにもありますが、たしかに「メモ帳代わり」であり、登場人物とのことを呼んでもわけがわからないところがあり、僕としてはあまりおもしろくないのですが、やはりばななさんの作品を理解するうえでは読むべきものだと思いました。
ばななさんの日記は、ヒロチンコさんと結婚をしてからはじまったのでしょうか?妊娠をされ、今はお子さんも誕生されたようですが、この点では、銀色夏生さんの日記「つれづれノート」と同じです。この意味では、もっとばななさんの平凡な部分というのか、夫やお子さんとの日常が書かれていくことを期待しながら読んで行きたいと思います。
もう少しばななさんの作品を読みながら日記を読みたいと思います。


【2005年】
おでんの残りを食べました。味がしみておいしかったです。
カレーでも煮物でも残り物がすごく美味いと感じるときがあります。
朝起きて、妻の「雪だよ」という言葉にびっくりしました。

【2006年】
昨日の日記は途中で終わってしまい何が結論なのか。。。
要するに、数学はこの世界の不思議を解き明かすためには必要不可欠だけど、それを人の関係や運命にまで結びつけるとなんとなく占いのような気がしてくる。
たしかに、生年月日の数字からバイオリズムを出し、その日の体調を見るというものもあったが、今も使われているのかな?でも、これも数字の不思議な力ではなくて生年月日からはじまる体の持つリズムが問題であり、その日の占いを数字で行っているわけではないだろう。
ピタゴラス学派はある意味教団のような性格もあるらしい。
「数は人がこの世に表れる前からあった」というような博士の言葉。ここに神秘性が出てくる。これと自然を数字として解釈できるということを混同してはならない。数学は、やはり自然を解釈する一つの方法であるということだと思うのだが。。。
「自然界の不思議さは、人が生まれる以前からあった」というのと「数は人が生まれる以前からあった」というのでは少しニュアンスがちがうのでは?不思議さは、人が認識してきたものだが、数はその認識するための一つの手段として考え出されたのでは?
読み終わるまでは感想はかけないけど。。。

【2007年】
(記事なし)

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
かもめ食堂
                          幻冬舎文庫
               群 ようこ  著
読み終わった本をどこかにしまい忘れてしまいましたので、主人公の名前などもわからず、作品全体から受けた観想となります。
群さんの小説は久しぶりに読みました。
群さんの作品は女性同士の友人関係などを通して、女性の本音というのか女性がそのままに生きる姿をコミカルな軽いタッチで描きます。そこには女性の弱さもありますが、女性たちが集まって互いを「そうだよね」などと語り合うような中に強さを感じ、それはがんばって生きていこうよという読後感を抱きます。登場する女性たちは、美人でもないし恋も普通の恋。職業も地味だったり。。。。。
このような作品の世界に群さんの特徴がありますね。
今回読んだ「かもめ食堂」も3人の女性が登場します。
武道家の父を持つ主人公は、母親が早く死に子供の頃から家事をこなしてきた。父のしょおうかいで勤めた会社は親方日の丸関連の会社でどこかのんびりしている。楽な仕事である程度の給料。しかしその会社もなくなることに。楽な仕事は主人公にとっては何のキャリアを残さない。年齢は40代。未婚。
こうなると一人で生きていくことに苦労をする。どうすべきか。。。。
あるとき主人公は目をつぶり世界地図を開いて「えいっ」と指をさす。そこはフィンランド。フィンランドに行こう!!金は?くじ運がいいから宝くじを買おう!!
ううう。。。当たります。宝くじ1等1億円。
父親は家事をやらないけど、主人公が子供の頃から遠足などではおにぎりを作ってくれた。そのおにぎりの味を持ってフィンランドのヘルシンキに向かいます。料理は得意!!店を出します。おにぎりもメニューに。
こんな突拍子もないような形で作られたヘルシンキの店を舞台にお話は進みます。
そこに主人公と境遇や年齢が近い女性2人がやってきます。けして幸福ではないがかといって不幸ということもない、そう平凡すぎる生活から抜け出してきた3人の女性。女性たちは、1億円という豊富な資金のもとに自分を捨てないで食堂を続けるというお話。
フィンランドへ行こう、金は宝くじが当たる。。。。
なんだかできすぎな幸運が主人公を自立させますが、あとの2人もなんのあてもなく同じような人生の境遇の中にフィンランドに来る。こういう3人をある意味雑なストーリー展開で作品は進みます。
だれでもが一度は1億円会ったらなぁ。。。と夢を持ちますが、それがうまい具合に現実となる。ここに、できすぎだよなぁ。。。。と読みすすめていきますが、たしかに雑な展開にもハハハ。。。。と笑ってしまう。ドラマ化された作品のようですが、楽しく見ることができるドラマを見ているようです。それで読後感も終わり、となればそれまでですが、夢のような条件で後の半生を生きることができるようになった40代、50代の女性。3人の女性たちはそれまで平凡ながらも何かに縛られてきた。平凡というのはある意味その縛られる条件の中にのんきでいられるということでもある。それがヘルシンキに来て食堂をやる中に、初めて自分の強い意志を貫けたのではないかな。日本食のおにぎりはフィンランド人にとっては変な紙(海苔)をまいたライス。。。であるわけですが、フィンランド人に迎合するような味は求めない。伝統的な梅とオカカと鮭。それは父の味であり愛情。それは必ずフィンランド人にも伝わるはずと。。。。
おにぎりとは平凡な料理である。でも平凡な中に握った人の愛情や味が出る。人はみんな平凡に生きているわけですが、その平凡と思われる中にあなたはあなたしかいませんよというメッセージが聞こえて競うです。自分はここに自分としている。。。。これがわかったときには生きがいとなりますよね。おにぎりのように平凡な特別なものがない人生でも。
群さんのこの作品は、傑作ではないかもしれない。でも、群さんがうったえかけるメッセージはこの作品の中にもはっきりと出ているのではないでしょうか。
楽しく読める作品です。


【20101年】
(記事なし)

【2011年】ツイッターつぶやき
       内田樹著「日本辺境論」(新潮新書)
極東という位置を示す言葉がありますが、これはもちろん世界地図を広げたときにヨーロッパが中心に描かれたときに日本は東の果てにあるわけでしてそれからして日本は偏狭なわけです。そして日本人もこの極東にいるという自覚を持って自らの位置を意識しています。しかし学校で使う世界地図を広げると日本が世界の中心にあります。ここでは日本が世界の中心であるという意識を日本人は子供の頃から意識をしていきます。
まぁ、地球は丸いのですから本来は地図に書いても中心はないわけですが、たかが地図といってもやはりどこが中心に描かれているかによってその立つ位置に意識をせざるを得ません。「日本辺境論」はやはり極東意識なのですが、しかし日本は内に向かっては、内というのは日本国民ですが、常に日本文化や日本人の精神を世界にはない稀なものとして「日出づる国」としてそれを世界には認められるはずもなくしかしよいものだというある意味自己満足的に世界の中心におきます。この日本人がもつ内と外の二面性というのか、強いものと弱いものに対する二面性というのか、その二面性をうまく使い分けることに秀でた国民であるといわざるを得ません。
ですから日本人は「辺境人」であると同時に中心にいるという意識を他の国に認めてもらうことを第一義にしていく。内田さんのこの「日本辺境論」もこの日本人の二面性をよく表した著書ではないかと思います。
まず内田さんは、これまで多くの人々が描いた日本人論の中の辺境人意識をとりあげます。今まで多くの人がこの辺境人という視点で書いてきたのであらためて内田さんが自説を書くことはできない(しなくても)として数人の人の説を紹介しながらある意味「虎の威を借る狐」的な論法で「日本辺境論」をお書きになります。ここでまず日本あるいは日本人を日本人論として語るには「日本辺境論」がその一つであるという結論を導きこの日本辺境論から内田さん独自の世界に導いていきます。ですからこの本の題名である「日本辺境論」は終わるのです。
ここからが内田さんの自説となる?その自説とはこれまでの著書にもお書きになっていたと思うのですが、「学び」というものは何かどうあるべきかにあると思います。
日本人は辺境人であるという意識を自らが持つ民族であるというこの日本辺境論の特殊性からお話しが始まるのと思うのですが、自らを辺境人としてすすんだ文化や技術を受け入れていく(自分のものにしていく)ことに長けた民族なのですから、その日本人がしなくてはいけないのは、辺境人意識が古代から身にしみこんだものとして消えないならば残るのはその「学び」を捨てたりしてはだめでどう学びの方法を確立するかが主題となる著書といえると思います。ですから「日本辺境論」ではなく「辺境人の学びについて」とか「辺境人の学びの大切さ」「辺境人の学びを活かす!」といった主題としてこの著書はあるのではないでしょうか。
以下ツイッターに書いたものを再録しますので箇条書きになりますが、
昔から「追いつけ追い越せ」というものが一つの日本のエネルギーととなっていた面がある。大昔からは中国であったり、幕末から明治はヨーロッパ、そして戦後はアメリカが世界の中心だったからそのつどその中心に向かって「追いつけ追い越せ」と。
この「追いつけ追い越せ」というエネルギーは時には大きな力になってきたことは否定をしない。しかしこの「追いつけ追い越せ」という目標とするものはその時々の世界の中心にある経済や文化であり、真似したり取り入れるべき経済や文化だということである。
それは常にその土俵は中国が作り上げた文化であり、ヨーロッパやアメリカの文化だったということである。そこに「追いつけ追い越せ」だから追い越すことはできないという矛盾が起きる。追い越すには今まで取り入れたさまざまな文化を基礎にしたより発展したものを作り上げなければならないからである。
アメリカが世界の中心であるというものが崩れはじめると「追いつけ追い越せ」という目標が揺らいでくる。そこで右往左往し始める。まだアメリカには頼らねばならないがかといって中国も無視ができない。何を「追いつけ追い越せ」でなければならないか。。。。日本はそこに独自性が出ない。
意識では世界一位になりたい。でも一位になる独自性の基礎がない。政治や経済哲学や科学もろもろの文化。。。。。もちろん世界に認められる日本人や文化があるが、それも「世界に認められた・・・・」という形で逆輸入的な評価しかしない場合がある。何か自信というものが出てこない。
うろうろ世界を見回して何かを追い求める中に日本の独自的な良い部分を忘れたり捨ててしまう。追随してその追随したものに限界が来たときもうろうろと見回す。日本的な何が経済を発展させたかとか日本が日本を見ない状態。もちろん悪い面があったけどそこをどう日本的に改善してよいものを残すか。。。
みんなと同じことを言ったりしないと孤立するような世間様。。。。この世間様を作り上げたのも集団的な「追いつけ追い越せ」だったのかもしれない。集団的なものが世間様を作るから世間様から抜け出せない。みんなと違うことが言いにくく、「出る杭は打たれる」的世間様の中のな異端児扱い。
こう書くと日本の独自性が一人歩きをして変な意味での科学性のない精神論的な独自主義が。。。。。今の日本はうまく機能すれば平和的な環境重視そしてこれまでの日本的経済発展のよさを世界に広げるチャンスなのに。それが一番になることなのでは?
「学び」を大切にすることと、世界の中で辺境人として生き抜くことは、どうしても「追いつけ追い越せ」というものの中に生きてその目標とするものがなくなったり揺らぎはじめると途方に暮れてきょろきょろとしてしまう。ですから「学び」は大切なのですが、そこには発展性が泣けれなければならないということです。その発展性は日本人が辺境人から抜け出すことにあるわけですが、内田さんの著書では辺境人はそこから抜け出せないので辺境人独自の発展をという結論になります。それが「学び」とは?という考え方にもとうぜん現れてきます。そしてそれは日本のあるいは日本人の特殊性にある精神世界というのか生き方や考え方の中心となっているだろう武士道などの特殊なものをとらえていきます。上にも書きましたが、日本人の偏狭性は、外と内という二面性(極東意識と日出づる国という)に現れているのですが、この外という中の辺境人意識が消えないなら、内である精神活動(物ものの考え方や捕らえ方)からの発展となります。
よく考えると、世界の中心になった国・民俗というのはそうは多くありません。ほとんどの国がその中心となった国から何かを学び血肉としてきたわけです。日本だけが特殊な国あるいは民族ではない。特殊なのは日本人は自らを辺境人として位置づける中にあり、「虎の威を借る狐」的な中での内なる「日出づる国」意識が強いということなのでしょう。ですから発展というものを考えるときには、どうしても日本人が持つ辺境人意識をどこかで拭い去るということで、辺境人は辺境人のままに特殊な文化の中で生き続け発展するしかないということではないと思います。
自己を世界から差別化する。日本独特な日本人しか理解できないものの中に生きるというのもある意味差別化なわけでして、そういう差別化の中の独自性はそれ自体が辺境人ということになります。辺境人なんだから辺境人として発展していこうという内田さんの一つの結論はこのようなものかもしれません。
日本人は古代には中国の漢字文化を受け入れる。しかしその漢字は今でにある外来語をカタカナで表し発音するというものではなくて日本語に当て字をしていく。漢字の音も含めて漢字を崩して平仮名やカタカナを作っていき日本語化した漢字と併せ持っていく。漢字が日本語化した中に外国の精神文化であるような専門的な言葉もカタカナで表すこと意外に日本語の感じとして翻訳していく。その翻訳は外来語の精神をも表現できるものとなる。それがまた日本語として精神面でも定着をする。
仏教が入ってくればすぐに神仏を混合した宗教を作り出し、独自な宗教観を作り、後には諸行無常の鐘を鳴らし、禅宗や侘び寂ともつながり朝鮮半島の茶碗をなでやはり日本の独自な精神文化をつくっていく。
良い悪いは別にして、明治はヨーロッパやアメリカの植民地主義である帝国主義をいち早く取り入れて植民地化されない中に天皇制というものと結びついて独自な帝国主義を作る。
敗戦後はすぐにアメリカの民主主義を取り入れて平和国家となり、産業の復活に取り掛かる。軍隊は世界でも特殊な専守防衛という形をとっていく。産業はまた日本独特な家族主義ともいう米終身雇用制の中でのある意味チームワーク的な形ができる。労働運動や社会主義も平和主義の中でやはり独自な形となり、それはまた日本的な労使関係や55年体制を作って生き産業は発展をする。
このように日本というのは古いものに新しく入ってきたものを相互に同化していくという学びをしてきたのではないか?古いものに固執をしてそれが発展をしていったという形はむしろ稀ではないか?
それは古いものの中に新しいものを入れながら温故知新をしながら発展させたということでしょう。ですから辺境人は辺境人なりに発展をしてきたわけです。ただ足りなかったものが「追いつけ追い越せ」で目先の目標が見えなくなるとまごまごして、上に書いたようなその時々の日本的なよいものを独自に発展させる意識が出ないことです。
ここで日本人の「学び」とは何かということになります。歴史というのはそもそも弁証法的なものです。古いものは保守的な停滞に陥りそこに新しいものが入ってきて内部の矛盾を見えるものとしていき時には闘争となる。その中に矛盾解決の新たな古いものと新しいものの調和としてのものが作られていく。これが発展ですが、新しいものを生み出しそして導入して古いものとの矛盾を解決内部では、その新しいものが古いものから切り離したものとして生まれてきます。古いものを受け継ぎながら否定をする。否定の否定の中に新たな新しいものが生まれてくる。このすべての過程にあらゆる「学び」があると見ることができます。人間は考えます。考えることが学びです。発展自体が学びの結果です。
バネを思い描いてください。そのバネを真上から見ると円になります。そこにある点Aを置きます。そのA点は時間の流れの菜が運動をして円の上を移動します。そしていつか1週して同じ出発点に戻ります。
バネを真上から見るとただA点が1週しただけですが、これをバネの真横から似たらどうでしょうか?出発点はある点としてしか見えないものだったのですが、バネを横から見ると側面を縦に走る線となります。Aという点はその出発点から移動をするわけですが、A点が1週するということはバネで見れば出発したところよりも一段上のところに移っています。そうするとAという点は同じAという点であるが一段高まったところに位置するという意味では違うA”という点になっています。A点は同じA点ですが同時に違うA”になっている。高い位置を発展とするならば、A点は同じA点ですが発展したAだということになります。古いA点でありながらそれをを残しながらも発展したA点に新たなものとして存在する。学びというものもこれと同じではないでしょうか?
ある人が武道の極意を学びたいと思う。その人は空手と合気道を間違えることはあっても日本舞踊のお師匠さんの門はくぐらない。なぜかといえば武道を学びたいというその人の中には幼稚ともいえるようなものでも武道というものとは何かという学んだものが古い土台としてあるからです。そこで武道を学んで新たな武道というものの学びに入るわけです。オギャーと生まれたときの動物本能からはじまってまるっきり無からはじまることは学びにはないです。
人は時々生まれ変わったと意識する瞬間や、悟ったというような瞬間があるといいます。それはまるで別人になったという感覚でしょうが、やはりそこでもそれまでの古いものが土台になって発展した中での生まれ変わりです。
カントになくヘーゲルにあるものはこの発展ではないでしょうか?
この発展を日本人はうまく行ってきたというべきではないでしょうか?学びの中から。
日本は世界第二位という経済大国にもなったし、海外に行けばノーベル賞もとったりその世界で一流なものとして認められる。この中で辺境人意識が抜けない。ですからこの辺境人意識は発展性があるというものを意識しない中にあるのではないか?または、外へのこの極東意識と内での日出づる国や島国根性というような内部に生まれるものを古さから開放しないというこの二面性が辺境人意識を続けていると見たほうがいいのではないでしょうか?今、日本でも権威とかいろいろな古いものが崩れ去っていく過程に入っているようですが、この古いものの中から何を守り何を捨てるかを発展の中に新しいものを見なくてはいけないということでしょう。それを今までの歴史の中に無意識としても行ってきたのですから。新自由主義がいいとそこに走る。今までの日本的なものはすべて間違いと位置付ける。ここには新しいものを受け入れる意味がなくなるわけです。まったく違う日本を作るということに形而上学が見えます。

【2012年】ツイッターつぶやき
春闘が始まりました。とはいっても昔のような盛り上がりはありませんが。。。。。
それでも春闘は労働者の生活を守るための大切な闘争です。今は連合も組織率も下がって大企業や公務員が中心になっていることがさらに顕著になってしまいました。しかし春闘の妥結高はある程度社会全体への賃上げの影響力は残っているのではないでしょうか?しかし今の格差の中、なかなか社会全体へ影響を及ぼすことも難しくなっているのでしょう。連合も非正規社員の賃上げや最低賃金引き上げの要求も出していますが、今の春闘の実態からしてこれもまた難しくなっています。
今春闘では、連合は賃金の総額1%上げをうったえている。一方経団連は定昇延期・凍結を言っている。「賃金の総額1%上げ」とは毎月の賃金だけではなくてボーナスの率のアップ分も含めた総額ということでしょう。これまでは昇給プラス〇円といった賃上げと臨時給(ボーナス)の率のアップを要求してきたものですので、今回の要求は相当抑えた要求ということになるでしょう。それに対して経団連は定昇すら凍結をすると。定昇は社員募集時に「定昇あり」といったような企業の社員への約束事でもあるが、「定昇をひたすら守っていてグローバル競争に勝てるのか」(朝日新聞3面より引用)とある意味開きなりを見せている。
相当厳しい春闘結果になるのではないかと思います。それでも今までの経営側は企業業績による賃上げを言っていたわけですし、今でもそれに変わりはないでしょう。企業による賃上げの格差も出るかもしれません。
停滞する春闘。。。。
これを打破するには何が必要でしょうか?
1%要求はしながら、何かしら社会全体の要求を吸い上げた政治性の高い春闘が必要になってきているのではないでしょうか。それは格差の是正でしょう。連合組織が大企業と公務員の組織になっている(もちろん産別内には小さな企業もあるが)中、賃上げといっても今の社会で賃上げか?という労働者内からの反発(たとえば非正規社員やパートなどの労働者から)も危惧されたりします。その中で1%要求とプラス何を要求したらよいのでしょうか?
労働者全体の賃金の底上げです。そして国の財政からの社会保障の充実です。
これを行うには今までも書いてきたように、企業が労働者の労働力を買ったときにも消費税を納めるようにすることではないでしょうか?これを政治的要求として行う。
賃金に消費税がプラスされるわけです。そしてこの消費税のうち年収200万か300万ぐらいにかかる消費税部分(200万円なら10万円、300万円なら15万円)を労働者の益税とし、残りを国に納める。この中で実質的な賃上げと同じ作用が起こりますし、国の財政にも入っていくわけです。
経団連は消費税10%という増税を歓迎しています。もちろん企業も消費税を支払うわけですが、それは商品の値段に含めたり下請けから買い叩いて消費税分を安くさせるなどのものが予想されます。また輸出企業は輸出戻し税というものもあり輸出企業はその痛みは軽減されると言います。
そのような中、労働力を買っても消費税は払わないといった不公平さが残っているわけです。もちろん零細企業などの苦しい企業もあるわけですから、消費税を還付するようなものは必要ですが。
企業側にもこのような要求を出すことは、春闘に加わる一部の労働者の賃上げにとどまらない社会全体の要求として組織できるのではないでしょうか。
春闘は「国民春闘」として闘われた時期があります(今でもこの言葉は残っているでしょう)。もう一度国民的れっべるの理解を得た春闘を作り直さねばならないでしょう。連合が民主党にすり寄っていますが、その民主党がまた変質してきました。政治闘争を民主党の応援というだけでは済まされない実態にあります。広く国民を組織できる要求作りの中、独自の政治闘争を組織していくべきでしょう。それは様々な問題(たとえな脱原発や平和など)を考え要求していく必要も出てきます。その中で労働者だけではない農民や知識階層等等との今の社会で苦しめられているすべての階層との統一戦線につなげなければならないでしょう。
国民生活間ますます苦しくなるのは今の国会の議論を聞いていてもはっきりとしています。
ますます国民の連帯の条件は生まれてきます。しかしもちろん今の政治はそれを分断しようとします。だからこそ国民的要求の組織化が必要なのです。

【2013年】ツイッターつぶやき
政府の2013年税制大綱が出た。
消費税が来年には8%となり15年には10%に段階的に引き上げられる。この消費増税には一定の景気回復が条件であり、安倍内閣は成長路線を打ち出して日銀をねじ伏せて2%のインフレ目標を立てた。日銀による市場への貨幣量を増やす中でその資金をどう企業活動に入れていくかが課題で、税制大綱もその線に沿って税制からこれを後押しをしようとするものでしょう。
税制大綱では「成長による富の創出に向けた税制処置」として「民間投資の喚起」を大きく取り上げています。研究開発での減税や設備投資への減税を行い、日銀の資金を企業が活用するように促しています。また企業の投資を促すためには消費がなければならないわけですから自動車税関連や住宅ローン減税の延長を行う。大綱では同時に「人材育成・雇用対策」のための減税も行いますが、雇用対策も企業の成長を待ってという形でしょう。そして賃上げは1千億円の企業減税によって。
所得税では4千万を超える高所得者への増税はありますが中間層以下の減税はありません。消費増税時の食料品などと考えられる軽減税率は10%時にと後送りになりましたし、一般的な庶民生活は苦しくなることが目に見える税制大綱でしょう。
企業優遇と庶民生活の低下を対向には見ることができます。
これが安倍内閣の税制から見た成長路線なわけです。
これまでの自民党の政策の基本である企業を支えることによる景気対策が安倍政権にも露骨に表れているといってよいでしょう。
税と社会保障の一体改革がどうなるのか?消費増税は社会保障のためといった基本は野田政権当時から揺らぎ始めていますし、消費増税は景気回復のためといったあるいは公共事業にといったものに変更されるか、国家財政のためには10%でも足りないという議論もあります。
企業優先でその企業が利益を回復させても雇用増(正社員増)や賃上げには結びつかない状態が以前から続いています。政府の政策にもこのへんの改善に向けた具体的なものはないといった状態でしょう。

【2014年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
今日のツイートから。。。。。
オバマ政権を知性派、トランプ政権を反知性派と仮定するならば、このどちらを支持するかがアメリカの二大政党制です。一党独裁という矛盾が言われますが、この二党独裁もまた矛盾を抱えるようになってきました。
ある学校で学級委員の選挙がありました。立候補したのは知性派で頭もよいしスポーツもできて先生にも気に入られている。もう一人立候補したのは反知性派でクラスの番長的な子でした。しかし知性派の子は建前では良いことを言うのですが、陰ではクラスの子をいじめていた。
反知性派の子は見たからにクラスの子をいじめていた。
知性派の子が反知性派の子に対して「君は暴力的でだめだ」と。しかし反知性派の子は「お前だって陰でいじめしているぞ。これからは本音でクラスの中でやっていこうぜ」と。さて、クラスの子供たちはどちらを支持すべきか?
どちらも支持はできないのですが、二者択一でしか判断できない。そのとき、クラスの中でおとなしくていつも一人でぼうっと考えている子が、「じゃぁ。僕もいじめをなくすために立候補するよ」と。すると周りの多くの子供たちが笑いながら「お前は引っ込んでろよ」と。先生も笑った。
でも、2,3人の子が第三の意見もあるんならいいじゃないかと。すると知性派の子も反知性派の子もそして多くの子も、お前ら3票か4票でもいいなら立候補しろよと。先生も「あまり多く立候補が出ると、少数派だし、クラスが混乱するね」と。
そして選挙は終わって反知性派の子が勝利をした。。。。知性派支持者の子も先生も顔が青くなった。。。。
アメリカだけではなくて、日本も他の先進国も、たとえ話ですが、この子供たちのクラスと同じ状態になっているのではないでしょうか?
先生の役割をするのは、司法であり日銀であり、すべての専門分野の知識人であったり、マスコミであったりするわけですが。。。。

【2018年】ツイッターつぶやき
gooお題「夏が好き?冬が好き?」
今、日本に大寒波が来ていて雪の被害も大きくなっています。
ですからいま冬が好きという方は少ないかもしれませんね。もちろんウインタースポーツの好きな方や冬ならではのものが好きな方は別としても。
僕自身としては、どちらかと言えば夏が好きです。
布団の上げ下ろしも楽ですからぁ・・・・・・
冬になると、「やっぱり夏の方がいいようなぁ」と家族に話することがありますが、夏の暑い最中に「やっぱり冬の方がいいよなぁ」と話するのは皆無ですし。
極端な暑さや寒さを除外すれば、それぞれにいいところもいやなところもあり、その中で季節を楽しむわけですから好き嫌いというよりもどちらが季節を楽しめるかという事になると思います。上にも書いたようにウインタースポーツが好きな方ならば冬の良さをいっぱい知って楽しめるわけです。
人と人との関係もすべて同じですね。好きか嫌いかはそうは簡単には決められません。
今の社会は嫌悪や差別とか、好きか嫌いか、日本を応援するかしないかなどといった勘定感情で動くものになってしまいました。理屈や討論話に。だから政治も数の力などの力が優先して民主主義まで否定する人が増える。

先日書いた「資本主義は眠りにつく」の続きです。
企業間競争は特別剰余価値の生産を目指す。生産技術を高めて同じ労働力量でより多くの商品を生産しようとする。言い換えれば同じ商品量を生産するのにより少ない労働力量でそれを行おうとする。
すると、必然的に資本の有機的組成に変化をきたし、可変資本(賃金)よりも不変資本(生産設備など)が増加する。
この資本の有機的組成が高度化すると何が起きるか?
同じ労働力量でより多くの商品が生産されるのでその商品は価値低下を起こす。特別剰余価値を企業が求めるのがなぜかという事は、資本の有機的組成の高度化によりより安くなった商品を市場においてより千三世の悪い企業の高い商品と同じ値段で売れるからである。あるいは市場での独占化のために値下げ競争を行えるからである。
言い換えれば企業間競争による資本の有機的組成の高度化がある産業において進めば商品価格は下落して企業の利潤率は下がるのである。ただし搾取率は一定として。
現在デフレが問題視されている。上記した資本の有機的組成の高度化による利潤率の低下が全産業にも及ぶと社会全体においてあらゆる商品価値が低下をして価格は下がり続ける。競争の弱い企業はさらに利潤を犠牲にして価格競争に参加せざるを得ない。これは、生産業におけるロボット化というコンピューターと精密機械が結びついた生産性の向上による。
日本はこの利潤率の低下を海外の安い労働力と国内の低賃金化(派遣労働制名の働き方も含めて)により搾取率を上げることで克服しようとしてきた。
搾取率が一定であっても商品価値は落ちるところをさらにこの搾取率を高める中で商品価値を下げようとした。その中で一定の企業利益を確保してきた。
このような状態でさらに企業利益を確保するために行おうとしているがIT革命である。これは技術者あるいはトラックや鉄道の運転などの労働力を削減する中で、またそれはホワイトカラーの削減でもあるが、この部門での資本の有機的組成の高度化による特別剰余価値を得ようとしている。
同時に過労死労働法案や残業代ゼロによる搾取率を高めようとしている。
国際的な企業間競争は熾烈となるでしょう。
しかしこのIT革命における資本の有機的組成の高度化が何を招くかと言えば上記したように企業の利潤率の低下であり、商品やサービスの価値低下による価格の下落である。
資本主義的経済は眠りにつく。
しかし、日本の特殊性は搾取率を高めることが容易になっていることにある。これは企業利益を上げるのだが、デフレになれば絶対的な消費の低迷になるでしょう。リーマンショックからもいまだに抜け出せない原因です。更なるデフレ不況には体力は残っていないでしょう。

【2019年】ツイッターつぶやき
a title="ウウウ・・・・・" href="https://blog.goo.ne.jp/yuura2/e/206208d98bf741c7dc1b27132095706b" target="_blank">ウウウ・・・・・
ううう・・・・
風邪がよくなりません。明日も医者は休みなのでこのまま治してしまおうかと思っています。
夕方になると38.5度ぐらいまで熱が上がります。インフルエンザかな?
人間が持つ治癒力を信じてこのまま様子を見ます。
夕方、あまりにも寒気がひどいのでホットはちみつレモンを作りました。
はちみつレモンといっても売っているものではなくて、レモンを絞ってはちみつを入れて熱いお湯を注ぎました。熱い風呂から出たらほっと生姜レモンでも飲んで寝ます。
そういえば昨夜は熱が高かったのでしょう、汗がひどかったです。
汗が出れば治るのも今少し!

【2020年】ツイッターつぶやき
中国武漢の新型肺炎は拡大してきましたね。
すでに50数名がなくなっている。
そして中国全土とアジア周辺国に広がっている。
日本でも3人でしたっけ、感染者が出ている。
これで急激に日本でも広がればオリンピックどころではなくなるかもしれない。
中国は団体旅行での出国を規制しはじめたようですが、中国人の爆買いを中心とした外国菱光社の国内消費を当てにする日本は厳しくなるでしょう。
鳥インフルエンザ(サーズ)の薬もまだ難しいようですが、新型肺炎も時間がかかるかもしれませんね。
いつ頃からでしょうか?抗生物質という薬ができたのは。
ネット上でもこの抗生物質と細菌やウイルスとの変異のイタチごっこだと読んだことがあります。
また抗生物質の残りを捨てたりすれば細菌が抗生物質にも強くなるともいわれています。
抗生物質に強くなった細菌やウイルスにはさらに強い薬が必要になり、それは人体が耐えきれなくなるかもしれない。
たしかに抗生物質で救われた人の命は多いでしょうが、しかし抗生物質のような薬に頼っていられる状態ではなくなっている。
人の社会は人体に悪い影響を与える化学物質が蔓延している。
それもがんという病気を以上に増加させているのではないかいと思います。
禁煙運動が盛んですが、禁煙が進めばがんがなくなるわけではないでしょう。
外国人観光客の爆買いに頼らざるを得ない経済。これも一つに矛盾で新型肺炎が入ってこられては大変だが、中国人が落とす金はもっと必要だ。こういうジレンマが日本社会には表れている。有害物質は困るがそれが亡くなれば経済が成り立たない。。。。。これもジレンマですね。
薬やワクチンを開発した製薬会社はすごい利益を生む。これが起爆剤かもしれませんが人が作り出す強い菌をまた作り出すようでは。。。。

【2021年】ツイッターつぶやき
「イオンは、勤務時間中を禁煙にするほか、出勤前や休憩から職場に戻る前の45分間もたばこを吸うことを禁止にします。」(日テレNEWS)
出勤時間45分前及び休憩時間も「実質的に喫煙できなくなる」ようです。
「実質的に喫煙できなくなる」というのは、いくら企業でも合法的な禁煙を露骨に強制できないでしょうから敷地内禁煙や休憩時も喫煙後45分は勤務できないのですから実質上の強制禁煙です。就業時間中だけではなくて出勤の45分前は喫煙禁止ですから従業員の私的時間にも立ち入った強制禁煙です。休憩時間も就業時間内とはいえ昼食後も働くために心身ともに休息をする権利が労働者にはあるはずです。私的時間とは言わないですが、拘束内でも個人的に自由にできる時間です。
このように企業の実質的な禁煙の強制は合法的な喫煙の自由を損なうでしょう。分煙などの処置を行うことは良いとしても強制の禁煙は許されるのか?
禁煙運動も露骨な力による強制禁煙に動きはじめました。

【2022年】ツイッターつぶやき
コロナ感染拡大防止に対して国はまん延防止を出すだけでほぼあとはマスクをしなさい程度で国民に対しては自己責任で感染防止をうったえているだけでしょう。飲食店の営業時間短縮はありますが、人の社会活動の中ではごく一部の行動パターン日舞であり、オミクロンの感染力に対しては焼け石に水です。
一方感染者に対する濃厚接触者の判断も感染者個人が濃厚接触した人に伝えるというようにこれも自己判断自己責任です。COCOAなんてものは何の役にも立たない。
感染してしまって症状が出ても医療機関での検査はできずに自腹で検査キッドを買って検査をしてから受診。これも自己判断自己責任です。
国や自治体はオミクロンは重症化しないという点に胡坐をかいてしまっているのか?
しかし最近はデルタ株がまた拡大しているというニュースやオミクロンの変異株も言われています。
ワクチンの効果も期待はできない。医療は崩壊をしている。
結局科学の敗北です。
自己判断自己責任は社会活動に対しても影響してくるでしょう。
自己責任は体がもつ自然免疫を高めるしかない。栄養のあるものを食べて必要最小限での労働。

【2023年】ツイッターつぶやき
時々味噌ラーメンを作ります。といっても市販のスープの素を使いますが。
ひき肉と野菜をさっと塩コショウで炒め、お湯とスープの素を入れて温めます。
どんぶりに長ネギのみじん切りを入れておきます。ほんの少し隠し味程度のニンニクを入れることもあります。
麺が茹って来たらどんぶりに先ほど作ったスープを入れてその上にひき肉や野菜を乗せ七味をぱらっと。
今夜テレビを見ていたら、本場の札幌味噌ラーメンをやっていましたが、中華鍋一つでひき肉や野菜のスープを作っていました。
味噌ラーメンも醤油や塩と同じようにどんぶりの中に味噌とスープを入れて作る店がありますが、これは本来の札幌味噌ラーメンではななさそう。。。。
僕の作る味噌ラーメンが本格札幌味噌ラーメン?(笑)

【2024年】ツイッターつぶやき
時々ピーマンの肉詰めを作りますが、ひき肉に長ネギや味付けをする面倒がありますが、ピーマンの苦みもあり美味いですなぁ。我が家は上にはソースです。
教買い物に行くと鍋用の鶏団子があったのでそれを買ってきて詰めてみました。ショウガ風味と柚子風味を買ってきて作りましたが、案外うまかったです。
ピーマンの中に片栗粉を塗って肉を積めたら小麦粉をまぶして焼きました。
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2025年 1月25日(土)「利上げ」

2025年01月25日 21時49分57秒 | 「政治・経済」
日銀が長期金利を0.25%から0.5%に利上げするそうです。
なぜ利上げをするのか?
これまでは急激な円安を抑えるために行いましたが、もちろん輸入物価を下げることを目的としました。
今は、急激な円安には進んでいませんし、輸入物価よりも国内の物価高が問題になっています。
また、金利を上げる理由の一つは、急激な経済活動の中で物価が上がるというインフレを抑えることにありますが、現在の日本はむしろデフレ圧力が強くなっており、これまでも経済の過熱からの本来のインフレは起きていません。
日銀は安定的な物価上昇率2%が達成されたとみているのかもしれませんが、先にも書いたように経済の過熱からのインフレは起きておらず、これまでの輸入物価の上昇と現在の来ない物価の上昇は、政府の経済対策からの悪性の物価高としてみるのが正しいと思います。GDPも実質賃金も下がる中、本来のインフレは2%どころか非常に非菊実態にあるのではなかと思う。
バブルが起きているのは、株価と企業収益です。ここをどうにかソフトランディングさせねばならない。
企業が利益として国民から所得を吸い上げているわけで、そのおすそ分けを賃上げという形にしようとしていますが、実質賃金がマイナスで、その賃上げすらきつくなる中小零細企業。企業に起きているインフレと国民生活に起きているデフレ圧力。これをスタグフレーションというのでしょう。
日本経済は後進国並みの成長とGDPへ。。。。。
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「1月25日という日」

2025年01月25日 07時58分37秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2025年】ツイッターつぶやき
日銀が長期金利を0.25%から0.5%に利上げするそうです。
なぜ利上げをするのか?
これまでは急激な円安を抑えるために行いましたが、もちろん輸入物価を下げることを目的としました。
今は、急激な円安には進んでいませんし、輸入物価よりも国内の物価高が問題になっています。
また、金利を上げる理由の一つは、急激な経済活動の中で物価が上がるというインフレを抑えることにありますが、現在の日本はむしろデフレ圧力が強くなっており、これまでも経済の過熱からの本来のインフレは起きていません。
日銀は安定的な物価上昇率2%が達成されたとみているのかもしれませんが、先にも書いたように経済の過熱からのインフレは起きておらず、これまでの輸入物価の上昇と現在の来ない物価の上昇は、政府の経済対策からの悪性の物価高としてみるのが正しいと思います。GDPも実質賃金も下がる中、本来のインフレは2%どころか非常に非菊実態にあるのではなかと思う。
バブルが起きているのは、株価と企業収益です。ここをどうにかソフトランディングさせねばならない。
企業が利益として国民から所得を吸い上げているわけで、そのおすそ分けを賃上げという形にしようとしていますが、実質賃金がマイナスで、その賃上げすらきつくなる中小零細企業。企業に起きているインフレと国民生活に起きているデフレ圧力。これをスタグフレーションというのでしょう。
日本経済は後進国並みの成長とGDPへ。。。。。

≪過去の記事≫

【2004年】
仕事帰り、駅前のコーヒーショップによりました。大きな機械の蛇口のようなところからコーヒーがどぼどぼと。なんとなく味気ないのですが安さの誘惑は強いです。
しかしコーヒーのうまい喫茶店も少ないことはたしかです。このコーヒーショップを出ると斜向かいにおばあちゃんが一人でやっている喫茶店があるのですが、その古めかしい店構えに、昔コーヒーをたのむと作りおきをしたコーヒーを鍋で温めて出され、その苦いだけのコーヒーの味を思い抱いてしまいました。
大手のコーヒーショップに喫茶店が駆逐されようとしていますが、うまいコーヒーを出せば生き残りもできると思うのですが。。。。
昔行きつけの喫茶店がありました。感じのいいママさんがその場でコーヒー豆を挽いてパーコレーターでちゃんといれてくれていました。僕の好きなマンデリン・・・あの味は忘れません。今はもうなくなってしまったようです。
あのおばあちゃんの喫茶店、パーコレーターでもやればいいのに・・・どうせ客は少ないのだからのんびりと。。。。でも、おばあちゃんじゃ無理かな・・・・

【2005年】
今夜はおでんです。
昨夜、新年会の帰りに細い道を歩いていたのですが、後ろから暴走トラックが走ってきました。ちょうど信号のある交差点辺りだったのですが、僕の横をすごいスピードで走り抜けましたが、信号の柱にサイドミラーをぶつけて鏡がぼろぼろ状態。僕の頭でなくてよかったと思うと同時に正直言って「修理代かかるだろうなぁ。ざまぁみろ」と思ってしまいました。少し意地が悪いでしょうか?でも、細い道をあんな速度で走っては危なすぎます。
たしかにあの時刻まで配達などで走り回っていたのでしょう。疲れとイライラが募っていたのだと思うと気の毒にもなりました。車の事故も多いですが、酒酔いや暴走行為などは別にしても、厳しい労働条件や都心の交通状況からの疲れやいらいらによる事故は運転者だけをせめても仕方ないのではと思ったりします。
目のほうはだいぶよくなりましたが、しばらくは目薬はささなければならないようです。

【2006年】
朝、凍えそうでした(笑)
今日から小川洋子さんの「博士が愛した数式」を読みはじめました。今、ちょうど映画でも公開されているようなので読み始めたのですが、映画やテレビのドラマ化はパス。。。
昔読んだ本に、ピタゴラス派という哲学集団があり、数字に意味を持たせることを信じるようなものがあったようですが、読みはじめてすぐにこのピタゴラス派を思い出しました。
たしかに数学は、宇宙や素粒子の世界の謎を解く大きな力になっており、理論物理学を追うように実証的な観測や実験が行われているようです。

【2007年】
やがて今も忘れ去られる
                               角川文庫
               銀色 夏生  著
2001年発行の「バイバイまたね」以来、5年ぶりの写真詩集です。この作品は、中学生ぐらいの少女をモデルとした写真詩集で、風景や花や木の写真を使った夏生さんらしい写真詩集としては、2000年の「そしてまた波音」以来6年ぶりとなります。
夏生さんの詩集は、大きく分けると写真詩集、イラスト詩集、そして題名の初めに「詩集」という題をつけられた文字だけの詩集があります。
初期の河出書房新社の「黄昏国」や「無辺世界」は、イラストが挿入されていますが、その後の角川文庫では「これもすべて同じ一日」で写真が挿入され始めます。最近出版された「うらない」(だと記憶しているのですが)の中で、写真家になろうかと思った時期があったようです。この夏生さんの写真も魅力的ですし、この写真とはっとするような言葉や心にしみこむような言葉の組み合わせは、独特な銀色夏生の世界を作り出しています。
たぶん1時間もあればさらっと読めてしまう本ですが、読み終わると心のどこかに何かが残る。この「何か」がなんだろ?と思ううちにまたページを初めからめくっていってしまいます。
写真もそのへんの身の回りにあるような風景ですし、詩も恋の詩ではあるけど歯の浮くようなきれい過ぎる気どりのある言葉は無くて、日常にふと思い浮かべるような心の動きです。激しい心の動きを見るのではなくてふとした心の動きを見るわけですが、このふとした心の動きに静かな決意や決心を見ます。人は生きている中でいろいろ思いふけることがあり、何かしらの決意をしながら生きているわけですが、その時の心の中は、美しい言葉に飾られているわけではないし、芝居じみた台詞のような言葉を思うわけでもない。やはりふとした心の動きだったり、仕事や家事をやりながら思いをめぐらすような静かな心の動きだと思います。もちろんその心には熱いものがあるわけですが、その熱い心をきれいな言葉や激しい言葉で飾るのは、のちになってからでしょう。夏生さんの詩の魅力は、この後になってきれいなことばや激しい言葉で飾る詩ではなくて、仕事をしながら、家事をしながら、子供と接しながらというその瞬間に動いた心の動きを切り取った静かなものだと思います。ここに日常風景の写真との接点もあるわけです。
この独特な世界に読者はひきつけられて何度も読んでしまうのだと思います。また、きれいな言葉や激しい言葉に飾られた瞬間、そのひとつの詩は整理され完結したものとして現れますが、そのとき心に浮かんだ一瞬の心の動きを表した詩は、まとまりもなく進みます。いつもの心の動きはそのようなものでしょう。とりとめもなく。。。。
ですから夏生さんの詩集は、わかりづらい部分が多いし、よく現れる矛盾した言葉もそのままに出てきます。しかしこのとりとめのない流れの中に一筋の道が見えるような気持ちになる。この道があるからそれが上にも書いたような「読み終わると心のどこかに何かが残る」という気持ちに読者はなるのです。それは、夏生さんの心の中にあるものと読者の心の中にあるものは具体性の中においては違いがあるわけですが、「何かが残る」中に読者の心はかえって引き込まれていき、自身の具体性とダブらせることができるのだと思います。
恋の詩ですが、恋の心に終わらず生きているということへの普遍性を感じ取れるのです。「何か」は、読者の身の回りにあるものから捜し求められるのでしょう。
もちろん詩集として1冊の本として出版されるわけですから、そこには夏生さんの「いいたいこと」はあるわけです。それが本の最後のほうに高まっていきます。読者は心を強く出来るでしょう。。。。
ここにも夏生さんの生き方が現れます。
前書きが長くなりすぎました。
でも、ここで書いた夏生さんの詩集の魅力は、今回の「やがて今は忘れ去られる」の中に十分に現れています。
2005年に発行になった「すみわたる夜空のような」を読んで、銀色夏生という詩人を好きになったのは間違いなかったと、感想を掲示板で書いた記憶があるのですが、今回の写真詩集を読み終わった感想も同じです。
夏生さんの詩を読むと、よく感じることがある。
1ページごとにちりばめられた詩や言葉にドキッとするのですが、その詩や言葉たちが数ページに渡ってのひとつの詩になっているということです。そしてそれが詩集全体の雰囲気を形作っていく。
今回の詩集は特にそういうことを感じながら読みました。
写真も常夏の海を見たかと思うと次のページには雪の風景。無造作にばらばらに入れられているような写真は、この数ページに渡ってのひとつの詩としてみると無造作ではないと感じられます。
今回の詩集は、秀作といえるのではないか?
52ページから61までをひとつの詩として読むとぞくっと来ました。
52ページの「進む部屋」は、少し抽象性のある心の動きを表し、次のページからは思う人が現れてその人は遠くにいる。いつも会って話しをするというような恋ではない。思いは強い。この強い思いはどこでつながっているのだろう?「暮らしているよね  君は今」(59頁)同じ今という瞬間に思う人はどこかで暮らしているんだ。。。「床に落ちた紙くずや折れた鉛筆の芯」(61頁)を見つめると、今という現実の中にも私は暮らしているんだ。この暮らしを愛すること、この愛する心こそが思う人の心とつながっている。
この一連の心の動きに感動します。
しかし、この今という暮らしている時間は流れていく。この時間の流れを見つめたときに、64頁の「やがて今も忘れ去られる」という表題作の言葉が出てくる詩につながっていきます。
でも、これは時間の流れの中で今が忘れ去られていくという悲しく淋しい言葉ではなく、今が過去になって未来が今になるそんな変化を見るわけです。孤独感や淋しさを残しながらも、詩集は118頁の「森からの道」にはじまる最後のページに渡って未来を見つめる今を力強く描かれます。ここにまた読者は感動するでしょう。。。強い問いかけを感じます。
読み終わったときに、次のような詩情が心に沸き起こりました。
『過去は現実としてあったもの
その現実は、今というところから見ると
ゆらゆらと夢のよう
未来にも現実はあるはず
その現実は今というところから見ようとしても
ゆらゆらと夢のよう
ゆらゆらとした夢のような
過去と未来の狭間に今という現実がある
それも一瞬にして揺らぐ
飲み残しのコーヒーがテーブルの上に
僕はそのコーヒーを飲み干すだろう
テーブルの上にはカップだけが
僕は未来へと時間に流される
今という現実は過去となり
揺らぎはじめる
やがて今も忘れ去られる
しかし僕は未来の今に生きるだろう
霧の中の森の道に
振り返っても今来た道は霧の中かもしれない
また前を向いてとぼとぼと歩くだろう
未来という中の今という現実へ』
夏生さんの詩は恋の詩ですが、人が生きているというのはどのようなことなのかとふと思うときにもその読者自身の心に様々な思いを沸き起こしてくれる詩ではないかと思います。ここが単なる甘い言葉に飾られたような詩ではないという夏生さんの詩の魅力だと思います。
もちろん恋の詩としての魅力が一義的ですから、若い方々にも是非読んでいただきたい作品です。そして一人の男として読んだときの心の熱さもあります。ですから女性だけに夏生さんの詩を独占させるにはもったいないです。。。男性も是非!

【2008年】
肌着が2枚ほどよれよれになったので、いつものスーパーに買いに行きました。いつも2枚一組の特売品があるので買いにいくのですが、なんと今日は丸首のLサイズが無い。。。。。
U首や長袖ならたくさんあるのですが、丸首のLサイズが無い。
店員のおばちゃんに訊いたら、「特売品は出ている品だけなんですよねぇ。。。。」と。ムカッ。。。。。
「こちらならLサイズがございますよ♪」と、持ってきたのはあの有名メーカーのB.V.Dの1枚980円の肌着。ううう・・・・最近はこんなに高いものは買った事が無い。特売で2枚500円~800円ぐらいでいいのに。。。。
仕方なく買ってきましたが、、それにしても丸首Lサイズというのは一番売れる形なのでしょうね。もう少し売れ筋を考えて欲しい。
そういえば、安売り店で買った丈の寸足らずのシャツはあきらめました。雑巾にでもしよう。もったいないけどすぐにズボンからシャツが出てしまうと寒い時期には堪えます。。。。
同じスーパーでポロシャツも買いましたが、やはりLサイズというと気に入った色が残っていない。安いのでまぁいいかと買ってきましたが、よく考えたら、安いからと気に入らない色を買うというのも安物買いの銭失いにつながるものがある。どうも買い物が下手です。
2月(たぶん)23日に夏生さんの新刊「こどもとの暮らしと会話」(角川文庫)が発売になります!!「つれづれノート」のような日記形式だといいなぁ。。。。。楽しみです!!

【2009年】
(記事なし)

【2010年】
(記事なし)

【2011年】ツイッターつぶやき
朝のワイドショーをみていたら、今の政治の流れである年金・福祉問題と税制の一体改革がなぜ必要かとやっていました。もうマスコミでは高齢化社会に向けての消費税増税はやむないという形で動いているのでしょうか?
福祉や年金制度を維持し発展させるには消費税の増税が必要。なぜ消費税なのかがわからないままに税制改革=消費税となっています。午前中パソコンとにらめっこで年金の状態や国家財政とは何かをみていました。頭がぼうっとしてきます。
国家財政は一般会計と特別会計がある。年度で見ても赤字国債が40兆円といわれていましたがその会計は一般会計であり、この一般会計から見えれば年金問題は大きなものがあるようですが、年金特別会計にはこれまでの積立金が130兆円とも170兆円ともいわれる金がある。今の一般会計の支出を維持しながら積立金を5兆円ほど切り崩していけば消費増税も必要ではない状況ではと素人考えでは見える。もちろん切り崩せば運用益も少なくなるわけですかがこの運用益もあてにならなく返って赤字ということも。またこの運用で国債を買っている?その国債は国の借金でありそれは国民の借金だから増税?国民は積み立てた金を国に預けて国は国の借金に運用してその国の赤字は国民負担として消費増税。。。。ここで頭がぼうっとするのです。
一般会計の中では国債費が福祉関連費と同じぐらいの支出らしいですが、国債費がなければ今の年金や福祉は倍の規模となります。その国債ですが、たとえばゆうちょ銀行が引き受けて1%ほどの利率を得るとして国民は郵貯銀行に貯金をしてもゼロ金利の中で利息もほぼゼロ。この差額の儲けがどこに行くかとなるとわからなくなり、また頭がぼうっとしてくるのですが、結局国債を引き受けた層の儲けが国債費なわけです。年に40兆円もの国債を引き受けるだけの金がどこかにあるわけでしてそれでも受けようとしたり資金を運用しているわけです。その中で貧乏くじを引くのは国民です。頭がぼうっとしてきます。この金の流れが変わらない限り年金・福祉を充実させるには増税だというジレンマから抜け出せないのでしょう。。。。頭がぼうっとしてきます。

【2012年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2013年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2014年】ツイッターつぶやき
円安だから株高になる。株安だから円高になる。。。。。
ドルが売られて安定的な円が買われて円高となる。。。。。
円は安定通貨とされるわけはどこにあるのでしょうか?
異次元緩和により円は不安定さを増しているはずですが、それでも円は安定をしている?
量的緩和の継続を金融市場は求めているのでしょうか?それができる国と?

【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2018年】ツイッターつぶやき
ほとんどメールになりました。
メールでは面倒な時はメールで「電話ちょうだい!」
そういえばメールで息子から金の話をされると、怖いので電話で確認(笑)
ラインにはまだ追いついていないです。
子供の頃からを振り返ると連絡方法というのもだいぶ様変わりをしました。
電話も普及はしていましたが、まだ「呼び出し」というのがあって、隣の家の電話を使わせてもらっていました。自分から電話をかけるだけではなくて、電話をもらうときもその電話を使わせてもらいました。我が家に電話がかかると隣に親父が大きな声で窓越しに「電話だよ~!」と。
というわけでそうは電話も借りれませんので、大急ぎの要件は電報でした。
学校などの書類に電話番号をかく爛があったのですが、その横には必ず「呼び出し」と印刷されていてそこに丸を付けていました。
そうこうしているうちに我が家にも電話が入り便利になりました。
でも電話も便利と思っていたのですが、今から思えば固定電話は不便でしたなぁ。。。。。
何しろ相手も家にいなくてはつながらないのですから、急ぎの要件の時は相当イライラした覚えがあります。女の子から電話があると、家族の前で顔を赤らめてひそひそとお話(笑)
待ち合わせでのすれ違いや遅刻もイライラしますが、連絡方法がないので、相手の家に電話をして事情を説明して家を出ているかを確認。。。。。これもイライラしました。ちなみに僕はいつも待たされる側でした。
携帯電話とメールには助かります。とはいっても返信が来ないで待たされるのもまた僕の方ですが。。。。。
未来は!?
体内埋め込み式の携帯やスマホができて、通話もテレパシーのように頭の中で考えたことが伝わる社会かな?
目で見たものをすぐに写メができて。。。。。
でも、頭の中でつい本音が出てそれが伝わってしまうのも困りますなぁ。寝言が全員にメールされても困る。。。。。

日本では働き方改革(生産性の向上)が進められようとしている。
企業の利潤率が下がり、特に銀行の利潤率も低下をしていく中、企業はその本来の企業活動によって生き残ることができなくなっている。
金融緩和により莫大な水膨れをした貨幣資本が蓄積されているがそれを不変資本(生産手段)や可変資本(賃金)に転嫁できなくなっている。もちろん株式などによる株主特に投資家にはさらに莫大な貨幣が蓄積されている。
金融緩和は貨幣量の増加により景気の拡大を目指したがそれが企業や投資家の手に蓄積しただけであったという事だ。
企業あるいは投資家(不労所得者)に蓄えられた貨幣審が蓄積する一方というのは、貨幣の回転がさらに鈍くなっている表れと言える。人間に例えれば血液の循環が鈍くなり栄養も体中を循環しない状態言える。動脈硬化も起こしているでしょう。
現在の経済学は貨幣量の増加により企業や投資家の利益を減少させないことばかりを考えているが、本来は貨幣の回転を考えなくてはいけないのである。
貨幣という血液や栄養が循環しない資本主義は、資本主義であることを自ら否定する作用がある。
企業の貨幣資本が不変資本と可変資本に回転をし、より多くの商品を生産して市場に出し、それがすべて消費されてまた企業に貨幣が戻ってくること。これが資本主義なのである。ここには貨幣の回転が重要であることが証明されている。
資本主義は眠りにつくでしょう。。。。。
しかし資本主義も発展を求めているのである。企業や投資家の手元にある貨幣資本が国民一人一人に循環して消費という形で貨幣が循環してまた企業や投資家に戻ることを行うことを資本主義は求めているのである。
もちろんこれは1%99%の格差社会を否定することになる。1%の人々の利益を減らすことになる。しかし資本主義はこれらの人々のためにある。ここが一番の矛盾でありこの矛盾自体が資本主義を眠りにつかせてしまうという皮肉な状態をつくっている。
この矛盾を解決するのが社会民主主義経済という資本主義の最高段階であるが、これを阻止するのも人間であり、これを推し進めようとするのも人間である。もちろん阻止しようとしている典型が安倍自民党でありさらに企業利益確保のために資本主義の眠りを進行させるでしょう。

【2019年】ツイッターつぶやき
風邪っぴきちう。。。。。ウウウウ・・・・・
熱い風呂に入って早く寝ます。
やっぱり、この前床屋に行かなければよかった。。。。

【2020年】ツイッターつぶやき
東京新聞によると、野党の質問で臨時国会でも今回の国会でも所信表明にも経済の現状について触れていないという指摘があり、安倍総理はこれまでと同じく景気は穏やかに回復しているとした。
去年も一昨年もずっと経済は穏やかに回復しているとしてきた。この謝った誤った内閣擁護のための景気判断で消費増税10%も強行せざるを得なかった。
アベノミクスの成果をと言われていたが、その配分は国民生活には配分されずにずっと企業利益と株価(不労所得)に富が集まった。賃金は下落をして社会保障費の負担(年金支給の繰り下げなども含め)が増加をし、円安誘導による悪性の物価高によりさらに生活は苦しくなっている。
スーパーの売り上げはここ数か月前年割れをし、コンビニや小売りの事業縮小、そして外食産業は悪性の物価高により値上げをすれば客は離れていく。
内需は外国人観光客の宿泊や爆買いなどで国内消費という形で現れるが、国民の消費となると支出は抑えざるを得ないのですから大きく個人消費が上がるということはないでしょう。
そういえばアベノミクスという言葉はすでに死語となっている。

【2021年】ツイッターつぶやき
最近全国的にも東京でも新規感染者数が減少傾向を示しています。もちろんこれには東京に見るように接触者の後追いによる検査の減少させているような検査の縮小がありますが。
政府は現在レベル4の都道府県がレベル3になればGo Toの中止を解除する動きを示しています。またこれにはGo Toが感染拡大の要因ではなかったという分析もあります。
しかしGo Toを再開してよいのかは疑問が残ります。
テレビ朝日ニュースにGo Toトラベルが感染拡大に影響があったのではないかという論文を発表しました。Go Toトラベルが7月下旬にはじまりましたが、その後第二波起こります。その後第二波は下火になりましたが第一波後の数字に比べて高い水準で新規感染者数は推移します。そして10月23日には東京もGo Toトラベルを再開し、前後してイートやイベントがスタートします。11月には徐々に新規感染者数が増加しはじめて12月には第三パであることが明らかになってきます。12月下旬からは東京では1000人を超えるようになりピークとなります。この傾向は東京だけではなく全国的にも新規感染者数が過去最高を上回りました。
こう見るとGo Toの影響が第二波そして第三波にリンクします。
そして12月末に政府はGo Toを中止します。年明けには東京をはじめ大都市圏が緊急事態宣言に入ります。現在の新規感染者数の減少傾向はGo To中止にリンクするでしょう。
しかしGo To中止になっても、感染防止を自己責任で行えば経済政策のためにも人の移動が正当化されてしまっています。ですから第二波後に東京では新規感染者が100人から200人発生する状況と同じく第三波後も高い水準で推移することが考えられます。そこのGo To再開が行われれば第4波はすぐにやってくるでしょう。政府はワクチンを前提に考えているでしょうが、ワクチンも感染予防策と併用しなければ役に立たず、ワクチンもいつから接種できるかはわかりません。
ですからGo Toは再開してはならないのです。

【2022年】ツイッターつぶやき
最近芸能人の感染が多く報道されはじめていますね。
芸能人人口の中でどのくらいの割合で感染しているのかはわかりませんが、現在の全国的な感染拡大の縮図を見るような気がします。
芸能人の方は、例えばテレビなどの収録がある場合は検査をするのでしょうか?
もし検査をしているなら感染の実態が明らかになります。
朝のワイドショーのような番組を見ているとレギュラーの人が突然休みメンバーが変わっているのを見受けます。これを社会全体の職業の中でも起きているのか?ならば社会を維持することの危機が起こっているのかもしれません。
こういう意味では芸能人の感染は報道されますので感染拡大の実態を可視化していますから注目をしています。

【2023年】ツイッターつぶやき
〇〇ちょ銀行に振り込みに行ってきました。
すると、僕からも手数料110円をもらうと。。。。。
振込手数料は振込先の負担のはずですが、僕からも手数料を取ると?
手数料の二重取りでしょうか?
しかしそれはさすがにしないでしょう。
どうも現金で振り込むと手数料がかかるようです。
現金取扱手数料?
しかし現金を取り扱うのが銀行の仕事でしょう。そのために振込先から手数料を取っているんですから。
しかも110円の10円は消費税でしょう。踏んだり蹴ったりですなぁ。。。。。

【2024年】ツイッターつぶやき
今年で福島原発事故そして人災から13年になります。
使用済み核燃料の取り出しは始まったのですが終わったのでしょうか?
しかし圧力容器から漏れ落ちたデブリの処理が進まなくなっています。
ロボットアームで救い出す計画が多額の税金を使って試験段階に来たらしいですが、どうもがれきでしょうか?これを取り出さないとならず、ロボットアームの性能不足もあるようで中止になるらしい。
これにより汚染水も増えていくでしょうし海洋放出も増えていくでしょう。
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2025年 1月24日(金)「シクラメン」

2025年01月24日 22時24分38秒 | 「思うこと」
正月支度の買い物のときに、スーパーの入り口にシクラメンが2つほど並べてありました。
売れ残りなのでしょうか、安い。。。
小さい鉢にあふれるほど肌出ていて花もたくさんついていました。
たぶん、鉢の大きさからして小さな株のシクラメンだったのではないか?
ここまででかくなってしまったので安売り?
花屋さんで売っているのは2500円以上ですから、780円は安いですよね。
シクラメンを買うのも何十年ぶりかだし、まぁ、いいかと思い、買ってきました。
出窓に置いていますが、夜が明けるとだいぶ寒い。そのあと日が差してきて暖かに。
こういう条件がいいのか、花が次から次へと咲きました。
春が過ぎてからが大変ですよね。次の年も咲かせるには。
昔、3年ほど咲かせたことがありましたが、最後は根っこもなくなりからからに。
とりあえず植え替え時期を調べて大きな鉢に入れたいと思います。
でも、夏をどう越したらいいのか?
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「1月24日という日」

2025年01月24日 08時01分52秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2025年】ツイッターつぶやき
正月支度の買い物のときに、スーパーの入り口にシクラメンが2つほど並べてありました。
売れ残りなのでしょうか、安い。。。
小さい鉢にあふれるほど肌出ていて花もたくさんついていました。
たぶん、鉢の大きさからして小さな株のシクラメンだったのではないか?
ここまででかくなってしまったので安売り?
花屋さんで売っているのは2500円以上ですから、780円は安いですよね。
シクラメンを買うのも何十年ぶりかだし、まぁ、いいかと思い、買ってきました。
出窓に置いていますが、夜が明けるとだいぶ寒い。そのあと日が差してきて暖かに。
こういう条件がいいのか、花が次から次へと咲きました。
春が過ぎてからが大変ですよね。次の年も咲かせるには。
昔、3年ほど咲かせたことがありましたが、最後は根っこもなくなりからからに。
とりあえず植え替え時期を調べて大きな鉢に入れたいと思います。
でも、夏をどう越したらいいのか?

≪過去の記事≫

【2004年】
(記事なし)

【2005年】
だいぶ空気が乾燥しています。周りを見ると風邪引きが多いです。
今年は新型のインフルエンザが流行るといううわさもありますし気を付けたいと思います。そういえば、中学校以来インフルエンザの予防接種というのはしたことがないです。たしかにインフルエンザというものも怖いのですが、なんとなく人間の抵抗力がなおさらなくなってしまうのではないかと思います。できれば風邪ぐらいでは抗生物質も使いたくないのですけど。。。。
強い薬が普及すれば、その強い薬の打ち勝つ新種のウイルスも生まれる。
何も薬がよくないというつもりもないし、子供の死亡率が減ったのも薬があってこそです。しかしそれに頼りすぎる傾向が強くなっているということです。頼りすぎることに、今、不安が出てきているのではないでしょうか。
飲み残しの子供の水薬などをいいかげんに下水に流さないことという呼びかけも出ていたと思います。残った薬の回収と処分方法も課題になっているのでしょう。
新年会でした。
目がまだ治らないので酒は少なめ。。。。

【2006年】
(記事なし)

【2007年】
スーパーに行ったら「しょうが湯」というのが目に付いた。以前買った「ゆずの湯」という入浴剤と頭の中で重なり、「しょうがのおふろかぁ。。。温まりそう。。。」と思い買ってきた。いざ風呂に入れようかと思ったら、どうも変。。。。甘い香が。
よくみたら飲むほうの「しょうが湯」だった。
お風呂に入れなくてよかったです。
でも、飲むものをお風呂に入れる分には体に悪いということはないけど、入浴剤を間違って飲んだら大変ですからね。。。。

【2008年】
朝早く起きて、明太子を入れた大きなおにぎりを二つ作りました。
まだほっかほっかのおにぎりを包み出かけました。
川上弘美さんの「真鶴」の舞台である真鶴半島です。
それにしてもおにぎりというのはおいしいですなぁ。。。。
渋滞する首都高速で食べました。まだ温かいおにぎり。
<リンク>
日中の東京はどうだったかわかりませんが、真鶴のほうは暖かでした。車の暖房を切っても日差しで暑くて少し窓を開けていました。
小田原あたりはもう梅が一輪、二輪と。。。

川上弘美さんの「真鶴」の地

路地裏に風も吹かずに春近し
人も無き路地を下れば海光る
静まりて小さき船は揺れもせず
見上げれば貴船の石段古びたり
華やかな祭りの景色思いおり

凪に似て動かぬ時はゆらゆらと
真鶴や人の心は幻か
華やかな祭りの影に心揺れ
時も無き心の景色激しけり
誘われて波打つ磯に何を見る
波に濡れ誘うも心我が心
ゆらゆらと祭りの船は燃えており

現(うつつ)世の光る水面も幻か
燃える船うつつの闇も光りけり
夢うつつ時の流れにさ迷えり
庭先に時は動いて梅一輪
磯辺にて海苔掻く音は響きおり

川上弘美さんの作品「真鶴」の舞台になった真鶴岬に行ってきました。
小田原の左下あたりにある龍の頭のような形をした岬です。
上の17文字・17行の詩のようなものは、「真鶴」の世界を思い出しながら港や遊歩道を歩いたときに感じたものを書いてみたのですが、まったくの私的感情と「真鶴」の世界を思い出してのものですからわかりづらいかもしれません。
真鶴には2度ほど行った覚えがあるのですが、岬の付け根当たりで海産物を見たぐらいで、岬の先端まで言ったのは初めてではないかと思います。また、真鶴は有料道路の乗り方を間違えると通り過ぎてしまう変な地にあるので、伊豆半島などの帰りに寄ろうと思ってもこの有料道路を間違えて通り越してしまい寄れませんでした。
こんなわけで、個人的な錯覚とはいえ僕にとっては真鶴というところは不思議な感覚のある地でして、こんな感覚と「真鶴」の作品に見る不思議な世界が交じり合ったものがあります。
ひきつけられるがたどり着かない。。。。(笑)
海洋博物館だったかな?
まずはそこに行こうと思ったのですが行ってみたらない。。。。細い路地のような港町独特の道をぐるぐる回ったのですが、それらしき建物もありませんでした。なんだか狐につままれたような気持ちでした。さっそく「不思議な」真鶴に迷い込む。。。。うううう
あるはずなんだよなぁ。。。。へんだよなぁ。。。と、考えながら不思議な気持ちで細い道を下ったら真鶴漁港に出ました。たぶん、この港で貴船神社の祭りや灯篭祭りが行われるはず?「真鶴」ではその祭りの華やかさとその外界の裏というような不思議な世界が描かれます。
貴船神社はその港から見上げるように石段が延びていました。
港から岬の先端までは来るまで10分ぐらい。
「ケープ真鶴」というレストハウスのようなものがあります。
駐車場は広くて無料でした。
このレストハウス横から石段を降りると遊歩道があります。「三つ石」という、三重県の夫婦岩のような綱を渡した石があります。あたりは岩場の海岸です。この辺も「真鶴」に出てきた不思議な世界の風景だと思います。この日は天気もよくて海は静かでした。。。
岩のりを掻いているお年寄りが3人ほど。。。
歩いて15分ほどの遊歩道で、駐車場に出てきますので気楽に歩けますよ。
それにしても暖かでした。。。。
梅一輪。。。。。。
もう真鶴は春!という感じでした。

【2009年】
(記事なし)

【2010年】
(記事なし)

【2011年】
少し混雑をした地下鉄に乗った。
つり革につかまって本を読んでいたら、ターミナル駅で若い女性が僕の隣に立った。また地下鉄の電車は暗いトンネルの中をゴーゴーと走り出した。
ふと本から目を離してその女性を見たら、そうは美人ではないが清楚の女性だった。その耳を見て一瞬ドキッとした。まさに観音様のように垂れ下がるほどの福耳だったのである。
電車は次の駅に着いた。いつもはこの駅ではほとんど席が空くということはないのですが、その女性の前の席がすっと扉が開くように後光が射して空いていた。女性はすまして少し微笑み座った。
僕は少し驚きながら、さすがは福の神・・・・・と思った。
そしてまた次の駅に着いたら僕が立つ前の席が空いた。その空いた席のシートがかすかに後光が射していた。僕はなんとなく情けないようなその席に座り福の神と並び座ったのです。
福の神といえばネックレスをジャラジャラとたくさんぶら下げて大きなダイヤの指輪をはめた少しでっぷりとしたおばちゃんを思い浮かべるのですが、どう見てもその女性はそのイメージではない。飾り気もない地味な服装で小柄な小太りの女性。しかし耳は福の神である。時々ちらちらを横を向いて確認したのですが半信半疑のまま下車する駅で降りました。
そういえば。。。。!
お年玉年賀はがきが当たったのです。
ほんのわずかしか来ない年賀はがきですが、番号を見たらやたらと切手シートが当たっていてそのうえ4等までが!
4等は30品ぐらいから品物を選べるんのですが、大体の品が2000円ほどでしょうか。
二千相当の福の神。。。。。。
あの女性は二千円相当の福の神だったのでしょう。
ほんのりと心を暖めてくれた二千円相当の福の神!!・・・・アハハハ

【2012年】ツイッターつぶやき
岡田副総理が消費増税と社会保障の一体改革については、年金制度の抜本的な改革を行うには今回の10%では足りない。更なる増税が必要と述べたらしい。
ほんの数日前には、10%の消費税はすべて社会保障のために使うといっていたが、どうも年金制度改革は抜本的なものにはならないということを表明したのと同じだろう。それでは何パーセントにするというのか?
社会保険制度の改革とか抜本的改革と、消費増税については10%だそれ以上だと言い、野田内閣は今国会で不退転の意思を表明するという。しかし具体的な数字による社会保障がどのように改善維持されていくのかとなるとどんぶり勘定以上のものではない。どんぶり勘定で10%だそれ以上だと言っているにすぎないだろう。
消費税を10%にすれば13兆円の増収と言われているが、この13兆円が必要だという計算には様々な社会保障をどの程度国民に約束するのかという点で計算されたものでなければならないだろう。
「消費増税と社会保障制度の一体改革」
この言葉が持つ意味はなんなのだろう。
年金制度では最低年金額を7万円以上とするが、これをすべて消費税で賄うというのが抜本的改革なのだろうか?最低年金額を今後議論するためには=消費増税という構図が定着をしてしまうだろう。もちろん社会保険制度全般が=消費増税となるだろう。
「税と社会保障制度の一体改革」ならば社会保障制度の議論は税制度全般の中で議論されるでしょう。増税が必要としても税全般の在り方から議論できる。法人税や所得税(復興財源の議論も並行しながら)そして企業が労働力を買ったときにも消費税をかけるという新たな消費税も考えなければならない。
もちろん税と予算は切り離せないものですから社会保障制度の充実は予算とも関連をして、それはどの予算を減らして社会保障に回すかの議論も必要なはずです。一般会計からだあけではない国家予算の全体から考えなければならないものでしょう。

【2013年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2014年】ツイッターつぶやき
毎日この社会で生きていれば必要な商品やサービスなど人間の労働に作られたものに接していることに気づくでしょう。商品やサービスが身の回りにあることが当たり前のように感じられてそれが人間の労働によって支えられていることを忘れてしまうことがあるでしょうが、改めて人の労働とは何かを考えて社会全体を見渡せば思い出すことと思います。
この社会の商品やサービスが当たり前すぎて人の労働の結晶であるということを忘れさせるもののひとつが貨幣です。消費やサービスはこの貨幣を支払って買うものですから、貨幣が自分のために商品やサービスを与えてくれると見えてしまうからです。しかしどうでしょうか?貨幣は商品やサービスがさまざまな複雑な分業になっていますから貨幣の必要性が強くなりますが、基本は分業において作られた商品やサービスの物々交換なんです。自分もなんらかな形での労働を行い商品やサービスを作り出す。ほかの人々も何らかの形で商品やサービスを作り出す。それを物々交換しているだけなのです。何らかの形の商品やサービスという形としてあるものが使用価値です。使用価値はまったく違った形をしたものですから物々交換も難しいのですが、それぞれの商品やサービスはそれを作り出すための労働力量があり、この労働力量が同じだから異なる使用価値の商品やサービスも交換できるのです。ですから物々交換の木曽は人の労働力なのです。それが商品やサービスの「価値」を作り出します。この価値において始めて物々交換は成り立ち、その物々交換を速やかに行うために金がが介在しその金が貨幣となります。
ところが貨幣をどのくらい持っているかによって消費やサービスをより多く手に入れられるかが決まってしまいますから先に書いたように貨幣により商品やサービスを手に入れられるといった観念が出来上がってしまいます。それは労働をしなくても手に入れられる不労所得者を作り出します。たとえば江戸時代なら年貢を取り立ててそれを現金化する武士のような人々が出現する。今の時代でいえばどのような人々でしょうか?やはり不労所得者がそれを手に入れているのでしょう。
しかし今の社会は資本主義ですから江戸時代の殿様の年貢の取立てとは違った複雑さを持っています。資本主義の特徴は人の労働力を集めてひとつの場所で働かせるという企業という形を介在してそこに貨幣を蓄積させていき、その分け前を株主や今では株主であっても性質のまったく違った投資家に分配されたりさまざまな不労所得者に分配をされます。もちろん労働を行う労働者にも賃金は支払われるのですが、それは分け前ではなくて、自分が正当に受け取る報酬であり余剰の富を不労所得者に分配しているのです。
このような構図が出来上がってくると企業を通じて分け前を受け取る不労所得者はより多くの分け前を得るために労働者の取り分を少なくしようとします。企業側が受け取る分け前と労働者が受け取る賃金は相対的に広がっていきます。(これは企業が利益を拡大再生産に向けて投資をすることと労働者数を減らしていく生産性の向上からの資本の有機的組成からも)
不労所得者がより多くの商品やサービスを手に入れて、労働をして分業通して商品やサービスを作り出している労働者が生きるのにやっとという商品やサービスしか受け取れなくなる。
これが労働の軽視ということです。社会システム自体が作り出された商品やサービスをを消費している状態においてその商品やサービスが人の労働の交換であることを忘れさせてしまいます。
この労働の軽視の典型が今の日本でしょう。
企業利益のために安い労働力を発展途上国に求め、国内では労働者の総賃金額を下げていきました。
同時に利益確保のための設備投資において安全性の確保も節約されていきます。
今の経済矛盾を引き起こし、原発事故をも引き起こしたと見ても過言ではないと思います。
原発事故という大きな事故ではないにしろ、食品関連の不祥事が多くなったり最近では優勢の郵便物の滞留やJR北海道の不祥事なども生まれる。労働力の節約は一定限度を超えると技術の継承もできなくなり、人手が必要なときに不足を生じる。物づくり日本の崩壊はだいぶ前から言われていましたし、最近ではもう日本は貿易立国ではなくなったといわれて三つ子の赤字に転落しようとしています。少子化も労働力の節約賃金額の低下の中での必然でしょう。不安定雇用者は結婚すら少なくなっていく。
労働によって労働者が手に入れた商品やサービスは物々交換の基本から労働者が消費をする。
これを早く取り戻さねばなりません。

【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
2013年に以下のように書いた。

ある「コラムにデフレやインフレは中央銀行の貨幣の発行量によって決まるという事からリンゴと1万円の例えが書かれている。
「たとえば、リンゴが1つしかない世界に1万円という通貨(概念)を導入すると、リンゴと1万円を交換することが可能となる。そうした世界で中央銀行が新たに1万円の通貨を供給すると、通貨に対するリンゴの希少性が相対的に増し、2万円という値段で取引されるはずだ。この単純な世界では、金融政策がインフレ、デフレを引き起こすという仕組みに疑問の余地はない。」
今のアベノミクスへの賛同のコラムでしょうか?あるいは構造改革論者への批判?
このリンゴの例えで言えば、世界にたった1個しかないリンゴを買う側が1万円しかなかったらどうなるのでしょうか?売る側は腐らないうちに1万円で売るしかない。デフレでは?
日銀の通貨の発行により人為的に価格が上がるわけですが、それが即インフレにつながるわけではないでしょう。
インフレというのは買い手が多くて2万円と提示したとしても買う側も2万ならいいだろうと買うことにある。これは買う側にも好景気の影響があり十分に商品を買う支払い能力があるからであり、この双方の側からのアプローチにより経済活動の中でインフレ傾向がでる。この時市場の通貨量が少なければ流通はうまくいかないと判断をして日銀が通貨量を増やす。その中で貨幣価値の低下を伴いつつ物価が上がっていくという経済の過熱の中で初めてインフレとなるのではないでしょうか。
今のようなデフレ下において通貨発行量が増えても株や不動産といったバブルを引き起こすものは値上がりをしていきますがこれはインフレではない。ただのバブルです。
政府も賃上げを言うようになりましたが財界は配送ですかとは言わない。多少の賃上げ(ボーナス)はあるかもしれませんが、リンゴを2万円で買うというような過熱した好景気にはならないでしょうしインフレにはならない。
逆にリンゴを2万円で売りたいが買う側には1万円しかないから1万円で売れば、物価が高騰した中においての価格の下げが顕著になり結局はそれはデフレ圧力でしょうし、このようなものが続けばそれはデフレです。今よりも物価が上がった中でのデフレ傾向とは?今よりも激しいデフレ圧力であり景気の落ち込みも激しいものにならざるを得ないのではないでしょうか?物価が上がったからインフレ打は短絡をしているという事になるでしょう。ましてや今の物価上昇の傾向は、貨幣の発行量が増えることによる円安からの輸入品の値上げというものからの物価高になるという最悪なものになるかもしれない。それもまた景気の落ち込みを招きデフレ圧力となるでしょう。」

1万円のリンゴが2万円になったとき、1万円しか支払い能力のない人は飼えない買えないが金のある人はそれを買うこともあります。しかしこれは何を意味するか?
金融政策で物価が上がった場合は、それは億世悪性の物価高でしかなくて貧乏人はリンゴを食えなくなり金持ちだけがリンゴを食えるという格差が広がる社会になるということです。

【2017年】ツイッターつぶやき
アメリカにおいてトランプさんが大統領に就任しアメリカ国内の内部対立が激しくなってきている。
これは今後ヨーロッパにも飛び火をしていくとみられる。日本においては政権交代を経ずに自民党安倍政権の内部において対立する二つの政策が玉虫色にすり替えられて国内の内部対立とは見えなくなっているが、安倍政権の「新たな政策。。。。」というすり替えによって現れているだけである。
この対立とは何か?
一言でいえばグローバル化か保護主義化と言うことになる。
しかしグローバル化と言ってその中には70年代80年代からはじまる他国への資本輸出や現地生産そして公害の輸出等そして金融の自由化がある。そしてグローバル化は本来の企業の自由な活動ではない国家が前面に出た他国籍企業の育成であり国家独占企業(国家独占資本主義)のグローバル化でもあった。同時に冷戦の終結からその軍事活動は「正義の戦争」として生まれ変わり、自由と民主主義を否定する国家あるいは指導者への戦争に変化する。もちろんこれは昔ながらの軍事的支配や植民地支配は自由と民主主義という建前から昔帰りすることはできなかったが、かいらい政権あるいは反政府軍事活動として組織され、これがテロを産む基礎となった。
この自由と民主主義は、先進国の多国籍企業やエネルギー産業など地球を支配するための自由と民主主義でしかなかったことは明白である。
もちろん市民労働者真の意味での層に広がる自由と民主主義は、企業や国家が作り出す形骸化した虚偽の自由と民主主義と対立をし、アメリカにおいてもヨーロッパにおいても市民労働者が掲げる真の自由と民主主義がその効果を示して無謀な正義の戦争をやめさせ、戦争の犠牲者(市民子供)の救済へと国家を動かすこととなる。
グローバル化というものは、輸出入の活発化と言う昔ながらの経済活動とは質の違うものになり、先にも書いたように資本そのものや金融商品の輸出という形をとる。資本輸出先の途上国において安い労働力と市場(商品市場・金融市場ともに)を広げることにより多国籍企業は利益を広げようとした。一方では日米貿易摩擦に見られるように輸出による利益は輸出先の不利益となるという考え方においてアメリカの激しい反発を受ける。そこからアメリカのような先進国においても現地生産が行われて資本はアメリカに移転する。グローバル化と言ってもそこには国家利益が優先される保護主義はついて回るのである。日本においては様々な規制もあり、中国で生産された日本メーカーのテレビが日本市場を席巻するといった保護主義も生まれる。
また、忘れてはならないものは、先進国においては反公害の運動が高まり企業はその防止のために巨額の投資を行わざるを得なくなったことから、公害をまき散らす産業は途上国へ移転していく。そこから郊外に輸出という言葉が生まれることとなる。もちろん原発のように国内消費をする電力の発電設備であることから輸出をして電力を買うということはできないので、原子力村という政・財・官が一体となった結びつきの中で福島原発事故という結果としても安全を無視した低コスト化を行うこととなるが。
経済法則は企業間競争による生産性の向上により商品価値は下がっていく。同じ100人の労働力を使って10000個の商品を作るよりも20000個の商品を作ることにより商品価値は下がり商品を安く市場に出せる。結果市場競争に勝てる。生産性の向上とはこのことを意味する。この競争が激化すれば商品価値の低下による商品価格の下落が経済法則を貫徹させる。
そのうえ、資本輸出により途上国の安い賃金労働を利用することにより、生産性の向上ではない搾取強化により商品価格はさらに下落するスピードを加速させる。
この経緯を経た商品価格の下落は、今まで10000個市場に商品を出していた企業が20000個市場に出して売り切らねばならない。市場の獲得が急務となり、これを植民地化あるいは傀儡政権化で行えない中に途上国においての商品販売の独占化を核国は競うようになり、日本のようにひも付き援助も出てい来る。さらに途上国においての搾取強化は値下げ強化に耐えうるわけですから更なる商品価格の下落を引き起こす。これは商品の価値法則からも離れた商品の投げ売りとなる。
一方この生産に対する消費はどうなるか?
先進国においては、資本輸出の過度から産業の空洞化が生まれて国内労働者の雇用を減少させる。
製造業のGDPにしめる役割は極端に減少する。一方では中国で生産されたテレビなどが輸入品となって国内に入るのですから貿易収支は悪化をしていきます。ものづくり日本が中国人の爆買いに頼る観光立国を目指すようになり、国内はサービス業や一部国内産業に支えられる。国家による富の生産はより多くの商品を生産することが基礎となる。その商品の価値を中心に、商業、運輸、流通。サービス産業等々へ価値移転していく中で経済は成り立つのである。好循環は生まれる。
産業の空洞化によりこの経済の好循環がままならなくなれば、国内消費は激減するでしょう。
個人消費そして国内の設備投資の減少となります。
先に書いたように商品価値の低下そして途上国からの搾取により商品価格は下落するのですが、国内においてはその価格が下落した商品さえ消費できないほどに個人消費は落ち込み、個人消費の落ち込みは国内産業の設備投資を冷え込ませる。
デフレスパイラルに突入する。
デフレが悪ではない。商品価格の下落は経済法則ですから防ぎようがない。商品価格の下落は国民生活を豊かにする原動力ですが、国民がその豊かさを得ることができないほど国内においても搾取が強化され個人消費が伸びないこと、それは商品市場と資本投資が伸びないことを現し、貨幣は回転をしなくなる。この貨幣の回転の鈍化がデフレを単なるデフレではないデフレスパイラル(デフレ不況)に突入させるのである。
国民は子供も育てられないほどに疲弊をして労働力の再生産すらままならなくなる。
当然のこととしてこのデフレ不況は巨大企業の利潤率をも下げていくことになります。
しかし企業は成長がなければ生き抜くことができない。企業の投資先は金融商品や本来は価値のない土地(不動産)などにに向けられてその利益が企業利益の大半を占めるようになる。そこで株式などの下落は企業の命取りになるわけですから株価の維持にすべての国民の財産がつぎ込まれる。
しかしこの金融商品の利益や株価は労働者をはじめ国民の富とはならない。企業の内部留保や投資家の懐に入っていく。国民の疲弊に対する金融商品の富の乖離は大きくなっていき、1%と99%の格差は拡大していく。よって金融資本主義も国民の富にはならないことにより国民の疲弊はさらに深まっていく。
1株50円ほどの株券が1万円にも2万円にも水膨れをするわけですから、社会そのものがデフレスパイラルにあるとき、金融商品もバブル化して爆発する。
商品市場においての恐慌に加えて金融市場における恐慌が始まる。
ここまで矛盾を深めてきたのが先進国における保守政治である。戦争も含めて。
この矛盾がにっちもさっちもいかなくなった時、国民の不満を利用したポピュリズムが始まり、保護主義が台頭する。
このポピュリズムと保護主義の結びつきが国家主義を作り出して、一部が過激なナショナリズムに突き進んでいく。
その中で戦争を賛美する方向にもなっていくでしょう。
今、この段階にあり、保守政治における内部においてグローバリズムか保護主義かの闘争になっている。何度も書くがあくまでもこの闘争は保守政治内部の矛盾なのである。
トランプさんは就任前後から自動車産業を中心に国内生産そしてトヨタなどに対してアメリカ国内の生産課輸入関税化の選択を迫りながらアメリカ国民の雇用を守るとしました。このインパクトが強すぎて保護主義とは国内の労働者をはじめとした国民を守る(保護)することが保護主義のように見せかけられています。しかし保護主義とはこのようなものであるかは疑問でしょう。ポピュリズムは、このように労働者や国民を国家が保護するといった論理の展開から始めて国民を引き込み政治的数の力を得ることにあります。
経済や軍事における敵ををつくり、そこ敵から国民を守るという中にポピュリズムの効果は発揮されます。アメリカにおいてメキシコ移民(不法入国)や中国を敵としてそこに勝つことができれば国家の安全を含めて国民は豊かになると。
この方法は、ヨーロッパにおける移民や避難民。日本における中国や北朝鮮そして国内残留者と、同じ方法がとられます。
トランプさんはワシントン(政治家)と国民の貧困からの格差を訴えます。これは日本においての官民格差などとしても現れていることです。
国内外に敵を作り出して本当の矛盾はおいておく。
ポピュリズムと結びついて保護主義は排外主義にも結びついていくでしょう。
経済的には最近先進国の日本化が言われるようになりました。
昔からウサギ小屋に住むエコノミックアニマルと揶揄されて、現在も不安定雇用の増大と低賃金で労働しそこの中での企業の競争力の強化を生産性の向上としてしまうような日本社会は確かに強いでしょう。アメリカもヨーロッパもこの日本型を目指すとすれば正解中の先進国のの貧困化は免れないでしょう。
とみるならばトランプさんの真の意味での保護主義は労働者や国民を守ることではないことになります。
先にグローバル化と言っても自由なものではなくてそこには保護主義としての国家の役割があると書きましたが、グローバル化は経済法則として止めることができませんから、保護主義というのはそのグローバル化において国家の力を最大限に活用するという意味においての保護主義が前面に出たものにならざるを得ません。
軍事的経済的、政治的なアメリカ第一主義の台頭です。
こう見てくると、すべての国義ににおける国民はグローバル社会か保護主義社会化を選ぶことに矛盾が出てくるでしょう。
どちらにしても国民生活は豊かにならず格差はさらに広がり、貧困化していくならば、第三の道において連帯すべきでしょう。
それは社会民主主義です。
アメリカにおいてもサンダースさんのような考え方も出ていますし、ヨーロッパにおいては社会民主主義の根はしっかりとしています。日本でも弱いながらも4野党協議が始まっています。
保護主義はこれまでスクラムを組んできたG7にも影響が出るでしょう。そこに中国のグローバル化の定義も。
混沌としながらも今後は社会民主主義を無視はできない情勢になっていきます。

【2018年】ツイッターつぶやき
夏の土用の期間中に暑中見舞いを出すあるいは立秋後の暑さの時期の残暑見舞いというのは案外普通に感じますが、寒中見舞いあるいは余寒見舞いというのは今ひとつなじみがありません。
寒中見舞いは喪中のために年賀はがきを控えたときにあるいは松の内に年賀状を書けなかった時などに書くべきものというものが定着して、本来の時候の挨拶としての役割が薄れてしまったのかもしれません。ネットで寒中見舞いの例文を調べるとやはり喪中のためというものが多いようです。
そのために寒中見舞いが届くと、年賀状を出した相手方が喪中だったか?と一瞬思ってしまうこともあるようです。
こうして本来の時候の挨拶の役割が薄れてしまったことが寒中見舞いや余寒見舞いのなじみがなくなってしまったのかと感じます。
という事で、
寒中お見舞い申し上げます。時候のご挨拶をさせていただきます。
と、書くのもまた変なもんですなぁ。。。。。
東京も明日はこの冬一番の寒さだそうです。
日陰の雪は当分消えないかもしれません。
日本中で最低気温が零下となっているようですし、インフルエンザもだいぶ流行っているようです。
時節柄、くれぐれもご自愛ください。

【2019年】ツイッターつぶやき
2018年11月28日(水)「”働かせ方”改革」
心打つ非正規の直言という記事が西日本新聞にあった。
自死された非正規雇用であった萩原さんという方の歌集「滑走路」を取り上げている。
〈箱詰めの社会の底で潰された蜜柑のごとき若者がいる〉・・・引用
安倍政権は「働き方改革」を声高に叫ぶ。しかし先に書いた「”働かせ方”改革」というように労働者の働きやすさを作り上げるのではなくて、企業が不安定雇用の増加や低賃金化そして長時間労働を通して労働者をより企業の都合よく働かせるための改革でしかない。
派遣労働はごく一部の労働者で許される制度であったが、現在は非正規雇用の割合は37.3%になっているそうです。といってもこれは人口構成と年金制度改悪により高齢の労働者が多く、学生のアルバイトもあります。そして女性労働力の面でも大きくなっています。しかし若い方の多くも派遣や契約社員という形での雇用に置かれています。
結婚に及び腰になるといった報道も見ることができますが、不安定な雇用と低賃金そして社会的身分を言う重圧を萩原さんの歌から見ることができます。
就職氷河期と言われる世代が40歳代になりますが、今後様々な社会的な弊害も出るでしょう。
「低賃金で就労も不安定。結婚、家庭生活の維持も容易ではない。社会人としてどんな道を歩むのか。青年期にアイデンティティーを確立できないと、40代、50代までも模索が続く“根無し草”の心理を味わい続ける」(上記西日本新聞より引用)
貧困や低賃金は自己責任ではない【1月21日の記事です】

【2020年】ツイッターつぶやき
暮れに知人からモズク蕎麦をもらったのですが、まだ残っていたのでどうやって食おうかと思っていたら、昨夜テレビ番組で山口県の郷土料理の瓦蕎麦をやっていたので今夜作ってみました。
山口県では茶そばを使うそうですが、モズク蕎麦でも腰があっておいしかったです。もしかしたら新潟県のへぎ蕎麦でもうまいかもしれません。関東はあまり茶蕎麦は見ないですね。
かつおだしで少し甘めの濃いめの汁を作っておきます。
牛肉の切り落としを塩コショウでさっと焼いておきます。
あとは錦糸卵(市販のものを使いました)青ネギ(関東の白いネギでないもの)刻み海苔、そしてレモンのスライスともみじおろしを作っておきます。
乾麺を使いましたが、茹でたらさっと水を通して水を切ったらオリーブオイルを少し欠けて面が固まらないようにします。このオリーブオイルの風味がよかったです。
ホットプレートに油をひいて「強」の火加減で蕎麦を入れます。
そのそばの上に上記の具材をのせます。レモンともみじおろしは最後に飾りとしてもきれいです。
蕎麦の焼き面がカリッと焦げたら出来上がり。
食べ方はそばつゆにレモンのスライスともみじおろしだけを入れ、あとは具材と蕎麦が混ざるようにしてつけ麺風にいただきます。
レモンともみじおろしの風味がいいです。

【2021年】ツイッターつぶやき
さむかった・・・・・
冷たい雨がずっと降り続けていました。
でも、天気予報が外れて雪にならなかったのはうれしかったです。
緊急事態宣言が出る前からですが、買い物は1人で行って3,4日分を一度に買い出しをしています。
毎日行くとやはり感染のリスクが高まりますからね。
今日は冷たい雨のため1日分だけ。
日曜日ですからスーパーは案外混雑していました。
でも、家族連れやカップルできていた皆さんも黙って買い物をしています。
棚から商品を選ぶときも前の人が取り終わるまで少し離れて待っています。
よく見ていると、ある人が棚から商品をとったり戻したりした後後ろの人が同じ商品をとるときは前の人が触っていない棚の奥の商品をとっています。
コロナ以前はお客のおばちゃんとレジのおばちゃんがよくしゃべりながらレジを済ましていましたが最近はそれもなくなりました。
静かな店内に店の方のバーゲンの声だけが響いていました。
やはり今の東京の感染者数を見ると注意深くなっているのがわかります。
日曜日なら子供連れで楽しく買い物を楽しむのが日常でしたが、買い物を楽しむという雰囲気はなくなっています。
でも、こうでもしないと感染拡大は収まらないでしょうね。
国民は買い物でも注意をしているのですが、政府は危機感がありません。いまだに会食で感染する議員が出ている。。。。。
入院したくてもできない状態で、入院を拒否したら罰則など、政府が滑稽なことを言い出しています。この罰則のほかは何も具体的なコロナ対策がないままに。。。。
オリンピックに向かっていきます。

【2022年】ツイッターつぶやき
昨日は東京都のあるクリニックのニュースから「検査もままならず?」というものを書きましたが、今日ツイッターを読んでいたら案外全国的に検査を行うのが困難になるほど検査キッドなどの不足が出ているようです。一方ではオミクロン株の感染がけた違いに広がっています。感染の広がりが多くて検査が間に合わない実態もあるのかもしれませんが、検査キッドをハード面とするなら検査体制が取れないというのは人というソフト面からでしょう。
ハード面でもソフト面でも検査対背をつくれない状態でしょう。
しかし日本という一応先進国なのですからハード面も租スト面も対処しながら検査を充実させることはできるはずです。それをできないとするならば国や自治体も検査をしないようになっていると見たほうが良いのかもしれません。
どこの都道府県か忘れましたが、80歳代のご老人が死亡したようです。今後検査もしないで市中感染がこれ以上広がればやがて高齢者や持病を持つ人に感染が広がり重症者や死亡者も増加するでしょう。また子供たちを含め20歳以下の若い人の感染が多くなっています。ワクチン未接種ということもあるかもしれませんが子供たちの感染は防がないとなりませんね。
オミクロン株のピークが2月初旬あるいは中旬ごろまでと言われていますが、「デルタクロン」かと言われるような株のうわさもありますし、新たな変異も出はじめてくるかもしれません。
検査を行わないで市中感染をワクチンで防ぐのでは危険性があるでしょう。

【2023年】ツイッターつぶやき
スウェーデンの極右政治家がコーランを焼いたことによりトルコが反発をしそれはイスラム圏に広がっているようです。以前にもアメリカだったかコーランを焼く事件が起きたが、表現の自由という行動ではなく、ヘイト的な行為だと反発が出た。
このヘイト的行動が極右勢力の行動であり、その勢力がスウェーデンの政治に大きな力を持つようになっている。
これはヨーロッパ全体にも現れ始めている。
ウクライナ支援を呼び掛ける国は内政をゆがめつつあるのでしょう。
ウクライナをナチズムだとしてロシアは批判をしていますが、その批判がウクライナを支援している国々においても現れているのでしょう。
日本では自民党がさらに右傾化しています

【2024年】ツイッターつぶやき
大寒に入り一時3月並みの気温にもなりましたが、寒波が来て東京でもだいぶ冷え込んでいます。
山陰から北陸、新潟、東北、北海道とだいぶ雪が降っているようですね。
関が原でも大雪で高速道路で車が立ち往生しているようです。
能登も大雪で、救援物資を運んだり救援物資をもらいに行くとも大変になっているようです。
関東は谷川岳で雪は止まりますが、空っ風が入り空気が乾燥しています。
立春まであと2週間ほどですね。関東はこれから雪が多くなります。
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2025年 1月23日(木)「あたたかい♪」

2025年01月23日 21時52分59秒 | 「思うこと」
先日まで朝晩は室内でも12,3度でしたが、今日は15度から17度。
暖かですなぁ。こたつでの昼寝も潜り込まなくていいので楽です。
大寒に入ってから暖かくなるというのがうれしい。
でも、東京は2月から3月いっぱいが雪が多くなります。
春になり太平洋に低気圧がやって来はじめ、北から冷たい寒気が下りてくると雪が降ります。
5センチも積もれば大雪で、交通機関も乱れたり、雪かきが大変だと嘆きます。
子供のころは雪も多く2,30センチは積もったりしました。
そりを作って河川敷の土手で遊んだりしていました。
こうあたたかいと、この暖かさは続くのでしょうか?
日本列島は温暖化していき沖縄のようになっていくのかもしれません。すでにサンゴがそうとう北上していますし、魚が獲れなくなったのもこの影響だとも。
秋や冬が短くなっていくような。
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「1月23日という日」

2025年01月23日 07時45分14秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2025年】ツイッターつぶやき
先日まで朝晩は室内でも12,3度でしたが、今日は15度から17度。
暖かですなぁ。こたつでの昼寝も潜り込まなくていいので楽です。
大寒に入ってから暖かくなるというのがうれしい。
でも、東京は2月から3月いっぱいが雪が多くなります。
春になり太平洋に低気圧がやって来はじめ、北から冷たい寒気が下りてくると雪が降ります。
5センチも積もれば大雪で、交通機関も乱れたり、雪かきが大変だと嘆きます。
子供のころは雪も多く2,30センチは積もったりしました。
そりを作って河川敷の土手で遊んだりしていました。
こうあたたかいと、この暖かさは続くのでしょうか?
日本列島は温暖化していき沖縄のようになっていくのかもしれません。すでにサンゴがそうとう北上していますし、魚が獲れなくなったのもこの影響だとも。
秋や冬が短くなっていくような。

≪過去の記事≫

【2004年】
昨夜はチャーシューを作りました。子供たちが腹減ったとうるさいので熱いままに切ったら、なんかチャーシューだか角煮だかわからない状態。娘がが「お父さん、これ、角煮じゃない!」と。。。。トホホ
まあ、味付けは同じようなものですが。
近くの肉屋さんではチャーシューを売っていますが、少し高めかなとも思うのですが、自分で肉をスーパーで買い作っても同じような値段でした。でも手作りチャーシューは国産豚です!!
今夜は豚のしゃぶしゃぶ・・・肉を食いすぎ?

【2005年】
寒い一日でした。
今夜はチャンチャン焼きです。おいしそうなキングサーモンがありましたのでつい買ってしまいチャンチャンにしました。
目の方はだいぶよくなりました。リンデロンという強い薬の目薬らしい。効き目は強いですがなんとなく心配です。高皮質ホルモンでしたっけ?何だかわけがわからないで使っています。
「柔らかな頬」読み終わりました。
近いうちに感想を入れます。明日からは村山由佳さんの「天使の梯子」です。以前読んで感動した「天子の卵」の続編らしいのですがわくわくします。

【2006年】
仕事で遅くなり外食でした。
腹ペコの帰りの電車の中で、すでに今夜はシュウマイとソース焼きそばビールに決めていた。いざ席に着いたら急にあんかけ焼きそばも食べたくなり、無意識にシューマイとあんかけ焼きそばそしてビール。。。。
腹が減っていると何でも食べたくなります。
いつも行くラーメン屋さんですが、ジャンボシューマイが5個も乗った皿が出てくるのですが、これがまた安い!あんかけ焼きそばのあんかけには、皮の真っ赤なハムも入っています。これがまたうまい!(笑)
中華料理屋さんにはその味があり、ラーメン屋さんにもそこの味がある。
ラーメン屋さんにはテレビがない。古ぼけたラジオが鳴っている。時々演歌が流れ、なんとなく自分が日本のおやじを今やってるなぁ。。。と感じたりする。

【2007年】
(記事なし)

【2008年】
朝起きてゴミ出しに出たらミゾレがふっていました。
ミゾレはすぐに雪となり、家々の屋根をうっすらと白くしていきました。
寒かったです。

【2009年】
(記事なし)

【2010年】
(記事なし)

【2011年】ツイッターつぶやき
スーパーに買い物に行った。
買い物を済ませて外に出て少し歩いたところで何気なく携帯を出して見たら、「15:15」そう15時15分でした。そして歩数計の表示を見たら「4040」歩。。。。。「おおっ!!15に15,40に40かぁ・・・・」と一人で歓心をして携帯をしまった。
するとその立ち止まったところが宝くじ売り場だったことに気付いた。
「うん?偶然携帯をだしたら、時間は15:15で、歩数もちょうど4040歩・・・・・そこが宝くじ売り場とは!!」これだけ偶然が重なればそれは神か仏のお告げとしか考えられない。さっそく宝売り場に行ってスクラッチを買いました。1等が100万円と20万円のものがあったのですが、「ここは欲を出してはだめだ!」と20万円のほうを10枚買ってきました。

ううう・・・・・・
   ただの貧乏神からのお告げでした。

今日発表のお年玉年賀はがき抽選に期待をします(笑)

【2012年】ツイッターつぶやき
がん対策として厚生労働省が喫煙4割減を目標とするらしい。 (朝日新聞)
相も変わらずがん対策の柱が禁煙となっている。何も癌はたばこが原因というだけではないはずなのに喫煙に限って煙草税の大幅なアップをしながらそれをがん対策の柱にする。煙草税のアップなどによりやめたいという人が40%いるから禁煙数値目標を4割減とするという。
煙草税という税制度が強制禁煙の道具に使われる。
煙草税はたばこ消費税でしょう。
禁煙率の半減を目標にしてもそのための税収減もありそうはうまく政府内でも調整がつかないという。いろいろな専門家も前回の煙草税アップにより禁煙率は下がるが増税部分でそうは税収は減らないからと言っていた。禁煙のための増税も国の税収確保のために当てにされているのである。
今まで何回も書いてきたが、喫煙は合法的なものですから増税により強制的に排除するということではないはずです。分煙を進める以外にはないはずです。その分煙のために煙草税税や特別煙草税(国鉄民営化時そして清算事業団の借金返済のため)を廃止してを分煙に使うべきでしょう。
放射能の影響も心配される中、癌拠点病院の充実は急がなければならないでしょう。その他のがんの原因も明らかになっていない(されていない)し癌=タバコという柱だけの理解の中で今後もすすむわけですから専門病院は不可欠です。

【2013年】ツイッターつぶやき
これから忙しいのでツイッターからの転載。。。。
インフレというのは一つの経済活動の結果であり、景気の過熱や吹きだまった資金による株や不動産などのバブル状態にまで高まったものでしょう。しかし今のデフレ克服のための政策インフレである成長路線は、本来の経済活動から切り離された人為的インフレでそれを量的緩和で行おうとするものです。
ですから今の安倍政権が行おうとしているデフレ克服のための政策インフレは逆立ちをしているという事です。政府は通貨安競争を否定していますが、この量的緩和による逆立ちちをしたインフレ誘導は円安を引き起こすことは必然でしょう。
量的緩和は銀行の資金がだぶつきます。しかしデフレ下ではその資金は活かされずに当然その融資先を見つけねばならない。円安は輸出企業に有利ですから株価は上がる。そこに資金が集まれば株バブル的なものになるでしょう。消費増税のために不動産の売れ行きが一時のびる。そこにも資金が集る
株価の上昇を一つの景気回復とし、あるいは不動産価格の上昇を一つの景気回復と見るならばそれはバブルです。デフレ下の景気の落ち込む中のバブルでしかないでしょう。インフレとデフレが同時進行をしていく。
円安は輸入品の価格を上昇させます。消費者物価は上がるでしょう。これをみてやはり物価の上昇という側面だけでデフレからの脱却とする。国民生活関連での輸入大国でもある日本ですから「悪い物価上昇」につながる中で国民生活はさらに困窮する。
銀行のダブつく資金を活かすには公共事業が必要というのが今の政府の論理でしょう。しかし国の財政難での赤字国債の発行を極力抑えるのも今の政府の論理です。消費増税の使い道がどうなるか?財政を切り詰めるための社会保障の後退。このようなものが国民に押し寄せるでしょう。自己責任強調
逆立ちをしたバブル的な景気回復により企業利益が伸びたとしても今の低賃金化の波や派遣労働などの雇用矛盾を解決する政策はありません。政府は1千億円程度の減税で賃上げを言いますが、そのようなもので国民生活は向上しないでしょう。
悪い消費者物価の値上がり、社会保障の後退、低賃金化解決と雇用問題の解決を先送りというのが国民にとっては安倍政権の「三つの矢」です。
安倍政権の「三つの矢」は企業利益の拡大という景気回復には役立つ面がありますが、国民にとっては先にツイートした意味での国民生活の後退という「三つの矢」でしかない。ここから何が起きるか?やはりデフレ傾向です。
デフレを物価が下がり続けるといった面だけでとらえてはならないわけです。その物価の下落がなぜ止まらないかの分析は消費問題にあるわけです。消費問題は国民生活に現れます。商品価格が下がるのは生産性の向上からの特別剰余価値の生産競争から必然です。それを活かす富の再配分政策が重要

【2014年】ツイッターつぶやき
安倍自民党が賃上げをしなければ景気は回復をしないと認めたことは、これまでの自民党・財界の「賃上げはコスト増だ」「賃上げは企業業績を圧迫する」といった論理を覆す経済法則の中での皮肉でしょう。
もちろん賃上げは景気がよくなってからと財界はずっと言っていましたから、アベノミクスのこの1年の総括を政府・日銀が「景気回復」を宣言したのですから自民党も財界も賃上げを容認するしかないことはもちろんですが。重要なことは、賃金を上げないとこの「景気回復」の腰折れになるという「景気と賃金」の関係性を認めたことにあるのです。
もちろん景気回復も宣言はされて入るとしてもまだ期待感だけの景気回復であり、実体経済は一部の輸出企業や銀行・証券などに限られる。その景気の不安定さは何も改善されていない。要するに景気回復のためには賃上げが必要という論理がやっと社会全体のものになったということが重要なんです。
しかしアベノミクスのこれまでの経過の中ではそうは賃上げが進まずに賃下げにもなっている。正規雇用者(正社員)の数は減り続けて非正規雇用が増加をしている。ここに賃金相対での賃下げがある。第三の矢での労働の規制緩和は、これをさらに助長させるものでしょう。
賃上げの必要性は認めるが実際に行う中身は不安定雇用者を増やす中での全体的な賃金切り下げです。
この矛盾が「頑張った人には報いる」という言葉に表れている格差の拡大からの賃下げ政策なのです。
景気回復のためには一部大企業の正社員の賃上げだけではなくて労働者総体での賃上げが必要であるということです。
安倍内閣は賃上げの必要性を認めつつ賃上げを呼びかけます。同時に労働の規制緩和により賃下げを行おうとしています。
この矛盾から見えるのは、賃上げと賃下げのどちらが本音なのかということでして、どちらかが嘘あるいは期待感だけのリップサービスということになります。
もちろん賃上げがリップサービスとしての期待感作りといえるでしょう。
安倍内閣はこのリップサービスという期待感作りを内政においてある意味成功させてアベノミクスという言葉を定着をさせました。強い日本という期待感は秘密保護法から改憲に向かいます。しかし上に見たように期待感は裏切られる方向にも進む危険性が見えてきました。
安倍総はダボス会議に出席をして「靖国参拝に理解を求める」としていますが、安倍総理の個人的な心からの参拝によりタイ中国・韓国あるいはアメリカにまで反発をさせるという日本の政治経済に大きな影響を与えた外交を犠牲にしたことを理解されるでしょうか?同時に非戦の立場での靖国参拝という靖国自体を理解させられるでしょうか?
やはり外交面においてもリップサービスからの日本への期待感作りはそうは力とならないのではないでしょうか。もちろんまだ日本は経済大国ですから内外からは期待感をもたれますし、現実に外遊では金をばら撒いていますし、そうは日本(安倍総理)への露骨な風当たりは強くないでしょうが、同時に層は大きく評価もされないこともありえます。
「期待感から失望感」はすでに始まっていると見たほうがよいのかもしれません。

【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2018年】ツイッターつぶやき
朝から雪かき。。。。。
今日は朝から快晴で雪かきも楽でした。
雪も東京では珍しくふわふわ雪で重くもない。
車の上は20センチ近く積もっていたと思います。
ビオラが雪に埋もれていました。そっと雪をすくってやると紫の花や黄色い花のつぼみが元気よく洗われました。
低温に弱い花が心配。。。。。
雪かきをしていたら高い木から雪の塊が頭の上に落ちてきてビショビショ。
道路に放り投げた雪の塊を車がシャリシャリと踏みつけていく音が気持ちよかった。
屋根の雪に日光が反射してきれいでした。
東京の雪かきは楽で、こうして晴れていると気持ちよさも感じます。

政府は今国会において「人づくり革命」と「生産性革命」という言葉を使っています。もちろん真の柱は改憲の道筋ですが。
どちらの言葉も勤労国民に「何か良いことのようだ」という漠然とした期待を持たせる言葉です。
国会が開催されるたびに聞こえの良い言葉で国民に期待を持たせてきたのが安倍内閣の特徴であり、しかし現実は真逆の結果になっています。
「人づくり革命」と「生産性革命」という言葉は国民のためになるかどうかは、誰が得をするのかという視点で見ればわかります。
結論は、企業の利益のためです。そして株主や投資家という不労所得者の利益のためです。
「人づくり」と言っても今の社会は何でも有りの社会です。この何でも有りの社会を支える人づくり。。。。勤労者は企業に縛られるようになるでしょう。時間外労働は青天井だったとはいえ規制を加えても過労死を容認するような過酷さ。
「生産性革命」はホワイトカラー層への労働条件の切り下げとなるでしょう。ブルーカラーへはロボット化により、ホワイトカラーにはIT革命。労働力人口の減少に対処するためにホワイトカラー層の減量化が行われるでしょう。
銀行においてすでに始まっているように人員削減あるいは新採などを抑えて雇用者数を減らす。

【2019年】ツイッターつぶやき
現在開催されているダボス会議で、貧困や格差の対策を呼び掛けるそうです。
富裕層上位の26人の資産額は、下位28億人の資産に匹敵するそうです。(朝日新聞)
そして
「下位半分の資産合計は対前年比で11%減ったのに対し、超富裕層約1900人の資産合計は18年3月までの1年間で12%増えていた。」(引用)
「裕福な上位1%の資産に0・5%課税すれば、年4千億ドル(約44兆円)余りが集まり、学校に行けない2億6200万人の子どもの教育に加え、医療サービス提供で330万人の命を救うことができる」(引用)
世界の貧困と格差の実態がここにあります。
昨年アメリカにおいて1%と99%の格差是正を求めるデモが起こりそれは世界中に広がりました。先進国内でもこのような実態があり、世界は先の引用にもあるような格差にあります。
安倍総理がダボス会議で演説をしたそうですが中身はどのようなものだったのでしょう?
日本の格差と相対的貧困は広がってきています。子供の貧困が問われています。
今後外国人労働者がさらに増加売ることにより(僕としては外国人労働者が増加すること自体は否定しませんからそれを前提に)日本国内の低賃金化は進むでしょう。ヨーロッパでもアメリカでも外国人労働者への攻撃が始まっています。アメリカは不法入国者への壁ですが。日本人労働者も外国人の低賃金だからとのほほんとしていられないでしょう。労働時間(残業)は際限もなく伸びている危険があります。
今の先進国経済は貧困と格差を拡大しなければ利益を得ない状態になっているのでしょう。
資本主義はここまで矛盾を拡大している。
経済の対立関係はいつ戦争に拡大するかわかりません。

【2020年】ツイッターつぶやき
「ワリー、ワリー。。。。ごめんな。アハハハ」
もちろんこれで終わり。
今の内閣はこういう人に属するようなものですなぁ。
説明責任なんか考えていないし、内閣の責任も「ワリー、ワリー」で終わり。そして官僚の頭を押さえて「ほれ、よく謝っておけよ」と。
こういうイメージを持たざるを得ない。
(ツイッターより)
もう、開き直りを通り過ぎて野党や国民への恫喝です。
桜を見る会にしても、些細なことをいつまで言っているんだという雰囲気になっています。
謝罪はするがそれは言葉の謝罪。
野党が少数で割れていますからこの野党が悪いと見えがちですが、与党が悪いに決まっている。
これが民主党政権時に「決められない政治」批判の裏返しである決められる政治の帰結です。
民主主義がないから決められない政治も決められる政治も国民無視になります。

【2021年】ツイッターつぶやき
昨日書いた「保健所逼迫」に
「日本は検査数を抑えてクラスターなどによる濃厚接触者の後追い検査が中心でした」
「ワクチン接種は検査の拡大により陽性者を探し出して隔離することと並行して行わなければ効果がなくなるかもしれません。」
と書きましたが、ここにきて政府もプール方式による大量検査を認めるようになったようです。
『複数の検体を混ぜてPCR検査を行う「プール方式」について「医療施設や介護施設、場合によっては繁華街など感染している可能性が非常に高いところの行政検査として、しっかり実行していきたい」と述べ、行政検査として認め、クラスターの防止に役立てたいという考えを示しました。』(NHK)
これはクラスターなどの後追いで検査数を抑える検査からの方向転換とみることができるのでしょうか?
今までのやり方では保健所も後追いで作業量も多くなり逼迫してしまいます。民間も動員してプール方式も含めてより多くの検査を行うべきです。
しかし東京都は昨日から検査を高齢者中心に行い若い人は検査もしないような方式を行いはじめました。
もしかしたら国もこのような形で高齢者施設などに限定して行うのかもしれません。
やはりこういったことが行われれば感染拡大を抑えることはできないでしょう。

【2022年】ツイッターつぶやき
都内のクリニックでコロナ感染の疑いで訪れる人が絶え間なくワクチン接種まで手が回らない状態で今後通常の診療も危ないそうです。東京都の病院の実態がすべてこのクリニックのような状態かといえばそうではないのかもしれませんが、東京都の検査件数は25000件から30000件ぐらいになっていますが、この程度で検査体制もままならない状態になっているのでしょうか?
中国で感染者が20人程度出たら全市民1000万人を2日間程度で検査するというニュースがありましたが、この検査体制だけを見ても日本の医療の脆弱性が見えます。
最近は一時若い人でコロナの症状が出ていないならば検査はしないというニュースがありましたが(その後撤回したようですが)これももしかしたら検査もできない状態が出ているからかもしれません。
入院体制も脆弱で検査体制も脆弱で、結果日本全体のコロナ対策の医療体制の脆弱性が見えてきます。
もう感染者数がどのくらい存在するのかも把握できない状態かもしれません。
ですから僕たちはアメリカやイギリスの新規感染者の数に驚きながらニュースを見ますが、アメリカやイギリスは感染者数ぐらいは把握しているということで、東京などは今後新規感染者数がそうは増えないのかもしれません。検査をしないのですから。

【2023年】ツイッターつぶやき
先日、このブログでも書きましたが、電力料金の請求にびっくりしました。30%に近い値上げだった。
そしてさらに東京電力は6月からも約30%の値上げとなるという。
これは家庭用電力料金で、大口の高圧での料金は含まれていないようです。
電力はウクライナ問題により燃料費が高騰をし、さらに円安によりさらに高騰している。
電力の節約が行われているでしょう。その節約は低所得層に特徴的に現れるでしょう。
電力の節約はCo2の削減となり、環境面からも低所得層の電力の削減はCo2削減につながるわけで、結果としては高所得層や企業などに排出を売っているようなものです。
食糧危機が言われていますが、この食料も低所得層はさらに節約をさせられる。
エネルギーも食料も環境も所得格差の中で誰が節約を強いられるのか。
子育て支援が国会での討議になりそうですが、所得格差の是正が泣けれな一時的な効果で終わるでしょう。
子育て支援の討議と防衛費増税が一緒に討議をされる。

【2024年】ツイッターつぶやき
最近、寝てからトイレにおきるようになってきた。
加齢のためだとは思うけど、いろいろな病気にもなる年齢ですからなぁ。。。。。
今まで病気やけがで入院をしたこともありませんでしたから、健康診断もさぼってきました。検査のために朝食を抜くというのは体に悪いと思う。。。。と、言い訳をしています。
若いころ、いくら寝ても眠かった時期がありますが、高齢になると、1度でもいいから若いころのように10時、11時までぐっすり寝てみたいと思うようになりました。睡眠というのは休息しているようですが、逆に体力を使っているそうです。ですから若い時のようにぐっすり眠れない。ぐっすり眠れないことに加えて尿いですからなぁ。。。。。やだ、やだ・・・・
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2025年 1月22日(水)「ACジャパン」

2025年01月22日 22時13分42秒 | 「思うこと」
テレビを点けたらACジャパンのコマーシャルばかりが流れていた。
東北自信と直後の福島原発事故の時を思い出しまた。
同じコマーシャルが流れ続けるのは精神衛生上嫌なもんですね。
ACジャパンがどのような会社なのかわかりませんが、テレビ局がストックしてあったものを使うのでしょう。
フジテレビには企業がコマーシャルから手を引いている状態ですが、ACジャパンからはいくらかは入るのでしょうか。いや、テレビ局がコマーシャル使用料を支払うのでしょうか?フジテレビが女性アナを使った性的接待をしていたのか?芸能界だけならまだわかるが、テレビ局からですからなぁ。。。。。

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「1月22日という日」

2025年01月22日 05時56分34秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2025年】ツイッターつぶやき
テレビを点けたらACジャパンのコマーシャルばかりが流れていた。
東北自信と直後の福島原発事故の時を思い出しまた。
同じコマーシャルが流れ続けるのは精神衛生上嫌なもんですね。
ACジャパンがどのような会社なのかわかりませんが、テレビ局がストックしてあったものを使うのでしょう。
フジテレビには企業がコマーシャルから手を引いている状態ですが、ACジャパンからはいくらかは入るのでしょうか。いや、テレビ局がコマーシャル使用料を支払うのでしょうか?フジテレビが女性アナを使った性的接待をしていたのか?芸能界だけならまだわかるが、テレビ局からですからなぁ。。。。。


≪過去の記事≫

【2004年】
親父の病院へ行ってきました。
ハハハ・・・・元気でした。体は。。。。
そんな元気さの中にも、一人でベットにいると変なことばかり考えてしまうからあっちこっち歩きながら話をして気をまぎらわせているようです。
いつも実家に行くときは車なのですが、久しぶりに実家がある町まで電車で行きましたが、だいぶ変わってしまいました。駅前のおいしいラーメン屋さんがあったので食べてみるかと思ったのですが、区画整理なのか新しいビルができてなくなっていました。車窓からのながめもだいぶ変わりました。畑や田圃がない。。。。

【2005年】
弱り目に祟り目。。。。?(笑)
目医者に行ってきました。
春先になると眼が充血をします。どうも花粉症とは関係ないと医者はいうのですが、春先になると症状が出るというのは不思議です。たしかにかゆみはないのでアレルギーとは違うと思うのですが。とりあえずいただいた薬を点眼してみます。
暮れから正月はぎっくり腰で、今また眼病。。。何だか年の初めからついていないような予感がします。
「柔らかな頬」下巻に入りました。
おもしろいです。
しかしやはり筋を追ってしまう。どうも推理サスペンス風のものは苦手なのかもしれない。梨木香歩さんや川上弘美さんのあの不思議な世界はよいのですが、現実を描いた中にその現実があまりにも日常から離れてしまうと違和感を感じてしまいます。もちろんサスペンスや推理小説も優れたものがあるのでしょうが、まだ出会っていないのかな。

【2006年】
車の上にだいぶ雪が積もっていました。17,8センチぐらい積もっていたかな?午後から息子と2人で雪下ろしをしました。買い物やらドライブやら、車に乗るくせに妻と娘は手伝わない(笑)
まぁ、今までは雪のたびに僕一人でやっていたことですから、息子が手伝ってくれるだけでもありがたかったです。
北側の日の当たらないところはしばらく雪が残りそうです。
雪下ろしをした車で買い物に行きましたが、途中、庭の雪を集めてかまくらを作っていた家がありました。
東京はまた晴れた日が続きそうです。
今夜は久しぶりに煮物を作りました。いつもは野菜など食わない息子が「うめぇ~」と食べていました。のっぺ汁と言ったか?ごぼう・人参・鶏肉・干しシイタケ・竹の子・コンニャク・サトイモで、薄口の醤油で煮付けました。最後にごま油。。。。
我屋の煮物は、煮汁がほとんどなくなるくらいに煮付ける煮物です。

「百鬼園日記帖」
                        ちくま文庫
               内田 百閒  著
大正6年7月から11年8月までの百閒30代の日記である。
「とうとう二時になってしまった。間で一寸この帖の始めから十日頃迄の日記を読み返して見た外、書きつづけて今迄かかった。
書いてしまったら、無茶苦茶に縺れていた頭に気持ちのいい筋が通った様な気がしだした。すべて金のない喜劇である。」
                         (216ページより引用)
百閒は、初めての作品「冥途」の出版を目指して執筆をし続ける。まだ著作では食ってはいけない頃である。機関学校、横須賀まで通いながら海軍兵学校のドイツ語教師をして食っている。後には法政大学でも掛持ちをする。
借家では妻と3人の子供達、そして母親と祖母までも一緒に生活をする。子供の一人が風邪をひけば次々とそれはうつっていく。祖母は命にかかわるような病気をする。今のように健康保険があるわけでもなく、気楽に入院もできない。医者が往診に来て看護のために看護士が付き添いをして残る。医者の払いも大変である。一番上の子は小学校に入学。もちろん私立。また金がかかる。
百閒は金策に廻る。
大恋愛の末に結婚した妻は、みすぼらしい格好をして生活を切り詰める。質屋通いや借金の使いにも走る。そんな妻に百閒は心を痛める。
夜遅く帰宅すると、妻子が枕を並べて寝ている。妻がいないと思い布団の中をのぞいてみたら、小さな頭が娘のものと思っていたが、それは妻の頭だった。
「その、頭が変に小さく見えた事が私の心を感傷した。貧乏と世帯でやつれている町子(出版上の仮の名。実際の名は清子)が急に可哀想になって来た。そっと上から覗き込んで見たら頸を少し内側にまげ込んですやすやねていた。きたない、はげちょろの着物をいつもの通り著ている。女だから結婚でどんな運命にでも合い得たろう。こんなにみすぼらしくなってそれでも少しも不平なく尽くしてくれるのをほん当にうれしく思った。」
こんな妻のためにも金策に走る。
岡山の造り酒屋だったか、そんな裕福な頃の思いのままにいる祖母に貧乏をさとらさないように金策に走る。
百閒自身も学校の式典で着るフロックコートが質に入っているために着ることもできない。時には学校までの電車賃すらない状態。
金策とその勘定で「冥途」もなかなか進まない。
金を借りる相手もなくなれば、友人の名で金を借りる。そんな友人関係はお互い様である。
今の金に換算するとどのくらいの借金だろ。。。?千円を超えてしまう。たぶん、今で言えば国立大学の講師か助教授が、アルバイトに翻訳をしたり雑誌に文章を載せたりしながら生活をしているぐらいの年収に近い額だと思う。
毎日毎日金のために頭と体を動かす。こういう毎日の日記を読み返すと、「すべて金のない喜劇である。」とつくづく思う内田百閒にうなずける。
しかし百閒はのんきである。
そもそも借金ができるというのも定期的な収入があるわけで、金は天下の回り物そのものといった生活を思い起こさせてくれる。(実際、百閒自身「借金がなければ今の年収で生活はできる」というようなことをと書いている。)借金をすればその足で飲み食いをし、必ずといっていいほど子供や妻のために買い物をする。時には、借りた金を人に貸す(笑)
このような百閒の生き方に疑問を持たざるを得ないが、周りの友人たちも顔をしかめるような生活だったのかもしれない。しかしそこが百閒の人間性である。芥川龍之介は百閒の「冥途」を推薦し、他の友人は百閒の高利貸からの借金を清算するために低利の借金をさせて家を買わし、その家を抵当に金を借りて高利貸の借金を清算させようとしてくれる。金利は半分になる。こうした友人も百閒を暖かく見つめていたものと思われる。
百閒と同じく漱石の弟子であった津田青楓は、「漱石と十弟子」に次のように書いている。
「内田君はにくらしい男だ。(中略)内田君は月給をもらっているが俺は定収入なんかありゃしない。(中略)俺の方がウンと貧乏人だよ。内田君はお大名だよ。お大名が貧乏人に金を借りるなんて可哀想だよ。」
百閒はビールを飲みたくなったが金がない。妻の清子さんが津田家に使いに来て1円借金をして帰ったのである。津田家には2円50銭しか全財産がない。この借金を上の引用のように津田青楓は嘆くのである。
しかし津田青楓は嘆いた後に、柳家小さんの落語にたとえて
「自分はまじめに茶飯事をしゃべっている気らしいが、人間の肚の底のことを持ち出していうから、皮肉が滑稽に転化する。/僕は内田落語が好きだ。」
にくくとも思い嘆く子ともあるが、憎みきれない百閒をうまく表現している。百閒自身も自らの生活を「金のない喜劇である」と書くが、周りの人々も百閒の生活を「内田落語」と見ていたところに百閒の人柄を垣間見ることができるのではないか?
「解説」の中に次のような逸話がある。
ある日職員室で会費の50銭を集めていた。百閒先生は金がない。集まった金の中から「3円貸してもらえないか?」と。そして借りた3円の中から百閒先生は50銭の会費を払う。集め終わった会費集め担当の先生は悩む。。。。集めた会費は3円足りないんだな?と。そしたら横にいたほかの先生が、「いやちがう。3円50銭足りないんだ」そしたらまた他の先生が「馬鹿だな。百閒が持ち帰った2円50銭が足りないんだ」と。結局金の計算ができなくなった。

お後がよろしいようで。。。。(笑)

【2007年】
昨日の千葉へのドライブで買ってきたサザエの釜飯の素と秋刀魚の丸干しを食べました。どちらもおいしかったです。秋刀魚の丸干しは骨までボリボリと食べr事がで来ました。イカの一夜干も買ってきたので、こちらは明日の酒のつまみにしよう。。。。
そういえば、ずっと前、サバカレーという缶詰のカレーを買ってきたが、おいしかったのでまた買おうとしたらなかった。その代わりにサザエカレーとか鯨カレーというのがありかって来ました。息子が鯨カレーを食っていたが、まあまあだったそう。。。サザエ彼は食ってみよう。。。

【2008年】
今、国会で暫定税率の議論が出ているが、これは何もガソリンにかかる税金だけではないようだ。いろいろ読んだりしたが、車を買うときや車検のときに払う重量税やその他いろいろなところにもこの暫定税率があるらしい。おおむね2倍の税率になっているともいわれる。
暫定にもかかわらず、なし崩し的に恒久的な税率化している。
この暫定税率を更新するか撤廃するかが国会の議論かな?もう一つは道路特定財源をあるいは道路を作ったりした後の余剰の金を一般財源に入れるという事かな?どうもよくわからない。
道路特定財源というのは、道路の新設や整備などをしていく上の財源で、そこに受益者負担のような考え方でガソリンや重量税などに税金として徴収されていると思う。その上に税とは違う形で高い高速料金が上乗せをされているのかもしれない。
僕はドライブが好きなので高速道路も利用するし、地方のほうの細い道も走る。設備面で安心して走れる高速道路やどんな山道に行っても舗装がされている事には驚く。その意味では、受益者負担的要素の強い道路特定財源は、道路の整備以外には使うべき税ではないので、一般財源化はよくないと思う。福祉目的などに使えばいいというのは受けられやすい考え方だが、税の目的とはずれるし、福祉目的の財源として恒久化されるだけではないか?これは、福祉目的にという理由で消費税率のアップをという考え方と同じである。
問題なのは、その税の使い道であり道路公団の民営化ではないかと思う。
受益者負担という形で徴収された税は税を払っている者への還元をするという事だと思う。道路特定財源それも暫定税率までかけられている中、受益者負担・税を払っているものとしての受益者への還元というのは、何も高速道路を作り続けるだけではない。ETCの普及のために使ったり、歩道の整備や渋滞解消、高速料金の値下げやガソリン高騰の時には税率を下げるなどに使われなければならない。
道路公団の民営化は、首都高速の料金体系の改悪を招いているが、これまで作られてきた高速道路という国民の財産を使って利潤を出し、将来的には当然株主配当をするだろう。あまり交通量の無い高速道路は値上げされたりするかもしれない。ETCの普及もそれは人件費削減というものを利潤目的とする。利用者に負担をかけながら。
高速道路を作り続ける事も道路公団の民営化も、結局は大企業・金持ちの儲けを維持する事が目的ではないかと思う。企業利益の拡大から税を払っている目的に沿った国民に還元されなければならないのでは?
どうも自民党案にしろ民主党案にしろ、どこか腑に落ちない。
道路特定財源や暫定税率の維持を環境税やCO2排出税のようなものにするというアンもありそうだし、暫定税率の廃止によるガソリン値下げは車社会を益々助長するという環境面からの意見もあるようだ。
これも福祉目的の一般財源化と同じ議論では?
同時に、タバコは体に悪いから1箱1000円にしろ、そうすればタバコの消費が減るといった禁煙ファシズム的な考え方と同じように車のオーナーにも同じことがされるかもしれない。ガソリンを1リットル500円にすれば車の利用も減るだろうといったように。結局はここにも金持ち優遇庶民いじめが始まる。金持ちはタバコ一箱1000円でも、ガソリン1リットル500円でも乗り続けられるが庶民は地方のほうに住んでいても車に乗れない。(続く)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】
(記事なし)

【2011年】
ずっとしまっておいた南部鉄のすき焼き鍋を出しました。
いつもはすき焼きといっても面倒なのでこのすき焼き鍋は使わずにフライパンでさっと作るのですが、少し高級な肉のときしか登場しません。
そう、そのすき焼き鍋が登場するわけです。。。。ムフフフ
1年おきぐらいにおいしいステーキを食べたくなると行く山の中のステーキ屋さんがあります。前沢牛のおいしい肉を使っているのですが東京の少し高級なステーキやさんで食べたら相当な金額を取られるだろうなと思う肉を手ごろな値段で食べられます。去年行ったときはいつももより肉質の高いステーキを食べたのですが(肉のグラム数ではなくて肉質で値段が決まっています)、サーロインの油にも甘さがあり柔らかくておいしかったです。
そのステーキや山河屋さんが冬の間はお客も少なくなるということか(そうは雪深いところではないのですが)宅配便で肉を届けてくれるのです。1月から3月までの三ヶ月、毎月好き焼肉・焼肉用の肉・ローストビーフの高級前沢牛がとどきます。店の方のお話ではステーキを焼くにもプロも緊張する肉質の肉だとか。。。。
その第一弾の肉が届いたのです。1月はすき焼きでした。
というわけで我が家の高級南部鉄すき焼き鍋が登場したわけです。。。。ムフフフ
もちろん野菜などは入っていないのですがちゃんと「わりした」や上に書いた甘さのあると思われるラードも入っています。
冷蔵庫で今、自然解凍をしています。楽しみです。。。。
でも見た目からするとたぶん子供たちだけでペロッと食ってしまうのではと心配になります。どのくらいのグラム数があるんだろ?「おいしい食べ方」を見ながら焼きたいと思います。さっと焼いてわりしたをたらせば少し赤いうちに食えると思います。

【2012年】ツイッターつぶやき
駅前の本屋さんへ寄った。お客がいませんね。。。。。
この本屋さんは我が町では大きいほうですが、この本屋さんができることで小さな本屋さんが廃業になりました。昔ながらの小さな本屋さんはどんどん消えているのでしょう。
しかしその大きな本屋さんもそうは客が入っていないということはネット販売が一般化したためでしょうね。もちろん以前から本離れが進んでいたこともありますが、本自体が売れなくなる中で安くて情報量のあるネットは強くなるのでしょう。
朝日新聞のコラムに「本屋さん考」という記事がありました。アメリカの小さな町で本屋さんが赤字になり廃業することになったが町の人が本屋がなくなるのは困るといって再建の支援をしたとか。
ネットと本屋の関係では、僕は逆にネットで調べて本屋さんで探しない時は注文をします。ですから僕も本屋さんがなくなっては困ります。たしかに注文をしてから届くまで時間が少しかかりますが、そうも急ぐようなことでもないし。本屋さんはネットでもつながっていますからすぐに在庫も調べてくれます。また本屋さんの楽しいところは手で触りページを開いて面白そうな本を見つけることにあります。本との出会いがある。ぶらぶらとあてもなく本屋さんおは楽しいものです。
ネットは口コミ情報などはありますが、ぺらっとページを開いて本の中身を確認するということができない。
電子書籍というのもどうなんだろ?
本というのは手の感触とともに読んで折り目を入れたページの感覚とで内容も覚えているのではないかと思います。もう一度読み返したいところなどは、本の厚さのあの辺のページで、たしか右ページの真ん中ぐらいだったよなぁ。。。。なんて。電子書籍ってどうなんだろ?

【2013年】ツイッターつぶやき
昔から企業が伸びれば国民生活はよくなるという企業優先の政治が自民党政治でしたが、今のアベノミクスといわれる成長路線も旧自民党と何ら変わりないものでしょう。
金融緩和により銀行に金が集まる。その金で企業は設備投資などをしていく。一方インフレ作用による円安は輸出企業にとってはよいわけです。その中でデフレからの脱却と景気対策もできてその中で雇用や賃金も上がるという論理です。
しかし今までもその景気対策が国民生活に波及するといったものが現実にどのくらいあったかというと、小泉政権でも同じ量的緩和をしてイザナギ景気を上回る好景気が続いたが、それが国民生活にも波及したかといえば逆に改悪されたものの方が多い。
株価が上がり円安になったとしてもそれは持続せずにデフレは深まったのである。その中で民主党の「国民生活が第一」というマニフェストによって自民党内閣はつぶれた。
結局は国民の消費が拡大しなければ本来の意味においてのインフレ作用も起こらないしデフレからの脱却もできない。円安は食料や石油などのエネルギーを輸入に頼っているわけですから悪い意味で物価は上がるわけです。これをインフレによる成長路線といえるでしょうか。国民の消費はさらに落ち込む。国民生活から見ればTPPも悪い条件で進むでしょう。このような国内消費の低迷は、内需関連の企業を落ち込ませますしそれは再度デフレ圧力となるでしょう。インフレが起こった中でのデフレ作用ですから国民生活は今より悲惨です。
国は公共事業には税金を使うでしょう。それは内需を呼び起こしますがやはり国民生活には直結をしない。同時に国の借金は増える。一方国の財政の健全化が言われ政府は国債の発行量を減らす置いう。どういう事かといえば社会保障が削られるという事です。すでに野田政権当時から消費増税を公共事業にもといわれていました。ですから成長路線も増税と社会保障の一体改革の動きは鈍い。
今の安倍内閣は自民党は変わったと言いますが、現実に行われようとしているのはこれまでの古い自民党と同じものなのです。

【2014年】ツイッターつぶやき
日銀の会合で金融政策の現状維持が決まったそうです。
もちろん出口論に日銀が行くわけがありませんし、更なる追加の金融政策を行うこともしない。
「先行きの物価上昇率は、「しばらくの間(消費増税分を除いて)、1%台前半で推移する」とした。従来の「プラス幅を拡大」との見通しを変え、物価上昇ペースが一服するとの見方を示した。」(上記リンクページより引用)
従来の「プラス幅を拡大」との見通しを変えるということはアベノミクスとの二人三脚の一定の一服感ともとらえられます。
アメリカでは「円安けん制の動き」も出始めているそうですからその面でもこれ以上の円安につながる追加金融政策はやりずらいのでしょうか?
年末までの消費増税に伴う駆け込み需要も含めた消費の拡大を見込むようになっていますし、プラス年末年始は消費が拡大する一時的な時期ですからそういった需要の拡大も含めた景気判断となったのでしょうか?なんとなく日銀がこれまで振り上げていたコブシが少し下がったような印象を受けます。
円安は貿易赤字を拡大・恒常化させる勢いですし、それを含めた経常収支も赤字に転落。下手をすれば三つ子の赤字に日本は転落をする。輸出産業の株価が円安により上がって株価全体を押し上げてきましたが、輸出産業も海外生産の拡大により日本にとっては輸入品目の拡大にもなりかねないこともある。輸出産業の企業が国内雇用の増加なども含めて国内の実体経済を押し上げるような勢いは小さくなっている。エネルギー価格などの円安での値上がりは次第に国内需要に依拠する産業の重石となるでしょう。その上にたったこれ以上の悪性の物価高は日本経済にプラスになるよりもマイナスになっていく。その上消費増税です。
消費増税直前あるいは直後に追加緩和を置こうなうということでしょうか?

【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
時間がないからメモ。。。世界的な国家主義と保護主義の中で市民の犠牲は拡大していく。その中で市民は国際的な連帯を求められるようになる。その中に9条も含まれるだろう。

【2018年】ツイッターつぶやき
gooお題「ジャズといえば?」
20代の頃ジャズにはまっていた時期があります。
レコードも枚数はそれほどありませんでしたが時々買っていました。
ジャズも発展していきました。
チャーリー パーカーやジョン コルトレーンとかビル エバンスとか。。。。。
日本人ではやはり渡辺貞夫・・・・・
トランペットが好きでないので日野テルマサ(感じ忘れた)はあまり聞きませんでした。
僕の世代では昔のジャズという事になりますが、スイングジャズは最高でした。
JATPカルテットという往年のジャズマンのライブなどを集めたLPがありましたが、これは何度も何度も聞いていた記憶があります。
ジャズも発展をして音楽学校を卒業したジャズマンも増えていた時代でジャズも酒場の音楽から大きなホールで演奏されるようにある意味芸術性が出ていたと思います。
また発展と言えば、マイルス デヴィスがジャズにロックを取り入れたり、民族音楽が入ってきて渡辺貞夫のボサノバ風なども。これもよく聴きました。その中で民族音楽にも興味を持ちましたし、好きなビートルズの音楽からインドのシタールに興味を持ち民族音楽の中でもインド音楽が好きになりました。
コンサートも何度か行きました。ジャズ喫茶も楽しかったですが、ジャズ酒場は苦手でした。珈琲1杯でジャズ喫茶に何時間も。。。。。そのうちに追加注文を要求されながら。若いころ、小さな町でしたがちゃんとジャズ喫茶がありました。楽しい記憶です。

東京もすっかり雪景色です。

街灯に照らされる雪
雪にかすむマンションの灯
高いビルの屋上に光る赤ランプの点滅
信号機の赤色が寒そう
雪の中のオアシス、コンビニの灯
ビオラが雪に埋もれた
犬の遠吠え
窓のひどい結露が流れる筋
除湿器がうなる
道は人通りがなくなった
積もる雪に車の走る音もしない
ラジオから流れる雪情報
熱いコーヒーの湯気

雪景色・・・・・・

【2019年】ツイッターつぶやき
ある商品が価値通りに販売されていて100円だったものが110円あるいは90円になった時、その100円の商品の価値は変化したでしょうか?
むしろ商品の価値はそのままで貨幣の価値が変化しただけでしょう。ですから商品の価値は貨幣量ではないといえる。
貨幣は不換貨幣となり管理通貨として日々為替の変化にもさらされている。
現在日銀が量的金融緩和を進めてきたが2%の物価目標は達成されていない。人為的にインフレを起こそうとして貨幣量を増加させても物価は上がらない。商品価値を不変とすればその商品の価値が変化しないのですから常に100円の価値しかないのです。増加した貨幣量は吹きたまっていく。
同時に資本主義的競争は、競争相手の企業よりより安く生産してより高く売るという競争を行う。それが生産性の向上であり、生産性が上がることにより商品価値は下がっていく。生産性向上での100円の商品は90円となる。生産性の向上がその産業内ですべて行われればその商品価値は90円となる。物価は下がっていくでしょう。
物価の下落は必然なのですが、これを人為的に90円に価値低下した商品を100円に維持しようとすることは不可能なのです。
生産性の向上はより少ない労働力量でより多くの商品を生産することです。ということは商品価値は労働価値説で説明されるほかないです。企業はこれを現実の経済活動の中で行っているのです。
商品価値が低下をすれば、同じ商品量を販売していては利益は減っていきます。この利益の減少がデフレ不況となります。もちろんより多くの商品を売れればよいのですが商品市場は過剰になります。商品は有り余るようになるが、消費できない社会がやってきます。企業はデフレ不況の中で倒産をしたり工場の閉鎖を行います。経済は負の連鎖に迷い込みます。
こんなバカげたことが起きるのです。
商品価値が下がるということはより多くの国民が消費量を増加させる条件です。デフレ不況で失業になるのではなくて多くの労働者の労働時間の短縮の条件になります。
資本主義は行きつくところまで行ってしまいました。先進国の経済はしぼんでいくでしょう。この中で商品の分配と労働時間の管理を新たな社会システムに移行しなければならなくなっています。それが社会民主主義です。

【2020年】ツイッターつぶやき
新しい体重計を買いましたが、体脂肪なども測れるので便利です。
このブログや昔のホームページを見ると、2005年、2014年そして現在の数値がわかります。
体重
05年 6〇.3㎏
14年 6〇.3㎏
20年 6〇.3㎏
〇の部分はナイショ(笑)でも、2キロぐらいの差です。
体脂肪率
05年 16.9%
14年 19.8%
20年 21.9%
内臓脂肪率
05年  8.0%
14年 12.5%
20年 10.0%
骨格筋力
05年 33.9%
14年   ?
20年 34.0%
基礎代謝
05年 1569
14年 1475
20年 1564
BMI 
05年 22.7
14年 23.4
20年 23.1
体年齢
05年 -10歳
14年 -13歳
20年 -14歳
うん、内臓脂肪や体脂肪は少し増加をしていますが、やや多いぐらいでしょうか。
この15年間でそうは体型は変わらないようです。
一時スポーツジムに通った時期もありますが、ほぼ運動はゼロ状態でした。
若いころからサッカーをやっていて体には自信があるのですが、尻の肉が落ちてその分脂肪が増えて体重維持という形になっているのでしょうがこれが老化というものでしょう。
でも、体年齢と実年齢の差がマイナスで大きくなっているのはよい傾向なんでしょう。
この1か月ぐらい毎日5000歩ぐらい歩いていますが、足がつることもなくなり体調も良いようです。今はいているスニーカーが以前は重く感じたのですが、今は普通にはいています。
無理な運動はしないほうが良い年齢ですが歩くことは続けたいと思います。

【2021年】ツイッターつぶやき
医療のひっ迫が言われ最近では医療崩壊ではという事態になっていますが、保健所もその作業量の増加により逼迫しはじめているようです。
東京ではKYODO通信によると、日本は検査数を抑えてクラスターなどによる濃厚接触者の後追い検査が中心でしたが、それでも保健所の作業量が多くなり、今後は「調査は医療機関や高齢者施設、障害者施設などが中心となる。飲食店や職場、学校などでの感染は原則として詳しく調べず、各保健所が状況に応じて判断する」ようになるそうです。
たしかにクラスターの後追いは感染経路を調べて問い合わせたりと人手のかかる作業だったともいます。これを現在の様に感染者が増加する中では限界に来ているのかもしれません。かといってクラスターなどの後追いもできなくなればさらに市中感染は広がるでしょう。若い人の無症状は見つけられなくなるでしょう。また、都内で10歳未満の女性の変異ウイルスの市中感染者が見つかりました。その感染力の強さからも感染者は爆発するかもしれません。
クラスターなどの後追いもしなくなるならば、PCR検査を大規模に行う必要っがあるでしょう。むしろこのほうが効率的だと言えます。しかし日本はこのような大規模検査は行わないでしょう。2月末からはじまるといわれるワクチン接種に頼り、重症化しやすい高齢者から接種をはじめるようです。しかし無症状とはいえ市中感染が広がる中ワクチンを接種するという矛盾ができます。ワクチン接種は検査の拡大により陽性者を探し出して隔離することと並行して行わなければ効果がなくなるかもしれません。

【2022年】ツイッターつぶやき
昔は首都高速はどこまで乗っても普通乗車なら700円でした。
この間首都高速はたびたび値上げされてきましたが今年4月1日よりさらに大幅な値上げとなるようです。
東京オリンピックの時選手や役員の移動のために首都高速の混雑を解消するため日中は1000円値上げしました。深夜については割引をしましたが。この1000円の値上げが通常慮金料金に導入することになるのでしょう。1000円値上げ中にどうしても首都高を利用せざるを得ず利用しましたが、いつもは渋滞する箇所もスムーズに車が走れました。このように渋滞の緩和あるいは効率化のための値上げでもあるのでしょう。
また首都高の渋滞緩和は将来的な自動運転の導入に必要なのかもしれません。
しかしこうなるとすいた首都高を気持ちよく利用できるのは経済的に余裕のある人たちになるかもしれません。
値上げをすれば利用台数が減るがその分を計算しての値上げ幅になるのでしょう。
この首都高の値上げのやり方を見ると、これまでの禁煙運動に似ています。というよりもタバコ増税の手法を利用したのかもしれません。禁煙をさせるためにたばこ増税を行う。しかし喫煙者が減ってタバコ税収が減っては困るので、たばこ増税の率を考える。
普通車の上限が1800円ですからいつも行くところへは往復3600円もかかることになる。700円時代の3倍に近い料金です。ガソリンも値上げされていますが、これもガソリン税などの負担が大きいです。首都高は大昔はいつか無料になると言われていたものです。税や料金での収奪が国によって行われる。

【2023年】ツイッターつぶやき
急に牛丼が食べたくなり家族に牛丼を食うぞといい買いに行きました。
庶民的なハンバーグや牛丼など気楽に食べていたものが値上げされ手軽な値段で美味しいものというのが遠ざかりました。ラーメンも1000円時代ですからなぁ。。。。。
牛丼を買ってきたのですが、普通の並盛ではないということもあり2000円を超えてしまいました。
今食料が足りなくなると言われていますが、その中で昆虫食が。この中で値上がりが続けば、食料も経済格差によって分配されることになります。すでに貧困化は食えないまでになっています。これまでは相対的な貧困として格差が問題になっていましたが、今は食えないという絶対的貧困が広がっています。
先進国でこのような状態ですから、資本主義の矛盾は深刻になっているということですね。

【2024年】ツイッターつぶやき
NTT西日本子会社で、928万件の顧客情報が元派遣社員により漏洩したそうです。
これも氷山の一角だそうで、対策としてUSBの使用が禁止されるそうです。
NTTだけではなく、様々な企業で顧客情報などが漏洩していますし、マイナカードも一時ありました。
内部不正だけならその企業内の問題だけで済みますが、顧客情報の漏洩となると内部不正の問題は大きいですね。
防止するには、その企業の中で信頼できる社員だけで情報管理をすればいいのですが、データーの入力など多数の人間が必要になり、コスト面で子会社に丸投げする。
サイバー攻撃より不正防止の方が難しいらしい。
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2025年 1月21日(火)「トランプ大統領」

2025年01月21日 22時19分01秒 | 「政治・経済」
トランプ大統領が就任しました。
アメリカ第一を掲げアメリカが再び世界の中心となることを目指すという。
その中で、中国への60%もの関税と、中国だけではなく同盟国といわれる国々に対しても高関税をかけるという。
第1次トランプ政権と同じことを言いだしている。
高い関税では、中国を締め出すということと、同盟国であってもアメリカ国内に工場棟の資本を移すことが狙いで焼死、その中でアメリカ経済を復活させようとする。
関税を利用した自由競争の拒否は保護主義で、この保護主義を貫徹させるための軍事力を中心とした強権国家との道を歩むことになります。
ロシアとの関係がどうなるかはまだわかりません。イスラエルやウクライナがどうなるのか。
日本はアメリカに資本を送り込むでしょう。アメリカのために金をつぎ込むでしょう。もちろん円安は続き日本経済と国民生活は悲惨さを増す。
就任当日から大統領令を連発しているようですが、アイスランドも悲惨ですなぁ。。。。。
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