昨日4月1日、今年度初となる大阪府教育委員会会議を傍聴しました。時間は17時から18時。
なぜ、年度当初の、しかも遅い時間の開催になったかは、冒頭陰山委員長の言葉によれば、この日新しく就任した中原教育長早々の英語教育についての提案を受けてのことででそうです。
これまでも、橋下徹大阪市長のお友達、国歌斉唱口元チェック、最近では、校長研修の全無断欠席と、何かと話題の絶えない中原徹新教育長です。多くのマスコミが取材をする中で会議は始まりました。
中原教育長の「英語教育改革プロジェクトチーム(案)」概要
1.背景 国際競争力に通用する「使える英語力」を習得させるため、小学1年から高校3年までの英語教育を抜本的に改善するためのプロジェクトチームを立ち上げる。
2.プロジェクトの骨子 【小学校】 大阪市の教育振興基本計画にある24小学校での英語指導改革に、府教委も助力し同時にノウハウを吸収し府教委独自の小学校の英語指導パッケージを確立、これを興味ある他の市町村にも普及させる。
【中学校】 大阪市の教育振興基本計画にある上記24小学校と校区が重なる8中学校の英語改革にも小学校同様、府教委も助力しノウハウを吸収。中学向けの英語指導パッケージを作成。
【高校】 上記小・中の英語改革に連動した高校での英語指導法の改革案を策定。「使える英語プロジェクト」等の既存の英語指導についても助言・指導・改善。高校(英語)入試改革にも関与する。
3.チーム構成 高等学校課内における既存の英語チームに加え、外部人材の職員への任用等も含め検討。
中原教育長は、和泉高校校長時代に、橋下徹大阪市長が教育目標を決定する大阪市教育行政基本条例に基づき設置した「有識者会議」に、市長の推薦を受け唯一現場からメンバーとなりました。会議では積極的に議論をひっぱりタブレットPCの導入、土曜授業、小1からの英語等の素案を作成しました。そして、素案通り計画は策定されました。
その時は、大阪市小・中学校校長からは一人も参加せず、なぜ府立高校校長である中原氏が入ったのかは、たんに橋下市長が友人を入れたかったのだろうぐらいにしか考えていませんでした。
しかし、昨日の大阪府教育委員会での論議を聞き、その理由がよくわかりました。中原教育長の提案・議論を聞いていると、これは、もう大阪府教育委員会の論議ではなく、事実上、都構想にそった大阪府・市統合の教育委員会会議でした。会議上、何度か陰山委員長が中原教育長を、ここが大阪府教育委員会の場であることを婉曲的にたしなめたほどでした。それほど、中原教育長の頭の中では大阪市と大阪府の教育行政がドッキングしているようでした。つまり、橋下市長にとって、大阪市教育振興基本計画策定のメンバーとして中原府立校長を加え、さらに松井大阪府知事の推薦で今度は大阪府教育長とし、事実上府・市統合教育行政を担わせることが既定の路線であったように思えます。
さて、議論を傍聴しての感想です。
一言で言えば、中原教育長の掲げる英語教育には哲学がない。ただ、たんに言葉(英語)を「しゃべる」手段として考えていないことが一番の問題だと感じました。言葉は単なる手段ではなく、文化そのものです。どうやら彼にはその理解が乏しいようです。「英語を実践的に使う」「世界で通用する英語力の育成」という表現にも、それを文化まで掘り下げて考えていく理念は到底感じられませんでした。
陰山委員長は、府教育委員会の長として、文科省との方針の異同、それを巡っての府民の反応、また、府教育行政と市町村教育行政との関係性等が念頭にあるようで、政治的かつリアリティのある質問をされていました。
小河委員は、最も批判的に意見を述べられていました。英語よりも国語力の育成こそ問題であり、小学1年からの(英語教育の)導入では「ごちゃごちゃ」になるのではと。まず母国語の育成が先にあるべきだと。至極もっともなことです。
もう一つの問題点は、市町村教育委員会の独立性の問題です。大阪市教育振興基本計画版を参考に(と言うよりそのまま利用することになるでしょうが)小・中学校「英語指導パッケージ」を作成し、「使いたい市町村は使えばいいし、使いたくなければ使わなくてよい」と、中原教育長は一見独自性を認めるようなことを言います。しかし、一方で、府立高校入試制度を改変するとなると、事実上、市町村には強制することになります。それはそれでゆゆしき問題です。
陰山委員長はいみじくも「これは教育界のTPPですよ」と言われましたが、この表現は言い得て妙です。彼はTPP賛成の立場からそう言ったのかもしれませんが、いや、そうではなくて、ただ府民からは賛否両論が出ると言うぐらいの意味だったかもしれません。しかし、考えてみると、確かに中原新教育長のやろうとしていることは、大阪の教育に教育版TPPを持ち込もうとしていると言えます。彼が指向する英語教育によって、これまでの大阪の教育は壊滅的な打撃を受けるやもしれません、これはたんに英語教育のことだけではなく子どもの尊厳にかかわる問題のように思えます。つまりやりたくもない英語を小学1年からやらされ、挙句の果てには、英検やTOEFLによって無理やり順位づけられ、競争原理にさらされるわけですから、与えられたモチベーションの中で子どもの自己肯定感や学び合いの精神が果たして育まれていくのかおおいに疑問が残ります。
それにしても、中原教育長は4年の任期でいったい何をやろうとしているのでしょうか。橋下市長のこれまでの言動から考えれば、そして、彼がその盟友であることを考えれば、教育長として「教育委員会制度をおおいに利用し」「教育委員会制度を瓦解する」――この一見相反する二つにミッションが彼に与えられた使命ではないでしょうか。それならば、私たちは逆に「教育委員会制度を本来のあり方に戻す」ことも運動のなかで位置づけていく必要があります。そんなこともつらつらと考えました。いずれにしても、中原教育長体制のもと、どのような教育行政が行われるのか、私たちは監視していく必要がありそうです。
最後に、かつて大阪市教育振興基本計画素案に対して送ったパブリックコメントを掲載します。
これが通れば、小学校からの「英語競争教育」が本格化します。
それは浅薄な外国語理解と学力格差(落ちこぼれ自己責任理論のもとに)拡大につながると危惧します。
「第1編:第2章教育改革の推進:第3改革に向けた施策の内容:2 グローバル化改革」について
「○「英語イノベーション」:小学校1年生から大阪独自の英語教育に取り組みます」について
まず、英語を国際共通語と捉えることに異議があります。多言語教育を志向すべきではないかと考えます。
特に大阪の公立学校には、多様な民族的ルーツを持つ子どもたちが在籍しています。
まず取り組むべきは母語教育です。
ただでさえ、「英語嫌い」の中学生が多い現状に、さらに競争を過熱する英検受験は適切ではないと考えます。
小学校からの英語教育は、学力格差拡大に間違いなくつながることでしょう。
また、日本語すらおぼつかない時期から英語力育成を目指す教育は賛成しかねます。
外国語教育の観点から考えても、ただ会話力のみを求めることは、
異文化について浅薄な理解にとどまり、真の国際理解にはつながらないと危惧します。