“殺さない、殺されない、殺させない”、ーそう、この理念はアジア・太平洋戦争を体験した日本人とって、どうしても譲れない。ひと時代前には、当たり前のことのように思えたこの理念も、今では風前の灯とまではいかなくともかなり危ない。だから、私たちは、田中伸尚さんの話に耳を傾けたい。
レイバーネットHPより転載します。
一人でも抵抗することの意味~ノンフィクション作家・田中伸尚さん講演会
9月20日東京しごとセンターで、ノンフィクション作家・田中伸尚さん(写真)の講演会が開かれた。テーマは「なぜ<抵抗>を書き続けるか」。50名収容のセミナー室はほぼ満員の盛況だった。田中さんは今年三冊の著作『抵抗のモダンガール作曲家・吉田隆子』『未完の戦時下抵抗』『行動する預言者 崔昌華 ある在日韓国人牧師の生涯』を立て続けに出版した。どれも戦中・戦後、国家や権力に抵抗し続けた人々を追っている。「国家主義・レイシズムが蔓延するいまの日本で、どうしても書かなければならなかった」と田中さんは言う。
講演は、かれの著作活動の原点となった「自衛官合祀拒否訴訟」と「日の丸・君が代」問題との出会いにそって行われた。その中で、ただ一人の抵抗の意味をどうとらえるかという問題提起があった。
「従っても従わなくても同じ、全体の荷担状況は変わらないのではないかという逡巡や迷いは、もし抵抗する者がゼロになったらという問いのもとに違うものが見えてくるはず、それは戦時下の抵抗とも重なる」と田中さん。日本陸軍兵士として中国戦線を二年間従軍しながら,人を殺すことを拒み続けた一人のキリスト者・渡部良三の「抵抗」の意味が語られた。またパレスチナ人の文学研究者 E・サイードの、「いつもだれか一人は話を聞いてくれた。その一人が沈黙しなければ、私の訴えは成功なのです」という言葉も紹介された。
最後に田中さんはこう語った。「<抵抗>を書き続けても、売れないし食えない。しかし戦後を生きる私たちには、アジアと日本の戦争被害者へのコベナント(誓約)を守る責任がある。その誓約とは“殺さない、殺されない、殺させない”ということで、それを文字化したのが日本国憲法だ。抵抗の事実を発掘し、伝えるのはわたしの役目で、表現者としてのわたしができる抵抗だと思っている。作家の井上ひさしは、小林多喜二を主人公にした『組曲虐殺』の中で、一人でも沈黙しなければ継承可能と書いている。絶望から希望へと橋渡しをするのが、沈黙しない精神だ」。
主催は「河原井さん根津さんらの君が代解雇をさせない会」で、「君が代不起立」を続ける教員の田中聡史さんも参加した。2004年から始まる「君が代強制」に対する抵抗の意義が、歴史的に照らし出される思いがした。市民の俳句排除から、朝日バッシングまで、言論・表現の自由が脅かされる毎日、後ろ向きになりがちな気持ちに一筋の希望をもらった講演会だった。(佐々木有美)